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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
禁忌衝突編
2/34

02 術式展開

シリウスとフリーの修行、其の弐。

「こんにちは」

「ッ!?」

 いつの間に背後を取られたのか。異様な気配に気づいたのは、声をかけられてからだった。

 男の名はケヴィン。冒険者をやっている。地元でもその名が知られているほどの実力の持ち主だ。

 重厚な鉄鎧などではなく、小さな胸当てと籠手だけといった、かなりの軽装備。それでいて、腰には魔鋼製の両手剣を携えていた。

 今目の前にいる男からは異質なものを感じる。見た目からして魔人だろう。だが、そこらの魔人とは訳が違う。

 透明な魔力、と言うのが一番正しいと思った。特別な“眼”を持たずともわかる。美しいまでに、この魔人の魔力は透き通っていた。

「お、俺に何か用か?」

 ケヴィンは、恐る恐る用件を尋ねた。

 魔人は口角を釣り上げ、不気味に微笑むと、その口を開く。

「強きお方。今ここで、俺を殺してくれはしないだろうか?」

「…はぁ!?」

 ケヴィンは驚愕の声を上げた。分からなかったのだ。この魔人の思考が、ケヴィンには理解できなかった。

 魔人はケヴィンを納得させようとしたのか、こう続けた。

「俺はこの世にはいてはいけないのです。でもせめて、死ぬのなら戦いの愉悦の中で死にたい!そう思う訳です。そこで、強そうなそこの貴方!俺と戦って、俺を殺してくれませんか?」

「殺すって…アンタ正気かよ!」

 冒険者のケヴィンとて、相手が魔人であろうと人殺しの趣味などない。そう簡単に「はい」と言って剣を抜くことが出来なかった。

(破滅願望ってやつか?本当にそんな奴いたんだな…)

「さぁ!」

 魔人は両手を広げ、術式の構築まで始めてしまう。

 相手の体が、魔力の光に包まれる。身体強化系の術式だ。

「お、おい!」

 慌てるケヴィン。反射的に腰の剣を抜いてしまった。

「ケヒッ…!」

 享楽の表情。不気味に笑うその姿は、子供が見れば泣き出すだろう。

(本当にやる気か!?剣も抜いちまった…。クソッ、覚悟を決めやがれ!ケヴィン!)

「い、行くぞ?」

「さぁさぁ!」

 いつになく剣を強く握り、魔人を睨むように見据える。

 膝を曲げて腰を落とすと、ついに地面を蹴った。

「恨むなよ!術式展開!」

 剣に魔力を込め、術式を構築、展開する。

『術式展開ーー原始魔法【火】:“火炎斬(フレイムスラッシュ)”』

 ケヴィンの剣が火に包まれ、魔人へと迫る。

 目にも留まらぬ速さで、魔人の胴体を焼き切った。

 と思われた。

「……違うな」

「ッーーーーー!?」

 さっきまでの声色が嘘だったかのように低い声で呟く。

 その悍ましさたるや、歴戦の冒険者であるケヴィンの顔が、恐怖の色に染まるほどであった。

 男は冷酷な瞳でケヴィンを見つめ、親指を下に向ける。


ーーそれが合図だ。


『術式展開ーー禁忌ノ業【概念操作】:“冥墜(マイティ・フォール)”』

 ケヴィンよりも遥かに早い術式構築速度で、ケヴィンも知らない術式が展開される。


ズウゥゥン!!


