くっころ? いいえ、脅迫です。
リンのブラックな顔が……
リンが騎士たちをおちょくっていると、ついに応援の騎士たちが駆けつけた。ホームの前は少々広場のようになっているのだが、どうやら本当に200人いたようで少し窮屈に感じられた。
その中に明らかに他とは異なる者がいた。
白銀の鎧に身を包み、煌びやかな金髪と淡い碧眼を持った女性。その外見もさることながら、彼女は他の騎士とは明らかに格が違う。強者の雰囲気を纏っていた。
「あら、貴方がさっき話していた騎士団長様かしら?」
「残念だが違う。私はリーズ王国騎士団副団長、レーナ・ファルコット。国に害なす貴様ら逆賊を成敗しに来た」
「ふふふ……本当に面白いわ」
面白いと言うリンの目はしかし、全く笑っていなかった。
彼女は気づいてしまったのだ。
──レーナの胸が鎧の上からでも分かるほど大きい事に。
リンは一度、自分の胸を見下ろす。そこには夢も希望もなかった。
続いてリンは光のない目でレーナのそれを見やる。そこには夢があった。希望があった。そしてロマンがあった。あれこそまさにリンが夢見た巨乳というやつだ。
「貴様ら逆賊ごとき、団長が来るまでもない。私が、私たちが貴様らを葬り去ってくれる!」
「「「おぉー!!!」」」
レーナの言葉を受けて騎士たちが雄叫びを上げ、抜剣していく。
「残念ね、騎士団長様が来るのを楽しみにしていたのに。……そうね、招待状でも送ってみましょうかしら?」
クスクスとリンは不気味な笑みを浮かべる。
(……奴は敵だ!)
それを遠くから見ていたカナはすぐに察した。ああ、お姉が『巨乳死すべしモード』だ……あれはもう手がつけられない、と。
リンはAGIが一番高い【ヴァンパイア・ロード】に全ての構成遺伝子を振ると、一瞬でレーナの側へ移動する。その速度に全く反応出来ていない彼女の顔を両手で包み込み、妖しく輝く重瞳と吸血鬼特有の紅い瞳でその顔を覗き込む。
「招待状に貴方の……そうね、その綺麗な瞳を一緒に送ったらどうかしら」
「──っ!?」
突然目の前に現れたリンに慌てて剣を振るうが、ふわりと軽く後ろに跳んで容易く躱される。
「さっきは結局何もしてなかったから、今度こそ私が遊んであげるわ」
良いよね? と周囲のメンバーたちを見るが、特に異論のある者は居なそうだった。実際は状況に呑まれているだけだが。
「くっ、総員戦闘用意! “重瞳の悪魔”を最優先目標とする!!」
騎士たちが武器を構え、リンににじり寄ってくる。数の利を生かして包囲するつもりらしい。
先程から【不死者】のせいで日光によるダメージが入っているが、【超回復】の回復量の方が遥かに大きいため取り敢えず無視をする。
リンは慌てる事なく遺伝子を調整、【ヴァンパイア・ロード】【腐蝕竜】に割り振った。今回は一応市街地なので融通の利きそうな【ヴァンパイア・ロード】のスキルを主体にして戦ってみるつもりだ。【腐蝕竜】は不安な防御面を補う為のものだ。
ヴァンパイア特有の牙は残ったままリンの半身が鱗に覆われ、鋭い鉤爪が伸びていく。右の紅い瞳孔が縦に割れ、騎士たちを睨めつける。
「さて、始めましょうか」
そう言うと早速、スキル【血液操作】を使用する。
その直後、全身の血が沸騰したように熱くなった。その得も言われぬ感覚に身を捩り、身体を丸める。すると、背中の皮膚を食い破るようにして夥しい量の血液が出てくる。
その血液はリンの頭上に集まると巨大な球となり、そのまま空中に静止した。
「な、何だ、そのおぞましいスキルは……」
レーナは血の気の引いた顔でそう溢す。気が付けば他の者たちもその動きを止めていた。
それらの視線の中、ゆっくりとリンが顔を上げた。すると右目の下の頬に血のように紅い紋様が浮かび上がっているのが見える。
(……ふぅ。ちょっと驚いたけど、一応成功かな。上にあるやつを動かせるって事だよね)
そう思って意識を集中してみると、グネグネと血の塊が形を変え出す。案外操作は簡単そうだ。
「ふふふ……さあ、遊びましょう?」
パチンッと、指を鳴らす。意味はないが、そうしたい気分だったのだ。その音と同時に血液を操作。円錐状のランスを12個形成する。それを全方位に向けて飛ばした。
「っ!? 大盾隊、カバーに入れ!!」
レーナが慌てて指示を出すが、全ては無意味だ。それぞれのランスはその正面の騎士たちを盾もろとも吹き飛ばした。盾を破壊し、鎧をひしゃげさせ、騎士たちの命を奪う。
ランスはある程度の距離を飛ぶと形を失ってリンの下へと戻る。そのときも、弧を描くようにうねり、触れた者の肉を抉っていく。
「40は削れたかしら? でも、これじゃあ少し効率が悪いわね……」
呑気にそんな事を呟くリンの隙をついてレーナが猛スピードで接近した。
「はあああっ!!」
