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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
道化暴乱編
30/34

29 反転術式

 プロキオン、カリストが、禁忌【道化(ジョーカー)】に固有術式を奪われてしまった。

 打倒【道化(ジョーカー)】のため、新技を完成させるために、シリウス一行はエデン帝国領の平原にある魔族の巣窟“不可侵入区域”へと向かう。

「我流術式の反転?」

 ネオはシリウスの口から出た言葉に疑問符を浮かべた。

 ネオでも反転術式の存在くらい知っている。本来の術式の属性、効果を真逆にするものだ。行使には、通常の2倍近くの魔力消費が必要になるが、反転を織り交ぜることで多彩な戦闘を繰り広げることができるのが利点である。

 しかし、シリウスが言っているのは、“我流術式”の反転。

 “我流術式”は、言ってみれば教科書にはない、独学で編み出した術式。魔力操作による術式発現の応用とも言える。

 魔力操作のコツが掴めれば、自分だけのオリジナルの技を作れるため、非常に扱いやすく、知識が深まればそれだけ伸び率も上がる。

 ネオから見ても、シリウスの戦闘スタイルはとても奇妙だ。

 シリウスの持つ【氷】の術式。割と長生きしているネオは、その特異性を知っていた。

 【氷】の固有術式を持つ者は、世界でも指折りしかいない。

 そんな希少な術式をシリウスはほとんど使わない。

 シリウスがネオに見せたのは、“色”を剥き出しにして全身に冷気を纏い、潜在魔力を汲み上げ、身体能力を底上げする、別に【氷】を持たずともできる技。

「一体、どんなのを使うんだい?」

 シリウスに問いかけると、彼女はこう答えた。

「今までの攻撃は、力の発散を押し出すもの。反転することで、押し出すことはそのままに、力の向きを真逆――収縮する力を押し出すことで生まれる()()()()()

 これはヤバい。シリウスの編み出した反転術式は、誰でも使えるものだ。絶対に口外してはならない。ネオはそう確信した。

 果たしてその考えが、シリウスにはあるのか。

「シリウス、それは、僕以外にも話したのか?」

 訊かれたシリウスは惚けた顔で答えた。

「言ってねぇよ。ていうか、精霊の国に来るまで、他の種族王には会わなかったし、【道化(ジョーカー)】にもこの技は見せてない」

 良かった。ネオは安堵した。それとともに、忠告だとして言った。

「――その技は危険だ。君の身体への負担とかじゃなく、どういう理屈でその技が成り立っているのか、それを話すのは、僕で最後にしてくれないか」

 言われたシリウスは、ネオの目を見ていた。

 気を抜けば見惚れてしまうような、透き通る蒼白の瞳。以前会った頃よりも、幾分も澄んだ色をしたそれは、まさに氷の結晶だ。

「嘘は言ってないな」

 それは問いかけではなく、彼女の中で確信したというような声色だ。

「今更嘘をつく必要もないだろう?」

 鼻で笑うようにネオは言う。

「知ってる」

 シリウスはネオからある程度距離を取り、構える。

 その様子に何の疑問を抱くことなく、ネオは二俣鉾(ディオデント)を巧みに回し、構えた。

「魔力枯渇の症状は、倦怠感、吐き気、運動機能停止、もとい寝たきりの状態、また、さらに意識が無くなる昏睡状態が挙げられる」

 ネオはシリウスだけでなく、この場にいる全員に告げるように言った。

 シリウスには思い当たることがあった。

 吐き気。初めて術式の反転を成功させた際に、強烈なそれが彼女を襲った。

 ネオが言うには、吐き気や倦怠感は魔力枯渇の予兆のような症状であり、本来一度の反転でそこまでなることはほとんどない。

 シリウスとしては、考えられる理由はある。

 まるでダイヤモンドを相手にしているかのような圧倒的強固な外骨格を持つ魔族。ソイツに風穴を開け、カムイの術式によって内側から灼き尽くした。

 ネオから見ても、シリウスの魔力量は多い方だ。それに、窮極魔法に覚醒している彼女なら魔力の扱いにもそれなりの腕がある。

 そんなシリウスが、初めての反転を使用したとはいえ、たった一撃で吐き気を催すほどの多量の魔力を消費した。

 反転術式も、威力に伴い消費魔力量は増える。

 シリウスが風穴を開けた、魔族の外骨格。

 枯渇寸前まで魔力を消費しなければ、あの魔族には穴を開けることができなかった可能性。

 あとは単純に、経験と実力不足による無駄な魔力の消費(ロス)

