1話
春を越えて、矛盾する季節が通り過ぎると、夏の気配が気まぐれな天気と共にやってくる。見上げる空は、オレンジと黒い雲の曖昧なコントラストで、やけに寂しさを感じた。前日の雨が嘘かのように、からっと乾燥した空気だった。
僕は午前中、自分の下駄箱の中に入っていた、淡い桜が散りばめられた手紙に一言だけ「屋上に来てください」と添えられたのを見て、放課後校舎の屋上に立っていた。
目の前には見知らぬ女生徒が、天然の黒い真っ直ぐな髪を風に揺らしながら、大きな丸い目で僕を見上げて立っている。
その子が一年生だということが分かったのは、左胸にある名札のラインが赤だった為で、まだ新しいピンに、荒木美彩と名前が彫ってある。
上履きの爪先を内側にしながら、上目遣いで彼女は言った。
「あの、好きです。先輩」
絶えず目線を逸らす彼女の頬は赤く染まり、日の落ちかけている背景は彼女の感情を後押しするように表情を明確にした。
そんな初々しい姿を見ていると、つい男の本能が、彼女に触れたいと騒ぎ立てる。だけど、僕は彼女に向かって軽く頭を下げた。
「ごめん、悪いけど……」
頬を染めていた彼女の顔から、急に色が失われ、無理やり形作った笑顔だけが残された。
「わ、分かりました。ありがとうございます!」
そう言って荒木美彩は跳ねるようなお辞儀をしてから、背を向けて足早に屋上の扉の向こうへ走っていった。
告白を拒否した僕は、後悔のような罪悪感のような変な感情を抱き、目の前に広がる空と建物の境目をぼうっと眺めていた。どこまでも続いていそうな雲が、今にも街を覆い被さろうとしている。
「今の告白?」
不用意な僕の鼓膜に聞こえてきた声には、聞き馴染みがあった。子供のようなあどけなさと、男勝りの気の強さが同居をしている、そんな声の持ち主は一人しか知らない。何の警戒もせずに振り向くと、そこにはやっぱり幼馴染の律が立っていた。律は、にやにやと楽しげに笑みを浮かべている。
「律。何でここにいるんだ?」
と、僕は聞いた。
「え?だって今日、手紙もらったって教えてくれたでしょ。だから結果を聞きにきたんだよ」
律は跳ねるような身のこなしで、隣の柵へ前のめりに寄りかかった。短く切ってある横髪から、耳が無防備にさらけ出ている。
「暇だなぁ」
「別にいいでしょ。謙一にとって一世一代のチャンスなんだから」
「一世一代って、大袈裟だって」
「でも、あの子泣いてたね」
と、律は少し穏やかな口調で言った。僕が最後に見たあの子は笑っていたのに、階段を降りる最中、彼女は知られぬように泣いていたのか。僕は悪いことをしたような気持ちになった。
律はまた調子のいい声に戻して、僕の肩を思い切り叩いた。
「あんたさー、いい加減彼女つくりなよ!」
か弱いとは言えない力に、僕の体は反動で前に揺れ動いた。




