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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
禁忌衝突編
12/34

閑話 カムイ放浪記

今回は閑話です。第二の主人公、カムイの記録をお楽しみください。

 放浪家。明確な目的を持たず、旅をする者全般を指すが、特に旅先での見聞を書物に記す作家のような者をそう呼ぶことが多い。

 ほとんどの放浪家が、大きなリュックを背負い歩いている。とはいえ、世界中の放浪家は指折りほどしかおらず、滅多に見かけることもない。

 カムイ・グレン。世界でも珍しい、人狼族の放浪家である。人間よりも高い持久力と筋力を持ち、豪快でスリル満点な記録は、多くの若者、特に冒険者のファンが多い。

 彼の著書ーー放浪録は、旅先の見聞のみならず、地方ごとの魔獣の特徴、生態まで事細かに書かれており、冒険者ギルドでも重宝されるほどの名作家だ。

 燃えるような赤い髪に、人狼族特有の耳と尻尾。大きなリュックにぶら下がる貴金属や世界各地の御守りは、歩くたびにぶつかり合い、ガチャガチャと音を立てる。

 腰には、鞘に収められた魔剣を携えている。片手剣よりも一回り小さく、短剣よりも大きい。魔剣鍛治士ヒノト特製のもので、非売品の一点ものだ。

 カムイの持つ魔剣は、いわゆる“スロット型”と呼ばれるもので、特定の属性や術式を持った“宝珠”というアイテムを孔に嵌め込むことでその効果を発現させることができる。

 スロット型の利点は、術式が刻まれた“刻印型”や、剣身そのものが魔力を含み、耐久力が高く、安定した術式発現が可能な魔鋼製のものと異なり、同じ物でも自由にカスタムすることができる。無論、孔の数が多ければ多いほど、カスタムの幅は広がる。

 カムイが持っているものは、孔が四つも開いており、最大四つまで宝珠を嵌め込める。

 孔が増えるほど、任意の宝珠だけを発現させるために緻密な魔力操作を要求されるが、カムイにはその心配はない。なぜならほとんどサバイバルナイフとしてしか使わないからだ。あとは持ち前の武術でどうにかなる。

 さて、カムイが向かう先は、『(みやび)の国』とも呼ばれる大国、極東連合国。文字通り世界地図でエデン帝国を中心としたときに、東端に位置する国である。

 極東連合国は主に四つの国から成り立っており、その中でもユニークな文化を持つのが、“サン”と呼ばれる島国で、雅の国という名の由来でもある。

 石造家屋が多い西洋に比べ、東洋、特にサンでは木造建築が主流となっている。

 “カタナ”と呼ばれ、青白く湾曲した刀身が特徴の、サン特有の武具が存在しており、多くの専門鍛治師がいるという。


 エデン帝国から西に行くと、世界四大精国の一つ、水の都『ウィンディーネ』という街にたどり着く。いわゆる港町だ。

 港町ゆえ、水産物が有名で、海鮮食は絶品だ。

 海に面したというよりも、海岸からさらに突き出しており、殆どが水路での移動となる。故に“漕ぎ手”と呼ばれる、世界でも有数の専門職が存在している。かつては手漕ぎだったが、魔導技術が発達した現代では、術式の動力を利用している。


ー世界歴7463年8月3日ー

 エデン帝国を後にして二日。ウィンディーネに行くための船着場に到着した。

 漕ぎ手から、ウィンディーネのことを色々と聞いた。

 昔、陸上の脅威であった魔族。エデン帝国が建国される前よりウィンディーネは存在したというが、たびたび魔族による被害があったという。

 現在エデン平原となっているが、西区には遺跡のような所がある。

 その遺跡で、日用品らしきものが発掘されたという。ちなみに、それらは現在、帝国の美術館に飾られているという。

 考古学者曰く、その発掘されたものと、ウィンディーネに古くから伝わるという器の形が酷似しているという点から、かつてのウィンディーネは現エデン平原西区の遺跡で栄えたのではないか、そして魔族の脅威から逃れるために現在の場所までと追いやられるように移動していったのではないか、と。

