08 原始と究極の狭間
龍脈の中ってどんな感じだろう……?
少なくとも水の中とは違うようです。
大海の中に沈んだ。シリウスはそう感じただろう。
気づいた時には、真っ暗で明るい空間にいた。異様なその空間は、実に不気味であった。心なしか、身体も心も満たされるようで、でも空間の中に何もかも溶けていきそうな感覚。何とか“自分”を維持しようと、気を強く保つ。
ここは地脈、それも世界最大規模の“龍脈”の中。膨大な魔力が流れる、川のようなものだ。
龍脈はその大きさゆえ、魔力が停滞しがちである。
地脈が停滞すると、その上の土地は痩せ細り、荒野と化す。果ては砂漠となるのだ。
だから龍脈の上には多く、国が存在し、年に数度、魔力を流す作業が行われる。そうすることで停滞を防ぎ、環境の風化を防ぐのである。
(これが龍脈の中……。確かに、意識が持っていかれそうだ……!)
膨大な魔力の流れの中に、小さな魔力は存在する。広大な砂地の中にある、一本の髪の毛のように。
シリウスは龍脈の中を彷徨い続けた。
城の前に座り込み、額を抑える人物がいた。
【小さな巨人】、巨人王ルーク。地下帝国ノームを治める、巨人族の種族王だ。
一言で言うなら、“予想外”。
まさか、今の一瞬で原始から究極へと開花させ、龍脈の中に沈んだとしたら、色々な意味で意味で恐ろしい。
流石はフリーの弟子、と感心する一方、一度地脈に沈んだ者は、外側からの干渉によって引き戻すことは不可能であり、戻って来れないのでは、という焦りが募る。
「さて……どうしたものか」
と、中身が空っぽになってしまった本体を見た。
あっという間に究極魔法へと開花させた彼女なら、ものの数時間で戻ってくると信じているがーー否、信じるしかない。
ただひたすらに、ルークはその時を待ち続けた。
時を同じくして、ジークはケレス大公国をふらふらとしていた。
エデン帝国の時のような服装ではなく、いつものワイシャツの上からゆったりとしたフード付きのローブを纏っていた。一目見て、彼だ、と分かるだろう。
北区では、街路に多くの露店が軒を連ねていた。
冒険者御用達の武防具店から、装飾品店、はたまた日用品を扱う店など、さまざまだ。
素性を隠す気もなく、道の真ん中を歩くジークは、注目を集めまくりだ。
普段から人間らの前には姿を表さないこともあってか、「あの人だ」と気づき指差す者は殆どいない。
それでも冒険者然とした者たちの中には、ジークに気付いている者もいるようだ。しかし、気を遣ってか、話しかけるようなことはしなかった。
(僕って引きこもりなんだなぁ)
どこぞの天使王と同じではないかーーそう感じざるを得なかった。
つい先ほど、星の鼓動が聞こえた。龍脈が流れ始めたのだ。ルークにそのつもりは無いだろうが、奇しくもそれは、日没の合図としてケレスの人々の生活に定着しているようだ。
ケレスの風物詩だ、と観光を楽しんでいるとーー
「………?」
魔力の残滓。それも、知ったモノだ。
足下の龍脈から感じる、とても小さいが、存在するそれ。違和感、あるいは異物感を覚え、辺りを見回した。
間違いない。この魔力はーー
「……シリウス?」
悪寒。
ジークは急ぎ足でノームに戻った。
ーー困った。非常に困った。
元の身体に戻りたいが、本体が見つからない。龍脈に邪魔されて、魔力を感知しにくいようだ。
一体どれくらい堕ちた?
