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夢人  作者: たか
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夢乃森叶愛は誘いたい

 夢乃森学園から車で一〇分ほどの場所に和風な邸宅がある。この邸宅には、雲海と叶愛、そして選りすぐりの執事、メイドが住み込みで暮らしている。そこの大浴場で叶愛は一日の汗と一緒に溜まっていた疲れも洗い流していた。叶愛は体を洗い流したあと湯船に浸かり、その心地良さに癒されていた。しかし、叶愛はそんな中でつい「はぁ~」とため息をついたのだった。叶愛はモヤモヤしていた。その原因はもちろん夢翔である。

 先日、叶愛は夢翔に助けられた。そのときの恩を返すという名目で夢翔をデートに誘う計画をしていたのだが、なかなか上手くいかなかったのである。

 元々二人は専攻している学科が違うので、講義で一緒になることは滅多にない。同じ部活に入っていれば逢えるのだが、叶愛は弓道部で夢翔はどこにも入っていない。なので、逢おうとすれば、休み時間での移動中か、食堂やカフェなどみんなが集まる場所である。

 叶愛は数少ないチャンスを狙って、夢翔を誘おうと試みていた。ある日の休み時間、教室移動中に一人で歩いていた夢翔を見かけたので、声を掛けようとしたのだが、周りを取り巻きに囲まれて近づくことができなかった。またある日の昼休みには、偶然、和食食堂『夢乃森』で唐揚げ定食を食べていた夢翔を見かけたので、話し掛けようとしたが、放送で先生に呼び出されたので、話せなかった。ちなみに呼び出したのは祖父の雲海で、新しいスーツを買ったお披露目というくだらない理由だった。叶愛は速く終えるために適当に愛想よく対応して、急いで『夢乃森』に戻ったが、すでに夢翔の姿はなかった。

 そしてまたある日の休み時間に夢翔を見かけたとき、夢翔は金髪ロングの女子生徒の後を追っていた。さらにその後ろには安心院が夢翔の後を追っていた。先頭にいる金髪女子は夢翔に気づいていない様子で、夢翔は安心院に気づいていない様子だった。夢翔は何か理由があってそのような行動をしているのだろうが、安心院の行動は見過ごせなかったので、声を掛けに行った。

 叶愛は安心院のことを友達だと思っている。学園を盛り上げるためにお互いを助け合う良い関係を築けていると思っている。ただ、譲れないものが一つ重なっているライバルでもあるのだ。

 安心院に声を掛けると、冷静な態度を装っていたが内心焦っているのが伝わってきた。話している途中、チラッと夢翔がいた方を見たので、気になっているようだったが、叶愛は話を続けて夢翔の後を追わせないようにした。

 叶愛は安心院に、先日の事故で夢翔に助けられたことを話した。この事故に叶愛が関わっていたことは、ニュースにならないようにしたので、このことを知っているのは、あの日現場にいた人だけである。なので、安心院は当然知らない。夢翔と仲が良いということを自慢しようとしたのである。

 そして叶愛はとっておきの写真を安心院に見せた。それは、あの事故現場で近くにいた女子生徒が撮影した、叶愛と夢翔が抱き合って倒れている写真である。叶愛は倒れ込んだ際「カシャ」という音を聴いていた。そして事故現場を離れる前に誰が撮ったのか気づき、雲海に状況を説明したあとすぐに彼女の元へ行き、写真がネットにあげられる前に買い取ったのである。その写真を見た安心院は予想通り驚いていた。

 叶愛は安心院に対して一歩リードした気分を味わっていたのだが、ここで叶愛は予想外の情報を得ることになった。それもとても大事なことだった。

 安心院が夢翔の怪我を処置したと言い、そのあと写真を見ながら「そっか。あのときの怪我って、これだったんだ」と呟いた。

 叶愛はその発言が気になり安心院に尋ねたが、なんとなく誤魔化されたような気がしたので、少し考えてみた。そして気づいた。

 あの日、夢翔は自分を助けたときに怪我をしていたのではないか、と。

 それを安心院に聞くと、今度は正直に答えてくれ、叶愛の推測が当たっていることが証明されたのだった。

 叶愛が確認したとき、夢翔は「大丈夫」だと言った。それでも、すぐに信じないで、もっと気にかけていれば、夢翔に我慢させることはなかった。そういえば、別れる際に夢翔が右肩を気にしている素振りをしていたことを思い出したのだった。夢翔は人一倍やさしいので、きっと気を遣って言わなかったのだろう。そんなことはわかっているのだが、叶愛は少し罪悪感を抱いた。

