第2話 少女
その日の昼休み、僕は教室で1人本を読んでいた。太一にサッカーに誘われたのだが、寒くて外に出る気はしなかった。
「えいや〜、何読んでるの?」
話しかけてきたのは西成千秋、いわゆる幼馴染である。
「別に、音楽の本。」
「ふぅぅん、ところでさ、部活なんか入った?」
彼女の身長は僕とあまり変わらないだろう。可愛いかと言うと…うん、別に可愛くは無い。性格がキツイせいかな?一般的な観点からすると顔立ちは悪く無いのかもしれない。ちなみにロングヘアで髪はいつも縛っていない。
「いや、別に、お前はなんか入ったのか?」
「ウチはね、吹奏楽に入ろうと思って。かっこよくない?トランペット!」
千秋は堂々とトロンボーンを吹く真似をした。彼女はトランペットのつもりだが、それはトロンボーンだった。
「お前そんな楽器できたのか?」
「バカね、今から練習するの!ほとんどの人が初心者なんだから大丈夫よ。えいやも一緒に入らない?吹奏楽!」
「俺はいい。ピアノで充分。お前もピアノをおろそかにするんじゃねぇぞ?」
「わかってるわよ」
千秋はさくらピアノ教室の生徒である。小さいときから通っているので、そういうわけで『幼馴染』である。彼女が家に来るのは火曜日と木曜日。ちなみに今日は休み明けの月曜日である。
千秋は廊下から友達に呼ばれ、教室から去っていった。昼休み終わりのチャイムがなり、僕のくつろぎタイムの半分は生産性のかけらもない会話に奪われてしまった。5時間目は…数学か。数学は嫌いじゃない、別に好きってわけでもないけど。栄也の席は1番窓側の1番後ろ、最高の位置だった。もう1年間席替えは必要ないな。窓からはきれいな桜吹雪が見える。桜なんて興味はなかったけれど、その時はきれいだなぁとは思った。
放課後、いつもは大親友の太一と帰るのだが、その日から部活に本格的に行かなければならないというので、僕は1人で帰るのだった。朝と比べると、そこまで寒くはないな。明日川中学校周辺は平地で、急な坂があまり無いので歩きやすい。僕は早く帰ってピアノが弾きたかった。
下校路に信号は2つあるがどちらもベストタイミングで青だったので早く帰ることができた。さくらピアノ教室である。いうまでも無いが個人経営なので、生徒は数える程しかいない。月曜日は…誰が来るんだっけ…?ピアノ弾きたいから誰もいないといいなぁ。
「ただいまぁ!」
別にいい子になりたいというわけではなく、本当に理由はなく、なんとなく、僕は毎日『行ってきます』と『ただいま』は欠かさない。
「おかえりなさい」
と母の声が聞こえたのは台所の方からだった。ピアノはリビングとは別の専用部屋にある。とりあえず玄関にバッグを置いて、廊下をスタスタ歩いてからドアを開ける。ピアノの椅子には女の子が座っていた。他には誰もいなかった。ちなみに僕には小学5年生の妹がいる。父と合わせて四人家族である。しかしその女の子は妹ではなかった。こっちを向いて…ん…なんか…驚いている様子だ。初めて見る顔である。新しい生徒かな。
「こんにちは」
ととりあえず言ってみた。初めて会うときは、とりあえず『こんにちは』が無難である。彼女は軽い会釈をし、視線をピアノに戻した。ショートヘアが揺れる。栄也はソファに座ってみた。普通、誰かがピアノを使っていたら自分の部屋に戻るのだが、その日はそのままその部屋に居た。彼女がすごく・・・可愛かったから。