 ケヴィンの周囲だけの重力が重くなる。

 そう気づいた時にはもう、手遅れだ。

 声を出す間もなく、ケヴィンは跡形もなく押し潰された。ケヴィンの剣までも、粉々になって…。

 鮮血が広がり、魔人の頬にも飛び散った。

 …あまりにも一瞬の出来事だった。

 あの瞬間、ケヴィンは何を思ったのか。否、何かを思う暇さえなかったのだろう。

 あるいは、いわゆる走馬灯を見ていたのかもしれない。真相は、彼のみぞ知る。

 魔人は膝を落とした。

 ケヴィンの血は、魔人のズボンに染みていく。死してなお、血だけは意識を持っているかのように。魔人を殺す。魔人の願いを叶えるために。魔人に寄り縋り、しがみつくように。

「貴方ではないようだ」

 頭を抱え、呟く。だが、嘆きのそれとは違い、魔人の目は限界まで見開き、怒りとも憎しみとも取れず、それでいて、中身は何も詰まっていないような、空っぽな表情だ。

 指先に力が込められ、ミシミシと骨が鳴る。

 が、突然立ち上がると、無表情から一転。笑みを浮かべた。

 そして、足元に広がる血を踏み躙るように、その魔人は嬉々として、鼻歌を口ずさみながらどこかへと去って行った。

………

……

 綺麗な空だ。雲ひとつない、それはまさに快晴である。

 島国であるドラコは、年中穏やかな風が吹き付ける。

 それは例外なく、シリウスの頬を優しく撫でた。

 今日は週に一度の休暇の日。しかし、ドラコに来てから五年以上。修行漬けの毎日は、暇を持て余すと体を動かすという癖を、シリウスに染み付かせた。

 一通り動いたところで、仰向けになり、心を無にしていた。奇しくも、それは瞑想のような役割を果たしていたのであった。

 ゆっくりと目を閉じ、全てを闇に放り投げる。

 風も、音も、全てを自分から切り離し、ただ一つの自分となる。

 ゆっくりと、平原の中に沈んでいく感覚に陥る。

 深く深く、暗く暗い。手を伸ばした先に、光が見ーー

「……!!」

 はっと我に帰ったシリウス。

 今まで閉ざされていた感覚が全て戻る。

 最初に感じたのは、冷気だ。気がつけば、シリウスの周りだけに霜が降りていた。

(まただ。寝たと思ったら、いつもこれだ。一体どうなってるんだ?)

 頭を懸命に働かせる。すると、シリウスに近い霜からみるみるうちに解けて、露さえ残さず消えていく。

 ふと頭を横に倒すと、誰かが立っていた。

 まず目に入ったのは、豊満な胸。シリウスなど物ともしないが、本人は恨みや、憧れなどない。むしろ、戦闘では邪魔になると思っているものだ。

 もうひとつ特徴的なのは、髪の毛。

 薄桃色の長い前髪は、彼女の目元をすっかり隠している。短く、ボブヘアーといったところだろう。

 頭の左右には立派な角が二本。背中には、これまた立派な竜翼があった。

 何より目を引くのは、シリウスの身長はゆうに超えるほどの、大剣。裸の状態で背負われている。この大剣こそ、彼女が愛用する武器である。

「随分と寝ていたけれど」

「ん…あぁ、イオ」

 獣竜族(じゅうりゅうぞく)のイオ。ただのイオだ。彼女は獣竜王(じゅうりゅうおう)フリーの配下であり、第一幹部である。

「オレ、どのくらい寝てた?」

 ゆっくりと体を起こし、イオに尋ねるシリウス。

 イオは思案する素振りを見せ、答えた。

「五時間」

「ごッ!?」

 驚愕するシリウス。

 思わず空を見上げた。すでに太陽はシリウスの真上を通り過ぎていた。

(夢に見た光は、正午の太陽だったのか…)

 と、納得するシリウスであった。

「昼食の準備ができていたのだけれど、その、寝ていた、から」

「えぇ!?起こしてくれればよかったのに!」

 ということは、オレが寝ている間ずっとオレの側に!?と、申し訳ない気持ちになったシリウスだったが、しかし起こしてくれないイオが悪い。と、開き直った。

「ああいうのは起こしてはいけない」

「なんで?」

「そういう決まり」

「あ、そうなんだ…」

 やけに真面目なイオ。シリウスも訳がわからないまま、割り切ることにした。

 さて、と立ち上がって伸びをするシリウス。どれだけ頑張っても全く主張のされないシリウスの胸元を、イオはちらりと見た。当然、前髪で隠れたイオの視線は、シリウスには気づかれることもない。

