32 失われし時
“不可侵入区域”の下見を終えて、シリウスらは一度、帝国城内にて帝国周辺の歴史を調べるためにイヴに話を聞くことに。
そして、アダムと共に2回目の“不可侵入区域”への侵入。彼女らの調査は加速する――
「歴史、ですか?」
エデン帝国、王城内。皇帝直属の配下である人間の女性、イヴ。彼女がそんなことを言ったのは、人狼王シリウスに帝国周辺の歴史について訊かれたときだった。
「あぁ、実は、“不可侵入区域”の中に、人工的な建物の跡がたくさんあったんだ。カムイが言うには、西にも街の遺跡があるみたいだし、何か関係あるのかなって」
イヴは初めて会った時の険悪な姿はなく、今はただ素直にシリウスの言葉に耳を傾けているだけだった。シリウスは驚いた。
しかし、そんな素直なイヴがシリウスの話を聞いた瞬間、険悪なものになった。
「人工的な……?」
「う、うん、それもかなり古いやつだよ。ネオが生まれるよりも前だろう、って」
イヴはすぐに否定した。
「有り得ません。――確かに、西には現在のウィンディーネの前身となる街の遺跡群が残っていますが、その時代から魔族の脅威はありました」
――『ウィンディーネ』、『西の遺跡群』。やはり、カムイから聞いた話と合致した。
「彼らは魔族から逃れるように西へと進んでいき、やがて現在のウィンディーネの街ができあがりました。そしてここ、エデン帝国は、当時、魔族に立ち向かった戦士たちの生き残りが作ったとされる国です。そして、その戦士長であった者、その子孫が、現在の王族、エデン様と云われています」
なるほど。シリウスは心中で納得の声を上げた。ところで、自らを“神”と豪語する人間王だが、その割には随分と人間らしい先祖を持つようだ。
「詳しい話は、書庫にあります。よければご案内しますが?」
イヴに訊かれたシリウスは少し考えた。それはカムイのことだ。
放浪家であるカムイなら、王城内の書庫、とりわけ帝国の歴史が記されたものなら喉から手が出るほど欲しいはず。
禁止されるのかもしれない。ここはイチかバチか――
「……あの、それってオレ1人じゃないと、ダメ?」
意外にも、想定外の質問だったのか、少し困惑した様子のイヴ。
脳内で言葉を捻出すると同時に口を開いた
「それは…………私は、管理者ではない、ので、判断、しかねますが――」
どうやら最終的な管理権はエデンが持っているとのこと。
というわけで――
………
……
…
「良い」
即答だった。
「……え? いや――」
「良いと言っているだろう。必要なのであろう?」
「ま、まぁ、そう、だな」
しかし、一概にもそうとは言い切れない部分はある。
シリウス自身、ジークとの修行期間で魔導書を読み漁ったこともあり、読書は苦手ではない。
エデンに頼み込むほどの理由は、種族王ではない者が書庫に入り、中の書物を読み漁っても良いのか、という裏取りだった。
「大したものも置いてないだろうからな。それに、余にはとても読めたものではない」
最後は独り言のように呟いたエデンだが、それはシリウスにも聞こえていた。
『とても読めたものではない』。それは、かなり古い代物で、文字が掠れたりしてるのか、あるいは言語が異なるのか――
「…………そうか。分かったよ」
◇◇◇
謁見の間を後にして、イヴを先頭に向かった先は、もちろん書庫だった。
シリウスの後続には、カムイの他に、ネオもいた。
「何で僕も行かなきゃいけないんだい?」
項垂れるネオに、シリウスは答える。
「エデンにはとても読めたものではないらしい。長生きしてるネオなら、読めるかなって思って」
「…………なるほどね」
「――こちらです」
イヴに案内され、特に鍵も掛かっていない何の変哲もない扉を開くと、その中は見た目通りの書庫だった。
シリウスはふと既視感を覚えた。
そうだ、『生命の書庫』だ。この部屋はアレに似ている。本棚こそ動いてはいなかったが、高くそびえ立つそれは、そう思わざるを得なかった。
