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夢人  作者: たか
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命を懸けた謎解きゲーム開幕

 安心院が生徒会室で公務をしているとき、突然中津から相談したいことがあるというメッセージが届いた。安心院は昼休みに中津と会う約束をしたので、溜まっていた仕事を最速で終わらせた。その結果、昼休み前にはその日一日分の仕事を終わらせることができたので、昼はまるまる中津の相談に乗ることが可能になった。

 昼休みになり、中津が生徒会室を訪ねて来るということだったので、安心院は教員棟の一階で待っていた。中津が来てからエレベーターに一緒に乗って最上階まで行った。降りてから生徒会室に向かっていると、理事長に挨拶に来ていたOB、OGの三人が声を掛けてきた。三人はそれぞれ、鉄道会社に勤めている小倉という髭面の男性、天文学者の若松という黒ぶち眼鏡の男性、病院で看護師をしている星野という茶髪の女性だった。安心院と三人が簡単な挨拶を交わすと、中津も軽くお辞儀をしていた。

 そのあと、生徒会室に着き、安心院は中津をお客としてもてなすことにした。相談ということだったので、コーヒーとクッキーでリラックスするような状況を作ってから、話を聴くことにした。話を聴いてみると、中津の相談したいことはファッションについてだった。中津が真剣な様子で安心院の男性の服装の好みを聞いてきたので、正直に答えた。それを参考にするということだったので、適当なことは言えない。中津に一番に似合いそうな服を正直に答えた。

安心院の答えを聞いた中津はパッと立ち上がり、急いだ様子で生徒会室を出ていき、早速買いに行っていた。中津の行動があまりに早かったので驚いた安心院だったが、それよりも自分好みの服を中津が着てくれるということの方が嬉しかった。

この日の仕事はすでに終わらせていた安心院だったが、やる気に満ちていたので昼から他の仕事に取り組むことにした。その結果、思いのほか捗り、今できる仕事をすべて終わらせることができたのだった。このおかげで、しばらく生徒会の仕事が楽になり、副会長、書記、会計の休みが増えたのでウィンウィンな結果になった。


翌日、休日なので多くの人が遊びに出掛けている中、安心院は朝から生徒会室で仕事をしていた。昨日ほとんどの仕事を終えたのだが、一部見直さなければならないところがあったことを思い出し、その確認をしていた。休みの日にする程のことでもなかったのだが、特にやることもなかったので、仕事をすることにしたのだった。

安心院が一人で黙々と仕事に取り込んでいると、コンコンコンとドアをノックする音がした。「どうぞ」と返事をすると、ゆっくりとドアが開き津久見がひょこっと姿を現した。

「あら、津久見さん。いらっしゃい」

「あああ、安心院先輩。おはようございます」

「おはよう。今日は休みなのにどうしたの?」

「あ、えーっと、たまたま近くを通ったので、もしかしたら安心院先輩がいるかもしれないと思って来てみました」

「私に会いに来たの?」

「は、はい」

「そう。なら歓迎するわ。そこに座って」

 津久見がドアのところから入って来ないので、来客用のソファーに座るように促した。

「い、いえ。お仕事をしているのなら、邪魔になるので帰ります」

「邪魔になんかならないわ。ちょうど一人で退屈だと思い始めていたの。話し相手になってくれると助かるのだけれど」

「あたしで…いいんですか?」

「もちろん!」

「あ、ありがとうございます!」

 津久見が嬉々とした様子でようやく生徒会室に入ってきたので、安心院はお茶と茶菓子の準備を始めた。案の定、津久見が手伝おうとしてきたが、生徒会室に来たお客にさせるわけにはいかないということで説得した。

安心院も仕事の手を一旦止めて、津久見の向かいのソファーに座り、一緒にお茶休憩をすることにした。

「『見えない天使』の続編の撮影ってもう始まっているのかしら?」

「いえ、まだ始まっていません。少し前に発表したばかりなので」

「そういえば、そうだったわね。とても面白かったから今から楽しみで仕方ないわ」

「ありがとうございます。あたしが出演した作品をそこまで言っていただけると、とても嬉しいです」

「津久見さんの演技が素晴らしかったからね。原作も好きだけど、ドラマを観てより好きになったわ」

 津久見は顔を赤くして照れているようだった。安心院は正直な感想を言っているだけなのだが、褒め過ぎて恥ずかしくなっているようだった。

 そんな風に二人の女子トークが盛り上がっていたとき、コンコンコンとドアをノックする音がした。二人はドアに視線を移し、安心院が「どうぞ」と返事をすると、ドアが勢いよく開き、シルバーヘアでガタイのいい屈強で強面なおじさんがハイテンションで入ってきた。夢乃森学園理事長、夢乃森雲海である。

