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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
禁忌衝突編
3/34

03 帰還そして旅立ち

シリウスの修行はフェーズ2へ

「イオ、聞こえますか?フリー様に『日没後に戻ります』と伝えてください。えぇ、今夜です。というわけですのでーーはい?………アハハッ、それは楽しみですよ」

 ドラコから遥か彼方。地球の真裏に位置する、とある秘境。

 吹雪吹き荒れる極寒の地。ここにはかつて、文明が存在していた。

 しかし、とある日、突如としてその文明は滅んだ。というより、消え去ったのだ。荒廃した大地だけを残して。

 そして何千年という月日を重ね、その大地は氷雪の下に眠っている。決して解けることのない、“不解の氷”の下に。

「随分と荒れている…。私が嫌いかな?ーー否、この騒めきは、本当に目覚めてしまったのでしょうね…」

 ーー非常に、不味い。

 彼は険しい表情で、吹き荒れる吹雪の中を歩き出した。

………

……

 ドラコのフリー城では、エウロパを迎え入れる準備がされていた。

 城のみならず、街の方でも宴の準備が着々と進んでいる。

 アンノウン・ファミリアの外務担当、第二幹部エウロパ。かなりの美丈夫で、彼を慕う女性は数多くいる。

 先日まで、さまざまな種族王との近況を報告しに世界を飛び回っていたのだ。

 今日は、実に半年ぶりの帰郷である。

 フリー城の食卓には豪勢な料理が並べられている。これら全て、イオが腕によりをかけて作った自信作だ。


 シリウスは山の頂上から、地平線を見つめていた。エウロパはいつも、決まって北から出発し、南から帰ってくるのである。

 どこまでも青い海は、夕日に照らされて赤くなっていた。相変わらずの快晴である。

 夜には、自然豊かなドラコは、空に星が瞬く。シリウスはその星を見るのが好きだった。

 エウロパは、シリウスにいろいろなことを教えてくれた。ほとんどが旅先での出来事だが、シリウスはそれを聞くのは退屈ではなかった。

 エウロパは星を見るのが好きだというシリウスに、星座を教えた。真っ先に教えたのは、大犬座と、全天体で最も明るい星、天狼星(シリウス)。シリウスの名前の元となった星だ。

 シリウスは生後間もない頃から五歳辺りまでの記憶が殆どない。

 ーーシリウスという名は、君が生まれた時に、夜空で最も輝いていた星の名だよ。それが天狼星だ。

 エウロパはそう教えてくれた。

 どうして、実親でもないのにそれを知っていたのか、シリウスには分からなかった。

 昔の記憶がないシリウスだが、両親がいたことだけは覚えていて、それは少なくともエウロパではないことも分かっている。

 何か、親交があったのだろう、と自分の中で割り切っていた。

 西を見ると、太陽が海に沈もうとしていた。最も日差しがキツくなる、いわゆる西日がシリウスを照らす。

 そうして大きく伸びた影から、一人の少女が現れた。

 透き通るような白銀の頭髪と瞳。瞳孔は縦に長く、まつ毛も長い。可憐と形容するのが最も正しいだろう。

 影を操る、アンノウン・ファミリアの暗部。第四幹部カリストである。

 暗部ということもあり、普段から影に潜んでいるので、滅多に姿を表すことはない。

 カリストは普通の獣竜族と違い、突然分裂変異体の特異種だ。

 もともと一つだった個体が、何らかのショックで二つに分かれた。そのため、角と翼は左右にそれぞれ一つずつになってしまった。

 顔こそ瓜二つだが、性格も、体力や術式まで違う。

 都合上、双子ということになっている。当時、ややこしいので名付けをしようとしたフリーだったが、“カリスト”という名をお互いに譲らなかったので、仕方なく二人でカリストということになった。

 姉のカリストは体力が少なく、術式しか使えないので、術式担当。妹のカリストは、身体能力に長けているが、固有術式『究極魔法【(エイ)】』を行使することが出来ないため、体術担当となっている。