「特に閲読を禁止されているものはありませんので、ご自由にどうぞ」
言われるや否や、足早にシリウスは奥へと進んだ。
それを追うようにネオが続き、残ったカムイは手前の方からじっくりと見て回った。
まるで図書館だ。書物の種類によって本棚が分かれている。
そして、やはり予想通り、9割の書物が古代文字だ。
ジークの家にある魔導書は、4割ほどが古代文字で記されたものであり、ジークが記憶をもとに書き上げた古代文字早見表なるものを見ながら読んでいたシリウス。それもあってか、ある程度の文字なら読むことができた。
おっ、と声を上げてシリウスが指したのは――
「これ、いいんじゃないか?」
少し遅れてやってきたネオの方を向いて言う。
「『地脈図』……良いかもね」
各年代の世界地図コーナーの隅にあった一冊の本。
文字通り、世界地図の地脈版。世界地図にいくつも線が引いてあり、それぞれに名前が付けられている。
当然、ケレス大公国やキノエの森あたりには大きな地脈、通称『龍脈』が流れている。
ざっと見たところ、どうやら大きく栄えている国であるほど、地下に大きな地脈が流れているようだ。
キノエの森には、ケレス大公国からの龍脈と、それに匹敵するほど大きな地脈がエデン帝国の方からも流れてきており、ちょうど森のある辺りが合流地点となっていた。
2人が注目したのは、合流する前。エデン帝国の下に流れる地脈。
「これだ。帝国から森に流れる地脈は、うねるように東の区域を通ってる」
ネオが言う。
「――でもこれだけじゃ弱いな。シリウス、アレはどうかな?」
2人の視線は再び本棚へと向けられる。
ネオが指したのは、同じ世界地図コーナー。だが、普通の世界地図とは違うものだ。
「うん」
シリウスが取り出した書物のタイトルは、『天脈図』と書かれていた。
「てんみゃく、って……?」
「『マナ』のことだよ。当時は天脈と呼ぶのが普通で、マナは若者言葉みたいなものだろう」
言いながら、シリウスから受け取ったそれを開く。
『天脈図』は、マナの濃度を色分けされた世界地図が描かれている。地脈のように特に決まった名称はないようだ。
ケレス大公国のお隣、ガイア山脈を跨いだ、天空都市シルフはやはりマナが濃い。
『地脈図』を横に並べ、シリウスとネオ、互いに額を寄せ合った。
「…………ビンゴ。東だけ異様にマナが濃いね」
「おぉ……!!」
地下からの大きな地脈、大気には濃厚なマナ。この2つが、現在の“不可侵入区域”と呼ばれるに至るまでの要因の一つと見て間違いなさそうだ。
と、そこに、タイミングよくカムイがやってきた。その小脇にはいくつか書物が抱えられていた。
「何かあったか?」
歩み寄りざまに問いかけるカムイ。それにネオが答えた。
「これを見てくれ。世界の地脈とマナの地図だ」
と、ネオは先までシリウスと見ていたものをカムイにも見せ、エデン平原の東の区域を指した。
「確かに、こんなものを見せられると、何も関係がないとは考えにくいな」
「カムイの方は何か良いものはあったか?」
シリウスが訊くと、そういえば、とカムイは脇に抱えていた書物を2人の前にドンと置いた。
「ほとんど古代文字で書かれていたからな。まともに読めたのはこれくらいだ」
カムイのチョイスは、帝国周辺の歴史が記されたベターなものや、周辺諸国との戦争記録。
「――さすが、世界一の放浪家は見る目が違う」
ネオは、そう言いながら戦争記録の本を手に取った。
「だろ?」
と、カムイは満更でもない様子。
それを横目に、ネオはパラパラとページを捲る。
「…………これは、流石と言うべきか――」
感嘆のため息を漏らすネオ。
横から見ていたシリウスも思わず呟いた。
「完勝じゃねーか…………!」
帝国対周辺諸国との戦争は、帝国の圧勝の嵐。おそらく帝国生まれなのだろう、筆者の喜びと高揚が見て取れる。
まさに無敵。世界最強の戦力を抱える帝国の戦績は華々しいものだった。
