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夢人  作者: たか
10/64

大女優を護り抜け①

中津の見たイメージの金髪ロングの女子生徒は知らない顔だった。中津は慌てて周りを見渡したが、金髪ロングの女子生徒は見当たらなかった。

もしかして、今目の前を通った人か!?

そう思った中津は彼女を見たが、後ろ姿しか見えなかったので、わからなかった。

「夢翔くん? 急に心拍数が上がり始めたけど、どうしたの?」とイヴが言った。

「なんでもない。大丈夫だ」

中津は新聞を折りたたみ、鞄に入れてから、急いで彼女のあとを追った。彼女を追い越し、顔を確認しようとしたが、マスクとサングラスでほとんど顔を隠していたため全然顔が見えず、イメージで見た女子生徒と同じなのかわからなかった。しかし、今までの経験上、中津がイメージを見るときは、対象の人が近くにいることが多かった。今中津の近くには、彼女以外に金髪ロングの女性は見当たらない。おそらく彼女である可能性が高いが、顔が見えないので、確信が持てなかった。

そのまま中津が彼女と併進していると、彼女が警戒した様子で声を掛けてきた。

「なに? あたしになんか用?」

「あ、すみません。ちょっと気になったので…」

「なっ、何が気になったの?」

「そのー、どうして顔を隠しているのかなぁって…」

「あんたには関係ないでしょ!」

「そ、そうですね。すみません」

 彼女は怒っているようだった。それも仕方ないことである。いきなり知らない男に併進されたら不快になってもおかしくない。しかし、中津もここで引き下がるわけにはいかなかった。どうしても彼女の顔を確認しなければならなかったからだ。そうしなければ、人の命にかかわる事故が起こってしまう。だが、警戒されている相手に対して、どうやって歩み寄ればいいのか悩んでいた。すると、彼女から話しかけてきたのだった。

「あんた、もしかしてあたしのサインが欲しいの?」

「えっ、サイン? 別にいりませんけど」

「はあ? あんた、せっかくあたしから聞いてあげたのに、いらないってどういうこと!?」

「えっ、あ、すみません」

中津はなぜ彼女に怒られたのかわからなかった。だが、この展開が功を奏して、彼女がサングラスとマスクを外したのだった。

彼女の素顔はパッチリ二重に黒くて大きな瞳をしていた。全体的にバランスの整った顔立ちで、まるでモデルか女優にいそうな雰囲気の見た目だった。

中津は彼女の素顔を見て、イメージで見た女子生徒と同じであることがわかった。これで彼女がこのあと何らかの事故に巻き込まれるということがわかったので、中津は彼女をどう護るかを考え始めた。

さっき見たイメージでは、彼女がシルバーの高級車にはねられる姿が鮮明に見えていた。しかし、周りの景色がよく見えなかったので、場所は特定できなかった。学園内は駐車場以外で車が入れる場所はないので、おそらく校外であると推測できるが、そうなるとあまりにも範囲が広すぎるので、事前に事故現場を特定するのは難しそうだった。それに、彼女がいつ事故に巻き込まれるのかもわからない。なので、中津は彼女を見張っておく必要があると考え、このまま近づいた方が良いだろうと判断した。

「ちょっとあんた、聞いてるの?」と彼女は言った。

「えっ、あ、すみません。考え事してて聞いてませんでした」

「はあ? いつから聞いてなかったの?」

「えーっと、『あんた、せっかくあたしから聞いてあげたのに、いらないってどういうこと!?』ってあたりから…」

「ほとんど最初からじゃん! あんた、あたしを無視するってなかなかやるわね」

「いえ、そんなつもりは…」

 どうやら中津が考え事をしている間に、彼女は何か話していたようである。彼女の事故のイメージが衝撃的だったので、どう阻止するのかだけにとらわれてしまい、せっかくの情報を聞き流してしまったようだ。

