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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
道化暴乱編
29/34

28 主従という名の同盟

「地下牢で話したい奴がいる」

精霊の国にて明かされたシリウスの目的、もとい悪知恵。

ネレイスの案内で訪れた地下牢で待っていたのは、“彼”だった。

 カツ、カツ、カツ、カツ、とじめじめとした石レンガ造りの洞窟を歩く音が響く。

 ひんやりとしているそこは、不潔さは無くとも、どことなく孤独感を覚えさせ、僅かに恐怖さえ感じる。

 少し歩くと、鉄柵の前に立つ2人の耳長人種(エルフ)の男と対面した。

 2人のエルフは、シリウスらの姿を見るなり、その手に持っていた槍を交差させ、行く手を阻む。

 たとえ仕える主君であろうと業務を全うする2人の様子に、ネレイスは優しく微笑んだ。

「ご存知の通り、ここから先は地下牢となっております。どのようなご用件でしょうか?」

 シリウスはネレイスを見る。ネレイスは、笑みこそ無かったが、優しく頷いた。

「元精霊王、ネオ・ファルシュと話がしたい」

 シリウスは淡々と告げた。

「ッ…………しかし――」

 何か言いたげな様子だったが、ネレイスの表情を見るなり、遺憾ながらも納得はしてくれた様子。

「……では、装備品などはこちらで全て預かります。それと――」

「私とシリウスちゃんだけで行くわ。この子たちはここでお留守番。それで良いわね?」

「あ、はい。それでは、装備品は――無いようですね。どうぞ、お通りください」

「じゃ、行ってくる」

 シリウスはカリストとプロキオンに告げると、門番が開いた鉄格子の扉を通った。

「いってらっしゃい」

 と、カリスト(姉)。彼女の手を握りながら、カリスト(妹)は小さく頷く。

「気をつけてね」

 プロキオンが言うと、シリウスはニッと微笑んだ。


 一体どれだけ歩いただろう。

 誰もいない地下牢をただひたすらに進み続ける。

 唯一の灯りは、等間隔に壁に掛けてある小さなランタン。だが、それもところどころ消えており、心許なさを感じる。

「――ここよ」

 なんの変哲もないところで、ネレイスが言い、立ち止まった。

 言われたシリウスも、止まって右の方を見た。

 灯りひとつない暗がりで、微かに浮かぶ人影。

 もはや当時の姿は見る影もなく、少しやつれた様子の彼が、壁に寄りかかって座っていた。

 シリウスはしゃがみ、声をかけた。

「よお、久しぶりだな」

 その声でようやく気付いたのか、彼――ネオは顔を上げた。

「…………やぁ、シリウス、皮肉でも言いに来たのか?」

「――何だよ、全然元気そうじゃん」

 ネオは、頭髪は肩あたりまで伸びており、爽やかだった顔は、僅かに髭が伸びていた。

「君が、人狼王になった話は聞いてるよ、おめでとう」

 まるで空っぽな台詞。シリウスは小さくため息を吐いた。

「悪いけど、お前のお世辞を聞きにきたわけじゃない。単刀直入に訊く――」

 誰もが固唾を呑んだ。ネレイスも、シリウスが地下牢に行きたいと言った理由を、ここで初めて知るのだ。

「ネオ、オレの配下になれ」

「は?」

「ッ……! シリウスちゃん!? 一体なにを――」

 一瞬ざわつくも、シリウスは右手を挙げて制する。ネレイスの表情は怪訝の色に変わる。

 シリウスは続けた。

「こんな狭いところじゃつまらないだろ? 外に出してやるから、オレの仲間になれよ」

 静寂が訪れた。

 呆気に取られた様子だったが、ゆっくりとネオは俯いた。

「クッ…………フッフッ…………」

 肩を弾ませるネオ。

「フフッ…………はははっ、アッハッハッハ!!!!!!!」

 突然、狂気の嗤い声を上げ始めた。

 彼の嗤い声は10数秒続き、ひとしきり嗤い終えると、嘘のように静まり返り、スウッと息を吸った。

 そしてシリウスの目をまっすぐ見て、不的な笑みを浮かべる。

「…………断る、と言った――」


ガゴン!!!!!!!!!!!!


