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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
禁忌衝突編
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04 修行開始!ー術式編ー

フリーとは暫しの別れ

 シリウスは目を覚ました。…筈だ。

 とても真っ暗で、目を開けているのかさえ分からない状況だ。

 閉ざされた空間ではない。隙間風、否、いつもあの平原で感じる、心地良い風。

 疑問しか浮かばなかった。何故(なぜ)?さっきまでドラコにいたはず。何よりこの暗さ、いつもなら、夜は月明かりが、朝には太陽が、シリウスの部屋には差し込んでいる。曇っているにしても暗すぎる。

 小鳥の(さえず)りが聞こえた。

(外?)

 それよりも、何もかもが寝静まる、夜では無い。

 つまり、今は朝だ。

 シリウスは起き上がった。つもりだ。

 まだ真っ暗ゆえ、自分がどんな動きをしたのかもよく分からない。視覚が完全に遮断された空間にシリウスはいるようだ。

 と、ようやく自身が置かれている状況を理解したシリウス。

 どうしたものか、と考えていた時、突然体が重くなった。

 ズン!と大きな重力を感じた瞬間、視界は一気に晴れた。

………

……

 そこはベッドの上。シリウスは身体すら起こしておらず、仰向けの状態で目を覚ましていた。

「……あれ?」

 違和感を覚えながらも、今度こそ身体を起こす。

 そこは、何の変哲もない部屋。家具は、ベッド、小さなテーブルには花瓶、見たこともない蒼い花が挿されていた。両開きの窓、その向かいには本棚。そこには本、それも分厚い魔導書がギッシリと詰められていた。

 誰かの家にいるようだ。少なくともフリー城のシリウスの部屋では無い。

 今一度部屋を見回した。

 本棚…、やはりそこが気になった。

 どれも縦に入れられた本。しかし、一冊だけ、並べられた上に、横に置かれている本があった。

 こちらも分厚いが、魔導書では無いようだ。

 ベッドから降りて、その本に手を伸ばした。

 表紙を見る。

 古い文字だ。だが、昔イオに習ったことがあるので、すぐに解読できた。

「っ!?『シリウス・ブラウ』?」

 何故か自分と同じ名前が、本のタイトルとして書かれていたのだ。

 本を開く。ページ数の代わりに記されているのは、年月日。

(ーーオレの、“記録”?……ということは……!)

 最初のページは、“誕生”。シリウスの誕生日がページ数の位置に記されているから、間違いない。

 シリウスはあることに気づいていた。この本を読み進めることで、忘れていた過去を思い出せるかもしれないのだ。

 シリウスの視点が、写真として本には描かれている。

 生まれて間もない頃は視界がボヤけているが、三歳ごろならーーそう思って先のページに手をかけた。

「ーー起きたかい?」

「ッ!?」

 部屋の入り口に寄り掛かり、腕を組む謎の人物が立っていた。

 シリウスよりも半身以上も背が高く、スーツのような服の上から、フード付きのローブを羽織っていた。

(ス、骸骨(スケルトン)!?)

