12 圧倒的強さ
この世界に存在する魔剣鍛治士は、四人ほど。そのうちの一人が我らがヒノトな訳ですが、技量でいえば他の三人より全然劣ってる方だと思います。ただ、シリウスが貰ったヤツが強すぎた。
シリウスは絶句した。
そこに相棒の姿は無かった。代わりに、床には変わり果てた魔剣が落ちていた。
震える手でそれを拾い上げる。
唖然とした表情で、魔剣を見つめた。
魔剣としては珍しい、直線的で整ったフォルム。
普通、魔剣といえば、それは斬れるのかと疑うほど歪なデザインが多い(刃が無いただの棒でも、“魔剣”ならば切れ味を持つ)。強大な力を持っているが故に器が耐えきれず歪んでいるのだ。
素人が作ろうとすれば、力の制御、配分を誤り、器は霧散してしまう。だが、魔剣鍛治師は器の形状、力の配分を制御できる程の技術を持っている。
あえて歪な形にするのは、通常の武器との差別化を図ったり、常人でも強大な力を扱いやすいように、武器として扱えるギリギリを攻めた結果であったり、味だ、という魔剣鍛治師もいる。
どの魔剣鍛治師も、その気になれば普通の武器と遜色ない、綺麗な形の魔剣を作ることができる。しかし、そうすると体積に対する質量が釣り合わないために扱いが非常に難しくなったり、人によって力を扱うことができない場合もある。
無論、全ての魔剣鍛治師が誰でも扱いやすいようにと、魔剣を作っているわけではない。
さて、呆然としているシリウス。その一方で、ジークは興味深く魔剣を見つめていた。
膝をついているシリウスの肩に、優しく手を置いた。ジークの表情は、落胆するシリウスと違い、希望と好奇心に満ちている。
「分かるかい?微かな鼓動、魔力の“色”、強大な力。聞いてごらん、応えてあげなよ、彼の聲に」
「ーーえ?」
ジークの言葉に、先とは違う目で魔剣を見るシリウス。
「生きてる、のか?……これで!?」
「“呼んで”ごらん。唱えるんだ」
シリウスは頷いた。
立ち上がり、魔剣を構える。
『【変態】』
シリウスの言葉に呼応し、切先から魔法陣が展開。魔剣が手から離れて、魔法陣を通過すると、反対側から人の姿が現れた。
灰蒼色の頭髪の持ち主で、狼の耳のように跳ねた癖っ毛が特徴的だ。
人間と同じ耳が付いていて、その容姿は獣人というよりも、魔人、あるいは亜人と呼んだ方が相応しいだろう。
見紛うこともない。多少外見は変わっているようだが、否、かなり変わっているが、プロキオンだ。少し背が伸びたらしい。シリウスが僅かに見上げるほどの身長。どことなくたくましく、頼り甲斐のありそうな雰囲気を醸し出している。
首元を揉みながら、肩を回すプロキオン。肩でも凝っていたのか。
「ふぅ……狭かった」
「おかえり、そしてようこそ!剣魔人プロキオン=ブラウ!」
ジークが両手を広げた。
「よろしく!ジークさん!」
ノリが悪いのはシリウスだけのようだ。
「えぇっと………」
困惑しているシリウスに、プロキオン自ら説明する。
「この氷付けの世界。シリウスの固有術式が進化したことが関係していると思う。それで、その進化の時に、従魔のボクも影響を受けた」
プロキオンは首にいつのまにか身につけていた矢尻のようなペンダントを握りしめた。
「ーーこの魔剣とボクは一つになった。魔剣の術式とボクの固有術式、原始魔法【風】が統合進化。斬撃に特化したボクの新しい固有術式は……『究極魔法【斬】』!!」
「おぉぉぉ!!」
原始魔法や原初魔法が、固有術式として進化するには、最も簡単で手っ取り早い方法が、術式を使い続けること。経験値を貯めて、術式のレベルを上げるのだ。
固有術式は学習能力があるという魔導科学理論がある。それによると、固有術式を使い続けることで、固有術式は使用者の癖などを学び、最適化する。それが術式の進化だ、と。
もう一つ、ハイリスクではあるが、コスパは最強の術式の進化方法がある。