「ッーーーーーー!!!!!」

「シリウスちゃん……!!?」

 ネオの言葉を最後まで待たずして、シリウスはネオがいる牢屋の鉄格子を思い切り掴んだ。

 その瞬間、辺りは氷に包まれ、シリウスの右足から伸びる先の尖った氷柱は、ネオの喉元に向けられていた。

 ネレイスですら反応できないほどの速度。今目の前にしゃがんでいる人狼の小娘は、ただの小娘じゃない。

 徐に、シリウスは口を開いた。

「…………さぁ? …………………どうだろうな」

 悪魔だ。いつか見た、可憐な人狼の少女は、悪魔へと変わり果てたのか――

「ッ、冗談だよ……。ただ、君の配下になるだけで、僕はここを出ても良いのかい? ネレイスさん?」

 ネオはシリウスから逃げるように視線を外し、ネレイスを見た。

 当のネレイスは、眉間を押さえていた。

「シリウスちゃん…………破天荒にも程があるわよ?」

「悪かったよ。ちょっと煽ってみただけだって」

 ――“ちょっと”なんてものじゃない。結果的に死ななかったが、シリウスの先のものは、死を覚悟する前に死んでいた。

「――で、ネレイスさん。オレはネオを仲間に加えたいと思っている。牢屋から出すには、コイツはどうしたら良い?」

「えぇ? そ、そんなこと言われてもぉ……」

 ネレイスは考えた。数十秒に及ぶ思考の後、導き出した答えはひとつ。

「分かったわ。ちなみに、シリウスちゃんの方からは、何か考えがあるの?」

 シリウスは待ってましたとばかりに答える。

「オレと、フリーたち四強の監視下に置く。まぁこれは、オレがネオを仲間に入れるための策であって、牢屋(ここ)から出すための直接的な条件じゃない」

 シリウスの言葉を聞いて、ネレイスは改めて自身の考えに、自信と確証を持って話す。

「――そうね、ではネオくん。精霊王代理として、私から貴方に与える処罰は、これまでの“無期限収容”から変更して、“精霊の国からの永久追放”とします」

「…………え?」

「そう来なくっちゃな! 流石はネレイスさん!」

 立ち上がるシリウス。既に辺りの氷は解けて元の空間に戻っている。

 改めてネオを見る。そして言った。

「――というわけで、ネオ、お前は今日から自由の身だ」

「今日?」

 ネオは思わずネレイスを見た。

「えぇ!? き、今日から!?」

 聞いてない、とばかりにネレイスが叫ぶ。

「あれ? ダメだった?」

 すっ惚けた顔でシリウスが問いかける。

 ネレイスはため息を吐きながら言った。

「分かったわよ。言っておくけど、シリウスちゃんだからできるのよ? 特別の特別の、特別だからね?」

「分かってる。ありがとう、ネレイスさん!」


………

……


「――いったいどういうことですか、ネレイス様!?」

「人狼王の意向とはいえ、あの者を釈放するなんて……!!」

「私も初めて聞いたのよ…………? でも、フリーくんや、ジークくんたちの後ろ盾がある以上、了承するほか無いのよ……」

 精霊の国王城内は騒然としていた。

 ネオの、シリウスの配下になることによる電撃釈放。シリウスへの信用が無いわけではないが、やはりネオが絡むと、城内の人々は皆怪訝な表情を見せた。

 一方のとある小部屋にて、シリウスとネオはいた。

「似合ってるじゃん」

 精霊王だった頃の華美なものではなく、質素かつクールな印象を受ける外観。レザートレンチコートをメインテーマとした、冒険者のような服装になっていた。

「君の趣味は何というか……年頃の男の子って感じだね」

「良いんだよ、あんな変な格好より、今の方が全然カッコいいぞ」

「――お褒めに預かり、光栄ですよ」

 全く心のこもってない感謝を吐き捨て、部屋を出るネオ。それに続いて、シリウスも出た。

 部屋を出ると、カリスト姉妹とプロキオンが立っていた。

「カムイは?」

 シリウスが問いかけると、答えたのはプロキオンだ。

「城の外で待ってるって」

「そうか」

「――さぁ、行こう。こんな(ところ)とは早くおさらばしたいんだ」

 ネオがシリウスの先を歩こうと足を動かす。

