21 旅立ちと、兆し
人狼王としてのシリウスの新たな物語、開幕。
南陸国、第一王国。
南陸国では最も栄えている地域であり、大陸唯一の冒険者ギルドが置いてある場所。
クエストカウンターの待合席、その一番後ろの右端に座って、朝刊を読んでいる一人の女性がいた。
この街ではもはや知らない人はいないであろう人物。
腰まで伸びた、少しクセのある蒼銀色の長髪。狼の耳と尾を持つ人狼族で、抜群のプロポーションを誇る。その足元は質素な革紐を編んで作られたサンダルを履いていた。
人は彼女を、【白銀の狩人】と呼ぶ。南陸国ではもはや風物詩である、禁忌。その討伐のスペシャリスト。彼女は【禁忌狩り】なのだ。
本来、【禁忌狩り】はどこかしらの国に所属するものだが、彼女は無所属である。彼らは冒険者の延長線であり、冒険者としては唯一、禁忌討伐でお金が貰える。逆に言えば、【禁忌狩り】ではない冒険者が禁忌を討伐することでお金を稼ぐことはできないのだ。
【白銀の狩人】は、国に所属しないお陰で他より報酬金が少なかったり、さまざまな支援がなかったりするが、彼女にとってそれは必要ない。
マニアの間で嗜まれている、【禁忌狩り】のランキング付け。そこで彼女は実力、実績ともにぶっちぎりの第一位。
彼女は最強の【禁忌狩り】なのである。
「人狼王、シリウス・ブラウ――」
ぽつりと呟く。朝刊の一面には、蒼白の少女が載っていた。
しかし、それ以上興味を示すことなく、ペラペラとページをめくっていく。と、あるところで手が止まった。
そこまで重大なニュースではないのだろうが、彼女にとっては大問題だ。
「禁忌か…………」
最近やたらと見るようになった。
ついこの間まで極東連合国での一件を済ませたばかり。
当件では【禁忌狩り】ランキング二位のイルズ・ロストとともに討伐したが、問題はそこではない。
【白銀の狩人】に討伐依頼が来るのは、相当の被害が予想されるものがほとんど。
特に増えたのは、イルズの件も然り、応援依頼だ。
果たして国の見る目が衰えたのか、あるいは禁忌側が……。
考えたくもないが、彼女が【禁忌狩り】である以上、避けられない問題だ。
そんな彼女のもとに、一人の男が近づいてきた。
「――おい」
声の方を見る。
そこに立っていたのは、同じ【禁忌狩り】の者だ。名前は知らない。
「これ、アンタ宛に発行されたんだと」
「何……?」
手渡された一枚の紙。
細々(こまごま)と文字が書かれているがそれら全てを読み飛ばし、一番重要な部分だけを読み取った。
「“調査依頼”?」
「そうだ」
「私がぁ?」
「知らん。俺に言うな」
「倒していいの?」
「……ちゃんと中身読んだか?」
「…………あぁ、ダメなのね」
どうやら期限はないらしいが、相手は禁忌だ。いつも彼女に舞い込んでくる討伐依頼然り、“なる早”ってやつだろう。
「――でも、何で私が調査を?」
自慢ではないが、彼女自身、その実力から討伐専門とばかり思っていた。
一重に【禁忌狩り】といっても、その全てが禁忌を討伐するために存在しているわけではない。
【禁忌狩り】に共通するのは、『禁忌を討伐できるだけの実力を持った冒険者』である。中には諜報に長けた者もいるわけで、禁忌の調査から、討伐まで、その全てを行うのが【禁忌狩り】なのである。国はあくまでも、彼らを金銭面でサポートしているだけに過ぎない。
「最近になってやっと国の手が回り始めたんだよ。だから、アンタに頼らなくてもいい案件が増えたんだ」
要するに、禁忌の早期討伐ができるくらいになったと言うわけだ。
彼女に討伐依頼が舞い込むのは、時期としてはかなり遅れているものばかりなのだ。
実は、先日討伐された【禁忌】は【白銀の狩人】に依頼がいくか否かというギリギリのタイミングだった。
「だからって私を調査員にすることないでしょーよ」
「それは俺も思ったんだが、まぁ仕方ないだろう。後進を育てると思って、受け入れるんだな」
「――やるけどさぁ…………」
立ち上がり伸びをする。
朝刊を雑誌棚に戻してギルドを去ろうとしたところで、あっと思い出したように問いかけた。
「いくら出るの?」
男は答える。
「三万」
「ひっく…………」
無所属の辛さを痛感する瞬間であった。
◇◇◇
地平線から昇る朝日に照らされて、彼女は目を覚ました。
蒼白の頭髪で狼の耳と尾を持つ少女。人狼族だ。
人は彼女を人狼王と呼ぶ。
人狼王シリウス・ブラウ。世界最凶と呼ばれた禁忌、【禁忌】を討ち、種族王になった。
