俺挙手外伝~或る教師の視点から~
あらすじでも説明致しましたが、この作品は燦々SUN様作『黒板の前で「俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」と叫んだ結果』
N3135GI
及び『黒板の前で「俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」と叫んだ結果、なんか抗争始まった』
N5311GI
の二次創作となります。
本家様の作品が未読ですと、理解出来ない内容となっております。
「一体どうしたと言うんだ?どうして2-Bはこんなに殺伐としているんだ?そんな事じゃ来週の実験は危険過ぎて」
「⋯⋯」
「おいおい、前回みたいに罵倒されるよりは遥かにマシだけどな。誰か説明をしてくれよ。口を開くべきタイミングで閉ざし、私語を慎むべき状況で囀るのはどうかと思うぞ?」
内心ではビクビクしながらも、ゆっくりと教室を見渡す。
前回の授業から3日。必要以上に警戒している自覚は有るが、どうしても先日の恐怖が蘇ってきてしまう。
いくつかの視線が潮田に集まっている。それは別に良い。彼が原因だと解るだけだから。
問題は、その眼差しから読み取れる意思だ。
『お前が原因だろ』や『早く言えよ』といったありきたりな感情の籠められたものではない。
男女問わず熱視線を飛ばしている者が多い。昔のAI搭載のSLGかお前ら。ここはプレハブ校舎じゃないし、人型戦車も無ければ、近くに美味しいアップルパイを出す店も無いんだぞ。
ちょっと現実逃避してしまった。まぁ、実際責めるような雰囲気は無く、どちらかと言うと『私は味方だよ!』とか『何も言うな潮田!俺達親友だろ!』みたいな想いを放出している生徒が大半だ。
一部は俺に対して威嚇しているが、屈してはいけない。先日のようにノックダウンされるわけにはいかないのだ。
「あー、良いや、お前ら自習。そうだな⋯⋯比山に潮田、後は岡島。一人ずつ科学準備室に来なさい。前回の主要メンバーはお前らだからな。事情を聞かせて⋯⋯安心しろ、別に説教とかじゃ無い。ネチネチ言いたいのは本当だが、とりあえずは当事者から詳しい事を聞くだけだ。事情が解れば、この先同じような事があった時の対応も立てられるだろう?」
「やるじゃん、ハゲ!」
「見直したぞ、毛根絶滅危惧種!」
「正当な理由があって、きちんと手続きを踏めば先生だって文句は言わないからな⋯⋯後、髪の事は言わないで下さいオネガイシマス。毛が細いだけだもん」
これは泣いても良いと思う。後、今の発言した生徒、評価に手心を加えるからな。
⋯⋯細いだけだもん。
あーしは化学のせんせーに潮田と美結ちゃんの事情を説明していた。めんどくさいなー、もー。
まー、せんせーもあの翌日から研修で居なかったみたいだし、確かに驚くかもねー。帰って来たら派閥が出来てて、しかも争ってるんだからねー。
「てゆーワケです。ね?美結ちゃん、マジ天使」
「頭が痛くなるなあ⋯⋯。担任の先生はどうしているんだ、これ。大体あの人、いつも適当なんだからなあ。クラスの問題棚上げじゃないか」
「せんせー、ネチっこくなってゆよー」
「ん⋯⋯すまん、ただの愚痴だ。ネチっこく言ってしまうのは、大学時代の教授の影響でな。直したい気持ちもあるんだが、まあ⋯⋯こんな教師も必要だからな。嫌われてはしまうが、生徒に対しての教育の一環と考えてくれ」
「へー。せんせー、意外と真面目?」
「茶化すな、金髪ギャル」
「あー、ひどいな〜。差別〜」
「知るか。俺には理解出来ない人種だからな、そういう対応もするさ」
苦笑いを浮かべながら話してくれるけど、せんせーはせんせーなりに真剣みたい。ちょっと驚きかな〜。
きっと、こーゆー人を苦労性、ってゆーのかな。
髪の毛の惨状も、これが原因かも。
「そんなワケで美結ちゃんの様な天然記念物は守らなければならないので!幸せにならなければいけないと思います!」
「熱く語るなあ⋯⋯。悪い事じゃ無いけど、比山はそれで良いのか?」
「せんせーも美結ちゃんに会ったら、そう思いますよ!」
ん〜、美結ちゃんが絡むとヒートアップしちゃうな、あーし。でも、それも当然かな。外見だけじゃなく、中身まで天使なんだから。