恐らく、感情を司る殆どは本体から抜け落ちた。だからこうして、魔力体となっても考えることができる。
となると、本体はこの世に存在するだけの魔力だけが残っている。肉体への完全定着がされているためか、龍脈に堕ちることがなかったのだろう、と推測する。
身体が思うように動かせない。地上とは勝手が違う。流されないように、その場に留まるだけで精一杯だ。
それに加えて、自我が消え、溶けてしまわないように意志を強く保つこともしなければならない。
そんな状態で自由に動くのは、難しい。
さて、困った。
「ーーそれで、どうしてくれるんだい?」
「俺は止めたぞ?………一応な」
「馬鹿だよ、二人とも。大馬鹿野郎だね、まったく」
地面に胡座をかき、肩肘を突くルーク。
機嫌悪そうに、コツコツと杖を突くジーク。
二人の前には、膝から崩れ落ちて、そのままの姿になった、シリウスの体がぽつんとあるだけだ。生気などまるで感じられない。
「地脈の干渉は、究極持ちしかできない筈だ。なぜシリウスは原始であるのに龍脈に堕ちた?」
「僕が聞きたいよ。数千年生きてきたけど、こんな現象初めてなんだから」
「だが、堕ちる前に、その一端は垣間見得た」
「ーーとなると、原始と究極の狭間って感じかな?擬似的に究極魔法になることで、地脈への干渉を一時的に可能にしたのか……」
シリウスの身体を“見る”。
蠢く蒼白の魔力。原始魔法から究極魔法へと進化しようとしているのだろうか。
しかし、肝心な自我はそこには存在せず、完全進化へと至らない状態。まさに、原始と究極の狭間にあった。
魔獣は心配そうにシリウスの身体に寄り添う。クゥーンと鳴き、鼻でシリウスの腕を押し上げるが、力なく動くだけであった。
「ここが頑張り期だよ、シリウス」
そう言って、シリウスの額に杖の柄を突き立てる。
『猶予は二時間。それまでに自力で戻ってくること。二時間経過したら、僕が掬いあげる。罰として、今度の晩御飯は抜きだ!』
「ーーそれは嫌だ!!」
頭に響いたジークの指令に、思わず叫んだ。
ますます急がなければ。大事な晩御飯が無くなってしまう。それだけは何としてでも阻止する必要がある。
シリウスはさらに感覚を研ぎ澄ました。
見つけ出せ、己の残滓を。
元の身体へと戻るために、必死に辺りを見回した。
見渡す限りの魔力。
まるで、何もない砂漠地帯。
そこから、ガラス玉を探すように、本体を探す。
そうして、“眼”を凝らした。
その時だったーー
蒼白の光。それは本体のものとは違う。
アレはーー魔獣のモノだ。
『………お前は、大切な者ーー家族、友人、恋人、彼らを“そういう眼”で見たことはあるか?』
脳裏に浮かぶ、ルークの言葉。
波長が、龍脈に堕ちる前に感じた己の魔力と酷似していた。
そして、その隣にある、小さな光ーー本命の魔力。
アレだ。
シリウスは手を伸ばした。
指先が薄れている。
不味い。溶け始めている。最悪の場合、記憶の欠落の可能性がある。一刻も早く戻らなければならない。
「と、どけ……!」
目の前にありそうで、果てしない距離がそこにはあった。
「クッ……!」
届け。……届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け。
ーー届けッッッ!!
