26 束の間の平穏
カリストの固有術式を取り戻すため、種族王の高みを目指すため、シリウスは仲間集めの旅を続ける。新月まで残りわずか。そんな彼女が目指す先は、精霊の国。仲間集めに関して当てがあると言うが、その真意は――
冒頭はジークの旅行から始まります。
魔導大国、エデン帝国。その名の通り、魔導学において高度な技術と歴史を持っている国だ。
帝国と呼べる国はいくつかあるが、大抵“帝国”といえばこの国を指す。それほどまでに強大な力を持っている。
そんな帝国を最強たらしめるのが、帝国唯一の軍事力、『帝国魔導聖騎士団』である。国内では王城に次いで、その施設を知らない者はいないと言われる。
帝国魔導聖騎士団はいくつかの隊に分かれているが、特に強力なのが、団長である【琴座】のヴェガ=リラを筆頭とする、各隊長のみで構成された特級部隊『十二星隊』だ。
そんな軍事力と、広大な領地を所有しているのが、帝国の皇帝であり、種族王の一人、人間王エデンである。
彼の信条は、『君臨すれども統治せず』であり、国の政治は部下に任せている。彼はあくまでも、国の信仰の対象なのだ。
彼こそ、現世に存在し得る神なのだ。
そんなエデン皇帝との近況報告をしに、観光に訪れていたのは、魔人王ジーク。彼は種族王で唯一部下を持たず、種族王間の情報共有にも自らの足でその地に訪れなければならない。ほぼ一年中それを続けてはや千数年。今や、旅行と称して観光がてら世界中を回っている。
そして今回も、2泊3日の帝国旅。
―― のはずだった。
それは彼が帝国に訪れた、まさかの初日の出来事。
突如大きな爆発音が聞こえ、軽く地震が起こったのだ。
街の人々の悲鳴で昼寝から目覚めたジークは、帝国内にある自身の別荘の窓を開け、外の様子を見た。
大きく立ち昇る土煙。逃げ惑う人々。
彼らの行く先から逆に視線を辿っていき、土煙が立ち上る方と結びつける。
この騒ぎの元凶を突き止めた。
ローブマントのフードを被る。端麗な顔は骸骨へと変わり、歪な魔導杖を片手に窓から飛び出した。
南壁が大破。人々が逃げ惑う中、壁のてっぺんに立つ一つの人影。
右目の部分だけが欠けて素顔が露わとなっている、“欠けた道化の仮面の男”。
「実験と行こうかぁ」
影から魔族の核を取り出すと、辺りにばら撒いた。
「まずは――」
影に潜ると、一人の市民の影から現れ、術式を発現する。
『“解放”』
「ひっ、だ、誰かぁ! 助けてくれぇぇ!!」
「――殺れ」
現れた魔族が、市民を消し飛ばそうとした。
人々が逃げてゆく方向。それとは真逆の方向に、黒い影が音速で翔けてゆく。
常人には見ることができないだろう。
感じるのは、微かな風と、魔力の凪。そこに音は存在しない。
誰も黒い影の正体が、魔人王だとは思うまい。
魔族の姿を視界に捉えた。同じくそこには、善良な市民の姿も。
魔族が拳を振り下ろす。当たれば一撃で、粉々に消し飛ぶ。
そこにジークが割って入った。強力な魔族の一撃を、片手で最も容易く受け止めた。
手を銃のような形にして、魔族の下腹部あたりに照準を合わせる。
ジークの碧眼は白く輝きだした。
「BANG!!」
叫ぶジーク。
文字通り、それを引き金に、指先から何かが放たれたかと思うと、一瞬にして魔族は霧散した。
一発で核を貫かれたのだ。
「はっ……!?」
“欠けた道化の仮面の男”は、目の前で起こった光景に目を疑った。
「まだまだぁ!!」
パチンと指を鳴らす。
すると、ジークの前方は愚か、視認もしていない後方、半径数キロに及ぶ範囲で、魔族の核のみに座標を絞り、爆破させる。
「ッ………! 化け物かよ!」
「アハハッ、どっちだよ」
「――まぁ、奪えば問題ない」
“欠けた道化の仮面の男”が動き出した。
戦略ゼロで、右手をまっすぐ伸ばす。
ジークの碧眼が紅く輝き出す。
(『魔帝乃右腕』。能力、「あらゆる術式の強制無効化」。『絶対系』だろうと関係なく。その上で、僕の固有術式を奪いにくる。ここで盗られれば、僕どころか、世界の負けだ……!)