存在が奇跡。マジ尊い。
「天然記念物、か。まあ、それなら理解出来なくもない、が。ちなみに比山。絶滅危惧種も保護されるべきか?」
「もちろん!マジ保護すべき?すべき!」
「何で一回疑問形を挟んだのか⋯⋯。まあ、比山が潮田の妹さんに入れ込んでいるのは解ったが⋯⋯良いのか?」
せんせーは、あーしの勢いに押されながらも躊躇いがちに言葉を選んでる感じ?言いたい事があるなら言えば良いのにね。目を忙しなく泳がせている。ちょっと自由にさせ過ぎかな。何処までも遠泳しそうで面白い。
「比山は元々、潮田に好意があった、で良いな?」
「んゆ〜、どちらかとゆーと、好感?」
「やっぱり疑問形なんだな」
「それくらい軽いノリだから〜」
文字通りケラケラと笑ってみせる。お互いフリーなら付き合っても良いよね、みたいな。根は真面目だけど潮田もノリ良いから丁度良かったけどねー。
ふと、せんせーの視線を感じる。遠泳から帰って来たみたい。
其れは、大人の真剣な瞳だった。
「なあ、比山。きっと後悔するぞ?」
「こーかい?」
まさか航海だなんて。やっと泳ぐのが終わったと思ったらスケールが大きくなってるー。
「多分、全然関係無い考えしてるだろ?⋯⋯いや、責めているんじゃない。それはきっと、自己防衛。んー、自分を欺いているのかな?」
「どしたの、せんせー?脈絡無いんだけど。マジウケる」
「まあ、少しオッさんの話を聞いてくれ。比山が潮田の妹さんに対して『守らなきゃ』『幸せにしなきゃ』と思ったのは素晴らしい事だし、本心から決意したのも理解出来る」
「んゆ〜、せんせーも美結ちゃんの魅力、解ってくれたかなー?」
「それはさっぱりだ⋯⋯話を戻すぞ。比山の中で生まれた使命感、かな。それはきっと、他の全てを後回しにしてしまう程に強いものだったんだろうな」
「おー、せんせー凄い。大人の理解力」
覚悟を決めた様な声と視線があーしに向けられている。何だ、ネチッこいだけじゃ無いんだ、このせんせー。
ちょっとだけ信頼出来るのかもねー。
「潮田への気持ちは、そんなに薄っぺらいモノなのか?」
「やだなー、せんせー。マジになり過ぎ〜。それに美結ちゃんへの潮田の献身さを見たら解るって〜。潮田の魅力は美結ちゃんありきだってー」
「まあ、俺は自分で見聞きしないと信じない質だからな。それで話を聞いてるのもあるんだが」
「美結ちゃんの魅力ならー、いくらでも語るよー?」
「いや、もう充分だ。なあ、比山。少しだけ、ネチっこいおっさんの話を聞くという苦行を耐えてくれ」
「ぴえん」
正直、面倒だなー、と思うけどー。せんせー、何かマジだし。ウケる。
せんせーは眉間を指で押さえながら机をじぃっと睨みつけている。折角帰って来た視線は、意味の無い空間を捉えて離さない。
その真剣な面持ちと、ちょっとだけピリっとする空気。其れが化学準備室とゆー、高校生には非日常的な空間と相まって、何だか現実感が薄められている。
ピクン、と指先が動き、眼差しをあーしに戻して来る。
もう茶化せる雰囲気じゃ無かった。
もう、逃げられなくなった。
「先ずは認めるところから、だな。比山、お前は潮田に惚れているんだよ」
「だからー、それは好感で⋯⋯」
「それは間違い無いさ。所謂『淡い恋心』とか呼んでおこうか。それは、何も無ければ終わると思うよ」
「んゆ?なら、良くない?」
いきなり完結したよ?思わず小首を傾げる。
「そうだな。何年か経って『ひょっとしたら好きだったのかなー』とか『結構良い男だったねー』みたいに振り返る事があるかもしれない、くらいの話だ」
「あ、わかりみが深い」
「ただな⋯⋯潮田の妹を助けるって事は、だ。言い換えると潮田に関わる機会が増えるんだよ。直接的か間接的かは別として」
「ふんふん。理解理解」
「しかも、どうしたって恋愛的な目で見てしまうんだよなー。二人をくっつけようとするんだから」
「おー。せんせー、経験あり?」
「無理矢理茶化すな。で、自分の気持ちに気付く、もしくは惚れ直す機会ってのが出てしまうだろうさ」
「冷めるかもよ?」
「そん時ぁ、別の男にしろ、って止めるだろ、比山?」
口調を崩し、頭(薄い)をガシガシ搔きむしり、あまつさえ煙草に火を点けるせんせー。
学内禁煙じゃなかった?
