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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
道化暴乱編
26/34

25 それぞれの思惑

 何者かの奇襲を受け、重傷を負ったイルズが最初に見たのは、知らない天井だった。

 一方で、“欠けた道化の仮面の男”に固有術式を奪われてしまったカリスト。そんな彼女をZ級魔族が襲いかかるも、人狼族の放浪家カムイ・グレンが突如現れ、窮地を脱する。

 カムイは、いつかの約束を果たす時だ、とシリウスらの仲間になることを宣言。新たに仲間が加わった一行は、カリストの術式を取り戻す方法を考えながら、本来の目的である精霊の国を目指すのであった。

 心地よい風が吹き、チリンチリンと風流で冷涼な音が響く。鈴のような不思議な音だ。

 その音のおかげか否か、イルズは呻き声を上げながら目を覚ました。

 己の体を見る。酷い有様だ。胸元に過剰なほど巻かれた痛々しい包帯がそれを物語っていた。

 まだ止血しきれていない。僅かに紅が滲んでいた。

 少しでも身を捻ろうものなら、ズキンと痛みが走る。

 ふらり、と視界が揺らめいた。そして彼の中に流れる血が少ないことに気がついた。

「――クソッ……!」

 悔しさと、弱き己の情けなさに顔を歪める。

 ところで――

「…………どこだ、ここ?」

 辺りを見回す。

 開け放たれた観音開きの窓。風が吹き込み、はためくカーテン。そこにぶら下がっていたのは、不思議な硝子細工。

 海月(クラゲ)のようなそれは、風が吹くと、チリンチリンと優しい音を奏でる。

 初めて見るものなのに、その音はどこか懐かしさを感じる。

 こんなものがこの世界にあるのか、と呆けながら見つめていると、何者かが部屋に入ってきた。

「ん、起きた?」

 美しい黒髪の女性だ。長い髪は三つ編みのポニーテールにされている。

 サンの人々は黒髪黒眼が多い。最も神秘的な人種と言われるほど、サンの人々は世界的に見ても珍しい。彼女もそれを持つということは、サンの生まれであるということだろう。

 しかし、何なのだろうか、この違和感は。

 彼女を見ていると、まるで自分が生きる世界とは別の世界にいるような気がするのだ。

 窓にぶら下がる硝子細工もそう思わせるものの一つだ。

「一日もしなかったよ、君が寝てた時間。流石は【禁忌狩り】。レベリアちゃんの言ってた通りだ」

「……“レベリア”だと?」

 彼女の口から出た名には覚えがあった。

「あ、やっぱり知ってるんだ? レベリアちゃんのこと」

 彼女が訊くと、イルズは食い気味に話した。

「知らないわけがないだろう? 【禁忌狩り】ランキング3位、【(はがね)魔導師(まどうし)】レベリア・イアン」

「そっか、やっぱり有名なんだね」

 その女性は、イルズのベッドの横に置いてあった椅子に座ると、綿紗(ガーゼ)を液体に浸し、濡れたそれをイルズの患部に押し当てた。

「っ、いででででで!!」

「あぁ! 動かないでよ……!」

 ドクンドクンと傷が疼く。

 包帯に滲んでいた血は、イルズの中に戻り、傷口は綺麗に塞がった。

「はい、完治」

「…………マジか」

 痛みはすっかりなくなっていた。

「ホントにすごいね。大事なところ、全部避けて肉だけに刺さってた。こんなことってあるんだね」

「そうか。間に合ってよかった」

「――なにが?」

「いや、こっちの話だ」

「……そう」

 立ち上がる女性。

「イルズさん、だっけ? もう動けると思うから、あとは自由にしてってね」

「あぁ、助かった」

 それだけ言葉を交わすと、女性は部屋のドアを閉めようとした。

「――アンタ、名前は?」

 思い出したようにイルズが問いかける。

 その声に動きを止めた女性は、イルズの方に振り向き、微笑んだ。

神凪(カンナ)御剣神凪(カンナ・ミツルギ)。みんなは【勇者】って呼ぶけど、大したことないから、気にしないで」

「【勇者】…………」

 それより気になるのは――

苗字(ラストネーム)だと? どこの令嬢だ?」

 イルズは問いかける。

 普通、サンの人々は苗字を持たない。ただし、ある一定階級よりも上の人は苗字を持つ。俗に言う貴族というやつだ。

「よく言われるよ。別にそんなのじゃないから。本当に」

「“ミツルギ”なんて聞いたこともない名だ」

「あたしだって知らないよ」

「…………そうか」


 すっかり動けるようになった。見事なまでに完治だ。

 どうやらイルズがいた部屋はその建物の二階だったようだ。下階に降り、廊下を歩いていると、程なくして向かいから人影がこちらに向かってきた。

 口元を厚手のマフラーで隠し、全身を黒装束に包んだ……女性?

