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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
道化暴乱編
25/34

24 怨憎会苦

 シリウス&カリストは次の新月までに精霊の国へ行くために極東連合国を西へ進んでいた。

 一方で、“【人喰い】の陌鬼(なきり)”とその憑代の少年の調査依頼を受け、冒険者ギルド、そして【禁忌狩り】が動き出す。

 シン。極東連合国で最も広大な領地、最も多い人口をもつ地域である。

 その地では古くから武術が嗜まれている武闘大国だ。

 そこに、新種族王である人狼王シリウスとその配下、カリストが訪れていた。

 南陸国(ズューデン)から北上してきたシリウスは、極東連合国のサンに上陸し、再び船に乗って西進。世界で最も大きな、北の大陸に降り立った。

 寄り道と称して立ち寄った、サンの武器屋で新たなカリストのアサシンダガーを調達。その作者であった、魔刀鍛治師センゴと合い、最凶の妖族(あやかし)、“【人喰い】の陌鬼(なきり)”の話を聞くと、その討伐を請け負うことになった。

 軽く情報収集しただけでも、陌鬼の恐ろしさをこれでもかというほど感じた。

 特に今回は陌鬼だけじゃなく、それが憑代としている人間族の少年がヤバい。

 控えめに言って、陌鬼とその憑代の相性は最高だ。

 ――なおさら仲間を集めなければ。


 シンはあくまでも通過点に過ぎない。

 武術の聖地と言われるこの地域。シリウスからすればこれほどに興味を引かれる場所はないが、今はその時ではない。

 何より、次の新月までにはキノエの森、そして精霊の国に到着しなければならない。せっかくの未踏の地であるが、ゆっくりしている場合ではないのだ。

 必要な休息を必要最低限だけ取り、一行は極東連合国の国境際、シンの郊外の村までやってきた。

 流石は極東連合国最大の地域。ここまで来るのに二日かかった。一般的に見ればとてつもなく早いが、それはシリウスが人狼族であるからこそ。

 何なら、予定では一日で走破したいところだった。

 この村を抜けると、大きな森に入る。

 シリウスたちはそこで一夜を過ごした。


 翌日。早朝に近くの川で顔を突っ込んで眠気を吹っ飛ばす。

「ぷはぁ……!!」

 朝日に照らされ、水飛沫がきらきらと光る。

 水滴を袖で拭いながら、カリストがいる方へ歩こうとした時に、シリウスは気がついた。

 カリストが明後日の方向にダガーを構えていた。

 違和感を覚えながらきょとんとしていると、影から双子の姉のカリストが現れる。

「シリウス」

 向けられた視線と声色で理解した。

 何やらただ事ではない様子。

「……あぁ…………」

 答えると、シリウスも身構える。

 双子の妹のカリストの影がどろり、と蠢く。姉のカリストが術式を発現した。

 カリストとシリウス。二人の視線の先には、横腹を抑えながらこちらに歩いてくる男の姿があった。

