17 後始末
史上最強の種族王、獣竜王フリー・アンノウンと、彼率いるアンノウン・ファミリア。対するは、史上最悪の禁忌、【禁忌】を封印から解放した反逆者、精霊王ネオ・ファルシュと彼のその配下との戦い、後編。
『術式展開――魔導領域【空虚域】』
ネオが展開した、魔導領域【闇妖精域】が閉じかける直前に、空間に数多の亀裂が走り、決壊した。
「ッーーーーー!!」
すぐさまネオは二俣鉾を地面から抜き、構え、術式を構築する。
――しかし、
『術式展…………』
魔力が捻出できない。
「…………ッ、クソッ!!」
持て余すほどの怒り、過度の魔力消費。それによって引き起こされた過熱不良。今、ネオは固有術式を使用できない。
――冷却が必要だ。
無慈悲の波及はネオを周囲の空間ごと飲み込む。
出来上がったのは暗黒の“何か”。もはや光という概念さえも存在しない無の世界。それは、“空間”という概念だけを残して、あらゆるものが消え去った場所。時、光、空気、全ての狭間。
真っ暗で眩しく、虚無で満ち満ちた――これが獣竜王 フリー・アンノウンの魔導領域【空虚域】である。
術者を除いた、この領域にいる者は、無に押し潰されまいと、在り続けようとする。その時、生物としてのあらゆる機能は一時的に停止し、ほぼ同時期に処理落ちのような現象が引き起こされる。
ネオは、完全にフリーズした。
「滑稽だな」
無論、フリーの声は、今のネオには聞こえない。
「――怒りに身を任せた魔導領域は破られ、お陰で固有は焼き切れ、挙げ句の果てはただのサンドバッグか」
ゆっくりと歩む。そしてネオの正面に立つと、眉ひとつ動かさず、言った。
「案ずるな。死なん程度に壊してやる」
拳を握り構えると、術式を解放した。
『術式展開――窮極魔法【壊】:出力=50%』
まずは一撃。もちろんネオはなんの反応も示さない。
続いて二撃目。フリーは不快感に顔を顰めた。
「わかるか? とてつもなく気持ち悪いんだ、この感覚。動きもしないのに柔らかい。だから言ったんだ。あまり煩わせるな、と」
こじつけるように言うが、そんなことお構い無しにと殴り続けた。
総数、13発。フリーは満足したようにネオから距離を取る。
この【空虚域】の真の恐ろしさは領域を解除した後にある。
あらゆる概念の狭間。ここでの出来事は、領域を解除した後、一度にやってくる。
「精々、耐えろよ」
術式を解除すると、領域に亀裂が走り、ガラスが割れるように崩れて消えた。
なだれ込むように空気が満ちていき、光と影が生まれ、隔たれた空間は一つになる。
――そして時は動きだす。
「ッッッーーーーーー!!!!!」
その瞬間、ネオに、フリーのありったけが降りかかる。
フリーは稀に見る笑みを湛えた。それは憐れみと蔑みの色が混ざっていた。
「いいか? 展開、発現から、解除までが、術式だ。覚えておけ」
ガクンと膝を落とすネオ。その視線はもはやどこにも向かず。口から多量の鮮血が溢れ出た。
「………………ぁ……」
「大した肉体だな。腐っても、種族王か」
フリーのその言葉を最後に、ネオはその場に倒れ、同時に、意識は暗転した。
残った二俣鉾を手に持つと、ネオの頭の横――地面に突き刺した。
「さて……片付けるか」
1人呟き、ズタズタになった『翼化のマント』を担ぎ、街の方へ歩いていった。
――かくして、種族王同士の一騎打ちは、獣竜王フリー・アンノウンの圧勝に終わったのであった。
◇◇◇
元精霊王ネレイス・ヴァールハイトは、かつての部下、フランツェの亡骸を呆然と見つめていた。
「そう、貴女はその道を選んだのね」
『眉間を貫かれている。見かけの傷は治されているが』
ネレイスの相棒であるウンディーネが、フランツェの前髪を上げ、額を顕にした。