「……グェッ!」

 ところが、シリウスがネオの襟を掴んでそれを阻む。

「オレに命令するな。行くぞ」

 そう言うシリウスだったが、その表情はどこか嬉しそうだった。

「…………なんか当たり強くない?」

 言いながらプロキオンを見るも、プロキオンは、さぁ?という表情で肩をすくめるだけだった。


 世紀の反逆者、ネオ・ファルシュの国外永久追放は、精霊の国王城にて大々的に取り行われた。

 急ごしらえで作られた会場は、もちろん壮美な装飾などなく、何の変哲もない、大部屋の一番目立つところに王座があるだけの間だった。

 そしてシリウスの苦手な式事が始まる。

「今ここにいる罪人、ネオ・ファルシュは――」

 ネオの国外永久追放は、精霊の国にとっては大きな出来事だ。

 世紀の反逆者と呼ばれ、悪人として一躍有名になった彼は、今まで王城の地下牢にて収容されていたが、しかしそれでも精霊族や妖精族の不安を取り除くことはできなかった。

 いつか脱獄するのではないか、またいつか反逆を企てるのではないか、また以前のように国を脅かすのではないか。不安は募る一方だった。

 だが、真実は全くの逆で、ネオは非常に大人しかった。それはもう、城にいるほとんどの人が驚いていた。

 後にネレイスは語っている。

 ――あの時のネオくんは、まるで何かを諦めたような顔をしていた。と

「――よって、この日をもって、この者を我が国より永久追放とする!!」

 長々とネオがこれまでやってきた悪行を語り、ようやく話は終わった。

 いくつか、ネオも眉を潜ませるほどのニュースがあった。彼の悪行が明らかになってから、次々とリークされていったのだろう。そんなどさくさに紛れて虚実まで持ち出す始末にネオも呆れた様子。

(くだらない尾ひれがついた話だなぁ……)

 役人が目配せし、持ってこられたものは、見慣れた二俣鉾だ。

「こちらは精霊王代理、ネレイス・ヴァールハイト様たってのご希望より、罪人ネオ・ファルシュに送られる選別の品である」

「――触るな」

 城の役人から手渡されるより先に、それを手に取るネオ。その表情はどこか不満げだ。

「ふん、随分と余計な手を加えてくれたじゃないか」

 かつては、7つもの刻印術式が隙間なく刻まれていたが、その数もかなり少なくなり、確認できる限りでは4つになっていた。数刻の後、口を開く。

「最後に、何か言い残したことは?」

 まるでこれから処刑されるような台詞だ。

 ネオは悲哀の笑みを浮かべた。

「未練はない。後悔もない。それに――」

 後ろで立っていたシリウスを見る。

「――期待もしない。これから歩む道は、神の御心のままに」

 拍手は当然のように起こらなかった。ただ唯一、この場でシリウスだけ、ネオに向けて優しくも獰猛な笑みを浮かべていた。

「では、改めて、罪人ネオ・ファルシュを国外追放とする。速やかに連れて行け」

 数人の兵士がネオを囲みその手を取ろうと迫る。

 だが、ネオはその全てを振り払った。

「必要ない。自分で歩けるよ」

 言って、すぐネオは踵を返した。

 シリウスとすれ違いざまに、ネオは言う。

「さぁ、早くこんな所から出ていこう」

 シリウスは笑みを湛えながら答えた。

「うるせぇ。オレに命令するな」

「分かりましたよ」

 シリウスを先導させ、城を去ろうと歩き出した。

 その時だった。

「――ネオ様!!」

 部屋中に響き渡る女性の声。

 誰もがその声の主の方を見た。

 尖った耳。濃く透き通った青と金色の虹彩異色(オッドアイ)。長髪は、後ろで結われポニーテールに。

 ネオがその人物を知らないわけがなかった。

「……ティラユール…………」

 かつて精霊王ネオ・ファルシュに第三幹部として仕えていた、ティラユールだ。現在はネレイスの側近としてやっており、第二幹部だそうだ。

「アタシは、アタシは……ネオ様のことを決して忘れません! たとえ貴方がどれだけの仕打ちを受けようとも、どれだけ白い目で見られようとも、紛れもなく、貴方はアタシの主君(あるじ)です! ネオ様、どうか、どうか――」

