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夢人  作者: たか
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大女優を護り抜け③

中津は必死に細身の男を追いかけたが、追いつくよりも先に細身の男の方が津久見に追いつきそうだった。

くそ! 間に合わねぇ。

そう思いながら中津は「津久見さん!」と叫んだが、細身の男は津久見のすぐ目の前に迫っており、万事休すだった。そのとき、突然津久見の目の前に安心院が現れ、細身の男に回し跳び蹴りを食らわし、一発KOにした。

安心院は「怪我はない?」とやさしく右手を差し出し、津久見を気遣っていた。津久見は安心院を見て固まっていたので、安心院から手を掴んで立ち上がらせていた。そしてその場にようやく中津も到着した。

「こんばんは。中津くん」

「生徒会長。どうしてここに?」

「偶然近くにいたの。そしたら中津くんの声が聴こえたから、見に来たら…」

 安心院はそう言って倒れている男に視線を移した。どうやら安心院は一瞬で状況を判断し、対応したようだった。さすが夢乃森学園の生徒会長だった。

「そうだったんですね」

「ところで、中津くんは何をしていたの? この人から津久見さんを護ろうとしていたみたいだけど」

「えっ、あ、いや、俺はたまたま電車で一緒になって……ていうか、この人一体何者なんでしょうか?」と中津は話題を逸らした。

「この人は……ストーカーです」と津久見が言った。

「ストーカー!?」

「はい。半年前につきまとわれていました」

「半年前……? 警察に相談したんですか?」

「しました。したけど、特に何もしてくれなかった」

「そうか。警察は事件にならないと動かないからな」

「ドラマに出てくるヒーローみたいな警察って現実にはいないんですね」と津久見は悲しい表情で言った。「でも、本物のヒーローはいました!」

「本物のヒーロー?」

津久見は安心院を見つめて「助けてくれてありがとうございました! 安心院先輩!」と言って深く頭を下げた。

「私はたまたま近くにいただけよ」

「でも、助けてくれたのは事実です」

「私は中津くんの声が聴こえたから駆けつけることができたの。だから、礼を言うなら中津くんに」

「いや、俺は何もしてないです。津久見さんを助けたのは生徒会長ですよ」

「本当にそうかしら?」

「えっ?」

「そういえば、中津さんはどうしてあたしと電車が一緒になったんですか? あのあと、姫島先輩と帰ったと思ってましたけど…」

「えっ、あー、あのあと街にいる友達からご飯に誘われたんです。そして帰りに偶然津久見さんと一緒になって…」

 中津は事実と嘘を織り交ぜた内容を答えた。友達からご飯に誘われたということ、帰りに偶然一緒になったということは嘘である。しかし、街でご飯を食べたということ、そこで偶然国東と一緒になったことは本当なので、すべて嘘よりもバレにくいだろうと思った。嘘をつくときは真実を混ぜるとバレにくいと考えたのである。どこで、誰と、という質問には即答できる自信があった。

しかし中津が予想していた展開にはならず、津久見は「ふーん。そうですか」とあっさり納得し、それ以上追及してこなかった。

その後すぐに警察が到着し、細身の男は現行犯逮捕された。イヴが連絡していたのである。三人はそれぞれ状況確認のために話を聞かれたあと、解放された。


三人とも寮に住んでいるので、帰り道が同じということで一緒に帰ることになった。

帰り道、安心院と津久見は楽しそうに会話をしていた。安心院と津久見は元々知り合いだったらしく、安心院が芸能界や女優の仕事、演技の技術など、いろんな質問をして、津久見がそれに答えるという感じだった。二人で会話が盛り上がっていたので、中津は邪魔をしないように間に入らず黙って見守っていた。二人は連絡先も交換していた。

安心院はどんなときでも、いつも通り凛としたカッコイイ雰囲気で、津久見は憧れの人に出会った少女にようになっていた。

たしかに、安心院のカッコよさは男女問わず人気がある。いきなり現れて、相手を飛び蹴りで吹き飛ばし一発KOにする姿を見れば女子でも惚れてしまうだろう。

 俺が女だったら、絶対惚れてるな!

