09 激動の兆し
この世界は全世界共通の言語を使うことになっている。という筆者のご都合主義。
シリウスの、ジークとの特訓はもうすぐ一周年を迎えるようです。
「空間干渉術式の頂点、その名はーー“魔導領域”」
ーー“魔導領域”
大気の魔力、すなわちマナへの干渉により、マナが使用者の“色”に染まることで生まれる、固有術式の空間。
それは独自の効果を持ち、領域によっては必殺の一手にもなり得る、強力な術式だ。
そんな魔導領域に辿り着けるのは、固有術式である『究極魔法』の中でもそのさらに上位の『窮極魔法』を持つ者のみとされている。
そもそも、空間干渉術式とは、体内、または体外で発現した術式を、身体に纏うものではない術式ーーつまり、文字通り固有術式やその他後天的に会得した術式により、空間に干渉することで発現する術式のことを言う。
それは原始魔法などによる干渉であれば、行使した術式の“色”にマナを染めて、術式ごとにそれぞれの空間へと変えることが可能だが、魔導領域は一味違う。
先ず、魔導領域と呼べるものはーー
・固有術式での空間干渉術式のみの呼称。
・『窮極魔法』以上での空間干渉に限定される。
この二点が絶対条件である。
現状最強とされている固有術式は、『窮極魔法』だ。
固有術式が強力であるほど、マナへの干渉時に与える影響が大きい。
魔導領域は、『窮極魔法』による空間干渉で、空間を固有術式そのものにする術式だ。そこに相手を引き込めば、まさに使用者の掌の上ということになる。
以上のことを、ヴィントは教えてくれた。
魔導書に書いてあったことと一致した。あまり関係がない、と読み流し、うろ覚えということが正直なところだが、それなりに印象に残っていた。
ふむ、とヴィントは顎に手をやる。
「貴女、獣竜王よりも真摯に話を聴いてくれるのね」
「え?そうか……そう、ですか?」
「フフッ、今更畏まる必要なんて無いわ。取り繕うのと、礼儀は似て非なるものなのよ」
「それは、オレのことなんでどうでもいい、と?」
「否定しきれないわね」
「辛辣……」
「でもね、その一人称は何とかしたらどうかしら?……野蛮で、下品よ」
ズバリ言われたシリウスは、少し考える。
シリウスの性格ゆえ、乙女な一人称は好きでは無いのだ。よって“オレ”に落ち着いた。
ーー“ワタシ”より一文字少ないし。
「ヴィント、君の気持ちも分からなくはないが、一人称はその人の個性だ。尊重するべきだよ」
「……そう言われると、耳が痛いわね」
ため息を吐くヴィント。
さて、と再び話し出すがーー
「百聞は一見にしかずとは言うものの、魔導領域を見せることはできないわ。最悪の場合、貴女たちを殺しかねないもの」
「納得」
魔導領域の凄まじさを聞いた後では、わざわざ見ようとも思わない。
「それで、もう宜しいのかしら、魔人王殿?」
「充分だよ、ありがとうヴィント」
「そう。では、もうお別れかしーー」
言いかけた時だ。
突如、爆発音が鳴り響いた。同時に、足元が揺れる。
地震にしてはおかしい。ここは浮島だからだ。
明らかに、外部から攻撃を受けていた。
「ーー急ぎましょう」
ヴィントが言うと、ジークも頷いた。
そして動き出した時ーー咆哮。空気がビリビリと震える。
同時に、シルフ全域に警報が流れた。
『緊急!竜種の襲来を確認。直ちに非難、兵団は早急に出動せよ!繰り返す。竜種襲来!兵団は早急に出動せよ!』
「魔人王殿!」
ヴィントはジークに合図を出す。
「任せてよ!」
ジークが答えると、ヴィントは渡り廊下から飛び降りる。
瞬時に変態。腕は翼と化し、美しい足は鱗に包まれ、鉤爪となった。
流石は鳥人族。最短ルートで、文字通り現場へ飛んでいった。
「ーーシリウス、実践訓練だ!」
「すごく複雑な心境……」
「この状況を利用しない手はない!相手はドラゴン。戦い甲斐がありそうだ!」
ジークは緊急事態の中、何故か嬉々としていた。
ヴィントは下に降りていった。
層状になっているシルフ。ヴィントの城は最上層にある。
聞こえた咆哮から推測すると、全五層あるうちの、ちょうど間。第三層辺りで騒ぎが起こっているだろう。
走りながら、ジークは外の様子を見た。
少し下を見ながら、様子を確認ー一直線で第三層までいける場所を探していた。
「楽しくなってきた……!」
フードを被る。ジークの顔が骸骨へと変わった。
「シリウス、第三層で落ち合おう!」
「え!?ちょ、オレたちもーー!」
ジークは颯爽と城から“飛び出した”。
「シリウス!」
プロキオンが呼ぶ。
言うならば、無人島。
少し広場になっているそこから、下が見下ろせた。
果たして視線の先にいたのは、竜種だ。
この魔獣は本気で言っているのだろうか?
