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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
禁忌衝突編
21/34

20 人狼王

 【禁忌(タブー)】改め、ヨハンとの激闘に勝利したシリウスは、その名を世界に轟かせた。

 そしてシリウスの新たな日常が始まる……。

 小さな部屋。

 脱力した吐息。身体の一部を動かすたび、ちゃぷんと水の音が鳴り響く。

 そんな小さな空間に、無機質で硬質な音が鳴り響いた。

 ――コンコンコン。

 次いで、女性の声がした。

「失礼致します」

 彼は、声の方に顔を巡らせた。

 一息間を置いて、彼は口を開く。

「――何かね?」

 深みのある声。まるで夜そのものであるかのようなそれは、声主の高貴さと寛大さを表しているようだった。

 その声に反応するように、部屋の扉が開いた。

 そこから現れたのは、全身をゴスロリ調のメイド服に身を包んだ、純白の頭髪と紅の瞳の美しい女性だ。

 部屋に入った瞬間、彼女のにこやかな表情は一瞬にして曇った。

「お話ししたいことが――はぁ……ルガト様、ご入浴の際は服をお脱ぎになってと、あれほど…………」

 彼女は主人の醜態に額を押さえる。

 しかし、彼は謳うように言った。

「私はね、衣服を纏いながら湯船に浸かるのがたまらなく好きなのだよ。分かるかね、乾いた布が、生暖かい水で、じわりじわりと濡れていく感覚……! 肌に到達した液体、えも言われぬ不快感。嗚呼、私はその瞬間……これ以上ないほどに生を感じるのだよ……!」