それが『統合進化』。簡単に言えばいいとこ取りだ。複数の術式を統合し、それらの特徴を一つにして新たな術式を生み出す。
だが、統合進化は成功率がかなり低い。
統合という行為は、誰でも、方法さえ理解し、その通りに行うことができれば、可能だ。しかし、統合が成功し、術式が進化するとは限らない。
ほとんどが、術式同士がお互いを拒み反発し合い失敗となる。それだけならまだいいが、その影響で術者が暴走、あるいは逆に廃人となる恐れがある。統合進化は命にもかかわる危険な儀式なのだ。
プロキオンは、風属性を操る『原始魔法【風】』と、シリウスから譲り受けた魔剣の持つ『絶対系』である“絶対切断”を統合させて進化。プロキオン自身が“絶対切断”を使うことはできないが、全てのあらゆる攻撃に斬撃効果を付与することが可能となった。腕を振り払うだけで、腕という刃から斬撃を飛ばすこともできる。近中長距離全てに対応可能の万能術式。彼の統合進化は、まさに大成功と言えるだろう。
「それにしても、武器と生物が統合進化で術式のみならず、存在さえも一つになるとは……初めて見たよ」
悠久の時を生きてきた魔人王ジークでさえも、プロキオンの進化は初めてのこと。長生きはしてみるものだ、と微笑む。
「ーー奇跡の塊すぎてオレの進化が霞むじゃねぇか……」
さらにプロキオンは人狼族の特徴を捨て、完全なる“プロキオン”という個体になった。
さらに、シリウスは主従契約を介して会得していた『原始魔法【風】』をも進化の際に消費され、使えなくなってしまっていた。
その代わり、シリウスは進化後も変わらず【氷】を引き継いだ。つまり、氷属性に関するあらゆる術式を行使可能というわけだ。進化の特徴である、術式の最適化ーー 一点集中どころか、全集中の進化。これもジークが見てきた中では類を見ないらしい。
「二人とも、誇っていいよ。なんなら一生自慢してもいい!こんなにすごい固有の進化は、おそらく世界史上初だろうね」
プロキオンとシリウスはお互い顔を見合わせた。
彼の大魔導師ジークにここまで言わせる者は、なかなか居ない。
「……ッ、へへっ」
「やったね!」
二人はパチン!とハイタッチ。喜びを分かち合った。
かくしてシリウスは、ジークのもとで術式をの修行をし、期日までに固有術式を進化させることに成功したのであった。
さて、喜んでいるのも束の間。シリウスにはやらなければいけないことがある。
「シリウス、今の君なら、この世界を解凍できるんじゃない?」
「あぁ、やってみる!」
言うと、シリウスは家の外に出た。
肉弾戦を得意とし、【氷】を纏い装備することで攻撃力を底上げする一風変わった戦術だが、フリーやジークが認める空間干渉は伊達じゃない。
地面に手を突き、術式を構築する。
深く集中。
数分の沈黙の後、開眼。術式を発現させた。
『氷よ、解けろ』
始めに、バキッ!と大きな音が鳴り響き、次いでビシビシビシッ!と多くのヒビが入るような音が聞こえた。
地面についていた手をゆっくり離して握る。そして、コツ、と拳を突く。
その瞬間、一瞬にして全ての【氷】が解け、世界は再び動き出した。
立ち上がり、ほっと胸を撫で下ろす。
「お見事!!」
ジークが褒め称えてくれた。
「完璧に使いこなせてるみたいだね」
「あぁ、前よりも使いやすい」
「そう、それが進化。術式の最適化。君の【氷】は、もっとも効率よくかつ強力な氷属性、及びそれに準ずる術式を発現できる」
シリウスはジークの言葉に驚いた。
「氷属性と、“それに準ずる”!?」
「あぁそうさ。術式の進化を説明した時も言ったけど、術式は進化することで、使用者のより使いやすいように最適化される。元々回復役だったイオが、元来の固有術式、【聖】の中でも治癒に特化したように、【風】を操り、対象を切り裂くことができるプロキオンが、“絶対切断”を持つ魔剣と統合したことで斬ることに特化したように。進化後の固有術式の名は、最も最適化された術式を象徴する名となる。つまり君は、【氷】そのものに特化した、最強の【氷】使いというわけさ!」