「無茶だろ!?」
「シリウスならできるよ!」
上から叩けと言いたいらしい。
「失敗すれば地獄行きだぞ!?」
「大鴉が助けてくれる」
「何の根拠があってそう言えるんだよ!?」
とはいえーー的はデカい。
奇襲ならば、反撃について深く考える必要はないだろう。
撃ち落とせれば万々歳。少なくとも、体制を崩すくらいならできるだろう。シリウスはそう考えた。
最上層から第三層までの直通ルートを急降下中のジーク。
着地点を見定めながら、同時に術式を構築した。
『召喚:“雷竜”』
ジークの足下に巨大な召喚魔法陣が顕現。
稲妻が迸り、そこから現れたのは、雷竜だ。
その様子を見ていたヴィントは呆れと驚愕に眉を歪めた。
「ほんっっっとうに馬鹿なことしかしないのね!!」
「毒を以て毒を制する!迅雷注意報だ!」
杖を敵ドラゴンに向けると、雷竜に指令が飛ぶ。
巨躯に似つかわしくない速度で翔び、【雷】を纏った牙でドラゴンに噛みつこうとした時だ。
上から何かが降ってきた。
『“破弾・砲撃銃”』
位置エネルギーが上乗せされたその一撃は強烈だ。
お陰で、標的が逸れた。
雷竜の突撃は、その少女へと向かっていく。
依然として少女はドラゴンの背中の上。ゆっくりと落ちてゆくドラゴンに乗ったまま、雷竜を睨んだ。
「危ねぇな……」
『【氷纏装身】』
右腕が氷の籠手と化す。
そしてーー
『“打弾・砲撃銃”ーー』
鼻先を叩き落とすように殴る。
その瞬間、雷竜は真下に弾き飛ばされるように落下。その先に足場はなく、数千メートル下の地球の地面に激突してしまうだろう。
『撃種:【墜拳】』
「なっ!?」
一瞬の出来事に唖然とするヴィント。
対して、ジークは頭を抱えた。
「僕の雷竜ゥゥゥゥ!?」
敵ドラゴンはどうだか分からないが、少なくとも雷竜はーー
まさかの、一撃。
手応えの無さに、少女ーーシリウスは拍子抜けした。
「し、召喚、魔獣……?」
どうやら敵ドラゴンと勘違いしたようだ。
これからドラゴン同士の戦いが起ころうとしていた間に割り込んだのだ。勘違いするのも無理はないだろう。
ーー否、それくらい気付け。
というのがジークの心境だ。
彼にとって竜種の召喚の一体や二体、造作もないことだが、流石に弟子にワンパンされるのは精神的に応える。
シリウスは辺りを見た。
敵は一体だけではないようだ。
「……思ったより沢山いぶっーー」
吹き飛んだ。シリウスが。
「シリウスゥゥゥゥ!!?」
ジークが叫ぶ。
警戒を怠った。
戦闘の騒ぎに乗じて、いわゆる咆哮をトリガーとした魔獣特有の術式に気がつかなかったのだ。
【透化の咆哮】。姿を隠し、シリウスに攻撃した。
幸い、足場のある方に飛ばされた。シリウスにとっては打ち身で済みそうだ。
彼女が起き上がるまで待っている暇はない。
早く攻撃を、と杖を前に構えたジークだが、またしても何か降ってくる。
「シリウスゥゥゥゥ!!」
彼は、シリウスの名を叫びながら落ちてきた。
シリウスと同じように、ドラゴンの上に着地したかと思うと、今度はドラゴンが真っ二つに切断された。
「ッ!【風刃】!?なんて威力!!」
ヴィントが驚愕と感嘆の声を漏らす。
プロキオンは真っ二つになったドラゴンから飛び退いた。
空中で宙返りの状態になり、そのまま手を銃のようにする。
『【風弾】』
小さなそれは、一直線に、ドラゴンの額を貫いた。
それに、またヴィントが反応する。
「たかが【風弾】が、貫通するほどの威力って……貴方、何者?」
シリウスらの師匠、ジークに問いかけた。
しかし、当のジークは肩をすくめるだけだ。
「彼らが、独学で身につけた実力さ。特にプロキオン、彼には術式の使い方なんて教えたこともない」
なんて話していると、ドッ!と地面を蹴り、土煙の中から人影が飛び出した。
シリウスだ。
「フッ……!」
下に手をやると、氷が顕現し、足場となる。そこは本来、何もない空中である場所だ。
『“打弾・突撃銃”』
ドラゴンを殴りつけた瞬間、魔法陣が展開。ドラゴンがぶっ飛ばされた。
それは見事に別のドラゴンに命中。同時に二匹の撃破に成功した。
そして、生み出した氷を、スライダーのように滑って、地上戦を繰り広げている戦場に参戦。
今度はドラゴンの懐に潜り込むと、下から打ち上げるように、殴る。
『“破弾・砲撃銃”』
拳を出すと同時に、身体を捻る。
拳を撃ち抜くのではなく、衝撃が加わったところで止めることで、より重く、より強い一撃を与えることができる。
先ほどと違い、僅かながらに、衝撃で浮き上がった巨躯に、シリウスは『“破弾・砲撃銃”』を連発する。守りを捨てた特攻技だが、反撃の心配はないので、撃ち放題だ。
そして、トドメに『“打弾・突撃銃”』を放つと、ドラゴンは真上に飛んでいく。
その先にいたのは、ヴィントだ。
「貴女だけに手柄を持っていかれるなんて、気に食わないわ」
『術式展開ーー窮極魔法【嵐】:“怒颶風”』
ヴィントが腕ーー翼を振り広げると、そこを起点にハリケーンのように風が吹き荒れる。
その【風】は、一つひとつが刃となる。ドラゴンが微塵切りになった。
シリウスたちに、血の雨が降り注ぐがーー
「防殻展開!」
咄嗟に杖を差し出したジークが術式を発現し、血の雨を防いでくれた。
「助かる」
「洗濯は面倒だからね。ーーさあ!残り五匹だ!」
ジークがそう叫んだ瞬間、五匹のうちの一匹が、深く息を吸い込んだかと思うと、口元が紅く灯り始め、炎が漏れ出る。
そして、プロキオン目掛け、吐き出す。
ーー【火炎の咆哮】
「プロキオン!!」
予想よりもかなり早い速度で、火炎放射は、プロキオンの元へ到達する。
プロキオンは腿の短剣を抜くが、その前にシリウスが立ち塞がった。
「ーーあっぶな!?」
危うくシリウスを魔剣で真っ二つにするところだった。
『【氷纏装身】』
右腕に氷籠手が顕現。
『“虚弾・偽銃”』
魔力消費と引き換えに、術式を相殺する技だ。
以前はシリウス自身の魔力を消費していたが、今回は違う。
大気の魔力ーーマナに干渉しながらの発動。シリウスの消費魔力は、これでプラスマイナスゼロだ。
「空間干渉にそんな使い方が!?」
何より驚愕していたのは、ヴィントだ。
もとより、術式を魔力で相殺するというのは魔導師には無い考え方だ。驚くのも無理はないだろう。
ーー跳ね返せば良かったか?