そんな妄想をしていると「中津さん!」という津久見の声がしていることに気づいた。

「え、はい。なんですか?」

「やっと気づいた。何回も呼んでたんだけど」

「すみません。ちょっと考え事してて」

「いつもあたしを無視して何かを考えているよね? 一体何を考えてるの?」

「え、あー、津久見さん、頑張っているんだなって」

「あ、あたしのことだったの!?」

「はい」

「……頑張るのは当然でしょ! この世界じゃ頑張らないとやっていけないんだから!」

「そうですよね。すみません」

「そんなことより、はい」

 津久見はそう言って中津にスマホの画面を見せてきた。その画面には津久見の連絡先が表示されていた。

「ん? なんですか?」

「だから、これ、あたしの連絡先!」

「はい。そうみたいですね」

「はい。そうみたいですね、じゃないでしょ! 早く登録しなさいよ!」

「えっ、いいんですか?」

「教えてるんだからいいに決まってるでしょ!」

「でも、さっきは教えないって…」

「さっきはさっき。今は今!」

「はぁ、そうですね」

「なに? あんた、あたしの連絡先は知りたくないの?」

「い、いえ、ありがたく登録させていただきます」

 ということで、中津は津久見の連絡先をゲットしたのだった。今日一日で二人の連絡先を手に入れ、中津の友達フォルダは合計六人になった。


 部屋の前に着いたとき、日付はすでに変わっていた。イヴが玄関の鍵を開けてくれたので、ドアを開けて入ると、イヴが怒った様子で待ち構えていた。

「ただいま、イヴ」

「おかえり、夢翔くん」

 中津はいつも通りイヴと接して部屋に上がろうとしたが、イヴが行く手を阻んだのだった。実際にはホログラムなので通ることができるのだが、イヴの様子がおかしかったので、確認することにしたのだった。

「どうしたんだ? イヴ」

「……私に何か言うことがあるんじゃないの?」

「えっ、あっ! そうだな。今日はありがとう。助かったよ」

 イヴの表情が少し和らいだ。嬉しかったようである。しかし、イヴはまだ満足していない様子でその場から動こうとしなかった。

「……それだけ?」

「えっ、うーん、そうだなぁ。あっ! 今日久しぶりに友達が増えたんだ!」

「それはもう知ってるから!」

 イヴは中津のスマホを管理しているので、当然連絡先を交換した時点ですでに知っていたのである。中津はイヴが何を心配しているのか、なんとなくわかっていたので違う話題で話そうと試みたのだが、AIにそんなこと通用するはずなかったのである。

「夢翔くん。今日は疲れただろうから、早くお風呂に入ってすぐに寝るんだよ」

「えっ、あ、ああ。そうするよ」

 中津はてっきりイヴに叱られると思っていた。今回の件、車事故もストーカーの件も結果的に誰も傷つかずに済んだので良かったが、一歩間違えば大変なことになっていたかもしれないからだ。もっと冷静に状況判断していれば、ギリギリ回避することにはならなかったかもしれない。自分の迂闊さが招いた結果だったので、それをイヴに咎められると思っていた。しかし、イヴは中津がしっかり反省しているのを察して、あえて言わないことにしたようだった。

 イヴがお風呂を溜めてくれていたので、中津はすぐに入ることができたのだった。風呂から上がり、髪を乾かして、水分補給をし、歯を磨いたあと、イヴに言われた通りすぐに寝るつもりだったのだが、メッセージが届いているとイヴが教えてくれたのだった。

 イヴはメッセージやメールの振り分けも知れくれるのである。中津にとって大切な内容だとイヴが判断した場合、すぐにそれを知らせてくれるのである。逆に、そこまで大切な内容でなければ、すぐには知らせず、暇なときに教えてくれたり、不要なときは削除したりしてくれるのである。今回は時間的に夜遅く、早く寝た方がいい状況で教えてくれたということは、中津にとって大切なメッセージが届いている、ということである。

 メッセージが一件、メールが一件届いていた。

 一件は津久見からだった。中津はイヴにメッセージを読み上げるようにお願いした。

「今日は助けてくれてありがとう」とイヴが言った。

 中津は、あの津久見から感謝のメッセージが送られてくるという予想外のことに驚きつつも嬉しかった。おそらく津久見のことだから、羞恥心を抑えて送ってきただろうことは容易に想像できる。なので、シンプルに「どういたしまして。これからよろしくお願いします!」と返信するようにイヴにお願いした。イヴ曰く、送信した瞬間に既読になったらしい。

おそらく津久見からの返信は来なさそうだったので、二件目を確認した。

 二件目は、夢人からだった。

「その場しのぎでなんとか乗り越えているようだけど、もっと上手く立ち回れば、事前に防ぐことできるはずです。そんなことでは、合格できないですよ」とイヴが言った。

 どうやら今回の件も夢人は見ていたらしい。

 一体夢人は何なんだ? 誰なんだ? どうやって俺のことを見ている?