 フードの下は、何と骸骨だ。あまりの(おぞ)ましさに、シリウスは硬直してしまった。

 そこに、骸骨の男は手を前に差し出した。

「なッ…!」

 手元の本が、男の手に吸い込まれるように飛んでいく。

 手に取ると、破損してないか用心深く観察。無事であることを確認すると、安堵した様子で懐に仕舞った。

「悪いね、探してたんだ」

「あ、あぁ……。(本が消えた?仕舞った、だけだよな…?)」

「ーーおいで。朝食の準備ができてる」

「う、うん」

 言われるがまま、シリウスは男について行く。

 どうやら家の二階だったようで、階段を降りて食卓のある部屋までやってきた。

 低いテーブルいっぱいに並べられた料理。イオ顔負けの美味しそうなものばかりだ。朝食にしては重そうな気がしなくもないが…。

 男は一人用のソファに座り、足を組む。

「さ、座って」

 男に促され、シリウスは三人用の大きなソファに沈み込んだ。

 男は料理の一つを手に取り、被っていたフードを脱いだ。

「………!」

 現れたのは骸骨ではなく、血の気の引いた白い肌の、美しい男だった。

 おそらく魔人だ。それにしては、碧眼を持ち、どこか人間らしい雰囲気を醸し出していた。

 男のことをまじまじと見つめるシリウスを他所に、男は手に取った料理を一口。

「うーん、美味しい!さすが僕」

 シリウスの視線に気づくと、ふっと微笑んだ。

「食べな。お腹空いてるだろう?」

「い…いや、別にーー」


グゥゥゥゥ……


「ほら」

 シリウスのお腹が鳴ったようだ。思わず赤面するシリウス。

「……い、いただきます」

 恐る恐る手を伸ばし、一口。よく咀嚼し、飲み込む。そしてもう一口、さらに一口、とシリウスの手は徐々に早くなる。

「……美味い!」

 シリウスは叫んだ。

 パチン!と指を鳴らす男。その表情は嬉しそうだ。

「やったね!君の口に合うか心配だったんだ」

「これ美味しいよ!辛くないけど、全然好きだ!」

「辛いのが好きなんだね」

 テーブルいっぱいの料理は、あっという間に平らげてしまった。

 全ての食器を片付けて、男は台所へ向かった。

 部屋に残ったシリウスは、改めて部屋を見回す。

 きっと、どの部屋も本棚があるのだろう。全て魔導書。これだけたくさんの物がありながら、一つとして同じものはない。

 文字もさまざま。いろいろな国や時代の魔導書が全て揃っていた。中にはイオすら知らないような驚くほど古いものまであったが、先の本のことといい、何かあると怖いので触らないでいた。

「気になるかい?」

 いつの間に後始末を終えたのか、男がシリウスに問いかける。

 ゆっくりと歩き、本に手を掛けた。

「こういう本が好きで、集めているんだ。この家には世界の魔導書が全て揃っている。この家の本を全て読めば、この世の全ての術式を会得できると言っても過言では無い」

 聞けば、これだけ揃っているのは世界のどの書庫を探しても無いという。

「シリウスもこういうのが好きなのかい?」

 開いていた本を閉じ、棚に戻すと、男はシリウスに問いかける。

 一瞬戸惑ったが、すぐに答えた。

「え…?いや、こんなにあると、どうしても気になるというか……」

「……フフッ、あぁ、そうか。ーー付いておいで、面白いものを見せてあげるよ」

 言うと、壁に立てかけてあったステッキを手に取った。

 それを勢いよくコツン!と床に叩く。

 すると、それは瞬く間に歪な杖へと姿を変えたのである。

「なーー!?」

 驚愕するシリウス。

 フードを被る。美しい男の顔は、再び骸骨になった。

 服のシワを伸ばし、向き直る。

「おいで」

「あ、あぁ……」

 二人は玄関を出た。

 そこは、森。振り返ると、さっきの家は無くなっていた。特に目立つような大岩があるわけでもなく、しかし背丈の低い植物が生い茂る、広場のような場所に出ていた。

 男はコツコツと杖を突く。その度、ジャラジャラと柄に付けられた鈴のような物が鳴った。

 シリウスの頭に手を置く。

「フードを被るといい。ここは危険だから」

 言われるがまま、シリウスも男のようにフードを被った。

「裾でも掴んでて」

「……あぁ」

 シリウスは男の服をワシャと掴み、歩調を合わせる。


 徐々に植物の背丈は高くなっている。森の深いところへと向かっているのだろう。

 その道中、シリウスは珍しく戦慄していた。

 とても強力な気配が、ひしひしと伝わってくる。

 本来なら足が(すく)んで一歩も歩けないだろうーーとシリウスは思った。それでも歩けているのは、男がそれ以上の覇気を発しているからだ。周囲のそれと競り合うように、辛うじて中和されているといったところだ。

