第4話 妹
時計が告げる6時の鐘とともに、唐突に立ち上がり、歩き出し、ピアノの椅子に座った。栄也は呼吸をするようにピアノを奏で始めた。僕が基本的に練習として弾く曲はクラシックである。好きな作曲家はガーシュイン。でも、日本の現代音楽も嫌いじゃない。あとは、自分で曲を作ったりもする。クラシックみたいな曲は作るのが難しいので、自分で作るのはすごく現代風、かつ日本風の曲である。
「ただいまぁ!」
帰ってきたのは妹だった。名前は花音だ。今日もツインテールをぶら下げて元気である。かのんは習字を習っていて、月曜日はいつも帰ってくるのが遅くなる。
「おにいちゃんピアノか〜して!」
かのんもピアノが好きである。おそらく。こうして、帰ってくるや否や弾きたがるわけだから。
「はいはい、どうぞどうぞ。」
僕は椅子から退く。代わりに花音が座る。妹の足はまだピアノのペダルまでとどかないのでぶらぶらしている。
兄が使った後の鍵盤はいつもティッシュで綺麗にする。今も拭いている。一生懸命ふきふきしている。これに関して兄としては、どちらかというと悲しすぎて怒る気にもなれない。
「なぁ、花音、僕の指はそんなに汚くないよ?」
「おにいちゃん、ばいきんはみえないのがね、いちばんこわいんだよお?」
無駄であった。ん?ばいきん?
妹はいつもアニメや映画の主題歌を弾くのが好きなのであるが、僕からしたら彼女の演奏は突っ込みどころ満載である。兄としては上手くなってほしいという思いもなくはないのだが、本人は楽しんでいるようなのでいつも口出しはしない。音を楽しむと書いて音楽なのだから。よく聞く言葉である。
「そういえばさぁ、玄関にいる人は新しいひとぉ?」
かのんはピアノを弾きながら喋るのが得意だ。この技術に関してだけは僕に勝っていると言っていい。あの人たちはまだ喋っていたのか。
「ああ、うん、そうらしいよ、新入生。」
「え?ほんとい?じゃあちょっとおしゃべりしてくる!」
花音は途端にピアノを弾くのをやめ、玄関に駆けていった。別に止めようとはしなかった。さっき話した感じでは、籠愛は特に人見知りというほどではないっぽい。迷惑ということにはならないだろう。友達を増やすのはいいことだ、なんて友達の少ない僕が言っても仕方ないのだけど・・・。
彼女たちの会話からはたまに笑い声が聞こえてきた。どうやらふたりは気が合うらしい。かすかに聞こえてくるガールズトークの内容が気になって仕方がなかったので、僕はまたピアノを弾き始め、自分の手によってそのかすかな会話声をかき消すのだった。