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英霊の花嫁  作者: 原田修明
3/12

転生

いつのまにか、居ました。


炎の中で意識が途絶えた瞬間、わたくしは何事もなくここに居たのです。


この場所には、見覚えがありました。


夫や姑とともに、三人で過ごしたあの薄暗い家でした。

しかし雰囲気はずいぶん変わっていて、家全体からくすみが消え、明るさが満ちていました。


今までよりも、遠くが見えます。

たんすの上に置かれているようでした。


そのとき、畳をきゅうと踏みしめる音がして、眼の前を中年の女性が通っていきました。

わたくしは、その地味な着物の女性を知っていました。

顔はだいぶ若くなっていましたが、それは姑でした。


どういうわけか、わたくしは姑が若かったころに居るようでした。


黒光りする柱に掛けられた、日めくりの暦には昭和14年6月3日と書いてあります。


姑は、たんすの上に置いた箱を取ろうとしているようでしたが、背が届かず、苦しそうに手を伸ばしていました。


「義弘、手伝っておくれ」


もしわたくしに心臓があったのなら、跳ね上がっていたことでしょう。


そして、しだいに近づいてくる足音に、胸をとどろかせていたことでしょう。


「なんだい、母さん……」


夫でした。


白い制服ではなく、ワイシャツに黄土色のズボンという服装でしたが、写真の姿のままの夫が居ました。


想像していたとおりの、おちついた優しい声でした。


「たんすの上の、お客さん用の皿を取ってくれないかい」


 姑が、困った顔で夫を見ました。


「いいよ、ほら」


半袖からのぞく、日に焼けた逞しい腕が、わたくしの真横を通り過ぎていきました。


不意に夫が、わたくしに眼を向けました。

写真ではよくわからなかった瞳の輝きが、わたくしを射抜きます。


「いつ買ったんだい、この人形?」


「ええ? 忘れちゃったよ」


「良くできてるね。可愛いよ」


夫の愛の言葉に、わたくしは卒倒しそうになりました。


呆然としている間に、夫は姑と一緒に部屋を出ていきました。


ああ、わたくしに心を(たまわ)られた御方(おかた)は、わたくしの愚かな願いを叶えてくださったのでした。


けれども、この喜びはつかの間のものであることは判っていました。

夫は間もなく戦死して、姑は寂しく生き、ひとりで死ななければならないことをわたくしは知っていました。


あつかましくも、もうひとつ叶えてほしい願いがありました。


ささやかでもいい、ひとを幸せにする力が、わたくしに宿りますように。

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