 男曰(いわ)く、今向かおうとしている場所を、外敵から守るためだと言う。

 この気配の正体は、魔族の一種。

 “その場所”を目掛けてやってくる外敵とは、下位の魔族だ。いわゆる『毒を以て毒を制する』というヤツである。

 なので、無防備でいると、魔族でなくとも食べられてしまうことがある。魔族の餌は、魔力。魔力で形成されている魔族は、高位の魔族にとって恰好の獲物であるが、その“餌”がいない場合、最初に狙われるのは、その場で最も魔力量が多い者だ。

 高位魔族は互いに食べようとはしない。何故かは解明しきれていないが、一説によると『本能である』とされている。

 目的地に近づくほど、魔の気配は力強くなっていく。同時に、男の威圧も強くなる。

 そんな中ーー

「さっきの本、読んだ?」

 男がシリウスに問いかけた。

 さっきの本、というと恐らくシリウスの記憶が記された本のことだろう、とシリウスは考えた。

 こんなことをわざわざ聞いてくるということは、余程重要で見られたくない事情でもあったのだろう。

「よ…読んで、ないよ」

「ーーそう」

 沈黙。

 果たして何が言いたかったのかーーシリウスは質問の真意を思案した。聞こうとも思ったが、やめておいた。

「簡単に言うとねーー」

 男は口を開く。

「ーーあの本は、とても大事なものなんだ。ヒトの記憶を保管するための大切な本。万が一傷つきでもすれば、記憶の持ち主に何が起こるか、君にも分かるはずだ」

 やはりーーシリウスの見解は、間違いではなかったようだ。あの本には、その人の記憶が全て記されている。

「ーーで、その本はとある場所に保管されている」


 また少し開けた。

 不思議な空間だ。魔力が他のどこよりも満ち満ちており、初めての感覚に息が詰まりそうになる。

 コツコツと杖を突く。

『怖がらないで。彼女は悪い人じゃない』

「ねぇ、誰に……ッ!?」

 その時、また暗くなった。シリウスが目を覚ます前に感じていた、あの感覚。目を開けているのかさえ分からない、真っ暗な空間。


『【開館】』


 男が唱えると、視界が開けた。

 そこはーー

「図書、館……?」

 内装は王宮のように華やかで、しかし少し薄暗い。

 果たしてどれだけ広いのか、先は暗く、どこまで続いているのか分からない。

 辺りを見回す。男は、カウンターのような場所で、本を読んでいた。

「ようこそ。此処は『生命の書庫』。君が部屋で見つけたあの本。それを保管する施設だ。僕は此処の管理人。ーーこれも、元に戻さないとね」

 と、懐から“シリウス・ブラウ”を取り出し、空中に(ほう)った。

 それは浮遊する。

 すると今度は鈍い音を立て、どこからか本棚がやってきた。ここの書庫の本棚は、自動で動いている。そして、いつでも彼の元へやってくるのだ。

 “シリウス・ブラウ”は本棚に収まり、その本棚は再び暗闇へと帰っていった。

 ーー読んでいた本を閉じる。

「…さて、話をしようか。君がここにいる理由。別にここまで引っ張る必要もなかったんだけど」

「話……?」

 男に促され、用意された椅子に座る。

 男は既にフードを脱いでおり、美しい顔を露わにしていた。シリウスも同様だ。

「先ず、僕はジーク。見ての通り、魔人さ。僕はその魔人の王」

「魔人、王」

「単刀直入に言うよ。僕は、君の師匠であるフリーから依頼を受け、君の特訓をすることになった。術式の鍛錬だ」

「………じゃあ、あの、朝は」

「夜明けに君を引き取りにドラコに行った。フリーは君に何も言わなかったのかい?」