 人懐っこい姉とは対照的に、妹は引きこもりでいつも影に潜んでいる。妹は術式を使うことが出来ないので、姉の存在は必要不可欠なのだ。

 相変わらず、妹は出てこない様子。

「エウロパ、遅いなぁ…」

「…もう、くる」

「え?」

 シリウスが目を凝らした先。地平線の遥か彼方から、小さな人影が現れる。城から港までは大きな一本の街道が走っているため、海がよく見えた。

 遠くからでも、鍛えられたシリウスの視力なら分かる。

「…!帰ってきた!」

 エウロパだ。彼は浮遊し、海の上を歩いてきたのだ。

 シリウスのみならず、街の人々もエウロパの姿を見て、口々に彼の名を呼ぶ。


「やれやれ、困ったものです」

 いつにも増して明かりが灯っているドラコは、離れたところからでも分かる。

 エウロパの帰りを、今か今かと待っているのだ。

「祝われるのは慣れていなーー」

 突如として、海に大穴が空いた。

 大きな口だ。海水ごと、エウロパを喰らうつもりなのだ。

 その正体は“海の覇者”の異名を持ち、冒険者に恐れられている、水中最強の魔獣、大海蛇(シーサーペント)。通称“海獣”。

「やれやれ、ようやく帰れるというのに…」

 もとより、南の海は海獣の生息域(ナワバリ)とされ、海底には多くの難破船が沈んでいる。

 況して、エウロパは単身でその上を歩いている。大海蛇にとって絶好の機会だ。

 エウロパはふと、海面を見つめた。

 まだ間に合う。

 “回廊”は繋がっている。

「カリスト」


 カリストが立ち上がり、地面に手を置く。

 その瞬間、エウロパの影から妹のカリストが飛び出した。“回廊”を通じて、姉カリストが術式を発現したのである。

「【竜眼(リュウガン)】、【剛力】、【豪脚】、【迅速】」

 瞬く間に数多のバフを掛け、右手に持ったダガーで海獣の眉間に突き刺す。

「ッーーーーー!!!」

 眉間に突き刺さったダガーの柄を持ったまま、背中を疾走。

 呻き声を上げる海獣を他所に、尾鰭(おびれ)まで到達。空中に身を放り投げる。

 その刹那、今度はエウロパが術式を構築し始める。

『術式展開ーー究極魔法【(ガン)】:“絶対反射(アブソリュート・リフレクション)”』

 右目と右掌に反射防殻を展開。

 さらに、魔力を凝縮・抽出して魔弾を生成すると、右掌と右目を合わせ、連続反射させる。

 魔弾は、反射により威力が増幅。

 やがて、魔弾の増幅の臨界点を迎えると、エウロパは反射状態を解除した。

『【狂魔弾(バーサーカー・ショット)】』

 超高速で打ち出された魔弾は、一直線に海獣の脳幹を貫いた。

 だが、まだ終わらない。

『【乱降魔弾(レイン・ガン)】』

 空中で破裂した魔弾は、雨のように降り注ぎ、海獣を蜂の巣にする。

 大きな水飛沫を上げ、海獣は海底に沈んでいった。

「生命反応、消失。やれやれ、手間がかかりましたよ」

 涼しい顔でため息をつくエウロパ。

 見事なコンビネーションで海獣を難なく撃破してみせた。

 これで、安心してドラコに帰還できるーー


「ぁ……?」

 姉のカリストは青ざめた表情で、声を漏らした。

「どうした!?」

 シリウスが声をかける。

「“回廊”が、とじる!!」

「ッ!?」

 シリウスは西の空を見た。

 日が沈むまで残り数秒。カリストの術式は影が無いと、行使することが出来ない。

「カリスト!!」

 焦った様子で海の上の片割れへ叫んだ。


「ッ……!」

 空中にいるカリストは海面を見た。

「ない……!」

 ーー影が、無い。

 西を見る。

 日は沈んでしまい、海面は漆黒となる。

 影に戻れない。

「しまっ………」

 運動能力に長けたカリストでも、荒れる大海原を泳ぐことは困難だ。

 海に落ちる。

 そう思われた。

「ぁうっ……」

 カリストの体に振動が加わる。感じた感触は、水ではなかった。

「っと、大丈夫かい?やれやれ、“回廊”が閉じてしまいましたか…。危うく、海に沈んでしまうところでした」

 寸でのところで、エウロパが受け取ってくれた。

 高度な術式構築をすることが出来ないカリストは、海上に立つこともできないので、落ちる他になかったのだ。

「あ……」

「無茶はいけませんよ。最初の一突きだけで良かったのに」

「ありが、とう」

「気にしないでくださいよ。さぁ、帰りましょう」

「うん」



「ありがとう、エウロパ」

 城に戻ったエウロパに、カリストは礼を言った。

「ちょうど君の姿が見えたので、術式構築の時間稼ぎをしてもらったまでさ。礼を言うのはこちらの方だよ」

「ううん、カリストのこと。あとすこしで落ちるところだった」

「ちょうど私の上に落ちてきたから、偶然さ。無事で良かった」

「偶然じゃない。もしはなれていても、エウロパはカリストをたすけた」

「……そうかもしれないね」

「だから、ありがとう」

「フッ……どういたしまして、カリスト」


 第二幹部エウロパ。シリウスよりも頭1つと半分ほど高く、肩まで伸びる頭髪は艶やかで美しい。端正な顔立ちの美丈夫。

 頭の角はイオやカリストとは一線を画しており、滑らかで真珠のようだ。

 他の獣竜族のように翼が無いのは、エウロパが無翼種と呼ばれる、翼を持たない獣竜であるからだ。飛べない代わりに筋力ーー特に脚力が発達しており、素の状態ならば彼がアンノウン・ファミリア最速と言っても過言ではない。