広くて浅くも、狭くて深くもない。氷属性そのものを極めたシリウス。誰が見ても、紛うことなき【氷】を極めし者なのだ。
コツン!と杖を突き、ひと息間を開けて、ジークは二人に告げる。
「さぁ、これから最後の仕上げだ!進化したからって気を抜くなよ!ーーいいかい?術式には呑まれるなよ。誰かに与えられたわけでもない、それは自分だけの術式だからね」
シリウスとプロキオンは、互いに見合わせて頷いた。
「分かった、ジーク!」
「ボクも、最後までついて行くよ」
「ーーいい覚悟だ。それじゃ、早速明日から始めよう。今夜はゆっくりお休み」
「うん……」
◇◇◇
ードラコ フリー城ー
「フリー様、ジーク様のもとにいるシリウスからお手記が届いております。フリー様宛に、と」
「……ん」
イオから渡された手紙を受け取るフリー。少し離れて背を向け、読んだ。
『前略、獣竜王フリー。
これがジークの元で書く、最初で最後の手紙だ。
寂しかったか?まあドラコの王さまはオレがいなくなったくらいで凹むようなタマじゃないだろうな。
簡潔に、報告する。
オレは固有術式を進化させることができた。究極魔法【氷】だってさ。
驚いたか?驚いただろう!ジーク曰く、氷属性の全てを扱えるようになったらしいーー』
「……ほう」
シリウスからの報告に、少しばかり感嘆する。
『ーーそういえば、オレに新たな相棒ができたんだぜ?たまたまジークの家に住み着いていた狼の魔獣だったけど、今じゃ見違えるほどの美男子になったんだ!ドラコに帰ったら、会わせてやるよ。
ジークから聞いたと思うが、期限の三年まであと一年弱、オレはもっとこの術式の可能性を探る。完全完璧に使いこなせるまで鍛錬を続ける。まだまだ油断はできないからな。
てなわけで、もうしばらく帰ってこない。
イオたちにも、よろしく伝えておいてくれ。
シリウス・ブラウ』
ゆっくりと手紙を折りたたむ。
それをイオに返し、私室へ戻るフリー。
「えっと………もうお休みですか?」
イオがフリーに尋ねる。
しかし、その質問には返さず、誰に向けたわけでもない言葉を吐いた。
「予想よりも一年早い究極魔法の開花。それに従魔だと……?さらに、今朝方のジークからの話。………あの魔人のことだ、ただ究極へと進化させるだけに終わるとは到底思えんな」
「……シリウスの成長速度には目を見張るものがあります。彼女の実力と、ジーク様のご指導があれば、もしかすると、残り一年で、究極の、さらにその先へ……」
「さぁ、どうだろうな?」
フリーは不敵な笑みを浮かべ、私室へと入っていった。
イオは、フリーの私室の扉の前に立っていた。
彼女にしては珍しく、高揚し、広角はわずかに吊り上がっていた。
ようやくシリウスと対等に渡り合えるようになったと思うと、早く彼女と手合わせをしてみたい、と戦闘狂の血が騒ぐ。
「ーー抑えて。こんなところで……」
はっと我に帰り、頬を叩く。
伸びをして、体をほぐす。
「少し、体でも動かしますか……」
そう呟くと、城の外へ続く廊下を歩いていった。
◇◇◇
『“破弾・突撃銃”』
シリウスの拳と、ジークの拳がぶつかり合う。
「ッーーーー!!」
魔導師であるジークだが、近接戦もいけるクチだ。
両手に防殻を纏わせて、拳への衝撃を軽減するとともに、防殻の硬度を利用した物理攻撃。防殻は術式によって展開されているので、物理攻撃が通りにくい相手にも有効である。そのまま防御することも可能であり、非常に使い勝手が良い。
シリウスは魔力の出力が非常に上手くなった。
ギリギリまで魔力放出を抑え、衝撃の瞬間に一気に放出する。単なる物理攻撃かと思いきや突然魔力を纏い始めるので、相手も混乱は必須だ。
ひとえに『究極魔法【氷】』といっても、【氷】だけが強化されるわけではない。術者の固有術式を象徴する名であり、術者の“色”の名でもある。術者の魔力そのものが強化されたと言っても過言ではない。