「……聞いてないんだけど」

「な……!?ーーハァ……まぁいいさ。今日から三年間、僕が君を鍛えることになった。術式のことは僕の方が詳しいからね、フリーの判断は正しいよ」

「ーーそれで、術式の鍛錬って?」

「…君にミッションを与える」

「ミッション……?」

「『ノルマを達成すること』。そのノルマは君の固有術式、原始魔法【氷】を、究極魔法へと強化、進化させること。猶予は三年。フリーも無茶言うよね」

「……そんなに難しいのか?」

「当然。普通なら短くて十年。下手すれば一生かかっても無理かもしれない」

「はぁ!?」

「まぁ、フリーが見込むほどだし、ポテンシャルはあると思うよ。ーー大丈夫!イオは一年足らずで習得したんだからね」

  ーー嘘だ。実際は二年半の月日が経っている。

 しかし、

「ーーなんだよ、簡単じゃん」

「……あ、あぁ、そうだね」

 驚かせるどころか、シリウスのやる気が上がった。ーーこれでは究極魔法の尊厳が……と危惧するジーク。

 咳払いを一つ。

 立ち上がると、近場の本棚に書物を戻す。

「シリウス……………戦おう」

「ーーへ?」



 静寂な森は突如として喧騒に包まれる。大空に巨大な魔法陣が展開。一人の少女に魔弾の雨が降り注いだ。

「ッーーーーーー!!」

 木々の間を縫うように、必死の形相で森の中を駆ける。

 厄介なのは出鱈目ではなく、全て彼女目掛けて飛んでくることだ。

(なんつー速度だよ!?魔力を練ってから発射までのインターバルが超絶短い!それにあの魔弾の数、魔力の化け物かよ!)

 ジークの底知らずの魔力に驚愕しながらも、足を緩めることはない。魔弾の威力、身体への影響が分からない状況で、下手に突っ込むことができないのだ。

 術式で対抗できるほどの操作能力を持ち合わせておらず、ただ逃げることしかできなかった。かれこれ五分以上走りっぱなしだ。

 ジークは崖の上から高見の見物だ。その表情は、狂気に染まっていた。

「クッハハハハハハハ!!!」

 久方ぶりの術式行使だというジークは、愉悦のままに魔弾を打ちまくる。数年分の、溜まりに溜まった魔力(ストレス)を発散するように、だがそれは確実にシリウスを狙って撃ちまくる。

「長ェェェェ!?」

 どれだけ走っただろうか。流石のシリウスも全力ダッシュで五分以上も走り続けて、そろそろ体力の限界を迎えようとしていた。

 何より、これまで数百万と撃ち込んでいながらなお、衰えることのない魔弾の雨。ジークの魔力量にただただ驚愕する。

「何というスタミナ!ーーだが、そろそろじゃないか?」

 ジークもまた、シリウスの持久力に感嘆の声を漏らした。

「ハァ、ハァ、ハァ………いつ、終わるんだコレ!?」

「ヒトは極限でこそ真の力を発揮する。見せてもらおう、君の力を!」

 そして、これまでにない程の魔力を、たった一つの“弾”として凝縮する。

 最初の術式展開から二度目となる、杖を持ち、構える。逃げ回るシリウスにそれを向けた。

 内なる魔力を杖を介し、先端部分の宝珠に凝縮する。

 やがて杖の先に魔法陣が展開。光が集まる。それは徐々に大きく、球体を作り出した。

 さらにそれを小さく圧縮する。

 大きくなっては圧縮、また魔力が集まって膨らんでは圧縮、を繰り返す。

 やがて、グツグツと沸騰するように、球体の表面が波打ち始める。臨界点が近いのだ。

 暴発寸前のそれを、撃ち放つ。

『“死魔弾(デス・バレット)”』

 わずかに弧を描く。シリウスを追尾しているのだ。

「ヤベェ!?」

 ーー死んだ。

 ーー否、まだだ!

