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蒼白の天狼  作者: ベルトに乗った肉
禁忌衝突編
10/34

10 忍び寄る反逆

二桁記念。特に何もないです。


ジークがシリウスの師匠っぽくなっちゃって困ってます。本当の師匠は、フリーだからね!そこんとこ、理解しといてよね、ジーク!

 ジークの思いつきで始まった野外生活は、早くも一ヶ月が経過していた。なんだかんだで一ヶ月。経ってしまえば、こんなものかと思ってしまうのは、人の性質だろう。

 途中、死にかけたこともあったが、シリウスの豪運か、あるいは実力か、いずれにしろ全て切り抜けてきた。もっとも、シリウス一人では切り抜けることが不可能な場面だってあった。プロキオンがいてこそ、今のシリウスがあると言っても過言ではないだろう。

 帝国魔導聖騎士団、スピカが言っていた通り、北上するとすぐ、“不可侵入区域”から抜けられた。

 何故そのような境界線の引き方をしたのかは知らないが、“不可侵入区域”の境界線はとても歪だ。

 まるでタコが触手を張り巡らしているように、入り組んだ形。コレのせいで、一度抜けたはずなのに直線に辿った際に、また“不可侵入区域”に入っている、ということが起こる。

 数少ない、直線に進んでも一度出たら再び入ることのないルート。スピカは持ち前の土地勘をフル活用して、シリウスに教えてくれたのだ。

「教えてくれたスピカさんには、感謝だな」

 “不可侵入区域”を抜けると、北の区域に出る。ここは最も低級の魔物が湧く区域だ。

 駆け出しの冒険者は、よくこの辺りでスライムを無心で狩りまくり、経験値を乱獲する。噂では、最強のスライム狩りがいるとかいないとか……。

 そういえば、生きては帰れぬという“不可侵入区域”。そんな場所に帝国魔導聖騎士団は訓練のために来ていた訳だが、それは区域を抜ける直前で理解した。

 “不可侵入区域”は、外側に行くほど魔族の強さは下がるようになっている。どういう訳だか分かっていないが、強力な魔族ほど、“不可侵入区域”の中心に集まる傾向があるみたいだ。つくづく魔族というのは、理解し難い生命体である。

 帝国魔導聖騎士団も、“不可侵入区域”の比較的中心より離れた場所で訓練をしていたようだ。

 さて、以前、ケレス大公国を訪れた際も、ジーク宅から北上した場所だった。

 以前は素通りしたのだが、実はその手前に小さな集落があったのだ。ケレスの郊外も郊外。所謂、ど田舎だ。とはいえ、東洋の木造建築とは異なり、石造建築がほとんどである。

 冒険者の中継地点とも言える、憩いの地。街並みは整っており、宿場も多い。安定した収入のおかげか、一般的な田舎よりも栄えている様子。

 久々に人気の多い場所にやってきた二人は、街中の水場の縁石に腰掛け、安堵にも似たため息を吐いた。

 流石は豊穣の国。たとえどんなに郊外だとしても、水は非常に透き通っていた。

 地面を、トントンと軽く足で叩く。

 ここ一ヶ月の野外生活と、今までのジークが課した特訓の成果か、魔力感知はお手の物だ。

 この地下には、地下水が豊富にあった。おまけに近くには山岳地帯がある。空気も澄んでおり、なるほど、水が綺麗な訳だ。

 もうこの辺りまで来ると魔物の被害も少ないのか、街の外周に柵などは設置されていなかった。

 この街に入る少し前から、公道はかなり整備されており、商人が乗った竜車が数多く行き交っていた。

 ここから先のケレス中心地に至る道、その両側には豊かな田園風景が広がる。

 北の地域にもかかわらず比較的温暖なのは、マナの管理がしっかりしているからだ。お陰で、温暖地域で採れる作物は、ケレスでも栽培できるようだ。

 シリウスとプロキオンは額を合わせて、今後どうするかを会議していた。

 ジークに認められるようになるには、シリウスの覚醒が条件であることと予想される。しかし、当のシリウスは未だ“眠っている”状態だ。術式の連続行使、そしてジークが見出したシリウスの特性から、実践による経験値を得ることが覚醒への近道だということが分かっている。

 最も手っ取り早いのは、再び“不可侵入区域”に戻り、覚醒の時まで延々と魔族を借り続けることだが、その前に体力が保たない。

 ここまでの道のりで、既に“闘獣化(ビーストモード)”は解け、さらにぶっ続けで【氷纏装身(ヒョウテンソウシン)】を維持し続けている状態。正直言って、完全に健常なわけでは無い。プロキオンからも、流石に厳しい、と言われ、渋々引き下がるのであった。

 少しの沈黙の後、シリウスは立ち上がった。

「ま、何とかなるだろ」

「楽観的だなぁ」

「いや、これくらいなんとかしないと、種族王なんて務まらないぞ?」

 ……とシリウスは言うが、違う。

 種族王は基本的に別格の存在。チート、とまではいかないが、それでも強さは桁違い。

 単純に戦闘面で強い、ルークやフリーのような脳筋タイプもいれば、多くの部下を率いる知将タイプ、ジークのように聡明で戦闘も得意な万能タイプなど様々だ。ちなみに、シリウスを分類するならば、脳筋タイプで間違いない。

 どんな困難なことも、“何とかなってしまう”のが種族王だ。

 自信過剰ではないが、種族王はその強さゆえに気楽な人物が多く、かなりゆるい。年に一度は必ずあるという会合にも、欠席者が出る始末。ジークは議長なので参加義務があるらしい。