史上最強の種族王と言われる獣竜王フリー・アンノウンの愛弟子でもあるが故、周囲からも一目置かれる存在だ。
現在、彼女がいる場所は、南陸国、第二王国。
故郷ドラコを南に出発し、極南の大陸を経由してぐるりと回ってきた形で、この地にやってきた。
ここ第二王国は南陸国本土から離れた位置にある、唯一の地域だ。
水産物が有名で、禁忌の温床と名高い南陸国でも平和な部類に入る、まさに観光地。
港には大きな旅客船や漁船、さらには私用の船も数隻停泊していた。
港で野宿をしていたシリウス。
つい先日人狼王になったばかりとはいえ、その名はほぼ世界中に知れ渡っている。周囲の注目を集めていた。
「如何してこんなところに……?」「人狼王だ……意外と小さいんだな……」「一人、なのか? もっと多くの部下を抱えていると思っていたんだが」「お、おい、立ち上がるぞ……!」
民衆の声を他所に、伸びをするシリウス。
影に手を突っ込むと、ズブズブと手が沈み、そこから肩掛けのボディーバックを取り出し、身につけた。ジークからもらった容量ほぼ無限のバックだ。盗難対策はバッチリである。
右腿に巻きつけた鞘。それに収められた短剣の魔剣を抜くと、軽く放る。
『【変態】』
魔剣の刻印が光りだし、上下に魔法陣が展開。骨格を形成し、血肉が纏われやがて人の形になった。
シリウスの従魔、プロキオン=ブラウだ。普段は魔剣の姿となっているが、時折こうしてヒトの姿になる。
「おはよう、シリウス」
「――うん」
「……どうしたの? 元気ない? 死ぬ?」
「――いや、“仲間”どうしよっかなーって」
シリウスが悩んでいたのは、配下、もとい仲間問題。
不服に思ったのか、プロキオンは突っかかった。
「何で!? ボクたちがいるじゃないか!」
「もちろん、お前たちは信頼してる、心強い仲間だ。でも、限界ってのはある」
「限界なんて……無いよ」
「……そーいうとこだぞ」
「っ……」
「お前のそれは、無茶ってやつだ。勇気でもなんでもない」
「でも……!」
「従魔の勤め、とでも言いたいか? ――プロキオン、お前はオレにできないことができる。カリストだってそうだ。誰だって、得意不得意がある。でも正直、今のオレたちじゃ、不得意なことが多すぎる。だからもっと、仲間が必要なんだ。あのフリーでも四人はいたんだぞ? オレにはもっと必要かもしれない。分かるか?」
「……分かったよ」
シリウスは何か思いついたように口角を緩めた。それはどこか優しげな雰囲気を醸し出していた。
「一人でやってみるか?」
「――え?」
「ここまでの道のりで、ある程度は分かったろう? もうこれ以上仲間がいらないって言うなら、一人でやってみるといい」
「…………」
プロキオンは数刻思案した。側からはあまり分からないが、今、彼は未だかつてないほど葛藤しているだろう。
「――やるよ、やってやろうじゃん」
フッとシリウスは笑った。
「決まりだな」
「…合流は?」
「次の新月。キノエの森で」
「キノエの、って……」
「あぁ、『精霊の国』だ。ネレイスさんと近況報告。オレは種族王だからな」
「分かった。気をつけてね」
「何かあったら、カリストがいる。カリスト、“回廊”の有効距離は?」
影に向かって話しかけると、それは蠢き、一人の少女が現れた。
透き通る白い髪と瞳。片角片翼の獣竜族だ。
「シリウスとプロキオンなら……なんでかわからないけど、どこでもできる」
「……なるほど、そういうことね」
シリウスとプロキオン、二人の関係を、シリウス自身あまり詳しく理解していないが、今までの感じからしてなんとなく察したのだろう。
「やっぱり、お前が仲間で良かったよ」
「……あ、うん、ありが……とう……?」
イマイチ理解できないながらも、プロキオンはシリウスらに一時の別れを告げ、一人旅立っていった。
残されたシリウスとカリスト。
カリストはシリウスに問いかけた。
「『せいれいのくに』にはネレイスさまにあうだけ?」
種族王は、年に一度の種族王会合の他に、一対一で会談をする。お互いに近況報告をし、不可侵を確認するためでもある。
カリストは、未だドラコの外の世界を知らない。半ば好奇心で、シリウスに訊いたのだった。
ニヤリとシリウスは笑う。
「いいや、“仲間集め”の事で……ちょっと当てがあるんだ――」
シリウスが最終的に目指すのは、先日ドラコのフリー城に届いた一通の手紙、その中の写真に写っていた謎の氷の大地。
手紙は恐ろしく古い古代の文字で書かれており、なぜかシリウスだけが読むことができた。どうやら写真の場所で誰かが待っているらしい。