「ティラユール」

 彼女の言葉を遮り、ネオは彼女をまっすぐに見た。

「では、精霊王として、お前に最後の命令だ」

「……はい…………」

 深く目を閉じ、ゆっくりと再び開く。そしてティラユールに告げる最後の言葉を話す。

「僕のことは忘れろ。二度と思い出すんじゃない」

「ッ……!」

 ネオはネレイスを横目に見た。

「そして、新たに仕えるべき人を、全力で守り、支えてあげるんだ。それが幹部の役目だ。良いな?」

 目に涙を浮かべるティラユール。ノーと答えることなどもってのほかだ。

 ネオに対する想いを押し殺し、その口を開いた。

「しょ、うち…………しま、した…………!」

 ティラユールの言葉を確認すると、ネオは後ろ髪引かれる様子もなく、再び踵を返した。

 先のやり取りを見ていたシリウスは、ネオに問いかける。

「もう、良いのか?」

「――何が?」

「…………そうか」

 ネオはシリウスの先を歩き、城を後にした。その歩調に、一切の迷いは無かった。

 残ったシリウスのもとに、ネレイスがやってきた。先に口を開いたのは、シリウスだった。

「悪いな、ネレイスさん。せっかくの会談が、こんな終わり方になって」

 と、頭を掻きながら言う。

「あらあら、気にしなくて良いのよ? むしろ、何だか肩の荷が降りたって感じだし、シリウスちゃんには感謝してもしきれないわ」

「オレの方こそ、頼もしい仲間が増えたよ。ありがとう」

 そこに城の役人が割って入る。先程まで式の司会を務めていた者だ。

「――頼もしい、ですか。失礼ながら、人狼王の感性は少々理解し難いですな」

 役人の言葉に、シリウスは笑いながら「ほっとけ」と一言。

「ティラユール、だっけ? ネオの代わりに言うよ。ネレイスさん、あの人のこと、頼む」

「任せてちょうだい! ティラユールちゃんのことは昔から知ってるから」

 あっと思い出したように、シリウスは重ねて告げた。

「それと、シェアトによろしく伝えといてくれ」

 その一言に、ネレイスの口は綻んだ。

「えぇ。もちろんよ」

 ふぅ、と一息吐き、シリウスは別れの言葉を叫んだ。

「それじゃ、さようなら!」

「元気でね。シリウスちゃん」

 ネレイスの言葉に、シリウスは背を向けたまま手を上げて応える。

 人狼王の小さな背中を見つめるネレイスは、背筋を伸ばし、右手を左胸の辺りに添えた。

 それを見た城の役人は、声を上げる。

「人狼王シリウス・ブラウに、敬礼!!」

 一糸乱れぬ動きと共に、布の擦れる音と、足を踏み鳴らし、揃える音が響きわたった。

 かくして、人狼王と精霊王の会談は、波乱の末、静かに幕を閉じたのであった。


◇◇◇


―精霊の国 王城正門前―


「悪い、待たせたな」

 正門の外で待っていたプロキオンらに声をかけるシリウス。

 ネオの横に立ち、肩に手をやった。

「さて、紹介しよう。オレたちの新たな仲間、元精霊王のネオだ! ネオ、一言どうぞ!」

 シリウスに言われ、ネオはプロキオンらの方を改めて見た。

「改めて、ネオ・ファルシュだ。“ネオ”と呼んでくれて構わない。これでも世界の歴史には詳しい方でね、聞きたいことがあったらなんでも聞いてくれ」

 言い終えると、1人だけけたたましく拍手をするものがいた。

 カムイだ。

「大っ歓迎だぜ! 裏切り者とか言われてるけど、関係ねぇよ。元種族王が仲間になるなんて、スゲーテンション上がるよなぁ!?」

 その言葉に、シリウスは深く頷いた。

「カムイ、お前なら分かってくれると思ったよ」

 シリウスに、ネオは疑問に思っていたことを問いかけた。

「それにしても、よく了承してくれたね、フリーたちは」

 他の種族王から一目置かれている存在であるシリウスとて、ネオの配下加入は、他の種族王が二つ返事で了承できたものではないだろう。

 しかし、シリウスはすっとぼけた様子で答えた。

「言ってねぇよ? そんなこと」

 その瞬間、場の空気が固まった。

「え゛…………!?」

 ネオは眉を顰めた。

 カムイらを見るも、プロキオンは肩をすくめ、カリストは頷き、カムイはシリウスの破天荒さに苦笑していた。

「ちょ、ちょっと、待ってくれ……! 僕は、君と、フリーたち四強の監視のもと、精霊の国から永久追放されるという条件で君の仲間になったんだよ!?」

「言えるわけ無いだろ? 言ったところで、即却下されるのがオチだ。でも、そう言わないと、いくらネレイスさんでも許してくれない」

「シリウス、種族王の先輩として言っておくけど、そういうことはあらかじめ言っておかないと、後で大変なことになるんだぞ!」

「大丈夫。なんとかなるって」

 当然、ネオは焦っていた。

 ようやく自由の身となったのに、シリウスの「ホウ・レン・ソウ」の怠慢によってそれが危ぶまれているからだ。

「これは警告だよ、シリウス――」

「いや、本当に大丈夫だよ。ジークには話してある」

 この時のシリウスの悪知恵は、ネオも驚愕した。

 シリウスにとって、ネオ加入の最大のカギは、四強に反対されるか否か。

 おそらく、ネオのことに関して、最も強い反応を示すのはジークだ。因縁があったという、【禁忌(タブー)】を封印から復活させたのも、ソレを使って『生命の書庫』を襲撃させたのも、全てはネオの仕業だ。寛大なジークとて、ネオには強い嫌悪を抱くに違いない。

 一方で、ネオを完膚なきまでに叩きのめしたフリーは、ネオのことなどどうでも良いと言うだろう。それどころか、シリウスがネオを配下にしたと聞けば、笑い飛ばすに違いない。

 そして、残る四強二柱、人間王と吸血鬼王。この2人は、以前の種族王会合で見た限り、ネオのことには我関せずという感じだった。ネオがどうなろうが、心底どうでも良いというようだったのだ。

