05 最強の魔導師
人狼の王になるために修行をしていたシリウス。
我流術式【氷纏装身】の完成、固有術式の強化のためにフリーの元を離れ、魔人王ジークの元で修行することになった。
「この湖を凍らせることができるかい?」
「無理」
「諦めが早いな………」
二人が出会った翌日、早速シリウスの術式強化の修行が始まった。
ジークが初めに提示したのは、近辺で最も大きな湖。それを氷の大地に変えること。一面を氷に変えることが、結果的に術式強化の完了を意味する。これほど分かりやすいものも無いだろうと、自信満々のジークだったが、シリウスによってあっさり切り捨てられた。
ーーさて、どうしたものか……。
「実を言うと、術式は使えば使うほど強くなるんだ」
毎日のように自分の魔力と触れ合うことで、より早く魔力の核心に迫ることができる。術式の連続行使が手っ取り早いというのはそれが理由であり、『戦いの中で成長する』というのも、そのことが関係している。
「厄介なのは、固有術式によって強化の方法が異なること。戦闘向けの術式であるほど簡単なんだけど、支援系の術式となると、使う機会も少ない。昨日のは言葉足らずだった。イオが二年そこらで究極まで辿り着いたのは、種族王の直近であり、戦士だったからね。ドラコを襲う魔族とは嫌でも戦わなければならなかった」
「その上で反転術式も習得したのか」
「よく知ってるね。究極魔法に進化して、イオは治癒特化の術式となった。それを逆手に取った、機転の利いた発想。術式には無限の可能性が秘められている。僕にも知らない秘密が、まだまだあるのかもね」
どうやってシリウスを鍛えようか考えていたジーク。
無理だからと、この湖の件を諦めることはしなかった。ーー今は無理でも、究極魔法へと進化すれば出来ないことはない。“修了試験”とでも称し、最終目標にでもしよう。と、今回は妥協したのだった。
それよりも過程である。
ジークは最も大切なことを見落としていた。
何のために家に魔導書を集めているのか。もっと早く気づけばよかったのだ。
「ーーシリウス、ここにはまた来よう。とりあえず、帰ろうか」
「ん、分かった」
ドン!
机に大きな衝撃がきた。
何冊もの分厚い魔導書が、シリウスの借り部屋の机に置かれたのだ。
「えぇ……」
何かを察したのか、シリウスの表情が曇る。
「術式の使い方がいまいち分かっていないと見た!先ずは術式が何たるか、勉強しよう!」
「うえぇぇ……あんなの感覚だろぉ?」
項垂れるシリウス。
狼型の魔獣も、ジークに向かって唸り声をあげる。
「………とにかく、君は一刻も早く術式を鍛えなければいけない。だけどそれ以前に術式の基礎的な部分がまるでなってない。君は自分の魔力が何色か、分かるかい?」
「はっ?な……何色ォ?」
ーー白?
適当に答えてみる。
が、ジークはムカつくような表情で首を振る。
「違う。他人が見ても分かるほど、君の魔力は凄まじいものを放っているというのに、自覚がない。基礎的な部分がなってないのは、そこだ。並の魔導師でも、自分の色は把握しているものだよ」
決まった。
修行のメニューが出来上がった。
ジークはシリウスに告げる。
「暇な時間は、そうやって魔導書を読むこと。あと適度な運動をすること。そして一日に必ず、二時間の瞑想の時間を取ること」
「め、瞑想!?」
「そう。精神を統一することで、魔力の輪郭を捉えることができる。下手すれば、それで一気に究極魔法へ、なんてことも夢じゃ無い。大切なのは、“自己理解”だよ。君は魔力であり、魔力は君であると意識するんだ」
「わ、分かったよ……」
こうして、シリウスの術式強化の修行が始まった。
翌日。早朝から瞑想の時間である。集中するのは早いものの、ただ暗闇の中に立っているだけである。
(まだ雑念があるのか……)
意識的に無になることは、なかなかに難しいものだと痛感する。
無になれることはよくあるが、意識的にその状態へと至ることができなかった。放心するにも場所を選ぶ。しかし、それでは意味がない。シリウスは自分に喝を入れた。
やがて朝食の時間になると、ジークが部屋まで呼びにきてくれた。
今日の朝食はサンドイッチだ。
たまには外で食べよう、と家のベランダに用意されたテーブルには見事なサンドイッチが並べられている。
相変わらずイオより、うまい。
朝食を食べ終わり、シリウスは魔導書を読み始める。もちろん、狼型の魔獣も一緒だ。
少し読み進めては、術式を使い、実践する。
その様子を、ジークはただ見届けていた。