「あんた、あたしが誰だかわからないの?」

「あ、はい。すみません。ここは生徒が多いので」

「はぁ~、やっぱりそうか。同じ学校に通う生徒の中に、まだあたしを知らない人がいるなんて、あたしもまだまだね」と彼女は言いながら、少し肩を落としていた。

「すみません。もしよければ教えてくれませんか?」

「……しょうがないから、無知なあんたに教えてあげる! あたしは津久見輝! 将来大女優になるんだから、覚えておきなさい!」

「津久見…輝…」

「どう? 聞いたことはあるでしょ?」

「……うーん……聞いたことあるような…ないような…あるよな…ないような…」

 中津は彼女の名前に聞き覚えがあったので記憶を遡ったが、なかなか思い出すことができなかった。

「それ、知らないってことだよね?」

「うーん。もう少しで思い出せそうなんですけど」

「もういいから! その程度にしか覚えられてないってことがわかったから!」

「すみません。あ、俺がただ無知なだけなので、津久見さんは気にしないでください」

「そう言われると、なんか腹が立つんだけど」

「すみません」

「ていうか、あんた。そもそもどうしてあたしに声を掛けてきたの? あたしのことを知らないのに」

「えっ、あ、それは…その…綺麗な人が歩いているなぁって思って」

「は? マスクとサングラスで顔を隠していたのに?」

「それは…その、綺麗な金髪だったから、きっと綺麗な人だろうなって」

「……つまり、あんたはあたしにナンパしたってことね」

「えっ、いや、そんなつもりは…」

 中津は言葉に詰まった。なぜなら、客観的に見ると明らかにナンパだったからだ。中津自身は、彼女を事故から護るために近づこうとしているのだが、周りの人にはそんなことわかるはずがない。ただ中津が可愛い女子生徒に話し掛けてナンパしているように見えるだけだった。当然、津久見自身もそう捉えているようだった。

「……で、どうだったの?」と津久見は言った。

「え?」

「だから、どうだったの?」

「どうだったのって、何が?」

「あたしが綺麗かどうかってこと!」

「あ、そ、そうですね。想像以上に綺麗な方でした。さすが将来大女優になる方ですね!」

「……そんなの当たり前でしょ! あたしを誰だと思っているの? 今更褒めたって、あんたの好感度は上がんないからね!」

 中津は、津久見の発言を聞いて内心焦っていた。津久見と仲良くならなければならないのに、最悪のスタートを切ってしまったからである。

このままじゃまずい。どうにかして仲良くならないと、彼女の事故を未然に防げないかもしれない。

 中津は再び考え始めた。

「ねぇ、あんたの名前はなんていうの?」

「ん? 俺ですか。中津夢翔です」

「中津…夢翔……。ん? どっかで聞いたことあるような…」

 津久見がそう言ったとき、昼休みの終わりのチャイムが鳴り響いた。それを聞いた津久見は「あ、もうこんな時間! じゃああたし、講義あるから」と言ってから走って教室に向かい始めた。中津はまだ良い案が思い浮かばなかったので、津久見がある程度離れたところで、津久見の後を追って行った。

そして津久見が教室に入ったのを確認してから、少しして中津も同じ教室に入った。そこは大教室で、一〇〇人ほどの受講生がいた。中津は出入り口近くの空席に座ってから、適当な本を鞄から取り出して、講義を受ける振りをしてから、周りを見渡した。すると、真ん中一番前の席、教壇の目の前に津久見の姿があった。

 今ここにいる生徒のほとんどはメディア・芸術学科を専攻しているようで、将来役者を目指している金の卵が集まっていた。

講義内容は、ダンスの歴史だった。中津はダンスの講義を受けたのは初めてだったが、結構面白く、楽しんで話を聞いていた。ダンスの起源から、当時の人々がどんなダンスを踊っていたのか、などの映像を観て、夢中になっていた。