 その説を裏付けるもう一つの理由は、魔導学にある。

 各国で魔導学の理念のひとつ“魔力論”は大きく異なる。神様の奇跡だとか、大地の力だとか、生命エネルギーだとか。いずれも魔力の正体、概念の固定化を図るため、より魔導学を理解し易くするためだと推測する。

 魔導大国、エデン帝国で語られている魔力論には、『“主”が星に与えた超常的な加護であり、それは人権のように生きとし生けるもの全てに与えられる』とある。

 魔導大国にしては“超常的な加護”と、まるで本来は存在しないとでもいうような表現をしていた。まぁ見方を変えれば、“奇跡の力”とも取れなくはないが、この文を読んだとき、俺はとにかく驚いた。

 ちなみに、一流の魔導師ほど、世界各国の魔導書の内容を網羅しているという。なぜなのかは、読者諸君の想像にお任せしたい。

 ところで、ウィンディーネに伝わる魔力論もそっくりそのままエデン帝国の魔力論と一致する。全く同文なのだ。

 普通、こんなにも離れた地点で魔力論ーー文化が一致することはない。つまりウィンディーネの人々は元々エデン帝国がある辺りに暮らしていた。そしてそこに根付いた文化、それによって栄えたもう一つの国が、エデン帝国である。

 奇しくも、魔族から逃れ、西の海に出たウィンディーネよりも、魔族に正面から向き合い、現エデン平原の区分けを行ったことで安泰を得たエデン帝国の方が、大きく栄える結果となった。


………

……


「これから何方(どちら)へ?」

 漕ぎ手の女性がカムイに問いかける。

「港まで。ここからずっと西進するんだ」

「へぇ!………と、なると、極東連合国へ?」

「ゆくゆくは、そうなるね」

「でしたら急がないと……!ウィンディーネから連合国までは、次のーー夕の便で最後ですから」

「ーーあぁ、問題ない。朝イチで出る」

 ウィンディーネと極東連合国までを結ぶ船は、日昇と日没の二便だけ。

 せっかくウィンディーネに来たのだ。すぐに乗らずに、観光でもしよう。カムイはそう考えていた。

 ウィンディーネの中心街。

 ほとんどの移動が船といえど、多少の歩道は存在する。普通、陸上にある国の、馬車や竜車が通る道路が、ここでは水路となる。見た目は大きく違っても、感覚的にはあまり変わらない。

