初夜
しばらく経って、お見合いが行われました。
わたくしは、机を挟んで夫と姑、美代という娘とその母親が向かい合っているのを見下ろしていました。
美代は今年女学校を卒業したらしいので19歳のはずですが、顔はとても幼く、みっつよっつは年下に見えました。
わたくしほどではありませんが色は白く、潤んだ大きな眼は甘えるのが上手そうでした。
わたくしはひと目で見抜きました。
美代は夫を慕っています。
うなじに血が上って、耳まで赤くなっていました。
そしてうつむきながら、ちらちらと夫の顔を見ているのです。
「じゃあ、そろそろ若い人たちだけでね」
姑は、美代の母と一緒に部屋を出ていきました。
夫と美代は、お互い言葉が見つからないのか、黙っていました。
先に口を開いたのは夫でした。
「どうして、僕とお見合いする気になったんだい?」
夫がたいそうな朴念仁であることに、わたくしは胸をなで下ろしました。
美代はますます赤くなって、返事をすることもできませんでした。
「……美代ちゃん、昔とだいぶ変わったね」
返事がないことを不安に思ったのか、夫は話題を変えました。
「えっ……そうですか?」
「なんと言うか……きれいになった」
わたくしは、夫にそんなセリフが言えるとは思ってもみませんでした。
なにか熱い粘着質のものが腹の中にこみ上げてきましたが、気のせいでしょう。
「お兄ちゃん……! そんなこと、ないです」
美代が、子供のような声をあげました。
「その呼ばれ方、懐かしいね」
「あっ……義弘、さん」
美代は、額まで真っ赤になりました。
「こういうのは慣れてなくてね……思ったことしか言えないもんだね」
夫は、頬を赤くして頭を掻きました。
「うれしい、です……」
それからふたりはぽつぽつと、昔の思い出、今の仕事、趣味の話などを和やかに進めていきました。
お見合いの結果は言うまでもないでしょう。
朝夕が涼しくなり始めるころ、夫と美代は結婚しました。
人形である我があさましい身の上を嘆きつつも、わたくしはただ夫と姑の幸せを願うばかりでした。
嫉み心がなかったと言えば嘘になりますけれども、夫は写真であるよりも、生きている方がはるかに素晴らしい殿方でした。
初めての夜、ふたりは布団の上で向かい合っていました。
薄闇の中で、大小ふたつの白い寝間着が、ぼんやりと浮かび上がっていました。
「あの……義弘さん」
「なんだい、美代」
「ふたりきりのときは、お兄ちゃんって呼んでもいいですか……?」
夫の苦笑が、薄闇の中から聞こえました。
「僕たちは夫婦になったんだろ? それに子供ができたらそんな風に呼べなくなるよ。男の子だったらその子がお兄ちゃんだからね」
「こども……!」
見えなくても、美代の頬が染まったのがわかりました。
「はい、あなた……」
美代の声は濡れていました。
まあ、若夫婦の睦言を聞くような野暮はこれくらいにしておきましょう。