中津は、とても魅力的な講義内容を途中まで真剣に聴いていたが、今はそれよりも津久見の情報を集めるのが先だと判断し、スマホを取り出して「津久見輝」を検索した。すると、津久見が思っていたよりも有名人であることがわかったのだった。

津久見本人のSNSを見て集めた情報によると、津久見は現在一六歳で、夢乃森学園に入学したばかりの一年生だった。小さいときから子役で活躍していたらしく、女優として働きながら学校に通っていたらしい。ということは、当然今も通いながら仕事をしているだろう。津久見は結構売れっ子のようで、夢乃森学園にもすでに多くのファンがいて、入学したばかりにもかかわらず、親衛隊ができるほどの人気があるらしい。現在は親元を離れて学生寮で暮らしているということだった。

中津は津久見のことをよく知らなかったが、どうやらマスクとサングラスで顔を隠していたのは、周りに気づかれないようにするためだったようだ。それが逆に目立っていたのは言うまでもなく、周りの人もそれに気づきながらも声を掛けなかったようだが…。そしてこのとき、中津はようやく津久見のことを思い出したのだった。どこかで目にした名前だと思ったら、姫島のことを最初に『歌姫』と呟いてバズらせた張本人だった。津久見が姫島の歌声を気に入ったことを知り、彼女に少し親近感が湧いたのだった。


 チャイムが鳴り、講義が終わったと同時にほとんどの生徒がすぐに立ち上がって教室から出て行っていたが、津久見は先生に質問していた。中津は先に教室を出て、少し離れた場所から津久見が出てくるのを待ったが、なかなか出てこなかった。教室から出てくる生徒の流れが途切れてからも津久見が出てくる気配はなかった。

まさか見逃した!?

 中津は慌てて教室のドアを開け、中を見渡すと、津久見は席に座ってノートを眺めて、復習しているようだった。そしてちょうど復習を終えたようで、「よし!」と言ってからノートを閉じ、鞄に入れ、席を立った。中津は急いでドアを閉め、少し離れた場所に身を隠し、津久見が出てくるのを待った。そして津久見が教室から出てきて、次の教室へ移動を始めたので、中津も気づかれないように後をついて行った。結局、良い案が思いつかなかったので、尾行作戦にしたのだった。気づかれるとストーカーと勘違いされる恐れがあったので、細心の注意を払って尾行した。

 しばらく後を追っていると、津久見は突然立ち止まり、鞄からスマホを取り出し、鏡代わりにして前髪を整え始めた。中津も一定の距離を保ったまま立ち止まって観察していると、津久見はスマホを鞄に入れた瞬間に突然走り出した。中津は慌てて津久見を見失わないように後を追った。津久見がどこに行っているのかわからないが、段々周りに人の姿がなくなっていった。

津久見はそのままある建物の裏に隠れてしまったので、姿が見えなくなった。中津は急いでそこまで走って行き、建物の壁の端から、そっと裏の様子を覗き込んだが、そこに津久見の姿はなかった。中津がその光景を見て唖然として立ち尽くしていると、後ろから「わっ!」という大きな声がした。中津は跳び上がって驚き、振り返ると、津久見が立っていた。中津の驚き方が面白かったようで、津久見は「アハハハハ」と笑っていた。

「津久見さんか。ビックリしたぁ」

「アハハハハ、いい驚きぶりね!」

「心臓が飛び出るかと思いました」

「あたしを尾行したお返し」

「気づいてましたか」

「当然でしょ! あんた、教室を出たときからずっとあたしをつけてたでしょ?」

「そ、それは…」

「正直に言わないと、警察呼ぶよ」

 津久見はスマホを片手に脅してきた。結構本気な目をしていたので、正直に告白することにした。

「はい。してました。すみません」

 中津はすぐに認めて頭を下げて謝った。

「あんた、どうしてあたしをつけてたわけ?」

「それは……」

中津は頭をフル回転させて考えた。

 キミが事故に巻き込まれる予知夢を見たから、助けたくて。

 そんなことは当然言えない。言っても信じてもらえないだろうし、最悪警察に通報されてしまう。津久見に変な奴と思われない、かつ、仲良くなれそうな答えを言わなければならなかった。そして咄嗟に思いついたことを言った。

