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パリピ探偵×龍和红姫  作者: 相沢ケイ × 吉良 瞳
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追跡

 街からの帰り道、ベントレーの車内でグッタリしたポアが大袈裟に溜息を吐く。

 窓の外はすっかり真っ暗で、街灯の灯りが忙しく通り過ぎていく。

「うへー……ポア君もうクタクタだよぉ」

 彼はそう言いながら助手席のマッサージ機能を起動させた。

「ははは、お前もメイに色々買ってもらっただろ? 労働対価って奴だぜ。でもサンキューな」

 ハンドルを片手で握りながら、タツはポアの頭を撫でた。

 今、この外車の大きなトランクには明蘭がブランドショップで大量に購入した洋服が詰め込まれている。ポアはそれを運び込むのを手伝わされたのだった。

 普段、タツがこれを明蘭のために一人でこなしているのだと思うと、ポアは血の気が引くのを感じた。

「メイちゃん、私の分まで何だかごめんね……」

 後席の眞理も弱々しく口にする。

 彼女も頭から爪先まで明蘭に揃えてもらっていたのだ。

 ラベンダーカラーのリボンカチューシャに、薄手の白い半袖ブラウス。そして、色々なパターンの白レースがあしらわれた、頭のリボンと同じ色のジャンパースカートにレースのニーハイソックス。

 今、自身が纏っている物の総額を想像する度に眞理の身体が震える。

「ふふふ。眞理姉さんと双子ちゃんができて嬉しいな」

 眞理と色違いで服装を揃えて上機嫌な明蘭が、コンソールボックスに頬杖をつきながら微笑む。

「メイちゃんこそお人形さんみたいで可愛いですよ」

 ぎこちない笑顔で眞理が言うと、明蘭は顔を一層とにっこりさせた。

 やがて、明蘭の住む高層マンションの麓に辿り着くと、小汚い外車がハザードを点滅させて停まっていた。

 その近くでダリアが煙を蒸している。

 タツは彼の近くまで車を寄せ、窓を下ろした。

「待たせたな。悪いんだけど、荷物下ろすのお前も手伝ってくれ」

 そう言いながらタツが後ろを親指で指すと、彼はコクリと頷く。

 そしてベントレーの後ろに周ると、その腰を軽やかにトランクの上に乗せて長い脚を組んだ。

「マジ? そこに乗るの?」

 ポアがミラー越しに彼を見る。

 タツは構わずに、ゆっくりと車を地下の駐車場へ滑り込ませた。

 ベントレーが白いラリーカーの隣に収まる。

 降りて背伸びをするポアに、タツは腰から違う鍵を取り出し渡した。

「疲れてんだろ? 俺とダリアでメイの荷物片付けてくるから、先にエヴォに乗ってな」

 彼が鍵のスイッチを押すと、白いラリーカーがハザードを点滅させた。

「おっけー」

 いつもの軽い調子で返事したポアは、眞理と一緒にエヴォⅣの後部席に乗り込んだ。

「うっへー、狭いなー」

 ベントレーとは真逆の窮屈さにポアが顔を歪める。だが彼が隣を見ると、窄めたレースやフリルに圧迫された眞理が更に窮屈そうにしていた。

「……眞理ちゃん、大丈夫?」

「な、何とか」

 そんな状態で二人は、上がっていく明蘭達を車内から見送った。


「いや〜、しかし、凄い人達だよね。チョチョっとついて行っただけでポンと気前良くお洋服買ってくれるし。気さくだし。あと明ちゃん可愛いし……俺、本気で狙っちゃおっかな〜?」

「それは動機が不純では……」

 狭い車内で、ポアは胸元のジャボタイをつまんで「こういうファッションは何気初めて」と新鮮そうにしている。着て帰ってきたのは、明蘭が爆買いした服で車の場所を取ったため。

