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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
禁忌衝突編
15/34

14 動きだす反逆

種族王に満席という概念は無い。素質さえあれば、席はいくらでもあるのです。

 ——精霊術は遺伝ではない。

 その事実に辿り着いたシェアト。

 そして、かつて同じ結論に至った人物がいる。

 小高い丘に座り、街を見下ろす人影。血の気の引いた白い肌に碧眼を持つ男。

 側には歪な杖を置き、どこからともなく持ってきた“シリウス・ブラウ”を読んでいた。

「うんうん、順調順調」

 ふっと口角を緩める。

 ここは“精霊の国”。現精霊王ネオ・ファルシュが治める国だ。

 ここから大きな森を挟んでその向こう側に“妖精の国”がある。

 しかし、その国の統治権はネオには無く、さらに統治主もいないという無法地帯だ。

 “妖精の国”に行くには森を抜ける必要があるが、森のある程度奥地まで行くと、激しい幻覚、幻聴に苛まれ、方角すら分からなくなった挙句、永遠に森を彷徨うことになる、という言い伝えがある。

 しかし、そんな“妖精の国”が楽園であることは間違いない。

 妖精と精霊。多く、前者の方が実体——肉体を持ち、後者はスピリチュアルな存在だが、後者の中でも高位な存在は稀に実体を持つ。

 血縁によっては耳が尖っていなかったり、獣の耳があったりと、両者とも、混血はもう一方の特徴が顕著に現れる。

 さて、精霊王ネオとは別れた男——魔人王ジーク。一方のネオは、「用事がある」と、精霊の国を後にしたのだった。精霊の国が存在する森、『キノエの森』の管理もまた、ネオの役目なのだ。


 ジークは思案していた。

 ほとんどの種族王の統治領域付近で、同時期に【禁忌(タブー)】の目撃情報があった件、それ以来【禁忌】に関する情報は一切なくなった。無論、討伐されたという情報すら無い。

 世界にとって脅威とされる存在を、政府が隠すはずもなく、逆に利用しようとしていることが窺える。だが、それが政府なのか、あるいは別の何者なのか、まだ確証はない。

 少なくとも、今のこの現状を、【禁忌】を利用してひっくり返そうと、何らかの権力を我が者としようとする野望が見え見えだ。

 パタン、と“シリウス・ブラウ”を閉じる。

 懐にしまいこもうとすると、その本は一瞬にして消え去る。誰かに奪われたわけではなく、別次元へと【収納(ストレージ)】する、ジークの術式だ。

「さて、“観戦”させもらおうかな」

 そう呟くと、ジークは転移魔法でどこかへ消え去った。


◇◇◇


 赤い刀身と、蒼白い籠手が激突した。前者は煉獄を纏い、後者は凍てつく冷気を纏っている。

 1人は、精霊族と人間族の混血(ハーフ)であり、6本のカタナと1本のタチを持つカタナ使い、ジオン。

 1人は、純血の人狼族で、獣竜王の弟子であり、種族王の器、シリウス・ブラウ。

 2人の1対1の勝負が幕を開けた。

(目が見えないんだよな?本当に音を聞いているのか……無駄に的確な攻撃。しかも熱い!?)

 ジオンがカタナを振るう前、彼は刀身を撫でるような素振りを見せた。その瞬間、そのカタナ——“カグヅチ”は紅の炎を纏ったのである。

『“破弾(はだん)”——』

「フッ……!!」

「カハッ………!」

 シリウスが拳を握り、構えた瞬間、ジオンは素早く、シリウスの懐にカタナを叩き込んだ。

 斬られた………?

 否、傷は無い。

「峰打ちだ」

 身体の芯に響く、鈍い痛み。長期戦になるほど、この痛みは効く。

 盲目だと舐めていた。何より、“破弾(はだん)砲撃銃(カノン)”で完全に魔力の気配を消したはずだ。

(いや、音か!?)