 シリウスがそんな現実を知るのは、もう少し後の話。


◇◇◇


「知ってるか?【白銀の狩人】」

 とある飲み屋で、そんな話し声が聞こえた。

 聞いたこともない名だが、その会話は聞き耳を立てるまでも無く、聞こえてくる。

「あぁ、最強の禁忌狩りだろ?なんでも、超絶美人らしいぜ?」

「ウハッ!マジかよ!?」

「そういや、ちょうど朝刊に載ってたよな?南陸国(ズューデン)の禁忌数体を、たった一人で殲滅したとか」

 禁忌狩り………世の中にはそう呼ばれる人もいるのか。それよりも、本当に禁忌というものが、世界には同時に数多存在するということの方が驚きだ。

「どーせ弱っちい禁忌だったんだろ」

「いや、それがな、禁忌の中にはあの『画粒(ピクセル)』もいたらしいぜ?」

「なッ……!?」

「ついに討伐されたか……」

 聞いたこともない禁忌だった。否、自分が無知なだけかもしれない。現に、彼らはその名を知っているかのように会話している。

 禁忌狩りというのは、正式に“職業(ジョブ)”として存在するらしい。通常の冒険者よりも失命のリスクが高いことから、禁忌討伐の際の報酬はかなりの高額になるとか。

 尚、禁忌狩りは初めからなれるものではなく、職業:“冒険者”から始まる。

 冒険者には実力と成績との二つを総合的に評価し、ランクがつけられる。基本的に“E”から“S”までの五段階に分けられ、禁忌狩りとなれるのは、Sランクを三年維持することが絶対条件。

 “維持”としているのは、冒険者のランクが実力のみならず、成績でも評価されるからだ。たとえSランク冒険者だとしても、クエスト失敗による成績不振が認められた場合、ランクの降格がされる。

 ランク降格は減点方式で行われ、持ち点からクエストにより設定されている減点数が差し引かれる。

 ランクごとに降格基準は異なり、より高位になるほど高くなる。

 ぶっちゃけ、コスパは微妙だ。

「冒険者かぁ」

 ふと言葉を漏らすシリウス。

 向かいに座っていたプロキオンは、シリウスに言った。

「ダメだよ。種族王は冒険者になれない。ジークさんも冒険者辞めてるでしょ?」

 テーブルに肩肘を突き、どこか不機嫌そうにシリウスが返す。

「別になりたいとか言ってないけど……そういうことなのか?」

「この前聞いたんだ。種族王ーー特に『生命の書庫』の管理人になった頃から、冒険者辞めてたみたいだよ」

 そういえば、以前エデン帝国で会った魔剣鍛治士・ヒノトとは旧友で、かつてはともに冒険者のパーティーを組んでいた、と話していた。

 まだジークの実力の全貌は計り知れないが、種族王になったほどだ。かなり腕の立つ冒険者であったのは間違い無いだろう。

「でも、お前はなれるんじゃないのか?」

 冒険者になれないのは種族王であって、プロキオンにはそのつもりはないので冒険者になれるのだ。

「イヤだ。ボクはシリウスについていくから無理だし」

 プロキオンの目は、気持ちが如何に固いかを物語っていた。

 やれやれとため息を吐く。彼女としては、慕ってくれるのは嬉しいが、それで不幸になったりやしないか、心配だったのだ。

 しかしプロキオンは譲らない。

 追い討ちをかけるように、主人のために尽くすのは従魔としての役目だとも言った。そう言われると、なかなか言い返すこともできない。

「……好きにしなよ」

 諦めたように呟くシリウス。

 対して、プロキオンの表情は明るくなる。

「そうするよ」


 翌日、シリウスたちは観光することにした。たまには休憩があってもいいのだ。何より二人は、休むことなく北上してきたのだから。

 今は秋だから(と言っても冬に差し掛かっており、シーズン終盤である)分かりにくいが、ドラコは南半球に、ジークの家は北半球にある。なので、こちらが夏だったとき、ドラコは冬だったのだ。残念ながら、しばらくドラコの美しい冬景色を見ることは叶わないだろう。

 特に目的もなく歩く。プロキオンは風景を楽しんでいるが、シリウスは俯いたまま歩いていた。

 実はこの真下に地脈が流れている。まさにシリウスが歩いている直下だ。

 通常の魔導師なら絶対にやりたがらないことを、シリウスはやっている。

 魔力感知により地脈を辿りながら、【氷纏装身】を維持。超簡単に例えると、両手でそれぞれ違う相手とジャンケンをする。しかも、タイミングは全く違う。やりたくない、というか、不可能に近いものだ。

 尤も、ジークはさらに格上だ。攻撃術式を、防殻を常に展開しながら発現。それだけに収まらず、以前の模擬戦ではシリウス対策として空間結界を展開したのち、自身に防殻を展開、さらに同時に攻撃術式を二つ練るという奇術をしてみせた。詠唱を必要としないことで、一度に構築できる術式の量が違う。

 ーーそれにしても不思議だ。

 この辺りの地脈は、何て澄んだ“色”をしているだろう。

 まるで“無色”。それどころか、“色”という概念さえ感じさせない。

 この感じ、どこかで見覚えのあるような……。

 そう、この感じ……。

 シリウスは恐る恐る顔を上げた。

 地獄絵図だ。そう形容するに相応しい光景だった。

 散らばるのは、数多くの生命の圧死体。特別何かの下敷きになった訳ではない。重さに耐えかね、潰れたのだ。

 必ず、死体の周囲はクレーターができていた。まるでそこだけ、重力が重くのしかかるように。

 シリウスは、自分の頬をつねった。

 痛い。

 これは現実だ。

「な、んで……?」

 躓いた。何だ、と足元を見ると、頭だけが潰れた死体が横たわっていた。

「ッーーーー!!?」

 悲鳴を上げそうになったが、必死で抑えた。

 死体ごとに潰された箇所が異なっていた。過半数はちゃんと全身を潰してもらっているが、中には先程のように中途半端にやられて、出血多量その他諸々の理由により息絶えた者も少なくない。皮肉にも、それは生々しさをより演出していた。

