騎士団長、死す!
注意 騎士団長は死にません。
大変お待たせしました。
ガクは腰帯から刀を鞘ごと抜き取りながら、広場の中央へ歩く。
「お前が相手か?」
「ああ」
「確かにこうしてみるとお前も──」
「御託はいい。さっさとしろ」
レオンの言葉を途中で遮り、殺気をぶつける。
「……ほう」
それを受けたレオンは目を細めると、ロングソードを抜き、下段に構えた。
審判役を任された騎士が殺気を放つ両者に挟まれ、顔色を悪くさせる。彼はロランドのほうを見やり、首肯くのを確認する。
「そ、それでは──始め!」
合図と同時にレオンが猛然と突っ込む。質量のある鎧を纏いながらも急激な加速を見せる。
それに対しガクは腰を低く落とし、半身を後ろに引く。
レオンは下段からの袈裟斬りを匂わせる構えから一気に剣を引き上げ、上から降り下ろす──
その瞬間、ガクが動いた。居合いの構えから両手を振るう。
刀を持った右手は、がら空きとなったレオンの胴へ。
鞘を持った左手は、今まさにこちらへ向かってくる剣の手前に滑り込ませる。
そのまま身体を回転させ、相手の力を横に逃がし、相手の身体も横に逸らす。
そのまま一回転したガクはその間に再び刀を鞘に戻し、発剣。
神速の一撃を見舞い、すぐに鞘に戻す。常人には刀身を見る事すら敵わない。
レオンは連撃を食らい、大きく後退した。しかし、斬撃を浴びた彼の身体に傷はない。
当然だ。フルプレートで全身を覆っているのだから。
しかし、その衝撃までは殺せない。彼の身体には少なからずダメージが入っていた。
「……思ったよりやるようだな。少々過小評価していたようだ」
レオンは武器を構え直す。
ガクも再び構えようとして、ふと気づいたように刀を鞘から抜き、何かを確認する。
「ちっ、鎧ぐらい切れよ、このなまくらが」
ガクは今まで使っていた刀をポイと地面に投げ捨てると、システムウィンドウで別の刀を──今度は鞘がなく、長さ2メートル近い大太刀を取り出す。
「あ、これスキルじゃなくてシステムだからセーフだよな?」
審判は「え、ええ、まあ」と肯定を返す。
「てゆーかさっき『俺はこいつ一つあればいい』みたいな事言ってなかった?」
「お、お姉、しーっ! 言っちゃダメだよ、そういうの! ガクの決め台詞だったんだから!!」
「え、あんなのが?」
「あんなのでも決め台詞なの!」
何やら外野が騒々しいがガクの耳には入らない。額に血管が浮き出るなんて事もない。
「……ぶっ殺す」
果たしてそれは誰への言葉か。
今度はガクから動く。大太刀を右肩に担ぐようにして持ち、低い姿勢で地を這うように走り出す。
一気に間合いを詰め、大太刀の質量を利用した横凪ぎを見舞う。
レオンはロングソードでそれを受け止め、押し返す。更に返す刀でガクに切りかかる。
ガクは大太刀の重心を支点にして回転させ、相手の剣を弾く。
そのまま大太刀を振り抜き、追撃しようと体重を移動させ──咄嗟に半歩後ろに身を引く。
そのガクの鼻先をレオンの足が通り過ぎた。レオンが剣を弾かれた反動を利用して回し蹴りを放ったのだ。
「ちっ……さっきのは全然本気じゃなかったってことか」
「当たり前だろう。騎士団長が逆賊に良い様にやられるなど笑えもしない」
ガクはレオンを睨めつけ、今度は大太刀を捨てる。次に出したのは短槍だった。それも2本。
「……はあ? お前、槍って……」
レオンは困惑の表情を浮かべる。
槍という武器はかなり古くから使われている。槍は剣にはない利点をいくつも持っているからだ。
まず浮かぶのは、そのリーチだ。剣の間合いの外側から敵を一方的に攻撃できるというのは大きなメリットである。
次に扱いやすさ。実にシンプルな形状でありながらも、穂先での刺突や斬撃、石突きでの殴打など多彩な攻撃手段がある。
そしてこれは意外に感じる者もいるかも知れないが、槍での刺突は高い威力を誇る。上手く当てれば鎧の上からでも致命傷を与えられるほどに。
しかし槍には致命的な弱点がある。