『固有術式は焼き切れ寸前。領域を使ったようだな』
「そうみたいね。 ――ウンディーネちゃん、“あの子”はどうなったかしら?」
ネレイスに問われ、ウンディーネは辺りを見回す。
彼の表情はひとつも変わらないが、ネレイスには分かった。
焦り混じる声色で、ウンディーネは言う。
『不味いな』
「あらあら、自らを生贄にしてこの国を覆う気かしら?」
『いずれにせよ止めなければ。精霊と契約した者を安易に殺してはならん』
「探しましょ、完全に暴走する前に」
ネレイスが危惧していること。それは、精霊術に関するものである。
本来、精霊術師は、死ぬ前に精霊との契約を断つ。それは、死後依代を失った精霊の暴走を防ぐためである。
平等契約とはいえ、制御権は術師にある。肉体及び魂を依代とさせる代償として、その力を得るのが精霊術なのだ。
それが、まだ依代として残ったまま術師が死んでしまうと、制御を失い、暴走してしまう。
「――何か、増えてねぇか? さっきより」
ガニメデが漏らした言葉に、一同は頷く。
「確かに、さっきよりも勢いを増しているような気がするよ」
と、エウロパ。
最も消耗が激しかったのは、イオだ。
底知らずの魔力を持っているとはいえ、長時間反転術式を使用しているのだ。
ついに底が見えてきた。
「一刻も早く、片さなければ……」
そんな彼女の、僅かな隙を突いて、魔族が襲い掛かる。
「クッ……」
肉を切らせて骨を断つ。後で傷は、自身の術式で癒せばいい。その覚悟で、左手で攻撃を受けようとした時だった。
『“破拳”』
突如、魔族が霧散した。
イオは後ろを振り返る。そこに立っていたのは、我らが主人の姿だった。
「ふ、フリー様……!!」
「――ネオ……奴はどうされたのですか!?」
エウロパは驚いた様子で問いかける。
それに、フリーは何事もなかったかのような声色で答えた。
「あぁ、ぶっ飛ばしてきた」
その一言に、一同は呆気に取られた。
「…………クッ、ハハッ……流石です。それでこそ史上最強の種族王……!」
「世辞はいい。さっさと片付けるぞ」
『はっ!!』
フリーの指揮により、僅かに不利かと思われた情勢が傾き始めた。
何より圧倒的なパフォーマンスを見せたのは、ネオとの激戦からの連戦にも関わらず、衰えることのない強さを誇る、フリー。お得意のカウンター戦法で相手の動きを完全に見切り、無傷で屠っていく。
それに続くように、ガニメデが暴れまくる。
“回廊”を駆使し、阿吽の呼吸で影から影へと移動するカリスト。神出鬼没の暗殺者だ。
エウロパは、消耗しているイオを守るように戦っていた。
一気に形勢は逆転。やがて、誘われたように魔族の群れの中から一際存在感を放つモノが現れた。
禍々しい魔力を纏うそれの正体に、フリーは勘づいた。
「――精霊だと?」
「いえ、アレは……」
イオが割って入る。その精霊の姿に見覚えがあったからだ。
「フランツェ、さん……?」
死んだはずのネオの部下、フランツェにそっくりだった。
ソレが指を鳴らすと、空中で魔力が結晶と化し、そこからさらに肉体が生成されていった。
「はぁ!? 魔族を生み出しやがった!」
ガニメデが叫ぶ。
「アレが――」
無鉄砲か否か、フリーはソレ目掛けて飛び出した。
「ッ、フリー様!!」
突出したフリーを止めるエウロパだが、その声に耳を傾けようとしない。
拳を握り、相手を見据え、フリーは呟く。
「さぁ、どう出る?」
フリーに気づいた精霊は、手のひらを前に差し出した。
「グ、ぎ、がぁ、あァァぁ!!」
魔族が突如苦しみだしたかと思われた時、その体から尖った木の枝が飛び出した。
「面白いっ!!」
フリーは獰猛に笑い、それを回避。そのまま枝に触れ、そこにありったけの【壊】を流し込む。