「一体、誰がーー」

 言うまでもなく、分かっていた。

 まるで存在を感じさせない。“色”の概念など存在しない、【無】の極致を通り越し、暴走してしまった存在。それは世界の概念を歪めかねない。


ーー世界の規則から逸脱したモノは、ある言葉で呼ばれる。


 現れたソレは、シリウスの眼前で、親指を下に突きつけた。

「ふざけんな……!」

 ドン!と重力が加わるが、間一髪で避けた。

「プロキオン、オレと固まるな」

 言われ、プロキオンはソレの背後をとった。

 一方のソレは、シリウスの見事な身のこなしに、驚いた様子だ。

「速い!早い!すごい!強い!」

 狂喜に目を見開き、純白の歯を見せる。

 瞬く間にシリウスに接近すると、猫騙しのように彼女の眼前で手を叩く。

 ただの魔衝波だ。しかし、威力はとんでもない。

 突風の如く、その僅かな面積から生まれた衝撃波は、シリウスをいとも簡単に吹っ飛ばした。

「グ、うぅ!?」

 ソレは飛んでいったシリウスを追わず、もう一人をギロリと見つめる。

 プロキオンは、その視線にじりじりと後退りしながら、右腿に手をかける。

 シリウスから譲り受けた魔剣。それは、【絶対切断】の術式を持っている。

 その様子を目だけで追うと、即座に両手を上げた。

「おおっと!貴方はダメだ」

 と、訳のわからんことを言ったかと思うと、正面に向き直り、シリウス目掛け猛追する。

 一方のシリウスは、すでに立ち上がり、怒りにも似た表情で、声を荒げた。

「タァァァブゥゥゥゥ!!!!」

 

ーー禁忌。強大な固有術式に自我を呑まれ、暴走してしまった果ての姿。


 ソレはその中でもトップの存在。『名』はそのまま【禁忌(タブー)】。

「ケヒッ!」

 【禁忌】はもう一度親指を下に突きつけて、術式を発現する。

 以前より速い。ただ、それはこちらも同じだ。

『術式展開ーー禁忌ノ業【概念操作】:“冥墜”』

「舐めんなァ!」

 重力がかかる前に、術式範囲外に逃げ、すぐさま反撃に出る。

『“破弾・突撃銃”』

「ぶっ!?」

 シリウスの拳が頬にクリーンヒット。

 メリメリと骨が軋む音が鳴り、そのまま拳を撃ち抜いた。

 【禁忌】はギュルルル!と宙を回転しながら後方に飛ばされ、地面に倒れ伏す。

 ーー冴える!!今までとは訳が違う。相手がまるで、亀のようだ。

 シリウスの周囲の冷気は、日を追うごとに強さを増し、シリウス自身の魔力量も、ここ数日の矯正によってかなり大きくなった。

 魔力感知を維持していたおかげで、術式の気配をいち早く感じとることができ、控えめに言って、今のコンディションは超最高で完璧。

 討つなら、今しかない。

 目の前のクソ【禁忌】を、ブッ殺す。

「クッ、ハハ!流石は俺の見込んだ方だ!こんなにも早く“並んで”くるなんて!」

 お気楽にも【禁忌】はそんなことを言った。

「言い遺したことはそれだけか?」

 冷酷な瞳を向けるシリウス。

 【禁忌】はシリウスの言葉を聞いているようで、聞いていない。

「禁忌狩りでもないのにその強さ。世の中にはまだ見ぬ“強さ”で溢れている!」

 数ヶ月で随分と饒舌になったようだ。それだけ、記憶を取り戻しつつあるということか。

 何事もなかったかのように立ち上がった【禁忌】は、シリウスとより一層距離をとった。

 怪訝に思ったシリウスは、蛇行しながら【禁忌】目掛けて走り出す。次なる一撃を喰らわせてやるため、魔力を練る。

 両手を広げる【禁忌】。

「ッ!?」

 悪寒を感じたシリウスは、ほぼ反射的に顔の前に腕を構えて、防御姿勢をとった。

 ーーそれが仇となった。

『術式展開ーー禁忌ノ業【概念操作】:“無刻(ニヒツ・テンポ)”』

 それが攻撃術式じゃないことに気づいたシリウスは、【禁忌】の指先から術式が放たれると同時に回避した。

 ーーつもりだった。

「ッ!?重っ……!」

 僅かに遅かったのか、その玉が掠った瞬間、シリウスの体は遅くなった。

 力を入れようとしても、思うように動かない。

 “時間”という概念が止まりかけていた。

(そんなのアリかよ!?)

 アリだ。なぜなら相手は、【無】の暴走した成れの果て、【禁忌(タブー)】なのだから。

 禁忌は、術式のルールもガン無視のチート能力を持ち合わせている。その殆どは、もとより固有術式が強力な者ばかりで、故に並の戦士ではまともにやり合えない。

 ルール無視、というのは、何かしらの等価交換が発生しないことだ。

 一定の魔力を消費して、術式を発現させる。上級の魔導師ともなれば、マナ(あるいは地脈)に干渉し、自身の魔力に変換することで実質無限の魔力を得ているが、そんな者は世界でも指折りほどしかいない。

 そもそも魔力変換の際に、僅かにラグーー変換するためのロスタイムが生じるため、あえて補給しようとする者は少ない。どんなに早くても、基本的に少なくとも1秒を要する。

 そう、1秒。

 通常の術式を発現させるのに要する構築時間は、早くて0.5秒。遅くても1秒に満たない。

 もうお分かりだろう。単純に間に合わない。

 そこで先人たちはマナの干渉と同時に、自身の術式を発現させようとした。

 しかし、常人にできるわけもない。普通に術式構築のキャパオーバーだ。

 変換というただでさえ面倒くさい作業を、普通に戦いながら(術式を行使しながら)行うのは、上級者でも難しく、いわゆる天才の域の者にしかできない。

 ちなみにシリウスはどうか?