 決死の覚悟で足を止めて振り返る。魔弾の速度は速くない。だが、追尾能力がある以上、あの魔弾をどうにかしなければならない。

 ーー打ち消さなければ。

 しかし、シリウスは危惧していた。

 その技はまだ試作段階のようなもので、確立されていない。もし失敗すれば、死んでしまうかもしれない。

 それでも、やらないことには分からない。

 何もせずに死ぬよりマシだ、と掌を前に突き出す。

 純粋で透明な魔力。

 (うつろ)の力で()って、荒れ狂うそれを打ち消す。

 シリウスの身体が透明な魔力に包まれ、僅かに魔力光が灯る。

 ーー相殺する力


『“虚弾(きょだん)偽銃(エアガン)”』


 魔弾と手が触れた瞬間、透明な稲妻が迸った。

「グッ!?うッ…おおぁぁぁぁぁぁ!!」

 痛みは無いが、重い。このままでは、単純に力で押し負けてしまう。

 魔弾の異常なまでの魔力量が、シリウスの相殺能力を上回る勢いで押してくる。

「オレの魔力が切れるッ!?」

 魔力を消費して、それと同じだけの術式を消し去る。しかし、魔弾の魔力がシリウスの全ての魔力、その量を凌駕していると悟った。

 相殺はできない。受け流しても、追尾して撃ち抜かれる。

 万事休すか?

 そう思われた。

 ーーまだ終わらねぇ!

 右手に意識を集中させつつ、左手でも術式を練り上げる。

 相殺ではなく、反撃(カウンター)なら…。

『“打弾(ちょうだん)偽銃(エアガン)”』

 右手を離し、間髪いれず左手で魔弾に触れる。

「ーーうおっ!?」

 その瞬間、魔弾は見事に跳ね返る。同時に、左手も弾かれる。

「痛ェ!?」

 ゴキンと鈍い音を立てて、シリウスの肩が外れる。それでもまだ抑えきれず、引っ張られるように、尻もちをついた。

 一方、魔弾は跳ね返り、ジークの制御を失う。一直線に、ジークに向かってくる。

「跳ね返したのか、あの質量を!?」

 言いつつも、冷静に杖を突き出し、術式の構築を始める。

 この程度の術式、防ぐことなど造作もない。

『“絶対防御(アブソリュート・ガード)”』

 ほぼノータイムで展開された防殻に、魔弾が衝突する。

 眩い閃光。爆発。自ら生み出した魔力の塊が、自らの防殻によって爆散した。

 その時だった。

 視界が晴れて、目の前には左肩を押さえたシリウスがいた。

(速いッ!?)

 肩の痛みに表情が歪んでいるが、その目は集中の深淵にあった。

 右手を握る。

 ーー馬鹿げている。

 ジークは思った。“絶対防御”は文字通り、どんなに強い力で()っても、()()()()ことは不可能である。

 しかしシリウスは止まらない。

『“打弾(ちょうだん)突撃銃(アサルト)”』

 拳が防殻に触れるーー

「ッ!?」

 違和感。

 気づいた時にはもう遅い。

(押し負ける!?ーー否!()()()()()()()!!)