一瞬その考えも過ったが、すぐに切り捨てた。
「ーー賢いね。シルフ(ここ)に近づいた方が危険だと気づき始めたんだろう」
ジークが呟く。
ドラゴンたちは、いつの間にか距離を取っていた。そのまま諦めてくれると嬉しいが、そうもいかないようだ。
ドラゴンたちはどんどん咆哮攻撃を繰り出してくる。その度に、処理に追われ、防戦一方となる。
彼らの背後には、彼らの命の数よりも遥かに多い数の命がある。一つ残らず守り切る。それが、ここにいる全員の思いだ。
ヴィントにとって、たとえ兵士であろうと命は命。同じである。
ドラゴンたちは思った以上に強力だ。
「私が行きましょう」
「ヴィント様!?」
ヴィントが大空へと飛び出す。
ドラゴンたちの群れの中に入り込んだ。
「……無茶だ」
ヴィントの部下たちは、そう言いながらも、ただ見届けることしかできなかった。
一方のヴィントは、
「いい加減、お帰りになってもらえないかしら?」
言いながら、変態し、翼が腕になる。
「よく、見てなさい」
飛行能力を失ったため、そのまま落下するしかないが、それでいい。
ーー少し下からの方が、いい。
「これが、術式というものよ」
そう言って、両手を合わせた。
『術式展開ーー魔導領域:【風嵐神々舞】』
ヴィントを中心に風が吹き始め、特殊な空間が生まれた。
空間干渉により、マナがヴィントの“色”に染まることで、固有術式そのものの空間へと変わったのだ。
今や、この場所はヴィントの掌の上、ヴィントそのものである。
楽隊の指揮者のように、指を上に向けると、【嵐】の柱が吹き出し、ドラゴンの翼に穴を開けていく。
その柱を操り、ヴィントのもとに集約した後、全方位に発散する。
『“北冷風刃”』
【嵐】の術式に、【氷】の術式が合わさった、【風嵐神々舞】でしか使えない術式。
一瞬で、五匹のドラゴンは氷結し、【嵐】の刃で微塵切りにされた。
「ふぅ……終わりましたわね」
腕を翼に変化させ、シリウスたちの元へ戻る。
「僕たちの、勝ちだね!」
ジークが宣言すると、シリウスらは勝鬨をあげた。
ヴィントには少し野蛮に見えただろうか、しかし、今回ばかりは「下品だ」と指摘するどころか、微笑み、その様子をただ見ていた。
「とても助かったわ、魔人王殿。貴方たちがいなければ、もっと苦戦するどころか、怪我人も多数出たでしょうね」
今回の戦いで出た死者はゼロ。さらに怪我人もゼロという、快勝であった。
「何より、シリウス、貴女の活躍は目を見張るものがあったわ。ありがとう」
「こちらこそ、色々勉強になったよ」
「ーーそうそう、召喚魔獣を一撃で沈めたところなんて、とても滑稽だったわね」
ヴィントはジークを、ジトっと見つめる。
「い、言うなよ。結構ショックだったんだよ?」
ジークは視線を逸らした。
「知ったことではないわ。今度からは、周りをよく見ることね」
「ーーはいはい」
「“はい”は一回。学ばなかったかしら?」
「……はい」
珍しく顔を顰めるジーク。ヴィントは勝ち誇ったように、笑みを浮かべていた。
やがて表情は哀しい色に変わり、ヴィントは言う。
「もう、お別れね」
「楽しかったよ」
「あら、私は何もやっていないけれど?」
「いい経験になったろうさ」
ジークはシリウスとプロキオンを見た。当の二人は、現在進行形で行われている、戦いの後処理の手伝い、もといドラゴンの肉片で遊んでいた。
「………そうね。ーークレーエ!!」
ヴィントは大鴉の名を呼んだ。
やがて大きな影が空の彼方からやってきた。
クレーエに乗り込むジークたち。
ヴィントはクレーエの翼を撫でる。
「また、彼らをお願いね」
クレーエは咆哮を上げる。
防殻が展開され、飛び立つ準備は整った。
別れ際に、ヴィントはシリウスに言った。
「貴女なら、必ず人狼王になれるわ!もっと強くなりなさい!」
「承知しました!!」
その言葉を最後に、シリウスたちは帰っていった。
一人残ったヴィント。
「フフッ、畏まって……貴女らしくないわね」
そう呟いて、城に戻るのであった。
◇◇◇
秋。森の木々は常緑樹がほとんどで、あまり季節感を感じられないが、少し肌寒くなってきた。
夜には、ついにジーク宅の暖炉に火がつくようになり、これからますます寒くなってくるのだということを実感させる。
これまでは、出張が多く、多忙だったジークだったが、かなり落ち着いてきて、一日中家にいるなんて日もあった。
そんな時は、シリウスやプロキオンとチェスをしたり、シリウスが師範となって武術を学んだり、そして、いつもの特訓をしたり、と、何気ない毎日を送っていた。