「シリウス、少し付き合ってもらうけれど、いい?」

 肩や首を回すシリウスに、イオは一言告げる。

「ん、なに?」

「買い物に付き合ってくれる?すぐ終わるから」

 城下ーー山の麓まで降りて、買い物がしたいと言うイオ。

 もちろんーー暇なのでーー断る理由もなく、快諾する。

「ああ、いいよ!」

「ありがとう」

 そう言って微笑むイオであった。


 イオの目的は、城の食糧庫の食材を切らしていたため、その補充とのことだった。

 いつも通っている市に向かって歩くイオ。先ほどまで背負っていた、愛用の大剣は、自身の影に【収納(ストレージ)】してある。

 もともと人混みの場所は好まない性格であるというイオ。ただでさえ人が多い場所に、並の冒険者よりも目立つ大剣を外に出したままで持ち歩くなどすれば、注目を集めるに違いない。

 それを避けるために武器は隠しているのだが、何を隠そうイオは獣竜王直属の幹部。住民に知られていない訳がない。

 イオを見た獣竜族や観光客は、その姿を見て、口々に彼女の名を叫び、手を振り、会釈をするなどされ、あっという間に注目の的だ。

 況して、そこにはさらに、フリーの愛弟子であるシリウスもいる。いつにも増して、民衆は興奮状態になっていた。

「ハァ、厄介ですね…」

 シリウスにしか聞こえないような小声で呟くイオ。

 だからこそ、周囲の声に耳を傾ける素振りを見せず、あくまでも悠々と歩く。

 しかし、イオとしては無視しているだけなのだが、獣竜族の、孤高かつ崇高であることを体現しているかのような立ち振る舞い。その威厳相まって、民衆の受けはかなり良い様子。

「見ろ、イオ様だ!」

「イオ様、ステキー!」

「カコッコいいわぁ!イケメン!!」

「…嗚呼っ///またしても無視された…。なんて孤高!獣竜族の鑑ッ!」

「良い!ツンっとしてるのが、なんか逆に良いッ!」

「俺を踏んで!そのおみ足で潰れるくらい踏みつけてくれェ!」

 ………かなり特殊なファンが多いようだ。

「大丈夫なのか?」

「ああいうのは聞かないほうがいいの」

「あ、そう…」

 とまあこんな騒ぎがありながらも、目的の露店までやってきた二人。

 イオはさっさと注文をした。

「ここからここまでを全て。その肉の脚は全て切り落としてくれますか?フリー様が嫌いなので」

「まいどー」

 あっという間に店頭がすっきりとした。

「随分と買ったな」

「街には滅多に降りないから、一度で数ヶ月分の食材を買っておくの」

(なるほど。いつも何気なく食べていたけど、そんな事情があったのか…)