「……!」

 その人物はイルズと目が合うや否や、頬を赤らめた。

「……………っ」

 無口な人だ。

 しばらく無言が続いたかと思うと、そそくさとイルズの横を通り過ぎていった

 何だったんだ? と眉を顰めるイルズ。

 目の前には開けっぱなしのドアが。

 まるで書庫のように周囲を囲む本棚。そこにあるものはただの書物ではなく、様々な書類がファイリングされたものだ。

 部屋のほとんどを本棚が占めるせいで小ぢんまりとした部屋で、カンナ・ミツルギは書類をまとめていた。

「おい、今の女――」

 部屋の出入り口で寄りかかり、腕を組むイルズ。

 問われたカンナは答えた。

「あぁ、彼女はキヌ。君の傷を縫ってくれたのはあの子だよ」

「そうなのか? しまったな、礼を言いそびれた」

「気にしないで、元気な君と話せるだけで嬉しいだろうから」

 ――アレが会話だというのか?

「彼女は組織(ウチ)の調査隊長兼医療兼拷問担当なの」

「へぇ、通りであの身な、……? 拷問って――」

 聞き間違いだろうか……?

「君ならすぐ仲良くなれるよ。レベリアちゃんもそうだけど、【禁忌狩り】の人たちとは仲良くしたいから、これからもよろしくね、イルズくん」

「仲良く? どういうことだ? ――で、拷問って今……」

 突然カンナは分厚い書類の束をローテーブルに放り投げた。

「君が政府から調査依頼が出てる、“【人喰い】の陌鬼”の憑代の少年の調査」

「これは……!」

「関係者なんだ、今、ウチで独自に調査をしてる組織のね」

「……そーいうことねぇ」

「レベリアちゃんは、あたしたちがいつもお世話になってる【禁忌狩り】なの。調査対象が禁忌と絡むことがあったら、彼女の力を借りてるってわけ」

「つまり、アンタらが追ってる組織を調べていた結果、今回俺が政府から出された調査対象にビンゴしたってわけだ」

「その通り」

 【禁忌狩り】レベリア・イアンは現在、キヌが率いる調査隊と共に、カンナらが追っている組織の調査を進めている。

「そこで、君には情報提供をしてもらいたい。政府に報告するものよりも、詳しく、ね」

 ニヤリと笑うカンナ。

 察したイルズもまた、興味を表に出した。

「――あぁ、良いぜ。俺ぁ、そういうの嫌いじゃ無いからな」

「あたしも、君みたいなヒト、嫌いじゃないよ。フフッ、なんだか昔の親友を思い出すね」

「……親友?」

 イルズが訊くと、カンナの表情は少し暗んだ。

「…………ううん、気にしないで」

「――そうかい」


◇◇◇


 “欠けた道化の仮面の男”の来襲。奴の謎の能力によって、シリウスの仲間であるカリストは固有術式を奪われ、使用不可能となってしまった。

 “欠けた道化の仮面の男”は満足げにその場を去り、置き土産にZ級魔族を召喚した。

 しかし、そこに駆けつけた赤髪の人狼族、カムイ・グレンによって、最悪の事態は免れる。

 そしてカムイは、いつかの約束――シリウスが人狼王になったら仲間になることを果たしたのだった。


 シリウスらは、次の新月までにキノエの森に向かわなければならない。

 新しく仲間に加わったカムイが先導し、一同は極東連合国、シンの郊外を西進していた。

 カリストは能力が奪われた影響で、影に潜ることができない。

 シリウスがカリストの手を握り、歩くという、珍しい画が出来上がっていた。

 ある時、シリウスの右手から小さな手が離れた。

 シリウスは歩みを止め、後ろを振り向く。

 そこには、肩で息をしながらへたり込むカリストの姿があった。

「――大丈夫か?」

 シリウスがしゃがみ、カリストの肩に触れる。

 突然分裂変異体。カリストはそう呼ばれる特異種である。

 本来体は一つで生まれてくるはずが、二つに分かれて生まれてきた。

 二つに分かれたそれは、顔や身長は全く同じでも、性格や身体能力には大きな差ができていた。

