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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
道化暴乱編
23/34

22 邂逅

 突如プロキオンの前に立ちはだかった男。プロキオンの命運やいかに。

 一方で、シリウス&カリストはプロキオンと別行動し、南陸国を出て北進する。

 【白銀(しろがね)狩人(かりうど)】。世界に蔓延る禁忌。その討伐のスペシャリスト、【禁忌狩り】。その中でも最強と呼ばれた存在。

 プロキオンを庇うようにして現れた彼女。果たしてその真意とは――

「何で、生きてんだ!?」

「あの程度で私を殺したと思ってるなら、一生私を倒せないよ。それに、彼には死なれると困るんだよね」

 視線をプロキオンに向けた。

 美しい。プロキオンはそう感じた。シリウス以外で初めて、女性の端麗さに心を惹かれた。

「今なら殺さないであげる」

 うすら笑みを浮かべて、【白銀の狩人】は言った。

 しかし、青年は言うことを聞かない。

「コロス…………!!」

 鋭く手刀を繰り出す。

 それを【白銀の狩人】は足で遇らい、反撃した。

我流(がりゅう)脚闘術(キャクトウジュツ)・肆ノ型“(ミゾレ)”』

 旋回し、蹴り薙ぎ払い。

 青年は攻撃をかろうじて防御するも、蹴りの軌道から薄氷が広がり、氷漬けにされた。

 その様子にプロキオンは驚愕する。

(シリウスと同じ、【氷】!?)

 青年は氷を破ろうともがく。バキバキと氷にヒビが入る。足止めとしては雀の涙程度でしかないが、【白銀の狩人】にとっては僅かに隙ができるだけで十分だ。

『伍ノ型“(ヒョウ)”』

 やや蹴り上げる形で、鋭く刺すように攻撃を繰り出す。

 あまりの速さに、青年の対応が追いつかない。

 それは刹那。

 青年の胸元にクリーンヒットすると、一瞬にして風穴が開いた。

「ガフッ………………」

 多量の血を吐き出す青年。

 そのまま膝から崩れ落ちた。

「死んだ…………とは言えないか……」

 【白銀の狩人】が呟く。

 ピクリと青年の指が動くと、何事もなかったように立ち上がった。

「い、生きてる!?」

 プロキオンが声を震わせた。

「生き返った、と言うべきだね。あとで報告書に書いておこうかな」

 この期に及んで、【白銀の狩人】は無邪気に嗤った。楽しんでいた。

 立ち上がった青年は、【白銀の狩人】を見ると、眉を顰めた。

「離脱、する」

 言うと、瞬きのうちに消えてしまった。


 静寂が訪れる。

 【白銀の狩人】は振り返り、プロキオンに話しかけた。

「大丈夫……じゃ、ないか。調子はどう? 自分の名前、分かる?」

「ボクは……プロキオン=ブラウ。特に身体に異常は無い。元気だよ」

「――そっか。良かった」

「……あの」

「ん? どうした?」

「さっき、死んでたって――」

 言葉を遮る。綺麗な指が、プロキオンの口に触れた。

「これは、キミと私だけの秘密、ね」

 プロキオンが“欠けた道化の仮面の男”を見た時に地面に倒れ伏していたモノが、目の前にいる彼女だ。

 先程まで、彼女は死んでいた。

 【白銀の狩人】は空中に魔法陣を展開させると、そこに手を突っ込んでとあるものを取り出した。

 質素な革紐のサンダル。彼女はそれを履いた。物を別の空間に保管する、【収納(ストレージ)】と呼ばれる術式だ。

 プロキオンは純粋な疑問をぶつけた。

「何で裸足で戦うの?」

 【白銀の狩人】は嫌な顔ひとつせず答えてくれた。

「私、手先が不器用なんだ。でも足先は器用なの。だからいつも足で戦う。裸足なのは、純粋に、術式が強くなるから」

「……そうなんだ」

 二人は歩き出した。

 【白銀の狩人】はプロキオンがどういう状態であるかを教えてくれた。

「結論から言おう。キミは今、固有術式を使うことができない」

「――やっぱり」

「さっきの奴に、奪われたってとこかな。まぁ、それなりにやる奴だったし、無理もないね」

 プロキオンより数歩先を歩き、振り返る。

「少年、キミの目的地は?」

 問われ、プロキオンは答えた。

「『精霊の国』。次の新月に、そこでシリウスと会うんだ」

「シリウス……人狼王の名だね」

「お姉さん知ってるの? 人狼王」

「当たり前でしょ? 私も人狼。その王を知らないわけないじゃない。 ――それと、“お姉さん”はやめてね。なんか距離感じるから。……そうだなぁ、“白銀さん”とでも呼んで」