 彼の言葉に、メイドドレスの彼女は眉を顰める。

「申し訳ありませんが、そのお気持ちは分かりかねます」

「――それで、私に用とは、何かね?」

 彼女の言葉をほとんど聞くことなく、問いかける。彼女もまた、気にせず答えた。

「では簡潔に、巨人王ルーク様についてお話ししたいことが……」

 その一言で、彼の表情は一変。

「…………ほう、治ったかね」

「えぇ……それは、もう…………」

「――良いだろう。湯から上がるに値する話だ」

 重い腰を上げるように、彼は立ち上がった。

「それは、話の内容によっては、動いてくださらなかったと?」

「過去の話、況して可能性の話など無意味だ」

 湯船から出ると、案の定びしょ濡れになった衣服から、水がだばだばと滝のように流れ落ちる。

 前襟を持ってピンと張ると、一瞬にして衣服はパリッと乾いた。そして何事もなかったかのように歩き出す。

 彼女の横を通り過ぎざまに、彼は告げた。

「床の掃除を頼む」

 彼女の返事を待たずして、彼は部屋を後にした。

 一人残った彼女は、静寂な空間で、呟いた。

「――承知致しました」


 コツ、コツ、と静寂な廊下に硬質な革靴の足音はよく響く。外は真夜中。月明かりが窓から差し込み、それが照明だ。薄暗いのと相まって、孤独感はより一層増している。

 彼はとある部屋の、扉の前で止まった。

 3回、ノックをし、返事を待たず扉を開いて一言。

「失礼する」

 彼の視線の先にいたのは、手指に爪やすりを掛けながら足を組み、ソファに座る銀髪浅黒の男。巨人王ルーク、その人であった。

 部屋の扉が開いたのに気づき、その方を見た。

「何だ、吸血鬼王殿」

 ルークの一言に、ニヤリと嗤う。僅かに開いた口から、キラリと犬歯が光る。

 吸血鬼王ルガト・ゴアナイト。年中真夜中の国、通称『常夜(とこよ)の国』の管理人であり、王。

 『常夜の国』は、国土がまるまる魔道領域に覆われている。それは国民を日光から守るためだ。

 国民の九割以上が、血液を主食とする種族、吸血鬼族(ヴァンパイア)であり、彼らは日光に弱い。

 そのためにルガトは、自身の魔道領域によって昼のない国を作り出した。

 国民――吸血鬼族の日々の安寧を保った功績を讃えられ、彼は王になった。

 ルガトは他の吸血鬼とは全く違う。血を必要とせず、人族と同じ雑食で、日光の下であろうとも生きていける。これでも純血だから不思議だ。

 彼はルークの向かいに座り、口を開いた。

「調子はどうかね?」

 耳を傾けながらも、手元は尚も爪にやすりを掛けるルーク。

 磨き終わった爪を見ながら、答えた。

「良い。非常に」

「……そうか、それは良かった」

「世話になったよ。明日にはお暇するとしよう。祖国(ノーム)が心配だ」

 ふっと微笑み、足をテーブルに乗せて組むルガト。

「また死にそうになったら来ると良い」

「いや、それは結構だ」

「――そんなこと言わないでくれ。私は毎日、太陽もまともに克服できないような下民共と同じ空気を吸っているんだ。偶には君みたいな癒しが欲しいものなんだよ」

「酷い言い方だな」

「クフフッ、冗談さ。まぁ退屈なのは嘘じゃあないがね」

 ふと部屋の時計を見るルガト。十字架が掲げられた、大きな振り子時計だ。その装飾から、客室専用であることが窺える。

「……そろそろ、時間か」

 そう呟くルガト。

 タイミングを見計らったかのように、部屋の床に魔法陣が展開される。下から徐々に構築されていき、出来上がったのは厳かな観音開きの鉄扉だった。

 それを見たルークは、思い出したように言う。

「あぁ、今日か…………」

「そういうわけだ。それでは、先に行かせてもらうとする」

「ウム」


◇◇◇


 広い空間。部屋の中央には大きな円卓が置かれ、その周りを囲むように椅子が並べられていた。

 東西南北には厳かな観音開きの鉄扉があり、それぞれ別の空間へと繋がっている。

 そんな部屋に、ポツンと立つ、一人の男がいた。

 長身で、全身をフード付きのローブに身を包み、右手には歪な魔導杖を持つ碧眼の魔人。

 魔人王ジーク。この星に生息する様々な種族、その頂点である種族王と呼ばれる一人だ。

 天井を見上げる。そこには、雲ひとつない、星々が瞬く美しい夜空が、まるでプラネタリウムのごとく広がっていた。

「さて、一番乗りは誰かな?」

 そう呟くと、杖をコツン!と床に突き、術式を発現した。

 杖を突いた点から、光の筋が伸びていき、部屋の東西南北に置かれた鉄扉に到達する。

 光の筋は鉄扉に刻まれた紋様をなぞり、その扉は軋んだ音を立てながらゆっくりと開いた。

 それはまるで宇宙空間でも広がっているかのよう。これが特定の座標に現れた別の鉄扉と繋がっているのだ。

 踵を返すと、ジークは北の扉を背にした席に座り、肘を立てて手を組んだ。


 程なくして足音が部屋に響き始めた。

 ジークの真正面。南の扉から人影が現れた。

 その人物に、ジークはおっ、と声を上げた。

「早速主役の登場だね」

 扉から現れた人物は、黒髪で、筋骨隆々とした肉体を簡素な黒装束に身を包む、縦に細長い瞳孔を持つ男だった。

 史上最強と呼ばれた、種族王が一人。獣竜王フリー・アンノウン、その人である。

 ジークはローブマントの無い彼の姿に違和感を持ちながらも、すぐに興味は別の人物に向くことになった。

 フリーの後に続いて現れたのは、小柄な少女。

 蒼白の頭髪と瞳。狼の耳と尻尾を持ち、右腿には短剣の魔剣が収められた鞘を巻き付けていた。

