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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
道化暴乱編
32/34

31 怪異の中にあるモノ

 人間王エデンがシリウスに押し付けた依頼は、エデン平原の東の区域、“不可侵入区域”に巣食う魔族の掃討だった。

 シリウスは、対【道化(ジョーカー)】に向けた必殺技を完成させるため、エデンの配下のアダムと共に、特訓を兼ねた“不可侵入区域”の開拓を始める。

 翌日、人狼王シリウスは、カムイ、ネオ、そして人間王エデンの配下アダムと共に“不可侵入区域”までやってきた。

 人間王の依頼。それがこの“不可侵入区域”の魔族の掃討。

 帝国にとって、この東の区域はとても煩わしい存在だった。

 何より、貿易路の制限。“不可侵入区域”のおかげで大きな影響を与えてしまっている。

 南、あるいは北の区域から大回りする必要があり、さらに“不可侵入区域”は歪な形をしているため、ただ大回りすれば良いというものでもない。

「『レベル1』。この辺りは魔族の数も少なく、殆どがB級以下ですが――」

 アダムが言った。

 過去数千年に渡って、“不可侵入区域”は様々な研究がされてきた。

 その成果の一つが、“不可侵入区域”のレベル分け。

 遭遇する魔族の数や階級に応じてレベルを振り分けるものだ。基本的には区域の外側に行くほどレベルは低くなる。

「ここ数日のみならず、近年から魔族の階級は上昇傾向にあるのです」

「…………あぁ、分かる気がする」

 “不可侵入区域”は、他の区域にはない異様な不気味さがある。

 常に何者かに監視されているような緊張感と圧迫感。野生の殺気。レベル1の区域ですら、ジークの住む森の、『生命の書庫』にかけての道で感じる魔の気配に匹敵する。

 魔族の脅威は階級が上がるほど増すが、特筆すべきは何と言っても圧倒的な数の多さだ。

 特別等級の“Z級魔族”でも、単体であれば種族王や【禁忌狩り】でも対処は可能だ。

 しかしそれが束になって来られるとどうだろう。苦戦は必須。死と常に隣り合わせ。生き残るビジョンは見えないだろう。

 そんな全然嬉しくないお徳用パックが、“不可侵入区域”では存在しうるのだ。

 面倒ごとをさっさと終わらせようと、早速武装し始めるネオ。しかし、そこにシリウスが冷静な疑問を吐き出した。

「ちょっと待って、掃討って言っても、魔族ってのは湧き続けるだろ? そのところはどうするつもりなんだ? 」

 シリウスの言葉に、アダムは懐から何やら書物を取り出した。

「『掃討』と言うよりは、『調査』と言った方が良いでしょう。――これは“不可侵入区域”を調査する中で確認された、“異形個体”です」

 そこに描かれていたのは“Z級魔族”だ。その全てが、アダムの言う通り、異形の姿をしている。

 通常個体には無い器官を持ったり、また、多くの“異形個体”は学習能力があるとのこと。

「遭遇した場合は即座に退避すること。逃れられない場合、やむを得ず戦闘になった場合は、短期決戦が望ましいでしょう」

「アダム、さん――」

「呼び捨てで構いません。私は、裏切り者がどうとか、気にしませんので」

「――そうか。では、アダム、『調査』と言ったけど、どうやっていくつもりだい?」

 ネオの質問にアダムは答える。

「はい。魔族に関して、未だ不可解なことが多く、その最たる例がこの“異形個体”です。現在は、王族が代々管理している結界によって、“不可侵入区域”外に魔族の被害が及ばぬようにしているのですが、エデン様曰く『あの程度の結界では突破されるのも時間の問題だろう』とのことで、結論としては『結界が不要になるまで、“不可侵入区域”の調査、開拓をする』という方針に決まったのです」

「それで、オレたちにその役割を任されたってわけか」

「左様でございます。本来であれば、帝国魔導聖騎士団に任せるつもりだったのですが、人狼王もご存知の通り、禁忌【道化(ジョーカー)】の監視をしなければならず、万が一に備えるため、戦力の一部を調査(こちら)に割くことが難しくなったのです」