 シリウスの我流術式『“虚弾(きょだん)偽銃(エアガン)”』は、発現された術式に込められた魔力と同等の魔力をぶつけて相殺するものだ。

 かつて自身の魔力を削って行っていたが、当時のシリウスの魔力量は少なく、すぐに枯渇する可能性があった。

 そこで、マナという知識を得たシリウスは、マナに干渉して得た魔力をそのまま相殺のために使用した。

 この場合、変換の作業は行われておらず、魔力変換よりも早いーー空間干渉術式とほぼ同じ速度で繰り出すことが可能なのだ。

 さて、もはやピンチ以外の何物でもない状態のシリウス。誰がどう見ても、今のシリウスには状況を打開することはできないと思うだろう。

 魔導領域なら簡単に抜けられただろう。

 しかし今のシリウスには、それだけの能力を持ち合わせていない。

 つまり、詰みだ。

『術式展開ーー禁忌ノ業【概念操作】:“冥………


『術式展開ーー魔剣術式“絶対切断(アブソリュート・スラッシュ)”』


 一瞬で、【禁忌】の両手が切断された。

「ん?」

 自身の手を見る。

「い………ってえぇぇぇぇぇぇ!!!!痛い!手!?痛いぞ!」

 絶叫する【禁忌】。

「君の術式は、指だ。シリウスの動きを遅くした時も、その重力攻撃も、全て。術式発現のトリガーは、指先からだ。だから、手首から斬った」

 プロキオンは淡々と語った。

 手の切断と同時に、シリウスの身体は等速に戻る。

「助かったッ!」

 体の自由を取り戻したシリウスは、【禁忌】目掛けて走り出す。

『“破弾(はだん)砲撃銃(カノン)”』

 守りを捨てた、攻撃にステータスを全振りした一撃。

 シリウスの拳は、【禁忌】の腹にめり込んだ。

「グフォッ………!!」

「んなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

『“打弾(ちょうだん)突撃銃(アサルト)”』

 腕を引くことなく、そのまま撃種を変える。

 拳を中心とした魔法陣が顕現し、効果が発動される。

 あらゆるものをぶっ飛ばす術式。

「ーーーーーー!!」

 思わぬ一撃に、驚愕する【禁忌】。抵抗できずに、激しくぶっ飛んだ。

『【氷纏装身(ヒョウテンソウシン)】』

 壊れかけの籠手を、一度解除したのち、もう一度発現。

 抑えていたものが一気に解放され、間髪入れず引き締まる。

 シリウスの身体は、魔導的にリセットされた。

 つまり、事実上の回復。

「ラウンド2だ」

 とカッコよく構えたのも束の間。

「ーーフム、良い」

「ッ!?」

 ーー速い!

 重力を横方向に掛けた加速だろう。

 【禁忌】は瞬きのうちにシリウスの目の前に現れると、指揮者のように、素早く中指を立てた。

「ーーは?」

 気がつくと、そこは遥か上空だった。

 あまりの突然の出来事に、手が復活していたことも忘れていた。

 重力が上方向に掛かったのか?それにしても速すぎる。

 【禁忌】は手のひらで何かを練っているような手振りから、パン!と手を合わせた。

 その時だったーー

「なッ!?」

 空中で、左右から突然力が加わる。

 逃げられない。このまま押しつぶされる。

 ギシギシと軋む音。

 空中では踏み込むための地面がないので、逃げられない。

 咄嗟にプロキオンは魔剣を振ろうと構えた。

 ーーしかし、

『術式展開ーー禁忌ノ業【概念操作】:“冥墜(マイティー・フォール)”』

「しまっーー」

 プロキオンには別の術式が命中した。

(同時に二つも!?)

 まだまだプロキオンの方は通常のものに比べれば幾分か弱いが、彼を押さえつけるには十分だった。

「……素晴らしい。以前よりもはるかに強くなっている。残念ながら、あと一歩、及ばないようだ」

 あっという間に、形勢が逆転した。

 何が悪かった?

 自分でも気づかないほどの、幾つかの僅かな隙が、巡り巡ってこの状況を作り出したのだとすると……。

 【禁忌】の高度な戦略に嵌ったのか。しかし奴にその素振りは無かった。

「感情任せに戦うと、普段は気付くはずの隙も見落としがちになるのだよ」

 【禁忌】は禁忌らしからぬことを言い出した。

 その言葉は、一体誰が、何の意思を持って発しているのか。

「さぁ魅せておくれ、人狼王の器よ。俺は今、数多の隙が存在している」

「くっ、うぅぅ………!!」

 圧力がより強くなる。シリウスはそれに耐えるので精一杯だ。

 ………どうしても、奴には勝てないというのか!?

 また、負けるのか……?