 ジークが『今回の主役』と称する人物。シリウス・ブラウである。

「自由席だ」

 フリーがシリウスに告げると、シリウスは不思議な空間に戸惑いを隠せないながらも、迷いなくジークの元まで歩き出した。

 にこやかな笑顔で、ジークはシリウスに話しかけた。

「よっ、一番乗り」

「――俺だろ」

 フリーが独り言のようにツッコミを入れる。

 それを気にすることなく、シリウスは微笑しながら手を振った。

「緊張してる? 大丈夫。これから来る奴らにも、別にタメ張っても良いんだよ?」

「あ、うん……」

 シリウスはポツリと言ってジークの左隣に座った。

 フリーは入ってすぐの、南の扉を背にして座った。ジークとは向かい合う形となる。

 続いて1分と経たず、西の扉から現れたのは、純白のスーツに身を包んだ男。吸血鬼王ルガト・ゴアナイトであった。

 シリウスと目が合った。ルガトは半ばガッカリしたように呟いた。

「なんだ、先客がいるのか……」

 その一言に、シリウスはジークの方を見た。

「どういうこと……?」

「基本、自由席だよ。でも、暗黙の了解というか、みんな自分の席の場所を決めてるんだよね」

 ジークは正面を見た。釣られるようにシリウスも前を向く。その先にはフリーが座っていた。

「フリーは決まって、僕の正面。南に座る」

 再びシリウスの方を向き、続ける。

(ルガト)は、僕の左に座るんだ」

「えぇ!? ご、ごめんなさ――」

「気にするな令嬢。自由席だ」

 言うと、ルガトはシリウスのすぐ左に座る。足を組み、澄ました表情を見せた。

 そんなルガトに、ジークは喋り掛けた。

「ルガト、ルークは?」

 閉じていた目を開き、ジークを見るルガト。

「じきに来る。身支度でもしているのだろう」

「…………噂をすれば」

 ルガトと同じ西から現れたのは、そのルークであった。

 ルークは、ジークに僅かに微笑みかけ、それを挨拶として席に向かった。

 フリーの席から右にひとつ飛ばした所。

「――ルークはあそこに座る」

 ジークが説明してくれた。

 続いて、東の扉から現れたのは、人鳥王ヴィントだ。

「あら、生きてたの」

 ルークに一言。

「悪かったな」

 彼女には見向きもせず、ルークは言った。

 ヴィントはフリーの席から左にひとつ開けた場所に座った。

 ほぼ同タイミングで、ジークの説明が入る。

「ヴィントはルークと真逆の位置なんだよ」

「そうなんだ」

 それから5分ほど間を置いて、北の扉から現れた人物がいた。

 華美な装飾品に身を包んだ、ジークより一回り小さい男。

 その神々しく、かつ厳格な魔力(オーラ)を感じ、シリウスは思わず彼を見つめた。

 彼もまた、シリウスを見ると数刻立ち止まった。が、すぐ歩き出した。

「見ない顔だな」

「ど、どうも……」

 彼はジークの席から二つ右の席に座った。

 ジークはシリウスに教えてくれた。

「彼が、エデン帝国の皇帝様。エデン皇帝こと、人間王クヌム・ゲブ・シュー=エデン。神様だよ」

「かっ……!?」

「如何にも、余は生ける神である。崇め讃えよ、人狼」

「ほんのちょっぴり傲慢が過ぎるけど、仲良くしてあげてね」

「本当に“ほんのちょっぴり”か?」


 人間王エデンが来てから十数分が過ぎた。

 ふと、シリウスは空席の数が気になったのか、ジークに問いかけた。

「あとこれだけの種族王が来るのか?」

 ジークは優しく答えた。

「いいや、せいぜいあと二人だ」

 言ってすぐ、南の扉から足音が鳴り響いた。

 ジークの紹介が入る。

死霊王(アンデッドキング)ドラウグル・レイス。気軽に、“ドーラ”って呼んであげてくれ」

 ドラウグルは欠伸をしながら現れた。

「彼はルークの右隣に座るんだ」

「へぇ……」

「zzz…………」

「そしてすぐ寝る」

「えぇ!!?」

「――さて、最後だよ」

 ジークは上を見た。

 シリウスも同じ方を向く。

 その光景に、目を奪われた。

 突如現れた魔法陣。そこから女の生足が現れたかと思うと、腰まである白金髪(プラチナブロンド)に、大小様々な6対、計12もの純白の羽を持ち、頭の上には不思議な形の魔法陣のようなものを持った少女が現れた。

 まさに、“降臨”と呼ぶに相応しい登場である。

「相変わらずだね。シリウス、彼女が天使王フィムだ」

 噂の引きこもり天使。天使王フィム。天使族には階級が存在するが、彼女はもちろんその最上位である【熾天使(してんし)】だ。その特徴として、12枚の羽を持っている。

 フィムが席に着いた瞬間、羽と頭の魔法陣が消え、外見はただの色白の少女になった。

 ――この場にいるほとんどが、シリウスの存在に特別に反応を示すわけではなかった。

「――さて!」

 ジークは全員が揃ったのを確認するや否や、大きな声で言った。

 が、それをフィムが遮る。

「ネオくんがいないけど……?」

「いいや、これで全員」

「……ふーん、残念」

 さすがは引きこもり。情報に疎い。

 気を取り直して、ジークは言った。

「これより、第2596回 種族王会合を始める。議長は僕、魔人王ジークが務めさせていただきます」

 一同は無言のまま会合が始まる。「お願いします」と、シリウスの小さな声は空虚に消えた。

「本日の議題は二つ」

 指を二本立てるジーク。

「まずは、今この場にいない、精霊王ネオ・ファルシュについて、昨今の件で彼の反逆行為が確認された。僕とフリー、ルガト、エデンの四人での厳正なお茶会(会議)の結果、彼を種族王から追放する方針に決まった」

