大女優を護り抜け②
中津は駅構内に着き、周りを見渡して津久見を探した。津久見は仕事があると言っていたが、何の仕事でどこに行くのかわからなかったので、今のうちに見つけなければならなかった。夕方で帰宅し始めた学生が多いため、同じ制服を着た人がたくさんおり、なかなか津久見が見つからなかった。いや、もしかしたら、すでに電車に乗っている可能性もあるが、まずは駅構内を満遍なく探してから、次の行動を考えることにしたのだった。
そのまましばらく探していると、ベンチに座っている津久見を見つけた。津久見はスマホを操作しながら耳にワイヤレスイヤホンをつけて、電車を待っていた。とりあえず、津久見を見つけることができたのでホッとしていた。中津は物陰に隠れ、津久見の様子を見ながら、尾行することにした。すでに一度尾行に失敗しているので、今回はより注意しなければならない。
「夢翔くん、もしかしてまた津久見輝をストーカーするの?」とイヴが言った。
「その言い方はやめてくれないか? 犯罪者みたいじゃないか」
「違うの?」
「ちっ、違う」
「正直、やめてほしいけど、何か理由があるんでしょ?」
「ああ。イヴも協力してくれたら助かるんだけど…」
「…犯罪の手助けはしたくないなぁ」
「…そうだよな。ごめん、自分で…」
「まあ、少しくらいなら手伝ってもいいけど…」
「ほんとか!? ありがとう」
「ふん」
イヴは早速アドバイスをしてくれたのだった。ブレザーを着たままだと夢乃森学園の生徒だということがまるわかりで一般人の中に紛れ込めないので、脱いでTシャツ姿になり、ブレザーは畳んで鞄に入れた。そしてスマートグラスを装着し、準備を整えた。
スマートグラスとは、眼鏡型のウェアラブル端末である。ディスプレイになっているレンズを通してインターネット上の情報やイヴの分析結果を表示できるのである。すでに中津の視界には、イヴが分析した結果が映っている。行き交う人々の危険度を色で判別している。緑なら正常、赤なら危険という風に。
しばらく見張っていると、津久見が立ち上がり電車に乗ったので、中津も同じ電車の隣の車両に乗った。津久見は電車に乗ると、スマホを鞄に入れ、右手でつり革を持ち、外の景色をボーっと眺めていた。微かに頭が上下してリズムに乗っていたので、おそらく姫島の歌を聴いているのだろうと思った。
電車に揺られること一〇分、目的の駅に到着し、津久見が先に降りたのを確認してから中津も降りた。津久見が降りた駅は、夢乃森駅だった。
夢乃森駅周辺は、大きなビルが立ち並ぶ繁華街で、夢乃森学園近辺で一番発展した場所である。そのため、当然人も多く、特に若者が集まる場所である。
多くの人が行きかう中、中津は津久見を見失わないように気をつけながら後を追った。そして、津久見はあるビルの中に入っていった。その建物は撮影スタジオだった。
中の様子が気になったが、一般人の中津が中に入ろうとしても監視カメラに見つかり、警備ロボットに取り押さえられる可能性が高かったので、どうしようか考えていた。すると、イヴから、道路を挟んで向かい側にある二四時間営業のファミレスから出入り口を見張るのはどうか、と提案されたので、そうすることにした。津久見の仕事がどのくらい時間がかかるのか見当もつかなかったので、最悪長丁場になることを覚悟した。ファミレスでは、とりあえず、ドリンクバーとポテトを注文した。
それから数時間経っても津久見は出てこなかった。空は暗くなり、すっかり夜になっていた。ただ待っているというだけなのに、なぜか疲れが溜まり、少し集中力が切れかけていた。スマートグラスを外し、テーブルに頬杖をついて出口を見張っていると、突然向かいの席に誰かが座ったのだった。中津が視線を送ると、国東だった。
中津は驚いて「国東さん!?」と言ったが、国東は中津に構うことなく、タッチパネルを操作して、ドリンクバーとチョコレートパフェを頼んでいた。
「あの、国東さん…?」
「ん? あぁ、久しぶり。中津…夢翔くん」
「久しぶり、じゃなくて、どうしてここにいるんですか!?」
「ん? あたしがここにいたらおかしいの?」
「いや、おかしくはないですけど…」
「そういうキミは、どうしてこんなところにいるの? しかも一人で…」
「そ、それは…」
中津はブーメランで返されて答えに詰まってしまった。まさか、こんな場所で学校の知り合いに会うとは思ってもみなかったので、こんなときのための言い訳を考えていなかったからだ。予知夢のことも津久見のことも言うわけにはいかない。まあ、言ったところで信じてもらえないのだが。中津は頭をフル回転させ、男子高校生が一人でファミレスに来て、ドリンクとポテトだけで数時間過ごしている理由を考えた。
なんとなくこのファミレスのポテトが食べたくなったから、というのは少し無理がありそうだ。このファミレスはチェーン店で、夢乃森学園の近くにも店舗あるから、わざわざこんな離れた店に来る理由がない。なら、お一人様を体験してみたかったというのは、どうだろうか。今の時代お一人様で出かけるのは当たり前なので、一人で食事をするのもおかしくない。そして、一人で食事をするのを同じ学園の生徒に見られたくないという理由で、少し離れたこの場所まで来たということなら、辻褄が合う。正直、中津は一人で食事するのが当たり前なので、恥ずかしくもなんともないのだが、世の中には気にしている人がいるということを知っている。なので、自分も恥ずかしがり屋である、ということにすれば、国東も納得するのではないか、と考えた。