「ご利用、ありがとうございました」

「ーーほい」

「……えぇっ!?あ、あの……」

 カムイがぽん、と漕ぎ手に手渡したのは、大きなリュックの外側ではなく、中に大切に入れられた貴金属だった。

 白銀のそれは見る角度によってさまざまな色に輝く宝珠が付いたピアスだ。

「一点ものだそうだ。欠陥品じゃないから、安心してくれ」

「困ります……こんな高価なもの……」

「いいんだよ!運んでくれた謝礼だ。必要なければ売り払うなりしてくれても構わない。そういうわけで、頑張ってな」

 無愛想なのか否か、カムイは言うと、船から降りた。そのまま、嬉々として、意気揚々とウィンディーネの街に消えていった。

 漕ぎ手の彼女ーーレイは、渡されたピアスをみて、ふっと苦笑した。

「気持ちはとても嬉しい……けど、漕ぎ手はあまり華美な装飾品は禁止されているんですよ………」

 レイは、そのピアスを制服のポケットに入れた。一番深く、失せない場所に。


ー世界歴7463年同日ー

 たかがピアス。されどピアス。女性というのは装飾品一つで印象が大きく変わるものだから、不思議だ。

 ウィンディーネの中心街にやってきた。流石は港町。あちらこちらで生魚が店頭に並んでいる。なるほど、その場で捌いたり、調理もしてくれるらしい。

 普段は、魚といえば淡水魚であったため、海水魚は久々に食べる。厳密には二年ぶりくらいだろうか。味は……魚の味がした。

 中心街とはいえ、国のほぼ端っこ。大きな発着場があり、多くの観光客が旅客船に乗り降りをしていた。

 冒険者も多く見かけた。装備から察するに、ランクはかなり高い。少なくともBはある。

 ランクが高い冒険者ほど、装備品は局所的になる。どの部位を最も守るべきかを知っているからだ。勿論、高ランク冒険者全員がそうとは限らない。

 たとえば、パーティのタンクとして、魔獣の攻撃を一身に集めるような者は、重厚な鎧に身を包む。一方で、接近戦、特に小剣やダガー使いともなると、装備はかなり少なくなる。相手の背後に回ったり、ヒットアンドアウェイ戦法を多く好むため、守る必要性はほとんどなく、最低限の鎧だけで十分だ。むしろ、万一の際はその最低限の部分に攻撃させるように誘導する技量まで持ち合わせている。

 ちなみに俺はというと、鎧と呼べるものは皆無。旅の邪魔になるからだ。自分で言うことではないが、実は放浪家の方が一流の冒険者よりも手練れだったりする。

 放浪家の殆どが元冒険者だったり、冒険者崩れだがむしろ才能開花しちゃったりという人で、望んでなろうという者は少ない。

 んで、大体どの国に行っても他の放浪家とは滅多に会わない。尤も、全ての放浪家が、俺みたいに大きなリュックを背負っていて、遠目でも分かるとか、そういうわけではない。もしかしたら、俺が思っている以上に沢山の放浪家とすれ違っているかもしれない。今、この瞬間も。

 ちなみに、放浪家は互いに近況報告とかはしない。話のネタとして盗用されないためだ。まぁ、そんな愚か者はいるわけないと願いたいが、放浪家の間では暗黙の了解となっている。

 すっかり日も落ちて、辺りは暗くなる。同時に街灯が灯った。

 夜のウィンディーネをしばらく歩いた後、手軽な宿で一晩過ごすことにした。


………

……


 翌日。まだ日が昇る前から、カムイはウィンディーネの港に立っていた。

 極東連合国行きの旅客船は、日昇の出発に向けて、乗組員が慌ただしく動き出した。

 カムイは、リュックの中身を確認した。

「忘れモン、無しッ!」

 荷物を確認し終えたところで、乗船が始まる。

 どっ、と人が流れ込んだ。次々とウィンディーネに来ていた観光客、極東連合国への旅行客が乗り込み、最後にカムイが乗り込む。

 乗降口が閉じられようという時、そこに一人の男が待ったをかける。

「ちょぉぉぉぉっと!!タンマ!!」

 彼の声に、乗組員の一人が動きを止める。

「……乗られますか?」

「おう………乗る」

 透き通るような白髪と、同じく紅眼の持ち主で、指貫グローブやロガーブーツなど、近代的なファッションはかなり目立つ。

 膝に手を置いて肩で息をしているところ、かなり急いできたのだろう。

 白髪の男が乗船し、今度こそ乗降口が閉じられた。

 そしてカムイを乗せた船は、東の大国、極東連合国へと動き出したのであった。


ー世界歴7463年8月6日ー

 ウィンディーネを出発して二日。ついに極東連合国に辿り着いた。港は多くの見物人で賑わっていた。

 前が開いた一枚の羽織。それを帯という紐でベルトのように閉める。極東連合国、特にサン特有の民族衣装、“キモノ”だ。

 彼らは、西洋からやってきた人々を物珍しそうに見ていた。まあ、自分と外見が大きく異なる人間を見れば、誰だって気になるだろう。


………

……


 船を降りたカムイは、早速地図を広げた。

 大きなリュックの他に、腰に取り付けたポーチから黒鉛筆を取り出す。

 地図に描かれた方位図の中心に立てて、離す。そしてふっと笑った。

「南だな」

 鉛筆が倒れた先は、南を指していた。

 運に関しては定評のあるカムイ。おおよそ望んでいた方位が当たったようだ。


ー世界歴7463年同日ー

 新天地恒例、方角を決める。

 地図には方角が示された図が描かれている。その中心にペンなりを立てて、倒れた方向に向かうというもの。もう一つのルールとして、引き返すような方角はやり直す。尚、この手法は俺特有のものであって、全ての放浪家がやっているわけではない。中には自分の意思で方角や行き先そのものを決める者もいる。放浪家は目的を持たず何たらと言うが、規定はないので皆適当だ。