 種族王で会議等の拒否権を持つ人物は四人。魔人王(ジーク)獣竜王(フリー)吸血鬼王(ルガト)人間王(エデン)らしい。彼らは特別、種族王でもまさに指折りの強者であり、“四強”と呼ばれている。

 逆に言えば、種族王間での様々な約束事を取り決める際、この四人の一人でも拒否権を行使すれば、その約束事は再審査となる。実質的な決定権を持っているのだ。

「それで、空席となった“精霊王”枠なんだけど、新任が出るまでの間、代理人として元精霊王のネレイスさんに勤めてもらうことになったから、その辺よろしくね」

 ネレイス・ヴァールハイト。その名を聞いた“四強”以下の種族王は驚きを隠せない様子だった。

「驚いた……生きてらしたのね、あの方」

 と、ヴィント。

「大したタマだな」

 感心したようにルークが呟く。

「知らなかった……」

 情報弱者フィムはこう言った。

「――というわけで、『精霊の国』に関してはご心配なく」

 ちなみに、ヴァールハイト家、特にネレイスの娘、シェアトが受けた呪いについては、種族王“四強”が支援をする形で『精霊の国』の行政、治安維持をしていくとのことだ。

 また、現在ネオは、精霊の国の王城地下牢にて収容されている。事実上の終身刑という形だ。

 ネオの種族王追放には、各々それぞれの反応を示していた。

 彼の反逆にいち早く勘付いていたルークは、当然だと言わんばかりに強く頷いていた。

 人鳥王ヴィントは、この場にいない彼に、蔑みのような表情をしていた。

 死霊王ドラウグルは相変わらずいびきを掻き、天使王フィムは友を失った悲しみからか、悲哀の表情だ。

 また、種族王追放の件と併せて、彼をお縄にかけたという人物のことも話された。

 獣竜王フリー・アンノウン。ネオとの一騎打ちとなったが、危なげなくフリーの圧勝に終わった。フリーはより一層周囲から一目置かれる存在となってしまった。


 議題の一つを終え、ジークは二つ目を話し出した。

「議題そのニ。新たな種族王がここに誕生した。今回はそのお披露目だよ」

 ジークの言葉で、一同の視線はシリウスに向いた。

「っ…………」

 固まるシリウスの横で、ジークが彼女を紹介する。

「十三代目人狼王。シリウス・ブラウ。彼女は史上最凶とされた禁忌、【禁忌(タブー)】を討ち、世界を危機から救った救世主だ。みんな、仲良くしてあげてね。というわけで、彼女から一言頂こうか」