 つまり、説得すべきはジークだけで良かった。


………

……


「なぁ、ジーク」

「うん?」

「種族王は、引退した種族王を配下にしても良いのか?」

「それは……どうして?」

「仲間は強いほうがいいだろ? 種族王だったってことは、分かりやすく、強い」

「言いたいことは分かるけど……前例が無いし、それに、配下といえば基本的には同じ種族からかき集めるものだけど」

「ルール上は問題ないんだな」

「そう、だね。種族王のルールは、あくまでも種族王間の不可侵を守ること。配下の管理は、ルールではなく、種族王の自己責任だからね」

「そうか、分かったよ」

「――で、結局何が言いたかったの?」

「…………ジークにはどうしても言っておかなきゃなって思ってさ――」

「……僕に?」

「“引退した種族王”……ネオを仲間にしたいんだ」

「ブフーーーーーーッ!!!! ゴホッ、ゴホッ………ええぇ!!?」

「別にジークたちを裏切るつもりはないんだよ。ただ、そのままにしておくのも、勿体無いと思ったんだ」

「…………シリウス、君ってやつは――」

「っ…………」

「――最っ高にぶっ飛んでるね!」

「え?」

「君を疑う? そんなまさか。結局、種族王ってのはとことん強さに貪欲なんだよ。君のような考えを持っているとしても、おかしくはない。想定内だよ」

「でもさっき紅茶を吹いて――」

「ネオを仲間にしたいと言ったね? 一応、僕は種族王のまとめ役みたいな立ち位置だからね、困ったことがあれば、何でも相談しなさい!」

「…………分かった。それじゃあ――」


………

……


 ダメ元で相談してみたが、あっさり許諾してくれた。

 そのことをネオに話すと――

「……ナメていた…………。シリウス・ブラウ、君は……なんて、なんて――」

 シリウスの肩を持つ手が震えている。

「あの、ネオ?」

「最高に狂ってやがる! そうだ、それこそが種族王だ!! 僕の理想がこんな目の前にあるとは……! シリウス、勝負しよう!」

「――うん、んぇ?」


 ――どうしてこうなった。オレはただ、ネオを仲間として迎え入れたかっただけなのに。

「人狼王シリウス・ブラウ、僕が仕えるにふさわしい人物かどうか、実力で判断する」

 精霊の国から出た一行は、森の近くの平原に立っていた。

「感謝しているよ、僕の我儘に付き合ってくれて」

「分かったから、さっさと終わらせるぞ。お前には聞きたいことが山ほどある」

 長く息を吐き、全身に冷気を纏う。

「一つ約束してくれ。全力で、殺す気で戦うと」

「ん? あぁ、いいぜ」

 シリウスの返答に、ネオは嬉々として魔力を解放した。髪が白く染まり、目を閉じ、次に開いた時には金と黒の虹彩異色(オッドアイ)となる。

 これがネオの本来の姿。人間と妖精の混血と、純血の精霊との混血(ハーフ)であり、通称“堕妖精(ダークエルフ)”の一族。

「カムイ、頼む」