と、そんな俺tueeeな帝国の戦争記録を一通り読み終えたところで、ネオが立ち上がった。
「帝国の強さはよく分かった。あとは、解読班の僕に任せたまえ」
不要な書物を丁寧に棚に返却し、一同は再び入り口近くの歴史コーナーへ。
「戦争、戦争っと……」
カムイが漁っていた棚から、他に戦争記録が無いかと、古代文字の羅列をひとつひとつ見ていくネオ。
ネオの横で、同じく探しているシリウスはふと呟く。
「時系列順じゃさそうだな」
時期、時代関係なく、棚にはバラバラな順番で置かれている。
先に本を手に取ったのはネオだった。
「あったか?」
シリウスが問いかけると、ネオはその表紙をシリウスに見せてきた。
「僕にも読めない字だ」
「――ッ…………!!」
それは、頭にある、記憶、知識とは違う、違和感。
学んだことはない。だが、シリウスはその文字を知っていた。
既視感。
――手紙だ。
「『創世歴戦録』……」
「っ、読めるのか!?」
「……わからない。でも、分かるんだ。この文字の、意味が――」
シリウスが【禁忌】を撃破した、その翌日。ドラコのフリー城宛に届いた手紙。そこに書かれていた文字が、ネオが手に取った文字と一致する。
手紙を書いた主は誰か分からない。特別、シリウスもその文字を勉強したこともない。
だが、ネオが見つけた本も、送られてきた手紙も、そこに書いてある文字の意味は理解できたのだ。
シリウスはネオから本を受け取ると、床に置いて開いた。
南の諸島や南陸国のある大陸、極西大陸とページを捲っていき、北の大陸のページへ。
読み始めたところで何かを感じたのか、シリウスは疑問を口に出した。
「“創世歴”って……なに?」
ネオがあっさりと返す。
「今で言う“世界歴”のことじゃないのかい?」
と、ネオが言うが、さらにそれをシリウスは否定した。
「違う。オレはこんな国、見たことも聞いたこともない」
シリウスは読んでいたページを指した。
「これ、多分エデン帝国だよ。でも、違う。これ……なんだろ、『……極魔法』、読めないな、塗りつぶされてる」
「透過は?」
シリウスの言葉を聞き、カムイが言うと、ネオはその瞳を白く輝かせた。が、結果はすぐにわかった。
「――無理だ。文字として認識してくれない」
塗りつぶし部分は、文字を含めて“絵”だと判定されたようだ。
改めてネオはシリウスが開いているページに書かれた文字を見た。
「極魔法、か……。大方、固有術式を指した文ということは間違いなさそうだね。ただ、それが『究極』なのか、覚醒した『窮極』なのかは、分からないね」
「そのどちらでも無い可能性は――」
カムイが言いかけるが、ネオは即否定した。
「あり得ない。“極魔法”と付く固有術式で最も強いとされるのは覚醒した『窮極魔法』だ」
ネオ曰く、それはジークも同様に言うだろうとのこと。
ただ一つ言えることがある。
それは、“創世歴”なる時代に、現在の“不可侵入区域”の位置には文明が栄えていたが、大きな戦争が勃発したということ。
「カムイの言った通りだな……」
「その戦争と、地脈、マナに因果関係があると確定したわけじゃ無いけどな」
一行は書庫の入り口付近に立つイヴのもとへ向かった。
入り口には、果たして彼女がおり、まるで門番のように立っていた。
足音に気がついたのか、イヴは中の方に振り返った。
「もうよろしいのですか?」
そう問いかけるも、シリウスはそれに答えることなく一冊の本をイヴの前に差し出して見せた。
「…………?」
頭の上に疑問符を浮かべるイヴ。どうやら文字が読めないようだ。
そこにネオが説明する。
「この本には、帝国周辺の戦争の歴史が記されていた――」
最後まで待たずして、イヴは皆まで言うな、と割り込んだ。
「ええ、帝国は周辺国と数多の戦争を繰り返し、その全てに勝利した、と聞き及んでいます」
ところがそれは的外れな答えだったようで、ネオは再び続ける。