 シリウスは戦慄するとともに安堵のため息を吐いた。

 希望が見えた。我流術式の反転は完成させることができる。

「精霊術と反転術式は相性が良くてね、僕たち精霊族や妖精族は反転術式を心得ている。教えてあげよう、反転の真髄」

 ネオの言葉に、シリウスは獰猛な笑みを浮かべた。

「あぁ、最高だぜネオ様」


◇◇◇


「おや? 君は……」

 サン某所。廃アカデミーを改装された、とある組織の本拠地。

 元校長室を改造して使われている書斎の書物をそこかしこに散らかし、読み漁る人物の背中に、彼女は声をかけた。

「ん?」

 イルズ・ロスト。【禁忌狩り】だ。

 イルズは声主を見るなり、目を見張った。

「あっ、お前……!」

 軍人然とした服装、腰には左右2本ずつ、計4本の細剣を携えた女性。

 【禁忌狩り】ランキング3位。【鋼の魔導師】の異名を持つ。レベリア・イアン、その人だ。

「カンナさんに許可は貰っているのかい?」

 レベリアは部屋の入り口の前に立ったまま、問いかけた。

 イルズは視線を資料に落とし、そのまま口を開く。

「『自由にしていい』と言われている」

「そうか、それは済まなかった」

 会話終了。そんな空気が流れて、レベリアは立ち去ろうとした。

 そこに、尚も視線は資料に向けられているイルズから声を掛けられた。

「お前はなんであの人に協力してんだ?」

 去ろうとして背を向けていたレベリアは、その動きを止め、今一度イルズを見た。

「私を冒険者ギルドに紹介してくれたのはカンナさんだ。今でこそこんな活動をしているが、カンナさんも、昔は名の知れた冒険者だった。今では【勇者】なんて呼ばれている――」

「その呼び名は知ってる」

「やがてSランク冒険者となった私に、カンナさんは言った。『私は諦めたけど、腕に自信があるなら、【禁忌狩り】にでもなってみる?』とね」

 レベリアは、【禁忌狩り】トップ3の中でも歴は浅い。それなのに数々の実力者を抑えて、3位の実力を誇る。

「私は、剣を扱う才は無いが、“金属”を扱う才はある。そのお陰で【禁忌狩り】も難なくやっていけているのさ。カンナさんに協力しているのは、私に冒険者として歩む道を示してくれた、その恩返しでもあるんだよ」