それは刹那。
わずか一秒にも満たない時間。
『接続――』
「オーダー」
『擬似固有術式:原始魔法【火】――“作成”完了』
原則、固有術式は一つの魂につき一つまで。すでにジークの魂には別の固有術式が刻まれており、別の固有術式を生み出したところで、不安定な状態であるそれは、いずれ消える。
――だが、
「すぐに手放せば問題ない――プリーズ」
『接続――擬似固有術式:原始魔法【火】――“授与”』
刹那。そう、刹那であるからこそ成し得る芸当。
トンデモ理論。だがしかし、それでいい。
ジークはただ、術式の可能性を信じている。
――できると思えば何だってできる。なぜなら、固有術式とは自分だけのものなのだから!
固有術式ならくれてやる。だが、“どれ”を奪われるかは、こちらが選ばせてもらう!
『“盗奪”』
有無を言わさぬ魂への干渉。ひしひしとジークは感じていた。
その魂に付着しているジーク自身の固有術式に魔の手が迫る。
しかし、それを阻むように、その周囲で彷徨っていたモノに当たる。
可笑しいほどに勘違いしてくれたその手は、嬉々としてそれを握りしめ、去っていった。
ニヤリとジークは嗤う。
「計画通りさ。術式展開!!」
「なん、だと……!?」
「BOMB!!」
ジークが叫ぶと、“欠けた道化の仮面の男”の胸元が光り出した。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
眩い閃光。飛び散る肉片。宙を舞う、欠けた道化の仮面。ジークの術式によって、“欠けた道化の仮面の男”は爆発したのだ。
あたりに散らばった肉片の一つを拾い上げるジーク。
「『心臓を持つ者は、それが潰されない限り絶命しない』か……」
ジークは拾った肉片とは別の肉片を見つめた。
手に持っていた肉片がそれに引き寄せられる。
彼が持っていたものだけじゃない。周囲に飛び散った、大小様々なそれらが、一つになっていく。
呆けた顔でその様子を見ているジーク。
はっと我に帰り、長いため息をした後、杖をコツンと突く。
「さて、準備運動といこうか」
再び彼は目覚める。そばに落ちていた道化の仮面を手に取り、身につける。
「殺ス!!」
「おいおい、ムキになる――」
『【斬】』
「ッ……!?」
――プロキオン……?
『“絶対防御”』
“欠けた道化の仮面の男”の繰り出した斬撃は、咄嗟に生み出したジークの防殻に阻まれた。
「灰蒼髪の少年と会ったのかい?」
「はぁ? 雑魚の顔なんかいちいち覚えてねーよ」
「――そうか。あぁ、そうかい。いや、ごめん。 …………充分だよ」
ジークの目つきが変わった。
悍ましいほどの魔力が溢れ出す。流石の“欠けた道化の仮面の男”もたじろいだ。
「お遊びは、止めだ…………!」
パチンと、一際大きく指を鳴らす。
『魔導領域【世界樹】』
辺りは白く飛び、まっさらな草原へと変わる。そして、“両者の背後にたった一つだけの大樹が伸びた”。
「残念だよ」
「何をぅぶ――」
プチっと、“欠けた道化の仮面の男”は潰れた。
しかしそれも束の間。心臓が持つ能力で、奪った術式一つを生贄に、蘇生した。
「正直なところ、僕はね――」
「ビャッ…………」
無慈悲の裁断。今度は微塵切りにされる。
そして再び蘇る。
「この“ジーク”は、世界のどこかで誰が死のうと――」
「うあぁぁぁぁぁぁ!! 熱イ! 痛イ、痛……イ――」
丸焼き。
「微塵も……!」
「あぅっ………」
蜂の巣に、
「興味は……!」
「っ…………」
ぐちゃぐちゃに捻り潰し、
「無いんだよ!!」
「…………」
下顎ごと、頸椎を吹き飛ばす。
「だけど――」
その場に倒れた“欠けた道化の仮面の男”の右肩を踏みつけ、腕を持つ。
やがて生き返り、意識を取り戻した瞬間、ジークは圧倒的な力で引っ張った。
「あぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「僕の友達に手を出す奴は、誰だろうと許さない……!!」
ゴキゴキと音を立てて、肩の関節が外れる。
抵抗力が一気になくなったところで、より一層強く引っ張った。
「ガァァァァァァァァァ!!」
――なんだ!? なにが起こってるんだ!?