 シリウスの左手を握っていたのは、双子として生きているカリストの妹の方だ。

 妹のカリストは、生まれつき固有術式が使えない。内気で、普段は相方の影に潜んでいる。

 一方で、姉のカリストは固有術式を使うことができた。その名は『究極魔法【(エイ)】』。影を操り、潜ることだってお手のもの。

 しかし、姉のカリストは固有術式が使える代わりに、体力(スタミナ)が無い。身体能力こそ獣竜族であるが故に人間より多少はマシだが、それも雀の涙、どんぐりの背比べだ。

 妹は固有術式が使えない代わりに、体力は、幼体ながらにして成体の獣竜族と並ぶか、それ以上。身体能力も非常に高く、戦闘の際は彼女が外に、姉が影に潜み戦うのだ。

 固有術式が使えなくなった今、カリストは影に潜ることができず、こうして外に常時出ている状態でいなければならない。

 予想するまでもなく、先に音をあげたのは姉のカリストだった。

「ごめん。わたしのせいで、しんげつにおくれちゃう……」

「気にすんなって言ってるだろ? 少しくらい遅れたって、事情を話せばネレイスさんも分かってくれる」

「でも――」

「まぁ聞け、カリスト」

「わっ……!」

 カリストの首根っこを掴み、高く、軽々と投げるカムイ。

 ぼすっ、とカリストはカムイのリュックの上に落ちた。

「俺たちが大丈夫つってんだ。お前は黙って休め。苦手や不得意を克服しようとすることと、無理をするのは、全然違うぞ?」

「――オレが絶対に、カリストの能力を取り戻す。だから、今はゆっくり休みなよ」

「……うん」


 夜、火の番をするカムイを他所に、シリウスは一人、何やら没頭していた。

 その様子を、カムイは見ていた。

 あまりにも無駄の多い魔力出力。まるで素人のようだ。

 というのは素人の感想である。

「“反転”ってやつか?」

「その通り」

 シリウスがひたすらに取り組んでいたのは、術式の反転。その名も、『反転術式』である。

 反転された術式は、“正転”と呼ぶ、通常の術式とは真逆の効果を得ることができる。

「攻撃は、魔力の発散。その反転なら、縮もうとする、収束になるはず。それを、“発散”する実験」

「ふーん、やべぇな」

 反転術式は通常よりも多くの魔力を消費する。慣れないのに長時間の使用は、すぐに魔力が枯渇し、活動不能に陥る。

 やり始めてから10分と経たず、シリウスは仰向けに倒れた。

「ウップ……危ねぇ…………」

 口元を押さえるシリウス。

 まるで乗り物酔いでもしたかのような症状。軽く目眩がし、吐き気がする。

「――おいおい、気をつけろよ?」

「……でも、カリストの気持ちもわかるよ。オレは今、カリストの分まで頑張ろうとしてる」

 言いながら、右手を天に向ける。その手には冷気が纏われており、この期に及んで魔力を練ることをやめていない。

 そんなシリウスの様子にため息をつきながらカムイは言った。

「一人で背負う気か? せっかくお前の仲間になれたのに、俺は蚊帳の外かよ?」

「――え?」

 徐に立ち上がり、シリウスを見下ろした。

「種族王として、強くなりたいんだろ? 俺でよければ、いくらでも付き合ってるよ。お前は【氷】なんだろ? 俺ァな――」

 パチンと指を鳴らすカムイ。パチっと火花が散る。それに引火するように、カムイの半身は(ほのお)に包まれた。

「【(ホムラ)】だ」


 ――氷属性は火属性及び同系統の属性に弱い。


 ニヤリとシリウスは笑った。

「いいね、臨むところだ」

 先までの酔いは嘘だったかのように立ち上がり、膝に手を乗せ、上体を捻る。

 シュゥゥゥと息を吐くと、シリウスの全身は冷気に包まれた。

 対して、スゥゥゥと息を吸うと、カムイの焔はより激しく燃え上がった。

 カムイは、戦友であり、師の言葉を思い出していた。