「分かったよ、白銀さん。ところで、白銀さんの本名は何なの?」

「忘れた」

 ――もちろん嘘だ。

「――そっか」

 それが嘘だと知る由もなく、プロキオンは納得した様子だ。

「話を戻すよ。今、キミは固有術式が使えない状況にある。けど、次の新月には『精霊の国』で人狼王と合流しなければならない。 ――そこでっ! キミが『精霊の国』に行くまでの間、私が護衛してあげよう」

「良いの?」

「勿論。どっちにしてもさっきの奴、追わなきゃだし。キミも一人旅は寂しいだろう?」

「……まぁ、そうだね。じ、じゃあ、これからよろしく、白銀さん」

「ん、よろしくね」

 二人は握手を交わした。

 かくして、人狼王の相棒プロキオンと、最強の【禁忌狩り】、【白銀の狩人】の旅は始まった。


◇◇◇


 第一王国(アインス)、禁忌対策本部。

「【白銀の狩人】から報告だ」

 男は部屋に入るや否や、一枚の紙を見せた。

 禁忌の調査。その経過報告が早くも本部に届いたらしい。

「『“欠けた道化の仮面の男”。能力の詳細は不明。殺害を試みたが、すぐに生き返った』とのことだ」

「まさか、相対したというのか!? あの女郎(めろう)が!!」

「手を出すな、と依頼書に書いた筈だが?」

「――まだ続きがある。『一人の少年を保護。当人は、“欠けた道化の仮面の男”によって固有術式が奪われた模様。記憶、生命、精神に異常は見られない』だそうだ」

「馬鹿な! 調査対象に手を出した挙句、安易に人前に姿を見せるなど、【禁忌狩り】の風上に置けん!!」

「――しかし、固有術式を奪う術式だと?」

「それに、殺したはずが、生き返った。同じ術式だとは思えんな」

「とにかく、“欠けた道化の仮面の男”の固有術式と識別名を決めるためには、続報を待つしかあるまい」


◇◇◇


「ん……?」

 突然、シリウスは歩みを止めた。

「どうしたの?」

 カリストが問いかける。

「あぁ、ちょっとね。悪寒というか、何というか……」

「だいじょうぶ?」

「大丈夫。ホラ、それより船、来たぞ」

 シリウスに言われ、カリストはキラキラした目で、港にやってきた旅客船を見た。

「ここから二日くらいかけて極東連合国に行くんだ」

 新月まで、あと20日。シリウスとカリストは極東連合国に向けて旅を始めた。


 夜、甲板に上がっていたシリウスは、一人夜空を見上げた。

 ふと、【禁忌(タブー)】との戦いの出来事を思い出していた。

 【禁忌】ことヨハンが発現させた魔導領域【暗垣冥域(ヘルヘイム)】。それは、領域を閉ざした時、に領域内の者を殺すというもの。

 シリウスは死の狭間で何か夢を見ていた。そんな気がした。

 そこで出会った、シリウスそっくりの少年。

 彼はシリウスと同じ一人称で喋り、「オレはお前だ」などと訳の分からないことを言っていた。

 彼は何だったのか、あれ以来彼を見ることはないから謎は深まるばかりだ。

「アイツなら、分かるかな……」

 写真の場所。奇しくも【氷】を思わせるその風景は、もしかしたら夢の少年なら分かるかもしれない。

 しかし、会う方法が分からなければ、会えたとしても写真を見せるという行為ができるのかさえ怪しく思えてくる。

 やはり自力で探すしかないのだろうか。

 一抹の不安を抱えながらも、シリウスは船内の客室へと戻っていった。


………

……


 極東連合国。文字通り、世界地図でエデン帝国を中心とした時に、最も東に位置する国家であることからそう呼ばれている。

 主に四つの地域で成り立っており、連合国と呼ばれる所以である。

 サンと呼ばれる地域は島で南北に細長い形をしている。世界でも珍しい、“カタナ”と呼ばれる片刃の剣は、サン特有の武器であり、サンの冒険者で『剣士』である者のほとんどはカタナを使うという。

 シンという地域は、極東連合国でも最も広大な領地をもつ。さらに人口も四つの地域で最も多い。古くからさまざまな武術が編み出され、受け継がれている。シン出身の冒険者は肉弾戦を得意とする『武闘家』や近接戦闘が得意な『盗賊』、『暗殺者』が多い。