「んんッ!!」
シリウスは小さな光を、掴んだ。
「……4、3、2、1……ゼーー」
二時間が迫り、杖を構えたジーク。
術式を展開し、
ーーなかった。
「ッ…スゥゥゥゥ、フゥゥゥゥ………」
深く息を吸い、体が動いた。
開眼。その瞳に、“色”が宿った。
深淵から、シリウスは戻ってきた。
「……何、だと……!?」
ルークは驚愕のあまり、言葉を失った。
ジークはニヤリと笑い、杖を収める。
「ジークーー」
呼吸を確かめるように、シリウスはゆっくりと話し出した。
「決めたよ。コイツの名前」
「あぁ、教えてくれ。魔獣の名前を……」
ーーその狼の名は、“プロキオン”。
その時、シリウスと魔獣ーープロキオンは繋がった。
………
……
…
翌朝。ノームの宿屋で目を覚ましたシリウス。
「起きてッ!!」
「ーーうぅッ!?」
突然腹に衝撃が来た。
嫌でも覚醒したシリウスは、目の前の存在に、目を丸くした。
「………だれ?」
灰蒼髪で、狼耳と尻尾。瞳はシリウスにそっくりで、まさに瓜二つの存在。
見知らぬ人物がシリウスの上に馬乗りになっていた。
「酷いなぁ、プロキオンだよ」
「プローー………ッ!う゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!?」
昨日まで狼の姿だったはずが、なぜか人型になっている。
これが、進化。
名前が付いたことで、“個体”として独自の姿になった。彼の場合、人狼族の姿になった、というわけだ。
「思わぬ収穫というか、何というか……。君たちを見ていると、主人と従魔というよりは、姉弟みたいだね」
人狼族の姿になり、進化したプロキオン。
その概要はーー
『原始魔法【風】』の固有術式に、シリウスと繋がったことにより、『原始魔法【氷】』も多少は扱える様子。
つまり、シリウスもまた、『原始魔法【風】』を扱えるというわけだ。
ジークは、入り口にもたれ掛かっていたのを、部屋の中に完全に入ると、机の上に人差し指を突いた。
光の筋が伸び、地図のようになる。
「次の目的地は、天空都市シルフ。ここの住人は全て、人鳥族なんだ」
世界の最高峰よりも遥か上空に浮かぶ、まさに天空都市、それがシルフだ。
人鳥族にも種族王なる者がおり、ルークに続いて挨拶に行くというジーク。
「ついでに、大気の魔力についても学べると思う。ノームが地脈なら、シルフは大気の魔力が大きく関係しているからね」
ケレス大公国から東の先、ガイア山脈を越えた、さらに遥か天空にシルフは浮かぶ。
その一帯は“浮遊岩地帯”で、至る所に浮岩が存在する、いわゆるパワースポットのような場所だ。
大気の魔力が濃く、また、地下には龍脈が流れており、相互の反発により、魔鉱石を含んだ岩石が空中に固定されたのだ。
「ボクも行っていい?」
プロキオンが名乗り出た。
「……もちろん。せっかく晴れて人の姿になったんだ。シリウスと一緒に修行して、一緒に強くなろう。その方が面白い」
ーーそれに、二人とも違う固有だし。
「やったね!決まりだ!」
「……良かったな」
「ーーそうと決まれば、明日の早朝、例の湖に集合。いいね?」
「「ラジャー!」」
かくして、一泊二日の地下帝国ノームの訪問は終わりーー次なる目的地、天空都市シルフへの出発の準備をするのであった。
◇◇◇
ジーク宅に到着ーーところで、龍脈の件からシリウスの固有術式はほぼ究極魔法に成りつつあった。
龍脈に触れるために、一度、ほんの一瞬であるが、シリウスは己の魔力を把握した。
