神の兵器
神の兵器
薙月 桜華
森の中に建つ大きな建物。建物の色は白く、周りの緑と合っていない。そして、異様な存在感を見せている。
その建物にのびる舗装されていない茶色い道。この道は森を抜けた先にある町と繋がっている。今、この道を通って一台の車が森の中に入った。
車内には運転手と後部座席に黒いスーツを着た男が二人。一人は色白でサングラスをかけている。もう一人は眼鏡をかけており、じっと手に持った手帳に目を落としている。
「エリック。今商品は幾つ出荷できる。」
サングラスをかけた男は車が進む先を見ながら、隣に居るエリックに尋ねた。
「現在八つです。」
エリックは手帳を何枚かめくるとそう答えた。
「少ないな。二週間後にはアフリカに追加で二十だ。出来てなかったらお国になんて説明するんだよ。」
サングラスの男はエリックを見ると、語気を強めて言った。
「だ、大丈夫です。第二、第三工場でも作ってますから。間に合いますよ。」
エリックの言葉にサングラスをかけた男はすぐに前を向く。
「なんとかしておけ。」
「はい。」
二人の会話はそれで終わる。車が白い建物に着くまで二人とも黙っていた。
車が白い建物に着くと二人は車を出た。
「悪いが待って居てくれ。」
エリックは車の運転手にそう告げた。運転手は頷く。二人は白い建物の扉を持っていた鍵で開けて中に入った。二人が建物内に入ると、サングラスの男はすぐに扉の鍵をかけた。
中は薄暗く、二人の足音が建物内に反響する。
「ちょっと待ってろ。」
サングラスの男はサングラスを外して胸ポケットに入れる。そして、壁の辺り調べた。
直後、建物内が明るくなる。明るくなった建物内には暗い地下へ続く階段以外は何も無い。
「誰だよ。本当に。」
独り言が聞こえたかと思うと、明かりが灯った地下へ続く階段から二人の白衣を着た男達が現れた。
「私だ。」
サングラスをかけていた男が白衣を着た二人に言った。
「あっ、社長でしたか。これは失礼しました。さあ、こちらへどうぞ。」
白衣の一人が外から来た二人を連れて階段を降りて行く。もう一人の白衣の男は建物の出入り口部分にあるスイッチを切って、明かりを消した。
二人が階段を降りた先には、無数の透明なビンが並んでいる。ビンの中には説明し難い生物が居た。その下には台座のような機械が付いており、そこからのびるケーブルが一定間隔ごとに床に吸い込まれている。ビンにも大きさの違いがあり、部屋の奥に行くにつれて大型のビンが配置されていた。
社長、エリックは一人の白衣の男を伴って無数のビンの中を歩いた。
「完成している八つの生物の陸・海・空の配分は。」
社長はビンに入った生物を見ながら尋ねた。
「陸が四、海が二、空が二です。もうすぐ、陸が八、海が五、空が四になります。」
白衣の男が社長に答える。
「そうか。では、まずは海を見ようか。」
三人はそのままビンの並んだ部屋を抜けて隣の部屋へ向かった。
次に三人が入った部屋には大きなプールがある。その中を二匹の魚が泳いでいる。容姿はピラニアに似ているが、体は大きく口も大きい。口から覗かせる歯は無数にありどれも尖っている。
「元はピラニアですが、遺伝子操作によって元よりも大きく凶暴な魚となっています。この魚なら人間も食い殺せるでしょう。」
白衣の男が二人に説明している。
「こいつはどうやったら人を襲うんだ。」
社長が興味を持ったらしく、プールの中を泳ぐ魚を見ている。
「近くに居ればためらいも無く襲います。実験済みですよ。他にも食べられそうなものは何でも食べます。」
白衣の男はプールの反対側に居る男たちを見た。
「餌をやってくれ。」
反対側に居た男たちは頷くと、牛を一頭連れてきた。そのままプールの中に落とす。しかし、このプールは牛の体全てを水で満たすほどの水位は無い。