「ここに記されているのは、“創世歴”と呼ばれた時代の戦争記録だ。君は、“創世歴”という言葉に聞き覚えはあるかい?」
「――いえ、聞いたことがありません。“世界歴”とは違うのですか?」
イヴは素直に訊いた。
「それが、今の帝国と名前は違うけど、場所は同じなんだ。それに、現在の“不可侵入区域”に当たる位置に文明が栄えていたという記述もあった」
「……まさか、本当にあの場所に――」
「それで、お願いなんだけど、この本少しの間持ってても良いかな?」
シリウスがイヴに問いかける。
その言葉の意味、真意を、知ってか知らずか、あっさりとイヴは返した。
「構いませんよ。何なら、差し上げてもよろしいのですが」
「……マジ?」
「…………マジです」
「あ、ありがとう……」
というわけで、書庫から“不可侵入区域”にまつわる貴重な資料を手に入れたシリウスらは、再び謁見の間を訪れた。
「まさか、古代の文字に関する学があるとはな、シリウスよ」
「まぁ、硬いのは抜きにして、これを見てくれよ」
言いながら、シリウスは玉座への階段を怖気付くことなく上がっていき、エデンに本を差し出した。
それを受け取ったエデンは、読めもしないそれを開き、意味ありげに「なるほど」と呟く。実に人間らしい仕草だ。
「フム、分からんな」
皇帝ともあろうエデンは、意外にも古代文字には疎かった。当然すぎる一言を漏らした。
そんなエデンを置いていくように、シリウスはさっさとページを捲っていった。
読み取れた部分をひとつひとつ説明するシリウス。
“創世歴”という名前の時代であること。それが“世界歴”とは異なること。その時代に現在の帝国のような国が存在したが、国名はまったく知らない名前であったこと。そして、現在の“不可侵入区域”にあたる位置に、文明が栄えていたこと。
最後に、シリウスはあるところを指した。
「――ここなんだけど」
それは、例の『◼️極魔法』と、固有術式と思しき呼称に黒塗りがされている文。
「エデンは“極魔法”って名前の術式に、心当たりはあるか?」
現在、“極魔法”と付く固有術式は『究極魔法』と、覚醒した上位の『窮極魔法』の2つ。ネオはその2者しかない、と否定したが、未だ拭いきれない可能性をシリウスは抱えていた。
新たなる可能性。3者目の存在。
言葉足らずであったと、シリウスは問い終えて気付いた。
しかし、その意思を汲み取ってか否か、エデンは答える。
「いや、余は『究極魔法』と、覚醒した『窮極魔法』しか知らぬ」
エデンも、シリウスと同じ疑問を抱いているのか、きっぱりとした言い方はしなかった。
「そっか……」
落胆しているようにも見えるが、本心はそうでは無い。深く突き求めているわけでもないために、関心がなかっただけだ。
「――これからどうするつもりだ?」
話題を変えたエデン。問いかけざまにシリウスに本を渡す。
それを受け取りながら、シリウスは答えた。
「“不可侵入区域”に行くよ。前回はざっと見ただけだからな。本の情報を踏まえた上で、じっくりと調査するつもりだ」
「そうか、ではアダム、頼んだぞ」
「はい、準備はすでに抜かりなく」
◇◇◇
「――それでは、前回のことを踏まえて、作戦を立てましょう!」
“不可侵入区域”レベル1にて、意気揚々とアダムはシリウスらに言った。
「陣形は出発前に話した通りです。それと――」
アダムが目配せすると、カムイは懐から大きな紙を取り出した。地図だ。
「前回の“下見”で、ざっと把握した“不可侵入区域”の全容だな。『レベル1』は大体この辺りなんだが、そこでこれを見て欲しい」
言って、もう一つ取り出したのは、異形個体について記された本だった。
「先ず、コイツだ。異形個体No.1、コードネーム“刃爪”。コイツが確認されたのがここ、『レベル1』らしい」
「コードネームって、いつの間にそんな大層な名前が付けられたんだい?」
ネオが言うと、それに答えたのはアダムだ。
「今回、“不可侵入区域”内の魔族を調査・掃討するにあたって、異形個体を明確に判別、判断するために必要だと思い至りました」