究極魔法は、己の魔力を、その輪郭を、性質を理解することで辿り着く境地である。
シリウスは、断片的に魔力の輪郭を捉え、そのおかげか、術式は見違えるほど滑らかで強力になっていた。
『術式展開ーー我流術式【氷纏装身】』
肘あたりまでの、氷の籠手が顕現。
同時に、シリウスの魂の底に沈澱していた、潜在的な魔力が汲み上げられ、シリウスの魔力量が上昇する。心なしか、身体が軽くなり、力が湧いてくる。
残念ながら、これはシリウスの我流術式であるため、同じ原始魔法を持つプロキオンでも、術式を発現することはできなかった。
しかし、シリウスに負けず劣らずの術式操作で、早くも自身の固有術式をモノにしている様子。
『術式展開ーー原始魔法【風】:“風刃”』
風を圧縮させた斬撃を飛ばす。指で。
プロキオンは指を二本立てて、振るうことで斬撃を飛ばしていた。刃物も無いのに。
彼にとって、自分の“爪”が刃物であり、それで斬撃を飛ばしているのである。
さらにーー指を銃のようにして、構える。
『術式展開ーー原始魔法【風】:“風弾”』
放たれた魔弾ならぬ風の弾は、木の幹に着弾すると、綺麗な風穴を空けた。
「へぇ、上手いね」
ジークが感心した様子で言った。
彼に褒められることは、本来はとても名誉なことだ。
しかし、プロキオンは違った。
「馬鹿にしないでよ!シリウスがボクより劣ってるって言いたいのかよ!」
ーーあ、コイツめんどくさいヤツだ。
ふと、シリウスはそう思った。
まさかの反応に、ジークは困った様子だ。
「えぇ!?……っと、馬鹿にしたつもりはないんだけど……」
「プロキオン、ジークの言う通りだよ。術式操作で言えば、お前の方が優れている」
「ーーでも……」
シリウスはジークに目配せをする。
「ーーッ、そう!【氷】よりも【風】の方が扱いは簡単だからね!君の方が早く習得することは、当たり前のことなんだよ!」
ーーあながち間違いではないが、一概にそうとは言えない、というのが現実である。けどまぁ、良いだろう。
嘘も方便という。
「そう、なんだ……」
「あ、あぁ!だから、プロキオン。心配しなくとも、シリウスは強いさ」
ーー正直、どうでもいい。
というのがシリウスの心境だった。
プロキオンよりも強いとか弱いとか、シリウスにとってはどうでもいいことだ。
たとえ義弟だろうと、プロキオンはプロキオンで勝手に強くなればいいし、自分のことで気分を損ねられるのは、シリウス自身、好ましくないと思っていた。
気にかけてくれるのは悪く思わないが、“プロキオン”として出会って間もないものの、シリウスはプロキオンの“面倒くさい”部分をひしひしと痛感していた。
俗に言う、“過保護”というやつだ。
「次、変なこと言ったら、斬るからね!」
ズバリ、言ってみせた。
「アハハッ、期待しているよ」
ジークはそれを真に受けず、それどころか普段はあまり見せないような、強者の余裕感を醸し出していた。
「シリウス!ボク、応援してるから!」
シリウスの手をギュッと握り、超真面目な表情で告げた。
「あー、えっ、と……ありが、とう?」
困惑するシリウスだが、プロキオンはそんなシリウスの心情に気付く由もなかった。
(肝心なところで鈍感なんだなぁ……)
「ーー今日はもう上がろうか。明日は早いし、ね」
ジークが言うと、シリウスはさっさと切り上げて家に戻る。
「おーい、戻るぞー」
シリウスが声をかけるも、プロキオンは聞かなかった。
「もう少しーー」
そんなプロキオンに、ジークは忠告する。
「その線からは出ないようにね。魔族に食べられちゃうよ」
「大丈夫」