 奇妙な仮面で素顔は隠れているが、その仮面は右目の部分だけが欠けていた。

 服装は冒険者然としており、何か特別な身分というわけでもないようだ。

「カリスト、ちょっとストップ」

 小さく頷くカリスト。

 男に接近するシリウス。しかし、男は膝から崩れ落ちた。

「あっ……!」

 思わず男に駆け寄るシリウス。

「大丈夫か……!?」

 返事がない。ただのしかばね……ではないようだが――

 ゆっくりと手を伸ばす。

 仮面で隠れて呼吸はよく確認できない。

 脈拍を確認しようと首元に手をやろうとした。

 その時だった。

「ッ…………!!」

 シリウスの手を掴む男。

 悪寒がしたシリウスは振り払った。

「シリウス!」

「待て!」

 カリストを制する。

 よろけながら立ち上がる男。その横腹の傷は、跡形もなく癒えている。

 異様。そう表現するのが最も正確だろう。

 シリウスを見て、男は口を開いた。

「【氷】か……」

「は…………?」

「その術式(ちから)、奪う」

 刹那、右手がシリウスの眼前に迫った。

「うわっ!」

 間一髪で避けるシリウス。

 男の手は空を切り、地面に叩きつけられた瞬間大きなクレーターが出来上がった。

「いぃ!?」

 圧倒的威力を前に目を見張りながら、男の右腕を見た。

 不気味な刺青(タトゥー)。それもただの刺青ではない。

 魔剣に刻印するものと近しいものを感じる。

 つまり、刻印術式が刺青として刻印されている。

「何だあの右腕……」

 おそらく、刻印を見るに、肩まで広がっているだろう。

 相当な効果を持つに違いない。

「ぅがぁッ!!」

 男の攻撃は止まない。引っ掻くように、腕を振るった。

「クッ……!」

 見た目に反して、かなりの重量を持つ攻撃のようだ。手の軌道の、見かけの空間が歪んだ。

 まるで、かの禁忌、【禁忌(タブー)】の重力攻撃を彷彿とさせる。

「もう少し、穏便に出来ないかなぁ!?」

「ダマレ……!!」

「ちっ!」

『【氷纏装身(ヒョウテンソウシン)】』

 右腕に氷籠手を纏い、迫る拳をガードした。

 しかし、攻撃を防いだと同時に、シリウスの氷籠手は跡形もなく消え去った。

「…………は?」

 何が起こったのか、目の前で起こった出来事に言葉を失った。

(術式が、消えた……?)

「――あの右手が…………!」

 再び、今度は両手に氷籠手を纏い、完全に戦闘体制に入る。

 男の右手が迫るが、それを身体を反らして回避し、その勢いのまま回し蹴りを放つ。

 顔面にクリーンヒット。よろける男の懐に、一撃を叩き込む。

『“破弾(はだん)突撃銃(アサルト)”』

『“消術(デリート)”』

 シリウスのパンチを右手で受ける。

 魔力が凪いだ。渾身の一撃は赤子同然の威力となり、またしても氷籠手が解ける。

 その様子を見て、シリウスは理解した。

(“術式の無効化”なのか……!?)

