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英霊の花嫁  作者: 原田修明
4/12

見合

その晩、姑は豪華な夕食を用意しました。

鯛の尾頭付きの塩焼き、鮪の刺身、(うずら)のつけ焼き、鯉こくに五目ご飯など……。


「すごいな」


 夫が感嘆の息を洩らしました。


「あんたが大陸から無事に帰ってきたお祝いだよ。それと、昇任したんだろ。大尉(だいい)になったんだっけねえ」


「そうだよ。だけど、もう飛行機に乗れないのは寂しいな」


「あんな鉄の塊が飛ぶなんて、あたしゃいまだに信じられないねえ。ひとは地に足をつけて暮らすのが一番だよ。あんたは寂しいだろうけどさ、教官は立派な仕事じゃないか」


 姑の言葉に、夫は苦笑しました。


「それに、まさか百里(ひゃくり)の基地に勤務なんてねえ。家から通っていいんだろ? ありがたいねえ」


「異動は希望してなかったんだけど、まあ命令だからね」


 そう言いながらも、夫はゆったりとした顔をしていました。


「操縦手のときは、自分の尻は自分で拭けばよかったけど、教官はたくさんの学生に対して責任を負わなくちゃいけないからね。大変だよ」


「そうだよ。ひと様の息子を預かるんだからね、生半可な気持ちじゃいけないよ。まああんたは真面目だから心配してないけどね」


姑は、とっくりを傾けて夫の盃に酒を注ぎました。

祭壇にいたころには、見せたことのない満ち足りた笑顔でした。


もしかしたら、ふたつ目の願いは、叶っているのかもしれませんでした。

 

あの白い制服を着て、夫は毎日仕事に行っていました。

制服というのは不思議なもので、優しげな夫に凛々しさが加わり、わたくしを惑わせました。


わたくしはいつも、出勤する夫の背中に、行ってらっしゃい、と声をかけていました。

夫には聞こえていないのでしょうが。


季節は移り、ニイニイゼミの声が聞こえ始めてきたころでした。

その日は休みで、夫と姑は昼食に冷麦を食べていました。


「義弘、お見合いの話があるんだけど、どうだい?」


姑の言葉は唐突でした。


「え……いいよ、お見合いなんて」


夫は少し困った顔をしました。


当然です。

わたくしというものがあるのですから、お見合いなんて許しません。


「なんだい、じゃあ気にかけてる()でもいるのかい」


「そんな女性(ひと)、いないよ」


いたら困ってしまいます。

夫の性格で浮気はできないと思っているのですが。


そんなわたくしの気も知らず、姑は夫の顔をまじまじとのぞきこむと、いたずらっぼく笑いました。


「お見合いの相手ってね、美代(みよ)ちゃんなんだよ」


「えっ……あの泣き虫の?」


「それは小さいときの話だろうよ。この春に女学校を卒業してね、そりゃあきれいになったもんだよ。先方に話を持ってったら、義弘君なら願ってもない、ってね」


「本人がなんて言うか、わからないよ」


夫は、あわてて冷麦を吸いこみました。


「実はね、もう美代ちゃんからお願いしますって言われてるんだよ」


冷麦がのどにからまったのか、夫がせきこみました。


「なんだよ、もう外堀が埋まってるじゃないか」


「だからさ、あんたの返事ひとつなんだよ。断りたきゃ断ってくるさ」


姑は意地悪な顔で夫を見つめました。


断って下さい。

幼なじみが再会して、焼けぼっくいに火がつくなんてありすぎる話です。


「美代ちゃんか……」


夫は懐かしそうに、微笑みを浮かべていました。

あの顔は、まずい。


「わかった、受けるよ」


わたくしは箪笥から落ちそうになりました。


「そうかいそうかい、じゃあ午後から早速返事してくるよ」


姑は本気で喜んでいるようでした。


一方わたくしは、正妻からお(めかけ)さんに転落しそうな危機に、落ちこんでいました。

しかし考えてみれば、以前の夫は結婚せずに死んでしまったのです。

夫の運命は変わりつつあるのではないでしょうか。


ならばわたくしは(そね)み心を抑え、夫の運命が良い方へ向くようにしなければなりません。


自信はありませんが。


しかしながら、それが妻の、夫を愛する女のつとめです。


わたくしは、ひとを幸せにする力が自分に宿っていることを、少しだけ信じるようになっていました。

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