そしていざ中津が答えようとしたとき、国東が「まっ、別にどうでもいいけど」と言って、あっさり流し、ドリンクを取りに行ったのだった。せっかく一生懸命考えた理由が一瞬で水の泡になり、中津は抜け殻になった。
国東がドリンクを持って戻ってきたのと同時に注文していたチョコレートパフェが届き、国東は目を輝かせながら美味しそうに食べ始めた。国東はあっという間にパフェを食べ終わり、「フゥー、美味しかった」と言って満足そうな顔をしていた。
中津はそんな幸せそうな国東の顔を見て、癒されたが、そのとき突然あるイメージが見えたのだった。前にも一度見たことがある、薄暗い場所に大きな本棚がたくさん並んでいる謎の空間だった。今回はそこに何人か人影のようなものが見えた。みんな黒色のスーツを着ているようだったが、顔は見えず、背丈も曖昧で、男か女かもわからなかった。
中津はもっとこの場所を知りたいと思い、周りを見ようとしたが、視点を切り替えることができなかった。そして国東の「中津くん、どうしたの?」という声が聴こえて、我に返ったのだった。
気がつくと目の前に中津の顔を覗き込み国東の顔があった。中津は「えっ、あ、な、なんでもないです。ちょっとボーっとしてました」と言って誤魔化すと、国東は「ふーん。そう」と言って少し気になっているような目で中津を見ていたが、それ以上追及してこなかった。
それから国東は「じゃあ、あたしそろそろ行くから」と言って立ち上がり、「ごちそうさまー」と言って去っていった。
中津は「あ、はい」と言ってあっさり見送ったが、国東がいなくなったあとで自分が奢らされたことに気づいたのだった。急いで窓から外を見渡したが、すでに国東の姿はなく、時すでに遅かった。そしてそのとき、津久見がビルから出てくる姿が見えたので、中津は急いで準備をして尾行を再開した。
津久見の進んでいる方向が駅方面だったので、寮に帰っているようだった。ということは、今から寮の間のどこかで、何者かに襲われる可能性が高い。夜遅い時間帯なのに、駅周辺はまだ多くの人がいた。中津は周りを見渡したが、イメージで見た全身黒にフードを被った人は見当たらなかった。
中津が一定の距離を保ったまま後を追っていると、突然「あ、津久見輝だ!」という女性の声がした。その声を聴いた周りの人が津久見に気づき、すぐに十数人が津久見の周りに群がった。ファンの中には全身黒い服装の男が三人いたので、中津は警戒して見ていた。
「イヴ。あの全身黒服の三人の中に怒りや憎しみを抱いている人はいるか?」
「いないよ。三人とも嬉しくて興奮しているみたい」
「そうか」
特に怪しい人はいないようだった。津久見はファンと握手をしたり、一緒に写真を撮ったりしていた。仕事で疲れているはずなのに、ファンには笑顔で対応していた。さすがのプロ根性である。
津久見は周りに集まったファンの対応を終え、みんなが去ったあと、どっと疲れていた。そして再び駅方面へ歩き始め、ようやく駅に到着したのだった。すると、今度は駅の入り口でチャラい見た目の若い男二人組に絡まれていた。
もしかしてあいつらか!?
そう思った中津だったが、チャラ男たちは二人ともイメージで見た服装と違っていた。茶髪頭のチャラ男は白Tにダメージ加工がたくさんされたジーンズ、黒髪短髪のチャラ男は派手な柄シャツに短パン姿だった。おそらく別人だろうと判断したが、チャラ男たちが嫌がる津久見の腕を無理やり引っ張って連れて行こうとしていたので、このまま傍観しているわけにもいかないと思い、助けに行こうとした。
中津は一旦スマートグラスを外してポケットに入れた。相手が暴力を振るってくるかもしれないので、壊されないように用心したのである。そしていざ津久見の元へ向かおうとしたとき、どこからか細身で背の高い大学生くらいの年の男が突然現れ、津久見を助けたのだった。細身の男はチャラ男たちに何か言い、しばらく睨み合っていたが、途中でチャラ男が諦めてその場から去っていった。そして津久見は細身の男を見て驚いた顔で逃げるように駅に走って行った。
津久見が駅のホームに向かい始めたので、中津も後を追っていると、細身の男も同じ方向へ歩き始めた。津久見はホームのベンチに座り、ワイヤレスイヤホンをして音楽を聴きながらスマホを触っていた。その姿は、恐怖心を抑えようとしているように見えた。
中津は、そこから二〇メートルほど離れた場所の物陰に隠れて見守っていた。そして中津とは反対側に先程津久見を助けた細身の男が津久見の死角に立っていた。細身の男は時折津久見をチラチラ見て気にしているような様子だった。
あの人、なんであんなに津久見さんを気にしているんだ? ハッ! もしかして、俺と同じ予知能力を持っていて津久見さんを助けようとしているのか!?