 シリウスの眼前に、男の左手が迫る。

 並の魔力量では発現できないような術式の気配。

 しかし、その見た目とは裏腹に、大規模な術式ではないようだが、

『“盗奪(アルセーヌ)”』

 僅かな油断が、シリウスの動きを鈍らせた。

 男の手が、シリウスに触れる――

「――んぁッ!!!」

 突如としてシリウスの視界で鮮血が舞った。

 必死の形相で、カリストが男の左手をダガーで切り落としたのだ。

 じわり、と熱を感じたときには、手首から先の感覚が消え去り、代わりに激痛が走った。

「ぁがあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 地面に膝を突き、うずくまる。

 カリストは、そんな男に休む隙を与えず、地面を蹴る。

「フッ……!!」

 ダガーを逆手に持ち、男のこめかみ目掛けて突き刺した。

「ぁ――」

 確実にトドメを刺すため、剣身を根本まで深く突き刺し、グリッと捻る。

 衝撃で仮面が外れ、素顔が顕になる。

 なんて事の無い、ただの善良な、普通の少年の顔だ。ただ一つ、紅紫(マゼンタ)の左目を除けば。

 ――これが生命。事切れる時はいつだって呆気なく、儚い。それは目の前の少年とて同じである。

「……殺した、のか…………?」

 シリウスが呟く。

 肩で息をしながら、カリストは答えた。

「――たぶん」

 静寂が訪れる。

 しかし、現実はそう甘くはないということを、分からされることになる。

 少年の、切り飛んだ左手はいつの間にか消えていた。

 地に伏した少年の左手首からは黒い霧が現れていた。カリストがダガーで刺したこめかみも然り。

 シリウスたちは目を疑った。

 先が無かった左手首から、傷ひとつない手が生えた。

 骨、神経、血管、筋肉、脂肪、皮。その全てが元通りになった。

「マジか…………!?」

 こめかみの辺りを抑えながら少年が立ち上がる。

 徐に落ちている仮面を手に取る。

 嗚咽したかと思うと、口から出てきたのは漆黒の球体。

 手のひらサイズのそれは、見たこともないものだがおおよそ何なのかは予想がついた。

 見るからに、魔力の塊。

 何をする気なのか――

 少年はそれを放り投げると、指を鳴らし、それを解き放つ。

『“解放(リリース)”』

「だめ!!!」

 それに真っ先に動いたのはカリストだ。まるで、その球体が何なのか知っているようだった。

 いや、実際知っているのだろう。

 少年目掛け走り出す。短剣を構えて斬りかかろうとする。

 飛び上がり再びこめかみ目掛けて短剣を振りかざすが――

『“盗奪(アルセーヌ)”』

「ッ…………」

「グッ…………」

 手が触れるのと、短剣が刺さるのは同じタイミングだった。

 少年はまたしても生命の糸が途切れる。

 一方でカリストには目立った異変は感じられなかった。

 コツン、と黒い球体は地面に落ちる。

「何だよ、今の……?」

 シリウスは呟く。

「わからない。ぜったいころしたのに」

 カリストが言うと、倒れていた少年は呻き声を上げた。

「「ッ……!?」」

 シリウスとカリスト、両方とも同じ反応を示した。

 また、起き上がった。黒い霧は傷口を跡形もなく修復する。

 立ち上がる少年は、手を握ったり開いたりしながらシリウスらを見た。

「及第点、だ」

 それだけ言うと、しゃがみ、地面に手を触れる。

 ずぶり、と地面の中に手が入った。

「――は?」

 目の前の光景に、己の目を疑うシリウス。

「離脱するさ」

 嗤い、それだけ言い残すと、少年は自身の影に潜った。

「逃すな!」

 間髪入れず、シリウスが叫ぶ。

 ふと隣を見ると、カリストは絶望の表情で後ろを見ていた。

 何を余所見を、と声を荒げるシリウス。

「逃げられるぞ! 次こそ確実に――」

 言いかけて、違和感に気がついた。

 カリストの視線の先には、地面に膝を突き、虚ろの表情で俯くカリスト(姉)の姿があった。

「カリ、スト……?」

 妹のカリストが声を振るわせた。

 シリウスも違和感からカリストに問いかける。

「なんで…………影から出てんだよ……?」

 戦闘の際は影に潜り、妹のカリストを文字通り影から支援する姉のカリスト。

 あろうことか、その彼女が影から姿を現していた。

 辺りに嫌な静寂が流れる。

 その場にいる誰もが、現実を受け入れたくないようだった。

「――はいれない」

 カリストは小さく声を漏らした。

「……え?」

 絶望に歪んだ表情を見せ、カリストは二人の方を向いた。

「かげに、はいれない……!!」

「……な、んで……?」

 カリストの小さな体が、大きな陰りに包まれる。

「――ッ、カリスト、後ろだ!!」

 シリウスが叫ぶ。と、同時に走り出していた。

 Z級魔族。突如現れたそれは、無防備にへたり込むカリストを屠らんと拳を振り上げていた。

 シリウスは歯軋りをする。

 ――間に合わない……!!

