「一人目ですか?」4
作戦の内容はこうだ。
この草むらで草同士を結び、トラップを作る。そして奴らをここへ誘き寄せ、躓かせる。そこをエルのフレイムで一網打尽。
正直こんな思い付きの案、うまくいくなんて保証はなかった。しかし、他に手が無い以上、やるしかない。
「ーーじゃあ、今話した通りだ。お前は少し後ろで待機しててくれ」
「分かったわ」
トラップを作った後、エルはトラップの後方で待機、そして俺は、トラップから少し離れた地点で、ゴブリン達を待ち構えた。いわゆる囮役ってやつだ。
ーー引き離していたゴブリン達が近付いてくると、俺はやつらを誘き寄せるようにして走り出した。
全速力なら振り切れるが、それでは駄目だ。しっかり引きつけないと。
俺は地味に速いゴブリン達との距離を一定に保つよう心がけた。
速すぎれば差が広がってしまうし、遅すぎれば捕まってしまう。神経を集中させて、必死に走る。
ーーいよいよ、トラップが近付いてきた。その奥には準備万端のエルもいる。
「そろそろだ! いいか!?」
「ええ、こっちはいつでもOKよ!」
ーー遂に俺は罠を仕掛けた場所へ入った。ゴブリン達も続けて入る。そして、見事トラップにかかった。
ーーーー俺が。
「⋯⋯おい! 何でここにもトラップが!」
すかさず俺はエルの方を見る。
「い、いや〜、少しでも多い方がいいかな〜って」
「たしかにそうかもしれないが、新しく作ったなら言えよ!」
そうこうしているうちに、均等に保っていた距離は縮まってきて、キングゴブリンは強靭なその腕を振り上げ、攻撃態勢に入る。
「ーーっ! 今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ! 撃て、エル!」
「で、でも⋯⋯」
「俺のことはいいから!」
ーー確信はあった。さっき、エルのフレイムを避けられたのは、先頭のキングゴブリンが後方へ合図したからだ。だが、今やつは攻撃態勢に入っている。つまり、さっきみたいな合図は出せないはず。
「⋯⋯早くっ!」
「分かったわよ!⋯⋯フレイム!」
起き上がってる時間などなかったから、俺は慌てて横へ、蛙のように跳んだ。
燃え盛る火炎が、俺がいた場所を通る。
当初の作戦は失敗したが、何とか敵に攻撃を当てることはできた。
ーーが、やはりキングゴブリンは倒せていない。
「くっ! やっぱり駄目か!」
それどころかやつは、まだ起き上がっていない俺目掛けて殴りかかってきた。
咄嗟に両手で剣の切先と柄を持ち、やつの拳を受け止める。危うく顔面にパンチを食らうところだった。
にしても、間近で見るとこの強靭な肉体。勝てる気がしないっての。
隆々とした筋肉に脈打つ血管。歴戦の跡か、ところどころ傷や、焦げ目なようなものが⋯⋯
「⋯⋯っ!」
俺は力の限り剣を押し上げ、ゴブリンの拳を振り払う。
「ーーエル! もう一度逃げるぞ! 作戦を練り直す!」
そう言って俺は立ち上がり、再び逃げる。その最中、一度だけ後ろを振り向いた。
後ろにはキングゴブリンと、フレイムによって焼かれたゴブリンの燃えカスや中には焼け残った肉体もある。
その光景を確認した俺は、キングゴブリンと出会う前に起こったことを思い出していた。
ーーそして、エルに話を切り出した。
「なあ、エル⋯⋯」
「悪かったわ。ほら、トラップにかからなかったじゃない? また避けられると思うと、躊躇っちゃって⋯⋯」
「ああ、大丈夫だよ。もう、気にするな。⋯⋯って俺の事は心配してなかったのかよ!」
「当然よ!」
「おい!」
「⋯⋯だって、信じてたから。あんたなら、どうにかして避けてくれるって」
「ま、まあ、何とか避けれたよ。 それより、お前のフレイムは威力に差はあるか?」
「ないわ! いつだって全力よ!」
「そうか。それなら今から話す事を聞いてくれ、やつは⋯⋯」
その時だった。
「ヴォォォォォ!」
キングゴブリンが咆哮を上げると、四方八方の茂みから、またゴブリン共が湧いてくる。おいおい、どれだけいるんだよこいつら。
「ーーいいか! 簡潔に話すぞ! まず、あいつはお前の攻撃が効いてないわけじゃない。耐性があるんだ」
「でも、全然効いてないように⋯⋯」
「俺も最初はそう思った。だが、身体の至る所に焦げのようなものがあったんだ。たしかにそれだけじゃ、確信には至らないが、お前が燃やした他のゴブリンも燃え方に差があった。威力が毎回均等と言うなら、そこから導き出される結論はーー」
「個体ごとに差があるってことね?」
「そういうことだ。そしてあいつはそれが一際高い」
「つまり、フレイムを幾ら撃っても倒せる可能性は低いってわけ?」
「ああ。どれ程のダメージを与えているか分からない以上、可能性は低いだろうな。⋯⋯フレイム以外には何かないか?」
「あるわ」
「よし。なら作戦はさっきと同じだ。足止めして一発ぶちかます。いいな?」
そして俺達は先程のように草を結び、待ち構えた。
ーーだが、敵もそう甘くはなかった。さっき俺が草に躓いたのを見ていたのだろう。そう易々とトラップには引っかかってくれなかった。
「くっ! 学習能力もそこそこあるみたいだな!」
「ねえ、どうするの? もうこの手は使えないんじゃ⋯⋯」
「ああ、そうだな。他に何か方法は⋯⋯」
「ーーユウ! 後ろ!」
そう言われて振り向くと、そこには鬼のような形相のキングゴブリンがいた。すでに右腕が振り下ろされ始めている。
走る速度を緩めていたつもりはなかった。こいつ、明らかにさっきまでと走る速度が違う。ここに来て本領発揮ってか。
ーー防いでいる暇もなかった俺は咄嗟に体をひねらせた。直撃は免れたが、攻撃の当たったポーチが破れる。
直撃していたら間違いなく骨は折れてただろうな。
破れたポーチからは、旅のために用意していた日用品や、曲がったスプーンなどがこぼれ落ちた。
その落ちていくスプーンを見た時、俺はあることを思いついた。
そして、地面に落ちたあるモノを急いで拾い、言った。
「エル! まだ手はある! ⋯⋯これで、駄目ならお手上げだ。とりあえず距離を!」
それから俺達二人は力の限り走り、息が切れたので、止まった。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯いいか、エル。お前はそこでいつでも撃てるようにしておけ」
「はぁ⋯⋯任せなさい。⋯⋯ユウ、信じてるわよ」
「ああ、任せろ」
そう言うと俺は少し前に出て、地面に思いっきり、さっき拾った、まだ曲がっていないスプーンを突き刺した。