「……津久見さんの話を聞きたいと思って」

「あたしの話を?」

「はい」

「どうして? そんなにあたしと話したいの?」

「いや、そうじゃなくて、何か悩んでいるようだったので、話を聞こうと」

「悩んでる? あたしが?」

「はい。そんな風に見えました」

 これが中津の答えだった。人は一つや二つ悩みを抱えているものである。特に思い当たらなくても、このように言えば、何か考えて見つけるはずである。それに、人は自分のことを話したがる生き物である。特に自分に自信のある人、つまり津久見のような性格の人は話すことが大好きなはずだ。そう推測した中津は、津久見の話を聞きながら情報を集めることもできるし、それで仲良くなれれば一石二鳥だと考えたのだった。

中津の答えに対して津久見は「そっ」と言ったので、納得してくれたと思っていたが、そのあと続けてこう言った。

「……そう言ってあたしに近づいて来た人は今まで何人もいたけど、全員があたしの弱みを握ろうとしていた。そして悪い噂を流してあたしに嫌がらせをしてきた。……あんたもどうせ、そうなんでしょ?」

「いや、俺は…」

「気にしないで。そういうことにはもう慣れてるから……」と津久見は少し悲しげな表情で言った。「だけど、もしまたあたしをつけたら、今度は絶対許さないから!」

 津久見は鋭い目つきでそう言ってから振り返り、歩いて行った。中津は、津久見の怒った顔に気圧され、何も言うことができずに、ただ津久見の後ろ姿を見送るだけだった。しかしそのとき、中津の頭がズキンとして、またイメージが見えたのだった。先程のイメージと同じで、津久見がシルバーの高級車にはねられる姿が見えたが、今度はさっきよりも見えた範囲が広がっていたので、新しい情報を得ることができたのだった。

まず、空が明るかったので、夜になる前に事故が起こるということがわかった。また、周りにカフェ、コンビニ、車のディーラーが順に並んでいる風景が見え、津久見はディーラーの前の歩道を歩いているときに事故に巻き込まれるようだった。

中津はスマホを取り出してイヴに情報を伝え、すぐに周辺を調べてもらった。すると、夢乃森学園前駅の近くにイメージで見た三つの店が並んでいる場所があることがわかった。他にも似た場所がないか、それぞれの店名を検索して周辺を調べたが、近くでこの三つが並んでいる場所は、一箇所しかなかった。

中津はそれでも不安が拭えなかったので、その場所がイメージで見た場所と同じか確認するため、急いでその場所に向かうことにした。

「夢翔くん! このあとの講義はどうするの?」とイヴが言った。

「ごめん。急用ができたから休む」

「そんなに大事なことなの?」

「ああ」

「……わかった。気をつけてよ」

 イヴは納得してくれたのだった。今までも似たようなことが何度かあったので、しつこく言わない方がいいと判断したようである。


調べた場所に到着すると、イメージで見た場所と同じだった。建物の見た目、大きさ、歩道の色が赤いことなど、すべてが見たままで、車通りも多かった。おそらく津久見は、駅に向かっている途中で車の事故に巻き込まれるのだろう。確証を得たわけではないが、中津はここに賭けることにした。本当は津久見をここに近づけないことが一番安心できるのだが、最早それはできない。あんなことを言われてしまっては、こっそりついて行くのも難しい。津久見を不快にさせてしまうのは問題だが、中津がストーカーと言われるのも問題である。そんなことになってしまったら、夢乃森学園を退学になるだろうし、それは嫌だった。

なので、中津はその場で津久見が現れるのを待ち、偶然を装って話し掛け、事故現場に近づかないように少しでも時間稼ぎをする作戦に出ることにしたのである。先程の津久見の様子から判断して、津久見はおそらく中津と話したくないだろう。もしかしたら、罵詈雑言を浴びせられるかもしれない。それでも津久見の命の方が大事なので、そこは我慢すれば問題ない。

ビルの物陰に隠れて見張っている間、中津は不安だった。

もし場所を間違えていたらどうしよう。すでに事故に巻き込まれていないよな?

