マスコット……それは人々に幸福を与えるもの……
何か朝起きたら日間で50位にランクインしていました。
皆様ありがとうございます。
しばらくしてようやく騒ぎが収まると、改めてリンが“金の重瞳を持つプレイヤー”の正体であること。すなわちリンの討伐数がぶっちぎりの1位であることが告げられ、喧騒が収まりきらぬままリンがギルドマスターになることが決まった。
これに対して反論が出ることはなかったが……。
「あいつがギルマスか……何かさ……」
「ああ。言いたいことは分かる」
「リンちゃんだっけ? 結構小柄だしね」
「「「マスターじゃなくてマスコットだな」」」
ともあれ、これで正式にギルドとして登録する事が出来る。
目隠しをつけ、機甲種になったリンたちは一通り自己紹介を終えるとカナの指導のもと、リンのシステムウィンドウでギルド申請を行う。皆にも見えるようにプライベートモードを切った状態で操作していると、ある入力欄で手が止まる。
「『ギルド名』かぁ……。何か決まってるの?」
すると、隣にいたスキンヘッドの男──プレイヤーネーム『チンピラB』──が首を振る。
「いや、ギルドマスターが決まってからにしようって話してたからな」
すると何処からか「マスターが決めれば?」という声が聞こえてくる。
「え? 私? うーん……『チームPK』とか?」
「「「うん。やっぱなしで」」」
「(´・ω・`)」
リンを除く全員があーだこーだと意見を出し合っていく。
「よし! ギルド名は『退廃の瞳』で!」
「は~い……」
そうして必要事項の入力を終え──
「出来た!!」
『ギルド“退廃の瞳”が新設されました』
『ギルドホームの位置がマップに追加されました』
『称号【ギルドマスター】を獲得しました』
『称号〔マスコットキャラクター〕を獲得しました』
「──!?」
リンが謎の称号に気を取られる中、周りの者たちはマップを見てギルドホームの位置などを確認している。
「へえ、スラムの奥か……。だいぶ闇ギルドらしい配置だな」
「マスコット……」
「ねぇ、この後皆で行ってみましょうよ」
「私がマスコット……」
約一名を残してテンションは最高潮だ。
その後全員でギルドホームを見に行くことになり、73人という大所帯でスラムを練り歩く。
PK専門のプレイヤーが多い彼らの集まりは何処と無く怪しい雰囲気があった。
そうして歩くこと暫し。目的地に辿り着いた彼らの前に非常に大きな、趣のある西洋風の屋敷が姿を現した。
「ここかぁ。何かお化けでも出てきそうだねぇ」
屋敷を見上げながらリンがそんな事を言っているが、それを聞いた者たちは皆「化け物のお前が言うな」と思わざるを得ない。
「いや、お前が言うなよ。さっき盛大に化け物アピールしたくせに」
訂正。一人、口に出すやつがいた。スキンヘッドが眩しい男、その名もチンピラBだ。……本当に何故こんなプレイヤーネームにしたのか。そして何故AではなくBなのか。或いは他にチンピラAがいるのか。リンは彼の名前が気になって仕方なかった。
「ねぇ……何でチンピラBなんて変な名前なの?」
だから聞いた。リンは昨日の一件で学んだのだ。下手に頭を働かせて動くと大抵恥をかくと。だからこそ、これからは物事を深く考えず、やりたいようにやると決めていたのだ。
「……さっきのお前の演出と同じだよ。面白いんじゃないかなーって思い付きとノリでやったら、皆腫れ物でも扱うかのように誰も名前に触れて来なくてな……」
リンは物悲しそうなチンピラBの表情を見て、何となく彼とは仲良くなれそうな気がした。
そんな2人を余所に、一行は屋敷の中を見て回る。
入るとすぐに大きなエントランスが彼らを迎え、他にも煌びやかな大広間や、晩餐会でも開けそうな大きな長テーブルのある食堂などがあった。
リンは屋敷内をうろちょろしながら、先程手に入った【ギルドマスター】という称号を確認していく。
【ギルドマスター】──ギルドマスターとしての権限を行使出来るようになる。
ギルドマスターが出来る事はいくつかある。
まず、ギルドメンバーの追加と除名。ギルド用NPCの購入。そしてギルドの解散などだ。
ギルド用NPCとはギルドの管理用や戦闘要員として扱う事の出来るNPCの事である。
NPCとは言うものの、IROのNPCは異様なほどレベルが高く、会話をしていても一切人間と遜色ない。
「これは実際にやってみなきゃ分からないかな」
リンはメンバー全員にギルド用NPCを買ってみていいか確認し、承諾を得る。
システムウィンドウを操作してNPCの購入画面を開く。
すると、キャラクター作成エディターらしきものが出てくる。どうやらここでNPCの種族や外見を決められるようだ。