シリウスが主流とするのは、教科書に載っているような術式ではなく、自分で編み出した『我流術式』と呼ばれるものだ。
自分だけのオリジナル技なので、固有術式と非常に相性が良い。しかも無詠唱での発現も可能。しかしその反面で、魔力の扱いをよく理解しなければならず、興味本位で扱えるものでもない。つまり、応用技ということになる。
シリウスは魔力操作が非常に優れており、原始魔法の時でも我流術式を使いこなせていた。
それが今回の進化によって最適化され、さらに威力は増し、隙が減った。
ただでさえ強い、シリウスの我流術式。そこに、もう一つの我流術式【氷纏装身】によるバフが掛かると、もう彼女は止まらない。
こちらも今回の進化でより強化された。より強く、より早く、より強固に生成できるようになった。
シリウスの無駄のない攻撃を受け続けて、先に悲鳴を上げたのは、ジークの防殻だ。
ビキビキと防殻に亀裂が入り始めた。受け止め切れる魔力の許容量をオーバーしている。
「アハハッ!マジかよ!?」
ドン引きするほどの威力。もう笑うしかない。
なぜなら、ジークの防殻はーー
「“絶対防御”だよ!?」
壊れるはずがない防殻に亀裂。
原因はジークではなく、明白だ。
“絶対攻撃”
シリウスの攻撃だった。
究極魔法に進化したことで、シリウスの攻撃力は大幅に上昇。さらに【氷纏装身】の状態ならば、全ての攻撃に“絶対攻撃”が付与可能となった。
『絶対系』は、相反する効果同士がぶつかるとお互いに相殺され、大きな反発が生まれるのだ。ただし、同じ出力でぶつかった場合に限る。
シリウスの“絶対攻撃”がぶつかり合って、ジークの“絶対防御”が割れるということは、シリウスのほうが上回っていたということになる。
「魔力出力、単純にパワーで負けた………」
“大魔導師”ともあろう魔人の王ジークが、魔力出力の時点で負けていた。
相手が自分よりも出力が大きいならば、ジーク程の魔導師ならば一目でわかる。
そこがシリウスの我流術式の強み。衝撃ギリギリまで魔力放出を抑えることで、魔力の出力量を悟られにくい。フェイントをかけることだって、やろうと思えばできるのだ。
燃費はもちろんのこと、発散する力ーー爆発力が違う。
魔力の発散威力は、発散される点からの距離によって変わる。ゼロ距離での発散が、言うまでもなく一番強い。シリウスはそれを意図的に行なっている。これも全て、我流術式であるが故に、進化の際に最適化されたことによって、より精密な魔力操作ができるおかげだ。
側から見ていたプロキオンは、感嘆した様子でシリウスに問いかける。
「なんで我慢できるのさ?」
「気合だよ、気合い。そう何発も打ち込むものじゃないからな、一撃っ、一撃に、魂を込めるッ!」
空に拳を放ちながら答える。
フリーと同じ考え方だ。
かの獣竜王はふと思った。何故初手で必殺技を使わないのか。
フリーはここぞという時にしか攻撃をしたがらない。確実に当たって、反撃の可能性が最も低いタイミング。彼の戦闘時における判断力は随一だ。
「考え方がそこまで似通っていながら、個性は色褪せない。理論をよく理解できている証拠だね」
これでもまだ伸び代があるというから恐ろしい。
「ーーそれじゃあ、プロキオンも動いてみるかい?」
「うん!」
ジークと場所を交代し、シリウスと相対する。
「何気に、初めてだな」
「お手柔らかに頼むよ、主人様」
プロキオンの術式は、特徴は分かるが未知数。
少し構えるシリウスに対して、棒立ち状態のプロキオン。武術は初心者とはいえ、あまりにも無防備に見えた。
(射程範囲が全然わからねぇ。油断はできないか……)
「よーい、始めッ!!」
ジークの合図に、お互いに動き出した。
シリウスが僅かに速い。プロキオンは棒立ちだった分、初動までの数テンポ無駄にかかっている。地面を蹴り出すまでの動きも大振りだ。
(取れるッ!)