「グッモーニン! 安心院くん。今日はいい天気だね!」

「なっ!」津久見は驚いて言葉がでないようだった。

「おはようございます、理事長。今日もお元気そうでよかったです」

「ふふーん。そんな風に見えるー? 昨日食べたスッポン鍋が効いているのかもしれないねぇ」

「そうですね」

「相変わらず、安心院くんはクールでカッコイイねぇ」

「ありがとうございます」

「ん? キミはひょっとして津久見輝くんじゃないかね?」

「えっ、あ、はい。津久見輝です。おはようございます、夢乃森理事長」

「おはよう。津久見くん」

「あたしのことを知っているのですね」

「当然じゃ。わしはこの学園の理事長じゃからな。生徒全員の顔と名前を覚えとる」

「ぜっ、全員の!? 三万人もいるのに!」

「訳はない。ところで、キミも生徒会室に遊びに来たのかね?」

「えっ、あ、はい。安心院先輩に挨拶しようと…」

「そうかね。安心院くんを慕っているんだね」

「はい!」

「そんな安心院くんは、今日も仕事かね?」

「はい」と安心院は答えた。

「……すまないね。せっかくの休みだというのに、休めない程の仕事を押しつけて。安心院くんは頼りになるからつい頼りすぎてしまう。わしに何か手伝えることはないかね」

「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です。今しているのは昨日の残りなので、もうすぐ終わります。それに、私は好きでしていることなので、気にしないでください。頼りにされていることも嬉しいです」

「そう言ってもらえると助かるよ。だけど、もしキツイことがあったらすぐに言ってくれ。キミも夢乃森学園の大切な生徒だから、無理はさせたくない」

「はい。わかりました。……それで理事長、ここに来た本当の理由は何ですか?」

「えっ!?」雲海と津久見が同時に安心院を見て、声を揃えて言った。

「今言ったことすべてが本当かどうかわかりませんが、本来の目的は別ですよね?」

「言ったことはすべて本音じゃよ」

「そうですか。では、ありがたく受け取っておきます。それで、本題はなんですか? 話聴きますよ」

「そ、それは…」

「今更誤魔化しても遅いですよ」

「そ、それじゃあ、聴いてくれるかね」

「はい。最初からそのつもりです」

「じ、実はね……今日ついに、叶愛と夢翔くんが一緒に出掛けて…」

「叶愛さんと中津くんが!?」

安心院はドア付近に立っていた雲海に一瞬で詰め寄った。

「あ、ああ。この前夢翔くんが叶愛を助けてくれたから、叶愛はそのお礼をしているんじゃ」

 この前のお礼って、看板が落ちてきたときのこと? お礼って本当にお礼? そういう建前で実はデートをしているんじゃ……。多分そうだ。くっ、先を越された。

「理事長。もっと詳しく話を聴かせてください!」

 安心院が物凄い圧と勢いで雲海に迫っていたので、雲海は引き気味になっていた。しかし、安心院はそんなことお構いなしに叶愛と夢翔の情報を聞き出そうと躍起になっていた。

そのとき、雲海にとっては良く、安心院にとっては悪いタイミングで雲海のスマホに着信が入り、着信音が鳴り響いた。雲海はポケットからスマホを取り出して電話に出ようとした。安心院はさすがに電話の邪魔をする程我を失っていなかったので、詰め寄っていた雲海から少し離れた。雲海が「ん? 非通知からか」と言って電話に応答した。