(それにしても空間干渉が上手い……。なのに戦う時には体に纏い、自らの攻撃力と防御力を上げている。魔導師には考え難い発想だ……)
シリウスの様子を見ていて、違和感を覚え始めた。
空間干渉をすることなく戦闘で術式を行使するのならば、空間干渉を前提とした、魔導士のための書物は意味がないのでは?と。
無論、術式を行使するにあたって、基礎的な知識は必要となる。そのため、完全に無意味なわけでもない。
なのでーー
空間干渉訓練は続けるとして、ここでは術式の使い方を覚えてもらう。
もう一つ、シリウスの戦法『氷を纏い、攻撃力と防御力を上げての肉弾戦』に関しては、知識でどうにかなる問題ではなく、実戦でやるしかない。との結論に至った。
「シリウス、【氷纏装身】できるかい?」
「ん?……やってみるよ」
手の甲から、肘までなぞるように手をかざす。
氷が顕現し、籠手のように腕に纏われる。
『我流術式【氷纏装身】』
手指を握ったり開いたり。手のひらを返したり。どんな感じか、と確認する。
そして分かった。
「前より、大分マシになったな…」
「へぇ……」
ーー思った以上に面白い術式だ。
【魔眼】でシリウスを見る。ほんの僅かだが、シリウスの魔力が上昇している。
魂の底に沈んでいた、潜在的な魔力が汲み上げられ、純粋な力へと変換されている。
(【氷纏装身】、恐るべき効果…!)
魔力が上昇し、いわゆる集中の状態が強制的に、否、必然的に引き起こされている。いつもより感覚が冴え、視野も広くなるだろう。
これが完成した時、シリウスは間違いなく化ける。ジークは確信した。
「分かった…もう解いて良いよ」
ジークの合図に、ふぅ、と全身の力を抜く。すると、パキンと氷が弾けて、小さな結晶が舞う。それは太陽の光に反射して、美しく輝いていた。
ーー展開、解除は手慣れている。あとは、精度、か。
鍛え甲斐がある。と、ジークはニヤリと笑った。
しばらくして、ふとシリウスはジークに問いかけた。
「ジークの固有術式って何なんだ?」
ーー知りたいかい?と、微笑み、立ち上がる。
「見てて」
そう言って、仁王立ちになる。杖も持たずに。
『“華炎”』
手のひらに火の玉が顕現し、それを握る。そのまま、空へと振り撒いた。
それは美しい花を模し、紅く燃え盛る。
シリウスが初めて見た術式だった。
「この通りさ。僕は術式の詠唱を必要としない、【詠唱破棄】が固有術式なんだーー」
「へぇ!」
「…というのは嘘で、僕の本当の固有術式は“大魔導師”と呼ばれている」
『授与』、『強奪』、『作成』。あらゆる術式に干渉することができる。
術式詠唱を煩わしく思ったジークは、【詠唱破棄】を『作成』し、自身に『授与』した。お陰で、ジークは他のどの魔道士よりも魔力操作に長けており、“大魔導師”と呼ばれている所以である。
ジークは種族王の中でも太古から存在しており、唯一代替わりのない王だとも言われている。それほどまでに長寿なのは、ジークが魔人であるからだ。
魔人は、文字通り“魔の人”である。人間より魔力操作が上手く、上位の魔人ほど魔導師であることが多い。ジークも然り。
しかし、世界は広く、上位魔人でありながら、接近戦を好む者も存在する。
ジークの知り合いだという彼は、双剣を持ち、俊敏性は魔人随一だという。ーーそのうち会わせてあげる、とシリウスに約束してくれた。
「ーーさてと、僕は『生命の書庫』に行ってくる」
杖を手に取り、フードを被る。
「ん、分かった」
「いい子にして待っててよ」
「子供じゃないんだから、分かってるよ」
ーー冗談さ。そう言ってジークは森の奥に消えていった。
「おーい、戻るぞ」
狼型の魔獣に声をかけると、すぐにシリウスの元へ駆けつけてきた。
(こんなに懐いてくれているのに、まだ名前をつける時じゃない気がする……)
ただ仲良くなるだけじゃない。もっと別の何かが必要な気がする。とシリウスは感じていた。
それが何なのか、この時のシリウスにはまだ、分からなかった。
翌朝、ジークはまだ帰ってきていなかった。心配になりながらも、ジークなら大丈夫、と心を落ち着かせる。
今日はいい天気だ。
いつかドラコでも感じたような、気持ちの良いそよ風。
シリウスは、新たな日課となった、早朝瞑想をしていた。
やはりというべきか、自然の中にいる方が、集中の深さが違う。
心地良さ。それが鍵になっているのではないか。そう思い始めている。
暗闇の中で立つ、自分の姿が見えた。
いつかも見た、夢のような場所。
それは夢と現実の狭間。精神の中である。魔導書にはそう書かれていた。
(来た……!)