 帝国唯一の戦力である帝国魔導聖騎士団。しかし、“唯一”であるために今回のような問題が起こってしまうのは度々あった。

 一連の話を聞いて、立ち上がったのはカムイだ。

「つまり、生態調査だな!」

「おぉ……!」

「――なるほど」

 嬉々としたカムイに、シリウスとネオは納得したように声を漏らした。

「俺様を誰と心得る!? 冒険者御用達の魔獣図鑑の著者、放浪家カムイ・グレン様だぞ!」

 カムイはアダムの持つ書物を借りると、ぺらぺらとページを捲った。

「ここまで情報が揃っているなら、あとは実際に目で見て、だな。野放しにしても問題ない個体(ヤツ)とそうじゃない個体を選別。危険だと判断したものを早急に討伐。ざっくりとした流れはこんな感じだな」

「じゃあ、役割分担な。基本的に戦闘要員はオレとネオ。魔族の調査はカムイとアダムってことで。いいかな、アダム?」

「問題ありません」

「それじゃあ、早速やってみようか」


◇◇◇


 『レベル2』。ここまで来ると、魔族の等級はAが最低ランク。

 A級と聞くと、これまで“Z級魔族”が多く出てきたこともあり、大したことないように思えるが、その脅威は村ひとつ壊滅させるには充分だ。

 低級の魔族と比べて、大して群れることはないが、個体単位の強さは桁違い。Sランク冒険者でも油断すれば命を落としかねない。それがA級魔族だ。

「――いましたね、魔族」

 かつて文明があったのだろう。家屋の残骸と思しき石壁に身を隠しているアダムが言った。

 その横で、カムイはアダムから借りている異形の魔族についての書物に目を通していた。

「この中には、該当するのは無いな。野良だ」

「倒すか?」

 シリウスが訊くと、アダムが答えた。

「そうですね。もとより、エデン様から指示されているのは魔族の『掃討』です。問題ないと判断できた場合は、積極的に討伐していきましょう」

「よしきた!」

「シリウス、分かってるね?」

 嬉々とするシリウスに、ネオが一言告げる。

「あぁ」

 肩を回しながら、シリウスは魔族の方へ歩き出した。

 シリウスに気がついた魔族は、真っ直ぐに彼女に襲いかかった。

 その動きを冷静に見据えるシリウス。タイミングと呼吸を合わせ、術式を構築する。

『“虚弾(きょだん)砲撃銃(カノン)”』

 速い。側から見ていたネオは、素直にそう思った。前回よりもコツを掴んだのか、魔力操作は綺麗だ。

 魔力が唸りを上げ、魔族の膝から上が跡形もなく消し飛んだ。

「反転……なぜそのようなことを?」

 ぼそりと溢したアダム。誰かが望んだわけではないが、それに答えたのはカムイだ。

「特訓だよ。何でも、新しい技に反転が必要らしい」

 言いながら、カムイの手は、小さなノートに筆を走らせていた。

 アダムの視線は、カムイが答えたと同時に彼の方へ向き、やがてそれは彼の手元へと落ちる。

(速い! 今の一瞬で、魔族の外見、特徴を細部に至るまで完璧に模写している……!)