早くもシリウスの固有術式は、かなり成長し、ほぼ究極魔法と呼んで差し支えないまでになっている。
しかし、ここからが長い。その事は、ジークはもちろん、シリウス自身も分かっていた。
もっと、彼女に刺激を。
覚醒の起爆剤となる、何か面白いモノはないだろうか、とジークは思案する。
早い話、彼女を極限状態まで持っていけたらいいのだ。そういえば手っ取り早い方法があった。
某日、起き抜けのシリウスに、ジークは告げた。
「シリウス。荷物をまとめて」
突然そんなことを言い出した。
荷物といっても、ジークがくれた容量無限カバンしかないが。
「どうして?」
問いかけるシリウス。
しかし、今日のジークは、まるで別人のようだった。
「五月蝿い。早く準備をして。ーー家から出ていくんだ」
「…………………………………え?」
「僕がよしと言うまで、帰ってこないでね」
無駄に、わざとらしく、強い勢いで玄関のドアは閉ざされた。
頭の理解が追いつかず、呆然と立ち尽くすシリウス。
しかし、彼女よりも、呆然としている人物がいた。
「なんでボクも……?」
シリウスは「さぁ?」とプロキオンを見る。
あまりにも突然だった。
事前に予告されたわけでもなくーーもとより、ジークはフリーと似て、気まぐれなところがある。特にジークはその傾向がフリーよりも強いーーこれも思い立ってすぐに行動したのだろう。
一見、何も考えていないようで、その逆、全てが計算し尽くされたかのように事が運ぶ。
超絶天才的な頭脳の持ち主か、あるいは、経験則が導き出した答えか、いずれにせよ、ジークは只者ではない。
「よしと言うまで」その言葉を、シリウスは頭の中で何度も再生させながら、真意を汲み取ろうと思案する。
答えに辿り着くまでに、それほど時間は要しなかった。
シリウスは太陽を見た。
時刻はざっと、午前七時ごろ。太陽が登る方角は東。
なのでーー
「こういうことだな」
地面に方角図を描く。
家から南は、『生命の書庫』があるので却下。北には湖がある。その先、つまりは北上する方向で、決まった。
影は、自身を中心に、時計回りに動く方角である。
しかし注意事項がひとつ。
「どれだけの距離かわかんないけど、エデン平原には出ないようにな」
特に南からーージーク宅のある地点から、直線で北上してきたルートでは、エデン平原の東の区域にあたる。
そこは、“不可侵入区域”。一度入れば、生きては帰れぬという逸話が残る、危険な区域だ。
ジークの目算では、シリウスならば“不可侵入区域”を攻略できると確信しているだろう。
しかし、シリウスはそこまでチャレンジャーではなかった。
ーーま、入ってしまったら、その時はその時だ。
「魔剣、持ったか?」
プロキオンに尋ねる。
「うん、ばっちり」
右腿に巻き付けた鞘を見せた。
「少し、長くなりそうだ」
「付いていくよ、シリウス」
「ありがとうっ!」
二人は、意気揚々と、その一歩を踏み出した。
………
……
…
舐めていた。せいぜい一週間かそこらで迎えにきてくれるだろうと、そう思っていた。ただ野外生活をするだけではないらしい。まぁ、薄々勘づいていたが……。
その代わりと言ったらなんだが、プロキオンは魔獣の姿に変態できる事が判明した。ずっと人型かと思っていたので、狼の姿をまた愛でる事ができることは、とても大きい。
ーー否、そんな事はどうだっていい。
問題は、どうやったらジークに認めてもらえるか、だ。
結論から言うと、それはシリウス次第である、ということは分かっている。
彼女は今、紙とペンだけを渡されている。そんな状態だ。それは何に使うのか、どうやって使うのか、未だ分かっていないのである。
答えが見えていながら、いつまでも辿り着かない、その歯痒さは、シリウスにとって焦燥感を募らせる要因となっていた。
そして、もう一つ。
予想よりもかなり早く、森を抜けてしまった。
抜けた先には、平原が広がっている。
つまりそこは、エデン平原。
まだシリウスは余裕だ。かつて、ドラコにて二ヶ月にわたるガニメデとの野外生活を送ってきた。それに比べれば、一週間という期間、余裕だ。
ーープロキオンは限界が近いようだが。
「………死ぬ」
「マナが豊富にあるだろ。致命傷でも受けない限り、魔獣は動けるよ」
「そっか、じゃあ、これ死ぬんだね」
「へ?」
ーー無い。右腕が。
「………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
シリウスは戦慄の叫び声を上げた。
いつ持って行かれた!?