 他に二つ主な地域があるが、ここでは割愛する。

 シリウスが訪れたのは、極東連合国の中心都市、サン。独特の文化を持ちながら、世界の文化を取り入れ融合させるグローバル性。近年目覚ましい成長を遂げている大国だ。

 『(みやび)(くに)』とも呼ばれるサンでは、特有の種族王『妖族(あやかし)』が暮らす世界が存在すると云われている。

 ここへ訪れたのは、カリストの武器を新調するため。

 かなり使い古されたカリストのアサシンダガー。刃こぼれこそないものの、カリスト自身が魔力を込めなければただの刃物でしかない。

 これからどんな敵と相対するか分からない中で、それでは心許ない。

 とある武器屋に訪れたシリウスとカリスト。

 その店に並べられた商品の殆どがカタナであった。

 通常のサイズから、一回り大きな“タチ”と呼ばれるもの、プロキオンのような短剣のものまで何でも揃っていた。

「いらっしゃい」

 少し温もりのある声色で迎えられ、シリウスは軽く会釈をし、商品を見て回った。

 トタトタと小走りで、短剣の棚を見るカリスト。目を輝かせて、小さく声を上げた。

 シリウスも感嘆の声を上げる。

「面白い刀身だな」

 青白い刀身に波のような模様が浮かぶそれ。

 サンは世界を唸らせるほどの剣の錬成技術を持っている。

 ひと撫でするだけで巨岩をも両断すると言われる切れ味。手に持たずとも、その剣がいかに凄まじいものかを感じさせる。

「これが、カタナ……」

 そんなシリウスの服を引く者がいた。

 カリスト。彼女は右手に短剣を持ち、上目遣いでこちらを見ていた。

「シリウス、これ…………欲しい、な」

 その短剣を見た時、シリウスは絶句した。

「カリスト、それ、は……」

 サン特有のカタナではなく、何の変哲もない、よく見るアサシンダガーだ。

「わたし、これがいい」

「いや、それ、カタナじゃ……」

「お嬢さん、見る目があるねぇ」

 若い男がシリウスのもとに歩み寄ってきた。

「えっと、店長、さん?」

「ま、そういう感じだな。そのダガーは、サンの技術を用いて作られた、カタナじゃないカタナ」

 漆黒の刀身はカタナと同じ製法で作られた、西洋の短剣だ。

「技術提供は、魔刀鍛治師センゴ殿なんだ」

「マトウ? センゴ?」

 聞いたこともない名に、疑問符を浮かべるシリウス。

「カタナの魔剣のことさ。センゴ殿は刀鍛冶師でね、打っている魔剣は全部カタナ。だからここらで魔剣といえば、みんな“魔刀”と呼んでいるのさ」

 カタナの魔剣。センゴなる者は、カタナ専門の魔剣鍛治士なのだ。

「つまり、これも魔刀ってやつか?」

「いいや、それはただの短剣だよ。でもセンゴ殿は魔刀鍛治師のライセンスを持ってるだけあって、元々刀鍛冶としての腕前もピカイチさ」

「……そうか。そのセンゴって人は、この辺りに工房があるのか?」

 彼を一目見てみたいと、シリウスは店長に問いかけた。

 しかし店長は首を横に振った。

「さぁね、『武者修行だ』とか言って、山に籠ったよ。詳しい場所は言われなかった」

 ――武者修行。

 魔剣鍛治師ともあろう人物が修行することとは……。

「――カリスト、少し寄り道するけど、いいか?」

「うん」


 漆黒の短剣を天に掲げて歩く少女、カリスト。その表情は喜びに満ちていた。

「せっかくサンに来たんだから、カタナにすればよかったのに」

「いや。わたしはこれがいいの」

 製作者こそ非常に名の知れた刀鍛冶ではあるが、その見た目はお世辞にもカタナとは呼べるものではなかった。

「カリストは“ちょっかんタイプ”だから」

 もう一人のカリストが言った。

 カリスト(妹)は、一目見てこれだ、と感じたものを手に取る傾向がある。しかも、そのほとんどがハズレであったことがない。

 現に、カリストが持っている新たな短剣も金貨が必要なほど超高額だったのだ。

「財布が空っぽになるかと思ったぞ……」

 もとよりカタナは高価な武器だが、作者が魔刀鍛治師センゴともなるとその価値はもっと跳ね上がる。

 魔導の概念が存在する世界だからこそ、武器の金額は性能に比例する。

 カリストが新たに手にした短剣は、下手すると魔剣と同等の価格になる。魔剣鍛治師のライセンスを持つセンゴのことだ。まだ彼の人となりを何一つ知らないが、シリウスには分かる。