「しっかし、これが全部魔力の塊なんだろ?見れば見るほど不思議なヤツだな」

 辺りを見渡すカムイ。

 今カムイらが身を隠している人工的な石壁然り、そこらじゅうに同じようなものが見受けられた。かつてそこに街があったということが容易に想像できる。

「怨念……。人々の感情。この辺りで、何か大きな戦争でも起こったのか?」

 決定的な根拠もないが、魔力と、人々の感情――特に負の感情は、魔族が生まれるにあたって密接な関係があると踏んだ。

 独り言のようなカムイの言葉に、アダムは返した。

「さて、私にも分かりかねます。王城にはそのような文献はありませんでした」

 アダムに続いて、石壁から全身を晒しているネオも言う。

「僕も知らないな。この建物、おそらく僕が生まれるよりもずっと前に建ってる」

 そこに、魔族を討伐して一息ついたシリウスが割って入った。

「ネオより前って、やばくね?」

「そうだね。つまり千数年前から、現代の建築技術と遜色ないレベルの建物があったってことになる」

 どうやらこの辺りの建物跡から推察するに、既に現代のような建築技術が当時から確立されていたらしい。

 コツ、コツ、と(ペン)先をノートに突きながら会話を聞いていたカムイは、とあることを思い出した。

「そういや、西には水精国(ウィンディーネ)の前身となる街の遺跡があるんだが、それとは関係ないのか?」

 カムイの言葉に、一同の視線はアダムへと向けられるが、当のアダムは黙りだ。

 何か思案していたのか、数刻経った後に口を開いた。

「あり得るかもしれません。何せ“不可侵入区域”ですからね。この区域だけ、考古学の発展が遅れているのも不思議ではないでしょう」

 アダム曰く、この辺りの歴史には、同じくエデンの幹部であるイヴが詳しいとのこと。

「今度聞いてみるか」

 そう呟くシリウスだが、ネオが一蹴した。

「彼女がシリウスの話を聞いてくれるかは分からないよ。君は目をつけられているから」

「あぁ、そうだった……」

 額を押さえるシリウス。しかし、それは杞憂だとアダムは言う。

「問題ないと思いますけどね。イヴは、代々王族に仕えていた一族の末裔ですから」

「――それとオレはどういう関係なんだ?」

 アダムの言葉の意味がイマイチ理解できていないシリウス。

 憶測ながら、カムイが言った。

「なんかよく分かんねぇけど、人間王様はシリウスを気に入ってるらしい。だから、主人様のお気に入りに手を出すことは許されないんだろう」

「――まぁ、そんなところです」

 多少的外れ感は否めないアダムの返答だが、とりあえず一同は納得した。

 アダムは徐に立ち上がると、最前戦線に立つシリウスと並んだ。

「さぁ、先ほどの一撃で、周囲の魔族が私たちに気づいてしまいました」

 シリウスたちは既に魔族に囲まれていた。

「彼らはどんな音で反応するか分かりません。極力、対異形魔族に備えて、不用意な戦闘は避けた方が――」

獄烈火砲(フルバースト・ファイア・キャノン)

 突如放たれた煉獄。地面が溶け抉れるほどの高火力。側にいるだけで肌が爛れてしまいそうな温度。

 アダムは分かった。圧倒的な魔力。膨大な消費魔力量。

「カムイ殿…………? 一体何を――」

 しかしその一方で、アダムはカムイの洗練された術式操作に気がついていた。

 あまりにも乱雑な術式に見えて、その実、術式への魔力変換率はほぼ100パーセント。

 もとより、【火】属性由来の術式は魔力変換率が平均して高い。故に火力勝負ではいつの時代も優位に立つことができ、魔導術の歴史においてポピュラーでスタンダードな属性だ。