 言い終えると、視線をシリウスに向けた。

 シリウスは立ち上がり、今一度“王の間”を見渡した。

「ジークから紹介を受けた、シリウス・ブラウだ。まぁ、その……よろしく」

 そこにエデンが割って入る。

「ブラウ…………真か?」

「んえ? そ、そうだけど……」

 エデンの質問の真意を知った四強以下は、改めてシリウスを見た。

 唖然とした表情。会場は静まり返った。

 その中でひとり拍手をする者がいた。吸血鬼王ルガトだ。

「ブラボー、ミズブラウ。なんと気高く美しいことだ。隣にいて、貴女(きじょ)の強さをひしひしと感じる。私は“賛成”するよ」

 ルガトの生きる指針は『芸術美』である。シリウスの種族王としての風格、フリーやジークからの圧倒的信頼。彼はそこに、芸術的美しさを見出した。

 シリウスを見て、ルガトはふっと微笑みかける。認めてもらったのが嬉しかったのか、シリウスの表情が一層明るくなった。

「ありがとうルガト――」

 ジークはそう吸血鬼王に告げ、正面を向き、続けた。

「では、単刀直入に、彼女が人狼族の王として相応しいか否か、反対意見のある人は挙手を」

 再び静寂が訪れる。

 ジークは全員反対ではないと確認すると、シリウスの種族王加入の宣言をしようと息を吸った。

 ――ところが、

「……はい、はいはーい。反対反対、断固反対」

 たった一人、天高く手を挙げる人物が。

「っ…………フィム、理由をお聞かせ願えるかい?」

 天使王フィム。皆が手を挙げない中、彼女だけが反対の意を示した。

 ジークは意見を聞こうと質問を投げかけた。

「だって、弱いでしょ、ボクより」

 ズバリ言い切った。

 呆気に取られたのはジークだった。

 思わぬ誤算。気まぐれか否か、フィムがシリウスに目をつけるとは。

 何より、これまで新人の種族王が現れようとも反対した者はいなかった。こういう時の対応を、全くシミュレーションしていなかったのだ。

「【禁忌】を倒したって? どうせフリーくんやジークくんに手伝ってもらったんでしょ? それは真の強さとは言えないね」

「違う。オレはオレの手で【禁忌】を殺した。フリーは全然関係ないし、ジークも戦いの場を作ってくれたただそれだけだ」

「ふーん、でもジークくんがいなかったらまともに戦えてなかったんだ」

「――ジークは周りに影響が出ないようにしただけだ! ジークだって守らなければならないものがあるんだよ」

「まぁ、でも君がいなくたって世界はどうとでもなったさ」

「は…………?」

「たまたま【禁忌】が君よりほんのちょっぴり弱かったんだよ。どっちにしても、ボクの敵じゃな――」

「――試してみるといい」

「へ……?」

 二人の言い合いに割り込んだのは、肘掛けに頬杖を突いていたフリーだった。

「貴様がシリウスを疑うのなら、貴様自身で確かめてみろ。あぁ、勘違いするなよ、俺はシリウスを庇護したいわけじゃない。悪意地を張るのが貴様の悪癖だ。さっさと立て。シリウスはいつでも行けるぞ」

「っ………………」

「ルガト」

 フリーは吸血鬼王の名を呼ぶと、それに反応してルガトは円卓に手を触れた。

 瞬きのうちに円卓が消え去る。

 ルガトはエデンに目配せすると、エデンは右手で口元を隠し、言った。

『隔てよ』

 その瞬間、空間は分断される。

 結界の内側にはシリウスとフィムが、外側には残る種族王が見ていた。

(品定めってところか。フィムにしては珍しい。見かけによらず、正直じゃないんだね。………いや? 見かけ通り、か? どちらにせよ、シリウス、ここが頑張りどき。登竜門だよ)

 フィムは再び頭に魔法陣を展開させ、12の羽が顕現した。

 シリウスは冷静に、フィムを見ていた。

(フリーもよく言うよ。あんまり揉め事は起こしたくないんだけど……)

 天使族。シリウスが初めて戦う相手だ。

 固唾を飲み、相手の出方を伺うシリウス。

 その意図はフィムにも伝わっているようで、乗ってやると言わんばかりに突っ込んできた。

 刹那。

 シリウスの眼前に石が飛んできた。

 否、フィムの拳だ。

「ッ…………!!」

 間一髪で避ける。

 フィムの拳は空振りし、その勢いのまま床と衝突。破壊音とともに大きなクレーターが生まれた。

(なんつー威力だよ!?)