一瞬にして、枝が爆散。しかし、一本程度では、相手は怯まない。
今度は3本同時にフリーに攻撃。
フリーは止まることなく構えると、術式を発現した。
『“破術”』
術式を破壊する術式。大層な技名まで付けているが、基本的にフリーの技は全て同じ効果だ。曰く、気合の入りが違うとのこと。
一瞬にして全ての枝を破壊され、流石の精霊も僅かにたじろいだ。
「終いだ……!!」
トドメの一撃に、とフリーは右手に魔力を集中させる。
『術式展開――窮極魔法【壊】:出力=99%』
フリーの持つ最大火力を込め、精霊を粉々に破壊…………しなかった。
「殺さないで!!」
フリーが術式を発現させる直前に、何者かが叫んだのだ。
誰もが目を見張った。
そこにいたのは、元精霊王ネレイスだった。
フリーは眉ひとつ動かさず、その手を収めた。
「なんだ、アンタか」
ネレイスとフリー、双方久方ぶりの対面となるが、そんなことも構わず、彼女は告げた。
「あの子を殺せば、もっと厄介になるわ」
「……どういうことだ?」
「この子の能力は、“生贄と召喚”。殺しても無駄よ」
「――なるほどな」
一つ、“生贄”。それは、対象を生贄として扱うことが可能。生贄とする際には、生物、無生物を問わない。
一つ、“召喚”。“生贄”に付随する能力。生贄を捧げて同等のものを召喚する能力。ここでの「同等」は、魔導的に平等であるということ。すなわち、生贄と召喚物が同じ魔力量であることが条件である。なので、特定の術式によるコストカットはできない。
「それで、俺にどうしろと?」
フリーはネレイスに問いかけた。
答えたのはネレイスではなく、その後ろで浮遊していたウンディーネだ。
『お前たちが関わる必要はない』
「なに?」
『ネレイス、ただ消すのも惜しいな』
ウンディーネは興味深そうに、僅かに微笑んだ。
「あらあら、ワガママなのね」
『――ここで従える』
告げると、ネレイスの動きに合わせて、術式を発現させた。
ネレイスの周囲に大小さまざまな水泡が浮かび上がる。
ウンディーネの発言に突っ込んだのは、エウロパだ。
「待ってください、ウンディーネ殿。主従は精霊術の総則に違反するものでは?」
『否。コレは能力の取引だ。敗者は勝者に能力を譲渡する必要がある』
勝負における、勝者への“勝者の特権”。これは何も、人狼族と、その血族だけに限られた話ではない。
『それに、いずれにせよアレを鎮めなければならん』
ネレイスは右手の人差し指の指輪を外した。綺麗な、透き通った青色の結晶が嵌め込まれた指輪だ。
半透明だったウンディーネの姿が実体化し、それに伴い、溢れる魔力も増した。
ネレイスが指輪を外すことは、ウンディーネのリミッター解除を意味する。普段は、大精霊故、強大すぎる魔力を抑え込むために着用しているのだ。
生物としての、格が違う。
『さて、始めようか』
「みんな、ウンディーネちゃんの援護を」
ネレイスはイオたちに指示を出す。その一言にアンノウン・ファミリア一同は構える。
ウンディーネが拳を握ると、周囲の水がひとつとなり、ウンディーネの顔前に留まる。
指で優しくそれに触れる。その瞬間に水泡の表面に波が立ち、徐々に縦長く引き伸ばされていく。
やがてそれは弓矢と成り、瞬きのうちに精霊の肩を貫いた。
僅かに生まれた隙を見逃さず、ウンディーネは距離を詰めた。
『鎮まれ……!!』
精霊の胸元に両掌を当てて、エネルギーを流し込む。
透明な衝撃波が生まれ、精霊の体から何かが飛び出た。
『出たッ! アレを壊すのだ!』
ウンディーネの声に、真っ先に動いたのはフリーだ。
それは、紫色の透き通る結晶が嵌め込まれた指輪。フランツェがその精霊を制御するために着用していたと思われるものだ。