 藁にも縋る思いで、届かぬ手を伸ばす。

 無慈悲なそれは、カリストの命を殴り飛ばそうとする。

 その時だった。

「わっ……!」

 何者かにカリストは首根っこを掴まれ、気がつけば、そのまま怪力で宙に浮いていた。

「――オラァッッッ!!!!!!」

 ゴンッ、と魔族の頭部に衝撃が加わる。

 その次の瞬間、

『“獄烈火砲(フルバースト・ファイア・キャノン)”』

 超高熱の極太レーザーのように解き放たれる業火。

 吹き荒れる風。太陽の光をも凌駕する光熱、まともに受ければ近くにいるだけで溶けてしまうほどに、凄まじくも悍ましい魔力の塊。

 徐々にレーザーは細く、勢いも収まっていく。

 風が一点に集まるように吹き始め、やがてそれさえも収まった時、シリウスは周囲の景色に絶句した。

 焼け野原、と言う言葉では済まされないほどの大惨事。

 圧倒的高熱でドロドロに溶け抉れた地面。

 核もろとも灼き払われた魔族。残ったのは、レーザーの威力を生々しく語る下半身。それも今、バランスを失い、倒れてしまった。

「な、何が……」

 もはやカリストのことなど忘れているようなシリウス。

 視界が晴れて、カリストとシリウスの前に立っていたのは、真紅の髪と瞳で狼の耳と尾を持つ人狼族の少年。

 ズボンの埃を払うと、そばに投げ捨ててあった大きなリュックを背負った。

 リュックの横に装飾としてぶら下がっているのは、世界各国の貴金属やら御守りで、動くたびにぶつかり合い、ガチャガチャと音を立てた。

 シリウスは目を見張った。

 少年は、言った。

「――アンタ、人狼王なんだってな」

 こちらに顔を向けて、獰猛に、にっと笑う。

「俺を仲間に入れてくれねぇか?」

「お、お前ェ……! ――カムイ!!」

 なんと、3年前にエデン帝国で出会った人狼族の放浪家、カムイ・グレン、その人と再会を果たしたのだ。

「スゲー強くてビックリしたぞ!!」

 シリウスは嬉々として言う。

 カムイもふっと微笑み、言った。

「あぁ、かくかくしかじかでな」

「うん、何もわかんねぇけど、また会えて良かった!」

「――で、あの時の約束を……と言いたいところだが、それどころじゃなさそうだな」

 カムイはカリストを見た。

「…………そう、だな」

 シリウスはさっきまでと打って変わって、落胆の表情を見せた。

「変な仮面を被った人間の仕業だ。俺もそいつと戦ったんだが、逃げられちまって、追いかけた先にお前らがいたんだ」

「――やっぱり、さっきの奴が……」

 シリウスはカリストに目線を合わせる。

「影に入れない……術式が使えないのか?」

 シリウスが問いかけると、カリストはこくりと頷いた。

「術式を奪う能力。それが、アイツの術式、“盗奪(アルセーヌ)”だ」

「術式を奪う……か。マズいな――」

 カリストのことはもちろん心配だが、シリウスが危惧していることはもう一つあった。

「プロキオンと会う手段が無くなった」

 もしもの時に“回廊”を使って互いにいつでも会うことができたが、カリストが術式が使えなくなってしまい、その手段が使えなくなってしまった。

「ごめん、シリウス――」

「大丈夫だよ。早く術式を取り戻す方法を考えよう」

「うん」

「それに、今は頼もしい仲間が一人増えた」

 シリウスはカムイを見た。

「カムイ、さっきので分かったよ。お前がいれば百人力だ」

「へへっ、人狼王さまに褒められるたぁ、嬉しいね」

 カリストの術式を奪った“欠けた道化の仮面の男”は、逃走手段が増え、戦闘中でもいつでも抜け出すことができるだろう。

「あの様子じゃあ、獣竜のお嬢ちゃんだけじゃなく、他の奴の術式も奪ってるだろうな」

「エウロパと同じ目、変な右腕、殺しても生き返る――ただ術式を奪うだけじゃなさそうだな」

 立ち上がるシリウス。

 拳を強く握り、言った。

「各種族王に情報を共有しないと。 ――厳戒態勢だ」


◇◇◇


 その日、各種族王に人狼王(シリウス)から凶報が届いた。“欠けた道化の仮面の男”に関する情報だ。


 ――当人は相手の固有術式を奪う術式を所有しており、さらに、左目には魔眼、右腕には奇妙な刺青のような刻印術式を持つ。