 ――固有術式は自分だけのもの。可能性を信じろ。できると思えばなんだってできる。

「先に言っておこう、シリウス。俺の【焔】は、【水】を消し去る」

「そうだろうな」

 圧倒的超火力によって、属性の有利・不利を乗り越える。

 自身の属性へ、魔力変換率を限りなく100パーセントに近づけることで、属性の洗練度は変わる。

 術式の練度、さらに属性の練度、その両方が相手を凌駕した時、属性相性の理論は破綻する。

 静寂に包まれる。

 自然の音がよく聞こえた。夜虫の鳴き声、微かな風、(そよ)ぐ草木、パチパチと鳴る焚き火。

 パキッ!と一際大きく焚き火の木が鳴った。

 その瞬間、両者は地面を蹴りだした。

 拳と拳が衝突する。

「ッ……!?」


 その瞬間、シリウスの目の前が白飛びした。

 赤ん坊の笑い声。小さな手。それを前に差し出していた。

 それに反応して、誰かがこちらを向いた。

 狼の耳と尻尾を持つ、鍛え抜かれた肉体を持つ、人狼の男。

 赤ん坊を抱き、高く上げる。赤ん坊は嬉々として笑った。

「わかるぞ! お前は、おっきくなったら、僕を超えるくらい強くなる! お前の未来が楽しみだなぁ!」


「…………!!」

 気がつくとシリウスは仰向けに倒れていた。遅れて、顎に痛覚がやってくる。

「いてェ…………」

 体を起こすと、ポカンとした表情でカムイが立っていた。

「おいおい、ぼーっとして、どうしたよ?」

「――あぁ、悪い。少し考え事をね」

「変なタイミングで考えるなぁ……」

「そんなことより、続き、やろうぜ!」

「はぁ、しかたね――」

 言いかけた瞬間、強い風が吹き始めた。

 目も開けられないほどに吹き荒れる風。悪い視界の中、風上の方を見た。

 そこに立っていたモノに、シリウスは目を疑った。

「――マジかよ……!」

 それは、カムイが灼き尽くしたはずのZ級魔族だった。

「カムイ!」

「分かってらぁ!」

 魔族はスンスンと鼻を鳴らす。

 側で眠っていた少女に目をつけた。

「させるかよ!」

 左右の手指を三角の形にし、魔族に向ける。

『“火印(カイン)”』

 魔族の全身が燃え上がる。

 水をも消し去るカムイの焔は、あらゆるものを灼き尽くす。

『“破弾(はだん)砲撃銃(カノン)”』

 魔族の後頭部目掛け、一撃を食らわす。

 が、その手応えの悪さに、シリウスは表情を歪めた。

「かってぇ!!」

「俺の出番だな!」

我流(がりゅう)拳闘術(ケントウジュツ)・壱ノ型“烈覇(れっぱ)焱焱(えんえん)”』

 魔族の胸元に掌を押し当てる。その瞬間、極太レーザーが発射された。

 底知らずの魔力量を誇るカムイの攻撃。それを可能としているのは、呼吸によるマナと酸素の吸入と消費である。

 さらに属性相性を超越する程の火力と精度を誇るカムイの魔導技術で、元来の消費魔力量は極限にまでカットされている。

 圧倒的コスパの良さとそれに見合わないほどの超火力。それがカムイを強者たらしめているものだ。

 これでもかと言うほどレーザーを浴びせ続けたが、やがて攻撃が収まった時、魔族の表皮は僅かに溶け歪んでいただけだった。

 戦慄に口角を釣り上げるカムイ。

「冗談だろ……?」

 その瞬間、魔族の反撃を受け、カムイは吹っ飛ばされた。

「ッ、カムイ!!」

 一度受けた攻撃に対する耐性。それが、その魔族が持つ特性であった。

 発散だ。この魔族は、“発散”に対して強いのだ。シリウスはその結論に至った。

「ぶっつけ本番ってことかよ……!!」

 口角を釣り上げるシリウス。次はお前の番だとでも言うかのように、魔族は彼女を見据えた。

 ゆっくりと腕を振り上げる。知能を持たない魔力の塊が、一丁前に魔力を練っている。そんじょそこらの魔族とは格が違う。

 この一撃が戦況を一気に変える。

 ――回せ! ヘドが出ても!!