確かに槍は驚異的な能力を持つが、それらは全て槍の間合い、中距離での話だ。一度懐に入られれば、途端に役に立たなくなってしまう。
故に本来、槍というのはそれ単体では使わない。近接戦に持ち込まれた時の為に、必ず剣や盾も用意しておくのだ。
そういった理論を完全に無視した、ガクの二槍流。
「俺の十八番だ。とくと味わえ」
再びガクから動く。先程と違い、速さはあまりない。だが緩急や足捌きが独特で、迎撃のタイミングを測りづらい。
槍の間合いまで接近したガクが右の槍で鋭く突きを放つ。
レオンは何とかそれに合わせて剣で弾いてくるが、今度は左から薙ぎを見舞う。
近づこうとするこちらの行動を全て遮るように、左右の槍が縦横無尽に動き回る。
このままでは防戦一方になると悟ったレオンは一度後退しようとするが、それを読んでいたガクが一気に詰め寄る。
結果、レオンは押し込まれるような形で突きを受け止めることになった。
この場においてそれは致命的だ。
ガクは瞬時に左の槍を手放し、右手の槍をしっかりと両手で突き出す。
全体重を乗せた必殺の一撃は、レオンの頭部に迫り──直前で静止した。
「チェックメイトだ」
僅か1センチほどの距離で寸止めしたガクはそう言い放つ。
「……し、勝者ガク!」
一拍後、審判の勝者宣言が響き渡った。
***
「……ガクってあんなに強かったんだねぇ」
決闘の後、王国側は皆どこか放心状態というか、どうにもまともに話が通じている気がしなかった。
そのため、「依頼があれば金の準備をしてからうちに来い」とだけ伝え、ギルドに戻る事にした。
「まあ人間相手ならあのくらいはな」
「へえ。あ、そういえばガクよりPKが多いカナとラスプはもっと強かったりするの?」
ギルドに戻った五人は大まかに対話の内容を伝え終えると、軽く雑談をしていた。
「いやいや、あんなの無理だよ」
「そうですね。私やカナさんのキル数が多いのは積極的に獲物となるプレイヤーを探しているからです。逆にガクさんはそこまで躍起になってキル数を増やそうとしてませんでしたから」
「今度カナたちの戦闘も見てみたいなぁ」
リンが二人の戦闘スタイルに興味を持っていると、当の本人たちは困ったような顔になった。
「見せてもいいけど、たぶんつまらないよ?」
「え? 何で?」
「戦闘にはならないからです。カナさんは相手の認知可能距離の外から一方的に狙撃しますし、私も奇襲攻撃から入って敵を攪乱しながら戦闘になる前に殲滅し終えるので」
「うへー、何か二人だけ違うゲームやってない?」
IROはファンタジーな舞台でのRPGだったはずだ。だと言うのに何故か彼らの行動は別のFPSゲームのようにしか聞こえない。
「それでチンピラはアサシンだっけ?」
「おう」
「似合わないね」
「ああ!?」
チンピラといえばこう、如何にもガラの悪そうな連中でつるんで数だけは多いのに非常に弱い、みたいな印象がある。
「それをスタイリッシュに暗殺者なんて名乗っちゃって」
「うるせぇな!」
「だがリンじゃねぇが、確かにイメージ湧かねぇな」
「確かにそうねぇ……」
「何か初心者に『ゴルァ!』ってやってるだけかと思ってた」
「お、お前らまで……」
チンピラBは、こんな名前にするんじゃなかったと改めて思う。
「まあ、チンピラについてはこのくらいにしといてさ。王様たちからの依頼、来ると思う?」
「さぁ。たぶん来ねぇだろ」
「やっぱそうだよねぇ」
よっぽど切羽詰まっていない限りはあり得ないだろう。
だが、相手にこちらを取引のできる相手と認識させることが出来たのは大きい。
「これで当分は安泰かな」
「そうだな。町中に手配書でも張り出されなければ、普通に動けるようになるだろうな」
「あ、プレイヤーにもバレちゃったんだった!」
リンが大手を振って人前に出られる日は果たして来るのだろうか。
むしろ周囲を巻き込んでどんどん悪化しているように感じるリンだった。
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