07 大地の魔力
シリウスの覚醒の時は近い。
朝。窓から日の光が差し込み、シリウスは目を覚ました。
そして、いつもと違う雰囲気に、思い出す。
「そうか、今はジーク……」
ベッドから降りて、いつもの服に着替える。そして家の外を出た時だ。
外ではジークが立っていた。
杖の柄で、地面に絵を描いているようだ。
「何してんの?」
単純に疑問に思ったシリウスは、ジークに問いかけた。
その質問には即答せず、最後まで描き終えて、一息ついたところで口を開いた。
「結界。張り直してるの」
「ーーなるほど、ね……」
よく見ると、ジークが描いていたのは魔法陣だった。この結界が発動することで、ジークの居宅を隠し、景色と同化させることができる。
【禁忌】が訪れ、すこし崩れてしまったという結界を、張り直しているのである。
「まったく、面倒なことさせるよなぁ……。早く封印ーーいや、無駄か……。殺すしかないね」
言いながら、シリウスを見る。
当のシリウスは、その視線から逃れようとそっぽを向いた。
「ぜ、善処する」
「自覚しているようだね。もうすでに答えに辿り着いている君はーーフリーが弟子にするわけだ」
コツンと杖を突き、術式を構築する。
指を二本立てて、目を閉じた。
『魔導結界【透過】』
指先から白い火の玉が出現。それを、描いた線の上へ放る。シュボ!と導火線に火がつくように、辺りが明るくなり、白い光に包まれる。
それと同時に結界が展開され、建物の姿が消えていく。
「“光彩術式”。主に目眩し、幻覚、身代わり、何も戦闘ではよく使われるものだよ。覚えておくといい」
「読んだことあるよ。【光】の応用だって」
自信ありげに答えるシリウスに、ジークは感嘆の声を上げた。
「よく読んでるね」
「昨日寝る前に読んだ」
「ちぇー、面白くない」
「読めって言ったのはジークだろ?」
「言ったけど………じゃあ、よし、いいだろう!この結界が維持し続けられる理由、分かるかい?」
意地でもシリウスに勝ちたいジークは、これは難問だろう、と質問を投げかけた。
「え……!?く、空間干渉……?」
「フフン、ブー!不正解ィ!」
(ウザい……)
「正解は、“地脈”さ」
「ち、みゃく?」
「魔力は空気中にだけあると思っちゃ、大間違い。君も知っているだろう?『すべての生き物には、魔力が存在する』と」
人間を始め、亜人、魔人、獣人、魔獣、魔族、あらゆる生命体に魔力は存在している。それは生命活動において必要不可欠なエネルギーであり、枯渇すれば死にはしないものの、体を自由に動かせなくなる。
無論、魔力は植物にも存在している。
「植物がずっとそこに存在し続けるのは、地脈があるからなんだ。山火事が起こっている森の上空を見てごらん。透明な光が飛んでいるのがわかる。アレは、植物の魔力が空気中に逃げていってるんだ」
「山火事見たことないんだけどね」
「ーーそうか……。まぁいいさ。ちょうど良かったよ。今日は地脈の勉強をしに行こうか」
「良いけど、どこに?」
「……それはーー」
トン、とシリウスの額に杖の柄を当てる。
「あ…………!?」
『ここからずっと北にある、豊穣の国ケレス大公国。その地下に広がるのが、地下帝国ノーム。地脈を学ぶなら、そこが一番さ』
頭の中に流れてくる景色。まるで目の前にあるかのように、鮮明に見えた。
豊穣の国ケレスの中心には大樹があり、そこから伸びる六つの大きな根は、地域を六等分している。
地域間を移動するには、大樹を傷つけることは禁忌であり、できない。わざわざ遠回りするのは、人間の性か、嫌う。
故に、地下を経由する必要がある。
ケレス大公国の地下には、国が広がっている。それが地下帝国ノーム。
大樹が存在し続けるためには地脈の管理が必要不可欠。その役割を担っているのが、ノームだ。
両国間の行き来は自由である。ケレスにとって信仰の対象である大樹の管理権をノームに渡す代わりに、ケレスは地域間の移動にノームを経由するのだ。
「ちょうどノームに用があったんだ。どちらにせよ、君を連れて行くつもりだったけど、ちゃんとした理由ができて良かった」
「そう、なんだ……」
「出発は正午。それまでに準備しておいて」
「分かった!」
◇◇◇
地下帝国ノーム。そこに住まう民のほとんどは、巨人族と呼ばれる種族だ。
しかし巨人とはいえ、十数メートルもの巨躯を持つ者は殆どいない。特に、ノームではそのような者は皆無だ。