そんなネガティブ思考に陥ってしまう度に、イヴに情報を確認して事故が起こってないことを確認した。そんな状態のまま小一時間過ぎたとき、津久見の姿が見えたのだった。その瞬間、今までの心配が杞憂に終わったことに少しホッとした。中津は賭けに勝ったのだった。しかし、重要なのはここからだった。

中津は、この場所で津久見が事故に巻き込まれるということをほぼ確信した。そして偶然を装って話し掛けるために自然に歩道に出ようとした。そのとき、ほぼ同時に後ろからいきなり銀髪の女子生徒が中津を追い越して行き、津久見に声を掛けた。それを見た中津は咄嗟に物陰に隠れて様子を伺うことにした。

津久見に話し掛けていたのは国東だった。二人が何を話しているのか聞こえなかったが、国東のテンションが高く、津久見はビジネススマイルのような無理やり作った笑顔で話しているように見えたので、おそらく国東が津久見のファンで偶然見つけて声を掛けたのだろう、と推測した。これは中津にとって嬉しい誤算だった。今二人が話している場所は、事故があるディーラーから離れているので、このまま国東が津久見を足止めしておけば、事故に巻き込まれることはないだろう。津久見にとっても、すでに嫌われている自分が話し掛けるより、ファンである国東と話していた方がマシだろう。

そんなことを考えながら二人を見ていると、ディーラーの方から「ドカン! ガシャン! パリーン!」という大きな音がした。中津が音のした方に視線を送ると、中津の見たイメージ通り、グレーの高級自動車がディーラーに突っ込んでいた。道路にはトラックが停まっていたので、おそらくこの二台がぶつかり、グレーの高級車が吹き飛ばされて、お店に突っ込んだと考えられる。トラックは自動運転で、グレーの高級車は人が運転しているようだった。原因は、高級車に乗っていた運転手のミスのようだった。自動運転が当たり前になった今の時代、一般道で車を運転する人と言えば、車好きや運転好きくらいであり、事故を起こすのも大抵人が運転している車である。

幸い通行人と店にいた人は近くにいなかったようで、グレーの高級車の運転手が軽い怪我をしただけだったようだ。

これでもう津久見さんは大丈夫だ。

 中津はそう思ったが、少し違和感を覚えたのだった。イメージで見た通り、グレーの高級車がディーラーに突っ込む事故が起こったが、津久見は巻き込まれなかった。これで解決のはずだ。でも、なぜかモヤモヤが晴れなかった。なので、中津はもう一度事故現場をよく観察した。そしてハッと気づいたのである。事故を起こした車の色が違うということに。今事故を起こしているのはグレーの高級車だが、中津がイメージで見た車はシルバーの高級車だった。

まずい!

 中津が津久見に視線を送ると、津久見は一歩も動いておらず、辺りを見渡していた。さっきまで隣にいた国東はすでにいなかった。中津が津久見の場所まで行こうと一歩踏み出したそのとき、頭がズキンとして、またイメージが見えたのだった。それは、シルバーの高級車が津久見をはねるイメージだった。どうやら、まだ津久見の安全は確保できていないようだった。そして津久見の後ろに猛スピードで走っているシルバーの高級車が見えた。中津は、その車が津久見を巻き込む車と同じだということがわかり、作戦のことなど忘れて急いで津久見の元へ走って向かった。