改めて異形個体である“刃爪”の魔族を見る。
文字通り、長い爪は刃のようになっており、爪での戦闘に特化したような形状だ。また、見ただけで分かる、破壊力のありそうな発達した腕。純粋な筋力勝負でも簡単に勝てるような相手では無いと容易に想像できる。本によると、とても好戦的で気配察知が得意とのこと。
つまり、戦闘を避けることは難しいということ。
また、異形個体に共通するものとして、角があるのだとか。もちろん、“刃爪”にも鬼のような2本の尖った角が見受けられた。
「あくまでもレベル1で目撃された、ただそれだけです。レベル2まで進んだからといって遭遇しないわけではありません。警戒は怠らず行きましょう」
「「「了解」」」
陣形は以下の通り。
カムイはところどころにある建物跡をノートに書き留めマッピング。城に戻ったあとで、かつての文明の様子を再現して地図にしようというつもりだ。
ネオが斥候を兼ねた前衛、前方の魔族の索敵。その後ろにシリウスが控え、見つけ次第適宜討伐。
殿を務めるはアダムが、後方の魔族の索敵を行う形だ。
道中、何度か魔族と遭遇したが、何も異形個体ではなく、すべてシリウスの、反転を用いた攻撃でワンパンで屠っていく。
そして全く陣形は崩れることなく3時間が経過。“刃爪”とも出会うことなく、レベル2へと進もうとしていた。
異変があったのはその時だ。
「……ぉぃ」
シリウスの声だ。何かを見つけたようだ。
しかし、アダムは愚か、目の前にいるネオにも届いていない。声が小さかった。
「おい、ネオ…………オイ!」
「うぐっ!」
3度目にして、シリウスがおもいきりネオの肩を強く持った。ようやくネオが気がついた。
「ちょっと待て。アレ、多分やばい」
「…………あぁ、気がつかなかったよ。ありがとう」
シリウスらの眼前には、この辺りではかなり状態が良く、ほぼ当時の姿のままの家屋跡が。その屋根の上には、膝を抱えるように居座る魔族の後ろ姿があった。
即座に近くの建物跡の陰に隠れる。
「アレは――」
言いながら、カムイは異形個体図鑑を開く。
どうやら“刃爪”ではないようだが、それはもっとヤバかった。
ページはどんどん捲られていき、残りわずか数ページのところでカムイの手が止まった。
一同は安堵のため息を吐いた。
基本的に異形個体図鑑は後のページに行くほど情報が少ない。それだけ、帝国まで情報を持ち帰ることができなかったということだ。
未知数。魔族、況して異形個体を相手にしてこれほど恐ろしい言葉はない。まだ僅かでも情報があるだけマシだということだ。
コードネーム“夢現”。通常の魔族よりも細く長い手足を持ち、華奢な外見。まるでナイトキャップのような尖っていて柔らかく、垂れ下がった角。その先端にぶら下がっているのは、怪しく光る球体の結晶。その正体はその魔族の核だ。
他の魔族には類を見ない、剥き出しの核は一見すると討伐が簡単のように見えるが、当然のようにそんなことはなく、図鑑にはただ一言。
『奴と目を合わせるな』
――もうヤバい臭いがプンプンである。
「…………これは、難しそうだね」
ネオはその瞳を紅く輝かせて呟く。
曰く、剥き出しになっている核は術式を跳ね返す効果を持つという。
つまり、背後からの術式による不意打ちは不可能。
代わりに、指先で触れるだけで破壊できてしまうくらいには脆いのだそうだ。
しかし、あまりにもリスクが大きすぎる。図鑑にもある通り、『目を合わせるな』とある以上、不用意に近づくことは死を意味する。
かと言って、術式を用いて何か対策をするのも難しい。
既に過去に目撃されているとはいえ、攻略情報は皆無。心許ないことこの上ない。
出るべくして出た結論を、アダムが宣言した。
「迂回しましょう」
その一言に、シリウスらは静かに頷いた。
「悔しいけど、仕方がないね」
ネオが呟く。