 シリウスが言うと、カムイは両者の間に立ち、深く息を吸った。

「よーい――」

 ニヤリと嗤うネオ。シリウスは腕をだらんとして、腰を曲げた。

「はじめッッ!!」

 カムイの合図にやや被るようにネオが動く。二俣鉾を投げてきた。

 それを、軽くひらりと躱しながら、勢いを殺すことなくネオのもとへ一直線に走り出す。

 ネオはほとんど感情を表に出すことはなかったが、内心では驚きと疑問に満ちていた。

 目の奥に宿る殺意。それとは裏腹に、感じる術式の気配は、それとは程遠いほど、弱い。

(その程度なら、余裕で守れ――)

『“破弾(はだん)砲撃銃(カノン)”』

「ッ……!?」

 まるで奇襲。突如として、飛んでくる拳に膨大な魔力が溢れ出した。打点には魔法陣が顕現し、魔導師としての性か、ネオはそれを読んだ。そして悟る。

(“防御貫通(ガードブレイク)”!? 不味い、間に合わない……!!)

 ところが、シリウスは何かを感じたのか、僅かに表情が変わった。

 果たしてこの場にいる中で何人がシリウスの異変に気づけただろうか。

 次の瞬間、音速に近い速度で、シリウスの背後から飛んでくるものがあった。

 すぐさま術式を解除し、間一髪で避けるシリウス。一筋の紅が頬を伝った。

 先ほどネオが投げた二俣鉾が帰ってきたのだ。

「惜しかったね、お互いに」

「そうだな。よく避けたよ、オレも」

 ほんの刹那、反応が遅れていたら、シリウスは負けていたかもしれない。

 二俣鉾を見つめながら、ネオはシリウスらに向けて話し始める。

「せっかくだ。二俣鉾(コレ)の刻印について説明しよう」

 「先ず」として、鉾先をシリウスに向けた。

「刃に刻まれているのは、『“忠誠”』の刻印。僕の魔力に反応して、どこであろうと手元に戻ってくる。能力は3つ――」

 一つ、先ほども話した、いついかなる場所でも、所有者の魔力に反応して手元に戻ってくる、『“忠誠”』の本来の効果。

 一つ、手に持たなくとも、魔力操作によって個別に操ることができる、遠隔操作。

 一つ、上の二つの能力を応用した、敵を追従するホーミング能力。

「次に、『“延纏(えんてん)”』の刻印。君も知っていると思うけど、術式を武具に纏わせる能力だ。コレと僕の精霊術は相性が良いんだ」

 ネオは続ける。

「コレは『“収納(ストレージ)”』の刻印。これでどこでも仕舞えて、いつでも取り出せる」

 試しに、『“収納”』の刻印に魔力を流し込んで見せるネオ。切先に魔法陣が展開され、二俣鉾は別次元へと収納された。

「そして最後に――」

 収納した二俣鉾を再び取り出すと、地面に突き刺した。

「末端に刻まれているのが、『“地脈干渉”』の刻印。コイツのおかげで魔力はほぼ無限に補給できる。 ――以上が、この“魔鉾(まぼう)・ディオデント”の刻印術式だ。前はもっとあったんだけどね、今ではこの四つ。ホント、余計なことしてくれたよ」