南陸国、第二王国にて、相棒のプロキオンとは別行動を取ることにした。
「とりあえず、極東連合国だな」
南陸国からまっすぐ北進すると、最初に辿り着くのが極東連合国である。
極東連合国までの船に乗るためには、南陸国本土、第一王国へ行く必要がある。
第一王国には冒険者ギルドがある。しかもこの国では唯一らしい。
禁忌が蔓延るこの国で、逸材の一人や二人、居ても不思議ではない。
シリウスは統治領域を持たない。故に他の種族王のように多くの軍を持つ必要はないだろう。
国で唯一というくらいだ。ロビーにはさぞ大勢の強者が揃っているのだろう。
そう思ってギルドの扉を開けた。
そこは、閑散とした空間があるだけで、人の気配はほとんどなかった。
早朝とはいえ、ギルドとしては珍しい光景である。
違和感を覚えながら、初めて訪れた冒険者ギルドの内装を見渡すシリウス。
禁忌の温床という割には綺麗だ。壁はほぼ全て硝子張り。クエストが張り出されるボードこそアナログだが、そんなこと気にならないほど整っている。
ロビーカウンターの女性がシリウスに気付き、ビジネススマイルを讃え、話しかけてきた。
「冒険者の登録ですか――」
声に反応して顔を上げたシリウス。
その顔を見るや否や、カウンターの女性の声色は数段上がり、態度が一変した。
「じ、人狼王様!? 大変失礼致しました……!!」
「――オレのこと知ってるのか?」
「もちろんですよ! かの禁忌から世界を救った、我らが英雄の名を知らぬ者はいませんよ!」
「そーなんだ。ところで聞きたいことがあるんだけど――」
「はい、なんでしょう?」
「これ、何処かわかる?」
シリウスは写真を見せた。例の手紙に同封してあったものだ。
まじまじと見つめる女性。
「…………っ、この方は……」
写真に写っていた人影に気づいた。心当たりがあるような様子だが、一体何なのか。
シリウスは女性に問いかけた。
「知ってる人か?」
「……いえ、少し、あの方に似てるな、と――」
「“あの方”?」
「【白銀の狩人】。ご存知ですか? あまりその名を挙げるのは宜しくないのですが――」
いつか聞いた名だ。確か、その人物は【禁忌狩り】らしい。
つまり、腕の立つ者だ。
シリウスはもう一つ質問する。
「その“白銀”って人は、古代の文字を書けるのか?」
「古代、文字? さ、さぁ? あの方が文字を書かれるところを見たことがありませんので、なんとも……」
「そうか…………。ありがとう」
「お力添えできなくて、申し訳ございません……」
「気にしないでくれ。当てのない旅なんだ」
シリウスはギルドを後にした。
ギルド内には残念ながら仲間として迎え入れられそうな人物は見当たらなかった。
写真についても、場所の詳細は分からない様子だったが、そこに写っている人物については少しだけ分かったような気がする。
【白銀の狩人】。きっと彼女は、この世界のどこかにいる。
「探してみるか、“白銀”」
シリウスの目標が新たにできたのであった。
◇◇◇
シリウスの配下であり、相棒。プロキオン=ブラウ。彼は今、主人の元を離れ、単独で行動していた。
南陸国第一王国郊外。流石にここまでくると自然豊かで木々が生い茂っている。
もとより南陸国は、国としての発展は他国より遅れている。一方で、世界中のあらゆる文化の終着点でもある。技術力で言えば世界でもトップクラスだ。
木々を伐採し、土地を切り拓いて生まれた大国と違い、局所的に大きくなっていった結果だ。同じ大陸で、両極端な環境が生まれたのである。
プロキオンはまっすぐ『精霊の国』があるキノエの森に向かっていた。南陸国からは北西に進んだところにある。
あの辺りは魔力が濃い地域である。
豊穣の国ケレス大公国の地下に流れる龍脈の枝分かれが流れており、他の地脈より一回り太い。
また、森の北に行くと大気の魔力、通称“マナ”が濃い地域があり、さらにケレスからの龍脈の本流が流れてくる。
地下と上空。互いに強い魔力があると、地上に影響が出る。
魔力を多量に含んだ岩石、魔鉱石は両者間の影響を受けて浮遊する。
そんな浮遊岩地帯のはるか上空にあるのが人鳥族の国で世界四大精国の一つ、シルフである。
北の大陸は世界で最も大きく、さらに魔導の歴史が古くから残る西部は、種族王統治領域が多数存在する。
人間王エデンの治める魔導大国、エデン帝国。浮遊岩地帯に存在する天空の国シルフには人鳥王ヴィントが、お隣のケレス大公国の地下に広がる四大精国の地下帝国ノームは巨人王ルーク。