痛みに悶えながら、“欠けた道化の仮面の男”は混乱していた。
――術式が使えない!? 右腕が、機能しない! 何故だ!?
「僕の領域は、僕以外の術式の使用を強制的に制限する。それは君の右腕とて同じだよ」
ジークの魔導領域【世界樹】は、あらゆる状況下において、ジークの術式を絶対優先する。究極魔法以下の者は愚か、同格の『窮極魔法』を持つ者でもその効果は適用される。
さらに、一度発現された領域内において、別の魔導領域による上書きも不可能。
では領域が閉じ切る前にやれば良いのか。
否。それは不可能だ。
ジークの領域は術式発現直後に“現れる”形で広がる。まさに、無から有が生まれるが如く展開される領域は、端から対抗手段など無いのだ。
ブチブチと肉が千切れる音。
鮮血を吹き上げ、右腕が宙を舞った。
「ーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」
未だかつて無い激痛に、“欠けた道化の仮面の男”は背中を反らしながら声にならない叫びを上げた。
手を前に差し出すジーク。そのまま何かを掴むように指を曲げると、それに連動して男の首が締まる。
「ゴッ、か…………あ、ぁ……」
ゆっくりと上にあげると、男の体が浮き上がった。
「――さて、どうしてくれようか、クソ野郎」
「カっ、あ、た、すけ……」
「“助けて”……? 笑わせるな。お前が今まで何をしてきたか、分からないのか?」
言いながら、ジークは手を緩めた。
「クハァッ……! ゲホッ、ゴホッ! ……ハァ、ハァ、ハァッ………」
「あと何回殺せば心臓に届く?」
問いかけるジーク。これはテストだ。“欠けた道化の仮面の男”自身が、『魔帝シリーズ』の能力詳細をどこまで把握しているのか。
「心臓……? 何のことだ……」
「…………いや、こっちの話だ」
(――心臓のことを知らない……? いや、知る由も無いんだ。つまり、“勝者の特権”で得た部位……!)
本で読んだことがある。『魔帝シリーズ』の中でも心臓に当たる『魔帝乃魔核』は、所持しているか否か、能力の詳細さえも知り得ないことがほとんど。
「唯一の救いは、生命のストックが本体の中でのみ存在するってとこかな」
「は? なにヲッ……」
一瞬にして“欠けた道化の仮面の男”の首を刎ね飛ばすジーク。
黒い霧が男の首から出ると、頭が元通りとなり、再び蘇る。
「僕だけじゃない。これまで幾度となく殺してきたはずだ。あと、何回……」
「――ガフッ…………」
吐血。気がつけば、“欠けた道化の仮面の男”の内臓が吹っ飛び、かろうじて背骨と脊椎だけで下半身と繋がっていた。
しかしそれでも心臓には届かず、失った血肉全てが元通り。男は再び立ち上がった。
「――どうすれば…………」
その瞬間、辺り一体が元の景色に戻る。
僅かにジークの表情が渋くなる。
「時間切れか……」
ジークの魔導領域は、強力な反面、他の領域ではあまり見られない、時限式となっている。これまでの年月で幾分か展開時間は伸びているが、それでもまだ物足りないと思うこの頃。
ジークが唯一の難点としているものだ。
「ッ……!」
ふと、“欠けた道化の仮面の男”の方を見た。
ジークに背を向け、一目散に走り出している。
「――ハァ、ハァ、ハァ………ッ、クソッ!!」
(不味い……!)