「冷めてしまうんなら、そっちの方が幸せなんだよなあ。問題は惚れ直しちまう方。不思議なモンでなあ、大体が自分の気持ちを自覚すんのは、手遅れなタイミングが多いんだわ」
「せんせー⋯⋯」
「まあ、忘れてもらっても構わん。ただな、生徒が泣くのはあんまり見たくねぇや。経験と言っちまえばそれまでだけどさ」
そこまで早口で言い切ると、まだ長い煙草を実験用のシャーレで揉み消す。
それ、学校の備品だよね?個人の所有物じゃないよね?
せんせーは、あーしの冷たい視線を知ってか知らずか、手をヒラヒラさせて潮田を呼んできてくれ、と一言残すと、僅かな逡巡を見せた後、新しい煙草に火を点けた。
色々と納得出来なかったし、イラっときた部分もあったけど、せんせーが真剣に考えてくれたのは伝わったから、あーしも少しだけ考えようかな、と思う。
そんな、らしくない大人に対する尊敬と感謝、後は呆れを抱きつつ教室へと歩を進める。
授業中の、誰も居ない廊下は新鮮だった。
同時に、あんなお人好しで見当はずれな大人も新鮮で面白かった。
「潮田ー、せんせーが呼んでっから、化学準備室ー」
「ん?おー、わかったー。さんきゅー、比山」
自習中の教室で、三バカが集まっていたので近寄り声を掛ける。
潮田お兄ちゃん(笑)は屈託の無い笑顔を返してくれた。これが美結ちゃんが絡むと心配性になったり、スペックが跳ね上がったりするんだから、人って面白い。
羨ましいな、とも思う。ここまで想われる美結ちゃんが。いつか、あーしにもそんな相手が出来るのかなー。
潮田は私に礼を言うと、軽く頭に手を乗せてから教室を出て行った。
恐らくは無意識だろう。
ただ、あーしの胸は一度大きく高鳴ると、その鼓動は鳴りを潜めず、普段とは違う音を刻んでいた。
「なにこれ⋯⋯あーし、まさか本気で潮田のこと⋯⋯?」
本来、自分が言うべきでは無かったのかもしれない。
だが、半ば身を乗り出し、俺の目を真っ直ぐ見つめ、熱く語る様は怖かった。
言ってしまえば、宗教にのめり込んだ状態だ。現代風なら推しのアイドルかもしれないが。
言い換えれば、座っていられない程に興奮し、目が血走り、我を忘れて言葉を紡いでいるのだから。
其れは、崇拝か狂信か。
理系人間には少しだけ縁遠いモノかな?