 シルバーの高級車は物凄いスピードで走っていた。そして中央分離帯にぶつかってから、コントロールを失ったように蛇行し、最終的に津久見が立っている歩道側へ勢いよく飛び込んできた。津久見は音に気づいて振り返っていたが、避ける暇がなくその場に立ち尽くしていた。中津は寸前のところで津久見に飛びつき、二人はギリギリのところで避けることができたのだった。中津は津久見を怪我させないように下になって倒れ込んだ。この前は受け身に失敗して右肩を怪我したが、今度は上手くいったのだった。

 急なことで、津久見は戸惑っているようだったので、中津は津久見を抱き寄せていた手を緩めた。津久見はパッと起き上がり、すぐに中津から離れ、身なりを整えた。

「あっ、あんた!」

「や、やあ、津久見さん。偶然ですね! 怪我してないですか?」

「えっ、あ、うん。大丈夫だけど…」

「そうですか! なら良かったです」

「…あんたは大丈夫なの?」

「はい。なんとか」

「そう…」

 中津はすぐに立ち上がり、無傷であるアピールをしたが、津久見は怪しんでいるような顔で中津を見ていた。中津は津久見に何て言われるのか不安だった。

咄嗟とはいえ、いきなり嫌いな人に抱きつかれるのは不快だったはずだ。今度こそ警察に通報されるかもしれない。そして逮捕され、前科持ちになってしまう。もしそうなったら、夢乃森学園も退学になってしまう。そうなったときは、夢乃森学園や理事長に少しでも迷惑をかけないために、自主退学した方がいいだろう。

中津は最悪の事態を想定しながら、津久見の言葉を待っていたが、彼女はなかなか口を開かなかった。中津も自分から地雷を踏んでいくようなことはしたくなかったので、しばらく沈黙が続いていたが、そのとき、上の方から「ガシャン!」という音がしたのだった。

「夢翔くん! 危ない!」とイヴが言った。

 二人は音のした方に視線を送った。すると、二人が立っていた場所の横に建っているビルの屋上に置いてあった大きくて分厚い鉄の板が落ちてきていたのだった。その板は二人めがけて落ちてきていた。避けなければ二人とも下敷きになってしまうが、一瞬のことだったので、気づいたときには避けられそうになかった。

しかし、二人にぶつかる直前に別府が現れて鉄板を空中で蹴り飛ばしたのだった。鉄板は誰もいないところに吹っ飛び、別府の蹴った跡がくっきりついていた。

「中津! 大丈夫か!?」

「別府! どうしてここに?」

「えっ、あー、たまたま通りかかったんだ」

「そっか。ありがとう。助かった」

「それよりも怪我は?」

「大丈夫だ」

「そっか。よかった。キミも大丈夫だった?」と別府は津久見に視線を移して言った。

「は、はい。大丈夫です」

「そっか。よかった」と別府は二人の無事を確認してホッと胸を撫でおろしていたのも束の間、「じゃあ俺、ちょっと急いでるから、またな!」と言って、急いでいる様子で走ってどこかへ行ってしまったのだった。

中津が「えっ、あ、ああ。また」と言い終わる前には別府の姿は見えなくなっていた。

別府は何かを追っているようだったが、あんなに焦っている別府を見るのは初めてだった。何か大切な用事なのだろう。


別府がいなくなったことで再び沈黙が訪れるかもしれないと思っていると、津久見が口を開いた。

「あんた、あんなカッコイイ人と友達なんだね」

「え、あ、はい。そうですね。彼は同じ学科を専攻している別府剣悟って言って、一年のときに声を掛けられて仲良くなったんです。やさしくて良い人です」

「別府剣悟……あの人が」

 津久見は先程の怪しんでいるような表情ではなくなっていたので、今がこの状況をうやむやにするチャンスと判断し、中津は行動に移そうとした。

中津が「じゃ、じゃあ、俺はこの辺で…」と言って帰ろうとしたとき、少し離れた場所から「中津くん!」と言う女性の声が聴こえた。中津が声のした方に視線を送ると、姫島が走って来ていた。姫島が中津と津久見の目の前まで来たときには、息を切らして両手を膝についていた。それくらい急いでやって来たようだった。