 気配を消すにも、結果に到達するまでの“音”が発生する、とするならば、攻撃が発動するまでの僅かな時間、それを上回る速度でジオンは聴き、反射的に反撃に出る。

「術式に依存するなッ!」

 ジオンは淡々とした様子で、しかし、どこか力強くシリウスに告げる。

「ッ!?」

 はっとした。

 ジークの下で暮らしてきた日々が、シリウス本来の戦い方を変えた。

 無論、ジークが悪いとは言わない。

 彼女の根底にあるものを忘れかけていた。

 何のために氷を纏い、物理攻撃力を底上げしているのか。

 思い出せ………。

 獣竜王直伝の体術。ドラコで鍛え上げた肉体を、今一度発揮する時。

 力強く地面を蹴る。

 シリウスの動きに、遅れて地面を蹴る音が響く。

『“破弾(はだん)砲撃銃(カノン)”』

「クッ!!!」

 間一髪でジオンは、シリウスの拳を“カグヅチ”で受け止める。

(速いッ!“音”が彼女に着いていけないのか!?)

 固有術式の最適化。それは【迅速】を発現させなくとも、それに匹敵する速度を生み出す。

 速い。そして、早い。

 指摘した点を、一瞬で修正、会得してしまうその才能。獣竜王が興味を持つ訳だ。

『“打弾(ちょうだん)”——』

「フッ!!!」

 “音”のした方に、再び峰打ちを繰り出すも——

「ッ!?」

 あまりの手応えの無さに、ジオンは一瞬固まってしまった。

「師匠!!」

 思わずシェアトが叫ぶ。

 それで我に返ったジオンは、現実を受け止める。

 空振り………。

「ガラ空きだ!」

「クッ!」

『“破弾(はだん)突撃銃(アサルト)”』

 ついにシリウスの拳は、ジオンの懐を撃ち抜いた。

「グゥッ!!」

 芯に深く突き刺さるような、そして、内から破壊するかの如く、“破弾(はだん)”を纏う拳は、如何なる防御も貫通する。

「シュゥゥゥゥ……!」

 長く、深く呼気するシリウス。彼女が纏う冷気と、内に溜まっている熱。まるで砲身を冷やすように、吐き出された息は、白い。

 一方、ジオンは“カグヅチ”を地面に刺し、辛うじて立っていられるといったところ。しかし、程なくして彼の周囲に緑色の小さな光がたくさん集まる。ふぅ、とため息のように呼吸すると、再び姿勢を整えた。

(治した?今ので?)

 怪訝な表情をするシリウス。その表情は、ジオンには悟られることはなかった。

 が、シリウスの胸中は“見抜かれて”いたようだ。

「驚いたかね?」

 “カグヅチ”を鞘に収め、続いて青い刀身のカタナ——“ワタツミ”を抜く。

「魔力そのものではなく、同等、あるいはそれ以上の力を持つ、“意思ある者”の力を借りて行使する。これが霊術だ」

 青い刀身を撫でる。そこに青い光が集束し、刀身は清流を纏った。

「そして、精霊の力を利用する霊術を、特別、“精霊術”と呼ぶ」

「面白ェ……」

 シリウスは湧き上がる高揚感から笑い、両手の拳をぶつける。

『【氷纏装身(ヒョウテンソウシン)】』

 一度リセットした氷籠手を、再び発現させる。

「………その硬い鎧、【水】の刃で斬る」

 ジオンの持つカタナで、最も高い切れ味を誇るもの。それが“ワタツミ”。


——ジャリッ


 シリウスが発した、ほんの僅かな地面の音で、ジオンは動き出した。

「ッ…………!!!!」

 やや下から切り上げられるような太刀筋を、身体を反らして回避する。

 縦の構えから切っ先を下げるまでの僅かなロスタイムで、シリウスは完全に太刀筋を見切っていた。

 “嗅ぎ分ける瞳”で魔力を視認する。

 なんと驚くべきことに、ジオンの周囲に数多の魔力反応が現れた。それぞれ、“色”も“形”も異なる。まさに、生物の気配。

 その中心に、ジオンの魔力。周囲の魔力は、ジオンに惹きつけられるように漂う。それは奇しくも、彼の周囲での術式構築を狂わせる。

(なるほどな!)