厳密に分類することは難しいが、基本的にはデカイやつは巨人族という認識で間違いない。
ノームを治める皇帝であり、巨人族の長。そして、地脈のプロフェッショナル。
彼の名は、【小さな巨人】ルーク。巨人族にしては小柄だが、身長は180センチと、人間からすれば高身長だ。シリウスは150センチなので、実に30センチもの差がある。
種族王の中では新参であるが、実力は折り紙付き。地脈に干渉した術式操作は、魔導師最強であるジークに並ぶか、あるいはそれ以上だ。
ただでさえ体積が大きく、魔力量も多い巨人族。地脈に干渉することで、自身の魔力消費を抑えられるどころか、それを汲み上げることで実質無限の魔力を得ることができる。
正午。ジークお得意の転移術式で、森の外に出た二人と、一匹。
待っていたのは、馬車ならぬ、ドラゴンが荷車を引く、竜車。
ジークが予約してくれたようだ。
「ケレスまで」
二人は竜車に乗り込んだ。
ゆっくりと竜車は動き始める。
シリウスは驚いていた。まるで振動が気にならないのだ。
窓を覗き込む。
「は、っや……!」
徒歩でいけば、ジークの家からケレスまで一週間以上はかかるだろう。
外の景色が、肉眼では追えないほど素早く通り過ぎていく。
この速度。客を守るために、荷車は完全に閉鎖できるようになっている。
「この調子だと、日没には着くだろうね」
「この距離を!?」
「そうだよ。無翼竜はとても速いんだ」
エウロパが、ファミリア最速と呼ばれる所以である。
道中で、ジークはケレスのことを教えてくれた。
ーーケレスは大樹を守るための結界が張られている。もちろん、これも地脈を利用しているものだ。
ーーこの結界は、他者の侵入を拒むもので、如何なる術式で以っても、入ることができない。だから、僕の術式でも、国内に転移することはできない。
故の竜車。エデンでは、国内にジークの家があるからこそ自由に行き来できたが、ケレスではそうはいかない。
今回はちゃんと入国審査を受けなければならない。
あとは、旅のロマンのためにわざわざ竜車で行くのだ。
「ノームもケレスの結界の中。だから、結局ケレスを通らないとノームに行けないんだよ」
「ジークはノームに何の用があるんだ?」
「種族王は、互いに近況報告をする。今日は、そのためさ」
そのほとんどは、外交官など、部下が行う。エウロパがそれであり、先日まで世界各国の種族王らに謁見してきたのであった。
ジークは部下を持たない、唯一の種族王である。
故に、他の王との謁見も、自身が行う必要がある。もっとも、ジークはそれを“旅”と称し、楽しんでいるようだが。
種族王のほとんどは国を持ち、兵を持ち、幹部を持つ。ジークはそのどれにも該当しない。完全に独立した、個体。魔人の頂点である。
もとより魔人は国を持とうとしない。勝手に居場所を作り、その地を支配するだけ。国家としては認められていない。何故なら国家として必要な材料の一つ、“法”が存在しないからだ。故に多くの派閥が存在し、互いに助け合うこともあれば、争い合うことだってある。
ジークはどの派閥にも属さない、“第三勢力”と呼ばれる立ち位置にある。ヒノトもその一人だ。
一般的に“第三勢力”の魔人は、心優しい者が多いと言われている。また、他のどの派閥の魔人よりも、強いとか。
強いものほど群れようとはしない。魔人族は、まさにそれを体現しているのだった。
一方の巨人族は。
実に人間的であり、年功序列の縦社会だって存在する。高位を尊ぶーー巨人族の根底にある礼儀は、芸術と称賛する者もいる。
そんな中で、ルークは異端児であった。
縦社会クソ喰らえ。年功序列を踏み躙り、強者こそが頂点に立つべきだ、と弱肉強食を提唱した。
しかし、当時は非難、否定の嵐だ。
強者が立つ国は奴隷を生むとして、多くの者から忌避されてきた。
だが、ルークは違った。
ルークは独立することで、弱肉強食社会の上位に位置するものを支配し、弱者を守った。
彼には部下がいるが、彼にそのつもりはない。部下が勝手についてきたのだ。
それは弱肉強食社会では、下位に位置するものたちがほとんどだ。
弱肉強食は競争を生む。
それは自ずと弱者を強者へと変える。
そうして真の平等社会が生まれる。
ルークは、弱肉強食を作り出すことで、階級という名の三角形の形を変えた。あり得なかったすべての種族の夢、理想を実現させてしまった。