悲しいくらいに必死なのが涙を誘う。
自分を騙す事に全ての力を費やしているのだから。
人を想う事は、幸せだけでは無い。
恋愛の半分は優しさで出来ています。但し、残り半分はパンドラの匣並に厄介です。
そんな言葉を思い付き、口の端が引き攣るのが自覚出来る。
「しっかし、らしく無いなあ。あんな説教しちまうとは⋯⋯」
「本当にね。お陰で展開が変わっちゃうじゃない」
「山本先生⋯⋯?」
「君もお節介になったわねぇ。大人になったのかしら?」
そこには教師が、同僚が居た。
それだけの筈なのに。
それだけの、筈なのに⋯⋯。震えが、止まらない⋯⋯。
「こーゆーのは、ね?手遅れになっちゃった後に気付くから面白いのよ?泥沼こそ至上なのよ」
「本気ですか?その昼ドラ信仰。もしくは二時間サスペンス、痴情の縺れ万歳アタッケ」
「あらあら⋯⋯知っているでしょ、せ・ん・せ・い。高校時代、後輩だった君を可愛がってあげたじゃない」
「山本先生に、得は無いでしょう。そんな事をしても」
「うんうん、理系男子なのは変わらず、だね。まあ、さっきのご高説は君にとって利点はあったの?」
「⋯⋯理想を言えば、自分の気持ちと向き合って、成長して欲しかった。汚い事を言えば、人間関係が落ち着いて、授業が進め易くなって欲しかった」
「あらあら、立派に先生やってるじゃない。清濁併せ呑むなんて。潔癖だった学生時代からは想像も出来ないわ⋯⋯でもね、私は見たいの。人の感情の迸りを。裏切りに絶望。甘美よねぇ⋯⋯」
「先生⋯⋯全て、先生が仕組んだことだったんですね⋯⋯」
「あらあら、私は引っ掻き回していただけよ?より私が楽しめるように、ね」
「だからって、義理の息子を、自分の娘を巻き込んで!」
「違うわよ?巻き込んだんじゃないの。当事者にして、更に事を大きくしただけよ?それに、大人になってから経験するよりは、まだ子どもの今、経験して欲しいもの」
何が悪いの?と言葉を続けそうな⋯⋯。
「何が悪いの?」
普通に続けたわ、この人の形をした化け物。
「まあ、ねえ。生徒想いなのは同僚として嬉しいわ。先輩としても誇らしい。でも、ね。私の楽しみの邪魔をしたら。どうなっているか知っているでしょう?」
「俺が大人になったってのに、あんたって人は⋯⋯!何も変わっていない!」
「ふふ。そうよ、だから⋯⋯昔みたいに、ね」
蠱惑的、だがおどろおどろしい笑みを浮かべて、先輩は俺に手を伸ばす。
「君の毛髪に、久しぶりにダメージを与えちゃおうかしら」
「ひっ⋯⋯!」
「先生、来ましたよ?⋯⋯先生!大丈夫ですか!」
机に突っ伏したまま動けない俺に潮田が駆け寄って来る。優しいな、お前は。義理の母親みたいには成るんじゃないぞ。
「なあ、潮田⋯⋯絶滅危惧種は、保護すべきじゃないのか?せめて⋯⋯優しくすべきじゃあ」
すっかり毛根の生命力が衰えてしまった俺の頭に視線を少しだけ向け、教え子は答えた。
「先生⋯⋯確かに先生の頭という範囲で考えれば、毛根は絶滅危惧種です。ですが⋯⋯世の中に、髪の薄い男性は、絶滅危惧種どころか⋯⋯ありふれているんです」
そう言って、はげちらかした俺の頭部から、目を逸らした。
「あ、ああああ⋯⋯っ!」
「先生、とりあえず保健室に行きましょう。今日はもう帰るべきです。酒でも呑みましょう」
お前が大人だったら、一緒に呑みに行くよ、潮田⋯⋯。
もう、このクラスには関わるべきではない。
だが、教師として、人間として見過ごすべきではない。
そう、覚悟を決めた。
書き始めてから一年近く経ってしまいましたよ。やべえ。
データ吹き飛んで諦めかけましたが、やっぱり書きたかったので。
燦々SUN様作の作品は色々刺激してくるのでありがたい限りです。
此処から科学教師と保険医さんのロマンスは⋯⋯始まりません。自分の作品なら考えたかもw
あ、ちなみに教室で呼び出しの順番待ちしてる岡島君は放置されてますよw
お約束ですね。
また俺挙手の二次創作を書けて楽しかったです!
いつも快く作品を提供して下さる燦々SUN様に心よりの感謝を!