親方、あんたもか
何かほとんど中世武器の紹介みたいになってしまいました。
「じゃあ早速フィールドに行ってみようよ。パーティーでの動きとかも確認したいし」
「それは構わねぇが……お前ほんとに素手なのか?」
初めてのパーティー結成に若干リンのテンションが上がるが、ガクが待ったをかけた。どうやら素手での戦闘スタイルに懸念があるらしい。
「え? そうだけど……今のところ問題もないし」
「いや、一つくらい使える武器を持ってた方が良いだろ。素手じゃ殴れねぇ敵が出てくるかもしれねぇし」
「うーん、使える武器かぁ……」
そこまで言われると、確かにあった方が良い気がしてくる。
「でも武器なんて持った事もないしなぁ。刃毀れとか気にするのもやだし」
「そうだな……戦鎚みたいな打撃武器なら刃毀れなんかないし、大きめの両手剣とかなら多少の刃毀れなんか気にしなくて良いだろう」
「なるほど……よし! ちょっと武器屋さん行ってみる!」
「は? おい、ちょ──」
リンは思い付いたが吉日と言わんばかりに、猛スピードでギルドを出た。
向かうは以前装備を作って貰った武器屋だ。
記憶を頼りに何とかその場所へたどり着き、古びた看板の店の中へと入る。
「親方、いるー?」
「あん? ちょっと待ってろ!」
相変わらず誰もいない店内でリンが店主を呼ぶと、すぐに聞き覚えのある粗野な声が返ってくる。
しばらくすると、店の奥から禿頭が出てくる。
「親方久しぶり」
「あ? 誰かと思ったらあんときのガキじゃねぇか。……何かお前、前よりもっと縮んでねぇか?」
するとリンはあからさまに不機嫌そうな顔をする。
「私の名前はガキじゃなくてリンなんだけど」
「どっちでもいいよ、そんなん。で、今日は何をしに来た?」
「あ、そうそう。武器を買いに来たんだけど」
「武器だぁ? 何の武器を買いに来たのか聞いてんだ」
「それなんだけどさ。種類とかは何でもいいからとにかく重厚で頑丈なのが欲しいんだけど。予算は47万までで」
何だ、その注文はと店主は首をかしげながらも条件にあったものをいくつか選び出してくれる。
「打撃武器の方が良いのか? それとも大剣でも出してやろうか?」
「それも決めてないからとにかく丈夫で威力が強いものが欲しい」
「じゃあ大剣の類いは無しだな。ありゃあ値が張るからその予算じゃあ中途半端なもんしか買えねぇ」
そういいながら店主はカウンターの上にいくつかの武器を並べていく。
「まずこいつがウォーハンマーだ。代表的な打撃武器だな。うちにもいくつか種類がある」
先端に直方体の柄頭のついていてどちらでも殴れる両口型と、一方は平らでもう一方は爪状になっている用途の広い片口型があるらしい。
「こっちがメイスだ。こいつもハンマーと同じような使い方だな。まあ殴る向きとかがないぶん、ちょっとはこっちの方が使いやすいかもな」
店主が棍棒の先に金属の柄頭が付いた武器を示す。
ただこれらの打撃武器は、鎧を着ているような相手には有効だが、一般的に刀剣より殺傷能力は劣るという。
「んで、こいつがバトルアックスだ。こいつも取り回しに癖があるが、威力は申し分ない。刃が厚いから多少刃毀れしても戦闘に差し支えないしな」
これもいくつか種類があるようで一通り見せてもらう。片手で扱えるものもあったが、今回は両手で扱う大斧に絞る。
まず一般的なバトルアックス。普通の斧を大きくして、やや刃を広くしたような形状をしている。
それから長柄が特徴的なポールアックス。
同じく長柄で、先端に槍や鉤もついているハルバード。
ポールアックスより短いが、その全長の三分の一ほどもある巨大な刃のついたバルディッシュ。
「斧の種類多いねぇ」
「いやメイスとかも色々あるんだが、特に斧は種類ごとに使い方が変わってくるからな」
「へぇー……あ、あそこに立て掛けてあるやつは?」
リンは店の奥、隅の方に放置されていた斧を見つける。何だか遠目にも異常に大きく見えるが……。
「あ? ……ああ、ちょっと待ってろ」
店主は気が乗らなそうに、されど言われたから仕方なくといった感じで取りに行くと、それを引きずって持ってくる。
「……これは酔った勢いで作っちまったんだがな」
店主はそれをカウンターには乗せず、そのまま床に置いた。
ポールアックスやハルバードのような長柄。先程のバルディッシュのようにその長さの三分の一を占める大きすぎる刃。そしてハルバードのような槍と鉤のついた先端。
何でも「圧倒的破壊力を持つバルディッシュをポールアックス並みのサイズにして更に破壊力を底上げし、ハルバードのような機能性を持たせれば最高の武器が出来上がる筈だ!」というコンセプトの元造ったらしい。……造ってしまったらしい。