 ――また、配下のカリストによって二度の殺害を試みるも、すぐさま傷口は再生し、生き返った。


 その報せには誰もが驚愕した。

 殺しても生き返り、相手の固有術式を奪う……? 普通では考えられない。

 さらにフリーには、現在のカリストの状態も伝えられた。

「大丈夫でしょうか……?」

 イオが不安を募らせ、呟いた。

「問題ない。シリウスなら、な」

 フリーは玉座に肩肘を突きながら言った。

「完全に使えなくなったわけではないのだろう? ジーク」

 言うと、開け放たれた窓枠に座り、ドラコの城下を眺める魔人王(ジーク)を見た。

 ジークは、フリーに訊かれると顔を俯かせ、考える素振りを見せる。

「術式を奪う術式……ね。何らかの返還方法が無ければ、術式を奪うなんてことは理論上不可能だよ」

「要はその『何らかの返還方法』とやらを探れば良いわけだ」

「そうだね。そこで僕は、報告にあった『死んでも生き返る』ことと関係があると踏んでいる」

 ズバリ、とジークは言う。

 フリーは、その言葉に僅かに目を見張った。そして口角を釣り上げる。

「――ほう…………?」

「“欠けた道化の仮面の男”と呼称されたソイツは、殺すことで、術式を元の持ち主に返還するという条件でその能力を使えているかもしれない」

「だが、報告には『二度殺した』とあるが?」

「先ず、考えられるのは、奪った術式はストックが可能だということ。引き出しのように使うことができる」

 窓から降りて、ゆっくりとフリーの前へ歩き出すジーク。

 彼は続けた。

「奪った術式は、本人を殺すことで、その全てが持ち主に返還されるのが妥当であり、通説だ。しかし『二度殺した』となると、一度に全て、乃至(ないし)いくつかが返還される可能性は無い」

「――1つの術式につき、1つの残機、だと? そんなことができるのか?」

「…………できる。断言しよう」

 コツン!と杖を突く。

「術式を奪う術式は、“欠けた道化の仮面の男”が持つ固有術式だ。それに加え、刻印術式がある右腕、左目の魔眼――」

 ジークは懐から一冊の書物を取り出し、フリーに渡した。

「もしやと思って、僕の本棚を漁ってみたんだ。 ――ビンゴだ」

「…………これは?」

 パラパラとページを捲るフリー。そこには解剖図のようなものが載っていた。

 一見医学書にも見えるそれだが、(れっき)とした魔導書であり、背表紙にある赤い紋章から、禁書だとわかる。

「僕が生まれる前の話だ。この世の“魔”を統べる者が遺した、全四部位、七つの部品(パーツ)。その名は、『魔帝(まてい)シリーズ』」

「“魔帝”…………」

「フリー、君も知っているはずだ。ねぇ、エウロパ」

 ジークは、種族王同士の会話に耳を傾けていたエウロパに視線を向けた。

 口にこそ出さなかったが、とても驚いた様子でフリーもエウロパを見た。

「クッ、フッフッフ…………やはり魔人王殿の目は誤魔化せませんか……」

「――エウロパ、どういうことだ?」

 フリーが追及する。

「あぁ、ご安心を。私はフリー様を裏切る気は毛頭ございませんので。 ……この目は生まれつきのものですよ」

 ジークがエウロパの肩に手を回し、話し出す。

「エウロパのものは、『魔帝シリーズ』の一つ、『魔帝之右眼(マテイノウガン)』。能力は、“視界に入った全ての術式のフルオート反射”だ」

「――お見事です、魔人王殿」

「それで……エウロパのことは置いといて、“欠けた道化の仮面の男”の、殺しても生き返る能力について、『魔帝シリーズ』と絡めることで見えてくるものがある」

 パチンと指を鳴らす。

 フリーの手元にある書物がパラパラと勝手にページが捲られ、とあるところで止まった。

「『魔帝之魔核(マテイノマカク)』。魔帝と呼ばれる者の心臓だ。その能力(ちから)は、“任意のものに、自身の命を配分する”というものなんだ」

「……なるほどな」

 納得したように呟くフリー。

「からくりは簡単。“欠けた道化の仮面の男”自身の能力によって術式を奪う。奪った術式に、心臓の能力(ちから)で命を配分する。術式を奪えば奪うほど残機が増えるって寸法さ」

