転生
いつのまにか、居ました。
炎の中で意識が途絶えた瞬間、わたくしは何事もなくここに居たのです。
この場所には、見覚えがありました。
夫や姑とともに、三人で過ごしたあの薄暗い家でした。
しかし雰囲気はずいぶん変わっていて、家全体からくすみが消え、明るさが満ちていました。
今までよりも、遠くが見えます。
たんすの上に置かれているようでした。
そのとき、畳をきゅうと踏みしめる音がして、眼の前を中年の女性が通っていきました。
わたくしは、その地味な着物の女性を知っていました。
顔はだいぶ若くなっていましたが、それは姑でした。
どういうわけか、わたくしは姑が若かったころに居るようでした。
黒光りする柱に掛けられた、日めくりの暦には昭和14年6月3日と書いてあります。
姑は、たんすの上に置いた箱を取ろうとしているようでしたが、背が届かず、苦しそうに手を伸ばしていました。
「義弘、手伝っておくれ」
もしわたくしに心臓があったのなら、跳ね上がっていたことでしょう。
そして、しだいに近づいてくる足音に、胸をとどろかせていたことでしょう。
「なんだい、母さん……」
夫でした。
白い制服ではなく、ワイシャツに黄土色のズボンという服装でしたが、写真の姿のままの夫が居ました。
想像していたとおりの、おちついた優しい声でした。
「たんすの上の、お客さん用の皿を取ってくれないかい」
姑が、困った顔で夫を見ました。
「いいよ、ほら」
半袖からのぞく、日に焼けた逞しい腕が、わたくしの真横を通り過ぎていきました。
不意に夫が、わたくしに眼を向けました。
写真ではよくわからなかった瞳の輝きが、わたくしを射抜きます。
「いつ買ったんだい、この人形?」
「ええ? 忘れちゃったよ」
「良くできてるね。可愛いよ」
夫の愛の言葉に、わたくしは卒倒しそうになりました。
呆然としている間に、夫は姑と一緒に部屋を出ていきました。
ああ、わたくしに心を賜られた御方は、わたくしの愚かな願いを叶えてくださったのでした。
けれども、この喜びはつかの間のものであることは判っていました。
夫は間もなく戦死して、姑は寂しく生き、ひとりで死ななければならないことをわたくしは知っていました。
あつかましくも、もうひとつ叶えてほしい願いがありました。
ささやかでもいい、ひとを幸せにする力が、わたくしに宿りますように。