愚直と分かりながら、真正面から仕掛けたのはシリウスだ。相手の攻撃を誘発する。
プロキオンは攻撃を出させらせる形となった。
「ふッ!!」
手刀が放たれる。
シリウスは交代し、手刀の攻撃範囲から逃れる。
しかし、まだ終わらなかった。
「………ッ!!?」
ゾワゾワっと悪寒が走った瞬間に、大きく仰け反り返る。
その瞬間、バツッ!!と周囲の木が切断された。
「っっっっっぶねぇぇ!!」
よくぞ反応できたものだ。全力で自分を褒め称えたい。
これは、今まで以上に神経を尖らせないといけないのかもしれない。
プロキオンの動きから、斬撃が放たれるまでの間。斬撃が飛び出す瞬間の空間の僅かな震えを、肌で感じとる。
プロキオンは距離を詰めてきた。
武術のいろはも知らないような彼が放つ正拳突きは、並の素人より速く鋭い。空間さえも切り裂き、空気抵抗を極限に減らしているとでもいうのか。
【氷纏装身】し、受け止める。プロキオンの拳が触れた瞬間、シリウスの氷籠手には斬り傷が付く。
「斬撃!?」
思わず声を上げた。
しかし、シリウスは究極魔法【氷】に進化したおかげで、“不壊の氷”を手に入れている。並の攻撃じゃ壊れない。
脅威だ。お互い肉弾戦だが、プロキオンはいつ斬撃を飛ばしてくるか分かったものじゃない。もしも組み合っているゼロ距離で放たれでもしたら、避けようもない。
ーー止めるが、吉……!!
『【氷結捕縛】』
引きざまに地面に手を突き、術式を発現させる。
生み出された氷は地面を這い、プロキオンの肩から下を凍らせた。
「ッ!」
『“破弾ーー』
一気に距離を詰めて、拳に意識を集中させる。限界まで魔力を抑え、インパクトの瞬間に発散させる、最も強い打撃。
『ーー砲撃銃”』
その瞬間、プロキオンの体は突如解放された。
「ッ!?なんで?」
「【斬】!!」
プロキオンの手刀とシリウスの拳がぶつかり合う。僅かに押し負け、プロキオンの手が弾かれた。
「ッ………強いね」
プロキオンは笑っている。この戦いを楽しんでいる。
どこからそんな余裕が出てくるのか、シリウスには理解できなかった。
そんなことより【氷結捕縛】を逃れられた理由を考えていた。
(まさか、斬ったのか!?)