杖を強く握り、怒りにも似た形相で地面を蹴った。
(クソッ、クソッ!! あんなバケモン相手にしてちゃ、命が保たない……! 逃げ切ってやる! ……そうだ、影に潜って――)
「ウッ……!?」
眩い光。陽光が、“欠けた道化の仮面の男”の周囲で、反射に反射を繰り返し、影の「か」の字も残さない。
「逃がさない!」
「ふざけ……!!」
影には潜れないと判断し、再びジークに背を向ける。
間髪入れず、ジークが術式を発現した。
「カッ――」
眉間を貫かれ、一瞬で絶命。その場に倒れ込む。
だが、まるでつまづいて転んだかのように立ち上がると、またふらふらと走り出す。
「なかなかしぶとい……おっ……?」
「どうした……!? 追うのをやめるのか? まぁ良い、このまま逃げ切ってや――」
ドンッと、“欠けた道化の仮面の男”は何かにぶつかった。
「クソ……じゃますん…………な…………!?」
悪寒。背筋が凍りつくような、厳かな殺気が“欠けた道化の仮面の男”を襲う。
全身華美な装飾品に身を包んだ、神々しく猛々しい魔力を放つ人物。
神と見紛うほどのそれ。
――彼が来た。
「我が民に無い顔だな」
「ヒッ…………」
感情とは裏腹に、本能が、危険信号に反応するままに魔力を動かした。
『【斬】』
が、瞬きのうちに放たれた斬撃を物ともせず、彼は右手で口元を隠す。
『頭が高い』
「ッッッーーーーー!!?」
“欠けた道化の仮面の男”の意識も本能すらも及ばない場所で、体が勝手に動き、地に伏し、首を垂れていた。
「魔人王、この童は余に任せておけ」
「……わ、分かったよ」
【現神】クヌム・ゲブ・シュー=エデン。魔導大国、エデン帝国の皇帝であり、種族王四強の一柱、人間王。
「く、お、ぉ、ぉ、ぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「………!! 貴様、我が“命令”を破るか……!」
“欠けた道化の仮面の男”がエデンの“命令”なる術式を破ろうと、気合とパワーだけで立ち上がる。自ずと、男の魔力がどんどん増幅していくのを感じる。
「奪ってやる、全部……!!」
右手を伸ばして、エデンに触れようと迫る。その様子に、ジークが叫んだ。
「エデン! その右手は――」
『“盗奪”』
低く構えるエデン。
『“神成”――』
“欠けた道化の仮面の男”の右手が触れる寸前、眩い光と強い衝撃波が生まれた。
「――クッ……!!」
『【全能雷神―ゼウス―】』
エデンの神々しい魔力がより強く、雄々しく輝き出す。それは神と見紛うほどに。
その様子を見ていたジークは、呆れたように呟いた。
「…………あーあ、もう知らねー」
「黙って見ておくが良い!!!!!」
叫ぶと、エデンは“欠けた道化の仮面の男”の顔面を鷲掴みにする。
「ちょ、僕が逃げてから……!!」
ジークが焦燥混じる声で叫ぶ。と、同時に術式を展開する。
『“絶対防御”』
防殻を展開した瞬間、“欠けた道化の仮面の男”の四肢が撥ね飛んだ。
「ヴヴゥゥゥゥ…………!!!!」
激痛に悶える“欠けた道化の仮面の男”。
『“雷霆槍”』
顔面を鷲掴みにしたまま、エデンの周囲に雷の槍が無数に顕現。
「――ガッ…………」
瞬きのうちに、全ての槍に灼き貫かれた。
ジークも圧巻の攻撃。初手の見えない斬撃によって男の四肢を撥ねたそれは、流れ弾ならぬ流れ斬撃となり、ジークの“絶対防御”をも破壊してしまった。
「あっ…………ぶね…………!」
恐るべし“神”の一撃。
それより驚いたのは――
「再生速度が、遅い……!?」
“欠けた道化の仮面の男”が蘇生するまでの時間が、これまでで一番長い。一体、何が……。
あり得ない。あり得ないのだが、エデンのことだ。認めざるを得ない――
「オーバーキル、だと……!」
生命への過剰干渉。通称“オーバーキル”と呼ばれるこの現象。実際にはあり得ない。命は一つの個体につき、一つしかないのだから。
ではなぜ“オーバーキル”という概念があるのか。その理由は簡単だ。“欠けた道化の仮面の男”のような事例があるからだ。
戦慄と高揚に笑みを浮かべるジーク。彼は呟いた。
「人間王エデン。なかなかどうして…………天敵……!!」
一度に複数の残機を削ることができるエデンは、“欠けた道化の仮面の男”からすればまさに天敵と呼べるだろう。
黒い霧に包まれ、“欠けた道化の仮面の男”はゆっくりと立ち上がる。
魂にまで刻まれたであろう、人間王に対する恐怖。
意識を取り戻し、エデンを見た瞬間、戦慄の表情を見せた。
「バッ…………バケモノ、がぁぁぁぁ!!!」
辺りに無数の魔法陣が展開。
その様子に、エデンは愚か、ジークでさえも目を見張った。
「異なる術式の、同時展開……!?」
「――ほう?」
『術式展開――究極魔法【斬】:“無限切断”』
『術式展開――原初魔法【火】:“超新星”』
『術式展開――究極魔法【水】:“鉄砲水”』
――その術式の殆どが強力な上級術式だ。
「魔人王、少し下がっていろ」
「りょーかい」
『“装神”――解除』
纏っていた“神”を解除し、次いで別の術式を構築する。その速度は、ジークも驚くべきものだ。
(――速い……!! 流石は四強ナンバーツー!)