そして彼は、種族王になったのだ。
「彼は偉大なる王だ。若年にして、平等社会を生み出してしまった彼は、まさに“小さな巨人”の名に相応しい、と僕は思うよ」
「巨人王、ルーク……か」
この目で見てみたい。生きる指針、“自由”を持つものとして。
やがて目的地に近づくと、大きな緑が見えてきた。
大樹。
まさに圧巻。だが、その下にも国が存在すると思うと、それはもはや神秘的なまである。
ケレスには壁がある。美しい円形は、一ミリの歪みがない。ケレスの建築技術の高さが窺える。
その一角にある大門。それがケレスの入り口で、結界で唯一開閉可能な場所だ。
「身分等を証明するものを」
言われ、ジークは二枚の紙を取り出した。
「巨人王からの招待状だ。魔人王ジークと、人狼族のシリウス・ブラウ宛のもの」
「確認します。…………分かりました。では、お通り下さい」
「行こう」
「うん」
二人はケレスの中へと入る。
やはり中から見た大樹は迫力が違う。何処ぞの神話に出てくる、世界樹のようだ。尤も、ケレスの大樹がモデルになったとも言われているらしい。
もう少し見ていたい気もするが、用事は地下にある。
「その階段を降りるとノームだよ。一度ケレスに入ったら、ここからは出入り自由だ」
「へぇ……!」
看板が立てられ、『ノーム・南口』と書かれている。二人がいる場所は、ケレスの南の地区となる。
階段を降りる。
そこには、街が広がっていた。
「デッカ……!!」
地下だというのに明るい。
「これが地脈。普段はこんなにも明るいんだよ」
所々に、根のようなものが伸びている。大樹の根だ。天井には大きな六つの根がそれぞれに伸びており、これらが地域を分断しているのだ。
この国は二重の結界が張られている。
一つはケレスを守るもの、もう一つはこのノームにあり、地面ーー天井の崩落を防ぐものだ。
「僕らが行くのは、あそこ」
指差した先にあるのは、城。ルークの居城である。それにしても、巨人族のための家屋は、デカい。
ノームの王城は、大樹の真下に位置している。つまり、国の中心にある。
ケレスからの階段を降りて道なりに行けば、城にたどり着くようになっている。
二人は迷うことなく城までたどり着いた。
「あ……」
門番である巨人族の女性が、こちらに気がついた。
流石は巨人族。女でもシリウスの身長をゆうに超え、ジークに並ぶほどだ。
「魔人王ジーク様ですね?それと……」
「彼女はシリウスだ。同伴ってことで。ここに招待状もある。疑うのなら、確認してみると良いさ」
「あ、そう、ですか……。問題ありませんよ」
「良かった」
「それで、非常に申し上げにくいのですが、現在ルーク様はお留守でして……」
申し訳なさそうに呟く。
どうやらルークは現在、出かけているようだ。
そこで、ジークはーー
「待つよ」
と言って、城内の客室で待たせてもらうことにした。
外見は白の石造りとなっており、中は床に大理石が使用されている。実に豪華だ。
客室も同じく、床は大理石が施され、ローテーブルを挟んでソファが置かれていた。
ジークとシリウスは並んで座り、ルークの帰りを待っていた。シリウスの膝の上には、例の如く狼型の魔獣がいる。シリウスは彼をそっと撫でながら、珍しく静かに待っていた。
やがて部屋にノックが響く。続いて女性の声が聞こえた。
「失礼します。ルーク様がお帰りになりました」
扉が開く。
そこに立っていたのは、銀髪浅黒の細マッチョだ。肌の露出は少なく、全体的にゆったりとした布を纏っていた。
ルークはジークの向かいのソファに座ると、肩肘を突き、足を組んだ。
「ーーお前が噂の、フリーの弟子か」
彼を一目見た時、シリウスは圧倒された。
膨大な魔力。“力”の塊。すぐに分かった。
ーー強い。これが、種族王。
“見える”ようになったからこそ分かる、種族王の凄まじさに、シリウスは感嘆する。
「ところでジーク、少し疲れているのではないか?」
ルークの質問に少し沈黙して、答える。
「鈍っていたようだよ。この程度で疲れるなんて、僕らしくもない」
そう言って、シリウスを見た。
「お前は引きこもりだからな」
「はっ、フィムと一緒にするなよ」
少し笑いながら反論する。
「馬鹿か、お前は。アイツは別格だ」
「ーーフィムって?」
会話に出てきた名前に、シリウスは疑問符を浮かべた。
ジークは答える。