本来、指輪の着用は、契約した精霊が大精霊級のものでないと必要になることはない。
「やっぱり、只者じゃ無いわね、フランツェちゃん」
『アレほどのものと契約を結ぶとは……』
精霊の方は機能停止状態となる。指輪との接続が切れたことで、一時的に止まったのだ。
フリーは精霊から飛び出たそれを破壊せんと掴んだ。
――その時だった。
『キャァァァァァァァァァ!!!!!』
『グゥ……!?』
「う、るさ…………」
突如として精霊が叫び出した。鼓膜が破裂するかと思うほどの高爆音。流石のウンディーネも怯んだ。
その隙に覚醒した精霊は、フリーの手にした指輪に手のひらを向け、前に差し出した。
『ッ、その指輪から離れるのだ……!!』
咄嗟にウンディーネが叫ぶ。
「――もう、遅い」
しかし、フリーが呟いた瞬間、彼の右腕が、肩から先が持っていかれた。
「チッ……!!」
想像を絶するほどの痛みだろう。あのフリーの表情がほんの僅かに歪んだ。
「なっ!?」
「…………!!!?」
「フリー様!!!!」
予想外の出来事に、フリーの配下らは目を見張った。
「――イオ!」
「は、はいっ!」
片腕の欠損の修復のため、術式を発現。
ネレイスは安堵のため息を吐く。
「不幸中の幸い、ね。よく片腕だけで済ませたわ……」
「肘までで済んだと思ったんだがな……少々舐めていたようだ」
イオ自慢の回復術式で右腕を取り戻したフリー。改めて目の前の怪異を見据えた。
フリーの右腕がぐしゃぐしゃに潰れる。
「惨いな…………」
さっきまで自分の肩にくっついていたかと思うと、吐き気さえ感じてくる。
その腕は“生贄”として捧げられ、別のモノが“召喚”された。
誰もがそれに、己の目を疑った。
「――まぁ、皆様お揃いで」
「なん、だと……!?」
エウロパが目を見張り、呟いた。
「生きていらしたのね、ネレイス・ヴァールハイト」
「…………フランツェ、ちゃん」
ネオの配下であり、ファルシュ・ファミリア第二幹部のフランツェの復活。その瞳孔は縦に細長く、まるで獣竜族のようだ。
フランツェは紫色の結晶のついた指輪を右手の人差し指に嵌め、そして狂気に笑い、叫んだ。
「復活祭を、始めましょう!!」
瞬間、無詠唱で数多の魔法陣が展開された。その速さたるや、最強の魔導師と名高いジークに並ぶほどである。
その全てから、同時に、樹木の枝が飛び出した。
「ッ!!」
「……!?」
気がつくとフリーたちは密集し、その先頭にネレイスが立っていた。
(一瞬にして空間を縮めたか。相変わらず、衰え知らずだな)
フリーが感心している他所で、ネレイスはもう一つの術式を発現させる。
「チィ! 忌々しい能力ですこと!!」
全ての枝がネレイスに集中し、その全てがネレイスに当たる直前で、それ以上伸びることがなかった。
「水大精霊!!」
ネレイスが叫ぶと、ウンディーネが術式を発現した。
掌の上で水泡を作り出し、潰す。小さな礫は氷の刃となり、フランツェに降り注ぐ。
「通用しませんわよ!」
地面から伸びてきた大樹に自ら飲み込まれると、別の場所で発芽した大樹からフランツェが現れた。
しかしネレイスの表情は変わらず、空を切り裂くように腕を振った。
その瞬間、氷刃の雨がフランツェを襲ったのだ。
「なッ…………ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ネレイスが掴んでいたのは、空間。
「無駄よ、私に攻撃は届かないし、貴女は攻撃を避け切れない」
「くっ、空間を、ずらしたの!? この化け物がッ!!」
そう言うフランツェの身体は、魔族を生贄として修復。さらに、光合成によって修復に使用した魔力を回復した。
だが――
『それはこちらの台詞だ、バケモノめ』
フランツェの背後に、ウンディーネが居た。