 そんな疑問が募る一方で、また一つ気になる言葉が増えたのだった。

 今回のメールの最後に「そんなことでは、合格できないですよ」という文章が書かれていた。

合格…? 合格ってなんだ? 俺は何かの試験を受けさせられているのか?

中津は身に覚えのない言葉にさらに混乱した。ベッドに横になったまま考えたが、わからないことをいくら考えたところでわからない。そしてそのまま中津は寝落ちした。今日一日でいろんなことがあったので、疲れが溜まっていたのである。


 翌日、「朝だよ! 起きて、夢翔くん!」といういつも通りのイヴの声掛けで、中津は目を覚ました。いつもより睡眠時間が少なかったが、気分はスッキリしていた。中津は起き上がり、カーテンが開いた掃き出し窓から差す朝日を浴びながら、両手を上に突き上げて背伸びをした。

「よし! 今日も一日頑張るぞ!」

 中津は爽快な気持ちで一日を始められたのだった。これはおそらく昨日津久見を助けたことで気分が良くなっているのだろう。人は他人に親切にすると自分が幸福感を得るので、中津は今まさに幸福感に浸っているのである。寝ていたときの記憶の整理で、良いことだけを記憶したため、気分がスッキリしていたのである。

 しかし、そんな時間も長く続かないのが人生である。

 中津は気分が良かったので、いつもより早く寮を出て、学園内にあるカフェ『ドリームバックス』に向かった。昨日頑張った自分に対して、ちょっと贅沢なモーニングのご褒美を与えようと思ったのである。

中津が今回訪れた『ドリームバックス』には一流のバリスタ、シェフ、パティシエが働いており、コーヒー、食事、デザートどれもがとても美味しくて人気の店である。ここは食堂と違い、くつろぎを与える場所でもあるので、内装は木で覆われており自然を感じられ、心地良いBGMが常に流れている。店員もロボットではなく、大半が夢乃森学園生のバイトである。制服が可愛いということでバイトの倍率は結構高いらしい。また、バイトになるためには、試験を受ける必要があるらしく、簡単になれるわけではないのである。

朝一番にも関わらず、店内はすでに多くの生徒で賑わっていた。一人で優雅にモーニングを嗜んでいる女子生徒や友達と楽しそうに会話している女子生徒、パソコンとにらめっこして必死にレポートを書いている男子生徒など、いろんな事情の生徒の姿があった。また、先生たちも各々の仕事をしながら、モーニングを嗜んでいた。

中津が入り口で待っていると黒髪ショートボブで黒い瞳をした可愛い女性店員が出てきた。中津は彼女と目が合うと一瞬背筋がゾクッとした。彼女は中津を空いていた一番右端のカウンター席まで案内してくれた。彼女は左胸に「速見」と書かれている名札をしていた。

中津が席に座り、メニュー表を見ていると、速見が水とおしぼりを持って来た。速見が「ご注文が決まりましたら、ベルでお呼びください」と一礼したので、中津は彼女が戻る前に、ふわとろパンケーキとオリジナルブレンドを注文した。

注文したものが届くまで、夢乃森学園新聞のネット記事を読んでいると、昨日の津久見の事件が早速記事になっていた。それによると、逮捕された男は二〇歳の大学生で、津久見に対して以前から人格を貶す書き込みをしたり、ありもしない噂を流したりして、誹謗中傷をしていたらしい。他にもいくつか余罪があるようで、詳しく調べられるということだった。

 また、襲われそうになっていた津久見を助けたのが安心院だということも大々的に書かれており、これで安心院の支持率がさらに伸びそうだった。

 少しして速見がコーヒーを持ってきた。速見はコーヒーを丁寧に中津の前に置いたあと、「こちらは期間限定のサービスになります」と言って、星形のクッキーが二枚入ったお菓子を提供し一礼した。中津も軽く一礼した。

中津はそっとカップを持ち、まずは香りを楽しんでからそっと一口飲んだ。ここのオリジナルブレンドは、ほのかな苦みと濃度の低さから、まろやかな後口が特徴である。中津はそれをブラックのまま飲むのが好きである。