一瞬そう思ったが、「いや、ないな」とすぐ冷静になった。おそらくただのファンだろう。
電車が到着し、津久見が乗ったのを確認してから、中津も隣の車両に乗った。細身の男も津久見と同じ車両に乗っていた。とりあえず、ここまでの道のりで津久見が黒服フードに襲われることはなかったので、中津は少しホッとした。疲れが溜まっていたのと、電車のほどよい横揺れで睡魔に襲われたが、必死にこらえた。ここまで何も起こらなかったということは、夢乃森学園前駅から学園寮までの間で襲われる可能性が高い。これからが気の抜くことのできない状況だった。
中津は両手で頬を叩き気合を入れ直して目を覚ました。そしてふと津久見のいる車両を覗き込むと、全身黒い格好の人物が津久見のそばに立っているのが見えた。その人物は、先程津久見を助けた細身の男だった。奴はすごい形相で津久見を睨んでいた。
まさか! あいつか!?
中津はポケットに入れていたスマートグラスを装着した。その男は赤色だった。
「イヴ。あの黒い服を着た細身の男、今どんな感情を抱いてる?」
「怒りや憎しみを抱いているみたいだよ」
「人を襲う確率は?」
「九三%くらい」
中津は奴が津久見を襲う人物だと判断した。そのとき、電車はゆっくりと停車し、夢乃森学園前駅に到着した。
津久見が電車から降りたあとに細身の男も降りた。中津も少し遅れて降り、細身の男の様子を見ていた。細身の男は顔を隠すようにフードを深く被り、両手をパーカーのポケットに入れてから津久見と同じ方向へ歩き出した。
そのとき、頭がズキンとしてあるイメージが見えた。津久見が全身黒い服装でフードを被った人に襲われるイメージだった。黒服フードは右手にナイフを持っており、上から振りかざして津久見を刺そうとしていた。津久見は必死に抵抗し、黒服フードと揉み合った勢いで、黒服のフードが取れ、顔がはっきりと見えたのだった。その人物は、今津久見の後を追っている細身の男だった。
間違いない! あいつだ!
中津は確信し、細身の男に近づいて後ろから右肩を掴み、「あの、すみません」と声を掛けた。細身の男は立ち止まり、顔だけ横に向け「なにか?」と低い声で言った。そのとき、男の横顔が少し見えた。そのときの奴の目は憎しみにとらわれているようなヤバい目をしていた。話の通じる相手かどうかわからなかったが、一応説得を試みた。
中津が「右ポケット、何が入ってる?」と言うと、細身の男はビクッとして何も答えなかった。中津の見たイメージから予想すると、おそらくナイフが入っている。答えないということは、当たっているのだろう。中津が続けて「このまま何もせずに帰るなら、見逃してやる。だから…」と言っている途中で、細身の男は「うるさい!」と言った。それと同時にイヴが「夢翔くん! 避けて!」と言った。細身の男が中津を振り払おうとしてきたので、中津は咄嗟に掴んでいた手を離し、後ろに跳んだ。そのとき、細身の男が持っていた何かが中津の掛けていたスマートグラスに当たり、スマートグラスは吹っ飛んだ。中津はすぐに態勢を立て直したが、こめかみの辺りに切り傷ができて、少し血が流れていた。中津の推測通り、細身の男は右手にナイフを持っていた。
細身の男は「あいつは僕の愛を拒んだんだ。だから、殺してやる」と憎しみを噛みしめながら言い、「僕の邪魔するなー!」と大きな声で叫んだ。
その声で周りにいた女性が「キャー!」と叫びながら逃げ始めたことで、駅構内はパニックになり始めた。中津は一瞬周りに気を取られてしまい、その隙に細身の男は走り出し、津久見の後を追い始めた。中津もすぐに気づいて走って追いかけたが、細身の男の足は思っていたよりも速く、なかなか追いつけないでいた。すると、まだ駅の出口にいた津久見に追いつきそうになっていた。細身の男は改札口を飛び越え津久見に迫っていた。
まずい!
中津は「津久見さん、逃げて!」と大きな声で叫んだ。すると、その声が届いたようで、津久見は立ち止まり振り返った。津久見に逃げてほしかったのだが、状況を知らないので逃げるはずがなかった。津久見は目の前に迫っているナイフを持った細身の男に驚き、身を縮めて怖がっていた。
クソッ! 間に合わねぇ!
中津は必死で細身の男を追いかけた。
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