「ーー諦めるのが少々早い」


「む?」

 【禁忌】は突如声のした方を見た。

 何者かが、立っていた。身長は180センチほどの、銀髪浅黒細マッチョ。

「此処が何処か、忘れたようだな【禁忌】?」

 その者は、静かに両手を合わせ組んだ。

『術式展開ーー魔導領域:【巨神域(ヨトゥンヘイム)】』

 轟音をあげ、周囲が岩壁に囲まれる。見上げれば、うなじが背中に着きそうなほどに、高い。

「ケヒッ!驚いた!俺の術式が消えたよ!」

 【禁忌】は焦りひとつ見せず、無邪気に狂喜の笑みを浮かべた。

 それに答えるように、男は淡々と語る。

「それが魔導領域だ。未熟な術式は、領域展開時にかき消されるんだよ」

 ゆっくりと歩みながら、術式が消え、解放されて空から落ちてきたシリウスを抱き留めた。

 優しく降ろしてやると、プロキオンに手を差し伸べ、「立てるか?」と声をかける。

 唖然としながらも、男の手を取り、立ち上がるプロキオン。そのまま「下がっていろ」と言われ、シリウスとともに数歩下がる。

「……ハァ、煩わしいな」

 額を抑える【禁忌】。

 次に顔を向けた時、【禁忌】の目は全く別人のように、非常に澱んだものになっていた。

「良い目だな。見た目以上に殺意が篭っている」

 五本指には黄金の指輪が輝く。

 生きる指針は『強さ』。種族王の一柱。

「巨人王ルーク……推して参るッ!!」

 拳に【震】を纏ったルークは付け足して言った。

「ちなみに、俺の窮極魔法は、【地】だ」

 正真正銘の、第二ラウンドが始まった。


◇◇◇


『術式展開ーー禁忌ノ業【概念操作】:“冥墜”』

 親指を下に突きつける。

 領域内には、シリウスとプロキオンがいる。彼女らを守りながら戦うのはかなり難しいが、ルークにとっては造作もないことだ。

「小手調べといこうか。史上最凶の【禁忌】とやら」

 【禁忌】の発現させた重力攻撃を紙一重で躱すと、物音ひとつ立てずに【禁忌】の懐に拳を叩き込んだ。

 【震】を纏った拳は、強い。

「グッ!?」

「……なんだ、柔いな」

 魔導領域は、使用者によってその効果は大きく異なる。

 窮極魔法【地】の魔導領域は、術式が大幅に強化される、魔導領域【風嵐神々舞】と異なり、物理に対して大きなバフが掛かる。

 【絶対攻撃(アブソリュート・アタック)】。【巨神域】では、使用者(ルーク)にそれが常に付与される。さらに【絶対防御(アブソリュート・ガード)】も付与され、ほぼ無敵となる。

 要するに、ルークは強いのである。

「もっと魔力で守れ!」

 もう一発。さらにもう一発。容赦なく拳を【禁忌】の腹にめり込ませる。

「フンッ!!」

 一方的な状況を打破するべく【禁忌】は両手を合わせた。

 そこから衝撃波が放たれるが、【絶対防御】の前では無意味だ。

「チィ!忌々しい!」

「歯ァ食いしばれ!」

 震脚。圧倒的な力で地割れを起こし、大小さまざまな岩石が舞い上がる。

 ルークが拳を握ると、岩石が大きな拳の形となる。

『“巨岩拳(ギガントブロー)”』

 真正面から受けた【禁忌】は、大きく飛ばされる。もちろん、岩拳にも【震】は纏われている。

「く、ぅぅぅ!!」

「ホラ頑張れ!」

 地面に手をつく。

『術式展開ーー窮極魔法【地】:“八岐大蛇(ヤマタノオロチ)”』

 鳴動とともに現れたのは、八つの頭を持つ、岩龍だ。

 地ならしを起こしながら、【禁忌】に迫る。それぞれの頭は、我こそが【禁忌】を喰らわんと、競り合い襲いかかる。

 迫り来るそれを、拳に重力を纏い、殴りつける。

 しかし、頭は次から次へと再生し、攻撃は止むことを知らない。その度に処理に追われ、防戦一方となる【禁忌】。

「ウム、分からんな」

 ポツリと呟く。焦っているようで、どこか冷静さも感じさせる。そこは、流石と言うべきか。

 しばらく様子を窺っていたルークだが埒が明かないと見たのか、【禁忌】に告げた。

「本物を潰せ。でないと終わらんぞ?」

 あえて攻略法を暴露する。

 不利になるのはルークになるが、そこは種族王。ニヤリと笑い、

「その程度で負ける俺ではないがな」

 と一言。次の瞬間には笑みは無くなり、本気の目に変わった。

 高く飛び上がり、両足での震脚。

『“天地怒動(アースクエイク)”』

 超低空の衝撃波が生まれた。

 ルークはそのまま一直線に走り出し、“八岐大蛇”の一匹に右手を触れた。

『術式展開ーー』

 それは一瞬にして黒く変色し、燃え上がる。

 やがてルークの右手に収まった頃には両手剣に変形していた。

『窮極魔法【地】:“黒炎巨剣(レーヴァテイン)”』

 “八岐大蛇”に紛れ、一頭が口を開いたそこから、ルークが飛び出す。

 片手で軽々と振り回し、【禁忌】を斬った瞬間、傷が豪と燃えあがる。

「なッ!?」

 驚愕の声を上げる【禁忌】。

 “黒炎巨剣”を肩に担いだルークは、澄ました表情で語る。

「どうして【木】の派生である【地】が、全く別物の【火】を扱えるかって?そんなの簡単だろう?ーー」

 ゴクリ。

 誰もが固唾を飲み、次の言葉を待った。

 ………開眼!