分かっていたはずだ。ジークの家がある地点から直線で北上した先にある平原が、東の区域に当たることを、すなわち“不可侵入区域”であることを。
誰も気づかない一瞬でプロキオンの右腕を持っていった犯人は、一体何なのか、答えはすぐにわかった。
殺気。
「あぶねーー」
シリウスの身体が吹っ飛ばされる。
次の瞬間、今度はプロキオンの左腕が捥ぎ取られた。
「速いね」
戦慄に目が見開き、狂喜で口角は釣り上がる。
目の前にいたのは、魔族だ。意思を持たず、戦いの本能で生き続ける、化物そのものである。
それは、その中でも最強で最凶。いくつかの階級に分けられたうちの、最上位の存在“Z級魔族”。
あらゆるステータスが他とは桁違いで、手を払いのけられただけで、肩から腕が吹っ飛ぶほどだ。
目の前のソレが、物理攻撃型だったから良かったものの、術式行使型だったなら、今頃二人は塵と化していただろう。
四肢のうち二つを失ったプロキオン。マナによる干渉で、再生が可能だが、まずは回避が先だ。
間一髪で攻撃を避けると、今度は魔族に一撃が入る。
『“打弾・突撃銃”』
鈍い音が鳴り、魔族は僅かながらに後退するだけだった。
「固ぇなーー」
言いかけた時、プロキオンの目に映るシリウスの頭部がブレて、彼女の姿が消える。
「大丈夫!?」
声をかけるプロキオン。
フリーの攻撃にも耐えうる、シリウスの体の丈夫さは、健在だ。
「首もげるっつーの」
プロキオンの腕を二つ持っていった強力な振り払いにも、シリウスはピンピンしていた。その様子に、プロキオンはふっと微笑む。
「……ボクの番だね」
魔族を見据える。
瞬時に腕を再生させると、指を二本立てて、振り払う。
『【風刃】』
鮮血。ーーのように見えるが、実際は魔力百パーセントの液状のものである。魔族の体は、全て魔力で構成されているのだ。たとえそれが、どんな状態であろうと、魔力なのである。
切断、とはいかず、僅かに傷をつけた程度。それでも普通の【風刃】ではここまでの傷を負わせることは不可能だろう。
「プロキオン!」
「わかってる」
出し惜しみする必要はない。その思いで、腿にある短剣を抜いた。
『術式展開ーー魔剣術式“絶対切断”』
プロキオンが魔剣を振るうと、飛び出した斬撃は、一瞬で魔族の右肩から先を切断した。
「スッゲェ……」
思わず声を漏らすシリウス。
それは最早チート級だった。
一瞬で右腕が吹き飛び、狼狽える魔族。その隙を、シリウスは見逃さなかった。
ーーそこだ!!
深く息を吸う。
『“破弾・突撃銃”』
最も隙が少なく、次手へと移行しやすい“突撃銃”。それは、“破弾”を纏うことで、単純計算で威力が2倍となる。
さらに体制を崩す魔族。反撃は無いと見たプロキオンは、すかさず魔剣を振りかざす。
『“絶対切断”』
瞬きのうちに、魔族の首が宙を舞う。
再生を防ぐため、プロキオンから魔剣を取り上げると、胸の中央に突き刺す。中にある“核”を潰したのだ。
再生能力を失った魔族は、そのまま黒霧となって消えていった。なんとか魔族の討伐に成功したのであった。
「さてと、まだ動けるか?」
シリウスが顔を上げて周囲を見回す。
プロキオンはシリウスから魔剣を受け取ると、答えた。
「もちろん」
エデン平原、東区“不可侵入区域”。そこは、最強で最凶かつ最恐の“Z級魔族”の巣窟だった。
………
……
…
舐めていた。彼女ならすぐに覚醒してくれるだろうと、そう思っていた。
現実はそう上手くはいかないものだ。一瞬ピンチになったかと思いきや、あっさりと突破してしまったのだ。その戦闘は、彼女ーーシリウスが如何に天才であるかを物語るのに十分であった。
何より驚いたのは、魔剣の性能。しかもそれだけじゃ無い。本来持ち主はシリウスであったところを、魂レベルで繋がっているプロキオンが何気なく鞘から抜き、いとも簡単に使いこなしていた。
大器晩成。まさに、その言葉に相応しい。と、ジークは思ったのだった。
………
……
…
秋夜。水気のない、冷えた風が頬を撫でる。真円の月は輝き、深緑の大地、小さな草木は風にそよぐ。そして、それは紅に染まった。
二つの影が地に伏している。
蒼白髪の少女は、土まみれであるが大きな怪我は見られない。
一方の灰蒼髪の少年は、彼の下には紅の水溜りが広がっていた。こちらはひどい傷だ。
血の匂いに誘われ、下級魔族が二人の周りに群がる。厳密には、少年ーープロキオンの周囲だ。
一体がプロキオンを突こうとしているのか、手を伸ばす。
トン、と当たると、しかし生気を感じられない。その次の瞬間。
指の先が割れ、大きな口と化す。捕食しようとしているのだ。
『ウマ、ソウダ、アァ…ナ』
『タベル?……タベ、ル、ウゥ、マリョ、オォ、ク』
『タベ、エェェェェ!!』
魔族がプロキオンに喰らい付く、
「やめろ」
ーー瞬間、魔族の腕が引きちぎられた。
そのままそれを振るうと、近くにいた魔族の頭が吹っ飛んだ。
『ギ、アァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』
「ッ……」
戦慄にも似た叫び声を上げて、魔族は暴れ出した。
「スゥゥゥゥゥ………」
深く息を吸って、
「ぅがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
咆哮する。その小さな体から出るとは思えないほど、獣のような声だ。
蒼白だった瞳は、月のように、黄金に輝き、そのさらに中には、獣の血のように紅い光が灯っていた。
ーー“闘獣化”。獣人種の中でも、人狼族が持つ特性。人狼族は、決して矮小な種族なんかでは無かったッ!!
ーー人狼族は満月の夜、めちゃくちゃ強くなるッ!!