すると、二匹の魚が牛に近づいて鋭い歯で牛の体を突っついた。体から血がにじみ出るとすぐに噛みつきはじめた。牛の悲鳴と共にすぐにプールの水は赤くなりはじめる。
「牛は今初めて与えました。食べられるかを確認してから食べています。今後は与えたらすぐに食べ始めるでしょう。」
二人の男が骨だけになった牛の屍をプールから引き上げている。その間も血に染まったプールの中を二匹の魚はせわしなく泳いでいた。
社長がプールに近づきじっと魚を見ている。
「気を付けてください。牛の血で興奮しています。」
白衣の男は急いで社長をプール傍から引き離した。三人ともプールから離れて座り込む。
プールの反対側に居た男達は何処かへ消えてしまった。
その直後、社長めがけて一匹の魚が飛んでくる。幸いプールの仕切りに激突して水の中に落ちた。
その姿を見た社長とエリックは言葉を失った。
「ここまでとは聞いていませんでした。」
エリックがプールが見ながら言った。恐怖で腰が抜けているように見える。
社長は小さく笑い始め、徐々に大きく笑い出した。
「面白い。こいつを量産しろ。」
社長は立ち上がる。それに伴って二人も立ち上がった。
「次へ行こう。」
社長の声で三人は次の部屋へと移動した。エリックは先ほどの恐怖からか歩みが少し遅い。
三人が次の部屋に移る。この部屋はビンが無数に並んでいた部屋よりも大きく。ビンの変わりに幾つもの檻や小さなケースがある。
「やはり、騒々しいな。」
部屋の中には沢山の生物の鳴き声が入り混じり、静かな時が無い。
三人はその中を進んでいく。ほとんどが小さい生物ばかりだ。大きい生物は少ない。
猿も何種類か居る。白、青と緑の三色の猿だ。体型はそれぞれ異なり、青が一番大きい。
三人は猿の檻を素通りして奥へ進む。唯一エリックだけが立ち止まり檻を見たが、猿が檻越しに牙を剥いたためすぐに二人の所へ戻った。
「お待ちしていました。」
大きな檻の傍に居る白衣を着た女性。手には黒いファイルを持っている。
「ここの担当は彼女ですので、私は自分の担当場所に戻ります。」
一緒に来た白衣の男は社長とエリックにそう言うとその場を離れて持ち場へと戻っていった。
「ここからは私が説明させていただきます。現在四匹の生物が完成しています。その一匹がこちらの体長六メートルの白虎です。」
二人が見る檻の中には真っ白い虎が歩き回っている。新たな来訪者を発見し、檻越しに威嚇する。しかし、社長は微動だにしない。
「この大きさなら村一つはいけるかもな。」
白虎は尖った歯を見せて唸っている。
「この白虎が現在二匹。もうすぐ新たに一匹が完成します。」
社長はじっと白虎を見ている。
「よし、続けてくれ。残りの二匹はどれだ。」
社長の言葉で白衣の女性は歩き出す。
「こちらへ。」
彼女が案内した檻は白虎の檻に来る前に見た猿の檻だった。三色の猿が檻の中で動き回っている。
「猿か。しかし、こんな猿に何が出来るんだ。」
社長が白い猿が居る檻の鉄格子に触れようとする。
そのとき、檻の中の猿が社長に唸った。
「近づかないでください。」
白衣の女性の声とともに、社長はエリックに素早く檻から離される。
「何するんだよ。」
エリックの腕を払う社長。乱れた服を元に戻す。
「社長。お願いですから檻には近づかないでください。」
社長と檻の間にエリックは立つ。
「この三匹の猿たちに触れればウィルスに感染し、死に至る可能性があります。白と緑の猿はそれぞれ過去に流行したウィルスの改良種と新種の人工ウィルスの保持者です。」
社長は再び檻の中を見る。三匹三色の猿達はそれぞれ好き勝手に動き回っている。
「そうか、近づかないようにする。過去に流行したとは一体何時ごろの事なんだ。」