 シリウスはジオンの射程距離より離れた場所から魔力を練り、彼女の持つ最速の技を放つ。

『“打弾(ちょうだん)突撃銃(アサルト)”』

「ッッッーーーーー!!!?」

 対象を吹っ飛ばす拳で、ジオンは勢いよく吹っ飛んだ。

 そこにすかさず震脚。

 生み出された【氷】が地を這い、ジオンに迫る。

 やがて追いつくか、と思われた瞬間、シリウスは生み出した氷を“破弾(はだん)突撃銃(アサルト)”でぶん殴る。

 バキバキと亀裂が入り、割れていく。その破片が宙を舞い、ジオンに襲い掛かる。

 とても鋭く、かなりの数だ。最悪の場合、蜂の巣になりかねない。

 破片がジオンに当たるまでの刹那。ジオンは目蓋を閉じて思案する。

「致し方ない……」

 ゆっくりと目蓋を開いた。

 “ワタツミ”は抜いたまま、左手でもう一つのカタナに手を触れ、抜いたかのように見えた。

 その瞬間、ジオンの周囲にあった氷の破片が粉々に斬り砕かれたのだ。

「は!?」

 我ながらかなり自信のあった一手だったであろうシリウス。がしかし、あっさりと突破されてしまい、思わず声を上げる。

 ——何をした!?

 ——何が起こった!?

 一方のジオンはふわりと着地。右手で“ワタツミ”を前に構え、左手は別のカタナの柄に添えていた。

「アレは………!」

 ジオンが持つ、6本のカタナで最も黒いもの。

 シェアトが言っていた、ジオンが持つカタナの中でも最強を誇るとされるもの。


“夜刀・ツクヨミ”


 見間違いでなければ、精霊術を行使してはいなかった。

 つまり、“ツクヨミ”が持つ、本来の術式。

「鋭いな」

 ジオンは、シリウスに向けて感嘆の声を上げる。

 目が見える訳でもないのに、空を見上げる。

「今宵は、最も強い」

 既に周囲は暗くなっており、空には月が輝いていた。

「シリウス、君が望むなら、精霊術のみならず、この“ツクヨミ”もお見せするが?」

 しばらく空を見上げていたシリウス。

 ふっと嗤うと、ジオンを見据えた。

「来いよ」

「…………?」

 先にも増して、絶対的な自信を見せるシリウス。その違和感に気づきながらも、ジオンは“ワタツミ”を収め、“ツクヨミ”を抜いた。

 黒い。だが、どこか虹色ともとれる妖艶な輝きを放っている。

 ゆっくりと構えるジオン。

「これで終わらなければ良いが」

 と、呟く。

「師匠………」

 拳をぎゅっと握り、緊迫した様子で見つめるシェアト。

「…………」

 つまらなさそうに観るプロキオン。

「ふぅ……………」

 脱力。

 そしてシリウスは、棒立ちになる。

 それに構うことなく、ジオンは“ツクヨミ”に魔力を流し込んだ。

『術式展開——魔剣術式“月光(ゲッコウ)”:【満月(モチヅキ)】』

「ッ!!」

 カタナを振るうと同時に、シリウスは走り出す。

 その瞬間。ピリリと空気に異物感を覚えたシリウスは、瞬時に身体を反らす。

 斬撃——!

 しかも1つではない。

 避けた先にまたひとつ、さらにそれを避けるともうひとつ。

 次々と斬撃が飛んでくる。とんでもない数だ。

 しかし——

 瞬く間にその全てを避けたシリウス。

 気がつけばジオンの真正面に立っていた。

「なっ!?」

『“破弾(はだん)砲撃銃(カノン)”』

 先ほどの“打弾(ちょうだん)突撃銃(アサルト)”よりも遥かに速い速度で、シリウスの持つ最強の技を放った。

 ジオンの懐に深く突き刺さる。

「グホァッ……!!!」

「ッ、師匠!!」

 あまりにも一瞬の出来事。

 一体何が起こったのか!?