 また、エウロパの瞳は、右が紅紫(マゼンタ)、左が青緑(エメラルドグリーン)のオッドアイになっている。彼の術式が、眼に関する故の特徴である。

「ご苦労だったな」

「フリー様、第二幹部エウロパ、ただいま帰還いたしました」

「フン、しばらく見ないうちに随分と堅苦しくなったな」

 ーーそれな。

 シリウスも、胸中で賛同する。

「何を仰いますか、私はいつも通りですよ?」

 不思議な雰囲気を纏う笑みに、シリウスは違和感と少しの恐怖を覚えた。

「まあいい。それより、イオが美味(うま)い料理を作ってくれたらしい。早く食べよう、冷める」

「フリー様は暫く見ない間に随分と自由になったと言いますか……」

「気のせいだ」

 食堂に向かうと、縦長い食卓の上には、豪勢な料理がいくつも並べられていた。

 全て、安心と信頼のドラコ産の食材のみで作られている。

アンノウン・ファミリアの食事は、いわゆるバイキングのようで、あらかじめ作られた料理を好きなだけ皿によそって食べている。

 何故か辛味が好きだというシリウス。尤も、人狼族は古くから辛味をこよなく愛する種族であり、シリウスも例に漏れず、辛い物好きだ。

 流石はイオ。シリウスが来てからというもの、毎日の食事に香辛料理は欠かさない。今回も食卓の一角には、赤々しい料理が二品用意されており、シリウスは迷わずそれに食いついた。

 実は最近、辛味に目覚めたというエウロパ。

 シリウスが楽しそうに皿によそっている横で、その料理をまじまじと見つめる。

「うーん、この香り。匂いだけで味が分かりそうなほどに、強烈……!どれ、私も頂ーー」

「ッ……」

「!?」

 エウロパが取り分け匙を手に取ろうとした瞬間、フリーの拳がエウロパの鼻を掠めた。

 訪れる静寂。一番驚いていたのはシリウスだ。何せ、フリーがいきなり部下に殴りかかったのだ。驚かないほうが、普通おかしい。

 普通、は。

「これはこれは。私としたことが、失念しておりました」

 ザッと消える黒い煙。

 フリーが殴ったのは、エウロパではなく、エウロパの周囲にあった“何か”だ。

 エウロパは仰け反り返ったまま、硬直。体制を崩してもなお、皿を平行に持ち続けるのはかなりの技量が必要だ。

「エウロパをも気取らせないとは、なかなか厄介だな」

 とため息を吐くフリー。

 そして何事もなかったかのように料理を皿によそうと、無言で食べ始める。

「アレ、何だったの?」

 シリウスが、カリストに問いかける。

「魔族の残骸。残り香みたいなものだよ。たくさんの命が失われたところや、呪われたところではよく憑いてくる」

「へぇ」

「だがな、シリウスーー」

 食事中だったフリーが手を止めた。

「ーー憑いたまま放っておくと、体に悪影響が出る。急な倦怠感、呼吸不全、果ては術式構築に障害、もしくは術式そのものに異常が出てしまう。早く祓うことに越したことはない」