 サンは、南を目指すことになった。

 南下すれば、南陸国(ズューデン)に辿り着く。ここ数ヶ月間、ずっと北半球の旅だったのでありがたい。

 しかし、治安が悪いことで有名な南陸国。極東連合国での記録が最後とならないことを願いたい。


………

……


「さてと」

 行き先が決まったカムイは、荷物を整えて意気揚々と歩き………だそうとした。

「ッ」

 右肩にぐっと力が込められて、前進を阻まれた。

「へ?」

「待ちな、ミスター」

 そこに立っていたのは、ウィンディーネで駆け込み乗船してきた、紅眼白髪の青年だった。

「な、アンタは……!?」

「ウィンディーネでの乗船以来だな。船内でも探したんだが、どうも見つからなくて。一体どこに引きこもってたんだい?」

「あ、あんな一瞬で俺の顔を覚えてたのか!?」

「ハッ!それはお互い様だろう?」

 男の外見はよく目立つ。しかし、装備品は隠密で使用するようなものばかり。そのギャップがまた、彼の特異性を強調していた。

「ーーアンタも彷徨いてたって言うんなら、俺も同じだ。入れ違いが続いた結果、ここまで合わなかったんだろう」

「かー!本気かよ!?エラい確率だな、そりゃ!?」

 無駄にオーバーリアクションで驚愕する男。

 その様子にカムイは若干引きながらも、要件を尋ねる。

「で、用は?まさか挨拶するためだけに俺を引き止めたわけではないだろ?」

 問われた男は、ゴホンと咳払い。一息ついて話しだす。

「同行願いたい。ミスターカムイ」

「……………はぇ?」


 二人は北に歩いていた。進んでいくにつれて、カムイの表情は曇っていく。

(南から離れていく……!)

 そんなカムイの心情を知る由もなく、男は自分の素性を明かしてきた。

「そんな簡単に明かすモンじゃあ無いが、訳あって人殺しをやっている」

「あぁそう…………………んん!?」

「あぁ!勘違いするなよ?許された殺人さ。ーーいや、人……ではないか」

 無駄に遠回しに言ってくる(さま)は、逆に答えが分かった。

「………アンタ、まさか……!」

「あんまり大きな声では言えないが……俺は、イルズ。イルズ・ロスーー」

 何かに気づいたのか、いつの間にか入っていた路地裏、建物と建物の間、屋根の上を見ると、高く飛び上がった。

 飛び上がる寸前、男ーーイルズの指先から、一筋の光る何かが見えた。

 僅か数刻。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 何者かの叫び声が聞こえたかと思うと、血雨と角切りの肉片が落ちてきた。

 カムイは目を疑った。

 間違いなく人肉だ。

 程なくして、イルズが降りてきた。

「こっちだ」

 返り血が付いた頬を拭い、イルズは路地裏の奥へと走っていく。

「あ!?ちょっと、待って!」


「みーつけた」

 イルズらから遠く離れた建物の窓から、キラリと光るものが一つ。

 金属の弾を込め、刻印された術式に魔力を流すことによって長距離射撃が可能となった狙撃銃(ライフル)だ。

「そのお命、頂戴な」

『術式展開ーー接続・刻印術式【射】』

 銃口から幾重にも魔法陣が展開。

 ゆっくりと引き金に指をかけて、引く。

『“狙撃(イェーガー)”』


 路地裏を抜けて反対側の通りに出たイルズ。遅れてカムイがやってきた。

「参ったな、ここじゃあ目立つ」

 頭を掻きながら、イルズは呟いた。

「そう言ったって、この辺りは都会だかーー」

 鮮血。気づいたときには、イルズの眉間が何者かによって撃ち抜かれていた。

「ッッッーーーーー!!!」

 イルズの身体がぐらりとよろめき、後ろに反る。

 どこからだ!?