 かなりの大人買いだ。イオの怪力があれば持てるのは持てるが、全てを持ち運ぶには手が足りない。

 そこでイオは、“彼女”の名前を呼んだ。

「カリスト」

「「なに?」」

 イオの影が蠢き、二つの声が聞こえた。

 興味深そうに、店主とシリウスはそれを見ていた。

「これを全て持ってくれる?」

「「うん」」

 影が変形し、大きな手となって盛り上がる。

 それはイオが買い占めた食材を包み込み、再び元の影に戻っていった。

 実は、イオの大剣も同じ原理で影に【収納】されているのである。

 イオの影に潜んでいるのは、第四幹部カリスト。

 影のスペシャリストであり、普段から影に潜んでいる、暗部担当である。

 二つの声が聞こえたのは、カリストは二人いるからだが、詳しいことは割愛する。

 まずは肉類を購入したイオ。

 他に、野菜や果物など、城の食糧庫に不足していた食材を店にあるだけ買い占め、この日の買い物は全て終えた。

 ようやく人混みから解放される。と、ため息をつき、城に戻ろうと踵を返した。

「それじゃ、帰りーー」

「フィオナ…!!」

「…!?」

「ぁ…」

 イオの足に小さな衝撃が来たかと思うと、小さな女の子が倒れていた。

 「申し訳ございません!!」と、彼女の母親であろう獣竜族が、顔を真っ青にしてイオに駆け寄る。

 女の子がぶつかる時に聞こえた声は、母親が娘の名を叫んでいたものだった。

 女の子ーーフィオナの視線の先には、地面に落ちてしまったソフトクリーム。

 どうやら、ソフトクリームを買ってもらったことが嬉しかったらしく、それを掲げ走り回っていたところを、イオとぶつかってしまったらしい。

「…ふぐっ、ぐすっ……」

 フィオナは今にも泣き出しそうだ。

 母親は弁解しようと必死だ。

「本ッ当に申し訳ございません!私の不注意で…お怪我は、服に汚れはございませんか!?どうか、お許しください!この子はーー」

「…起き上がれますか?」

 フィオナを優しく起こすと、ワンピースの裾を捲り上げ、膝を露わにする。

「酷い怪我…もう少し我慢して」

 優しく告げると、フィオナの膝に手をかざした。

 何をするんだ?と、一同が見守る中、イオは術式を構築する。

『術式展開ーー究極魔法【()】:“回復(ヒール)”』

 フィオナが魔力光に包まれ、膝の傷はみるみるうちに消えていく。見事なまでに、完治である。

「ふぇ…?」

「す、スゲェ…!」

 放心状態になるフィオナ。一方、奇跡の技を目の当たりにしたシリウスは、感嘆の声を上げた。

 そこへ、母親が駆け寄る。

「あ…ありがーー」

「さて…」

 突然イオがフィオナを抱き上げ、とある露店の前に立った。

「……!!」

 口元を押さえ、感極まった様子でそれを見る、フィオナの母親。

 一方のイオは、

「彼女に、先ほどと同じものを」

 と告げ、懐から銅貨三枚取り出し、店主に差し出した。

 やがて新しいソフトクリームができあがると、それを受け取ったイオは、抱き抱えていたフィオナに差し出した。

「どうぞ、ほら、泣かないで。貴女は強いから。もう、歩けますね?」

 ゆっくりとフィオナを下ろしてやる。

 目を瞬かせ、完全に放心しているフィオナ。

 段々と手元が傾いて…

「あぁっ…!よく見て、また落としてしまいますよ」

 慌ててイオが支えに入る。

 それで我に帰ったのか、手元のソフトクリームを見た。小さく声を上げ、みるみる表情が明るくなる。

 そして、一口。

「美味しいですか?」

「つめたい!」

「フフッ、良かったです」

 微笑むイオ。曇り模様だったフィオナの機嫌は、完全に晴れたようだ。イオは安堵のため息をついた。

「ありがとうございます!!傷を治していただいた上に、また新しいものまで買っていただいて、なんとお礼を言ったら良いか…!」

 深々と頭を下げるフィオナの母。

「お気になさらず。それと、娘さんにはよく言いつけておいて下さい。『ソフトクリームは溶ける前に食べて』と」

「え…?あ、はい!しっかりと言い付けておきます!本当にありがとうございました!」

 一瞬ポカンとする母親。少々、というか、かなり焦点のズレた話をするイオの天然ぶりに混乱しながらも、なんとか飲み込んでくれた様子。

 そんなことを話している間に、手まねのようにちょいちょい、と小さく影に合図。また影が蠢き、落ちていたソフトクリームはズブズブと沈んでいく。