彼女は勢いそのままに、手に持ったロングソードをリンの心臓目掛けて突き刺す。
リンの胸を貫いた剣は、その切っ先を背中から覗かせている。
剣を生やした彼女の身体は一瞬の硬直後、ふっと力が抜けた。
間違いなく心臓を貫いた。レーナは勝負がついた事を確信していた。
「ちょっと何するのよ、痛いじゃない」
リンの重瞳と目が合うまでは。
「な!? 何故生きて──!?」
レーナは知る由もない事だが、リンの持つスキル【不死者】の効果に“即死を無効化する”というものがある。
この“即死”とは特殊効果としての“即死”とは別に、クリティカルによる即死(頭部の損失、心臓の破壊など)をも含んでいる。要するに、今のリンに肉体的急所はないという事だ。
レーナは剣を残したまま急いで後退する。リンはそれに追撃を加える事はせず、己に刺さったままの剣を引き抜いた。するとすぐに傷口が塞がっていき、10秒も経たないうちに完全に治ってしまった。
「良いことを思い付いたわ」
リンは剣をその場に捨てると、宙に浮遊していた血液を地面にぶちまけた。
音を立てて地に落ちた血は、そのまま大地を覆うように広がっていく。不自然なほどに広く。騎士たち全員の足元を埋める。
「さあ、綺麗な花を咲かせなさい」
リンが再び指を鳴らす。するとザン! という小気味良い音と共に地面の血液から巨大な串が生えた。その数は数千にも及ぶ。それらは騎士たちの鎧を容易く貫き、その身体を蹂躙する。
ほんの一瞬の出来事。彼らは一斉に血飛沫を上げ、骸と化した。ただ一人を除いて。
「ぐっ!? な、何という力だっ……」
レーナだ。彼女は両足の太股を貫かれながらもまだ生きていた。いや、生かされていたというのが正しい。何故なら、彼女の周囲に生えた串は50センチメートル程しかなく、その数も他よりは少なかったからだ。
とはいえ、足を貫かれては何も出来ない。
「貴様っ、何故私だけ生かす!?」
レーナがリンを睨み付けるが、リンはその妖艶な笑みを崩さない。
「貴方にはお使いを頼みたいのよ」
リンはレーナに近づいていき、後ろから優しく首に抱きつく。
「何をする気だ!? くそっ、放せ!」
レーナは必死に抵抗しようとするが、足に激痛が走り上手く動けない。リンは構わずに耳元で囁く。
「別に難しい事じゃないわ。この国の王に明日、話があるのでお邪魔しますって伝えて欲しいだけよ」
「そ、そんな事出来るわけがないだろう!?」
「あら、貴方お使いも出来ないの? ……じゃあ貴方は手紙になってくれればいいわ」
「手紙?」とレーナが聞き返すと、リンはニッコリと笑顔で首肯く。レーナは何の事かと思考を巡らすが、次のリンの言葉に血の気を引かせた。
「貴方の背中に文字を入れるのだけれど、切りつけるのと焼きつけるの、どっちがいいかしら?」
「そ、そんな事をされても私は絶対に王へは伝えん!」
それはレーナの精一杯の強がりだった。背中に文字を刻まれる、或いは焼かれるなどと聞いて誰が平常心を保っていられるだろうか。彼女は恐怖による身体の震えを抑えるので必死だった。
「そう。それなら貴方は要らないわ。その綺麗な瞳を貰いましょう」
「──ひっ!?」
レーナの目の前に細い針を形作った血液が伸びてくる。それは先端を3つに分け、生物の指のように動く。
「失敗したらもう一つの瞳でやり直しだからあんまり動かないで頂戴ね」
血の3本指はゆっくりとレーナの眼球に迫ってくる。身を引こうとしても足が地面に縫い付けられているので大して動かせない。
その距離が3センチメートルを切り、そしてついに──
「──わ、分かったっ! 伝える、伝えるから! だから止めてくれ!!」
「……そう」
彼女の心が限界に達した。リンは全ての血液を液体に戻して彼女の身体を解放し、スキルの効果を切る。すると血液が宙を舞い、リンの背中から体内へと戻っていく。
(うぅ……何か絶対不純物とかも入ってそう……)
「それじゃ、お願いね?」
そう言ってリンは踵を返し、ホームの中へ入っていく。ギルドメンバーたちもそれに続き、レーナと大量の死体だけがその場に残った。
***
「ああ~、すっごい緊張したー! でもこれで明日の話し合いが上手くいけば安泰だよね」
「「「どう考えてもやり過ぎたっ!!!」」」
「え、嘘?」
「嘘じゃねぇ。どっからどう見ても俺ら国家反逆罪以外の何者でもねぇわ」
チンピラBの言葉に、リンは改めて自分たちの行動を見つめ直す。
「……た、確かに。あんまり安泰じゃない……?」
「どうすんだ? これ……てか本当にどうなるんだ? これ」
このまま突き進んだとして、一体自分たちは何処に行き着くのか。
主に暴れたのはリンだが、騎士たち相手にヒャッハーしたのは全員だ。
その場の誰もが、自分の行動を深く反省する事となった。
段々毎日の更新が難しく……もうちょっとガンバリマス




