19話
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泥のような夢にもがきながら僕は目が覚めた。夢の中で僕は五歳に戻っていた。五歳の僕は、缶ビールを片手に握っている父親に殴られていた。止めてと叫んでも父は止めてくれない。お前なんか役立たずだ。殺すぞ。父にそう言われて、僕は一生懸命に謝った。この地獄が早く終わって欲しかった。
起きたばかりで、喉がかわいていた。僕は冷蔵庫から水を取り出し、ペットボトルから直接喉に流し込んだ。冷房は付けているが、僕の体は熱かった。床で寝ているとやっぱり体のどこかが痛む。腰を反らしながら筋を伸ばす。その時、律の唸る声が聞こえて、振り返った。
「んー……」
険しく眉を寄せて寝返りをうっている。僕はそっと律に近づき、寝顔を見詰めた。下を向いた睫毛は長く、きめ細かい肌が窓から射す明かりに照らされ青白く光っている。僕は思わず息を飲んだ。
額を覆う細い髪を指で払う。小さな赤い丘が目に入り、抑えきれず、僕は唇へ、唇を落としていた。
唇は柔らかく、どこまでも吸い込まれそうな程だった。深い呼気が唇から漏れると、律の底無しのような瞳が、僕を捉えていた。
「……謙一?」
律は瞼を細めて、勢いよく僕の体を押し返した。
「ちょっと何?信じられない。キスしたの?」
僕の喉が何かに締め付けられるように、言葉が出なかった。
「本当、最低!」
頬に張り裂けるような痛みが伝った。律は、獣のように僕を全身で警戒しながら、睨んでいる。その瞬間、僕の脳内は空白になり、何かが切れたように律に手を上げて、気がついたら律の頬を叩いていた。律は、打たれて赤くなった頬を押さえながら、今度は目を見開いて怯えきった目を向けた。僕は咄嗟の出来事に、自分が何をしたのか、自分でも分からないまま、ようやく声を絞り出した。
「ごめん」
「やっぱり……、男って皆そう」