「もしもし。雲海じゃ。……ん? なに? ……お前、何を言っている? ふざけたことを言うな。……なんじゃと!? 叶愛をさらった!?」

 雲海の反応と発言から異常事態を察した安心院は雲海からスマホを取り上げて、スピーカーモードにしてスマホを机に置いた。電話の相手は声を低く加工しており、こう言った。

「お前の孫の命は今、私が握っている。孫を助けたければ、すべての問題に答えろ」

「要求はなんじゃ? 金か?」

「金なんかいらない。お前は私が出題する問題に答えるだけだ」

「問題じゃと?」

「そうだ。電話のあと、お前のスマホに問題を送る。それに答えることができれば、孫のいる場所に辿り着ける」

「もし、問題に答えることができなかったら、叶愛さんはどうなるのかしら?」

「ん? その声は誰だ?」

「私は夢乃森学園の生徒会長、安心院希望。叶愛さんの友人よ」

「そうか。安心院希望が近くにいたのか。せっかくだ。キミもゲームに参加するといい」

「質問に答えて!」

「そうだな。もし、問題に答えることができなかったら、当然、孫の命はない」

「貴様! 何が目的だ! どうして叶愛を狙う? わしに恨みがあるのなら、わしを直接狙え!」

「別にあなたに恨みはない。むしろ尊敬しているくらいだ」

「なん…じゃと」

「これはゲームだ。つまらない人生に刺激を与えるただのゲーム」

「ゲーム…じゃと」

「警察でも探偵でも誰でも相談するといい。夢乃森学園は秀才が集まっている学校なのだろう? 彼らの頭脳に頼ってもいい。ただし、もし制限時間内にクリアできなければ、当然ゲームオーバーだ。孫の命はいただく」

「なんじゃと!」

「ルールを教えてくれるかしら?」

「安心院くん!?」

 安心院は顔の前で人差し指を立てた手を当て、シーっと静かにするようにジェスチャーした。雲海の気持ちを考えると、冷静になれるはずがないことはわかっている安心院だったが、それだと重要な情報を聞き逃してしまう可能性があるので、自分だけは冷静になり、犯人の言葉を一言一句漏らさないようにしようとしていた。

「ふん。生徒会長の方が冷静のようだな。優秀な生徒が近くにいて助かったな。夢乃森雲海」

「くっ」雲海は言いたいことを噛みしめて我慢していた。

「それで、どんなルールなのかしら?」と安心院は再度尋ねた。

「単純だ。お前たちは私が出題するいくつかの問題に答える。それにすべて答えると、孫のいる場所に辿り着けるようになっている。ただし制限時間は今日の午後五時までだ。それまでに孫を助け出さなければ命はない」

「わかったわ。…いくつか質問してもいいかしら?」

「なんだ?」

「あなたは複数の問題を用意しているようだけど、全部で何問あるのかしら?」

「それは答えられない。ゲームが面白くなくなる」

「それくらい答えてもいいじゃろ!」と雲海が言った。

「ルールは私が決める。それに従いたくないのなら、受けなくてもいい。ただし、孫の命は」

「次の質問いいかしら?」

「…なんだ?」

「あなたが出題する問題は私たちでも答えられる問題かしら?」

「それは心配しなくていい。ゲームである以上、当然誰でも答えることができる。ただし、ちゃんと知識を持っている人であればな」

「じゃあ次の…」

「おっと、質問タイムはここまでだ。これ以上話して口を滑らせると、ゲームの面白さが半減してしまう。これで説明は…」

「待って! 最後に一つ、いいかしら? とても重要なことだから」

 安心院はできるだけ多く情報を得ようとしたが、これ以上は難しそうだった。だが、どうしても聞いておかなければならないことがあった。

「…いいだろう」

「私たちがすべての問題に答えることができたら、叶愛さんはちゃんと無事に解放してくれるの?」

「……もちろんだ。信用してくれ、と言っても無理だろうけど、それは保証しよう。制限時間までは決して手を出さない」

「そう。それを聞けて少し安心したわ」

「これで説明は終わりだ。このあとすぐに最初の問題を送る。お前たちの健闘を祈っているよ。さあ、ゲーム開始だ」

犯人が宣言をすると、電話はプツンと切れて生徒会室は一瞬静寂に包まれた。そして犯人の言った通り、すぐにメールが届いた。時刻はちょうど昼の一二時。雲海はスマホを手に取り、メールボックスを開いて内容を確認した。

最初の問題はこうだった。


この場所のどこかに縦横一〇センチ、高さ三センチ程の木の箱がある。次の問題はその中に入っている。それを探し出せ。

 ⇔

26、9、7、14、6、8、22、6、14。


 これが上から順に横書きで書かれていた。

「なにこれ!? 場所なんて書かれてないじゃん!」と津久見が言った。

「これは…暗号じゃな」

「そうみたですね」

 安心院と雲海は問題を見て気づいていた。これが暗号であり、数字を文字に変換すると場所を表す言葉になるということに。

「この場合、単純にアルファベットに置き換えるのが無難ですね」

「そうじゃな。ということは、26がZ、9がI、7がG、14がN、6がF、8がH、22がVじゃから、ZIGNFHVFNということになる」

「単語にはなりませんね」

「そうじゃな」

「アルファベットがズレているかもしれないですね」

「シーザー暗号か」

「はい」

「シーザー暗号?」と津久見が言った。

 シーザー暗号(カエサル式暗号、シフト暗号とも言われる)とは、古代ローマの指導者、ユリウス・カエサルが使用したことで有名な暗号である。数字をアルファベットに変換するときにそのまま当てはめるのではなく、シフトして暗号化を行うのである。