 この短剣には、何かがある。

 やはりその何かを知るためにも、本人に直接聞いた方が早いだろう。

 当てはある。


「れい、ほう?」

「あぁ、サンには“霊峰”と呼ばれるデカい山がある。『天上に最も近く、かつて神が降臨した際に一番に降り立った場所』って伝承があるんだ」

 ――つまり、神が宿る場所。

「シリウスはサンにくわしいの?」

 カリストが問いかける。

「いいや、本で読んだだけだよ」

 霊峰は言わずと知れた山籠りの名所。サン出身の著名人のほとんどは霊峰で修行の日々を過ごしていた。現精霊王代理のネレイスの娘シェアト、その師匠であるジオンも霊峰で剣の腕を磨いたという。

 その夜、シリウスらは冒険者ギルドカフェテリアにて情報収集をしていた。

 やはり誰もがその名を知っているようだったが、皆、口を揃えて「何処にいるか知らない」と答えた。

 容姿に関してはある程度分かったことがある。

 赤みかかった頭髪、端正な顔立ち。引き締まった肉体で、年中薄手のスウェットを着用しているという。

 背丈は170センチほど。普段は短髪のようだが、山籠り生活で現在はどうなっているのかは分からない。

 シリウスの読み通り、霊峰に行ったのではないかと考える者も少なくないようだ。

「やめた方がいいぞ? あの人は気難しい方だと聞く。もし会えても、すぐに追い返されるやも知れん」

 シリウスは数刻思案する。

 が、すぐにふっと口角を緩めると、言った。

「追い返されるかどうか、会ってみないとわからないだろ?」

「っ、しかし……」

 冒険者の男は言いながらも、シリウスの顔を見る。

 その強い信念は、種族王とて、否、種族王であるからこそ揺るがないのだろう。

「参ったよ。なんと言われても知らないからな」

 シリウスは安堵にも似た笑みを浮かべた。

「――霊峰は東にあると聞くけど……」

「相違ない。ただ、あの辺りは妖族の住処が近い」

「“隠世”だな」

「『神が宿る地』なんて御伽話さ。まぁ、妖族も悪い奴らじゃあないんだが」

「なるようになるさ。いろいろ聞かせてくれてありがとう」

「こちらこそ、人狼王殿の役に立てて良かったよ」


◇◇◇


 霊峰。それは『神が宿る地』と云われるサンの最高峰。

 一種の観光スポットとなっており、(いただき)からサンを見下ろした時、才は花開くとされ、多くの人がその頂に立ったと言われている。

 一方で、神話において神が一番に降り立ったとされる場所と、霊峰の頂上は別とされる。

 そこは山籠りの名所として知られ、そこで生活し、麓へ戻ってきた時、その者は神になれるとまで言われる。

「なんで頂上と神が降り立った場所が違うんだろうな?」

 シリウスは素朴な疑問を呟いた。

 ふと見上げる彼女の視線の先は、霊峰の頂上が見えた。神話の場所は頂上よりずっと低い場所にあるのだ。

 視線を前に戻す。

 果たしてそこには木陰で休眠でもしているような人物がいた。

 麻紐で結われた赤茶髪、脂肪を極限にまで削ぎ落とされたような、しなやかで引き締まった体躯。素肌ではなく、藍の薄手のスウェットを着用していた。

 傍には透き通る黄土色の刀身のカタナが地面に突き刺されており、僅かに青白く光り輝き、時折紫電のような筋が迸っていた。

 シリウスはそのカタナに目を奪われた。

 思わず声が漏れる。

「神……かよ…………」

 その声に目が覚めたのか、目の前の男は閉じていた目を開いた。


 ――魔刀鍛治師センゴ。

 サンでも屈指の刀鍛冶で、彼の打つカタナのほとんどが国宝級と呼ばれるほどの腕前を持つ。

 彼ほどの刀鍛冶ならば山に籠って修行などする必要もない。と、誰もが思っていた。

 業物を量産する彼、その腕はいつしかこう呼ばれるようになったからだ。


 『神の手』と。


「魔刀鍛治師センゴだな」

 シリウスが一歩前に出る。

 起き抜けに呻き声を上げながら、センゴは立ち上がった。

「――如何にも」

「シリウス・ブラウだ。 ――ひとつ、手合わせ願いたい」

 言うと、拳を握り構えた。

 センゴは無言で、地面に突き刺さっていたカタナを手にとった。

 実に美しい構え。

 端正な顔立ち。凛として、かつ虚な表情、その立ち振る舞い。

 強者でない訳がない。

「――受けて立とう、人狼王」

 その言葉で、シリウスは安堵と期待に口角を釣り上げた。

ステータス


〈センゴ〉

・unknown

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