 “絶対防御”はあらゆるダメージを防御する。

 だが、“打弾・突撃銃”の『対象をぶっ飛ばす』効果で、防殻そのものをぶっ飛ばした。それに包まれたジークも、もろとも飛ばされたのである。

「ッ……!!ーー入った……!」

 外れていた肩を、無理矢理戻す。お陰で痛みは引いた。

「さて……」

 と、ジークがいるであろう先を見つめた。

 ジークに痛みは無い。防殻で守られているので、身体へのダメージは皆無である。

 ーーただ、予想外だった。

 防殻そのものをぶっ飛ばすなんて発想、普通は思いつかない。

「っ流石は、フリーの弟子、だな……」

 防殻を解除。さらに、愛用の杖も手で押しつぶすようにして、消すーー別の次元へと収納した。

 十分に分かった。

 彼女は、伸び代しかない。それがジークの出した結論だ。

 シリウスはまだまだ強くなれる。そう確信していた。

 やがてシリウスの前に姿を現した。それを見て、シリウスは身構える。

 そこに、ジークは両手を上げた。

「参りました!降参!この通りだ!」

「へ?」

 素っ頓狂な声をあげて、構えを緩める。

「僕が“絶対防御”を展開した時点で、負けは決まったようなものさ。その上、君は防殻ごと僕を殴り飛ばした。左肩を痛めた状態で、だ。賞賛に値する」

「……そう、か」

 左肩を回す。まだ少し気になるのか、少なくともジークの話を聞いている様子ではない。

 ーー楽しかった。

 久しぶりに体を動かして、ジークは満足げだ。

「帰ろう。晩御飯の準備をしなくちゃ」

「え?あぁ…」


 ジークの家に戻った二人。

 ジークが夕飯の準備をしている間、シリウスは、知らぬ間に住み着いたという魔獣と戯れていた。

 早くもシリウスに懐いており、膝の上でも暴れることなく、シリウスに撫でられる。気持ちよさそうに目を細めていた。

 シリウスの左肩には、包帯が巻かれていた。そこに、魔導文字で術式が書かれていた。ジークお手製のものだ。

『擬似術式ーー究極魔法【癒】:“回復(ヒール)”』

 曰く、夜明けには完治しているとのこと。心なしか、肩も自由に回るようになり、痛みもさっきより引いている。

「普段は外側からはこの家が見えないんだろう?お前はどうやって入ってきたんだよ?」

 撫でながら、魔獣の顔を覗き込む。

 スンと鼻を鳴らす。澄ました表情は、「すごいだろう?」とドヤ顔しているように見えた。

「……ジーク、コイツの名前はあるのか?」

「ーー無いけれど…下手に名付けをしないでね?その子のこと、まだよく分かってないから」

 出来上がった料理を食卓に並べながら、シリウスに忠告をする。

「どうして?」

「魔獣に名前を付けてしまったことで、一緒に遊んでいたという少女が、凶暴化した魔獣に殺されてしまった事件がかつて起こった。名付けは、魔獣の進化を促す重要な儀式なんだ」

 もとより、強い種族ほど子供に名前を付ける文化があるのは、そこが由来とされている。名前が付くことで、個体として世界に魂が固定される。唯一無二の存在になり、そこで生まれるのが固有術式だ。

 固有術式は、同じ家系で似たようなものが発現しやすい。これは研究で明らかにされており、固有術式と名前との法則性が少なからずあるという研究結果が出ているのだ。よく術式の遺伝と言うが、その真理は名前と固有術式の関係にあったのである。

「その子は君が好きみたいだ。育て方では、使い魔にもなりうる。名付けが成功すれば、晴れて君の仲間入りだよ。この3年間でどれだけ仲良くなれるのか…試してみると良い」

「…そうだな」

 狼のような外見に、シリウスは親近感が湧いてきたようだ。その夜、早速同じベッドで過ごすのであった。


 ーーあの時の戦いで、シリウスは一度たりとも固有を使わなかった。ずっと気がかりだった。

 真夜中、暖炉の前で思い耽るジーク。

 シリウスが原始魔法【氷】の固有術式を持っていることは、フリーから聞いていた。

 それなのに、シリウスはあの時、固有術式を行使しなかった。使ったのは、自分で編み出したオリジナルの術式、“我流術式(がりゅうじゅつしき)”だ。自らで編み出した故、非常に使い勝手が良い。

 まだまだ種類はありそう。あるいは、これから新たな型が生まれるのかもしれない。それも含めての“伸び代”。

 魔弾を弾き返した“打弾(ちょうだん)偽銃(エアガン)”、そして“虚弾(きょだん)偽銃(エアガン)”。この二つはまだ不完全だ。前者に至っては、たまたま成功したと言っても過言では無いだろう。

 果たしてこれからの3年間で、どこまで習得できるのか……。

「原始魔法を究極魔法に…、それに我流術式の完成。ーー忙しくなりそうだ……」

 ーーフリーの大馬鹿野郎。

 最強の種族王を恨んでいるようで、心の底では嬉々としていた。

 新たな術式との出会い。愉悦に口が歪む。

 稀有な固有術式、【氷】。あのフリーが見出し、天才だと絶賛する、種族王の器。

 もし、獣竜王をも屠る存在になったらーー

「“ブラウ”……?ーーいや、似てないか…」

 呟くも、すぐに否定する。

 ーー彼女は……彼女こそバケモノだ。

 そしてソファに座ったまま、暖炉の火に照らされて静かに眠りについた。


 かくして、シリウスと新たな師匠ジークとの新たな修行の日々が始まったのであった。

ステータス

〈ジーク〉

・unknown

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