 地面に突き刺さっていた二俣鉾(ディオデント)を抜くと、肩に担ぐ。

「それで、どうする? まだ続けるか――」

「殺す」

『“打弾(ちょうだん)突撃銃(アサルト)”』

「ッッッーーーーーー!!!!!」

 ネオは突如飛んできた拳を、間一髪、二俣鉾で受け止めるも、大きく吹っ飛ばされた。

「くはっ……! いきなりはナシだろ!」

 そう叫ぶも、シリウスは冷酷な瞳を向けてきた。

「言ったはずだろ? 『全力で、殺す気でかかって来い』って。仮にも元種族王なんだから、自分の言葉には最後まで責任持てよ」

「っ…………!」

 シリウスは妙に焚き付けが上手かった。

 そんなシリウスの柵に嵌まってか否か、ネオは淀んだ目でシリウスを睨みつけた。

「君は、言葉の綾というものを知らないのかい?」

「知ってるよ。今はお前1人にいつまでも構ってやれる時間はない。死にたいなら、さっさと殺してやるから、来いよ」

 初めから、ネオがシリウスの仲間になるというのは嘘だった。

 城での去り際、ティラユールに「忘れろ」と言ったのは、ネオの生死を不明にするため。彼女の耳に、ネオの訃報が入らないようにするため。彼なりの気遣いなのだ。

「シリウス、君には悪いけど、僕は僕のために、配下となることは、破談とさせてもらう」

 再び二俣鉾を地面に突き刺したネオは、なりふり構わず全ての刻印に魔力を通した。

 左手で柄を押さえ、右手は二本指を立てて眼前に構える。

 膨大な魔力の気配は、ネオの持ち技を知らないシリウスでも勘繰ることができた。


『術式展開――魔導領域【闇妖精域(スヴァルトアールヴヘイム)】』


 ネオの背後から半球状で広がるように生み出されていく魔導領域。

「シリウス!!」

 カムイが叫ぶも、シリウスは優しく微笑んだ。

「大丈夫。すぐ戻る――」

 その言葉を最後に、領域はシリウスを包み込んで閉じられた。

 生まれた黒い球体を呆然と見つめるカムイたち。

 シリウスなら大丈夫。そんなことを思う反面、仮にも相手は元種族王。シリウスとて油断できる相手ではない。

 カムイはその場に座り込み、胡座を描いていた。

 プロキオンとカリストは、心配そうに球体を見つめる。

 その大きさは半径10メートルにも及ぶ結構な大物。その中で一体何が起こっているのか、当然カムイらには知る由もない。


 しかし、それはネオが魔導領域を発現してから2分と経たない頃だった。

「――ん……?」

 カムイが小さな声を上げた。

 それに気付き、プロキオンらも球体を見る。

 それは、徐々に大きくなる。

 明らかに聞こえてきたのだ。


――ドン、ドン、ドン…………!!


 小さな地鳴り。ビリビリと震える空気。

 後に聞こえてきた「ミシッ」という音でカムイは目を見開いた。

 見間違いではない。領域に、球体に亀裂が入ったのだ。

 「ミシッ」という音の感覚は徐々に短くなっていき、そして――


バキバキバキバキィィッ……!!!


 球体に数多の亀裂が走り、領域が決壊した。

 そこから出てきたのは、攻撃を受けて吹っ飛ばされるネオと、素手の状態でネオを殴りつけたであろうシリウスだった。

 明らかに異質な冷気を纏うシリウス。これまで見てきた氷籠手のようなものは見受けられないが、まるで『【氷纏装身(ヒョウテンソウシン)】』の状態であるかのような魔力(オーラ)が溢れ出している。

 おそらく、今のシリウスは『【氷纏装身】』状態と変わらないパフォーマンスを発揮できる。『【氷纏装身】』をせずとも、これまでと同じ状態まで意図的に持っていけるのだ。

 全身から溢れる冷気。シリウスの周囲に舞う小さな光の粒は、陽光に反射する小さな氷の結晶だ。

 その肌は白く、よく見ると薄氷がシリウスを侵食するように現れては、一定のところでパキパキと剥がれ落ち、再び凍り、を繰り返している。周囲を舞う氷の結晶は、この剥がれ落ちた部分だ。

 地面に倒れたネオを見下すシリウス。「はぁ」と呼吸を整えるように深く、白い息を吐いた。

「諦めろ、今のお前じゃ、オレには勝てねーよ」

 シリウスには、まだ『【氷纏装身】』を残している。そんなシリウスに圧倒されている現状では、もう一つ上の段階を残している彼女にはネオは勝てるはずがなかった。

「なぁ、ネオ」

 シリウスは仰向けに倒れるネオに、しゃがみ、話しかけた。

「オレがお前の死に場を探してやるから、オレに着いて来いよ。少なくとも、(ここ)じゃない」

 ネオはゆっくりと、呻き声を上げながら上体を起こした。

 もうすでに白髪は金茶髪に戻っており、金と黒のオッドアイも緑眼になっていた。

 ネオの最大の欠点。それは、魔導領域を展開した際に、必ず加熱不良(オーバーヒート)を起こすのだが、固有術式と精霊術が一体化しているために、代償として魔力が一気に枯渇してしまう点だ。