 ジオンが放った斬撃をいとも簡単に躱す上に、射程距離まで距離を詰め、一撃で鎮めた。

 突如として覚醒したかのようなシリウス変貌ぶりに、シェアトもジオンも驚きを隠せない。

 まるで怪物。

「おおよそ、月の満ち欠けに関係する術式なんだろうな」

 シリウスが淡々と語る。

「満月で1番強い。けど、新月でも1番強いんだろ?」

 側からすれば何を言っているのか、訳がわからないだろう。

 しかし、ジオンには当然分かっている。

「悪寒がした。君の、その圧倒的な余裕のある“音”。“ツクヨミ”ではどうにもできないような、膨大な暴力」

 ジオンの周囲に緑色の光が集まる。

 やはりこれは傷を癒す精霊術だ。

 ゆっくりと立ち上がるジオンは、“ツクヨミ”を鞘に収めた。

「いかにも、この“ツクヨミ”は、月の満ち欠けによって発現する斬撃が変化するが………?」

 片眉を顰めるジオン。

 シリウスはニイッと笑う。

「今日に限ってはおあいこさまだな」

「………?」

 理解しかねている様子のジオン。

 側では、嬉々としたプロキオンが立ち上がる。

 シリウスがそこに手を差し出すと、【変態】したプロキオンが彼女の手元に飛んでくる。それを腿に巻きつけた鞘に収めた。

「満月の夜、人狼族がどうなるか、知ってるか?」

「ッ!そうか!」

 シェアトが叫ぶ。

 そう——


『“闘獣化(ビーストモード)”』


 満月の夜、人狼族は最強の種族、獣竜族をも超越する身体能力を手に入れる。

 “ツクヨミ”が最強となるならば、シリウスもまた、最強となるのだった。

 月が正中する時が最も強くなり、沈んでいくごとに徐々に効果が薄れていく。

 まだ月も昇りたての現在。これからシリウスはまだまだ強くなる。

 そう思うと——

 シェアトは無意識に慄いていた。

「これが、種族王の、器………」

 格が違う。自分なんてちっぽけで、目の前の、蒼白の彼女の足元にも及ばない。底知れぬ“強さ”が、彼女から溢れ出ていた。

 間違いない。彼女は人狼王になる。


 違和感。というより、疑問。

 シェアトから聞いた話では、ジオンは背中のタチ“アメノミナカヌシ”を使うはずだ。もちろん、全ての戦いにおいて必ずそれを最初に使うという確証は無いが。

 考えられる理由は、なんてことないこと。

 シリウスの戦闘スタイルを見切った上で、より近距離でも反応できるようなもの。

 タチは、リーチは長いが攻撃の速度でいえばカタナに劣る。いくらジオンといえど、シリウスの速度には、“アメノミナカヌシ”では追いつかなかったのだろう。

 あるいは、“ツクヨミ”と同じ性質を持っているのだとしたら。

 今回はあくまでも、シリウスに精霊術とはどんなものかを体験してもらう、というのがおおよそジオンの目的である。

 仮に後者の理由が正しいとするならば、頷けない話ではない。


——パチパチパチパチ………


 突然聞こえた拍手。あのジオンでさえ気取らせないなんて、かなりの実力者に違いない。

 招かれざる客か、そう思って音の方を見ると、なんの変哲もないステッキを突きながら、碧眼の魔人が歩み寄ってきた。

 なんだ……と半ば期待はずれだったかのようにシリウスは彼を見た。

「ジーク……」

「ジ!?」

 シェアトは驚きが隠せない様子。

 噂には聞いていたが、実際に彼を目の前にすると、やはり雰囲気(オーラ)が違う。

「——シェアト、まさか、そこに魔人王殿が居られると?」

「はい、間違いありません。あの碧眼、師匠の耳は誤魔化せても、私の眼は誤魔化せませんよ」

「そうみたいだね、シェアト嬢」

 コツン!とステッキを突くと、一瞬にしてそれは魔導杖に姿を変えた。シリウスにとってはお馴染みとなった、歪な形が特徴だ。

「シリウス、見せてもらったよ」

「だろうな」

「おいおい、急に冷たいな……!?」

「別に冷たくしてない。いつものことだと思ったんだよ」

 この3年間で、ジークはシリウスのことを大分理解できるようになった。そしてそれは、シリウスも然り。

 好奇心旺盛で、悠久の時を生きながら娯楽に尚飢えている男。それが、魔人王ジーク。ついでに言うと、少し博識で勘が鋭くて、卓越した魔導技術を持っている。

「驚いた………ここまで“音”を消せる者がいるとは」

 感嘆の声を漏らすジオン。

 自慢げにジークは語る。

「相手を気取らせないためには、魔力のみならず、音や匂い、僕に関するあらゆる情報を遮断しなきゃね」

「当たり前のように言うけど、普通はそこまでしないんだよなぁ……」

「確かに、特に僕らのような魔導師は、魔力の感知に頼りたがるが故、他の情報を見落としやすい。だから魔力の気配を消すだけでも十分気配を消すことができるんだけど、シリウスやジオン相手にはそうもいかないだろう?」