そうして一同は極力音を出さぬように少し引き返し、遠回りすることになった。
“不可侵入区域”はとても歪な形をしている。それは周知の事実である。しかし確固たる証拠は無かった。
だが、よく考えてみれば分かったことなのかもしれない。
それは、王城の書庫で読んだ、地脈図。シリウスとネオが見たのは、エデン平原の東の区域の下を通る、うねるような地脈。
そして、同じく天脈図を読んで分かった、マナの異常な濃度。
2つの魔力の流れが、この東の区域に何らかの影響を与えているのではという仮説を立てた。
さらに追い打ちをかけるように、本来なら栄えるはずのない場所――“不可侵入区域”内には、かつての文明を思わせる家屋跡の数々、そして“創世歴”なる時代に勃発した戦争。
何も決定的な結論はなく、漠然とした情報であるが、どのようにして現在の姿に至ったか、魔族がどのようにして生まれるのか、その仮説を立てるには十分なものだ。
“不可侵入区域”の歪な形は、そのまま地脈の外側をなぞるような形をしている。
それが、現状ではっきりと判明したものだ。
この結論に至るのには、カムイの空間把握能力とマッピング力を無くしては成し得ないものであった。
そしてもう1つ、魔族はどのようにして生まれるのか。
これは未だ仮定と呼ぶのも烏滸がましい、妄想の域を出ないものではあるが、ネオが言うには『高い濃度の魔力と、生物の負の感情によって生まれる意識を持った非生物』であるとのこと。
考えうる1つの妄想であり、魔力と感情という物理的実体のないものを結びつけて良いのか否か。
そのうち分かるだろう。――とは、誰も思っていない。しかしながら、そう思うしかないというのもまた事実。
少しずつ、ほんの僅かずつ、仮定と現実を擦り合わせていかなければならないのだ。
一行はレベル2へと足を進めた。
シリウスはアダムと共に“不可侵入区域”へ訪れた時の、アダムの言葉を思い出していた。そして現状生まれている矛盾も。
魔族の数が少ない。皆無と言っても過言ではない。アダムの話では、特に、【道化】の身柄を捕らえて以降、魔族が活発化したと言っていたが、その話が嘘だったかのように、魔族の姿が無かった。
「妙だな」
ネオが呟く。彼の周囲には小さな光が幾つも舞っていた。ネオが契約している精霊の1つだ。それを利用して魔族を探しているのだ。
「この子たちにも反応がない」
不穏な空気が漂う。微風が一行の頰を撫でた。それは何度かに分けて吹き続けた。
数歩行ったところで、シリウスが立ち止まり、足下を見る。
「――ん」
最初は虫か何かだと思った。
「――は……?」
しかし、それは全く別のものだった。
「――な、んで…………」
それは、微かな光を放ちながら、シリウスの方へと這いつくばって、助けを求めるように手を伸ばしていた。その身体は真っ二つにされており、その命は風前の灯である。
視線をネオへと向ける。
彼は気付いていないのか。
間違いなく、“それ”はネオのものだ。
「お、おい、ネオ――」
震える声で呼びかけるシリウス。
その瞬間、
「――ッ!! カムイ、後ろだ!!!」
叫んだのはネオだ。
刹那。
ネオの声にカムイが顔を上げた瞬間、大きく影が立ち塞がり、同時に眼前に鮮血が舞った。
あまりに一瞬の出来事で、状況整理が追いつかなかった。
やがて思考が追いついた瞬間、目の前の景色が一気に開けて見えた。
カムイは声を上げた。
「アダム!!!!!」
大きく切り裂かれた胸元。アダムにその傷をつけた主は、発達した腕と、刃のような爪を持ち、鬼のような2本の角を頭に生やした魔族だ。
異形個体No.1、コードネーム“刃爪”の急襲である。
ステータス
〈シリウス・ブラウ〉
・窮極魔法【氷】
〈ネオ・ファルシュ〉
・窮極魔法【霊】
・武器『魔鉾ディオデント』
〈カムイ・グレン〉
・unknown
〈クヌム・ゲブ・シュー=エデン〉
・窮極魔法【神】
〈アダム〉
・No data
〈イヴ〉
・No data