 いつかの、フリーとの戦いでは幾分か加熱不良の度合いを軽減できたが、半年近くに及ぶ牢獄生活は、彼を鈍らせた。

「生きる気力を失っていたよ。【禁忌(タブー)】を使って種族王を解体しようとした。でも無理だった。フリーにはこてんぱんにされるし、肝心の【禁忌】は君にあっけなくやられた。僕の野望は、潰えた」

 ネオはシリウスをまっすぐ見据え、「だけど」と続けた。

「死ぬ気も失せた。――強い戦力が欲しかったよね、君の足元にも及ばないけど、僕でよければ力になるよ」

 その言葉に、シリウスは獰猛な笑みを浮かべた。

「決まりだな。改めてよろしく、ネオ」

 2人は固い握手を交わした。

「――で、色々訊きたいと言ったね。大方、禁忌についてだろう。【道化(ジョーカー)】についての情報…………シェアト嬢との関係、とか?」

「……なんだと!?」

 ネオの言葉に目を見開くシリウス。

「知ってるのか、シェアトの呪い!?」

「いや、細かくは知らない。でもまぁ、門番たちが話をしているからね、嫌でも耳に入ってくる。しかも種族王直属の護衛隊だ。並の情報よりも濃いものが得られる」

 ビンゴ。正直及第点に近い結果ではあったが、やはりネオは禁忌にある程度精通していた。

 シリウスはネオの肩をトントンと叩くと、歩き出した。

「お前が仲間で良かったよ」

「……………………あっ、おい! 話、聞かなくていいの!?」

 言われたシリウスは立ち止まり、プロキオンと、彼と手を繋ぐカリストを指差した。

「【道化(ジョーカー)】にやられた。なんとかしたい。協力してくれ」

 そんなことか、という顔をしながら、ネオは答えた。

「――これはジークの推察でしかないが、【道化】が奪った術式には、【道化】自身の残機が割り振られる。殺せば、残機、もとい奪った術式を消費して自らは生き返る…………というより、“生”の続行と言った方が正しいかもしれない」

「つまり――」

「ソイツを殺すには、全ての残機を削った上で、心臓を潰すこと。ちゃんと心臓を潰さなければいけないよ。ソイツの不死は、心臓のおかげで成り立っているからね。おそらく、四肢を失っても生き続ける」

 驚いた。牢獄生活をしていたネオが、ここまでの情報を得ていたとは。まさか、城の護衛隊らは相当なおしゃべりなのだろうか。

「そんなに詳しい話、どこまで?」

「半分はジークの話。もう半分は、噂話を聞いた、僕の推察だよ」

 シリウスは舐めていた。だが、今ので確信した。

 コイツは、天才だ。

 もちろんこの理論が正しいとして、それにいち早く勘づいたジークはもっとすごい。

「【道化】は今どこにいるんだ?」

 ダメ元で聞いてみたが、思わぬ答えが返ってきた。

「今は、エデン帝国の牢獄で厳重に監視されているらしい」

「――そうか」

「それで? まさか、帝国に行って【道化】を倒そうとでも言うのかい?」

「いいや、少し時間がありそうだし、ネオ、お前に付き合ってもらいたい」

 エデン帝国と聞いて、少し安心した。

 帝国といえば、種族王四強の一柱、人間王エデンが治める国だ。

 エデンとは大して話をしたことは無いのだが、シリウスはエデンを信用している。

「付き合う、ね……。 どこで何をするんだい?」

 訊かれたシリウスは、拳を握り、ネオに突き出した。

「“不可侵入区域”で、オレの新技を完成させる」

「………………は!?」

ステータス

〈シリウス・ブラウ〉

・窮極魔法【氷】


〈カムイ・グレン〉

・unknown


〈プロキオン=ブラウ〉

・empty


〈カリスト〉

・empty


〈ネオ・ファルシュ〉

・窮極魔法【霊】

装備品:魔鉾ディオデント(二俣鉾)


〈ネレイス・ヴァールハイト〉

・窮極魔法【空】


〈ティラユール〉

・究極魔法【銃】

・精霊術【分身】

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