「バイバイ、前髪のお姉ちゃん!」

「こ、コラっ!イオ様に失礼でしょ…!ど、どうもすみませんでした…」

 かくして親子と別れ、突如起きた事件は無事収まったのであった。

「…帰りますか」

 一息ついたイオが、シリウスに告げる。

「そうだな」

 と賛同するシリウス。

 少し疲労を見せながらも、どこか清々しい様子で、二人は城に戻るのだった。



ーー翌日、今日も今日とてフリーとの修行の時間である。


「術式?」

 本日のテーマは“術式”だ。

「そうだ。本来ならば今日、初めてちゃんと見せてやろうと思っていたが、先に見てしまったようだな」

 言われ、シリウスは記憶を辿った。

 昨日、イオが見せたもの。あれが術式というものだろう、とシリウスは考えた。

「ところで、術式を使えるのは、何もイオに限ったことではない」

 フリーはしゃがみ、何度も地面をコツコツと叩く。

「内なる魔力。それは全ての生物に備わっている。色も違えば形も違う。簡単に言えば、その魔力をコントロールすることが、術式を使うということだ。術式を使い、魔法を発現させることを、“術式の展開”と言う。ちなみに、その際の詠唱のことを“術式の開示”とも言う」

「なる、ほど?」

 まだ理解しかねている様子。生まれてこの方、自身の魔力について考えたこともなかったシリウスには、魔力をコントロールするという感覚が分からなかった。

「魔力というものは、言った通り、全ての生物に備わっている。つまり、術式は全ての生物が行使することができる。イオも貴様も、当然、俺もだ」


『術式展開ーー窮極魔法【(カイ)】:“解放(リリース)”』


ドッッッ!!!


 地面に押し当てた拳に力を込める。

 強烈な爆風と地震。フリーを中心とした、同心円状の亀裂が入り、ブロックのように段々に浮き上がるそれは、円錐ーー丸いピラミッドのようだ。

 日が大きく遮られ、辺りは陰り、暗くなる。

 聳え立つようなそれは、落ちてくる砂や小石が気にならなければ大迫力だ。暗いため、それは不気味でもあった。

「なッ、ななな!?」

 驚愕するシリウス。

 浮き上がっていた地面は、やがて鈍い音を立てて沈み、元の平原に戻った。

「い、今の……ッ!?」

 やれやれと服の埃を払い、フリーは言う。

「あまり強くすると、火山が目覚めてしまうからな。10%も力を出せないから、退屈でたまらん」

「今ので一割も出してないの!?」

「当たり前だろう。そもそも、ドラコ(ここ)の火山を殺したのは、俺だ」

 かつて活発に活動していたドラコの火山は、それを煩わしく思ったフリーが気まぐれで地面を叩いたところ、眠るどころか完全に機能停止してしまったという。

 驚きの連続に、シリウスは呆然とするしかなかった。

 ようやく理解したのだ。フリーの異端さ、超えるべき壁の高さを。

「ま、昔の話だ。あの時の俺は尖ってたからな」

 ーー今も尖ってますけど!?

 声に出して突っ込みたくなる気持ちを必死で抑える。もし口に出せば、多分殴られる。

「さて、今度は貴様の番だ」

「う、うえぇ!?お、オレ、魔法とか使ったことないんだけど!?」

「案ずるな。フッとやってハッとすれば…何か出る」

「テキトーだな、オイ!!」

 と、文句を言いつつも、逃げるつもりも逃げ道もないシリウスはとりあえずやってみることにした。

(フッとしてハッて……分かんねぇよ…)

 肩の力を抜く。間抜け顔になるほど無になり、静止する。

 数秒後、目を閉じ、ゆっくりと息を吸い、それに合わせて胸の高さまで両手を上げる。

 ゆっくりと開眼。

 この時すでに、シリウスは魔力光(まりょくこう)に包まれていたが、本人は極度の集中状態の中にいたのか、気づくこともなかった。

 “何か”を掴むように指を曲げ、前方へと放つ。

「フッとして…ハッ!」

 シリウスが両手を前方に出すーー手を振り払うことで舞った白い無数の光は、地面に触れた瞬間、辺りが凍りついた。

 魔法を知らないシリウスでも、確かに分かった。

 これは、一発成功だ。

「……ほう?」

「なんか、でた…」

(無詠唱…俺が見てきた者は、皆無意識のうちに術式構築の詠唱を喋り出すのだが…。それに、初めての術式でいきなり空間に干渉するとは、まさか、魔導ーーいや、シリウスは“究極”ではない筈…。でないとすれば、これはーー才能!!)