 内心驚愕しながらも、攻撃の後隙を突いて距離を詰めるシリウス。

 右手に魔力を集中させ、出力ギリギリでキープする。

 その様子に、ルガトは興味深そうにニヤリと笑った。

「ほう? “保留”を知っているのかね?」

 感嘆の声を漏らすも、ジークに否定された。

「いや、分かってないよ」

「……無垢の才能とは恐ろしいものだな」

 シリウスの攻撃に気づいたフィムは冷静に受けの構えを取る。とは言っても、ただ直立するだけだが。

 フィムの懐に魔法陣が展開する。ここがシリウスの打点となる。

『“破弾(はだん)――”』

「……短射程、高火力、『“防御貫通(ガードブレイク)”』」

 フィムが呟く。

「…………え?」

 シリウスの拳は空を切った。

 フィムは宙に浮き、バックステップで回避していた。射程の内と外の境目ギリギリの位置だ。

 流石は種族王。これまでの敵とは格が違う。シリウスの種族王加入を反対するだけの実力はありそうだ。

 気がついた時には、フィムは人差し指を交差させ、前に突き出し構えていた。

 恐ろしいほど静かで滑らかな術式構築。

 シリウスの反応がわずかに遅れた。

『“罰天(バッテン)”』

 高圧力の魔弾だ。しかしその形状は珍しいもので、×印を(かたど)っていた。

『【氷纏装身(ヒョウテンソウシン)】』

 腕に氷の籠手を纏い、受け流す。

「熱ッ!?」

 しかし、フィムの放ったそれは強固な氷籠手をものともせず抉り、わずかに逸れたそれは床に当たった。

 床は×状にドロドロに溶けて穴が空いていた。

 掠っただけでこの威力。幸い肌までは到達していなかったが、それでも熱気で火傷寸前。諸に当たればどうなっていたか、想像は容易い。

「本気で殺す気ね」

 ヴィントが呟く。

 その声はシリウスにも聞こえていた。

(だろうな……!!)

 フィムは再び術式を構築した。

 人差し指を指揮者のように振り、最後に下に突きつける。

『“聖槍雨(ホーリー・レイン)”』

 突如降り注ぐ光の雨。かなりの広範囲に、断続的に降り注ぐそれは、当たれば即死する。

 避けまくるシリウス。当たるか否かのギリギリで、見ている側もヒヤヒヤする。

 着実に距離を詰めていく。それに気づいたフィムは僅かに焦りを見せた。

「何で……誘導されてる……!?」

 一見無作為に降り注ぐように見えるが、その実、シリウスの動きに反応して術式が発現している。フィムは常に発現(オン)の指令を飛ばし続けるため、停止令を出すか、魔力が尽きるまで終わらない。

『“破弾・突撃銃(アサルト)”』

 前隙を減らすために放った一撃。『“防御貫通”』の魔法陣が展開されるとほぼ同時に、拳を放った。

「ッッッ――――!!」

「……マジか!?」

 かなり自信のある一撃だった。

 しかしそれをもフィムは、既のところで自身の羽で防いだのだ。

 フィムの羽には術式が付与されていた。

『“絶対防御(アブソリュート・ガード)”』

 魔力出力は僅かにフィムが勝る。が、彼女の表情が少し歪んでいた。

 一方でシリウスはフィムの『“絶対防御”』に気づいていた。出力寸前でさらに魔力を上乗せしたつもりだ。それでもこの結果。故に「マジか」なのだ。

 このままでは埒が明かない。

 そう判断したジークは指をパチンと鳴らした。

 結界が解け、それに気づいたフィムとシリウスは動きを止めた。

「フィム、もう分かったでしょ?」

 諭すように言うジーク。フィムは否定もなにもせず黙りだ。

 ジークは続ける。

「さて、彼女の実力を見てもらって分かっただろう。“賛成”多数によって、彼女を新たな種族王として受け入れたいと思う。 ――ようこそ、人狼王シリウス・ブラウ」

 ジークが言い終えて、拍手が起こった。ドラウグルは相変わらず眠っている。

 立ち上がるジーク。杖をコツンと突くと、床に刻まれた円陣に新たな名が刻まれた。『記憶の書』と同じ古代の魔導文字で“シリウス・ブラウ”と。

 その意味は、【蒼白の天狼】である。


◇◇◇


 孤島と呼ぶには大きく、大陸と呼ぶには小さい。絶海に浮かぶ、そこは島国ドラコ。

 住人のほとんどが、地上最強と名高い種族、獣竜族で、島の最高峰を彫刻のように削られて鎮座する城には、史上最強の種族王、獣竜王フリー・アンノウンが住んでいる。

 そんなドラコに、新たな種族王が誕生した。

 街はお祭り騒ぎだ。老若男女が、新たな種族王を祝福せんと宴を開いていた。

 それは奇しくも、戦勝記念祭とも重なった。民は我らが獣竜王とその配下の勝利を喜び、分かち合った。

 街の大通りは装飾がされていた。


「俺が王になった時でもここまで賑やかではなかったぞ?」

 愚痴るようにフリーは呟いた。

「そうかなぁ?」

「そうだとも」

「――王になっても、相変わらずですね、シリウスは」

 二人のもとに現れたのは、薄桃色のショートヘアで、目元が前髪で隠れている獣竜族の少女、イオ。獣竜王直属の配下、『アンノウン・ファミリア』の第一幹部だ。

「好評のようだな」

 フリーが言っているのは、イオの手料理のことだ。

 シリウスがジークとの3年間で学んだことは、何も術式に関することだけではない。

 シリウスの好物である香辛料理。ジーク直伝のそれを、さらにシリウスの好みにアレンジしたレシピを持ち帰っていたのだが、これが存外獣竜族にも大ヒットした。シリウス考案なだけあって、その人気にも拍車をかけていたのだ。