そんな叶愛の気持ちを察してか、安心院が茶化した感じで「中津くんの体、結構がっしりしていたわ。さすが男の子ね」と言った。その会話で、叶愛の罪悪感は少し和らいだ。そして叶愛はあることを決めた。叶愛は安心院に感謝を述べてから、早速作戦を練るために『ドリームバックス』へ向かった。

叶愛が入店すると、黒髪ショートボブの店員が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませーって叶愛じゃん!」と店員は言った。

「お久しぶりです。時音」

「ほんと久しぶりだね! あっ、カウンターとテーブルどっちがいい?」

「どちらでも」

「じゃあ…」と時音は店内を見渡して空いている席を探し始めた。「あっ、あそこが空いてる!」

叶愛は時音に案内され、カウンターの一番右端の席に座った。

速見時音はやみときねは外国語学を専攻している二年生で、叶愛とは中学からの友達である。時音は叶愛と本音で話すことができる数少ない友達の一人である。普段、叶愛のご機嫌を取ろうとしている取り巻きたちとは違い、時音は正直な気持ちをぶつけてくるので、叶愛は信頼しているのである。

叶愛は、時音が一度戻る前にキャラメルマキアートを注文した。そしてノート、ペン、スマホを鞄から取り出して机に広げた。中央にノートを開き、右手にペン、左手側にネット検索しやすいようにスマホを配置した。

叶愛は、夢翔に最高のおもてなしをする内容を考え始めた。まだ誘うことすらできていないのだが、頭の中には夢翔をもてなすことしかなかった。

まずは夢翔の好きなものをノートに書き記していった。

夢翔様の好きなもの……本、映画鑑賞、美味しい食事、芸術、珍しい生物などなど……。

 そんな風にあげていると、注文していたキャラメルマキアートを時音が持って来た。

「どうしたの? なんかいつもより気合が入ってるみたいだけど」

「そうですか? いつも通りですけど」

「あっ、もしかして、中津くん関係でしょ?」

「そ、それは…」

「アハハ、やっぱりそうなんだ。叶愛は前から中津くんのことになると、すごいムキになるもんね」

「当然です。夢翔様のことですから」

「あー、認めた」

「そんなことより、仕事をサボっていてはいけませんよ」

「はーい。じゃあ、何か進展あったら、私にも教えてね」

 時音はそう言って、仕事に戻って行った。

叶愛はキャラメルマキアートを一口飲んでから、先程あげた言葉に関連した施設をあげ始めた。

 夢翔様が楽しんでくれそうな場所は……本屋、図書館、映画館、腕のいいシェフがいるレストラン、美術館、博物館、動物園、水族館などなど……。

 さすがにあげた場所すべてに行くことはできないので、この中からいくつか厳選しなければならなかった。叶愛はスマホで検索しながら、魅力的かつ無駄のないルートをAIに頼んだ。

しばらく考えていると、空いていた左隣の席に金髪ロングの女子生徒が座った。綺麗な金髪だったので、叶愛は無意識にチラッと視線を送った。そしてその子が、先程夢翔が後を追っていた女子生徒だということに気づいた。

叶愛は周りを見渡したが、夢翔の姿はなかった。彼女の後を追うのは終わったのだろうと思った。隣に座っていた彼女は、ぶつぶつと小さな声で何かを呟いており、その中で「中津夢翔」という名前を言った。叶愛はそれが気になり、彼女に声を掛けてみた。そして彼女が津久見輝であることを知った。叶愛は小さい頃にドラマで津久見を見たことがあったので、彼女のことを知っていた。しかし、どんな人か内面をまったく知らなかったので、少し探ってみることにした。少し会話を交わした結果、津久見の印象は悪くなかった。

叶愛はドリームバックスを出たあと、もう少し津久見についてネットで調べてみることにした。すると、ネット上には津久見を批判するコメントが多いことに気がついた。その中には、津久見の人格を貶すような書き込みや事実とは思えないような内容の話があった。叶愛はそれを見て疑念を抱いた。人が最初に抱いた印象は結構正しいという説があるので、叶愛は自分の直観を信じることにした。そして、津久見の件について、夢乃森の誇る知識と技術が結集した精鋭部隊に詳しく調べてもらうことにした。これは今社会問題になっている誹謗中傷ではないか、と思ったからだ。もしそうなら、我が校の大事な生徒を護るのは、自分の役目であるため、全力を尽くすことにしたのである。