(オレの言うことを拒否した……珍しいな……)
すこし引っ掛かる所があるが、深く追及はせず、シリウスは夕食の準備をするのだった。
ーー翌日。
いつになく早くに目が覚めたシリウスは、一人、集合場所である湖に来ていた。
そこは、湖の上。
着地と同時に水面を凍らせることで、湖の上での直立を可能にしているのだ。
その上で、“武舞”を舞う。本来、剣や矛を持つものだが、シリウスは無刀流という、完全オリジナルの型だ。
つい先日シリウスが自分で編み出した、瞑想の新たな型である。舞を舞いながら、湖に落ちないように、術式の同時行使をすることで、実戦と同じ特訓効果を得られることに気付いたのだ。
大自然のなか、あらゆる雑念を振り払い、精神が統一される。
魂の底に沈む潜在的魔力を汲み上げ、無限の体力で舞う。
それは瞑想と同じ、二時間。シリウスは止まることなく舞い続けた。
そして、最後の大技。
ドン!と足元を強く踏み込み、その瞬間に湖の水を一気に凍らせる。
二時間もの間舞い続け、極限にまで研磨された魔力ーー術式は強力で、美しい氷の舞台を造り上げる。
息切れは一切なく、シィーと歯を噛み締めて、深く息を吐く。氷が顕現し、辺りの温度が低くなっているのか、吐き出した息は白い。
ーーパチパチパチ……。
拍手が聞こえた。
ジークが、湖の沿岸に立っていた。
「見てたんだ」
武舞の間纏い続けた【氷纏装身】を解き、一息つくシリウス。
「ブラボー!とても美しくて、力強かったよ、シリウス。……昔、知り合いにも、似たようなことをする女性がいたんだ」
この短い期間で、シリウスの実力はかなり上がった。
だからこそ、ジークは気付き始めていた。
ーーあの女性と似ている。と。
「僕が瞑想の型を教えなかった理由、君はその真意にたどり着いたようだね」
「ーーこれまで何となくやってたけど、龍脈に触れて分かってきたよ、魔力の捉え方」
「……そうだったね。恐らく、そのせいだろうーー」ジークの眼が碧から朱に変わる。
「ーー君の“色”が、少し変わっていると言うか、骨格に肉付けされたように、別の“色”が混同している」
あの時、シリウスは龍脈の中に堕ちた。
地脈に干渉するには、意識を己の魔力に集中させ、精神を地脈に沈めることで可能とする。
龍脈という馬鹿みたいに巨大な地脈ーー魔力の中に二時間もいたシリウス。精神ーー彼女の魔力に龍脈の魔力が付着していたのだった。
ジークは考えた。
ーーそれがシリウスの覚醒の素材と成り得るのならば、利用しない手はない。
ふと、シリウスの右腿を見たジーク。
何かが足りないことに気付いた。
「そういえば、魔剣は?」
ついこの間、魔剣鍛治士ヒノトから貰った魔剣。シリウスの右腿には、鞘が巻き付けてあるはずだった。
「それは……」言いにくそうに口を開いた。
「………あげた。……プロキオンに」
「ーーえ?」
「い、いや、その……欲しそうだった、から」
「ッ……!どうしーー」
言いかけて、思いとどまる。
仮にも従魔としてシリウスと名付けの契約をしたプロキオン。現在は姉弟という設定だが、それでも相互間に主従関係があるはずだ。
ジークが引っかかった点ーープロキオンがシリウスの魔剣を“欲しがった”こと。
本来、主であるシリウス。従魔にとって主こそ絶対である。
(なぜ、プロキオンは“欲しがる”という感情に至ったんだ?)
余程の関係でない限り、従魔が私欲に関する感情を表に出すことはない。シリウスとプロキオンを見ていると、主従関係を超えた仲にも見えなくはないがーー
では、アレはどう説明する?
