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私が現れた。

大して出番のないプレイヤーたちの名前を懸命に考える日々……。

 全身を黒の外套で覆い、顔も黒のペストマスクで隠したプレイヤー、“私だ。”。

 目の部分に穴が空いているだけののっぺりとした真っ黒のお面と、同じく黒の外套を着たプレイヤー、“おにょにょにょにょ”。

 一体全体何をどうしたらそんな名前に行き着くのか。

 彼らは微動だにせず、開始の合図を待っている。


 彼らと相対するは、4人全員が獣人種(ビースト)のチーム。ダガーナイフが2人、鉤爪を模した手甲鉤が1人、そして徒手空拳が1人と明らかにスピードを重視した武装。ガク曰く、全員がラスプとよく似た戦闘スタイルらしい。


「……両チーム、準備は出来たか?」


 レーナがこれまでと同様に確認を取る。だが彼女はやけに“私だ。”を気にしているようで、彼(?)の方にちらちらと視線を向けている。

 一方の“私だ。”は全く彼女の事を気にしていないが。

 レーナは1度頭を振って何やら気持ちを切り替え、右手を掲げる。


「それでは──始め!」




 合図と同時に獣人種(ビースト)チームの全員がそれぞれ違う方向に走り出す。確かにそのスピードは凄まじく、彼らを捉えるのは至難の技と思われた。

 彼らは2人組に分かれてそれぞれ撃破する狙いのようで、ダガーと手甲鉤、ダガーと徒手空拳に分かれ、手甲鉤組は私だ。を、徒手空拳組はおにょにょにょにょを狙う。


 おにょにょにょにょは彼らの接近をギリギリまで引き付けると、突然外套の内側から白銀の翼を伸ばし、目を見開く彼らの目の前で空へ飛び上がった。


 一方の私だ。は、左右から振り下ろされるダガーと手甲鉤に対して、ただ両手を突き出す。そんな事をしたところで、両手をズタズタにされるだけ──その筈だった。

 ガキィン! と金属同士がぶつかったような硬質な音が響く。

 驚愕する獣人種(ビースト)プレイヤーたちの目の前で、ダガーと手甲鉤は容易く止められていた。

 ゴツゴツと木のように節榑立(ふしくれだ)った右手と、燃えるような赤い鱗に覆われた左手によって。


「どうやらキミらのSTRじゃボクにはダメージ入らんようやね」


 私だ。はマスクの下で薄く笑うと、ダガーナイフを掴んだ手を無理矢理引っ張る。それにより前につんのめる形となった相手プレイヤーの鳩尾に、鋭く拳を突き込んだ。


「グハッ!」


 攻撃をもろに受けたプレイヤーは派手に吹き飛ぶ。


「っ!? お前ら混合種(キメラ)か!」


 私だ。はその言葉には反応を示さず、手甲鉤を掴んだ右手を捻る。すると、それに手を固定していた相手の手も捻れ、思わず膝をつく。


「これで終わりや。【樹木操作】」


 私だ。の右手が蠢き──否、右手を形作った木が生長し、掴んでいた相手プレイヤーに絡み付く。そのまま全身を包み込むと、容易く絞め殺してしまった。


 空を飛んでいるおにょにょにょにょの方は、大した対空攻撃手段を持たない獣人種(ビースト)のプレイヤーらに対し、一方的にダメージを与えていた。


「【弾羽】」


 おにょにょにょにょは銀の翼を羽ばたかせ、大量の羽を飛ばす。それらは地で右往左往するだけのプレイヤーたちに突き刺さり、着実にダメージを与えていた。

 相手プレイヤーたちも何とか凌いで遠距離スキルなどで応戦するが、そのほとんどは容易く躱され、少し当たっても雀の涙ほどしかダメージを与えられない。

 もはや彼らに勝ち目は無いに等しいが、ほんの僅かでもダメージを入れられるからこそ、リタイアするに出来ない。


 だがそれもすぐに終わりがやって来る。


「──勝者 私だ。、おにょにょにょにょ!」


 何とも間の抜けたジャッジが響き渡る。

 結局獣人種(ビースト)チームは最後まで戦ったが、それが報われる事はなかった。




「おぉ、あの2人凄いねえ」

「……あいつら混合種(キメラ)だよな……? 混合種(キメラ)って本当は強いのか?」


 流石にこの結果は予想外だったのか、何やらガクが混乱しているが、次はリンたちの出番だ。

 決勝リーグでは自動で転送されず、ちゃんと闘技場の入場ゲートまで行かなければならない。


「リンさん、ガクさん、ラスプさんですか? お待ちしておりました。間も無く試合が始まります」


 目的地に着き、案内役の人類種(ヒューマ)に従って闘技場のリング内に入る。


 内側から見た闘技場は、観客席から見るよりもずっと大きく感じられた。

 相手チームはリンたちよりも先に来ていたようで、4人のプレイヤーたちが正面で待機している。


「あの人たちの事、知ってる?」


 リンが小声でガクとラスプに尋ねると、ガクは首を横に振ったがラスプは知っていたようで、口を開いた。


「彼らは高いVITと防御系のスキルで身を守りながら、毒による攻撃で相手のHPを削るというスタイルで戦っていた筈です。正直私はあまり相性が良いとは言えません」


 ただVITが高いだけならクリティカルを出せばそれなりのダメージを与えられるので問題はない。しかし相手チームの1人が障壁を作り出すスキルを持っている為、ラスプのSTRでは突破出来ない可能性が高いらしい。