 ――逆に言えば、魔帝の心臓が無ければ術式を奪うという行為は不可能だ。奪った術式に命を配分、死と引き換えに奪った術式を犠牲にして自身は生き返る。

 厄介なのは――

「一回殺すと、返還される術式は一つ。ソイツが何個の術式を奪ったかは知らないけど、『魔帝シリーズ』と固有術式の相互作用、それによる不死の自己完結、正直易々と勝てる相手ではない」

 ジークはフリーの持っていた書物の一部分を指した。

「『心臓によって配分した生命には優先順位が無意識下において定められる』。そして、ここ。『心臓を持つ者は、それが潰されることで初めて絶命する。ただし、他の物に生命を配分している場合、心臓が持つ生命の優先順位は最下位となる』。これってつまり、何回も殺して全ての術式を返還させた上で、さらにもう一回心臓を潰す必要があるってことだよ」

「……面倒極まりないな」

 フリーが項垂れていると、エウロパは顎に手をやりながら話しだした。

「しかし疑問なのですが、『魔帝シリーズ』を持って生まれたにしても、聞くだけで三つも所持しているではありませんか」

「エウロパ」

 パチン、と指を鳴らすジーク。

「君なら知っていると思ったんだけどね……。『魔帝シリーズ』は【世界】に縛られる」

「――と、いいますと?」

「“勝者の特権”の対象に含まれるのさ」

「……まさか!」

「あぁ、他の『魔帝シリーズ』所有者との戦いに勝利を重ねてきたと考えることができる。そして、それは一つの結論に辿り着く」

 ジークはエウロパに向き直る。

 人差し指をエウロパに向けた。それは心なしか、彼の右目を指しているようにも見えた。

「――次は君の番かもしれない」

「っ…………」

 ジークに言われ、エウロパは口を紡いだ。


◇◇◇


「あの……イルズ、さんでよろしかったですか?」

「――んあ?」

 冒険者ギルド極東連合国本部。クエストカウンター待合席の、一番後ろの左側に座る白髪赤眼の男――イルズ・ロストに話しかけたのは、ギルドの受付嬢だ。

「こちら、イルズさん宛に発行されたものだそうです。本人以外は閲覧禁止とのことで、中身は分かりかねますが……」

「あ、ども…………」

 封筒に綴じられたそれを丁寧に開き、中の書類を広げた。

 細々と書かれたそれに一通り目を通す。

 そして眉を顰めた。

「“調査依頼”だと?」

「――そのようですね」

「俺がぁ?」

「さ、さぁ? 国が決めたことですので……」

「――殺すのはダメみたいだな」

 ポキッとイルズの指の骨が鳴る。声にならないくらい小さく、「ひっ……」と受付嬢が悲鳴をあげた。

 ――これが【禁忌狩り】。禁忌相手ならば殺害という行為に何の疑問も抱かない、殺戮マシン。

 イルズはその中でも幾分かマシな方だが、禁忌相手には戸惑いがなく、短気になってしまうのは他の【禁忌狩り】と似ている。

 本人曰く、「殺す対象に見境が無くなった時、初めて【禁忌狩り】は死ぬ」とのことだ。そして「そうやって堕ちた奴を何人も知っている」とも。

 実は、元々イルズは調査専門で【禁忌狩り】になった。

 しかし、ある人物との共同討伐をきっかけに、少しづつ討伐にも手を出すようになった。今ではすっかり討伐専門として多くの【禁忌狩り】やマニアに知られている。

 ある人物――イルズが冒険者時代から仲が良かったヒトだ。

 【禁忌狩り】ではその人物とは唯一プライベートにある程度干渉することができる。

「また応援沙汰にならないといいんだが」

 徐に立ち上がる。

「ようやく動きやがったか、お国様よぉ」

 イルズともあろう人物が調査に回される。要するに禁忌の早期討伐が可能になったのだ。

「いくら出るんだ?」