「天使王フィム。彼女は種族王の中でも随一の引きこもりで、お目にかかれることは滅多に無いのさ」
地上から遥か天空、あるいは別次元に存在すると言われている幻の都市、“天界”。そこを治める女王こそ、熾天使フィムだ。天使族一の引きこもりとしても有名である。
「人狼族の、お前も種族王になるのなら、いずれ会えるさ。ーーそれにしても、引きこもりのクセして俺より強いなど、解せぬ」
「天使族は術式が強くて面白いヒトたちばかりだからね。でも、肉弾戦で言ったら、ルーク、君の方が強い」
「地脈から魔力を汲み上げているから攻撃力を底上げできる。ただそれだけだ。人狼族の、よく覚えておくといい。俺を超えたければ、地脈を絶て」
「ーーそれ、言っちゃっていいの?」
「それで負けるのならば二流以下。まぁ、地脈を絶たれたところで負ける俺では無いがな」
強さ、それこそがルークの生きる指針。自身の鍛錬のため、よく城を留守にするそうだ。
絶対的な自信。それはルークを強者たらしめている重要なものの一つである。
「ルークは僕のことを信頼してくれている。つまりそれは、君のことを信頼していることでもある」
ーーだからこそ、弱点を明かすことができる。
「ーーそれで、要件はなんだ?」
ルークが本題に入ると、「そうそう」とジークはノームに来た目的を話した。
「お勉強に来た。地脈のお勉強」
「俺が、教えるのか?」
「さぁ、どうする?君が良いというなら、僕は観光でもしようかな」
「………良いだろう。お前は休むと良い。人狼族のーー」
「シリウス」
「……シリウス、ついて来い」
「分かった!」
ソファから立ち上がり、ルークの後についていく。
ジークもともに部屋から出て、お互い別の方へと別れていった。
「シリウス、また後で」
「うん」
「それで、ソレはお前の従魔か?」
ルークはシリウスが連れている魔獣を見た。
妙にシリウスに懐いているので、従えているとでも思ったのだろう。
「違う。名前もない。コイツがやりたいように動いているだけだよ」
「自分の意思で、お前について行くのか。それでも名付けはしないんだな」
「まだ、足りない。多分ね。大事な何かを忘れている気がする」
しゃがみ込み、撫でてやると、魔獣は気持ちよさそうに目を細めた。
「………お前は、大切な者ーー家族、友人、恋人、彼らをそういう眼で見たことはあるか?」
「……どういう眼?」
「お前が“足りない”と言うものは、それなんじゃないのか?」
「………そう、か」
「ーーさて、ノームの上にはケレスの大樹がある。それを敵から保護する代わりに、俺たちが大樹を管理している」
ジークが言っていた通りだ。
「厳密には、大樹が存在し続けるための、地脈の管理をしている。植物の成長までは、干渉出来んからな」
ルークは地脈の干渉に長けているので、納得である。
「枯れた植物には水をやるだろう?この世の全てのものには魔力が含まれている。植物は水の中にある魔力を栄養素にしていると言っても過言ではない」
城の外に出た二人。ルークは地面に手をついた。
「大樹は別格だ。水に含まれる魔力だけでは足りん。だから地脈まで根を伸ばし、魔力そのものを吸い上げている。ーー太い地脈は特別、“龍脈”と呼ばれる。膨大な魔力が流れているが、よく停滞する。だからこうやって、流すんだ」
ズン!!と地面に衝撃を与える。
軽い地震が起きたあと、“音”が聞こえた。
ドクンと、超重低音がシリウスの胸に響く。止まっていた心臓が動き出したかのように、地球の鼓動が聞こえた。
「一度水をやって放置しても枯れる。常に新鮮なものを供給せなばならん。地脈だって同じだ。定期的に流してやることで、大樹に新鮮な魔力を供給する」
地下が一層明るくなった。
再びエネルギーの流れが生まれ、古くなった魔力は下流へと流される。より鮮麗な魔力が流れて、その光がノームの灯りとなる。
「とまあ、これが大樹管理の主な作業だ」
シリウスは暫く放心状態にあった。
しかし、ルークはそれを叱ることはなかった。
「ーー星の鼓動の音は、中々聴けるものでもない。よく味わうと良い」
「………地球って、生きてるんだな」
「当然だとも。雨、風、波、全て、この星が生きている証拠だ。そしてそれらは、魔力の流れによって説明が可能だ」
水を生み出し、火を吐き、風を吹かせ、雷を落とし、大地を揺らす。それらを全て単身でやってのける地球という名の星は、奇跡の塊と言えよう。