さらにエデン帝国領であるエデン平原。その南に広がる森の中にひっそりと佇む家には、魔人王ジークが暮らしている。
そして、プロキオンやシリウスが向かう目的地『精霊の国』も種族王の統治領域である。
その人物が、ネレイス・ヴァールハイト。先日の【禁忌】の一件で種族王を追放された元精霊王ネオ・ファルシュの代理として、ネオの前任である彼女に、現在『精霊の国』を治めてもらっている。
シリウスはそこへ訪れ、ネレイスとの近況報告を兼ねた雑談会を行うとのこと。
プロキオンはシリウスとは別行動で、一足先に『精霊の国』に向かっていたのだ。
「――ん……?」
彼の目の前に立っていた、青年と思しき人物。
空を仰ぐその顔は、おかしな仮面で隠れているが、右目だけが欠けて顕になっていた。
特別な服は着ておらず、側から見ればただの冒険者と遜色ない。
その手は真紅に染まり、ポタポタと液体が滴っていた。
その雫の先を視線で辿る。
そこに転がっていたのは、人、だったもの。
「ウッ……!!」
思わず声を上げた。
青年はそれに気がつくと、顔をプロキオンの方へ向けた。
無惨な遺体の身元を知る術は、もはや無い。既にその魂は天へと昇っている。
「可哀想に…………」
拳を強く握るプロキオン。
強く青年を見据え、構えた。
「お前、敵? 邪魔するなら殺すよ」
青年はプロキオンが戦闘の構えを見るや否や、紅く染まったその手を向けてきた。
魔法陣が手のひらに展開されると、そこから剣の柄が現れた。
『“抜剣:【闇】”』
プロキオンは目を見張った。
「精霊術!?」
青年の術式を理解すると同時に、眼前に切先が迫る。
「ッ……!!」
頰を掠め、火花が散った。
「……ただの魔人じゃないのか」
青年は呟く。
『“正六面体”』
プロキオンは二本指を立てて振り払う。
その瞬間、青年のいる場所が正方形に切り刻まれ、抉られた。
しかし、その場所に青年の姿は無かった。
いつの間にか背後を取られていた。
しかしただでプロキオンはやられない。
『“無限切断”』
プロキオンの周囲に無数の斬撃が放たれた。
避けるには、プロキオンの射程距離外まで下がる必要があるが――
『“消術”』
右手を前に差し出すと、プロキオンの放った斬撃が消え去った。
「うっそ……!?」
驚愕するプロキオン。
あっという間に距離を詰められ、近接戦となる。
「クッ…………!!」
青年に打撃を繰り出す。
しかしそれを真正面から、右手で受け止められた。
『“消術”』
再びプロキオンの術式が消え去る。
「ッ、なんだよそれ!!」
「チェック――」
プロキオンの手を右手で押さえたまま、青年はプロキオンの胸元に左手を当てた。
『奪い獲れ――“盗奪”』
「ッ…………!!?」
――何が起こった?
青年は距離を取る。
しかし、そこはまだプロキオンの射程距離だ。
『【斬】』
透明な斬撃を放った。
――筈だった。
「……あれ?」
斬撃が飛ばない。
一方で、青年は、
『【斬】』
プロキオンと同じ動きを見せた。
その瞬間――
「カハッ…………!!」
プロキオンの視界に鮮血が舞った。
熱い。ジクジクと熱を持った痛みがプロキオンを襲った。
胸に大きな傷ができていた。
「ボクの術式と、同じ……」
それよりも問題なのは――
「術式が、うまく使えない……」
厳密には、術式の使い方を忘れたような感覚だ。
「殺す」
青年の手が無防備なプロキオンの心臓を貫いた――
「なっ……!?」
何かによって、プロキオンは死を免れていた。
逆光の中、プロキオンは自身の前に立つ人物を見上げた。
陽光に照らされた美しい蒼銀。
真夏にも関わらず、いつの間にか涼しさを感じる。
何より目を引いたのは、狼の耳と、尾。そして、裸足。
「――看過できないな」
「マジかよ……!!」
青年は目の前の存在に驚きを隠せなかった。
「ズタズタに殺っただろ!!」
「…………“欠けた道化の仮面の男”。お前を禁忌とする」
突如現れた麗女。彼女の着ている服は、真紅に染まっているが、彼女自身に傷はひとつもなかった。
彼女の右手の甲は、不思議な紋章が光り輝いている。
人は彼女を、こう呼ぶ。
【白銀の狩人】と――
ステータス
〈シリウス・ブラウ〉
・窮極魔法【氷】
・魔導領域【氷霧冥域】
〈プロキオン=ブラウ〉
・究極魔法【斬】
〈カリスト〉
・究極魔法【影】
〈【白銀の狩人】〉
・unknown
〈“欠けた道化の仮面の男”〉
・unknown