 最後まで聴き終えたイルズは、レベリアから視線を外し、窓の外を見た。

「アンタは、俺達とは違うな」

「よく言われるよ」

 そう言うレベリアの顔は、微笑が浮かんでいた。

 己の実力のみでのし上がったのとは違う、多くの人に助けられて現在に至る彼女は、他の【禁忌狩り】が持たない“心”を持っていた。

「――そうだ、これから運動場でトレーニングがあるんだが、君も行かないか?」

 レベリアはふとイルズにそんなことを訊いた。

 つまり、“体育”。その言葉は男心を掻き立てる。イルズも例外ではなかった。

「オウ、行こう」


 廃アカデミーを再利用した組織の本拠地は、運動場も別格の広さだ。

 イルズの目に映ったのは、運動場中央に立つ1人の男。彼を取り囲む人々は、皆泡を吹き、倒れている。

 離れたところから、3人の男と1人の女が傍観していた。

 その景色に、イルズは気づいたことがあった。

「なんて広い術式範囲だ……」

 半径およそ50メートルにも及ぶ広大な術式範囲。知り合いの魔導師でも、ここまでの範囲を持つ術式は見たことがない。

 唖然としていると、レベリアがイルズに言った。

「彼が、組織(ここ)のエース。ハドウくんだ」

 黒髪黒目。おそらく一張羅なのだろう、薄く、着古された半袖のシャツと半ズボン。足元は草履だ。

 見たところ、武器は1つもない。本当に術式1つで30人程度の人間をまとめて気絶させている。

「あの身なりで、エース? マジか……!?」

「マジだよ。私でも、正面から立ち向かえば勝機は薄いだろうね。それくらいには、強い」

「正面から、ね。アンタがそう言うのなら、本当なんだろうな」

 まさに己の目を疑うというやつだ。目に映る情報と、肌で、気配で感じるハドウの魔力(オーラ)はまったく違う。

「あれ? レベリアちゃん、帰ってたんだ」

 突然背後から声がした。

 立っていたのは、カンナ・ミツルギだった。

「カンナさん……。――それがかなり難航しているんだ。皆が口を揃えて「言えない」と言う。まるで自分が死ぬ未来が見えているような顔をしてね」

 そういえば、レベリアは組織のメンバーであるキヌという女性とともにとある組織の調査を行っているのだった。

 難航している、というのはつまり、組織の拠点となっている場所や、組織をまとめている長の情報について、手がかりが掴めていないということだ。

「ふーん、キヌの拷問でも喋らない、か……。 ――分かった。もう充分だよ、お疲れ様」

「もう、良いのかい?」

「いや、結局このままじゃ何も分からないことが分かったから、別の手段を取る。最悪、捕まえた人を殺してでも、炙り出す」

「っ…………」

 レベリアはカンナの目を見て戦慄した。

 本気でやる気だ。カンナ・ミツルギという女性は、やると言ったことは必ずやる人だ。レベリアは知っていた。

 カンナは話を変え、運動場に立つ男、ハドウを見てイルズに言った。

「気になる? 彼のこと」

 訊かれ、イルズは改めてハドウを見た。

「気にならねぇ訳がねぇよ。レベリアが『正面からではキツい』って言う相手だぞ?」

 その言葉に、カンナはどこか嬉しそうにニヤリと笑うと、イルズに問いかける。

()ってみる?」

 その時、イルズの眉がピクリと動いた。

 みるみる口角が釣り上がり、瞳孔をかっ開いた。

「――いいぜ」

 「決まりだね」とカンナは言うと、運動場に立つハドウに声をかけた。

「ハドウくーん、君に挑戦者だよー!」

 その声を背に、悠々と階段を降りていくイルズ。

 ハドウは降りてくる男を見上げた。

 無言のまま、イルズが降りてくるのを待つ。

 やがて目の前に立ち、2人は対峙した。

「初めまして、俺はハドウ。ただのハドウだ」

「イルズ・ロスト。自慢じゃないが、【禁忌狩り】だ」

「嬉しいねぇ、アンタみたいな人が俺の相手をしてくれるとはね」

「楽しみにしてるところ申し訳ないが、こちとら病み上がりでね。お手柔らかに頼むぞ」

「へぇ、冗談がお上手で――」

 遅れて運動場に降りてきたカンナが、両者の間に入り、右手を差し出した。

 それを見て、イルズは密かに術式を開放する。

「――はっけよい……」

 カンナの言葉に、ハドウは腰を落とし、右拳を地面に、左手を膝に立てた。

(お手並み拝見……!!)

「――のこった!!」

 奇妙な合図と同時に、ハドウは左手を地面にトンと付け、蹴り出した。

 迫るハドウを冷静に見据えるイルズ。両者、手を組み、衝突した。

 その瞬間、

「ッ…………」

 白目を剥いて、イルズの身体がふらりとよろめいた。

「モロに喰らった……!!」

 レベリアが叫んだ。

 一方のイルズは、完全に意識が飛んだわけではなかった。

(なんてパワー! 術式か? 魔力(オーラ)なのか!? いずれにせよ――なるほど、正面からじゃ難しい訳だ!!)