 二人は王城の正門前に胡座を描いて座っていた。

 二歩後ろにイオが立っている。

「街に出ないのか? 主役がいない宴など、楽しくないと思うが」

「そのうち行くよ」

「……そうか」

 特に言い返すわけでもなく、フリーは立ち上がった。

 数分、どこかに行ったかと思うと、一枚の紙切れを持って戻ってきた。

「貴様が【禁忌】を討った次の日。城にこんな手紙が届いた」

「ん?」

 フリーから手紙を受け取る。

 そこに書いてあったのは、古代の文字と、写像。シリウスの魔導領域『【氷霧冥域(ニヴルヘイム)】』に非常に酷似した氷の大地に、小さく人影が一つ。写像の解像度も低く、かなり遠方にいるためか詳しくは窺えないが、長髪であることは確かだ。

 古代文字に精通しているイオですら、その手紙の内容を知ることはできなかった。

「私の知らない文字ですね」

 しかし、シリウスには何と書いてあるのか理解できた。

「――誰かが、この場所で待ってる…………」

「誰か、だと?」

 フリーが問う。

「おそらく、この方でしょう」

 イオが写像の人影を指した。

「エウロパじゃねーの?」

 割って入ってきたのは、アンノウン・ファミリア第三幹部のガニメデだ。

 確かにエウロパは肩あたりまで髪を伸ばしているが…

「この方はもう少しクセのある髪型をしていますよ?」

 写像に写っている人物は、寝グセのように外に跳ねた長髪であり、ストレートのエウロパとは異なる。

 何より、エウロパよりも圧倒的に長いということが窺える。

「……よし、決めた!」

 立ち上がるシリウス。

 そんな彼女を、場にいる一同は見つめた。

「ここに行く」

 手紙の内容は、行き先は示されていなかった。何を根拠に……と一同は思っているだろうが、それ以前に問題がある。

 フリーは獰猛に笑った。

「クハッ! 渡るのか、この大海を……!?」

「オレを誰だと思ってやがる?」

「己の能力を過信しすぎている馬鹿だろ」

「酷い言い草だな…………」

「――まあ、いずれにせよ貴様に譲りたいものがある。いつ出発()る?」

「明後日にするよ。少しゆっくりしたいから」

「良いだろう」

 話がまとまった。

 シリウスは謎の人物からの手紙をポケットに入れるや否や、城下に降りていった。

 街は、主役の登場に一層賑やかになった気がした。


「フリー様、本当によろしいのですか?」

 シリウスが去った後、イオはフリーに問いかけた。

「まだ子供だがな、使い方はアイツの方が上手いだろう」

「――寂しくなりそうですね」

「慣れているさ。寂しさなど…………」


◇◇◇


―2日後―

 イオはシリウスの部屋を訪れた。

 シリウスの姿はあったが、そこにある荷物は綺麗にまとめられていた。

「…………本当に行くのですね」

 身支度を済ませたシリウス。ふぅ、とため息を吐いて、答えた。

「向こうから呼ばれてるし、行かなきゃいけないよ」

「そう、ですか……」

「大丈夫だよ。2度と帰らない訳じゃないんだから」

「……そうですね」

 イオはふっと微笑んだ。相変わらず目は髪で隠れており、表情の全貌を拝むことはできないが。


 プロキオンはフリー城の屋根にいた。

 もとより魔獣として生まれた彼は、本能のまま魔人王ジークの家に棲み着いた。

 シリウスの魔力に何かを見出したのか、彼女に懐くようになった。

 “プロキオン”という個体になった今では、本能とは別の、知能を持った。

 当時の本能は薄れた。前代未聞の魔剣と一つになった。

 一人、手を上に向けて呟く。

「魔剣……呑むか、呑まれるか…………」

 もはやただの生物ではない。その自覚はプロキオンにはあった。

 “プロキオン”とは何者か、最近になって疑問を持つようになった。

 そんな彼の元に近づく足音がひとつ。

「考え事かい?」

 声の方を向くと、そこには長髪の美丈夫が立っていた。

「――エウロパさん」

「自分はどこから生まれて、どこへ行くのか……。君は、これからの旅で、様々な場面でその問いと出会い、様々な答えを導くだろうね。でも、その全ては間違いではない。全て正解。 ――いや、正解なんて概念は存在しないかもね。だがしかし、最適解というものは見つけられるかもしれない。“正解”と“最適解”は似て非なるものだよ」