目にも留まらぬ速さで、魔族の群れに襲いかかり、『“破弾・砲撃銃”』を連発した。
“闘獣化”による、最強のバフが掛かっている彼女の攻撃は、あらゆる魔力を破壊する。
『破弾』により、攻撃の威力は2倍に上昇。さらに、“闘獣化”による攻撃上昇率は、脅威の5乗。この時の彼女の攻撃力は、実に32倍の攻撃倍率が掛かっていた。
魔族の数、数十。殲滅までに掛かった時間、三分。
狩りを終えたシリウスの体は、傷は一つもなかった。“闘獣化”によって代謝が異常なほどに上昇し、傷は一瞬で塞がったのだ。
相棒を見た。彼もまた、“闘獣化”の影響下にあるのか、早くも傷が癒始めていた。
「プロキオン、生きてるか?」
「……うーん、あと5分だけ……」
(無事だな……)
さて、シリウスは迷っていた。
このまま不可侵入区域にとどまっていいのか、それとも抜けるべきか。
確かに、ここで得られる経験値はかなり大きいが、その分死んでしまうリスクも高い。一方で、自身の力を過信しているわけではないが、今夜だけは“闘獣化”の影響もあり、早々に死ぬこともなさそうだ。
最善策は、“闘獣化”の効果時間内に抜けれたら良いのだが、平原の広さを見くびってはいけない。
考えているうちに、プロキオンも何事もなかったかのように立ち上がった。魔獣の血も流れているのか、シリウスよりも再生時間が短い。
「どうするの、シリウス?」
訊かれたシリウスは、顎に手をやった。
「流石に寝るわけにはいかないし、夜明けまで耐えるか……」
『【氷纏装身】』
氷の籠手を纏い、来る敵に警戒する。さらに、術式を連続して使用することで、進化を促す目的もある。
二人は夜通し歩き続けた。
◇◇◇
「ッ……!!」
空が僅かに明るんできた頃、一筋に白銀が閃いた。
漆黒の髪には、銀のメッシュが入り、純白で風に靡く軍服は、襟元に十字架のような紅のラインが通っていた。
装備は、軍服の下に必要最小限の胸当て、肘から先、膝下を覆う鎧を纏うだけだ。
徐々に昇る光に照らされ、影が伸びる。
彼女の背後には、数多の人影。それは全て、地に伏していた。
左手に持っている細剣を振り、付着した魔血を払う。そして、ため息を一つ。
「誰が寝て良いと言ったのですか……?起きなさい」
凛とした、よく通る声で叱責する。
「誰も寝てなんか無いっスよ。生と死の瀬戸際にいるんスよ」
赤橙色の頭髪の青年が、仰向けになり言った。
「はぁ……情けない。それでも帝国の軍人ですか!?」
「厳密には“団”っスけどねぇ」
「しかし、これだけの魔族の群れに対して、まだ喋れるだけの余力を残しているのは、貴方だけのようですね」
「あ、いや、みんな団長に扱かれたくないから、死んだフリしてるだけでしょ」
「いいえ、特に貴方は魔族への耐性があるようですよ、アクベンス?」
「いやいや、俺なんて未だ原始魔法使いのペーペーですってば。団長には遠く及びませんよぉ」
「それは当たり前ですーー」
「………」
「ーーが、実力と固有術式は、イコールでは無いのですよ。無論、原始魔法や原初魔法が、究極魔法と対等に渡り合うには、並の努力では到底無理ですが…………ん?」
アクベンス青年と少女のもとに現れたのは、弓を抱える好青年だ。
少し気怠げな雰囲気を纏う瞳。金茶の髪は、後方で一つに纏められ、清潔な印象も受ける。
少女やアクベンスと同じような服装だが、上着は腰で結ばれていた。
弓使い。【射手座】のルクバト。それが彼の“名”だ。
「団長、一応ノルマ達成しましたけど、本当にこれ、訓練になるんですか?」
彼は、いわゆる天才肌の持ち主だった。
訓練開始早々、ノルマである魔族50機の討伐を完了してみせた挙句、残り時間が暇だからと、余剰で100機あまりを討伐したのだった。
「貴方の実力は認めていますが、あまりそのような口は聞かないほうが良いかと……」
咎める少女。
「どうして?当然でしょう?だって、僕たち、帝国軍人ですよ?」
あんな奴ら、帝国軍人の恥だ。とまで言い切った。
「ルクバトさん、気持ちは分からなくもないっスけど、流石に言いすぎだと思うっスよ。ま、俺が言えたことじゃあないっスけどねぇ」
立ち上がり言うが、自虐に肩をすくめるアクベンス。その腰には、双剣が携えられていた。
双剣使い。【蟹座】のアクベンスとは、彼のことである。
ルクバトは言い返すでもなく、アクベンスの言葉を最後まで聞いていた。
「いや、君は強いよ」
それだけ言うと、東を、虚ろな目で見つめた。その背中から、「眩しいなぁ」と小さな声が聞こえた。
「それにしても、流石ですね」
少女が言う。その視線の先には、まるで何事もなかったかのように立ち上がる、十人の人物。
「その強さ、他の団員とは訳が違う。流石は隊長格の方々ですね」
「団長には敵わないよ」
「オレなんか一度もタイマンで勝てたことないし」
「とても13歳とは思えないね」
「まぁ、そうでなくちゃ、俺たちの団長は務まらねぇよなぁ!?」
細剣使い。【琴座】のヴェガ。誇り高きエデン帝国の聖騎士にして、その団長だ。
彼女らこそ、世界最強の軍団、“帝国魔導聖騎士団”である。