拳の先から放たれたのは、数発の高圧力の水鉄砲。それはフランツェの身体を貫通し、さらにその先で再び水泡となり、発砲。弾数はねずみ式に増えていき、フランツェは瞬く間に蜂の巣にされた。
「ぁ、が……………」
流石のフランツェも身体の修復が間に合わず、その場に倒れた。
鮮血が溢れ、瞬く間に血だまりができる。
『指輪。それが彼奴の敗因だ。制御権を術者が持っているために、精霊術を発現することができないのだからな』
「――しかし、殺してしまっては同じことでは?」
エウロパがウンディーネに問いかけるが、それは杞憂だとウンディーネは言う。
『案ずるな。死んではない』
「は? 何故?」
『彼奴の眼を見たか? 獣竜の眼だ。蘇る時に、獣竜王の片腕と、己の死体を生贄としたからだろう、彼奴はただの闇妖精ではない』
「…………あらあら、厄介ねぇ」
ネレイスはどこか間抜けた様子で呟いた。
「それで、どうするよ? 従える、なんて言っていたが」
ガニメデが訊くと、ウンディーネは少し思案する。
――我ながら少し甘く見ていたようだ。
『やはり指輪を破壊するしか無いか』
「――ならば俺が行こう」
ウンディーネの一言に、食い気味に割って入ったのはフリーだ。心なしか、「ほら見たことか」と言っているような表情だ。
しかし、ネレイスが止める。
「ダメよ。フランツェちゃんは、フリーくんの腕を取り込んでいるもの。フリーくんの生贄としての相性は控えめに言って、最高よ」
「…………チッ、壊して仕舞えばいい話だろう?」
「ダーメ。精霊術を甘く見てるでしょ」
ネレイスはどうしても引かなさそうなので、渋々フリーが諦めた。
――ではどうすれば良いというのだ?
そんなことを考えているうちに、フランツェの傷は少しずつ癒えてくる。
やがてゆっくりと、再び立ち上がったのだ。
『なんてバケモノだ……』
ウンディーネにそう言わしめるほど、フランツェは底が見えない。
どうしても攻略の糸口が見えず、攻めあぐねている時だった。
「――壊せばいいんだね? 指輪」
「「「ッ…………!!!?」」」
しれっとフリーらの輪の中に入り、さも最初からいましたよ的な雰囲気を醸し出しながら彼女は言った。
ネレイスは愚か、フリーまでも己の目を疑った。
ネレイスとほぼ同じくらいの身長で、腰あたりまで伸びた蒼銀髪に、蒼白の瞳。狼の耳と尾を持つ獣人で、何より目を惹くのは、抜群のプロポーションと、裸足。
「あ、アンタは――」
「良いよ、手伝ってあげる」
「ッ、俺の話を……!!」
フリーの言葉に耳を傾けず、ぺたぺたとフランツェに歩み寄る。
動けなかった。あのフランツェが、目を見張り、戦慄していた。
まさに、ゼロ距離。今にも額が当たりそうなほど彼女はフランツェに接近した。
「あ、あぁ………ぁ……」
――【白銀の狩人】
脂汗をかき、ただ呆然と、彼女の瞳しか見れないフランツェ。
「ハンデ、あげる」
不敵に微笑み、彼女は言った。
激しい動悸。鼓動が鼓膜に響き、過呼吸となる。まともな術式構築もできていないというのに、発狂しながら発現した。
「――うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
刹那。
気がつけば、フランツェの右腕は宙を舞っていた。
「…………ぁ?」
潤んだ小さな声で呟く。やがて遅れて痛覚が目覚める。
「グアァァァァァァ…………!!!!!」
その場にへたり込み、激痛に喘いだ。
――蹴り上げ。ただそれだけで、フランツェの腕が捥げて飛んだのだ。
彼女はその脚を静かに下ろした。
「フゥー……! フゥー……! フゥー……!」
フランツェの息は荒く、その表情は絶望に満ちている。
(嘘よ、ありえない!? …………再生できない!!)