 まさにジオンが言っていたことだ。普段使わない器官は衰える。

「で、ネオとはどうなったの?」

「あぁ、とりあえず用事は終わったよ。他が忙しくて、彼との会談は後回しにしてたから」

 ——しかも今回はアポ無し。

「そんなテキトーで良いのか、種族王は……?」

 怪訝な表情でシェアトが呟く。

「年に一度、近況報告という名目で他国に遊びにいくだけだからな」

「失礼な。歴とした業務だよ。シリウス、君もいずれやらなくちゃならないんだからね。特別に外務担当の部下を置くなら別だけど」

 例を挙げるならば、アンノウン・ファミリアの外務担当はエウロパだ。

「ちなみに、アポ取りが1番難しいのは天使王フィムだ。よく覚えておくと良い」

 ただでさえ所在地が不明な天使族の国“天界(ヒンメル)”。況して、そこを治める天使王は極度の引きこもりとのウワサだ。

 これまでの3年間で、ジークは度々シリウスらを家に残したまま出ていくことがあったが、訳あってその種族王のもとへ連れていくことができない、あるいは相手から断ってきたケースもある。

「まぁ、君なら大丈夫かな……?」

「ん?」

「いや、気にしないで。こっちの話」


「——あらあら、皆さんお揃いで………あら?」

 とても淑やかで和やかな声。

「ッ!?」

 ジークは珍しく、驚きに目を見張った。

「ぁ………母上」

「ははぁ!?」

 思わず叫んだのは、ジークだ。

 まさかジークがここまで取り乱す人物とは、一体……!?

 シェアト母親なる女性は、金髪の、低く三つ編みにして肩に乗せており、瞳は透き通った青緑(エメラルド)。シリウスより身長は高いが、ジークには及ばず、豊満な胸元が彼女の柔らかさをさらに強調していた。その一方で、圧倒的強者の風格が漂うのが不思議だ。

「ハァ………シリウス紹介するよ。彼女がシェアト嬢の母親らしいけど、それは置いといて——元精霊王、ネレイスさんだ」

「せッ!!!?」

 ネレイス・ヴァールハイト。【水】系精霊術では右に出る者がいないとされた人だ。そしてなんと、元精霊王だという。

「いつの間に子作りしてたんですね」

「言い方が少し気になるけれど……ジークくんにもお子さまがいるのかしら?その……人狼族と魔人族の」

 先程からちらちらと、ネレイスは蒼白の頭髪の少女を見る。

 いわゆる異種交配というやつだ。稀に2つの種族の特徴を持って生まれることがあるが、基本的にはどちらかに偏る。

「あぁ、いや、この2人はフリーの弟子だよ。今は僕が預かってるんだけど」

「まぁ!フリーくんの?」

「ふ、フリーくん?」

 あのフリーをくん呼び。これには普段呼び捨てしているシリウスでも驚きを隠せない様子。

「あなたがウワサの、シリウスちゃんね?」

「し、シリウスちゃん!?」

 聴き慣れない呼び方にシリウスは頬を少し染めた。

「ネレイスさんは、僕に次に年上なんだよ」

「精霊族の寿命は長いのよ。生まれて死ぬまでに、他の種族が幾世代も移ろうわ。そうそう、シリウスちゃんのお母さんだって——」


——コツン!!


 ジークが杖を勢いよく突いた。

「僕らの分まで夕飯を準備していただいたのですか?」

「あぁ………。——そうなのよ!ごめんなさい、久しぶりにジークくんに会えて、話し込んじゃった」

「——というわけだ。シリウス、せっかくだし戴こうか」

 満面の笑みを讃え、ジークはシリウスの背に触れ、ヴァールハイト邸へ(いざな)う。

「………うん」

「——では、私はこれで……」

「待ってジオンさん、貴方の分もあるのよ?たまには一緒に食べましょうよ」

 常に微笑み、目を細めていたネレイスの表情は真面目になる。

 ネレイスに言われたジオンは渋々、というわけでもなく、あっさりと快諾した。

「ならば戴くとしよう」

 ジオンがそう言うと、ネレイスは満面の笑みを讃えて、ヴァールハイト邸へ歩いていった。


◇◇◇


 巨人王ルーク。浅黒い肌に銀髪。ゆったりとした服装に包まれた肉体は、極限まで脂肪が削ぎ落とされた細マッチョ。さらに手指全てに黄金のフラットリングと、外見にも気を遣っている様子。