「ーーそう、ですね……」
うわ言のように呟くヴェガ。視線は一点を見つめており、なんと細剣を手に持った。
曰く、これまでとは格が違う程の魔力。全てを凍てつかせるが如く、蒼く白い。
一つはそれ程でもない。ヴェガにとってみれば、敵ではないだろう。
問題はもう一つだった。
時間が経過するごとに、魔力量が上昇していくのを感じた。器の容量が自然と増えていくような感覚。
只者じゃない。
「総員、警戒態勢」
ヴェガの一言に、団員らは身構える。
二つの人影。
視覚で捉えるよりも前に、魔力で感知したヴェガ。団員の中で驚かない者は少なかった。
もう少し様子を、と構えた細剣を僅かに収めた瞬間、
「ッ!?ルクバト!!」
彼女の前にルクバトが出た。
弦を目一杯引くと、矢は眩い光に包まれる。
「待っーー!!」
ヴェガが止めにかかるが、僅かに遅かった。
『“閃光”』
目にも留まらぬ速度で、矢が放たれる。
天才的なエイムで、ルクバトの放った矢は命中ーー
するよりも速く、ルクバトの体がよろめいた。
「ぅゅ……!?」
ルクバトが感じたのは、冷たく硬い感触。
ぶにゅっと頬を掴まれ、眉間には先ほど放ったはずの矢が突きつけられていた。
蒼白髪の少女だった。頭にはフードを被っている。
「遠距離武器は距離が大きくなるほど、正確性と威力を失う。だからこそ読みにくいけど、上手で助かったよ」
まさか、見切った上に手に掴んだのか!?ルクバトは表情には出さなかったものの、心中では驚愕していた。
ふと、視線を横にやる。そこには、我らが団長がいる。
当の団長殿は、細剣を構えながらも、相手の見事な反応に感嘆の表情だ。
敵ではない、と思ったのか、団長は剣を収め、少女に話しかけた。
「失礼、私の部下が判断を見誤ったようです」
少し背の高い、ルクバトの頭を鷲掴みにし、無理矢理押し倒す。
「私は、エデン帝国直属、帝国魔導騎士団が団長、ヴェガ=リラと申します。彼はその十二星隊九番隊隊長、ルクバト=サジタリウスです」
少女はにっと笑った。
そして、被っていたフードを脱ぐ。
そこには、強く、可憐な顔があった。大きな瞳は、頭髪と同じ蒼白。フードで見えなかった頭部には、大きな獣耳。獣人だ。
後ろには尻尾も見えた。この特徴からして、人狼族で相違ないだろう。
「オレは、シリウス・ブラウ。とーー」
シリウスという少女は、振り返り後ろを見た。
「一応、従魔のプロキオン」
後からやってきた、少年を指した。
灰蒼髪でかなりの美形だ。一見人狼族に思えるが、おそらくその眷属で、名付けによりオリジナルの姿を得たのだろう。
なぜ、“一応”と強調して言ったのか、その真意はわからないが、とにかく従順な様子。
「ところでその見のこなし、お見恐れしました。そのご様子だと、どの軍にも所属していないようですが、一体どこでそのような実力を?」
言いながらもヴェガの視線は、シリウスの目というより手に纏われた氷の籠手に集中していた。
「修行中。今は違うけど、ドラコってところで色々教えてもらってるんだ」
かの秘境の地ドラコ。その名が出たとき、ヴェガら団員一同は驚愕した。
その中から、アクベンスが飛び出した。
「ドラコってあのドラコっスよね!?獣竜王様にはお会いになったっスか?一度、この目で見てみたいんスよねー」
目を輝かせながら、シリウスの手を握る。
暑苦しさに身を引きながらも、シリウスは言った。
「会ったことあるっていうか………で、弟子」
「へぇー!そうなんス………“弟子”ぃぃぃ!?」
「ーーと、いうことは、つまり種族王の逸材……。なるほど、道理でその魔力量」
ヴェガは再びシリウスの籠手を見た。
「あぁ、これ?んー、なんて言うか、“矯正器具”?」
術式強化のための修行。故に、籠手を解くわけにはいかないと言う。
「ってことは、ずっと術式使いっぱなしっスか!?」
「まだ、コレも維持が難しくて、いい鍛錬になるんだ」
ふむ、とヴェガは考える。
最も手っ取り早い固有術式の強化方法は、術式の連続行使である。あまりお勧めはしないが。
ヴェガ自身、物心ついた時から、剣術と術式を叩き込まれて、シリウスの年齢より以前から、究極魔法が使えるようになった。
その期間、およそ七年。
一方のシリウスは、術式というものをちゃんと学び始めたのは、一年も満たないほど前である。
たった数ヶ月でシリウスの固有術式は究極魔法と遜色ないほどのモノとなっていることが、ヴェガからみても分かる。
恐らく、彼女の“性質”が、獣竜王が惹かれたという要因なのだろう。あるいは、それ以上の、何か……。
そういえば、とシリウスが思い出したように口を開いた。
「オレたち“不可侵入区域”から出たいんだけど、近くの出口知らないか?」
訊かれたヴェガは、後ろを向いた。
その先にいたのは、赤髪の少女。
ジークのものとはまた別の意味で、歪な杖を手に持つ。女性にしては長身で、少女と言ったもののどこか大人っぽい雰囲気を纏っていた。
魔法使い。【乙女座】のスピカ。術式と地理に詳しく、団員の中で数少ない頭脳派だ。