「ーー俺が強いからだ!!」

「めちゃくちゃ理論だ!?」

 【禁忌】に次いでシリウスも驚愕した。

「気づいていると思うが、この領域内での俺の攻撃には全て、【絶対攻撃】が付与される。この剣も然り」

 ゆっくり立ち上がる【禁忌】。

「フッ、フフッ、面白い。これが、種族王……!」

 どんな時も狂喜を絶やさない。もうここまでくると、こちらから拍手を送りたくなる。

「ーーホント、よく喋るなァ」

 片眉を顰め、持っていた“黒炎巨剣”を地面に突き刺す。

 ズブズブと沈み込み、やがて地に手が触れる瞬間、それを前方に振り払った。

「チェックメイト、だ」

『“星地大剣(グラウンドソード)”』

「グッ……!?」

 ルークの足元から飛び出したのは、大地の剣。

 真っ直ぐに伸びるそれは、【禁忌】の胴を貫いた。

 吐血。

 “星地大剣”を抜こうと掴むが、何も起こらない。最早、風前の灯である。

「ク、ッハハ、面白い……面白い、面白い……!」

「あー、早く消えろ。“偽物”が」

 既に興味は失せたのか、自分の爪を見つめながら、【禁忌】に告げた。

「ーーえ?に、せ……?」

 シリウスは【禁忌】の状態など知る由もなく、唖然とする。

 そんな彼女の疑問に、ルークは答えた。

「本物の【禁忌】があんなに弱いわけがないだろう?どれだけ覚醒しているのかは知らないが、今頃俺はズタボロだったろうさ」

 あんなに強かったルークがそこまで言うとは、シリウスとしてはかなり予想外だった。

 ルークは小さな石を拾うと、ひょいと投げる。

 それを裏拳で弾く。超速で弾かれた石は、“偽【禁忌】”の眉間を貫いた。

「ぁ……!?」

 その瞬間、偽物の体は黒ずんで霧となって、風とともに消えてしまった。

「ホラな」

「はぇ〜」


 ルークの圧勝に終わった、“偽【禁忌】”との戦い。

 ぱちんと指を鳴らすと、魔導領域は解け、元の景色に戻った。展開時と異なり、解除は一瞬で領域が消え去る。

 シリウスたちにとっては、これで二度目の魔導領域。でも実際に中に入ったのはこれが初めてだ。

 実は、ルークの魔導領域【巨神域】は、本人のみならず、他者にも任意で【絶対防御】を付与可能。故に、シリウスやプロキオンは激しい戦いの中にいても無事だったのだ。

「ありがとう。死ぬところだった」

 ルークに礼の言葉を言う。

 一仕事終えた、と肩を回し、首を鳴らし、ルークはシリウスに言った。

「気を抜くんじゃないぞ。強者といえど、たったコンマ数秒の油断が敗北に繋がる」


「感情任せに戦うと、普段は気付くはずの隙も見落としがちになるのだよ」


 ふと、【禁忌】の言葉を思い出した。本当にその通りだ。とシリウスは思った。

 思いもよらぬ相手から、思いもよらぬ助言をもらった。敵から指摘されたと恥じるべきか、アドバイスとして真摯に受け止め心に留めておくべきか。

 シリウスはその両者を取ったのだった。

 さて、とルークは辺りの惨劇の跡を見回す。

 偽物とはいえ、一般市民にとってみれば死そのものであり、脅威は本物と何ら変わりはない。

「何人死んだんだ?ーーまぁ、アイツに聞けば分かるだろうな」

 ルーク曰く、弔い役の種族王がいるらしく、後片付け(という言い方はあまりするべきではないが)は彼が行うという。

 それよりも【禁忌】だ。何故分身なんてものを生み出せたのか、ルークにとって疑問で仕方がなかった。

「分身体は、霊術の一種だ。しかも本体の術式をそのまま行使できるほど、かなり高度なもの。一体誰がやったんだろうなァ?」

 怒りとも取れない笑みを見せながら、ルークは言った。

 霊術は、人狼族の“闘獣化(ビーストモード)”のように、限られた種族のみが行使できるものだ。

 かつては純血だけが行使可能だと言われた霊術だが、時代は移ろい、混血が増えてきた現代、その混血も行使できることが明らかになっている。

 そんなことは置いておいて、純粋な魔人である【禁忌(タブー)】。禁忌となったとはいえ、魔人は霊術を行使することはできない。あのジークでさえ、だ。

 奴の背後で何者かが暗躍していることは、明らかだ。

「会合で審問をするのも面倒だからなぁ。黒幕探しは俺達に任せろ。【禁忌】討伐は、任せたぞ」

 頭を掻きながら、シリウスに告げる。

「分かってる。ちょうど、借りができたからな」

 以前よりも、大分肝が据わっているようだ。成長したな、とルークは頬を緩めた。

「ーーそうか。………じゃ、次会う時は、“王の間”だな」

 背中越しに手を振り、ルークは“彼”のもとへと去っていった。

「ーー“王の間”?」

 プロキオンがシリウスに問いかける。

「種族王が会合に使う部屋。新しい種族王について、賛否を問うためにも使われる」

 ーープレッシャー掛けやがって……。

 ルークに恨み言を心中で呟きながらも、口元は僅かに力強く微笑みを称えていた。

 かくして突如訪れた災厄は、多大な被害を残して去っていった。


◇◇◇


 ジークは目を覚ました。昼寝をしていたのだが、ふと何かを感じ取ったのか、勢いよく起き上がった。

 また彼が現れた。しかし、今回は偽物。現場にはルークが駆けつけ、多くの命は失われたものの、更なる被害の拡大は防げた、といったところ。

 後の報告では、偽物は偽物ながら、かなり本体に近い身体能力を持ち合わせていたようで、明らかに別の誰かの存在が分かっているらしい。