 人間はこれを、死者の魂や呪いの仕業として、東の大陸では、それを祓う陰陽師なるものが存在する。

 尤も、残骸自体は非常に弱いため、それ以上の魔力で圧制すれば簡単に祓うことが可能だ。

「なぁ、そんな陰気くさい話はやめろよォ…!」

 などと陽気なことを言うのは、エウロパよりも少し背の低い少年だ。

 髪を雑に撫で上げ、左右からは厳つい角が生えている。

 喉元は隠れるも、肩から先が露出した薄手のベストのような服。密着するそれは、彼の鍛え上げられた肉体が窺えた。

 下は長くゆったりとし、裾が絞られた一風変わった物を履いていた。

 如何にも武人然とした外見である。

 第三幹部ガニメデ。イオに並ぶ、アンノウン・ファミリアの戦闘員で、武術の達人である。

 気ーー魔力の流れ、ほかありとあらゆる“波”を把握し、操ることが出来る術式。その名も『究極魔法【()】』。

 ガニメデが編み出した武術。波が如く流れ、怒れる大地が如く震える、文字通り“流震拳(リュウシンケン)”の使い手である。

 流震拳は、あらゆる波を把握できるガニメデだからこそ成し得るもので、簡単に、というより、絶対に習得は不可能だ。

「陰気くさいのではない。シリウスに教えているだけ。これは教育だ」

「……そうかよ」

 あっさりとガニメデは引き下がる。何か揉めることがあれば、負けるのはガニメデだと、自分自身わかっているからだ。彼は負け試合はやらない性分なのだ。

「さあ、食べよう。不味くなる前に」

「ーーお言葉ですが、私に限ってお料理が不味くなるなど、あり得ないのですが」

「なぜ貴様が突っかかる……?」



 以前にも増して、シリウスは【氷】の制御ができるようになってきた。

 今では造形物を作ることなど造作もない。細部に至るまで、造形することができた。

 それを生かし、シリウスは籠手のようなものを両手に纏った。

「【氷纏装身(ヒョウテンソウシン)】タイプベータ!」

「ほう?」

 直接攻撃に使うのではなく、体の一部に纏わせることで、()()()()()()を上げているのだ。

 フリーを相手に、果敢に攻めるがーー


バキッ!ミシミシミシッ!


 すぐに亀裂が入り、その籠手は壊れてしまう。単なる力の殴り合いで、だ。

「……脆いな」

 強化されても雀の涙程度。

 一瞬で纏えるならまだしも、再び出すのにも時間がかかる。これでは割りに合わない。

「ああ、これで五回目だ…。強度を保つって難しいんだよなぁ」

 深いため息をつき、仰向けに倒れる。

 これまでの組手と違い、術式も同時使用となる。考えることが増える上に、未だ不安定なシリウスの術式は魔力消費も早い。予想以上に体力も削られる。

「直接攻撃に転用するのはいけないのか?」

 フリーが珍しく問いかける。術式は本人だけが持ち得るもので、ああしろこうしろと言うものではない、と考えているからだ。

「それもいいと思ったんだけど、範囲が広くなるほど、ただでさえ弱いオレの【氷】はもっと弱くなる。それに速度も落ちる」

「空間干渉は上手いが…?」

「それ。意識してやろうとすると、難しいんだよね」

 手を空に向けてまっすぐ伸ばす。

(そうか…集中力!あの時のシリウスは、今以上の集中状態にあったからこそ為し得た空間干渉。今とは訳が違う)

「俺の術式は、俺自身の攻撃に付属する。貴様とは大分仕様が変わってくるな」

「あまりデカいと操作性も落ちる。だからこそ、フィジカル頼りの保護兼強化に回したんだよ」

「……となると、“完成”するまでの最優先は、術式の鍛錬か」

 フリーは思案した。

 残念ながら、術式のアレコレを教え込めるほど、フリーは万能教師ではない。

 正直、フリー自身、感覚で使っているようなものなので、術式を理屈で語ることは得意では無かった。

 初めて、自身の不甲斐なさに気づき、嘆くのであった。

 だからといって、何もしないフリーではない。

 ニヤリと笑い、計画を練り直す。

 その様子を不審げに見つめるシリウスだが、すぐ整理完了したフリーはこう言った。

「俺の知り合いに、術式に馬鹿みたいに詳しい奴がいる。はっきりと言いたくはないが、一応恩人だ」

「あ、そう……」

「俺から直接言っておこう。明日にでも貴様を()()()くるだろう」

「……わ、分かった!」

 そう頷いて、早々に切り上げる。

 残ったフリーは、彼に連絡する準備を始めた。

 まさか、こんなところで種族王の権能が発揮されるとは思わなかったようだ。


「俺から折り入って頼みがある」

『珍しいね、言ってごらん』

「シリウスの相手をしてやって欲しい。術式の鍛錬だ」

『シリウス…というと、人狼族の』

「期限は三年。それまでにシリウスをまともな魔導師にすることだ」

『ハハッ、バカだね』

「今は原始だ。三年で究極まで鍛え上げろ」

『へぇ…………いいよ、分かった』

「悪いな」

『いいよいいよ、君とは古くからの付き合いだし、僕もそろそろ暇を持て余してたから。それじゃあーー夜明けに迎えに行くよ』

 そう言って、“彼”は通話を切った。

ステータス

〈シリウス・ブラウ〉

・原始魔法【氷】

・【氷纏装身】(試作段階)


〈カリスト(姉)〉

・究極魔法【影】


〈エウロパ〉

・究極魔法【眼】


〈ガニメデ〉

・究極魔法【波】

・我流武術【流震拳】

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