 明らかに、狙われている。

 次に狙われるのは自分に違いない。

 落ち着いて物陰に隠れてーー

「…………?」

 考えようとして、気がついた。

 カムイ以外の全ての生物が、静止していた。町を行き交う人々も、空を翔ぶ鳥も、風に舞う紙切れや誰かの帽子も。

 世界が、止まっている……?

「これは……………?」

 イルズを見た。

 右を向いたところを、眉間を撃ち抜かれていた。長距離からの射撃だ。おそらく、否、確実に即死だ。

 不可解なことに、周囲の人々と違い、イルズの像はノイズが走ったように、ブレている。

「どう、なってやがる……?」

 町行く人々に触れてみると、像をすり抜けていく。触ることができない。

 イルズにも触れようと試みるが、彼に近づくにつれてカムイの動きは遅く、視界は強くぼやけ、さまざまな方向から大きな力がかかったように体が重くなる。離れる分には何ら力は加わらないらしい。

「ゆ、夢でも見てんのか………?」

 思わず呟いた。

 その時だった。

「その通り」

 イルズの声が聞こえたかと思うと、周りの景色がぐーんと引き伸ばされて、暗転。

「ッ!!」

 ぺしぺしと、頬に衝撃が伝わる。

「おい、ボーッとしてたぞ」

「へぁ?」

 カムイの肩に腕を回して立っていたのは、狙撃されたはずのイルズだった。

 イルズは眉間の辺りをさすりながら、辺りを見回した。

「お気づきの通り、すでに敵に囲まれている」

「俺は完全に巻き添えを食らってるんだが」

 ツッコむカムイだが、全く無視されて、イルズはとあるものを取り出した。

「ほい」

「え?」

 差し出されたのは、直径約12ミリ、長さ約90ミリの銃弾。血液は全く付着していない、綺麗な金色をしている。

「い、今のは?」

「何が?」

「いや、世界が止まって……」

「そうか、君にはそう見えていたのだな」

「は?」

 イルズは、あらぬ方を見つめた。

「盗聴に、狙撃と来たか。次は何だ?寝首を掻くつもりか?」

 再び、イルズの指先から光る糸が現れた。


「ッ!?」

 男ははっと、我に帰った。

 ぼーっとしていたようだ。まったく、情けない話である。

 再びスコープを覗き込む。まだ標的は動いていないようだ。

 今度こそ撃たんと、引き金に指をかけて気づいた。

「………撃った、のか!?」

 弾が一つ、無い。確実に満タンに充填したはずだ。既に男は一発撃っている。

 しかし標的はまだ生きている。

「バカな!!」

 焦った表情でスコープを覗き込み今一度引き金に指をかけた。

「……ッ!?」

 ーー標的がこちらを見ていた。

 いや、ありえない。この距離だ。悟られるわけがない。

 しかし、確かに標的はこちらを見ており、腕を振り上げている。

 一体何をーー


「お返し、だッ!!」

 イルズがムチのように糸を飛ばした。


「……ぁ……?」

 日光に照らされ、透明に光る糸。それは男の眉間を貫いた。

 腕がだらんと下がり、糸を軸にツツーッと頭が滑る。


 ぐいぐいと糸を引っ張り、何か手応えでも感じたのか、イルズはニヤリと笑った。

「死んだな」

 術式を解除し、糸が消える。

 一部始終を見ていたカムイは、あ然としていた。何が起こったのか、目の前にいる白髪の男は本当に港で会った、イルズなのか。

「アンタ、生きてる、のか?」

 カムイが恐る恐る尋ねる。

 白髪の男は、その声の方を向いた。そして、ゆっくりと歩み寄りながら、語り始める。

「術式というものは本当に存在しうるのか、今見ている景色は夢か現実か、この世界は幻か実物か。それは、誰にも分からないが、その人だけが知っていることでもある」

「どういうことだ?」

「ーー他人に判断を委ねるな。っつーことだ。特に俺たちみたいな業界はな。何が本当で何が嘘なのか、人間てのは騙し騙され、愚かな生物なのさ」

