21話
「うるさい!もう放っておいてくれ」
僕は叫びながら海斗の体をを突き飛ばした。呼吸が苦しく、このまま心臓が止まれば良いと思った。
しかし海斗は僕を責めなかった。その代わりに、意識しなければ通り過ぎ去ってしまいそうな声で言った。
「好きだ」
海斗の言葉に、僕は耳を疑った。最初は悪ふざけなのかと思った。だけど海斗は、嘘のないような必至な眼差しを僕に向けたままだった。
「俺は謙一の事が好きなんだ」
と、続けざまに海斗は言う。僕は、あまりに予想していなかった言葉に、当然躊躇った。まだ信じられない。
「やめろよ。冗談は……。海斗が好きなのは、律だろ?」
「俺が好きなのは謙一だ」
海斗は真っ直ぐに僕を見詰めた。嫌な沈黙が二人の間を流れる。僕はこの場が酷く心地悪いのに不思議と足が固まっていた。海斗は立ち上がって、一寸の隙もなく僕の唇を奪った。女性の唇とは違って、硬く薄い唇だった。僕は勢いよく顔を背けると、海斗の体を押しのけた。それから唇を拭って、息を荒くしながら海斗を見る。すると、海斗は小さな声で言った。
「何であいつなんか。メンヘラだし、性格荒いし。俺の方がいいのに」
一緒に居て、あんなに仲良く笑っていた海斗の言葉とは思えなかった。今目の前にいる人間は、僕の知る人間とは別の人間に見える。海斗はプレハブ小屋を出ていった。一人取り残された僕はその場でしゃがみこんだ。
ぐるぐると色々なことが頭を巡り、もう何もする気が起きない。
海斗と律は、その夜プレハブ小屋には戻ってこなかった。