体に斬撃を纏い、かき氷のように粉々に削り斬ったとでもいうのか。氷の飛び散り方は、そうとしか思えなかった。
並の氷結では甘いらしい。
もっと強い【氷】を。
空間そのものを凍らせる。
そのビジョンを、具現化する。
『術式展開ーー』
両手を合わせた。左手の指をまっすぐ伸ばし、その間に右手の指を入れて握る。
「ッッッ……!?」
背筋を何かが走った。
シリウスから感じる、異様な魔力。周囲の空気がざわついているのを、ジークは感じ取った。
ーーいや、まさか、そんなはずはない。魔導理論上あり得ない。
刹那。しかし、ジークにとっては数分にも感じた。
ジークは耳を疑った。
しかし、彼女は確かに叫んだのだ。
術式の極致の名を。
『ーー魔導領域』
「えっ!?」
プロキオンは咄嗟に距離をとった。シリウスが言ったその言葉は、戦闘知識の浅いプロキオンでさえ、戦慄し、攻撃の手を緩めた。
深く息を吸うシリウス。
究極の術式を発現せんと、その名を発する。
『…………!!』
ーー筈だった。
シリウスからみるみる魔力が薄れていく。
組んでいた手を離し、だらりと下げる。
瞳を瞬かせ、間抜けた表情で両掌を見つめた。
「………オレの魔導領域、ってなに?」
「んえ……?」
「……………」
空気が静まり返る。
無論わざとではない。シリウスは本気で魔導領域を発現させようとした。
しかし、術式の名が浮かばなかった。
勿論、ただ術式の名を唱えるだけでは意味がない。
名前が浮かばないということは、シリウスの固有術式が、魔導領域を発現させるほどの能力、権限を持たないということ。究極魔法【氷】の魔導書に載っていないものは、どれだけ頭を回転させて絞り出した意味ありげな言葉だろうと無意味である。
それぞれの術式には、あらかじめ対応した名が存在し、術者はあらかじめ知らずとも自ずとその名を口にするのである。
シリウスには、まだ魔導領域は使えない。
「………だい、じょうぶ?」
プロキオンは思わず声をかけた。
「あ、あぁ、問題ない。早とちり」
苦笑して頭を掻く。
「シリウス」
ジークが呼んだ。
声の方を見ると、いつにも増してジト目なジークがシリウスを見ていた。
「まだ早いよ」
「ごめん……何か、勘違いしてたみたいだ」
「ーー勝手に口に出た?」
ジークが問いかける。
「いや、できる、と思った」
「魔導領域ってのは、上位の固有術式『窮極魔法』じゃないと行使できない。これはいくら天才と呼ばれている君でも、覆すことができないよ」
ーーしかし、先の出来事で、一概にそうと言えない、そんな可能性が垣間見えた。
それはシリウスが魔導領域と発生するときの動き。彼女は自然と、初めから知っていたかのように手を組んだ。
魔導領域展開の際、領域の名と同じく、展開のトリガーとなる手の形や型は各々違い、展開時に自ずと組む。
シリウスが既に手の形を知っているとなると、領域の完全展開も時間の問題だ。
「……よし!わかった!」
「………?」
「領域の展開のコツを手っ取り早く掴む方法がある」
ジークが自身の考えを提案する。
「空間干渉術式の練習」
キリッと、ジークは言った。
「魔導領域は空間干渉術式に分類されることは、シリウスは魔導書で読んだはずだ」
「あぁ、読んだな」
「空間干渉のコツが掴めれば、魔導領域も同じ容量でやれば良い」
空間干渉術式。手のひらから炎を放出したり、相手を凍らせたりするような術式と異なり、特定の空間を特定の術式で満たすものだ。ちなみに、空間の魔力“マナ”を操作することで発現可能だが、操作する行為そのものは、“空間干渉”という。
主な利点は、相手に間接的に攻撃が出来ること。一定の範囲内に相手が踏み込んだ際に効果が発現するので、術式によってはトラップとしても使える。
空間干渉術式にはいくつか種類がある。
一つ、球体型空間干渉術式。文字通り、ある座標を中心として球状に術式が発現される。
一つ、半球型空間干渉術式。球体と似ているが、こちらの主な特徴は、半球であること。そして地面を起点として展開される空間干渉に限定される。ほとんどの魔導領域はこの型のものだ。