たとえば、三文字シフトすると、Aが3、Bが4、Cが5……と続いて行き、Yが1、Zが2という風に三つズレていることになる。

 この暗号文がいくつズレているかわからないが、アルファベットなら二六通りしかないので、すべて当てはめていけば解読できる。しかし、この問題は、シーザー暗号で解読できなかった。安心院が一分間ですべて頭の中で試してみたが、どれも場所を表す単語にならなかったのである。

「ということは、アルファベットじゃないということか」と雲海は言った。

「まだわかりません。暗号にはいろんな種類がありますから」

 安心院は数字の上にある⇔が気になっていたが、それが何を意味するのかわからなかった。この矢印は数学で同値を意味する記号であるが、それがこの暗号にどう関わっているのか、わからなかった。

その後も数字を五十音やいろは歌に当てはめてみたが、解読できずにいた。犯人の言っていたルールでは誰を頼ってもいいということだったので、雲海は警察に通報し、暗号解読の専門家にも連絡した。しかし、急なことだったので、忙しい専門家たちにはなかなか連絡が取れず、頼りにできなさそうだった。

安心院が諦めずに暗号解読していたとき、ふと中津のことを思い出した。中津なら解読できるかもしれない。でも、叶愛と一緒に出掛けていたということは、彼も掴まっているかもしれない。安心院は心配になり、自分のスマホを手に取り、中津に電話を掛けた。すると、応答があった。

中津の反応から明らかに焦りが伝わってきたので、安心院は状況を察し、冷静な態度で一言「中津くん。……夢乃森さんが…誘拐されたわ」と言った。中津は驚いているのか、しばらく何も言わなかったので、安心院は彼の現在の状況確認をすることにした。

安心院が「中津くん。あなたは無事なの?」と聞いたが、「……」と中津から返事がなかった。

「中津くん!」

「えっ、あ、すみません。ちょっと動揺してました。……夢乃森さんが誘拐されたって、本当なんですか?」

「ええ、本当よ。だから…」

「くっ! 俺が一緒にいたのに……犯人から何か要求があったんですか?」

「ええ。それよりも…」

「どんな要求ですか? お金ですか?」

「中津くん待って。あなたにも順を追ってすべて説明する。だから、まずは私の質問に答えて!」

「時間がないんです! 早く夢乃森さんを助けないと、大変なことになる! 俺のせいでこんなことになったんです」

 中津が珍しく感情的になっていた。それも当然である。一緒にいた人がさらわれて命の危機であると知れば誰でも感情的になるだろう。しかし、冷静にならなければ、助かる命も助からない。今の中津は完全に冷静さを失っている。このままでは頼れないだろう、と安心院が考えていたとき、雲海が安心院のスマホを横取りして、スピーカーモードにして机に置き、中津と話し始めた。

「夢翔くん。キミは無事だったのか? 怪我は?」

「理事長……すみません。僕がついていたのに、こんなことになってしまって」

「キミが無事ならよかった。叶愛はきっと大丈夫だ。強いからな。それはわしが一番よく知っておる。キミのせいなんかじゃない」

「でも…」

「悪いのは全部犯人じゃ。わしは犯人を決して許さん。じゃから、夢翔くんも力を貸してくれんか? 叶愛を助けるために」

「……ありがとうございます、理事長。少し、落ち着くことができました」

「そうか。よかった」

「理事長…」

「なんじゃ?」

「叶愛さんは、僕が絶対助けます」

「わしらで、じゃな」

「はい!」

 そこまで話したところで雲海は安心院にアイコンタクトをした。雲海は「これで大丈夫じゃ」と言っているようだった。さすが教育のプロフェッショナル。伊達に年を取っているだけではなかったようだ。

 中津が落ち着いた様子で謝ってきたので、安心院は凛とした態度で返した。そしてまずは安心院がいくつか質問をして中津の状況を確認し、そのあと、犯人とのやり取りをすべて中津に説明し、例の問題を中津のスマホに送った。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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