「はぁ………」

 獣人種には分かりかねる。

「急ぐぞ。連中、俺を安易に殺せないと躊躇してる。今がチャンスだ」

 広い通りを素早く横断し、再び路地裏へと入っていくイルズ。

 あっと、何がに気づいたイルズ。足を止めることなくカムイに話しかけた。

「そういや、ちゃんと自己紹介できてなかったよなぁ!」

「今じゃないだろ!」

「イルズ・ロスト。それが俺の名だ。その道の人間なら、知らない奴はいないだろうなぁ」

「随分と自意識過剰じゃないか?」

「そんなことはない!もっと目立っても良いと思うんだけどなぁ、お国が嫌いやがる」

 街中にある、丸い蓋のようなものの前にイルズは立った。人工的に作られた“地脈”の管理をするために人の出入りができるように開けられた穴だ。

 街は、料理をするにも、明かりをつけるにも、魔力ーー術式を利用する。近辺の大きな地脈、“龍脈”から、人口地脈で魔力引っ張って、街中の地下に張り巡らせるのだ。この工事には、専用のライセンスが必要となる。

 蓋の開けざまに、イルズはカムイに言った。

「業界じゃあ、俺達のことをこう言うんだ。【禁忌狩り】とな」

 【禁忌狩り】。冒険者業界に精通しているカムイでも、その存在はあまり知らない。

 彼らは、世界中に蔓延る禁忌を討伐するために、冒険者から抜粋されたエリート集団であり、お国の道具だ。使い物にならなければ捨てられる。

 何も、【禁忌狩り】だけが禁忌を狩っていいというわけではない。道具といえど、国から雇われた身であるため、ある程度の支給が与えられる。

 討伐依頼が出された際には、賞金だけでなく、討伐完了(クエストクリア)の報酬金ももらえる。

 【禁忌狩り】は、その称号が与えられた瞬間、冒険者という肩書きだけを残して、全ての経歴が破棄される。当人の情報は極秘とされ、国で厳重に保管される。

 討伐に失敗した際は、国はその情報を破棄する。国民は誰がどの国に所属するかも分からないまま、死んだ、という情報だけがもたらされる。

 一部マニアの中で、【禁忌狩り】はランキング付けされ、嗜みの一つとされているようだ。客観的に彼らを分析して出来上がったそれは、【禁忌狩り】の間でも強さの指標としてよく用いられる。

 戦績(=強さ)が主な判断基準であり、【禁忌狩り】で唯一公開される情報だ。

 ちなみに、名前や性別、種族は公開されないが、マニアらによる巧妙な詮索によって、特に上位に位置する【禁忌狩り】の名は世に知れ渡っている。

 目の前にいる、イルズ・ロストは、ランキング第二位。かなり腕の立つ【禁忌狩り】だ。

 これまで討伐してきた禁忌は十三。トリッキーな戦術で禁忌をも翻弄する姿に、人は彼を【幻影芸師(げんえいげいし)】と呼ぶ。

「改めて、放浪家カムイ・グレン。俺の任務に同行してもらうが、いいな?」

「どうせ断っても無駄なんだろ?」

「ハッ!よく分かってるじゃあないか!」

 二人は握手を交わした。

「俺たちの目的は、北に潜む禁忌を討伐すること」

「北、か………」

 何か思い当たる節があるのか、カムイは少し考えた。

「おっ、分かるか、流石は放浪家だな!」

「あぁ、分かるもなにも、極東連合国、北と来れば、出てくる地はあそこしかない」

「そう、これから向かう先は、妖族(あやかし)の住処、“隠世(カクリヨ)”だ」

「だろうな……」

 カムイは大きくため息を吐いた。これから始まる激戦が、手に取るように分かる。

 無理やり自身を鼓舞して、リュックを背負い直す。

「準備はいいか?」

「応!!」

 かくして放浪家カムイと、【禁忌狩り】イルズによる奇妙な冒険が始まるのであった。

ステータス

〈カムイ・グレン〉

・No data


〈イルズ・ロスト〉

・unknown

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