 眞理に至っては、新鮮どころか別人にされてしまった気分である。一番最初に試着させてもらった紫色のロリィタ服は、ロリィタファッションの中でもドレス系に分類されるものらしく愛好家達の中でも特別な時にしか着ないものだという。時短メイクで太刀打ち出来ないのは当然の事であった。

 その後、明蘭に初心者向けで比較的大人しめのものを勧めてもらった。大人しいとはいえ、抜かり無くレースとリボンがあちこちに施されている。髪型もポニーテールより下ろした方が良いと指摘され、現在は結んでいない。「眞理姉さん、下ろした方が素敵だよ」と明蘭が褒めてくれたが、眞理にはそう言って微笑む彼女の方が余程天使に見えた。同じ服を身に纏うとこうも差が出るのか、と思う。眞理は彼女が嬉しそうだったので御礼を述べるに留めた。

「眞理ちゃんは金持ちの変人がいつも隣に居るから慣れてるのかもしれないけど、俺にとっては目新しくて面白いんだよ。あんな良い車にも乗れて超ラッキー。阿笠さんの車知ってる? 中古の軽自動車だよ。手入れだけは気持ち悪いくらいしてあるんだけど所々錆びてんの。……つ〜かさ、見てこれ」

 芝崎にスマホの画面を見せる。そこには、明蘭とタツが会話をしている様子を隠し撮りした写真が写っていた。いつの間にこんなものを取っていたのか。本人達に見つかれば怒られるだろう。

「……なんだ、やっぱり本気じゃないんだ」

「いや、半分は本気だよ? たださあ、あの二人見ていてもどかしいんだよね。絶対お互いの事好きなのに、気を遣いすぎてるっていうか。傷つけない様にしてるっていうか。だから、これを機にアタックかけるか恋のキューピッドするかっていうところで悩んでる」