 低く構える。

 シリウスの右腕から蒸気が上がる。あまりにも下手くそな魔力の練り方。一歩間違えれば、魔力の空練りだけで加熱不良(オーバーヒート)を起こしそうだ。

「…………来いよ……!」

 言うと、その誘いに乗ってやるかのように魔族が動きだす。

 シリウスが狙っているのは、胴部の魔力が薄くなる瞬間。つまり、カウンターだ。

 ほとんど賭けの部分もある。この魔族の魔導技術がどれほどか分からないからである。

 基本的に、攻撃の際は防御が手薄になる。攻撃のために魔力のキャパを割くからだ。

 故に魔導戦において、カウンター戦法は刺さる。獣竜王直伝の戦い方だ。

 意識を右腕に割きながら、一方で魔族を見据える。魔族の攻撃のリズムとテンポに合わせ、シリウスも、攻撃の威力が最大になるとこまで魔力を練り上げる。

『“虚弾(きょだん)”』

 本来の魔力の向き――“発散”する正転の術式ではなく、“収縮”する反転の術式を発散する、あまりにも馬鹿げている攻撃。

『“砲撃銃(カノン)”』

 まさに虚無。それが今、衝突する。

 無限に縮み続ける力が、魔族の腹で生まれた。すると、魔力が唸りを上げて、魔族の腹に風穴を開けたのだ。

 我流術式とはいえ、焼き切れ寸前。恐るべし反転術式の威力。

 ――入ったッ……!!!