 また、各種族王の統治領域内で相次いで目撃情報や討伐情報が持ち込まれた。不思議なことに、ジークとフリーだけはそれがなかった。

 狙われているのか。だとすれば、逆に自分たちを狙えば良いものを……。

 否ーー他の種族王を封じることで、対フリー・ジーク戦において加勢を防ぐつもりだったのか。

 いずれにせよ、犯人は種族王の解体を目論んでいるようだ。

 かなり狡猾な人物らしい。

 しばらくしてフリーから連絡が入った。

 フリーもまた、ジークと同じ理論を持ち出した。

「まったく、回りくどいことをする奴だ」

 呆れた様子でフリーは言っていた。

 そして続ける。

「【禁忌】討伐はシリウスの役目だ。これだけは譲らん。“天啓(あの人の指示)”だ。とにかく、俺は黒幕を暴き出す。お前は引き続きシリウスの援助を頼んだぞ」

「ーーあぁ、その事なんだけど……」

 思い出したようにジークが一言。

「“目覚めた”かもしれないよ」

「…………そうか」

 フリーはそれだけ言うと、術式を解き、通話を閉じた。

 予定よりもかなり早かった。ジークの目算では二年、早くても一年と半年は掛かるだろうと思っていたが、ルークの報告を聞いて分かった。

 あとは、完全に眠気をとってやれば、“完成”だ。

 ここからの経過は、ちゃんと見守るべきだ。というか、この肉眼で見たい。

 ーー楽しくなってきた。

 ジークの口元は無意識に緩み、僅かに釣り上がった。

「少し、早すぎなんじゃない?【禁忌】も、シリウスも」

 そう言って立ち上がると、ジークは家を出た。


………

……


ーーケレス大公国郊外

「頼んだ」

 巨人王ルークは、目の前の少年に声を掛けた。

 ルークより少し背が低く、筋肉質というよりも単に痩せているだけの普通の少年。

 灰色の頭髪には、紫のメッシュが入り、適当に伸びた髪は目元を隠さない程度には長い。

 そんな目元には酷い隈があるが、決して寝不足などではない。

「エッグいね、こりゃ爽快だ」

 弔いの言葉など一つもなかった。

「皮肉だな。こんな奴が死体処理要員なんだからな」

「処理とか言うなよ。オイラがやってんのは、神聖な儀式なんだぜ?」

 言って、地面に手をついた。

 魔力を流し込むと、大規模な魔法陣が展開される。

『術式展開ーー窮極魔法【(コン)】:“死魂蘇生(スピリットリザレクション)”』

 巨大な結界が展開。次いで、その結界を囲むように、魔法陣が幾重にも現れる。

 彼は、命の概念が存在しない者。

 生まれつき死んでおり、命は存在しない。しかし“生”の概念だけがこの世に残り続けている、死霊(アンデッド)

 死霊王ドラウグル・レイス。通称ドーラ。一部の種族王からは、苗字で“レイスくん”とも呼ばれている。ちなみにルークは中でも珍しい、“ドラウグル”派だ。

 生来究極魔法を持って生まれた(それ以前に死んでいるが)、奇跡の塊のような存在でもある。

 そして、種族王でも数少ない、霊術の使い手だ。彼の固有は、それを円滑に、そしてより高度で、さらに独自の霊術を扱うことができる。

 現に、この“死魂蘇生”も固有術式を介した、歴とした霊術である。

 死体を浄化し、残った魂を固定して生の概念を与えることで、死霊として蘇るのだ。

 ーー霊術とは、死者やその魂との“同調”、“契約”により行使される。

 これは、ドラウグルが提唱した理論であるが、これこそが霊術の核心でもある。

 多く、主従と勘違いされるが、あくまでも霊術師と、死者あるいは魂は同格で平等である。故に上記のドラウグル理論が正しい。おそらく死者に対する配慮の意もあるのだろう。

 自らの、“生”のエネルギーを、魂に付与(これが固有術式だからこそ成しえる、独自の術式だ)。

 結界内に留め、一つ一つと会話をしていく。

 尚、この時ルークは結界の外側にいた。

 ドラウグルの術式、“死魂蘇生”は死体から魂を取り出しているが、生者にもその効果が適用されてしまう。

 この術式は、魔導領域に次ぐ術式であるとされ、それを行使できる彼は、種族王たちから一目置かれる――有用な死体処理係としてこき使われる存在だ。

 対してドラウグル本人は、契約が完了すれば己の力になりうるので、儀式は嬉々として取り組む。

 やがて儀式が終了すると、結果報告をルークに行う。ホウ・レン・ソウはどの種族も共通らしい。

「魂総数、百十六。うち、契約認可、八。“天界(ヒンメル)”行き、百」

 目を閉じて、ドラウグルの言葉を反芻するが……、

「ーーん?待て、計算が合わない」

 何か悪事を?とドラウグルを睨むが、まだ彼の報告は終わっていない。

「残り八機は不適合。よって、星へ返還した」

「……完全浄化、か……」

 ドラウグルとの契約を結んだ者は、“生”が与えられ、死霊に。契約拒否した者は、天使王フィムのいる、“天界(ヒンメル)”へと送られ、肉体を得た後、天使族へと生まれ変わる。

 残された“不適合魂”は、このような言い方だが、実際は“生”を拒否した者のことを指す。例えば、天命により死んだ際には、余程特異点でない限り、強制的に星への返還、つまり安らかなる永眠(ねむり)が与えられる。

 「もう良いんだ!」、「ほっといてくれ」なんて言うような魂に対して、ドラウグルには引き止める権利はない。あくまでも主従契約ではなく、魂とその管理人ドラウグルとの死後手続きである。そしてドラウグルは先方の意思に従う義務がある。