「お互いを知っているが故に付かず離れずって印象はあるね。特にタツさん」

「因みにこっちは俺と明ちゃんのツーショ。よく撮れてるでしょ。今のうちにSNS投稿しとこ〜

 眞理が本人達の確認は取ったのだろうかと思っている間に、ポアは投稿を完了させてしまった。

「……ポアくんて、色んな女の子と付き合ってるイメージだから、私としてはやめてほしいな……。明ちゃんみたいな子を泣かせたら流石に怒るよ?」

「否定はしないね。黒服のチャイニーズマフィアが明ちゃんを泣かせた報復に現れても驚かないよね〜あはは」

 念の為釘を刺しておこう、と眞理が苦言を呈するもポアは軽口を言ってケラケラを笑った。

 しかし、その後急に黙り込んだかと思うと、真剣な面持ちで口を開く。

「……流石に無いよね?」

 高級車の数々に、富豪並みの金銭感覚。お嬢様と執事ときて、最後にガタイの良いダリアの顔が眞理の頭に浮かぶ。

「えーっと……」

彼女がなんと答えて良いか困った所で、軽快な靴音が響いてきた。ポアと眞理は人差し指を口元に当てて今の話は秘する事を心に決めた。

 戻ってきたタツが運転席のドアを開ける。

「いやー待たせたな」

 明蘭と一緒にドサっと乗り込み、鍵を刺し回すとエヴォⅣが排気音を荒々しく奏でる。

 その暴力的な音色に眞理が思わずビクッとした。

「タツ君のスポーツカー、なんだか久しぶりだね」

 助手席でベルトをしながら明蘭はタツを見つめた。

「な。久しぶりに動かすな」

 タツはそう言い、ギアを一速に入れる。それからアクセルを吹かすと、マフラーから獣のような咆哮があがり運転席のメーターがピクリと動く。

 車が地上に出る上り坂に差し掛かると、競技用の強固なサスペンションのガチガチとした衝撃がポアと眞理の腰を打ちつける。

「私、自分の車持ってきたら良かったな……」

 誰にも聞こえないような声で眞理は呟く。

 地上に上がると、空にはすっかり月が出ていた。公道に出るとダリアの車がゆっくりと後から付いてくる。

 今夜、いよいよ捜査の開始。

 後ろで足を組むポアは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

「手がかりが聞き出せると良いけどな」

 慣れた手付きでギアを掻き回すタツ。

 眞理は細々とメモした手帳を取り出して開いた。

「法橋サトルさん、26歳男性。兄妹は妹のりえさん。自動車整備工場に6年間勤務。失踪二ヶ月前に退職。喫煙者、愛車はトヨタ86……どうしよう。情報が少なすぎますね」

「俺が最後に連絡取っていたのも二ヶ月半程前。その一週間二週間の間に何があったか……だな」

 タツの呟きを眞理はメモする。

 書き込んだ後、彼女は何か思い出したように顔を上げた。

「そういえば、タツさん。サトルさんが忙しそうにしていたと仰っていましたよね? それはいつの話ですか?」

「あー……。そう言えば、最後にメッセージ送りあって、その二日後くらいに一回電話してるんだ。悪りぃな、言い忘れていた」 

 眞理はその事も漏らさないようにペンを走らせる。

「タツ君、何のお話ししたの?」

 無邪気に明蘭が話に入る。

「何か夜にバイト始めたみたいな事言ってたな。そのバイト先、聞いておけば良かったな……」

「いえ、大丈夫ですよ。うーん、副業……お金に困ったとかでしょうか?」

 外を眺めながらその会話を聞いていたポアはニヤリと口角を上げ、ゆっくりと眞理の方を向いた。

 目があった彼女がキョトンとする。

「理由はお金じゃ無いと思うんだよね」

「どうして……あっ」

 眞理の頭の中に、昼間に見た通帳が浮かぶ。

 ――建設的に貯蓄されていますね。

 ――ミニマリストなあいつが趣味の車以外に注ぎ込むなんて考えられねぇ。

 眞理自身の言葉と、タツがこぼした些細な情報だ。

「お金じゃ無ぇなら理由は何だ? バイトなんて、金欠か趣味の延長じゃないと普通しないぜ?」

「タツさんの言う通り、副業をされる方は大体金銭が理由ですが……。まぁ、今回の事件にそのバイトが関係するかどうかはまだわかりませんからね」

 眞理の言葉を最後に、車内は沈黙した。

 やがて、車窓に映る景色は観光地である日本庭園の石壁から、山側に続く片側二車線道路へと変わった。

 遅い車を何台か追い越していると、前方に風変わりな大型トラックが走っている事に気がつく。

「あれって……」

 明蘭が指差す。

 四人を乗せたエヴォⅣがトラックの右に出て並走すると、そのコンテナにデカデカと印刷された広告写真が見えた。

「げ、あれって」

 苦い顔をしたポアは、バッグから何かを取り出した。

『天内 瑆』

 そう、コンテナ部に印刷されていたのは、ポアが街で見かけた男の顔。

「結構前に繁華街で声かけてきた奴だな」

 ゆっくり追い越しながら呟くタツの後ろで、ポアは眞理越しにトラックの運転席を見上げた。

 ハンドルを握っていたのは、一部刈り上げた短髪の実に屈強な男だった。例えるとすれば、熊が運転席に座っているような絵面だ。

 ポアは目が合わないうちに前を向いた。

「おっ来たぜ」

 タツが前を指さすと、看板のついた交差点が見えてきた。

『判沢大学 医皇山 白間キャンパス』

 エヴォⅣと、ダリアのボルボが白間キャンパス側に曲がる。

 すると、その後方の広告トラックも一緒に曲がって来た事にポアが気づいた。

「あのトラックも山に上がるの?」

 鏡越しに眺めながらポアが呟く。

「そういえば山中に大型車用の整備工場みたいな所があった気がするぜ?」

「ふーん」

 タツがそう言うならと、ポアは気にするのを止めた。


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