“欠けた道化の仮面の男”にも負けず劣らずの数の魔法陣を展開。さらに、展開までの数秒の差をモノともしない構築速度で、“欠けた道化の仮面の男”が術式を発現するのとほぼ同時に、エデンも術式を発現させた。
『術式展開――窮極魔法【神】:“宇宙崩壊の大戦争”』
大規模な術式の衝突。辺りに魔力の凪が次々と発生する。
「クッ…………!」
たじろぐ“欠けた道化の仮面の男”。
しかし、一方でエデンは違和感を覚えていた。
「フム、あの斬撃は厄介だ」
プロキオンから奪った固有術式『究極魔法【斬】』。
「彼を鍛えた僕の責任でもあるよ。実戦経験をもう少し積ませておけば、今頃奴には……」
「構わん。少し厄介なだけだ。致命的な敗因にもならん」
エデンは自ら発現した術式そっちのけで、“欠けた道化の仮面の男”との距離を詰めた。
術式の座標固定と自動持続発現。まさに神業。
『“神成”』
再び“神”を纏う術式を展開する。
『【武極軍神―アレス―】』
猛々しい魔力が溢れ出す。
“欠けた道化の仮面の男”の懐に一撃を叩き込んだ。
「グッハ…………!!」
体が宙に浮いた。さまざまな武術で用いられる技術、発勁を用いたものだ。
重い。そう表現するのが最も正しいだろう。たとえどんなに強い体幹を持っているとしても、エデンの体術を前に、まともに立っていられる者は少ない。
重さを芯に残しながら、力を対象に伝える。エデンの真の実力は、近接線にこそある。
やがて全ての術式を押し切ったエデンの術式は役目を終えて消えた。
それと同時に、エデンの魔力量が跳ね上がる。
大規模な術式の解除。それによる、術者への余剰魔力の還元。視覚的に魔力が増えたように見えるのだ。
肉弾戦へシフトしているエデンにとって、この魔力還元は、攻撃に使用する魔力のキャパが増えたも同然。
より攻撃は、強力かつ苛烈になっていく。
緩急のあるコンボからの、胸部への強烈な一撃。
吹っ飛ばされた“欠けた道化の仮面の男”。それに追いつくエデンは、男の上にいた。
両足で思い切り踏みつけ、地面に叩きつける。そのあまりの威力に、地面が大きく凹んでしまう。
「昼寝にはまだ早いぞ……?」
言いながら、髪を鷲掴みにして無理やり立ち上がらせると、天に向けて膝蹴りを放つ。
『“神成”:【天空翔神―ウラノス―】』
【武極軍神―アレス―】を解除し、別の“神”を纏う。
高くぶっ飛ばされた“欠けた道化の仮面の男”目掛け、飛び上がった。
一方の“欠けた道化の仮面の男”は反撃の素振りを見せるが、
『“抜剣”――』
『“神成”:【武極軍神―アレス―】』
再び近接特化の“神”を纏うエデンは、指を組み、地面目掛けて“欠けた道化の仮面の男”を叩きつけた。
急降下していく“欠けた道化の仮面の男”を、同じくエデンが追う。
“欠けた道化の仮面の男”が地面に到達するよりも速く、エデンは男に追いつくと、右手で右腕を取り、関節を極め、左手は男の後頭部を押さえる。
「――お、おい……! 何をする気だ……?! ッ、放せ!! や、やめろ! はな、せぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
“欠けた道化の仮面の男”は戦慄と懇願の叫びをあげるも、ニヤリと、エデンは獰猛な笑みを浮かべる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
高度およそ130メートルからの自由落下。
身体の自由を制限された“欠けた道化の仮面の男”は、顔面から諸に地面に激突。事前に魔力によって身体強度を強化していたおかげで頭が潰れることはなかったが、欠けた道化の仮面は粉々に割れてしまった。