叶愛は家に帰ったあと、自分でも津久見について調べてみた。そしてあることに気づいた。いろんな書き込みを調べてみると、どれも言葉遣いが似ていて、少し表現を変えた言い回しで同じことを言っているだけだった。何も考えずに見たらアンチが多いように感じるが、コメントには違和感があった。

これってひょっとして……。

叶愛はある推測をしたが、いつの間にか夜になっていたので、残りは精鋭部隊の情報を待つことにして、お風呂に入ったり、スキンケアしたり、ストレッチしたりしたあと寝た。


そして翌朝、精鋭部隊の調べた情報が叶愛のスマホに送られてきた。それによると、叶愛の推測した通り、津久見のSNSに誹謗中傷の書き込みをしている人物は一人であることがわかったのだった。犯人はたくさんアカウントを作って書き込んでおり、あたかもアンチが多いように装っていたが、本当は一人だけだったのである。そして書かれている内容はすべて事実無根だった。これは明らかに嫌がらせの度を越した行為なので、叶愛は早速犯人を取り押さえてもらうために、警察に連絡しようとしたが、報告書にはまだ続きがあった。叶愛は画面をスクロールして、続きを読んだ。

それによると、犯人は昨日の夜に逮捕されたということだった。叶愛は、すでに警察が動いていたのかと思い感心したが、もう少し続きを読むとそうではないことがわかった。昨日の夜、犯人が津久見を襲おうとしていたところに、安心院と夢翔が駆けつけて、助けたということだった。そこで犯人は現行犯逮捕されたらしい。

当然、叶愛はその事実に驚いた。しかし、それ以上に見過ごせないことがあったのだった。添付されていた写真の中に、夢翔と姫島と津久見が三人で写っている写真があったのである。そして叶愛は思い出した。夢翔をおもてなししようとしていたことを。叶愛は津久見のことで頭がいっぱいになり、すっかり忘れていたのである。

叶愛は精鋭部隊に津久見への誹謗中傷の書き込みをすべて消すように指示してから、再び夢翔のおもてなし大作戦を考え始めた。しかし、午前中の講義の時間が迫っていたので、しっかり考える暇がなく、むしろ混乱してしまい頭を抱えていると、ある重大なことに気づいたのだった。

まだ夢翔様から了承を得ていない、というより、誘うことすらできていない!

という事実をようやく思い出したのだった。

いくらプランを練ったとしても、夢翔の都合が悪ければ計画しても意味がない。まずは、夢翔を誘わなければ話が始まらない。だが、そこで叶愛をある不安が襲った。

夢翔様は私のお誘いを受けてくれるでしょうか。

そう、誘いを断られないか不安になったのである。直接ではなくても、スマホを使ってメッセージで誘うことならいつでもできるが、断られるのが怖かったのである。いろんな文面を考えては消しを何度も繰り返し、結局送ることができなかった。

夢翔が休みの日にどんな風に過ごしているのかは、本人に直接聞いたことと、精鋭部隊に調べてもらったことで概ね理解している。

夢翔の休日の過ごし方は、大半が読書だった。夢乃森学園の図書館に一日中籠って本を読んでいることが結構あるらしい。

たまに外出することがあるようで、一人で公園を散歩したり、一人で登山に行ったり、一人で美術館・博物館に行ったりすることもあるらしい。

そんなインドア派な夢翔が、はたして叶愛の誘いを受け入れてくれるのだろうか。夢翔はやさしいので受け入れてくれるだろうが、そんな気を遣わせたくない。それならば、夢翔が気を遣わないくらい楽しめるプランを用意すればいい。

叶愛はまた考えが元に戻ったが、ふと時計を見ると、家を出る時間を過ぎていた。とりあえず、夢翔とデートの件は保留にし、急いで準備をしてから家を出た。


学園に着き、教室に向かっていると、『ドリームバックス』から出てくる夢翔の姿が見えたので、叶愛は走って夢翔のところまで行った。

叶愛は久しぶりに夢翔と話すことができて嬉しくて少し興奮していた。そのせいか、いつもより制御ができず、つい思っていることを口走ってしまった。

私は何を言っているんだぁー!