 フリーの口角が釣り上がる。

「面白い…【氷】か」

「ねぇ、なんか出たんだけど」

 信じられない、といった様子のシリウス。声のトーンは至って冷静だが、瞳は必死で助けを求めている。

 しかし、それよりも困っているのはフリーの方のようだ。

「そうだな。俺も予想外だったんで、【抵抗(レジスト)】が遅れた。それで、貴様の氷が俺を侵食してくるんだが、早く解いてくれないか?」

「うわぁぁぁ!?ご、ごごごご、ゴメン!」

 着実に、フリーの足を凍らせてくるシリウスの氷。

 不思議なことに、後出しでの【抵抗】が発現できなかった。

(【滅魔(アンチマジック)】か?固有が【氷】というのも珍しい。というか、むしろ居なかっただろ)

 フリーは既に、シリウスが特異であることを見抜いてはいた。

 フリーの強烈な一撃を食らってもピンピンしていることが何よりの証拠だ。

 対フリーに関しては、受身云々でどうにかなる問題ではない。

 物理攻撃に対する耐性、それでも無事でいられるかどうかだ。

 かなりの抵抗力を持つ、独自の物理攻撃耐性術式の展開を無意識のうちにやっているとすれば、説明はつく。

 それこそが特異であるということなのだが…。

「ど、どうやって消すのコレ!?」

 焦り出すシリウス。こうしている間にも、シリウスが生み出した氷はフリーの膝あたりまで到達している。

「空間干渉系は、初心者、しかも初めての術式で、となると解除は難しい作業だ」

 と冷静に言っているが、かなり大問題だ。

 事の重大さは、術式に疎いシリウスでも分かった。

「ち、ちょっと待って、それじゃあどうすれば良いんだよ!?」

「落ち着け。……どうせ貴様のことだ、氷が解けるイメージでもすれば、消えるんじゃないのか?」

「さっきから適当過ぎないか!?」


 なんだかんだで実践する。

「氷が、解けるイメージだな…!い、いくぞ……?」

「早く」

「待ァてっての!ーーえっと、こ、氷よとけろ〜」

「口に出してどうする…」

 まさかの行動に額を抑えるフリーだったが、

「あっでも見て解けてる!」

「何ィッ!?」

 なんと、『解けろ』と唱えるだけのなんちゃって詠唱で、外側から徐々に氷が解けていったのだ。(というよりは、『消えていく』が正しいだろう)

 予想だにしなかった結果に、今度はフリーが唖然としていた。

(まさか…!いや、言葉はおそらく関係ない。確かにシリウスは、氷が解けるイメージをしたのだろうな。だが、本当にそれで術式が解除出来るとはな…)