「――んなっ!!」

 ドン! と強く踏み込み、(すんで)のところで意識を手繰り寄せる。

「マジか!?」

 ハドウが叫ぶ。と同時に、外野が響めいた。

 イルズの頬を冷たい何かが伝った。冷や汗だ。禁忌でもない、人間の男を前にして、【禁忌狩り】ともあろう彼が冷や汗をかいた。

 戦慄、高揚、じわり、と全身をえも言えぬ感覚が走る。

(足! 動くよな!? 今ので気つけは効いたろ。さぁ、反撃だ(イルズ)!)

 目にも留まらぬ速さで、ハドウの背後に立つイルズ。その指先からは透明な糸のようなものが出ていた。

 それに反応したのは、外野で見ていた女性――キヌだ。

「ッ…………!?」

「キヌ殿、何かあったのか?」

 その横で、本を読んでいた男がキヌの異変に気づき、問いかけた。彼の名はアクタガワ。

 キヌはイルズを指差し、呟いた。

「糸……」

「――あぁ、確かにキヌ殿のものに似ている」

 そんなイルズの指先から出ている糸は、なんとハドウの動きを止めていた。

「クッ、キヌのよりも硬いなぁ!」

「気をつけろよ? 下手に動くと、切れるぞ、体」

「ご忠告どうも! ……だがな――」

 ――パキッ。

「は?」

 妙に聞き覚えのある音。服を着る時、下着を履く時、時折聞こえては悪寒を感じたあの音。

 糸が、悲鳴をあげていた。

「この程度で動けなくなるほど――」

 イルズは己の目を疑った。

 そこには筋骨隆々とした姿のハドウが、イルズの拘束を破らんとしていた。

「――俺は柔じゃない!」

 糸を容易く千切り、拘束状態から逃れたハドウ。

 次の瞬間イルズが感じたのは、僅かな術式の気配と、獣のような殺気。

「歯ァ食い縛れ!!」

 眼前に拳が迫る。

 しかし、イルズは動かなかった。否、動けなかった。

(避けろ……! 守れ……! クソッ! 脳の指令が身体に行かない……!!)

 イルズは最後まで避けることができず、ハドウの渾身のパンチを、顔面に受けた。

 またしてもイルズはよろめいた。

 しかし、イルズは倒れなかった。

 確かに手応えはあった。だが、イルズは鼻血を出す程度で済んでいたのだ。

「――間に合った……!!」

「本気かよ!? 頭蓋骨は割れたろ!」

「悪ィが、これが“結果”だ」

 ハドウの一撃を受け、イルズは改めて戦慄した。そして、ハドウの術式が何かを悟る。

魔力(オーラ)だ! 魔力(オーラ)という概念。それがコイツの術式! もう少し遅れていたら、マジで頭蓋骨割れてたかもな……! )

 覇気、威圧、有らゆるを圧倒すること、その概念がハドウの術式。あまりにも脳筋的で、単純明快。故に強力。

 特に、イルズのような受け身型の術式にとっては相性が悪く、先手を許せばそれが敗北のリスクに繋がりかねない。

 常に放たれている威圧。それがイルズの術式構築と発現を僅かに遅らせていた。

 ハドウが動く。再び、イルズ目掛けて拳を繰り出した。

 それに反応して、イルズは普段よりワンテンポ早く術式を構築し始める。拳がイルズに触れるタイミングと発現可能になるタイミングが一致する。

(これだけ早めてようやく間に合うのか――)