また、エデンが後頭部を押さえつけており、強度強化していたこともかえって悪影響したのか、脳に強い振動が加わり、男は意識を失ってしまった。
「――驚いたよ。君がここまで動けるなんて」
エデンのもとにジークが歩み寄りながら言った。エデンとはかなり前から面識があったが、彼がここまで機敏な動きを見せることは滅多に無かった。
「此奴は我が国で厳重に監視する」
「あぁ、頼んだよ」
さて、と服の埃を払うエデン。数刻考えた後、ジークの方を向き、口を開く。
「しかし災難であったな。今日はこのまま休むといい。会談は、明日に延期しよう」
「うん――」
ジークも何か考えているようだが、それを切り捨てるように表情を少し明るめた。
「分かった」
かくして、エデン帝国に訪れた厄災は、2人の種族王によって鎮圧されたのであった。
◇◇◇
極東連合国国境付近の小さな町。小さな喫茶店で、【白銀の狩人】は急遽発行されたという夕刊を読んでいた。
ポキポキと指の骨が鳴る。
その一面には、例の“欠けた道化の仮面の男”と、大きな赤字が印刷されていた。
「識別名、【道化】……。フッ、フフフ、アッハハハハハ!!」
周囲の視線を集めまくる彼女の笑い声に、プロキオンは首を傾げた。
「何が面白いの?」
彼の問いかけに、ひとしきり笑い終えた“白銀”は答えた。
「これ、単純にも程があるでしょ。君の術式を奪った奴が、正式に禁忌として認められて、識別名が決定したの。それが『【道化】』」
「ジョーカー…………」
禁忌識別名【道化】。世界各地で相次ぐ連続殺人。さらに固有術式そのものに干渉する、禁忌相当の術式使い。
識別名が決定した時期は、“白銀”の予想通り。
唯一、誤算があるとすれば、当の【道化】本人は、エデン帝国の監視下にあるということ。
皇帝の実力はよく知っている。しかし、だからといって何も起こらないという確証は無い。
「ま、大丈夫でしょ、人狼王なら」
「シリウスが……?」
「まぁね、勘だよ、勘」
「…………そっか」
“白銀”は立ち上がる。それに釣られるように、プロキオンも立ち上がった。
「さぁ、新月まで一週間を切ったよ。このままじゃ、遅れて人狼王に怒られちゃう」
「う、うん、そうだね!」
2人は喫茶店を後にした。
◇◇◇
“欠けた道化の仮面の男”。それが禁忌指定され、識別名が決定したニュースは、人狼王の耳にも届いていた。
情報元はカムイだ。どこから拾ってきたのか、夕刊を読んでいた。
「【道化】、ねぇ。実にシンプルだな」
「そーだな」
「……おいおい、興味なしか? 一応、カリストにも関わるニュースだぞ?」
カムイが言うも、シリウスは歩みを止めることなく返す。
「決まったのは名前だけ。オレが知りたいのは術式の方だ」
あくまで、“それらしい”呼び名が決まっただけのことで、その【道化】なる者がどのような術式を使うか、どのような経緯をもって現在に至るかは一つも書かれていなかった。これではカリストの術式を取り戻すには手掛かりにもならない。
「しかしなぁ、【禁忌狩り】でもない以上、詳しいことは知りかねるし、あの人たち、情報を公開したいのか秘密にしたいのか、よく分かんねぇからなぁ」
項垂れるカムイ。
だが、それは杞憂だというように笑みを浮かべるシリウス。
「オレたちが無理に調査をする必要はない」
「じ、じゃあどうすんだよ?」
「だから精霊の国に行くんだよ」
「…………意味がわかんねぇぞ?」
「いるんだよ、なぜか禁忌に詳しい奴が――」
「……はぁ…………」
――新月まで、残り5日。
ステータス
〈ジーク〉
・魔導領域【世界樹】
〈クヌム・ゲブ・シュー=エデン〉
・窮極魔法【神】
〈【道化】〉
・“盗奪”




