第5話 やべーところに入学したなぁ
解散の合図が出されるや否や、蜘蛛の子を散らすように新入生が動き出す。
一瞬でも出遅れれば、たった2つしかない大ホールの出入口で新入生350人の大混雑アンド大渋滞に巻き込まれて立ち往生である。
10分後とスタートが定められた現状、ここでの足止めは余裕を奪い、焦りと時間的ディスアドバンテージを与えるものでしかない。
皆が我先にと移動を試み、パニックがパニックを呼ぶ集団不安心理の図式となるのは自然なことあった。
俺は位置が悪く、出入口に半狂乱が殺到する様を数秒見ることになったが、ふと我に返り、風の魔術――東洋式魔術五行論で言うところの木気に当たる「隠形」「移動補助」で学生たちの頭上、無駄に口を開けた空間を壁駆けの要領で通り抜けて脱出に成功した。
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(とりあえずこれで最後、と)
現在、俺は地上4階建てである屋内実演棟の2階にいる。魔法で拡張されたこの建物には、空き教室や実験室などもあるようだが、室内だと逃げ場に困るため、まだ肌寒さの残るなか廊下の一角で壁に背を預けて息を潜める形だ。どうやら地下もあるらしいが、袋の鼠にはなりたくないので避けた。
与えられた10分という時間でフロアの簡易偵察用として階段付近に2つ、潜伏場所に近付く教員を察知するために、現在地に至るための曲がり角手前に1つ「式」を配置し終えたところだ。
これらがセンサーやレーダー、あるいは監視カメラの代わりを果たしてくれるだろう。
そのうえで軽く人除けの風をフロアに漂わせる。「生徒が居なそう」「教員が居そう」とやんわりと思わせられればという願掛け程度のものだが、用心するに越したことはない。
『まもなく10分が経過するので、これよりオリエンテーションを開始します』
一息ついている最中に、そんな放送が入る。開始時刻ギリギリだが、仕掛けられたのは式だけだが、配置できただけでも良かったと言えよう。
開始の合図を受け、早速配置した「式」を起動させる。これでセンサーとしての機能が、気配や第6感と呼ばれる感覚に近い情報として受け取れるようになった。分かりやすく例えるなら”気配”が近い。
数あるルールの中でも個人的に1番ありがたいのは、新入生は魔法も体術も無制限であること。そこまで派手に立ち回るつもりはないが、事前に防護と修復の術式が念入りに組まれていて、建物への影響は考える必要がないというのも気が楽ではあった。
自身の扱う東洋式魔術が、西洋式魔法使いの中でも高水準に位置すると予想される指導者相手にどういった働きをするのか、あまり触れる機会のなかった西洋式魔法のどんな姿が見られるのか。
当初は入学するつもりのなかった場所といえど、興味がないと言い切れない自分に対する自嘲と憐憫と悔しさの混じった複雑な気持ちを抱くも、隠しきれない期待に口角が上がってしまいそうになる。
前途に不安を抱きながら、目先の誘惑を見て見ぬふりはできないものだと、自分の人間性を謎に再認識させられた。
各々が逃げ隠れする10分間の間に、棟内放送を利用した追加の説明が行なわれた。
大ホールで全て伝えろよと思いはしたが、『情報を処理しながら作業する、マルチタスクスキルも身につけてもらいたい』のだそうだ。
それは、3時間逃げ切れれば魔闘祭の校内予選シード権や学食利用サービス券などの特典が受けられることや、鬼役は魔力を半分に制限されているというハンディについてなどだった。
『あと、皆さん必死に大ホールから遠ざかろうとしていたようでしたが、鬼役の教員はそこから出撃なんて一言も言ってないですよ?』
……。高らかに手を打ち鳴らし、よく通る声で言った「解散」の一言はブラフだったのか。あの流麗な立ち姿からは想像もできないくらい魔性の学園長である。
やべーところに入学したなぁ。