『ボクも行っていい?』
シルフに向かうとシリウスに告げたあの日。プロキオンは明らかに、“好奇心”を表に出した。主ーーシリウスの前で、だ。プロキオンの特異性を説明するには十分すぎる材料だ。
今回のプロキオンは、既に持ち主が決まっている魔剣が欲しいとのことだ。
シリウスが持ち主だと認めたあの魔剣は、シリウス以外が扱うことができないものだ。なので、持ち主でないプロキオンにとって、メリットはひとつもない、ただの鈍ということになる。
それは、プロキオンがただの従魔だったら、の話だ。
プロキオンが特異従魔であると確定したのならば、その理論は覆る。
“色”。生物は元来、魔力を持って生まれ、個体によって“色”が異なる。
自分の“色”と近しいもの、強い繋がりを持つものには、“本能”として肉体が反応する。
シリウスがいくつかの魔剣を見せられ、一番に例の魔剣を手に取ったのは、そういったことが関係していたのだった。
だから、魔剣はシリウスを主と認めた。
それをプロキオンが欲した。
考えられる理由は一つ。
プロキオンの“本能”が、魔剣に強い反応を示した。
それは私欲として、外に吐き出された。
一方のシリウスは、自身が持ち主であるにもかかわらず、あっさりとプロキオンに譲ってしまった。
たが、決して過ちなどではない。
シリウスもまた、「渡すべきだ」と“本能”が告げたのだろう。
それは面白い結果を示した。
所有権がシリウスからプロキオンへ移った。魔剣はプロキオンの“色”に染まる。
一方で、シリウスとプロキオンは主従契約で結ばれている。その証拠に、プロキオンはシリウスの術式の一部を、シリウスはプロキオンの術式の一部を使えるようになった。
それーーその関係がプロキオンを通して魔剣にも適用されるのだ。
つまり、シリウスはプロキオンの権限を通じて、まだ魔剣を扱える。
「ーークッ、ハハハハハハハ!!そんなのアリかよ!?」
ジークは笑い飛ばした。
「ーー分かってくれた?シリウスは凄いんだよ?」
そこに、例の魔剣を右腿に巻きつけたプロキオンが合流。
ジークはそれを見た。
「本当にプロキオンが持ち主になっちゃってるよ……、アハハッ、頭おかしいね、君たち」
「それ、褒めてる?」
「褒めているとも!過去イチ褒めたぜ?」
「そ、そうかなぁ?」
「ーーで、どうやって行くの?また転移?」
ジークに問いかける。
「転移先の状況によって、そもそも転移できるかどうかが変わる。あの辺は魔力が濃くて、座標が狂うんだ。ーー普通はね」
語尾を強調するジーク。
「でも、ジークさんなら!?」
プロキオンが期待を込めた声音で、ジークの言葉を待つ。
「うんーー無理」
「さすが………!ーーえ?」
硬直するプロキオン。
「地脈に転移するかもしれないよ?強い力が働いて転移先の座標が歪むから、転移先が地上なのか地面の中なのか、はたまた落下死不可避の空中なのか、分からない」
「無理じゃん!?」
「プロキオン、諦めろ……。ーーそれじゃあどうするの?」
「ーーそろそろかな」
ジークは空を見上げた。
巨大な影。少し風が出始めた。
大空を覆うほどの影は、翼だ。
それは巨大な、鳥。
「この辺りで広場といったら、ここしかないからねー!“彼”は水の上も立てるから、いつもここが待ち合わせ場所なんだー!」
吹き荒れる風の音でかき消されないよう、叫びながらジークは説明してくれた。
羽音は音の森羅万象をかき消す。轟音が、着水するまで鳴り止まなかった。
翼を収めた後は、嘘のように静まり返った。
鳥は翼を差し出し、背中への架け橋作る。
「さあ、乗って。シルフ便だよ」
「スゲェ………」
シリウスが感嘆の声を上げた。
「大鴉?」
プロキオンが問いかける。
「そ。中でも彼は大きい個体だ。気性は荒いけど、よく調教されてるよ」
翼を撫でながら、そんなことを呟く。
やがて全員乗ると、大鴉は咆哮をあげた。同時に防殻が展開される。
「【守護の咆哮】。防風・防音対策と、僕たちが背中から落ちないようにしてくれているんだよ」
そして大きな翼を広げて、大空へと飛び立った。
◇◇◇
天空都市シルフ。