 高揚に白い歯を見せるシリウスだったが、その反動は思ったより大きかった。

「……ウッ…………オエェェェェェ!!」

 視界が僅かに揺らめいたかと思うと、強烈な吐き気がシリウスを襲った。

 もう同じような技はしばらく打てない。それに、核が潰れていないために、撃破できていない。このままではせっかくこじ開けた穴も無駄になってしまう。

 フラフラと立ち上がるシリウス。

 しかし、心配は無用だ言わんばかりに、僅かに風が吹いた。

 それは魔族の背後からのもので、思わずシリウスも魔族も、その方を見た。

 小さき種火はやがて大きな焔となる。

「――すげぇよ。ぶっつけ本番で、馬鹿みたいに硬い装甲に風穴ぶち開けやがった! そのガッツ、俺が無駄にはしない!」

 今まで繰り出した技は、全て魔族が持つ装甲のような表皮に妨げられたが、今は違う。

 僅かな綻びさえあれば、充分だ。

 魔族の腹に空いた穴に照準を合わせるように、手指を三角に(かたど)る。

 深く息を吸い、叫んだ。

『“火印”』

 特定の座標に引火させる程度の術式。だが、カムイが使用すればその価値は大きく変わる。

 【水】をも消す火力を誇る、カムイの『“火印”』は、骨の髄まで灼き尽くす。

「オォォォォォォォァァァァ!!!!」

 魔族の再生速度を上回る火力を放つ。より強く、カムイのもとに風が吹く。

「王手だ……!」

 魔族の体に手を触れると、炎は動きを変えてカムイの元に集まる。辺りは嘘のように静まり返る。その瞬間だった。

 一瞬にして核に数多の亀裂が走る。あとは少しの刺激を与えてやればいい。

「フッ……!!」

 ゴンっと核のある位置に一撃を加える。核は粉々に砕け散り、魔族は霧散した。

「――よしッ、討伐完了!」

「……助かったよ、カムイ」

「助かったのは俺のほうさ。お前がいなけりゃ勝てなかったよ。 …………それより、なんでアイツが、あんな魔族なんか従えてんだ?」

 そもそも魔族を従えること自体、おかしな話だ。

 魔族は魔力の塊。本能だけが原動力。そこに主従の概念は存在しない。

 そんなモノを従えることができるのは、特定の固有術式に他ならない。

「カリストの術式に、魔族を操る術式。そして、術式を奪う術式。あとは変な右腕と眼、か……」

 現在分かっているだけでも、圧倒的に手数が多い。勝算は低い。

「――でも、やるしかねぇよな」

「…………あぁ」

 カムイの言葉に、小さく返事をするシリウス。

 かくして真夜中の襲撃を退けたシリウスとカムイは、夜明けまで残りわずかな時間、交代で番をしながら眠りにつくのであった。


◇◇◇


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 プロキオンの渾身の一撃は、大岩を砕いた。

「……ハァ、ハァ、ハァ……よしっ……!」

 猛々しく、雄々しい強大な魔力(オーラ)がプロキオンを包み込む。

 ――パチパチパチ…………。

 【白銀(しろがね)狩人(かりうど)】が、その様子に拍手をする。

「――ようやくここまで来たね。コングラッチュレーション、少年」

 ニヤリ、と笑う“白銀”。

 彼がコツを掴むのには然程時間を要さなかった。

「新たなステージへようこそ」

「…………これは……!」

 湧き上がる力に目を見張るプロキオン。シリウスの『【氷纏装身(ヒョウテンソウシン)】』と近いものを感じる。

「君は今、()()()使()()()んだよ」

「魔力を、使う……?」

 プロキオンが首を傾げると、“白銀”は答えた。

「そう。君は今まで術式や魔力を、有るものだ、と勘違いしていたんだ。術式に使()()()()()()んだよ」

「それって……どういうこと?」

「ある意味で、【世界】に縛られていたってところかな。まぁ、考え方を変えろってことだね。術式や魔力ってのは、有り難いモノなんだよ」

 術式に使われる。それは、術者が未熟な場合に言われる言葉だ。

 別に、操られている、術式が暴走しているという意味ではない。少し大きな服なんかを着たときに、「服に着られている」という表現をするのと似たようなものだ。

「魔力を使う、か……」

「魔力の使い方が分かれば、術式の使い方が分かる。そうすると自ずと術式の練度は上がる。奇遇にも、君は今、固有術式が使えない。“魔力を使う”感覚を掴むには、皮肉なことに、最高に完璧な状態だね」

 プロキオンは自身の手のひらを見つめた。そして、その先にある、己の“色”を見た。

「君の場合、能力ばかりが先走って、実力が伴わないこと、あるんじゃないのかい?」

 はっとした。

 それは記憶にも新しい、“欠けた道化の仮面の男”との一戦。それはもはや、一戦と呼ぶのも烏滸(おこ)がましいほど、プロキオンの劣勢であった。

 魔人王が悪いとは言わないが、それでもいくつか、プロキオンが現在に至ったまでの中で少なからず要因はある。“白銀”はそう睨んでいる。

 魔人王(かれ)は、プロキオンをあやし、(おだ)てすぎた。

「ズバリ言おう。君はちっとも強くなんかない。術式もまともに使いこなせない、宝の持ち腐れ野郎だよ」

 プロキオンの心情は重々承知している。生まれて初めて、罵倒をまともに浴びたのだから。

 アメ役は魔人王や人狼王に任せて、“白銀”はプロキオンの(むち)となる。そう決めたのだった。

 俯くプロキオンに、“白銀”は訊く。

「さて、少年。私のことが嫌いになったかな?」

 プロキオンは強い視線を“白銀”に向けた。

「我儘は言ってられないよ」

「(あ、嫌いなんだ……) っ……そ、そうなんだ! ま、まぁ、いいや。ここからが本番。実践といこうか」

「うん!」

 プロキオンが強く頷くと、“白銀”は不思議な構えをとった。まるで戦いでも始めるかのような構えだ。

「教えてあげよう。人狼族に古くから伝わる武術を、ね」

「――人狼、伝わる……?」

「そう。『拳闘術(ケントウジュツ)』だよ」

 “白銀”は不敵な笑みを浮かべた。

ステータス

〈イルズ・ロスト〉

・No data


〈カンナ・ミツルギ(御剣神凪)〉

・No data


〈キヌ〉

・No data


〈カムイ・グレン〉

・??魔法【焔】


〈シリウス・ブラウ〉

・反転術式を応用した『“虚弾(きょだん)砲撃銃(カノン)”』


〈カリスト〉

・固有術式無し


〈プロキオン=ブラウ〉

・固有術式無し


〈【白銀の狩人】〉

・unknown

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