 それにしてもカムイの精度はもはや異常だ。小細工など一切ない。それ故に高い魔力変換率。まるで【無】属性術式を見ているようだ。

 と、半ば感心しているが、アダムはすぐさま我に帰り、カムイが犯した事実を再確認する。

「カムイ殿! 不用意な戦闘は避けて、隠密にいこうと決めたではないですか!」

「……いや、俺そういうの苦手だし。だから逆に炙り出す。音なんかに反応するなら尚更だ。戦力はまだ余ってるし、暴れまくった方が手っ取り早いだろ」

「――そういうわけだ、まぁ本気で戦うわけじゃない。ワンタッチで逃げる。それで片がつけば、儲けだしな」

 何もしないまま進んでも、何の情報も得られないというのはやるだけ無駄だ。それがシリウスの考えだった。

 『逃げられるだけの余力を残しておく』。アダムの、不用意な戦闘を避ける、という言葉にシリウスら3人はそう解釈した。

 そこで、手取り早く雑魚を殲滅し、強い個体を炙り出し、把握する。より広範囲かつ高威力、それでいて低燃費。その条件に、カムイは適任だったのだ。

 まるで冒険者パーティーのようだ。アダムはそう感じた。

 自分たちの力量をよく理解した上での作戦なら、非常に合理的だった。

「アダム、“不可侵入区域”はどのくらいのレベルまであるんだ?」

「……現在判明している時点では、『レベル5』までです。そこまでに確認されている異業種は、その書物に記されている通り」

 シリウスに訊かれ、アダムが答えると、シリウスは僅か1秒ほどで結論を出した。

「――よし、じゃあ『レベル5』まで突っ切ろう。“下見”だ」


◇◇◇


 夜。アダムは王城の私室にて魔族についての書物を書き記していた。言ってみれば、その日のシリウスたちとの“不可侵入区域”でのレポートのようなものだ。

 あの後、“下見”だとしてシリウスらは一気に『レベル5』まで突っ切った。

 異形個体とは出会うことはなかった。

 アダムから見て、シリウスとカムイ、そしてネオ。この3人の連携は控えめに言っても目を見張るものがった。

 一方で前衛、中衛、後衛の配置が上手いだけと言われればそれだけなのだが、3人からはそれだけじゃない何かを感じた。


 ――コン、コン、コン。


 私室の扉が鳴った。次いで声がした。

「アダム、良いか?」

「ッ、エデン様!? どうぞ……」

 アダムは言いながらそそくさと立ち上がり、私室の扉を開く。

 果たしてそこにはいつもと変わらぬ厳格さを纏った人間王が立っていた。

「どうぞ、こちらへ――」

 アダムは先まで座っていた部屋で唯一の椅子をエデンへと勧める。

「構わん」

 しかし、エデンはそう言いながらアダムのベッドに腰掛けた。

 そして、いつも以上にあたふたしているアダムを見て、エデンは口元を綻ばせながら言った。

「そう硬くなるな。貴様らしくない。それに、余の寝室の方がよっぽど乱れている」

「そ、そんな! 滅相もないことでございます!」

「なんだ、神より美しくあることはそんなに嫌か?」

 もちろん、エデンに怒りの色など一切見えないのだが、アダムはその言葉にギクリとした。

「そ、それは……! 当然でございます! 神より優れている者など存在しては――」

 エデンとしては、悲しいかな、おおよそ予想通りの言葉が帰ってきた。

 ところが、魔が差したエデンはこんなことを言い出した。

「では、“ブラウ”は、シリウスは存在してはならぬ、と?」

「ッ…………!」

 アダムが固まった。

 葛藤にも似たそれ。

 王を立てようとする一方で、事実はそうではないことを知っている。

「――昼の話をしよう」

 エデンは気にすることなく、少し話題を変えた。少々飽き性なのは、エデンの悪癖だ。

「単刀直入に訊く。どうだ、人狼王は?」

「……正直なところ、奔放なお方でした。種族王とは、まるでかけ離れたような立ち居振る舞い。しかし、種族王と名乗るには申し分ない実力と、配下からの信頼――」

 アダムの言葉に、エデンは獰猛に笑う。

「そうか……! やはりいつの時代も、人狼王というのは変わらぬものだな!」

 言うと、エデンは徐に立ち上がる。

「邪魔をしたな。余はもう寝る」

「で、では部屋までお供を――」

「要らん。少々寝つきが悪かったのでな、貴様に話相手になってもらっただけのことだ」

「さ、左様ですか」

 言いながら、アダムは自室の扉を開く。

「おやすみなさいませ、エデン様」

「夜更かしし過ぎぬようにな」

「承知いたしました」


 アダムの部屋を後にし、静寂が流れる長い廊下を歩くエデン。

 窓から月明かりが差し込む。いい月だ、とふと窓の外を見ると、庭に人影があるのを見た。

 小柄な少女。獣耳が特徴的な蒼白の頭髪。人狼王(シリウス)だ。

 仰向けで大の字になり、目を閉じていた。

 奔放を絵に描いたような彼女。同じ種族王という立場とはいえ、真夜中にも関わらず他の種族王の城の中庭であんなにも無防備な姿を晒すとは。

 当のシリウスは、瞑想の真っ只中であった。

 現実から意識を切り離した結果、このような体勢となってしまったようだ。

 種族王となる前からも続けてきたこの瞑想は、シリウスの日課となっていた。

 それも早3年以上。しかし、それでも僅かな雑念が混ざると現実へと引き戻される。

 今回はそれが自発的なものではなく、ただならぬ視線を感じてのものだった。

「――ん?」

 11時の方向。厳かな気配を感じ、シリウスは身を起こす。

 人間王がこちらを見下ろしていた。

 ふっと微笑み、手を振るシリウス。エデンは何も返すことなく再び歩き出した。

 シリウスも特に思うことはなく、空を見上げて呟く。

「っと、もうこんな時間か……」

 そそくさと立ち上がり、シリウスもまた、客室へと戻っていくのだった。


 ――気取られた。

 エデンは内心驚愕していた。

 完全に気配を消していたつもりだった。況して、建物の壁一枚隔てた上で、だ。

「やってくれたな、先代め!」

 エデンは思い出した。幼き頃に読み聞かされた御伽噺。

「王の帰還は近いぞ」

 高揚したような表情で、エデンは私室に戻った。

ステータス


〈アダム〉

・No data

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