 コーヒーを嗜んでいる間にふわとろパンケーキが届いた。ここのふわとろパンケーキは名前の通り、尋常でないほどふわとろである。フォークで軽く突くだけでプルンとした反動が返ってくるほどだ。中津は右手にナイフ、左手にフォークを持ち、一口サイズに切って食べ始めた。口に含んだ瞬間、パンケーキの柔らかさがさらに伝わってきて、噛まなくても食べられそうだった。最初はそのまま何もつけずに食べ、半分ほど食べたところで、味変でメープルをかけて食べるのがまたいいのである。

 やはり美味しいものを食べることは素晴らしいことである。中津は食べることでより幸福感を増していた。

 中津は『ドリームバックス』で最高のモーニングを堪能し、久しぶりの贅沢に満足して午前一発目の講義に向かっていた。そのとき、突然後ろから「夢翔様!」という叶愛の声が聴こえた。中津は立ち止まりゆっくり振り返った。叶愛は肩で息をしており、少し焦っている様子だった。

「夢乃森さん。おはようございます」

「おはようございます。夢翔様」

「今日もいい天気ですね」

「そうですね」

「これから講義ですか?」

「はい。子ども文化論の講義です」

「子ども文化論ですか。面白そうですね」

「はい。夢翔様も今からですか?」

「はい。俺は組織心理学です」

「そうですか。フフ、なんだか今日の夢翔様、一段と張り切っているように見えます」

「そうですね。今日の俺はなんだか絶好調な気がします!」

「何か良いことでもあったのですか?」

「そうですね。昨日、ちょっと良いことがありました」

「昨日……ハッ! そうでした! 私、大事なことを忘れていました」

「ん? どうしたんですか?」

「夢翔様に至急確認しなければならないことがあります」

「俺に? なんですか?」

叶愛はスマホを手に取り、何かを検索してから「これについてなのですが…」と言って画面を見せてきた。中津はスマホに視線を送った。

スマホに映っていたのは、昨日の車事故のニュースだった。そこに掲載されていた写真には、中津と津久見と姫島の姿がはっきりと映っていたのである。

「あー、これは…」

「これは、夢翔様と姫島さんと津久見さんで間違いないですね!」

「は、はい」

「そうですか。やはりフェイクではないですか。まあそうですよね。こんな写真を合成したところで何の意味もないですよね」

「その二人とは昨日偶然…」

「大体のことは察しがつきます」

「え!?」

「夢翔様のことなので、おそらく事故に巻き込まれそうになっていた津久見さんを助けて感謝されているのでしょう。そこに偶然姫島さんが居合わせた、というところでしょうか」

「そ、そうですね」

 津久見に感謝されているということ以外は正解だった。叶愛の物凄い洞察力に中津は驚いた。

「夢翔様は、また人をお助けになられたのですね」

「まあ、目の前で怪我する人を見たくないですから」

「……夢翔様はどうなのですか?」

「えっ?」

「夢翔様が怪我をするのを、私、見たくありません」

「俺は大丈夫ですよ。どこも怪我してないです」

「では、その怪我はいつ負ったのですか?」

 叶愛は中津のこめかみの傷を見て言った。中津は嘘をついたつもりはなかった。怪我していたことをすっかり忘れていただけである。

「あ、そういえば、少し切っていました。たいしたことなかったから忘れて…」

「この前私を助けてくれたときにも、右肩を怪我していたそうですね?」

「えっ、あー、あのときは受け身に失敗して…」

「どうしてすぐに言ってくれなかったのですか? 私に気を遣ったのですか?」

「すみません。自分でもすぐに気づかなくて。それに、あまりひどい怪我でもなかったので、治ったあとに言う必要もないかと…」

「そうだったのですか。おやさしいのですね。夢翔様は」

「そんなことないです」

「ですが、それでは私の気が収まりませんので、明日一日、私にお付き合いください!」

「えっ、お付き合い…ですか?」

「はい。助けてくれたお礼をしたいのです」

「そんな気を遣わなくても…」

「そんなわけにはいきません。夢乃森家の淑女たるもの、受けた恩はしっかりと返さなければなりません」

「そ、そうですか」

「先程は明日と言いましたが、夢翔様の都合が悪いのであれば、後日でも構いません。私が合わせます」

「わ、わかりました」

 中津は叶愛の要求を受け入れた。叶愛の表情を見る限り、断り切れそうになかったからだ。いつでもいいと言われれば、都合が悪いという理由は使えないし、気を遣わなくていいという理由も通じなさそうだった。それに、明日は用事もなかったので、特に断る理由がなかったのである。

 ということで、明日一日、中津は叶愛のおもてなしに付き合うことになったのである。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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