 イルズは受付嬢に費用の金額を訊く。

「えぇっと……およそ9万、と聞いていますが――」

「ふーん、ま、妥当だな」

 そう呟いて、イルズはギルドを去っていった。

「――ご武運を……」

 後に、受付嬢の声が空虚に響いた。


 外に出たイルズは大きく伸びをした。

 この日、久しぶりの休暇となった。依頼を受ける前までは。

 イルズが請け負った調査は、“【人喰い】の陌鬼”の憑代である少年の調査だ。

 陌鬼の話はよく聞いている。それはイルズが極東連合国のサンに所属しているからこそでもある。

 以前、“隠世(カクリヨ)”にて禁忌討伐をした際には、彼女の姿はなかった。既に例の少年に取り憑き、“現世(ウツシヨ)”を彷徨(うろつ)いているのだろう。

 一方で調査がされているという、“欠けた道化の仮面の男”。イルズもそのニュースは耳にしている。

 相手の固有術式を奪ったり、男自身は殺しても生き返ったり、奇妙な話だ。

「ま、俺からすりゃあ、大したことな――」

 背中に、とん、と衝撃が加わる。

 視界に入ったそれを認知するのと、痛覚はほぼ同時にやってきた。

「――ガフッ……」

 鮮血を吹き出す。ボタボタと、口から出たそれが滴る。

 背後から突き刺され、胸部から突き出たそれは、文字通り紅の刀身だった。

 刀身に付いた血は、それに染み込むように消えていく。

(――“血呑み刀”…………! 不味い、術式が……間に合わな…………)

 カタナが引き抜かれ、イルズは膝から崩れ落ちた。

 あのイルズをも気取らせないとは、かなり腕の立つ者だ。

 薄れゆく意識の中で、イルズは死に争い続けた。

 ――まだ間に合う。術式は、やれると思えばなんだってできる。そう信じている。

「僕の邪魔をするな」

 少年の声と共に、傷口に強い衝撃が加わる。

 背中の傷を、足で押さえつけられていた。

「アガッ……!!」

「お前には生きていては困る。と、先生が仰っていたからな」

「…………」

 少年の言葉を最後に、イルズは何も返すことはなかった。

 死んだか。そう思った少年は、カタナを鞘に収め、その場から消えていった。


「――イルズさん!! 聞こえますか!? しっかりしてください、イルズさん!」

 外の異変に気がついたギルドの受付嬢が駆けつける。

「返事を、返事をしてください! イル――」

「――ちょっとごめんね」

「あ、貴女は……!」

「彼のことはあたしに任せて。ハドウくん、陌鬼の憑代は?」

「アーサーが追ってる」

「はぁ、無茶はダメって言ったのに……」

「俺も行くか?」

「いや、良いや。アーサーくんなら、大丈夫」

「そうかい」

 それだけ呟くと、ハドウという男は草履姿で、すり足で去っていった。

「――さて、受付嬢さん。陌鬼の件はあたしと、【(はがね)魔導師(まどうし)】が引き継ぎます。彼はウチで看病するので、上への報告はナシで、お願いしますね」

 自身の口元で指を立てる女性。

 少し困った様子を見せながらも、受付嬢は言った。

「ま、まぁ、【勇者】さまが仰られるのであれば……」

「それじゃ、よろしくね、おねーさん」

 言うと、女性はイルズを背負い、ハドウと同じ道を通って去っていった。

ステータス

〈カムイ・グレン〉

・unknown


〈エウロパ〉

・魔帝シリーズ『魔帝之右眼』


〈イルズ・ロスト〉

・No data


〈謎の少年〉

・No data(“斬刀・紅”を所持……?)



〈ハドウ〉

・No data


〈【勇者】 ???〉

・No data

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