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「守護天使様がっ!」
聖なる奇跡を目の当たりにして、教会の司祭は興奮気味だった。司祭はシーアルに顔を向け、祝福の言葉を告げる。
「おめでとうございます。あなたに、守護天使様の加護が授けられました」
NPCを育てるかどうかは別として、クリエートオンラインではプレイヤーのほぼ全員が、とりあえず感覚で発生させるイベントなのだが。
転生した世界では、守護天使の加護を得られる者はとても少ない。
光がゆっくり弱まると、シーアルの視界の中央に、黒い影が見えてくる。
カシャン。
耳にふれる、金属音。
シーアルが創造したNPCは、機械人。プレイヤーの通称で言うならば、ロボットだ。
光が、完全に落ち着く。
教会の中に、静寂が戻ってくる。
目の前に立つ守護天使を、シーアルはまぶしそうに見上げた。
シーアルが設定した通りの、二メートル近い身長。頭部から足の先に至るまで、全身のメインカラーリングは、黒。金属で包まれた体のラインは、鍛え抜かれた筋肉を想像させる。
どこからどう見ても、ロボットであることを主張するフルメタルフェイスも、シーアルの記憶と完全に一致するものだ。
「プライマル・フォルツェ」
シーアルの口から、無意識に言葉がこぼれた。
創造したNPCの名前だ。
意味は、原始の形。
そこまで思い出して、シーアルはしょっぱい顔になる。口の端がかすかにひきつる。
前世の私よ、どうして、そう、自重という言葉を知らない!
「我が創造主」
淡々としていながら、はっきりと響く男性の声が、プライマル・フォルツェから聞こえた。プライマル・フォルツェは大きな体をシーアルの手前でかがめる。
シーアルの前に、ひざまずく。
プライマル・フォルツェの、目に相当する部分が、光を反射して一瞬だけ煌めいた。
「私は、あなただけの守護天使。この体が滅び、この魂が消え失せたとしても、私の全てはあなたのためだけに」
シーアルは息を飲んだ。
同じ言葉を、シーアルは知っている。
プレイヤーとNPCの親密度が高い時にだけ発生する、守護天使の忠誠イベントのセリフそのままなのだ。
期待と不安を込めて、シーアルはプライマル・フォルツェに問いかける。
「覚えているの?私と一緒に戦った日々を」
「忘れることなどできない」
即答するプライマル・フォルツェの声に、ためらいは欠片もなかった。
シーアルは表情を引き締める。プライマル・フォルツェとの再会で浮かれていた気持ちが、波が引くように静まる。
幼女とは思えない眼光が、シーアルの瞳に宿った。
「それは、レベルも引き継いでいると思って良いのね?あなたのレベルは、NPCとしてはカンストしていたはずよ」
プライマル・フォルツェは、ゆっくりと頷いた。
「レベルはもちろん、スキルもそのままだ」
シーアルの目が丸くなる。
どういうこと?
創造したプレイヤーが転生したら、創造されたNPCも、自動でもれなく転生できるの?
NPCが転生というのも違う気がする。
セーブデータをダウンロードっていう感じが近いのかしら。
二周目限定、レベルとスキルをお付けして、更に記憶のおまけ付き。お値段そのままお買い得。
って、そんな都合の良すぎる話が。
………あるかもしれない。
シーアルは拳を握りしめた。
理由は良く分からないが、貰えるものは貰っておこう。
これが、転生チートの力というものか!
「素晴らしい!強そうな外装だけでなく、本当に強いままなんてっ!」
シーアルの顔が輝く。
嬉しさのあまり、シーアルはプライマル・フォルツェの首に飛びついた。
「シーアル」
プライマル・フォルツェは全く動かない。感情の起伏のない落ち着いた声で、ただ、創造主の名前を口にしただけだ。
シーアルは幼女の特権を生かし、遠慮なく、プライマル・フォルツェをぎゅうぎゅうと無邪気に抱きしめた。
シーアルの顔が、幸せそうに笑っている。
「もしかしたら、全てが最初からかもしれないと。私のことなんて分からないかもと心配したけれど。また、一緒に戦える。あなたと一緒なら、どこにだって行ける」
シーアルの耳元で、プライマル・フォルツェが、ぽつりと声を落とした。
「私も、……会いたかった」
切々と。
プライマル・フォルツェという器から、内部に収まりきれなくなった何かが、ゆっくりと表面張力を決壊させ、ついにはあふれ出たかのように。
こぼれた落ちた言葉は、シーアルの中で波紋を広げる。
小さな違和感があった。
プライマル・フォルツェはNPCだ。
創造したプレイヤーに都合の良い反応をするだけの、プログラムに制御された通りに動く、意思を持たない存在のはず。
はずなのだが。
シーアルは、プライマル・フォルツェの首にまわしている自分の手が、糸のような細い物にふれていることに気がついた。それは白く、キラキラしている。
プライマル・フォルツェの顔を見て、シーアルは軽く首を傾げた。
「これは?」
シーアルの質問に、答える声はなかった。
プライマル・フォルツェは、両手でフルメタルフェイスを左右から押さえる。戦闘機のパイロットがヘルメットを外すかのように、プライマル・フォルツェはフルメタルフェイスを両手で持ち上げた。
外れるはずのないフルメタルフェイスを、プライマル・フォルツェはシーアルの目の前で外す。
「!」
シーアルは固まった。
フルメタルフェイスの下から。
白い色をした長い髪を持つ、隙のない切れ長の目をした、整った男性の顔が現れる。
「シーアル」
見たことのない男性が、プライマル・フォルツェと同じ声で、シーアルの名前を呼ぶ。シーアルは抱きついていた手を慌てて離した。逃げるように、後方に下がる。
「誰!」
シーアルが投げつけた声に、男性の瞳がわずかに細められた。
「私はあなたの守護天使、プライマル・フォルツェ。それ以外の何者でもない」