 咳払いを一つ。いたって平静を装い、師匠面でシリウスを褒める。

「み、見事だ。流石は俺の一番弟子だな」

「弟子はオレ一人だけどな」

 何のことだ?とシラを切る。

 勝手に話を切り替えるように、フリーはシリウスの術式について分析をする。

「今のが、“固有術式(こゆうじゅつしき)”というものだ。生物が元来持つ術式のことで、ユニークスキル、なんて言い方もある」

「その、ユニークなんとかってやつは、みんな違うのか?」

 シリウスが質問を投げかけると、良い質問だ、とフリーは答えてくれた。

「普通はそうだ。というかほとんどそうだ。もちろん、世界は広いので例外があるやもしれん」

「つまり、基本被りはないけど、世界のどこかにはオレと同じ術式を持っている人がいる、てことか?」

「……どうだろうな、貴様の固有は、分かっていると思うが、【氷】だ。正式には『原始魔法【(ヒョウ)】』という。水属性系統の術式だが、【氷】は滅多に見ないな」

「そう、なんだ」

「……妙に元気がなさそうだな?他の誰も持っていない術式ってのは、まさに希少。もっと誇っても良いんだぞ?」

「いや、うん。確かに嬉しいよ。でも、なんつーか、フリーに負けてる気が……」

「……クッハハハハ!!そんなことを気にするのか、貴様は!?自惚れではないが、それは誰もが思っていることだぞ?」

「え?そう、なの?」

「ああ、そうだ。それに勘違いしているようだから言っておく。貴様と俺の術式は雲泥の差がある。いいか?貴様は『原始』、俺は『窮極』だ。俺に負けて当然だろう?」

「きゅうきょく?」

「術式は大きく分けて、三つに分類される。『原初魔法(げんしょまほう)』、『原始魔法(げんしまほう)』、そして『究極魔法(きゅうきょくまほう)』だ」

「フムフム」

「前者二つは、生まれ持っている術式に多い。魔法には属性が存在し、『基本五大属性(きほんごだいぞくせい)』と呼ばれ、【火】【水】【木】【光】【闇】がある。多く、これらを『原初魔法』と呼ぶ。そして、それぞれから枝分かれするように存在する『派生属性(はせいぞくせい)』。【火】から【炎】、【水】から【氷】、【木】から【()】、【光】から【(セイ)】、【闇】から【()】など、コイツらを『原始魔法』と呼ぶ」

「う、うん?」

「後者である『究極魔法』は、それらの術式の鍛錬をすることでたどり着く、極地。まさに究極の術式」

「な、なるほーー」

「ただ!『究極』の面白いところはここからだ。例えば、同じ【火】でも、究極に進化したときにそれぞれ別のものになることがある!」

「な、何ィィィィ!?」

「イオがいい例だ。アイツはかつて『原始魔法【聖】』を持っていた。【聖】は【魔】に強く、【魔】に弱い。ここは、基となっている【光】と【闇】と同じ性質だ。ちなみに、他の派生にも同じことが言える。例外もあるがな。ーーで、術式の鍛錬を重ねたイオの術式は究極へと進化した。するとどうだ、奴は聖属性でも回復に特化した『究極魔法【癒】』に進化したのだ!」

「えェェェェ!?ってことは戦えなくなったってこと!?」

「チッチッチ、それが違うんだな。確かに、最初はイオも混乱していた。だが、奴は考えた。実に巧妙にな。それが『反転術式(はんてんじゅつしき)』だ」

 『究極魔法【癒】』へと進化したイオの固有術式。回復に特化し、生きている者であれば、小さな怪我から、致死級の部位欠損、果ては不治の病までも治すことができるようになった。

 小さな怪我ーー擦り傷、剣などでやられた切り傷などは、聖属性でも回復できたが、部位欠損や病気系となると、何人もの術師が集い、数時間あるいは数日、数週間以上の時間をかけなければならなかった。

 それに引き換え、イオはたった一人で、いとも簡単にそれらを治してしまう。それだけ聞けば、とても魅力的で強力な術式と言えた。

 しかし、イオにとってそれは致命的だった。

 今や術式は戦闘においてなくてはならないものである。

 素の力vs術式では、圧倒的後者が有利なのだ。

 傷を癒すだけのイオは、少なくとも無能だった。

 これでは戦果を上げられないために、戦闘員から降りなければならなかった。それは数多(あまた)の兵を持つ組織であれば雀の涙でしかないが、兵士を持たず、たった四人の配下しか持たないフリー陣営ーーアンノウン・ファミリアにとっては致命的な戦力の不足である。