空には大気の魔力、大地には巨大な龍脈が流れ、相互間の反発により魔力を含んだ岩石が浮遊する、浮岩地帯の遥か上空に位置する国だ。
国土はケレス大公国の三分の一程度だが、代わりに高低差のある街の造りが特徴的だ。
その住人は、半人半鳥の鳥人族がほとんどで、人間は皆無である。
鳥人族の女王、ヴィント。紅から白のグラデーションが美しい羽のような頭髪に、腕と同化した翼、下半身は鳥そのものである。
ルークとほぼ同期で、同じ精国の長同士仲がいいとの噂も。
強さを求めるルークとは違い、ヴィントは美しさを求める女性だ。
種族王でも随一の淑女で、よくフリーには礼儀の何たるかを口うるさく言う姿が会合では見られる。
人々のイメージ通りの貴族然とした生活で、常に十数人の遣いとともに行動する。
某日、珍しく彼女一人で城の外の広場に出ていた。
普段は玉座なりを用意する遣いの者もいないため、ずっと立ったままだ。
その様子を遠くから見る召使いたちは、普段とは違う女王の姿に気が気ではない。
「ーー来ましたわね」
呟くと、術式を発現させる。
翼だった腕は人間と同じものに変わり、鱗のような下半身も、美しい生足へと変化した。
背中から翼が生えて彼女の体を包み込むと、それは服へと変わる。美しいドレスだ。
特徴的な頭髪を除けば、人間と遜色ない外見だ。鳥人族の中でも高位の者が多く会得している術式【変態】である。
ヴィントの視線の先には、空を翔ぶ漆黒の鳥、大鴉。
それは真っ直ぐにヴィントのもとへ飛んでくる。
大きな翼を広げて、広場に降り立った大鴉。地面に翼を差し出した。
「良い子ね、“クレーエ”。ちゃんと防殻も展開して、偉いわ」
大鴉の名はクレーエ。シルフに生息する大鴉の長だ。
「さて、お待ちしていましたわ。魔人王ジーク殿。息災だったかしら?」
「ご機嫌麗しゅう、ヴィント女王。紹介するよ、彼女はシリウス。と、その従魔のプロキオンだ」
鳥人王には目もくれず、ただただシルフの景色に夢中な二人。
ヴィントは腕を組み、片眉を釣り上げた。
「そう………彼女が獣竜王のお弟子さんなのね。ーー納得したわ」
「そんなこと言わないでくれ。ーーシリウス、プロキオン、ヴィントにご挨拶を」
「あ、ども」
「お会いできて光栄です、ミズ・ヴィント」
「ーー貴女達………面白い“色”をしているのね。特に、獣竜王のお弟子さん、“開花”まであと少しといったところかしら。おおよそ大気の魔力でも学びに来たのかしら?」
おっ、とジークは驚いた様子。
「よく分かったね」
「それで私を頼るなんて、お目が高いわね。良いわ、お教えしましょう。こちらへ来なさい、二人とも」
ヴィントに言われ、シリウスとプロキオンはその後をついて行く。ジークもついでについて行くことにした。
「大気にも、当然魔力は存在します。そして、その大気の魔力にも、地脈のように大きな流れがあるわ。この国がある、この場所は、巨大な大気の魔力の流れと、龍脈に挟まれた区域。互いに大きな力が作用し、反発が生まれると、魔鉱石を含む岩石は宙に浮く。その巨大な塊が、シルフなのよ」
大気の魔力に多大な影響を受け、今やそれは生活の要となっているのがシルフだ。
大気の魔力は天候を操ることができる偉大な力である。
地脈より干渉は容易であり、自我を持っていかれることが少ないが、並の魔導師では本来の十分の一程度しか恩恵を受けられない。
いずれも究極魔法の固有術式を持っていなければいけない。
「大気の魔力のことを“マナ”と呼ぶのよ。地脈と同じく、マナも固有術式、究極魔法以上でないと干渉による恩恵を受けにくいわ」
ーー究極魔法よりもさらに上位の“窮極”魔法になると、マナへの干渉によって、特殊な空間を作り出すことができる。
周辺の魔力が、その術師の“色”に染まり、固有術式そのものの領域が生まれる。
それは空間干渉術式の頂点であり、最後の切り札ともされる、術式の最高峰。
「その名はーー」
ーー“魔導領域”
ステータス
〈シリウス・ブラウ〉
・原始魔法【氷】
・原始魔法【風】
〈プロキオン=ブラウ〉
・原始魔法【風】
・原始魔法【氷】
〈ヴィント〉
・No data