そう思った時だ。
突然集中が途切れた。
余計なことを考えてしまった。その揺らぎで、精神がシリウスを追放した。
まるで別人。同じ自分の中にいながら、捉える事ができないそれ。ただ悔しい、と歯を噛み締める。
しかし、時間はきっちり二時間、経っている。
定刻によって途切れてしまったのだろうか。この時ばかりは、自分の体内時計を恨むシリウスであった。
ジーク曰く、二時間以下でも、それを越えても意味がない、とのことだ。
二時間という絶妙な時間の中で、深い集中状態で精神の中に入り込み、魔力の輪郭を把握する。これにこそ意味がある、とジークは語る。
シリウスは、ジークが不在の時でも食事を取れるように、ジークから食料について説明を受けている。
昨日の残りがあった、と朝食のために家に戻ろうとした時だった。
魔獣がいない。呼び掛ければいつでも駆け寄ってくるどころか、動くたびにシリウスにべったりだった狼型の魔獣が、いなかった。
ふと、先に視線をやると、あらぬ方向に向かって、唸り声をあげていた。そこはジークが出かけた方向とは違う、別の森への入り口である。
「おいおい、そこには何もいないぞー」
笑い混じりに告げるが、動く気配がない。
ますます怪しい。
ジークが帰ってきたのだろうか。それにしては魔獣の様子が変だ。そもそも、その方角から帰ってくること自体おかしい。
ガサ、と草木をかき分ける。パキ、と枯れ木を踏む。一定間隔で聞こえる音は、明らかに人が歩いているものだ。
「……戻れ」
声が漏れた。自分の発声に気づいたのは、言い終わった後だ。反射的に漏れた。
魔獣は言うことを聞かない。
否、聞こえていない。
声が小さかった。
「っ…戻れェッ!!!!!」
ビクッと魔獣の体が跳ねる。シリウスの大声に、流石の魔獣も気づいてくれた。
シリウスの必死の表情に、彼女の足元まで戻る。
その瞬間ーー
ズンッ!!!!と、魔獣がいた場所の地面が凹んだ。何かの力に押し潰されたかのように、綺麗な円形を描いて凹んだ。
明らかに自然現象ではない。
「家に戻ってろ」
魔獣に耳打ちする。
心配そうに、クゥンと鳴くが、シリウスの表情を見て、一目散に駆け出した。
建物の姿は見えない。魔獣は、ある所で姿が見えなくなった。建物の結界の中に入ったのだ。
果たして今のは何だったのか。
残されたシリウスは辺りを見回しーー
「こんにちは」
「ッーーーーー!!!」
恐怖。それ以上のもの。その時シリウスは、反射的に“死”を見て、後ずさった。
目の前の存在。
異物。
その異様さは、森のざわめきで分かる。
「魔…人?」
嘘だ。
アレが魔人だと言うのか?
ジークは言っていた。
「生物には“色”がある」
目の前のソレは、無色透明。
否、そんなものではない。
“色が無い”。無色ですら無い。“色”と言う概念そのものがない。
まさに、“皆無”。
「強い。…………強きお方!!」
「………!?」
この魔人は、シリウスに向かって言っているらしい。
なんとも不気味だ。
彼女を強いと言って、それが何になる?
続けられた言葉に、シリウスは驚愕し、戦慄した。
「俺と戦って、俺を殺してくれませんか?」
世界の規則から逸脱した異物。【禁忌】がシリウスの前に立ちはだかった。
ステータス
〈ジーク〉
・“大魔導師”
・【詠唱破棄】