 そこで編み出したのが、“術式の反転”だった。

「『反転術式』は、簡単に言えば、通常の術式構築とは真逆の方法で行うことで、術式効果を反転させるというものだ。基本的に、反転された術式は、元の術式の弱点となる術式に変化する。【光】が【闇】に、【火】が【水】という風にな。当然、イオの術式も反転が出来たわけで、万傷を癒す術式を反転させればーー分かるな?」

「……!!」

 戦慄の表情を見せるシリウス。

 反転術式は、元の術式が強ければ強いほど、その真価を発揮する。イオ(しか)り、一見すると戦闘では使えないような術式でも、反転させることで化けるものもある。

「俺の固有術式は、『窮極魔法【壊】』。俺の術式は、万の(ことわり)を破壊する」

「……それってさ、反転させたら、イオの術式と同じになるんじゃないのか?」

「鋭いな。そうなると思って、俺もやってみたんだが、“治す”よりは、元に戻す、“直す”術式だったのさ。少しガッカリしたが、アイツの存在意義が無くなってしまうのも嫌だったんでな、逆に良かったと思っている」

 イオは、身体に関する傷や病気を治す術式である。

 一方でフリーの反転術式は傷を癒すことはできなかったが、壊れた建物や道具を修復することが出来た。

 かつて、それを行使し、古代遺跡を完全修復させるなどの偉業を成し遂げたが、なんとなくいけない気がしたのか、それ以来使う機会は減ったのだとか。

 現在は、年に一度の雪解けの季節、城の大掃除の際に大修復が行われ、フリーの居城は常に新築のような美しさを保っている。

 空を飛び、城に向けて大規模な術式を展開するその姿は、何故か人気で、多くの観光客が訪れるという。

 シリウスもドラコに来て長いが、そろそろ気づき始めていた。

 フリーは自由奔放だ、と。


「さて、俺はもう帰るが、貴様はどうする?」

 今日、教えられることは全て教えたというフリーは、暇を持て余し、城に戻って寝ると言い出した。

「いや、もう少し残るよ。一日でも早く、魔力をコントロールするって感覚を掴まないと」

「フッ、若いな…。くれぐれも無理はするなよ、今の貴様の魔力は、体力よりはるかに劣る。過度の消費は、何日間も寝込むことになるから、気をつけるんだぞ」

「あぁ、分かったよ」

 シリウスのことだから、心配する必要はないとは思うが、万が一というものがある。その可能性を考えて、フリーはシリウスに警告するのだった。

「何かあれば、イオが呼びに来るだろう。じゃ、俺は寝る」

「ーーうん」

 もはや空返事である。

 だが、そんなことは気にも留めず、フリーは身体を包んでいたローブの、喉元を触る。

 その瞬間、前部分が展開し見事な肉体を露わにした。

 一方のローブのような布は、竜の翼となっていた。これこそ、フリーの服の秘密である。

 颯爽と飛び立つフリー。流石というか、あっという間に姿が見えなくなった。

 残されたシリウスは、一人、黙々と術式のコツを掴もうと、手のひらに氷を生成し続けるのであった。



「お帰りなさいませ、フリー様。ご就寝ですか?」

 居城に戻るなり、イオが出迎えた。

 床に着地すると、フリーの翼は体に巻き付き、布のようなものに変化すると、密着していたそれはふわりと広がり、やがて着丈の長いローブへと姿を変えた。

「シリウスは外で術式の練習をしている。二、三時間ほどしか保たんと思うが、後で見てやれ」

「承知しました」

「それと、今夜だな?」

 フリーが話題を切り替える。

「はい、エウロパから連絡がありました。日没には戻るかと」

「馳走を用意しよう、宴だ」

「承知しました」

ステータス

〈シリウス・ブラウ〉

•原始魔法【氷】


〈フリー・アンノウン〉

•窮極魔法【壊】


〈イオ〉

•究極魔法【癒】

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