 そう思いながら、術式の発現準備と反撃の準備を整えた。

 しかし、

「もう殴らねぇよ」

「……!?」

 眼前に迫っていた拳が急に開き、イルズの顔を鷲掴みした。

「耐えろよ……」

 その瞬間、おそらくハドウの最大火力と思われる覇気が掌から放たれた。

 常人であれば、先ず無事ではいられない。

 ハドウの手で顔の大半を覆われ、その表情は伺えないが、確かに見えたのは、歯軋りをするその口元――口角から泡がぶくぶくと出ていた。

「不味い……!!」

 流石にやりすぎだ、とレベリアは止めに入ろうとする。

 しかしそれを阻んだのは、カンナだ。

「待って」

「――でも!」

「よく見て」

 カンナに指され、レベリアもその方を見た。

 そこには間違いなく気絶しているであろうイルズが、尚も放たれ続ける覇気を諸に喰らっていた。

 しかし、彼の腕はまだ生きていた。

 それはゆっくり、かつ確実に動き、ハドウの腕をぎゅっと握ったのだ。

「くおっ…………!!」

 今のイルズからは想像できないほどの握力。

 術式により筋力が大幅に増強されているハドウの腕を、無理やり引き剥がす。周囲は驚愕し、響めいた。

 何せ、冒険者としては華奢な方であるイルズが、ハドウの筋力を凌駕するほどの力で抵抗しているのだ。驚かないのも無理はない。

 そして、今度は逆に、イルズがハドウの顔を鷲掴みにした。

 イルズの目は、生きていた。

 文字通り状況は逆転し、ハドウはイルズの次手を悟ると、目を見張った。

「見たな、俺を倒した『有り得た世界(ヴィジョン)』を……!」

「お、おい……」

「お返しだ……!」

「――待っ……」


――『逃れられぬ解(フェイト)


「ガッ…………!」

 イルズの掌から放たれた覇動。それは術式で身体能力や精神力を底上げしていたハドウを、一撃でノックダウンさせた。

 顔にこそ出さなかったが、この場で誰よりも驚いていたのはカンナだ。思わず、感嘆と驚愕で声が漏れる。

「何その術式……!?」

 キヌのように糸を操るのかと思いきや、ハドウの術式である覇気をも扱い始めた。

 これはもしや――

「『コピー』か……!」

 横で見ていたレベリアがそう呟いた。

 一度身体に受けた術式をコピーする。それがイルズの固有術式であると2人は踏んだ。

「同じだよ。術式も、体術も、相応の実現能力(ポテンシャル)さえあれば、真似ることができる」

 イルズはいつだって、自身の術式の可能性を信じている。

 ハドウは地面に倒れた。そこにイルズは指を差す。

「信じるか信じないかは、アンタら次第だ」

 大歓声が起こった。

 それもそのはず、これまで無敗記録を伸ばし続けてきたハドウ。それについに終止符が打たれたのだ。

 イルズは【禁忌狩り】としての実力を見事に見せつけた。

 2位と3位の間にある、圧倒的な差。それをレベリアは痛感した。

 レベリアが最も嫌いなことの一つが“根性論”だ。

 根性だの気合いだのという御託を並べて物事を解決しようとする人間が嫌いだ。

 しかし、先の一戦は、まさにその気合いこそが勝敗の分かれ目と言っても過言ではなかった。

「これが、2位か――」

 術式は言うまでもなく、精神力、経験。【禁忌狩り】としてのステータスにおいて、レベリアを凌駕する。

「快調だね」

 カンナがイルズに言った。

 イルズは肩を回しながら答える。

「お陰さまでな。もう油断できないんだわ」

「そうみたいだね」

 カンナはハドウを背負うと、キヌに目配せする。

 アイコンタクトで察したのか、キヌはすぐさま駆け寄り、カンナからハドウを預かって校舎へ戻っていった。

「これからどうするの?」

「調査に戻る。勿論、約束通り、アンタらにも情報を提供する」

 ニッと笑うカンナ。

「期待してるよ」

「任せろ」

 イルズも笑って答えると、運動場を後にした。

 かくして無事傷の治療を終えた【禁忌狩り】イルズは、再び調査に戻ったのであった。

「…………あっ、資料室片付けるの忘れた――」


◇◇◇


 突然魔力が唸りを上げた。その音の正体は、シリウスのものだった。

 魔力の凪。綺麗な円形にくり抜かれた大岩。攻撃のメカニズムである、力の発散の押し出し。その『発散』を反転させることで生まれる真逆の力、『収縮』。それを押し出す攻撃。