 そんな彼の生きる指針は『強さ』。力こそ正義を生み出し、力無き者は強者に蹂躙される運命にある。そう信じている。

 その、彼の求める『強さ』を、彼は弱者に促すために弱肉強食社会を生み出した。競争を促進させ、(あぶ)れた弱者には力を与え、残った結果は一切弱者のいない——事実上、強者のみが揃う真の平等社会。そしてルークの求める『強さ』であふれる世界。

 しかし、何でもかんでも強さを求めているわけではない。

 ルークの求めるものは、揺るぎない正義の強さ。

 それは暴力とは似て非なるものであるとし、他を蹂躙せんとする一方的な強さを嫌う。

 故に、【禁忌(タブー)】に対して少なからず嫌悪感を抱いている。無論、その【禁忌】を利用しようとする何者かのことも。


「そこで何をしている?」

 ルークは何者かに話しかけた。

 緑眼で金茶髪を持ち、尖った耳を持つ青年。

「ッ………」

 少し体をビクつかせるも、平然とした様子で答える。

「ルーク………驚かせないでくれ」

「………何が目的だ?」

 有無を言わさず問いかける。

「——君には関係ないよ」

「いいや、有るな」

 青年は立ち上がった。

 ルークを睨むように見つめ、言葉を待つ。

「【禁忌】を利用して、種族王の覇権でも握るつもりか、ネオ・ファルシュ」

 ため息にも似たものを吐き、青年——ネオは口を開いた。

「違う。僕は覇権なんて欲しくないさ」

「——やめておけ。貴様は種族王を舐めている」

「何が?」

「まだシラを切るつもりか?仮に俺たちを無力化した上で、フリーやジークを倒したところで、覇権など握れんよ」

「へぇ、僕がそれを企んでいると?」

 未だ平然としているネオ。

 その態度は、ルークの不信感を掻き立てる。

「種族王は“満員じゃない”。それに、貴様は警戒すべき人物を、3人ほど見逃している」

「3………?」

「——とりあえず………」

 ルークが拳を構えた。

「黙ってお縄にかかれ。裏切り者」

 魔力が一気に溢れ出し、戦闘態勢となるルーク。

 しかし——

「“正義”謳う君は、前から気に入らなかったんだよね」

 ネオはニヤリと笑う。

 その時だった。

「ッ………!?」

 ドスっと鈍い音と共に、ルークの視界で鮮血が舞う。

「ガフッ…………」

 そして、吐血。

「既に【禁忌】はこの世界のどこかに解き放ったよ。もちろん、本体をね。でも南陸国(ズューデン)じゃない」

 いつの間にか背後に回っていたネオは、ルークに語りかける。

「僕の邪魔はさせない」

 そう言うと、ルークの背中に刺さっていた二俣鉾を掴み、背中に足を押し当てて勢いよく抜いた。

 勢いのあまり、膝をつくルーク。ボタボタと口から、胸から、血が溢れ滴る。

「き………さま……!!」

「まだ息があるのか………」

 ため息混じりに吐き捨てる。

「バイバイ」

『術式展開——』

 ネオの拳に小さな光が集まる。

 純粋で透明な光はネオの拳に触れると、拳に重力が纏われる。

『窮極魔法【霊】:“潰拳(グラヴィタ・フィスト)”』

 ゴリゴリと空間を巻き込みながら、ルークに迫る。

 触れれば間違いなく潰される。

 そしてついにそれはルークに命中した——

「………チッ」

 土煙が晴れた時には、巨人王の残骸は無かった。

「とりあえず、“精霊の国”は閉鎖する」

 口角を吊り上げ、二俣鉾を地面に突き刺すと、手元で隠れた柄に刻まれた刻印に魔力を流し込む。

『術式展開——接続:刻印術式“鎖縛(フェア・ズィーゲルン)”』

 巨大な魔法陣が顕現し、中に描かれた多角形の頂点から鎖が現れると、『キノエの森』を全て包み込んだ。

「さて——」

 用を済ましたネオは、空間に二俣鉾を突き刺し、どこかへ去っていった。


◇◇◇


「「ッ………!?」」

「あら?」

 ジークとシリウス、そしてネレイスが異変を感じ取ったのか、食事の手を止めた。

「シリウス、行こう」

「——うん」

「あらあら、もう行っちゃうの?」

 寂しげにネレイスが言う。

「ネレイスさん、一刻を争うかもしれない。止めないでくれ」

 流石のジークも少し怒る。

「ふふっ、冗談よ。——でも、どうやって出るの?」