一つ、立方体型空間干渉術式。こちらも文字通り、キューブーー八点の座標を頂点とした空間干渉術式だ。攻撃系術式ではあまり見られない。主に結界で見られる形である。
以上の三つが主流とされているものだが、他にも挙げるとーー
錐型空間干渉術式というものがある。複雑な形で、並の魔導師には扱えない。所謂“儀式魔導”と呼ばれ、底面の頂点となる位置に魔法陣を描くか、専用の魔導機を設置し、術式を発現させることで可能となる。普通の空間干渉と違い、強固な結界を生み出すことができ、さらに全てのポイントを破壊しなければ結界を解くことが出来ないというのも特徴だ。
シリウスの空間干渉術式のタイプは、半球型。一般的なタイプである。
一方のプロキオンはというと、現在は判別不可能だそうだ。というよりも、幅が広すぎてこれといったものに区別できないらしい。
「空間干渉は分かるね?あとは、そこから術式を発現させるんだ」
シリウスは、自身の持ち技“虚弾・偽銃”を使用する際に空間干渉を行なう。術式に対して、マナを利用して同質量の魔力をぶつけて相殺する技だ。空間干渉してから自身の魔力として変換しないため、その分のロスがなく、出が早いのが特徴だ。
マナへの干渉は、シリウスなら感覚で分かる。
今回はさらに、魔力の変換を行なう。
体内で構築していた術式を、体外で構築して発現させるのが、空間干渉術式なのだ。
空間干渉術式は、通常より高度な術式構築技術が必要になる。座標を定めた上で、魔力を変換し、術式を構築する。そのため通常よりも時間がかかる。いかに干渉から変換までが素早いか、それによって魔導師の評価や価値は変わってくる。ちなみに、最も良いとされる干渉から変換までの時間は、1秒未満。1秒経つ頃には術式の構築、理想としては発現まではいきたいところ。ジークはそれをさらに複数同時にやってのける。
超える壁は、かなり高い。
空間干渉術式に、素質などは関係ない。こればかりは経験がものを言う。故に崇高で高名な魔導師でも空間干渉術式が苦手という者は少なくない。
手始めにシリウスは、ジークが定めた地点に氷柱を生み出すことに挑戦した。
空間干渉までは恐ろしく早かった。流石は持ち技に空間干渉を使っているだけある。
問題は変換だ。これは少し手間取り、必要量の変換までに2秒弱。初めてにしては早い方ではあるが、ジークとしては正直なところ微妙らしい。
『術式展開ーー究極魔法【氷】:“氷柱”』
座標は正確。術式の質も申し分ない。流石は『究極魔法【氷】』。氷属性の最適化は伊達ではない。
ひとまずシリウスのポテンシャルは分かった。
続いてジークは、プロキオンにも指示をした。
既にジークは見抜いていた。プロキオンが如何に異端であるか。
プロキオンの術式、『究極魔法【斬】』の特徴は、単純かつ、強力であること。“斬る”。ただそれだけであるが故に、厄介。
『術式展開ーー究極魔法【斬】:“球”』
球状に、近くにあった大岩が抉れた。厳密には、原子レベルで粉々に切り刻んだのだ。
当然、シリウスは唖然とした。見ただけでわかる、規格外。
そんなシリウスを他所に、嬉々としてジークは次の指令を出す。
『術式展開ーー究極魔法【斬】:“正六面体”』
今度は立方体状に、大岩ごと地面を少し抉った。
証明完了。プロキオンの空間干渉術式の型は、存在しない。
「単純、強力、万能。これ以上に素晴らしい固有は無いよ」
さらに鍛錬を重ねれば、術式そのものに、固有術式の効果を与えることも可能だ。少し先の話をすると、それこそが真の術式の極致『窮極魔法』である。もちろん、ジークはそれを企んでいた。
反面、残りの期間でたどり着けるとは思っていない。どこまで伸ばせるか、“窮極”への覚醒はついでで、とりあえず今は“究極”の完全適応。術式を使いこなすことが先決だ。
「さて、どこまで行けるかな?」
互いに術式について言い合う弟子の二人を横目に、ジークは呟いた。
◇◇◇
「【禁忌】が消えたぁ!?」
蒼銀髪の麗女は叫んだ。
南陸国の保有する冒険者ギルドに併設してあるカフェテリア。それなりの面積で、人口密度もかなりある中でも、彼女は一際目立っていた。
「仕方ないだろう、例の件のあとすっかり見なくなっちまった」