 控えめに言っても、シリウスの成長速度は恐ろしいものだった。

 種族王とはいえ、まだ15歳。知識や技術を叩き込むのには最高と言って差し支えない年齢だ。

「(これで5回目……)大丈夫かい、シリウス?」

 心配そうにネオはシリウスに問いかける。

「別に、問題ないよ」

 答えながら、再び魔力を練り始めた。

 窮極魔法まで覚醒しているシリウスなら、自身の魔力についてもよく分かっているはずだ。本人が大丈夫と言うのなら、大丈夫なのだろう。

 流石は、一度己の力で反転術式を行使しただけはある。すぐにコツを掴んで、術式を連発していた。

 ネオからすればまだ拙いが、それでも常人と比べれば圧倒的に早い。

 なるほど、獣竜王(フリー)が気に入るわけだ。

 何か一つ指摘するところと言えば、速度だろうか。

 理想的なのは、通常の術式、『正転術式』と同じかそれ以上の速度。相手の虚を突く戦術を交えたいのならばそのレベルまで行きたいところ。


「反転にも、やり方は様々だ。――と言っても結果はどれも同じなんだけどね」

 一つ、としてネオは手のひらの上で術式を発現した。【火】だ。

「術式を構築してから反転するやり方。一度正転術式の構築を挟むから一番簡単だけど、遅い」

 手のひらの上に【火】を発現したまま、反転させる。やがてそれは【水】へと変化した。

 次に、と術式を一度解除して、ふぅ、と一息吐いた。

「あらかじめ反転しておいた魔力で構築するやり方。前者よりは、反転に慣れていれば速いけど、魔力消費量を綿密に把握していないと燃費が悪い」

 ネオは固有術式一体型の精霊術の使い手だ。周囲には【火】の光が舞っているが、手のひらで発現されたのは【水】だった。当然、インチキではない。シリウスにもはっきりと反転しているのだと分かった。

「そして最後。基本的にはこの3つがオーソドックスな反転方法だよ。術式構築と並行して反転するやり方。すごく頭も使うし、3つの中では一番難しいけれど、一番速い」

 多くの魔導師の間でもこの3つ目の方法が最も使われている。魔導アカデミーでも、学ぶのはこのやり方だ。

 では、シリウスが目指すべきはどれか――

「欲を言えば、全部。最低でも、1番目の方法を、通常の術式構築と同じ速度でやる」

 極論、どの過程で反転を挟もうが、反転したことによる結果に違いはない。ならば、正転術式の構築速度を上げつつ、反転を慣らしていけば、それこそより速い反転術式の会得に繋がる、とネオは考えた。

 どれだけ頑張っても、反転術式の構築速度と正転術式の構築速度はイコールになり得ないのだ。

「それに、一度正転術式で構築した方が、相手を欺くのにもいいからね」

 反転術式を織り交ぜることで戦術の幅は大きく広がる。さらに、正転と見せかけて反転を発現するという、戦略まで持ち込むことができる。

「――でも、これ以上術式を速くなんて、難しいぞ?」

 シリウスは項垂れるように言った。

 しかし、ネオはその台詞は想定内だ、と否定する。

「それが違うんだよ。確かに、君の術式構築速度は、速い方だと思う。でも、そこで満足してはいけない。君はジークがどれだけ凄いか、知ってるかい?」

「ジークは別格だろ。比較対象じゃない」

「――シリウス、それだよ」

「え?」

「その人は恵まれているから、才能があるから、そうやって僕ら生物は逃げてきた」

 遥か昔から生きているジーク。まだ魔導書なんてものが存在しない時代、手本となるものがない中で、長い時間をかけて、その才を、その技術を磨き上げてきた。“大魔導師(ウィザード・マスター)”たりえるものがあるのだ。