「姫島さん! どうしたんですか? そんなに急いで」

「さっきまでそこのカフェにいたんだけど、はぁ、はぁ、目の前で事故があったから急いで来たの。はぁ、はぁ、そしたら、はぁ、中津くんたちが、はぁ、巻き込まれそうになっていたから……」

「そうでしたか」

「中津くん、怪我は?」

「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「そっか。よかったぁ」

 姫島は胸に手を当て、ようやく落ち着くことができたという様子だった。

「あなたも怪我はしてないですか?」と姫島は津久見に視線を移して言った。

「あ、ああ、あああ…」と津久見は挙動不審だった。

「津久見さん?」と中津は言った。

「ああ、あなたは、姫島響歌さん!」

「あっ、あなたは、津久見輝さん!?」

「は、はい。お逢いできて光栄です」

「私の方こそ、逢えて嬉しいです」

「あ、あの、握手してくれませんか?」

「あ、はい」

 津久見が右手を差し出すと、姫島は応じた。二人がギュッと手を握ると、津久見は左手も添えて、両手で握手をしていた。それに釣られて姫島も両手で応じていた。

「ありがとうございます。この手、もう一生洗いません」と津久見は興奮気味に言った。

「そ、それはちょっと…」

「あっ、サ、サインいただいていいですか?」

「えっ、サイン!? そんなの書いたことないですけど」

「ってことは、あたしが一番ってことですね。やったー!」

 津久見はそう言って、肩に掛けていた鞄から色紙と黒のマジックペンを取り出し、姫島に渡した。姫島は戸惑いながらも受け取り、綺麗な字で「津久見輝さんへ! 姫島響歌」と書いて返した。

津久見はそれを受け取ると、両手で持ち、上へ掲げ、目を輝かせながら最高の笑顔で見つめていた。「やったー。歌姫のサインだ!」

姫島は顔を赤くして恥ずかしそうだったが、まんざらでもなさそうだった。

「あ、あの、私も津久見さんのサインをもらってもいいですか?」

「えっ、あたしのサインをもらってくれるんですか?」

「はい。もらえたら嬉しいなと思って。あ、でも、今色紙持ってないから、また今度に…」

「大丈夫です。あたしが持っているので」

 津久見はそう言って、鞄からもう一枚色紙を取り出し、慣れた手つきでサインを書き、姫島に渡した。津久見のサインは、アルファベットを可愛くアレンジしたオリジナルのサインだった。

「ありがとうございます。あ、それと私、津久見さんにもう一つお礼を言わないといけないと思っていたんです」

「えっ、お礼、ですか?」

「はい。今みたいに私の名前が広まったのは、津久見さんがSNSで呟いてくれたのがきっかけです。本当にありがとうございます」

「い、いえ。あたしは正直な気持ちを呟いただけで何もしてません」

「そんなことないです。もしあの日、津久見さんが呟いてくれていなかったら、今みたいになっていなかったと思います」

「それは買い被り過ぎです。あたしじゃなく、姫島先輩の歌声が素晴らしいんです」

 津久見と姫島はお互いが謙遜し合いながら会話をしていて、中津は見ていてホッコリしていた。それに、内心では津久見の変貌に驚いていた。中津に対する態度と姫島に対する態度がまるで別人だったからだ。さすが女優だけあって、演じるのは得意なようである。

津久見と姫島の会話はもう少し続いた。

「実はあたし、少し前まで悩んでいたことがあったんです。それに仕事のミスも続いて嫌になっていました。でも、あの日偶然姫島先輩の歌声を聴いて感動して、考えが変わりました。もっと頑張ろうって思えたんです。だから、あたしの方こそ、ありがとう、です!」