「えぇ、丁度そのあたりから情報が途切れたと思ってたのよ。それにしてもあっさり見失うなんてね」
「実は、決まって種族王様の統治領域付近に現れたらしい。なんでも、種族王解体を目論んでいるやつがいるとか、いないとか」
彼女はゆっくりと座った。
足を組み、肘を突き、少し思案する。
「誰かが【禁忌】を匿ってるってこと?」
【禁忌】の行方が分からないのは本当に不味い。
初めて【禁忌】が現れたのは、およそ百年前。当時、負け知らずと呼ばれたエデン帝国の最高戦力、帝国魔導聖騎士団が総力戦で挑んだが、多大な犠牲を生んだ。
当時、【禁忌】はまだ固有名を持っていたが、時代と共に世界から忘れられた。特に一度封印されてからは、当時『禁忌』に対して関心のなかった世の中もあってか、一切その名を口にする者はいなかった。
「種族王解体………嫌ね、それ」
【禁忌】を利用しようという発想は大分ぶっ飛んでいるが、種族王を解体しようというのならばそれくらいはしなければならない。それほどに、種族王は強い。
「なぁ、“白銀”さんよ、なんだってそんなに焦ってんだい?依頼でも来てんのかい?」
先ほどから話している、少し離れた席から男が問いかける。
彼女は足を組み直し、真っ直ぐ男を見た。
その眼は非常に美しく、どこまでも透き通った蒼銀だった。
「私の自由よ。私が何を思って、何のために、何をしようだなんて」
「…………」
「世界が危ない。このまま指を咥えて、見過ごすわけにもいかないの」
彼女は立ち上がった。一握りの銅貨をテーブルに置くと、苦笑しながらこう言った。
「かなり前の話だけどね、友達と喧嘩しちゃったのよ。それ以来会ってない。いつかは会って謝りたいと思ってるけど、世界がこんなのじゃ、そうもいかないでしょ?だから倒すのよ」
「その友達とやらのために、か?」
「言ったでしょ、私の自由よ」
「あぁ、アンタは奔放だ。呆れるくらいにな」
「褒め言葉として受け取っておくわ。ありがとう、いい時間潰しになった」
彼女は背中越しに手を振り、どこかへ行ってしまった。
ギルドから出た彼女は、大きく伸びをした。穏やかな風に、腰ほどまである、少しクセのある蒼銀の長髪が靡く。背を少し反らしたことで、その豊満な胸が強調された。
【画粒】討伐の際に裸足だった足は現在、編まれ、交わるバンドの隙間から肌が見えるような、所謂サンダルを履いていた。いつでも脱げるように、簡単な靴を履いているのである。
彼女は【白銀の狩人】の二つ名を持つ【禁忌狩り】だ。頭の耳や尻尾から分かるように、獣人、特に人狼族と呼ばれる種族だ。
彼女が【禁忌狩り】となって十数年。その圧倒的な強さから、新人時代から注目を浴びていた。強さ、人気、共にランキング1位。
小さなものから世界レベルの大物まで、これまで討伐した禁忌の数は軽く千を超える。禁忌討伐のために世界を渡り歩き、彼女の知らない地はないという。
左上腕に巻きつけた鞘に収められているのは魔剣。シリウスの相棒、プロキオンと酷似しているが、全くもって別物である。作者も異なる。彼女がそれを抜くことは滅多にない、故にその剣身を見た者は少ない。
「………」
何かに気づいたのか、ポケットの中の物を取り出した。
ギルドカード。冒険者なら誰もが持っている、身分証明証だ。彼女は【禁忌狩り】であるが、それにはまず冒険者にならなければならないので、持っているのは必然だ。
名前、年齢、性別、ランクが刻まれているが、【禁忌狩り】になるとランクの部分が所定のマークに変化する。
その裏面には、受注したクエストが刻印され、クリアした際には赤色の文字から緑色に変化する。適宜ギルドにて報酬を受け取る、という流れとなる。
彼女はまさに、その裏面を見ていた。
黒文字で、新たに刻まれた。禁忌の討伐依頼は黒字と定められている。任意の通常クエストと異なり、禁忌討伐依頼はギルドと国が決めた【禁忌狩り】に連絡が届き、ギルドカードに刻まれる。
彼女の表情が変わった。目を細め、その文字を見つめる。
『キョクトウ カクリヨ ゾウエンヨウセイ』
「何やってんの?」
片眉を顰め、彼女は呟いた。
ステータス
〈プロキオン=ブラウ〉
・究極魔法【斬】