だから、多くの者がこう言う。『この星は美しい』と。
ーーもし神というものが存在するのなら、この星こそが神だ。
ルークは語る。それは強さの象徴である、と。
「地脈の干渉は、先ず己の魔力を理解しなければならない。それから、魔力に意識を集中させ、地脈に潜り込む。強い意志がなければ、そのまま地脈に呑まれてしまうから、そこは注意だ。そうしなければ、自我の無い廃人。中身はもぬけの殻となった、人形でしかなくなる」
さらっとおっかないことを言うルーク。
余談だが、地脈に自我を持っていかれたあと、長い年月の間地脈の中で意識を維持し、数年後、元の身体に戻ってきた、という逸話がある。それはある意味で強い意志を持っているとも言える。
「ーー彼の名は、ジーク」
「ジー、ク……!?」
「まったく、恐るべき男よ。ほぼ不可能に近いが、それを経験したのとしないのでは、魔力の核心への理解に、天と地の差がある。流石の俺でも、地脈で世界一周するほどの度胸は持っていないな」
ジークが魔導師最強と呼ばれる所以だ。彼は魔力や術式に関するあらゆる知識を持っている。
「っていうか、ルークも自我持ってかれたの!?」
「ああ、そうだとも。だが、流れに身を委ねようとしたのは、後にも先にも、ジークだけだった」
ルークも地脈の深くまで意識を沈めていったが、大海のように荒れ狂う地脈の流れに逆らい、自我を保とうとした。洪水の中を立っているような感覚だ。
「……オレにも出来るかな?今、ここで」
突然そんなことを言い出した。
シリウスは自分が言ったことの重大さに気づいていないようだ。
「俺の言葉を覚えているか?ここは地脈の中でも極太の、“龍脈”が流れているんだぞ?一瞬で溶ける」
ーーまして、今しがたルークが停滞しがちな龍脈を流したばかりである。ただでさえ膨大な魔力が流れているのに、それは勢いを増している。その中に意識を沈めるのは自殺行為に等しい。
それに、シリウスは借りモノ。もし壊してしまえば、ジークは愚か、フリーが激怒し、ルークは殺されてしまうだろう。
否、もしかしたら……。
ーーやめろ。なぜそのような発想になる?
シリウスを見ていると、もしかしたらやってくれる、と思ってしまう。地脈の恐ろしさを、誰よりも知っているルークが、だ。
「本気、なんだな?」
「大丈夫」
そもそも初めてで深くまで潜れるのか、それすらも不確定である。
それなのに自我を持っていかれるだのと気にする方がおかしい話だ。なんてことを思ってしまう。
ーー待て。
それ以前に、
(シリウスの奴、究極ではない……!)
そう思った時、ルークは安堵した。
究極魔法の固有を持つ者、すなわち己の魔力を理解している者こそが、地脈の干渉ができる。
自身を魔力として、地脈に浸透させていく。そのためには、己の魔力を理解する必要があるのだ。
究極魔法以上の固有術式を持たないシリウスは、それが不可能だ。
「ーーどうなっても知らんからな。やってみるが良い」
完全に弛緩しきった声音。
シリウスは、諦めて漏らした言葉としか思えないだろうが、ルーク自身、未だかつてないほどの安心感に包まれていた。
「じゃ、遠慮なく」
ーー出来るはずがない。この小娘に。
出るはずのない成果を待ち続けても意味がない。そんな意味のないものを横目に、ただ待つばかりだ。
「ーー思い出せ………」
シリウスは真面目に呟き出した。
ーー瞑想のように。
雑念を振り払い、集中する。意識を精神の中へと沈めていき、最初の工程となる、己の魔力への干渉を試みる。
(恐ろしく早い……。たった数秒で深い集中に入るとは……)
興味が失せていたはずのルークも思わず見入るほど、シリウスは深く集中していた。
それは一瞬だった。
目を閉じていたシリウスが、突如として開眼したかと思うと、シリウスの全身が氷に包まれた。まるで、鎧のように。
「ッ!?」
思わず後退りする。
まさか、この一瞬で一気に開花させたのか!?
そう思った時だった。
「ははっ、見つけーー」
そこまで言いかけて、シリウスの体が膝から崩れ落ちた。
目を疑った。
だが、間違いない。見紛うはずもない。
確実にーー
「堕ちた……!?」
駆け寄るルーク。
すでに氷の鎧は、シリウスが崩れ落ちたと同時に解かれた。
その眼は、虚無だった。
ステータス
〈ルーク〉
・No data