ああ、確かにそれを振るえば鎧などあって無いようなものだ。どれだけ防御力を誇ろうとも真っ二つに、ぺしゃんこになるだろう。立ち塞がる一切合切を凪ぎ払う最強の武器だ。
しかし根本的な問題があった。
ただでさえ先端が異様に重く、扱いの難しいバルディッシュやハルバードを更に重く、巨大にしたらどうなるか。
その結果がこれだ。作製者すら素手では持ち上げられない。梃子を用いた道具を使って何とか頭を浮かせるような感じだ。
しかもこの武器は臨機応変に、複雑に使い分けなければならないハルバードでもある。
一体どれほどの膂力が必要となるのか検討もつかない。
「しかも高価な金属を使っちまったもんだからもう笑うしかねぇわけよ」
「もう一回溶かせば?」
「こいつにゃウーツ鋼って金属を使ってるんだがかなり特殊な材質でな。頑強かつ綺麗な見た目だが下手に加工を繰り返すと途端に脆くなるんだ」
「う、ウーツ鋼?」
ウーツ鋼とは一般的にダマスカス鋼と呼ばれる鋼で、もともと古代インドで作られていたものだ。美しい木目状の模様が特徴的な鋼であり、その正体は極めて純粋な鍛鉄である。
ところがどういうわけか決して錆びる事はなく、鉄の鎧を切っても刃毀れ一つしない、それでいて非常にしなやかで弾力がある、という伝承が残っている。
現在では古来のダマスカス鋼の製法は失われており幻の鋼となっている。一応再現が試みられているが、高級ナイフや包丁の「ダマスカス鋼」は残念ながらレプリカである。
ともあれ、確かに斧の刃をよく見ると、細やかな模様が浮かんでいる。
「これってもしかして本物? 純鉄?」
「あ? 当たり前だろうが。高級品だぞ。……まあ、俺がやらかしちまったから値段は材料費分しか貰えねぇが」
リンはこの斧に非常に興味が湧いてきた。
「ねえ。これ持ってみて良い?」
「いや無理だろう。腰おかしくすんぞ」
店主の忠告を聞き流し、柄に両手をかける。
そして、ゆっくりと持ち上げた。
「重っ! けど、持てない事はない、か」
店主の目が点になっているが、予想以上の重さに驚くリンはそれには気づいていない。
このままじゃ流石に振れないだろう。仮に無理矢理振ったらリンの腰が捩切れそうだ。
リンは遺伝子を【ヴァンパイア・ロード】に移し、膂力の底上げを図る。彼女の身長が急激に伸びた。
「──おっと。……うん。これくらいの重さなら楽に振れるかな」
同時にSTRが上昇した影響で斧が軽くなる。
ついでに店主の顎がガクンと外れた。
「親方、これ47万じゃ買えないかなぁ……ってあれ? 親方?」
「ん? はっ! え、何だ?」
自我を取り戻した店主にリンが同じことを繰り返す。もう何が何やら、とか呟いているがきっと大丈夫だろう。
「……47万か。うーん……正直なところ最低でも50は欲しかったが……しょうがない! 売ってやる。ただし、今後もうちを使えよ?」
「やった! ありがとう!」
「留め具はいるか? 背中に引っ掛けるタイプのやつなんだが」
「あー……それはいいや。斧が大きすぎてカッコ悪くなっちゃいそう。使わないときはアイテムボックスに仕舞っとくよ」
「ああ、それがいいかもな」
リンは上機嫌で代金を支払い、斧を肩に担ぐようにして持った。
「それじゃ皆に自慢してくる! ありがと、親方!」
「……皆?」
それだけ言い残すとリンは来たときと同じようにダッシュで帰る。
行きもそうだったが、スラムは人がほとんどいないので実に動きやすい。
速攻でホームに辿り着いたリンは彼女の持ち物に戦く周囲の視線を浴びながらガクのもとまで行き、彼の目の前に斧を叩きつけた。
「…………何これ?」
「今買ってきたの!」
「……何を?」
「え、っと、斧!」
「……何て言う種類の?」
「ハルバードとか色々の複合タイプ?」
「……おいくら?」
「47万ちょうど」
「ハアァァァァァァァァァァァァァ…………」
ガクが下水道を流れる汚物を見るような目になった。
「え、ちょっとそのリアクション酷くない?」
「すっげぇお前らしい武器だな」
予想外の反応にしょげるリンを余所に「もういいから、一度フィールド出るか。どうせお前の事だからそんなもんでも振り回せるんだろ?」とガクは先にホームを出ていった。
お読みいただきありがとうございます。
本編では触れておりませんが、IRO内では衣服、防具にサイズという概念はないゲーム仕様です。そうしないと、
「ついに伝説の鎧を手に入れた! でもLサイズだ! 俺XXXLしか着れないのに!!」
ということになりかねないからです。
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