白衣の女性は沢山のデータが書かれたファイルを開くと何枚かめくる。
「前回最後の流行は約百年前です。」
白衣の女性はファイルから視線を社長に向ける。
「百年前だとすると二十世紀後半か。」
社長は天井を見上げて固まる。何か考えているようだ。
「ふふふ。そうか、それは面白い。それぞれの威力はどうだ。」
白衣の女性は社長の声に再びファイルのページをめくる。
「白い猿は致死率五割から十割です。感染者に耐性が無いほど威力を発揮し、人間間の感染も容易です。緑の猿は致死率九割以上ですが、こちらは血液感染のみです。」
社長は一度猿たちを見る。一度頷き白衣の女性を見た。
「そうか、どちらも継続して生産してくれ。それと、青い猿はどうなんだ。」
「青い猿はですか。それはその……。」
隠したかった内容なのか、すぐには言い出さない。
「どうした。」
社長の声が彼女に迫る。彼女はすぐにファイルに目を落とした。
「青い猿にも新種のウィルスを投与したんですが、猿がウィルス自体を保持しなかったようなんです。感染せずに生きているため、現在は経過を観察中です。」
白衣の女性はファイルから視線を社長に戻す。
「わかった。何かあったら報告してくれ。」
社長は特に何も言わなかった。白衣の女性は小さく息を吐く。
「わかりました。陸の生物は以上です。次は空の生物へ。」
白衣の女性は歩き出すが、社長はその場に立ったままだ。
「鳥かごか。あそこは五月蝿いから行きたく無い。エリック、悪いがお前が報告してくれ。」
社長の言葉に白衣の女性は立ち止まり再び二人の所に戻ってくる。
「では、自分の担当があるのでこれで失礼します。」
白衣の女性は二人にそう言うと白虎の檻に向かって歩いて行った。
「歩きながら聞こう。」
社長は歩き出す。そのすぐ後にエリックが続く。薄暗い通路を歩く二人。
「それで、鳥かごの中はどうなんだ。」
社長は後ろを歩くエリックに聞いた。手に持った手帳を開いて人差し指で文章をなぞっていく。
「前回見ていただいた黒鳥と小型の毒鳥が一羽ずつ新たに生産されています。」
エリックの報告にため息をつく社長。
「毒鳥は毒の塊のような鳥だから兵器として使えるだろう。しかし、黒鳥は甲高い咆哮だけだろう。咆哮で人を殺せるのか、それで兵器と言えるのか。もっと使える殺人兵器を考えろ。」
二人はビンの並んだ部屋へと戻った。そのまま無数にあるビンの間を歩く。
「あんな鳥を作るんだったら、せめてバジリスクのように目から毒を放つぐらいの鳥を作れ。まあ、バジリスクすら出来て居ないのだから無理だろうな。」
社長はエリックの現状報告に少々お怒りのようである。
出入り口への階段前に白衣の男性が一人居た。
「お帰りですか。ご苦労様です。」
社長は男性の言葉に立ち止まり、彼を見た。
「鳥かごの人間に言っておけ。毒を吐く鳥が出来るまで完成したとは言うな、とな。」
社長はそれだけ言うと階段を上りはじめた。驚く白衣の男性にエリックは一言、二言言うと社長を追いかけて階段を上り始めた。二人はそのまま暗闇の一階へと戻ると鍵を開けて外へ出る。
外へ出ると、社長はすぐにサングラスをかけた。
二人はそのまま待っていた車へ乗り込んだ。すぐに車が発進する。
「第二、第三工場にも今日の事を伝えておけ。必ず二週間後までには二十を用意するんだ。いいな。」
社長の声に、隣ではエリックが手帳に向かってペンを走らせている。
社長はその光景を見ると、前を向いて目を瞑った。そして、一度大きくため息をついた。
「私は人間が神を越えたと思った。しかし、越えたのなら何故未だにこのような腹立たしい思いをしなければ成らないのだろう。」
社長は運転手や隣に居るエリックにさえ聞こえないほどの小さな声で呟いた。そして、目を開く。
「神は理想であり希望なのかもしれない。」