選択できる種族やステータスは支払う金額で変わるようで、額を入力する欄があった。
リンは以前装備を買ったときの余りとPKで得たお金、140万円余りを持っていた。
「うーん、まあお試しだし、10万くらいでいいかな」
「“お試し”で10万とか何処のブルジョワだ」と周りの者たちは度肝を抜くが、それには気づかずリンは作業を進める。
「それで、どんなNPCにするのかはもう決まってるのか?」
一通り部屋を見終わったチンピラBが近くにやって来てリンに尋ねる。リンは作業を止めずに首を縦に振った。
「せっかくのお屋敷なんだし、やっぱりメイドがいないとね」
「なるほど~」と周囲の者たちが関心する。皆のなかでリンは“やることなすこと全て斜め上を行く人”という評価だったが、意外と考えているんだと、評価を改める。
そうして作る事暫し。
「──出来た!!」
キャラメイクを終えたリンは入力した情報を確定する。
すると彼女の目の前の床に魔法陣が現れた。
「「「「おぉ……!」」」」
魔法陣が一際強い光を放ち、皆の視界を覆う。そして──
「「「えっ……?」」」
「皆様初めまして。私はノーラと申します。本日よりここ“退廃の瞳”でお世話になります」
抑揚の少ない透き通った声が響く。その姿を見たリンは満足げに頷き、周りの者は困惑の表情を浮かべた。
金糸のようにさらさらと輝く髪。埃一つついていない純麗なメイド服。そして、こちらを見上げる深紅の瞳。
そこには小柄なリンよりも更に一回り小さな子どもがいた。
「……いや何で子どもなんだよ」
チンピラBが皆の心を代弁すると、リンは「何言ってるのさ」と肩をすくめる。
「金髪吸血鬼ロリメイドだよ」
「しかも吸血鬼かよ」
「王道でしょ?」
「王道……なのか? てかお前、かなり思い付きでの行動が多いタイプだろ……」
表情に呆れを滲ませ始めたチンピラBを余所に、リンはノーラの方を向く。
「私がここのマスターのリンだよ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「それで、早速なんだけどさ。ノーラちゃんにダメ元でちょっとお願いがあるんだけど……」
「何でしょうか?」
「少しだけ齧らせてくれない?」
「「「え……?」」」
先と同じ反応。しかし込められた感情は異なる。その場にいた誰もがリンの発言にドン引きした。
***
「なるほど、【悪食】ですか……」
周囲の人間が少しずつ自分から距離を取ろうとしている事に気づいたリンは、慌てて自分のスキルを説明した。
普通自分のステータスやスキルは隠すものだが、もはやリンにその気はなかった。 どうせすぐにバレるからだ。
「話は分かりました。ですがやはり……」
「……まあ誰だって食べられるのは嫌だよね」
予想はしていたのでしょうがないとすぐに諦める。
そんな事よりたった今発生した最重要問題、周囲の皆との間に生まれた物理的・精神的距離をどう埋めるかの方がよっぽど重要だ。いやまあ、自業自得なのだが。
「いえ、私も人の血を吸いますしそれは別に構わないのですが」
「あれ、そうなの?」
「はい。ただ、それがNPC虐待に当たる可能性があるのです。そうなった場合、最悪マスターのアカウントが凍結される事になりますから」
「それは困るなぁ」と頭を悩ませていると、ノーラが話を続けた。
「ですので肉を食べるのではなく、それこそ血を飲めばどうかと思いまして」
「血を?」
「はい。マスターのスキルは要するに遺伝子情報を取り込めれば良いのですから、それで問題ないかと」
「肉はダメで血はオーケーなんだ……。じゃあちょっと貰っても良い?」
「分かりました」
そう言うとノーラは襟元のボタンを外す。透き通るような白い肌と鎖骨が晒されると、彼女は後ろを向いて首筋を見せる。
「どうぞ」
「えっ、首から!? じゃ、じゃあいただきます……」
リンは戸惑いと羞恥を感じながらも、ノーラに抱きつくようにして首筋に顔を近づける。
少し力を強めれば簡単に折れてしまいそうなほどに小さい、されど柔らかく暖かいノーラの身体に腕を回し、ゆっくりと柔肌に歯を立てる。
「んっ、……ぁ、ふッ……ン……」
ジュルジュルとリンが血を啜る音とノーラの吐息が漏れる。少々痛みを感じているのか、ノーラの頬は薄く紅に染まり、眉を寄せていた。
「な、なあ」
「ああ……」
「何か良くないものに目覚めそうなんだが……」
その間、周囲の者たちは皆不自然に視線をそらしていた。
お読み頂きありがとうございます。次話も明日の18時に更新いたしますので、何卒お付き合い下さいませ。