「——クソッ、だから嫌だったのに」

 ジークが渋い顔をする。

「大丈夫。私に任せて」

 ネレイスはにこやかな表情から一変し、どこか企むように不敵に微笑む。

「こう見えても、元種族王だもの」

『術式展開——窮極魔法【空】:“隔離(アイソリューション)”』

 ジークとシリウス、そしてプロキオンを別の次元へと隔離。これで結界のある——ネレイスらがいる次元とは別の空間に存在できる。

 ——さらに

『術式展開——窮極魔法【空】:“転移(メタステイシス)”』

 3人を精霊の国の外へ転移させる術式を発現。これで結界の影響を受けずに精霊の国を抜けられる。

「それじゃあジークくん、シリウスちゃん、それに、プロキオンくん。武運を」

「ありがとう、ネレイスさん」

「バイバイ」

 ネレイスは最後の最後まで笑顔で手を振っていた。

 娘のシェアトも、母とまではいかないが、少し笑っているように見えた。あまりにも突然すぎる別れに、理解が追いついていないらしい。

 ——行動が早すぎる。


ー転移中ー

「ねえ、シリウス」

 ジークがシリウスに話しかける。

「ん?」

「シェアトと、ヴァールハイト家の呪い、消せるかも」

「ッ!?どうやって?」

「簡単さ。呪いをかけた本人を、殺せばいい」

「ころ、す……?」


◇◇◇


 遥か上空。風を感じ、ルークは目を覚ました。

「………どういう、状況、だ?」

「黙りなさい。死に損ない」

「その声は、ヴィントか?」

 実は、ネオが重力を纏った拳でルークを潰す瞬間、圧倒的スピードでヴィントがルークを持ち去った。

 現在、ルークはヴィントの愛鳥、大鴉(クレーエ)の背中で安静にしている。

「既に治癒の術は施しているわ。じきに治るでしょう」

「ッ………」

 ルークは傷口を抑えながら身を起こす。

「なっ!安静にしてなさいと……!!」

「心配いらん。痛みは引いた」

「貴方の感覚などどうでも良いわ!傷口を……!」

「痛みが引いたなら治ったも同然だ。——で、このカラスはどこへ向かっている?」

「“常夜の国”よ」

「フンッ、そうか」

「そこなら、貴方を匿ってくれるわ」

 ——“常夜の国”上空にてルークを投下する。

「あとは知りませんわよ」

「怪我人の扱いがぞんざいな気がするが……」

「もう怪我は治ったのでしょう?」

 ニヤリと嗤うヴィント。

「チッ………おい、まだ完全に——」

「“投下”」

 ルークの台詞を無視して、ヴィントはクレーエに指示を出す。すると、体を旋回させ、背中のルークを落とした。

「うわぁぁぁっ!!!!——死んだら恨むからな!!」

「死ねるものなら死んでみなさい!」

 “常夜の国”上空。一直線に、ルークは落ちていった。

 ネオの目を欺くことはできないが、生死不明にしておくのが最も得策だろうとヴィントは考えた。

 “常夜の国”は、国そのものが魔導領域によって包まれた空間。その国名から分かるように、一日中夜なのだ。

 なぜ一日中夜にする必要があるのか、それはこの国の住人を守るためにある。

 日中。つまり、太陽に弱い種族。

 ドプン、と水の中に落ちるような感覚。落下速度が急激に低下し、ゆっくりと地面に着地するが——

「ッーーーーー!!!」

 轟音を上げ、地面がクレーターのように凹む。

「ッ、流石に、響くな………」

 傷口を抑えながら呟く。

 そんなルークに近づく足音が1つ。

「随分と醜い姿になったじゃあないか、ルーク」

 全身を、パリッとした純白のスーツに身を包み、ブーツを履いた男。所々に刺繍のような装飾がされ、薔薇を形作っていた。血の気が引いたような白い肌。魔人のように耳が尖っている。

 蔑みにも似た視線を、ルークに向けていた。

「世話になる。ルガト」

「あぁ、歓迎する」

 男——ルガトはニヤリと微笑み、キラリと犬歯を見せた。

ステータス

〈ジオン〉

・精霊術


〈ネオ・ファルシュ〉

・窮極魔法【霊】


〈ネレイス・ヴァールハイト〉

・窮極魔法【空】

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