「なる、ほど……?」

「アッハハッ、そのうち分かるさ。多分ね。安心しなよ、私だってまだ分かってない」

「えぇ……」

「そうがっかりしないでくれ。 ――ほら、主人様は行くみたいだよ」

「――あっ」

 正門から見えたのは、プロキオンの主人、シリウスだ。先日、種族王の一角である人狼王になったばかり。それでもプロキオンにとっては誇るべき主人。

「――行っておいで」

 優しく微笑を湛えて、エウロパはプロキオンに言った。

「……でも――」

「お別れは言ってあるさ、昨日のうちに……」

 突然後ろを向くエウロパ。

 空を仰ぐ彼の顔から、一筋の光が落ちた。

「涙を…………見せないうちにね…………」

 その様子を見て、プロキオンはふっと笑った。

「分かった。 …………行ってきます!」

 エウロパの返事を待つことなく、プロキオンは颯爽と屋根から飛び降りた。

「…………いってらっしゃい」


「じゃあ、たまに手紙出すから――」

「必要ない」

「え?」

 フリーの言葉の真意、それをシリウスが訊く前に、フリーは言い出した。

「まぁ、なんだ。門出祝いってやつだ」

「…………あ、はぁ」

 フリーは後ろを見た。フリーの影になって見えなかったのか、シリウスは横の方に乗り出した。

 そこにいたのは、二人の獣竜族の少女。

 身長はシリウスよりも小さく、透き通るような純白の頭髪に、頭には獣竜族の証である角が、二人それぞれ片方づつに生え、翼も同様に片方づつ。

 見紛うこともない。カリストだった。

 いつもの服装とは少し違う様子だが、彼女が一体なんなのか――

 フリーの横に立つと、フリーは彼女の肩に手を回して身を屈めた。

「コイツを貴様に託す」

「…………え? でも――」

 ただでさえ数少ない配下の一人であるカリスト。それをシリウスに託す? シリウスには理解ができなかった。

「可愛い子にはなんとやら、だ。コイツもまだ子供だからな、こんな狭いところでは、ロクな成体(おとな)にならん」

 シリウスはカリストに問いかける。

「本当にいいのか?」

「「うん」」

 カリストの二人は答えた。

「彼女自ら志願したのですよ」

 イオが説明すると、シリウスはどこか照れた様子で頭を掻いた。

「マジ?」

「「うん」」

「はぁぁぁぁ…………」

 長くため息を吐くシリウス。

「――分かったよ。 ……カリスト、改めてよろしくな」

「うん」

「よろしく、シリウスさま」

「“様”禁止な」

「――仲間が増えたね!」

 屋根から颯爽と飛び降りてきたのはプロキオンだ。

 シリウスが手を差しだすと、プロキオンは魔剣へと姿を変え、シリウスの手元に。それを右ももに巻きつけた鞘に収めた。

 カリストに目配せすると、シリウスの影に潜った。残ったのは、人狼王シリウスだけ。

「――行ってこい」

 フリーが言うと、シリウスは強く微笑んだ。

「行ってきます!」


 浜辺に立ち、固唾を呑んで一歩を踏み出す。

 シリウスの足場が氷となり、シリウスは海に立つことができたのだ。

 シリウスを見送りに来た街の人々に手を振り、踵を返して歩き出した。


 ――かくして人狼王となったシリウスの旅が始まったのであった。

ステータス

〈シリウス・ブラウ〉

・窮極魔法【氷】


〈フリー・アンノウン〉

・窮極魔法【壊】


〈ジーク〉

・unknown


〈ルガト・ゴアナイト〉

・No data


〈クヌム・ゲブ・シュー=エデン〉

・No data


〈ルーク〉

・窮極魔法【地】


〈ヴィント〉

・窮極魔法【嵐】


〈ドラウグル・レイス〉

・窮極魔法【魂】


〈フィム〉

・unknown

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