と、叶愛は内心混乱していたが、勢いに任せて誘うことができ、夢翔も了承してくれたので、結果オーライだった。

このとき、おもてなしの内容はまったく決まっていなかったが、明日のお楽しみということで誤魔化したのだった。

とりあえず、集合時間と場所だけを二人で話し合った。集合時間は午前一〇時、場所は夢乃森学園中央広場にある時計塔前ということになった。集合場所といえば時計塔前というのが夢乃森学園生の定番だからだ。二人はそこまで決めたところで別れた。

ついに明日は夢翔様とデート、いえ、夢翔様をおもてなしする日! なんとしても最高のプランを考えないと!

叶愛は意気込んでいたが、つい明日のことを想像して浮かれてしまい、その日の講義はすべて聴こえていなかった。というより、途中から講義そっちのけでプランを練り始めたのだった。幸い、叶愛は教員たちから真面目な生徒だと思われているので、デートプランを考えていると思われず、熱心に勉強していると思われているようだった。

叶愛は改めて今持っている夢翔の全情報を整理し、いくつかプランを考えたあと、最後に「これだ!」と直感で思ったものを選んだ。

それはこんなプランだった。

午前一〇時に集合してから、夢乃森家のリムジンで街まで行き、夢乃森美術館で美術鑑賞する。夢乃森美術館では、今ちょうどゴッホ展をしていて、少し前に夢翔が「一度でいいから本物を見てみたい」と言っていたのを思い出したため選んだのである。

その次の予定は、夢翔が美術館にどのくらい滞在するのかわからないので数パターン用意した。一時間ほどの短い時間だった場合は、昼食にはまだ早いと思われるので、近くの公園で散歩しながらゆっくりとレストランへ向かう。二時間以上の長い時間だった場合は、美術館からリムジンで直接レストランまで向かう、などなど。

レストランは三ツ星を取ったことがある一流のシェフがいるフレンチを予約した。叶愛はこのレストランに何度か来たことがあり、叶愛にとって特別な日に行くレストランという認識になっている。なので、当然明日のデートには必須である。

午後からは、映画鑑賞、ミュージカル観賞、水族館、ミュージックライブなど夢翔と行きたいところが多すぎて、ついてんこ盛りになってしまった。本当はもっと行きたいところがあったのだが、断腸の思いで我慢したのである。

そしてデートの最後には必ず行きたい場所があり、そこだけは絶対に外せなかった。多少、行く場所を詰め過ぎたかな、と叶愛自身も思ったが、そんなに気にしなかった。それよりも、明日が楽しみ過ぎて浮かれてしまい、冷静な判断ができなくなっていた。

その日の夜、叶愛は家に帰ってから明日着ていく服や持って行く小物などを入念にチェックし始めた。明日は完全プライベートで出掛けるため、夢翔に私服姿を見せる数少ないチャンスである。オシャレで可愛いと思ってもらうために、スマートミラーでいろんな服を着ては、全身を確認して採点し、また着替える、を何度も繰り返した。ファッションは一部だけでは完成しないため、小物一つにまで拘った。AIやファッションのプロにも意見をもらった。子ども過ぎず、畏まりすぎない、年相応のファッションを慎重に検討した。叶愛のファッションショーは日付が変わるまで続いたのだった。

叶愛は翌日の午前六時に目を覚ました。結局、昨日布団に入ったのは夜中の四時だった。そして案の定、叶愛は布団に入っても寝ることができなかった。まるで遠足を楽しみにしている小学生のように興奮していたのである。

 そんな状態にも関わらず、叶愛は元気いっぱいだった。身体は疲れが溜まっているはずなのだが、心が元気なので自覚がなかったのである。叶愛がスマートミラーを見ると、そこには寝不足、心拍数が高い、判断力の低下の恐れ、などの健康状態が表示されていた。AIは出かけないで休んだ方がいい、と提案してきたが、叶愛は気にしなかった。

 叶愛は夜更かしして選んだファッションに着替えた。社交用の上品なファッションではなく、女子高生らしい春ファッションで臨むことにしたのだった。そして、右手首にいつもつけているミサンガを見てニコッとし、いざ出発した。




読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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