血塗れの刃
御読み頂きありがとうございます。
その刃は獰猛な獣を思い起こさせた。
その刀身は時に振るう者にすら刃を向けた。
一刀にて両断する事なく、悲鳴を求めるように何度も身を削る。
その名は……
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生まれたのは、小さな島国の寒村、その鍛冶場であった。
人を斬る事など求められてはいなかった。
ただ父親が、幼子の将来が少しでも飢えと無縁であるようにと、自分の跡を継いでくれるようにと、願い贈るため友人の鍛冶師に頼んだ物だった。
独特の形状をしたそれは試行錯誤の末に生まれ、後の世に使い方が広まると本来の用途でも模造の品が各地で作られるようになる。
それまでの刃物に見られるような、厚みはまるでなく鉄や鋼とは思えないほどのしなりを見せた。
その刃の形状は美しい一線ではなく、生まれたばかりだというのに獣の牙が連なる姿に刻まれていた。
その特徴的な刃を幼子が使うには難しかった。
正しくは正しく使えるものなど一人としていなかった。
刃物の使い方を誤れば、その刃は持ち主にすら牙をむく。
かくして、幾度か血を吸った守り刀は納屋に放り込まれ手入れをされる事もなく、錆付いていった。
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守り刀として生を全うできなかった刃は数十年の後の世に再び姿を見せた。
打ち捨てられた農村の納屋で見つけられた刃は、戦狂いの狂人の手に渡りに研ぎに出された。
錆を落とされ光を取り戻した刃は、狂人の手で戦争に駆り出され幾多の血を吸った。
一刀で敵を屠ることが無く、鞭のようにしなる薄い刃、獣のように噛み付いてくる刃は狂人の象徴となった。
戦争を殺す事ではなく恐怖で支配したその刃は人の血と脂に塗れ、長き血の歴史に名を刻んだ。
「野虎」と。
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しかし狂人とて人であった。
戦場において無敗であっても老いは訪れる、病に蝕まれた身体はとこから出る事なく朽ち果てた。
『野虎』は戦場の象徴の一つとして多くの武人に求められた。
しかしその刃を振るい続けられた者はごくわずか、狂人の域に達する者はおらず敵味方そして振るう者の血を吸い続けた。
刃自身に意志があるならば、彼は声高々に叫んだであろう。
「血を吸う事などただの一度も望んだ事はない! 僕は……職人の為の、道具なんだ……」
しかし刃は刃でしかなく振るわれ続け、いつしか血を求める妖刀魔剣のように囁かれるようになった。
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長い年月であった。
『妖刀・野虎』は薄い刃、血にまみれた長い歴史に耐えきれず、本来の生を全うする事なく折れた。
しかし使い手が少ないとはいえ、既に象徴となり忘れられることが無かった刃。
二代目、三代目を名乗るモノが生まれ、模造が生まれ、いつしか『刃物』の一種類として人の世に根を下ろした。
それはやはり寂れた寒村であった。
そして親がなけなしの生活費から捻出した息子の成人祝いに贈った野虎の模造品。
初代・野虎が生まれた地からはるか離れた地で、模造品は振るわれた。
振るったのは成人したばかり樵だったが、彼はその刃を見事に使いこなした。
正しく振るわれた刃は血を吸う事もなく、彼の仕事を大いに助け大切に扱われた。
その姿は初代・野虎が生まれる際に望まれ、その刃が望み続けた姿であった。
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後の世で『野虎』の名は、初代と戦場で振るわれた模造の刃たちを指す言葉となった。
『野虎』が望まれた本来の姿で振るわれた模造刀にはいつしか別の名がついた。
その名は……
柿の枝を落としてる時に、うっかり手を切ったので突発的に書きました。
後悔はしてない。