「降参する? そしたら腕、治したげる」
そう告げる彼女だったが、フランツェは気が動転しているのか、聞く耳を持たない。
「き、貴様ァァァァァァ! 私にィ、何……ヲっ――」
気づいた時には、フランツェの首が飛んでいた。断面には薄氷が広がっていた。
「……おい、それはネレイスの――」
「あ?」
「いや、何でもない」
フリーは呆気に取られ、ネレイスも「あらあら……」と声を漏らし、それ以上に言葉が出なかった様子。
一方、【白銀の狩人】はフランツェの出方を伺っていた。
「さぁ、どうする?」
そこに現れたのは、1匹の飢えた魔族。フランツェの無惨な姿を見るや否や、飛びかかり貪り喰った。
やがて骨すら残さず完食したとき、突如として嗚咽し、呻き声を上げるその身体を引き裂いて現れる者がいた。
「ヒュー! ヤバいね」
【白銀の狩人】は感嘆に口笛を吹いた。
笑顔だった表情は一瞬にして無くなり、静かに構えをとった。
「む、無駄ですわよ。今の私には、誰一人として殺すことはできませんもの」
「じゃあ、ほんのちょっぴり、実力見せちゃおうかな」
左足を前に出し、ゆっくりと半円を描く。
『氷纏――』
次いで、右足を高く振り上げ、強く震脚する。
『――装身』
彼女の足が、ハイヒールの付いた氷鎧に包まれた。
間髪入れず、フランツェと距離を詰めた彼女は、旋回し、蹴り下ろす。
『我流脚闘術・壱ノ型“雪崩”』
「ッ!!」
フランツェはギリギリで回避する。
地面に叩きつけられた足は、それを中心にいくつもの氷柱が現れた。
負けじとフランツェは術式を構築。
『術式展開――』
『参ノ型“地吹雪”』
「キャッ……!!」
足払い。何より恐ろしいのは、術式構築技術はジークに並ぶほどの実力を持つフランツェでさえも追いつけないほどの、【白銀の狩人】の術式構築速度だ。
さらに、脚闘術と呼ばれる足技は見た目よりもリーチが長く、距離感が掴みにくい。
極め付けはその速度。転向力を利用した物理攻撃力増加を図った旋回は相手を寄せ付けず、自身は射程距離を僅かに伸ばすことが可能だ。
無防備となったフランツェに、彼女は、右足の【氷纏装身】を解除し、攻撃する。
『我流脚闘術・零ノ型“六花”』
軽くつま先でフランツェの胸元に触れる。
「――は?」
一瞬呆気に取られた様子だったが、それは束の間のことだった。
触れた場所から薄氷が広がり、やがて雪の結晶が出来上がった瞬間に大きな衝撃が加わったのだ。
「グッ……ァァ……!!」
よろめいたフランツェの隙を突き、追撃。
『弐ノ型:亜式“霰・礫”』
右足に薄氷を纏い、鋭く刺すように蹴りつける。フランツェには当たらず標的から逸れたかと思われたが、次の瞬間、「パリン」と音を立てて何かが転げ落ちた。
「…………なっ…………!!!?」
誰よりもフランツェが驚愕し、唖然とした。
フランツェの指に嵌められていた指輪が、粉々に砕けていたのだ。
「王手ッ!!」
フランツェの心臓の辺り目掛け、右掌を当て、衝撃を与える。右手の甲に紋章が現れ、それと同時に、フランツェの身体から何かが飛び出た。
『魂から精霊を追放したのか!?』
ウンディーネは驚愕した。精霊の血を持たない【白銀の狩人】が、精霊術に干渉したからだ。
「――アレ、倒していいの?」
『待て、吾がやる』
どこからともなく取り出した宝玉を手にすると、フランツェから飛び出た精霊に向け、発現した。