「そのスキルを持ってるのって誰か分かる?」

「はい。あの天翼種(ケイレム)のプレイヤーです」


 そう言ってラスプは、相手チームの方を見やる。相手チームの面々は、天翼種(ケイレム)人類種(ヒューマ)土精種(ドワーフ)森精種(エルフ)と、全員が異なる種族なので非常に分かりやすい。


「おっけー。じゃあ障壁は私がなんとかするよ」

「大丈夫か? しくじんなよ?」

「心苦しいですがよろしくお願いします」

「余裕余裕。6割を【ヴァンパイア・ロード】に振ってあるから、状態異常効かないし。最悪、ゴブリン外すよ」


 話し合いが終わると、同時に審判であるレーナが出てくる。が──


「なっ、何故貴様らがここに……!?」


 どうやらレーナはリンたちの正体に気付いたようで、少し声を荒らげている。

 一方のリンたちはレーナを完全にスルーしていた。

 ここで反応してしまっては絶対に話が長くなるであろう事は明白であり、リンに至ってはまだ正体を隠しているのだ。こんなところでカミングアウトされるわけにはいかない。

 レーナも、リンたちに話す気がない事を悟り、苦い顔をしながらもこれ以上追求する事はなかった。


「お待たせいたしました! 準々決勝第4戦 T@N@K@、ヨシキ、TOMO☆ぞう、LoLiCooN 対 リン、ガク、ラスプ 、間も無く始まります!」


 アナウンスがなり、両チームに緊張が走る。


「……両チーム準備はいいか? ──始め!!」




 合図と同時にリンは激発式半片手剣を手に、猛然と敵陣に突っ込んでいく。


「【光の守護】!」

「【毒霧】!」


 天翼種(ケイレム)のスキルによってドーム状の障壁が敵チームを覆い、更にその内側から猛毒の煙が放たれる。

 しかし【不死者】で状態異常が無効化されるリンは、猛毒の煙に一切怯まずに、むしろそこへ突っ込んでいき、敵の張った障壁に切りかかる。

 リンの剣は障壁に弾かれるも、大きな罅を入れた。


「なっ!? 何だその馬鹿げた膂力は!!」

「くそっ! こいつ毒が効いていないのか!?」


 相手チームは狼狽しながらも障壁を張り直す。


「【ポイズンバースト】!」


 森精種(エルフ)が猛毒を勢い良く吹き掛けてくる。リンは再び突っ込もうとして、襲ってきた衝撃に思わずたたらを踏んだ。

 見ればHPが僅かに減少している。それも【超再生】によってすぐに回復したが、ダメージが入ったという事実は変わらない。


(毒自体のダメージは入らないけど、その衝撃までは無効化してくれないって事かな)


 とまれ、意識していればどうという事はない。そう結論付けると、リンは再度接敵する。


「【ポイズンバースト】!」


 先程リンの動きを止められた事に味を占めたのか、森精種(エルフ)が同じスキルを使ってくる。

 だが今度はしっかりと踏み留まり、正面から受け止める。


 またも驚愕の表情を見せる彼らの目の前で障壁に剣を振り下ろす。そして、当たる瞬間に柄を捻る。

 ドォン! という爆発音と共に剣の峰にある排気口からガスが吹き出し、剣を前へと押し出す。

 剣は障壁を儚いガラス細工のように粉砕し、そのまま地面にめり込む。


「う、そだろ!?」


 これで彼らを守るものはなくなった。敵チームもすぐに障壁を張り直そうとするだろうが、そんな暇を与えるほどガクとラスプは甘くない。


 あらかじめ【超加速】を発動させていたラスプが、超常的な速さで天翼種(ケイレム)に肉薄。相手が反応するより先に喉笛に刃を突き立てる。

 ここまで綺麗にクリティカルを決められれば、VITの高さはあまり意味を成さなくなる。少し刃が通りにくいという程度だ。

 味方がやられた事で、残りの3人に一瞬の空白が生まれる。その一瞬は余りに致命的だ。

 流れるような動きでガクが土精種(ドワーフ)に接敵し、日本刀で相手の首を撫でる。

 我に返った森精種(エルフ)がラスプに、人類種(ヒューマ)がガクに立ち向かっていくが、それぞれ容易くあしらわれ、首を跳ねられた。


「──勝者 リン、ガク、ラスプ!」




「思ってたよりも弱かったねぇ」


 ガクたちにさんざん敵が強くなると聞いていたリンは少々拍子抜けしていた。

 だがガクたちはとんでもないと、かぶりを振る。


「普通のやつはあの障壁に手も足もでなくて毒で死ぬんだよ」

「実際、私たちだけだったらどうなっていたか分かりません。リンさんが強すぎるのと相性が良かったんです」

「そうかなぁ……」


 何処と無く不満そうなリン。ガクたちにはリンの内心が読めなかったが、ともかく勝ち進めた事については3人で喜んだ。

お読みいただきありがとうございます。

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