「“不可侵入区域”は何故だかとても変な形なんです。というのは、一度出たかと思えば、また入ってしまったってことが多々あって……」
聴きながら、シリウスは頭の中で地図を作り上げる。
なるほど。枝のように細長く伸びる“不可侵入区域”の一部が、真上から見たときに他の区域に湾曲して入り組んでいるようだ。
「西は帝国ですが、早く抜けたいというのなら、北上した方がいいですね」
「分かった。ありがとう」
足早に行こうとする二人に、ヴェガは声をかけた。
「シリウス殿、どうか、ご武運を」
「……ありがとう」
シリウスとヴェガは別れの言葉を交わすと、太陽を見上げたシリウスは、プロキオンとともに北へと歩き出した。
「………流石は種族王の逸材。私たちも、精進しなければなりませんね」
ヴェガはいつまでも、二人の背中を見つめていた。
◇◇◇
南の大陸。
他とは違う独自の文化を持ち、いくつかの国を統一して、世界で唯一、大陸そのものが国である。
しかし、国土と国力は比例することはなく、現在世界一の軍事力を誇るのは、ご存知エデン帝国だ。
【南陸国】は、独自の文化を持つ故、文明の発展が他より遅れていると言われるが、一方でそれは最先端だという学者も少なくない。
だからこそ、独自の術式も生まれる。
何を隠そう、ズューデンは『禁忌の温床』と呼ばれるほど、魔導界隈は真っ黒に染まっている。
とはいえ、ズューデンもある程度の禁忌は取り締まっているようだ。尤も、他国よりもかなり緩いらしいが。
禁忌の存在が街を呑気に歩いている。そんなことも珍しくない。
そして、そんな禁忌を白昼堂々処刑する、【禁忌狩り】も街には溢れていた。
禁忌を狩り、狩られ、それがズューデンの日常茶飯事だ。
少なくとも、治安は控えめに言って、最低。
まさに混沌。
今日もまた、地図上から地域がひとつ、消えようとしていた。
今回の禁忌は強力で、すでに【禁忌狩り】は何人か死んでしまった。
最早、【禁忌狩り】陣営に勝機は無いと思われていた。
「ったくよぉ、多少は骨のある【禁忌狩り】が来ると思ったのに、これじゃまた、私の勝ちかねぇ」
禁忌名、『画粒』。周囲を最低最小粒子へと変換していく能力。かつては物質の形を、等価交換の制約のもと、変形させることができたらしいが、暴走したらしい。制約は失せ、やがて全てを砂に変えるほどの【禁忌】となった。
どの禁忌が強いのか、その戦いに割り込んだ【禁忌狩り】は、返り討ちにされてしまう。
しかし、風向きは、大きく変わる。
「思ったより早いね」
「ーーな、おまっ………!」
回し蹴りで首を刎ねる。
一体撃破。
「一番強そうなのは………」
あっという間に数体撃破。
突如変わった空気を察知して、ピクセルは遺憾に目を細める。
「………?どうなってーー」
「ーー君だね」
ピクセルの前に突如現れたのは、蒼銀髪の麗女。
眼前に裸足が迫る。蒼銀髪の彼女は、靴を履いていなかったのだ。
「ぶっ………!」
目にも留まらぬ速さで、幾度となくピクセルの蹴りまくる。
「ハッ……」
「ッ………!な、んで、崩れねぇんだぁ!!」
怒りに身を任せて、魔力を全開にする。
『術式展開ーー禁忌ノ業【物体変化】:“喰”』
砂が巨大なドラゴンの口のようになり、蒼銀髪の女に迫る。
ーーが、彼女は最も容易く打ち破り、ピクセルに距離を詰める。
「不解の【氷】」
「………は?」
旋回から、右足に薄氷を纏う。
『我流脚闘術・零ノ型“六花”』
トン、とつま先で軽く触れる。
その時、わずかに時が止まった。ピクセルはそう感じただろう。
だが次の瞬間、蒼銀髪の女が触れた部分から薄氷が広がり、それは雪の結晶のようになった。そしてーー
「ッッッーーーー!!!?」
突然衝撃が加わった。
吐血。
何が起こった!?
ピクセルは混乱した。
まるで攻撃とは思えないほどの蹴りが、どうしてここまで強烈な衝撃を生み出せるのか、全く理解ができなかった。
薄れゆく意識の中で、ピクセルは目の前の女を見た。
(や、はり……【白銀の狩人】……!!最強の【禁忌狩り】が、何故……!?)
『おやすみ、永久に』
雪の結晶は、ピクセルの身体を完全に凍結させると、粉々に砕け散った。
「ごめんなさい。貴方に構っている暇は無いの。このままじゃ、世界の“概念”がねじ曲がっちゃうから」
服の埃を払う。
軽く手櫛をして、髪を整えると、蒼銀髪の女は呟いた。
「完全に目覚める前に、早いとこ芽を積まないとね」
………
……
…
外は完全なる闇に包まれ始めた頃、史上最強の種族王は、玉座に座り、目を閉じて肩肘を突いていた。
そして、午前0時を指した時、静かに開眼する。
「動いたな」
フリーは、そう呟いた。
ステータス
〈シリウス・ブラウ〉
・原始魔法【氷】
・原始魔法【風】
・闘獣化※満月の夜限定
〈ヴィント〉
・窮極魔法【嵐】
・変態
〈ヴェガ=リラ〉
・No data
〈アクベンス=キャンサー〉
・No data
〈スピカ=ヴァルゴ〉
・No data
〈ルクバト=サジタリウス〉
・No data
〈【白銀の狩人】???〉
・unknown