「術式構築の際に使用する魔力、それをより純度の高い術式のために変換する。構築するにあたって、魔力は幾分かロスが発生するからね、それを極限にまで減らすことが、より速い術式構築のコツだと言ってもいい。いいかい? シリウス。魔導において、努力は決して裏切らない」

 ネオの言葉を噛み締めるように、シリウスは目を閉じた。

 見かけの魔力が跳ね上がる。シリウスの実行力の高さにはいつも感服する。

「分かった。やってみる」

 拳を構え、術式を構築する。これまでよりも僅かではあるが、速い。

 さらにそこから、出来上がった術式を反転させる。こちらも滞りなく、スムーズだ。

『“虚弾(きょだん)砲撃銃(カノン)”』

 唸りを上げる魔力。魔力の凪が発生するとともに、空間が虚空に抉れた。

 拍手が鳴り響く。ネオだった。

「いいね、断然速くなってる。――ただ、少し雑だったね」

「……バレた?」

 術式構築を速めようとすると、術式の練度は下がる傾向にある。これは術式のみならず、日常生活においても言えることだ。何事も、速くこなすことと雑にすることは、似て非なるものなのだ。

「もう一度、術式構築の手順を確認する必要がある。構築し始めてから発現までの過程に、何か無駄な部分があるかもしれない」

 シリウスは自身の手のひらを見つめながら答える。

「そう、だな」

「大丈夫、これで反転は6回目だけど、魔力はまだ有り余ってるでしょ」

「うん、全然楽だよ」

「――ずっと考えていたんだ。魔力について。君もきっと、たどり着いた答えだろう」

 いつかシリウスも考えていた、魔力はどのようにして生命に宿るのか。

「全ての生物には同じ大きさの器が与えられ、同じだけの量の魔力が注がれる」

 シリウスが答えた。

「そう、その通りだよ。 ……でも――」

「“でも”?」

「それに続きの文があると言われたら?」

 はっとした。シリウスの考えではあくまでも、定められた大きさ、定められた量に対してどれくらいの量を限界としているかで、その人の魔力量としていた。

 ネオは言う。

「生まれ持った魔力量は平等だ。けど、術式を鍛えるほど強くなるように、魔力も鍛錬を重ねるほどに増えていく」

 肉体には術式が付随し、術式に魔力が付随する。術式を鍛えることで自ずと魔力も成長する。そうすることで生まれるのが、魔力量の不平等だ。

「――さぁ、鍛錬を続けよう。魔力や術式を鍛えるには、反転が一番手っ取り早い」

「あぁ、そうみたいだな」

 あらぬ方を見るシリウス。その動きに、側から見ていたカムイらが立ち上がる。シリウスの背後を守るように、ネオが二俣鉾(ディオデント)を構えて立った。

 シリウスらを取り囲むのは、幾多もの魔族。その全てが危険度『S』を通り越して、特級認定されている、通称“Z級魔族”。

「シリウス、氷籠手は無し。全て反転のみ。いいね?」

「分かってる」

「カムイ、カリストを守ってくれ。カリスト、動けるかい?」

「だいじょうぶ」

 ネオに言われ、カリスト(妹)は、極東連合国のサンで新調した、漆黒のダガーを構えた。

 シリウスが動き出す。出始めの動きに、じゃり、と地面を蹴り出す音がした。

 その瞬間に、魔族が一斉に動き出した。

 シリウスは有象無象に目もくれず、目の前の魔族のみに標的を絞る。

 収縮する力を押し出す攻撃。


『“虚弾(きょだん)砲撃銃(カノン)”』


 魔族の呼吸。戦いのクセを見抜き、シリウスも呼吸を合わせ、魔力を練り、術式を構築。出来上がったそれを、ひっくり返す。

 魔力が唸りを上げ、7度目の反転術式が炸裂した。

ステータス

〈イルズ・ロスト〉

・固有術式『コピー』?


〈ハドウ〉

・unknown

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