 さて、と伸びをするドラウグル。

「もういいか?オイラ寝たいんだけど」

 欠伸をして、少し涙目になるドラウグルに、ルークは少し思案した後、最後に質問を投げかける。

「聞きたいが、お前は、“どっち”だ?」

 訊かれたドラウグルは、顔を顰めた。

「ーーは?何言ってんだ、意味わかんねぇぞ」

 言葉足らずで伝わっていない様子。

 否、分かっていないのなら、それでいい。

「いや、気にすーー」

 言いかけた時だ。

「……オイラなら、この術式(のうりょく)でさっさと殺ってるよ。本当、メンドクセェことするよなぁ」

 頭を掻きながら、気怠げに言う。

 白。

 その言葉に、ルークはふっと口角を緩めた。

「充分だ。他を当たる」

「あー、早く追放してくれ」

 ーーお前は動かないのかよ。

 とは口にせず、

「当然だ」

 そう言い切った。

 そうして去ろうとするが、

「ーールーク、」

 ドラウグルに呼び止められたルークは、向き直る。

「ピリピリすんのはわかるけどさぁ、もっと気楽に行こうぜ?」

「お前は“死なない”からそう言えるんだよ」

 そう言って別れるルークに、ドラウグルは肩をすくめた。


◇◇◇


「へぇ、君が、獣竜王の弟子か」

 金茶髪の青年が、シリウスに言った。

「まぁね」

「たしかに強そうだ。僕もぜひ手合わせしたいところだけど、生憎魔力を切らしているんだ。ごめんよ」

 彼もまた、“偽【禁忌】”との戦闘で消耗したのだろう。

 ………きっと。

「ーーあぁ、気にしないでくれ」

 緑眼に金茶髪。常時宙に浮き、魔女のように(ほうき)ーーではなく自慢の二俣鉾に足を組んで座っていた。

 何より目を引くのは、尖った耳。

 耳の頂点を引っ張ったように尖る魔人とは違い、独特な尖り方だ。耳そのものが尖っていると言うべきだろうか。

「僕は、精霊王ネオ。ネオ・ファルシュ」


………

……


ーエデン平原・西区ー

「赤髪の(あん)ちゃん、こんなところにいて大丈夫かい?」

「……?なんで?」

「いやぁ、どうも最近物騒でね。なんでも、世界最凶の禁忌が数百年の封印から復活したとかで、各地で被害がーー」

「あー、それね。俺【禁忌狩り】じゃねーからよく分かんないけど、情報が公になってるってことは、相当ヤベーってことは分かるさ」

「聞くところによると、種族王さまが例の禁忌を目撃したとか、襲われたとか……。しかもほぼ同時刻にね。幸い、誰も死ぬことはなかったそうだ」

「まぁ、あの人たちならそう簡単に死なねえだろうなぁ」

「見ず知らずの仲だけどね、人としてこれだけは言っておくよ。兄ちゃんも死ぬなよ」

「ダイジョブ。伊達に放浪家してないからな。そんなことより、アンタも大丈夫かよ?」

「ハッハッハ!気にしなさんな!こう見えても、元冒険者なのさ!」

「へぇ……意外」

 ーーつまり、“固有”を使えるクチか?ただ、例の【禁忌】相手じゃ、その程度では、何の足しにもならないだろうな。

「それで、私はこれから南に行くんだがね、(あん)ちゃんはどうすんだい?」

 訊かれ、赤髪の獣人ーーカムイは立ち上がった。

「このまま西進。【(みやび)の国】極東連合国」

 カムイは通常の放浪家と異なり、普段から走る。体力に定評のある人狼族ならではだ。故に地点の移動にかかる時間は他より短く、これまでの総移動距離は、ざっと地球一周半。

 エデン平原から、極東連合国までは、ざっと一月もあれば踏破できるだろう。という、甘くも、何故か達成してしまうカムイの目算である。

「ってことは、西の大海原を渡ろうってのかい!」

「大丈夫。そんなに直ぐに死なねぇよ」

「…………」

「どうした?おっさん?」

「……いや、ね。以前、とても美人の人狼族に会ったことがあるんだ――」


 ――私がまだ冒険者だった頃だ。私は凶暴なドラゴン相手に負けそうだったんだが、そこに彼女は現れた。

 彼女は、綺麗な蒼銀髪で、とても強かった……。私が『奴は危険だ。逃げよう!』と言うと、彼女はこう言った。『大丈夫。簡単には死なないから』ってね。そこから先は、一瞬すぎて覚えていないんだが、気がつけばドラゴンは討伐されていた。礼を言おうにも、既に彼女はいなくなって、それから会えず、礼も言えずじまいなのさ。


「そうか、蒼銀髪ねぇ……」

「何か知っているのかい!?」

「いや、知らないけど……ま、世界中ブラブラしときゃ会えるさ。その時は、おっさんのこと、伝えといてやるよ」

「そりゃ、ますます兄ちゃんには死んでもらいたくないね!旅の幸運を祈ってるよ」

「おう」

 元冒険者の商人は、竜車で颯爽と去っていった。

 残ったカムイは、少し思案する。

「蒼銀髪の人狼……。噂の【白銀の狩人】と関係があるかもしれないな」

 その【白銀の狩人】といえば、先日ズューデンの禁忌を討伐したという話だ。

 南陸国(ズューデン)

 次なるカムイの目的地は、北半球の東に位置する国。極東連合国。

「ーーつまり、当分会えそうにないぞ?おっさん………」

 申し訳なさそうに頭を掻く。

「うっし!行くか!」

 気持ちを切り替えて、久々の長旅に気合を入れる。

 荷物は、全て問題なし。

 満を辞して、その一歩を踏み出した。

ステータス

〈ルーク〉

・窮極魔法【地】


〈ドラウグル・レイス〉

・窮極魔法【魂】


〈ネオ・ファルシュ〉

No data

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