『鎮まるが良い!!』
『キャァァァァァァァ!!!!』
精霊は再び叫び出すが、既に指輪は破壊されている。
これは術式発現のトリガーではなかった。
封印に対する拒絶。それが悲鳴となって当たりに響き渡る。
鼓膜が破壊されそうだった。至近距離で両手も空いていないウンディーネは諸に悲鳴を浴び続けた。
ぐしゃぐしゃと音を立てて、精霊の身体は潰れて縮んでいく。
「ッ、させませんわ!!」
フランツェが咄嗟に手を伸ばす。
――しかし
「駄目だよ」
右腕が宙を舞い、フランツェは【白銀の狩人】に押し倒された。
「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
激痛に叫ぶフランツェ。【白銀の狩人】は起き上がれぬようにと左肩を足で押さえつけた。
【白銀の狩人】の手の甲の紋章が強く輝きだす。踏みつけた所から薄氷が広がっていく。
「ひっ………!」
悟ったフランツェは、涙目になりもがきだした。
「いっ、嫌! こんなっ、所でッ!」
「おやすみ。永久に」
辺りは冷気で白く霧が現れる。それが濃くなるに連れて、フランツェの身体も凍っていく。
「やめっ……嫌よ! 貴女にだけは、私はここで死ぬわけにはいかないのよ……!!」
「…………」
「な、なんで黙っているのよ! …………いやっ、嫌だ……! まだ…………死にっ……たく、な――」
最後の言葉を待たずして、フランツェは完全に氷漬けにされてしまった。美しい氷晶の中で、彼女は永遠の眠りについたのだ。
同時に、精霊の封印も終了したようだ。
その瞬間、辺りの魔族が消え失せる。
「……ふぅ」
ため息を吐き、【白銀の狩人】は空を仰ぐ。
一方のウンディーネは、精霊の核を手に持ち、その場に膝をついた。
咄嗟にネレイスが駆け寄る。
「ウンディーネちゃん!」
一度に過度の魔力消費。それによってウンディーネは実体を維持することが困難となった。
『コレは危険だ。何処かに封印しなければならん。 ――吾も衰えたな。すまないが、少し、寝る』
そう言い残すと霧のように消えて、その小さな光はネレイスの指輪に吸い込まれていった。
精霊の核は、ふわりとネレイスの手の上に。
こうして、島国ドラコでの戦いは幕を下ろしたのであった。
「はぁ……終わったわね」
ネレイスは安堵のため息を吐いた。あっと思い出したように後ろに振り向く。
「そうだ、ダイ――あら…………?」
【白銀の狩人】の名を呼びかけて、ネレイスは気が付いた。
その反応を見て、フリーらも、彼女の姿が見えなくなっていることに気づく。
「つくづく理解し難い奴だな」
フリーが呟く。
――【白銀の狩人】。
知る人ぞ知る、謎に包まれた人物。しかし、ひとつだけ誰もが知っていることがある。
彼女の行く先に、魔は存在する。誘われてか、偶然か、彼女の歩いた後に残る塵や埃は無い。有るのは銀の世界だけ――ドラコの空に季節外れの雪が降る。
彼らの足元には、1つの純白の羽が落ちていた。
ステータス
〈フリー・アンノウン〉
・窮極魔法【壊】
・魔導領域【空虚域】
〈ネオ・ファルシュ〉
・窮極魔法【霊】
・魔導領域【闇妖精域】
〈フランツェ〉
・窮極魔法【樹】
・魔導領域【天達樹】
・精霊術【生贄・召喚】
〈【白銀の狩人】〉
・unknown