「そうだったんだ。津久見さんが元気になれたのなら、私も嬉しい」

 どうやら姫島は、津久見の人生を後押ししており、津久見は姫島の人生を後押していたらしい。本人たちは気づいていないうちに、間接的に影響を及ぼし合っていたようだ。それはまるで『夢人』みたいだと思った。夢人は頑張っている人の前に現れて、願いを叶えてくれる存在。この二人の前に現れても不思議ではない。いや、もしかすると、この二人みたいに他人を元気にしたり、励ましたりする人たちのことを『夢人』というのではないだろうか。二人にはなんとなく、人々を元気にするような不思議な力があるように感じた。

「あ、あの! 姫島響歌さん!」

「ん? なに?」

「ああ、あの、れ、連絡先を、こ、交換、しません、か?」と津久見はスマホを片手に恐る恐る言った。

「うん。もちろんいいよ!」

 姫島はあっさりと承諾し、鞄からスマホ取り出して、二人は連絡先を交換し始めた。津久見は、姫島の名前が表示されている画面を見つめながら、サインをもらったときと同じくらい感動した様子で喜んでいた。津久見は興奮したテンションのまま早速メッセージを送っていた。

「あ、中津くんも交換しようよ」と姫島が言った。

「えっ、俺も?」

「うん。この前聞きそびれたから、今度会ったときは絶対聞こうって思ってたの。ダメ、かな?」

「いや、ダメじゃないけど」

「ほんと! じゃあ、はいこれ!」

 姫島は純粋に喜んでくれているようだったが、その隣で津久見が嫉妬しているような目でジーっと中津を見つめていた。その視線が痛かったが、中津は気づかない振りをしてポケットからスマホを取り出し、姫島と連絡先を交換した。

中津のスマホに姫島響歌の名前と音符のアイコンが表示された。中津は嬉しくてついニヤケてしまったが、すぐにそのことに気づいて抑え込んだ。姫島は津久見に返信していたので、中津のニヤケ顔に気づいていなかったが、津久見は中津のニヤケ顔に気づいたらしく、軽蔑するかのような目を向けていた。

「なに? あたしは教えないからね」と津久見は言い、自分の身を護るような体勢になった。

「あ、はい」

 中津は津久見と相性が悪いらしい。仲良くなることは難しかったようだ。だが、もうかかわることがないので、ホッとしていた。

津久見は自分のスマホを見て突然ハッとして「あー!」と叫んだ。

「ど、どうしたの?」と姫島が言った。

「もうこんな時間! ごめんなさい。あたし、仕事があるので失礼します!」

「え、あ、うん」

「では、また」

 津久見はそう言って慌ただしい様子で駅の方へ走って行った。途中振り返って手を振ってきたので、姫島が手を振り返すと、嬉しそうだった。中津も振り返すと、舌を出してアッカンベーをしてきた。どうやらまだ怒っているようである。

「俺はこのまま帰るけど、姫島さんは?」

「あ、私も帰る」

「じゃあ、途中まで一緒に帰りませんか?」

「うん。いいよ!」

 ということで、中津は姫島と一緒に帰ろうとしたとき、突然頭がズキンとして、あるイメージが見えたのだった。今回見えたイメージは、津久見が何者かに襲われているイメージだった。相手は一人だったが、全身黒い服にフードを深く被っていたので顔は見えなかった。背丈は津久見より大きく、体格ががっしりしているように見えたので、女性よりも男性の体つきに見えた。右手に何か持っているようだったが、よく見えなかった。周りは暗かったので場所はわからないが、夜だということはわかった。つまり、このあと津久見は何者かに襲われる可能性が高いということだ。

 中津は振り返ったが、すでに津久見の姿は見えなかった。

 まずい。早く探さないと!

中津がそう思っていたとき、姫島が「中津くん、どうしたの?」と心配そうな顔をして言った。中津が頭を抱えて冷や汗をかいていたので、心配してくれたようだった。

「ごめんなさい。俺、急用を思い出したから、ちょっと行って来ます!」

「え!?」

「じゃあ、また。姫島さん」

 中津はそう言って津久見のあとを追って駅に向かって走って行った。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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