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スプーンで世界はすくえますか?  作者: 木林森
第一章 イスト編
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「一人目ですか?」1

「ーー戻ったのですね」


 声が聞こえた。先程、頭に響いてきた声と同じだ。


「戻りました。お母様」


 エルが返す。どうやら、この木に座っている彼女こそが、エルの母親であり、エルフ達が暮らすこの森の女王のようだ。

 白い長髪に、エルの瞳よりももう少し白いその瞳、エルフの特徴なのか、その変わった耳はエルのものよりは長く、両耳に大きい輪っかのイヤリングがついている。そして、何がとは言わないが、豊かだった。


「おかえりなさい、エル。隣のあなたには⋯⋯はじめまして、とでも言うべきかしらね?」


 間髪入れず俺は、ひっかかっていたあのことを彼女に尋ねた。


「あの! さっきのあの声は一体⋯⋯それに隣にいるとなぜ分かったんですか?」


 あの妙な兵隊達が、仮にこの人の何かだったとしても、彼らは帰っていったはず。ましてや、あの後俺がエルと話したのを知っているのは、当の本人達だけ。他に知る者などいないはずだった。


「先程のは『テレパシー』。私はこの森の中ならば、任意の相手に声を送る事ができるのです。そして、なぜ隣にいると分かったのか。と言われましたね? それは、見ていたからです」


 彼女がそう言うと、頭上の大きく広がる葉の中から、無数の小さな妖精が彼女の元へ下りてきた。


「この子達は私の分身。今ここにいるのはそのうちの数匹です。そして、この子達が見たこと、聞いたことは、本体である私に伝達されるのですよ」


 謎が解けた。つまり、あの時二人で会話しているのをどこかでこの分身ってやつが見てたってわけか。ん? 見たことと⋯⋯聞いたこと?


「だから、あなたのことは見ていましたが、こうして会うのは、はじめまして、になるかしら。それにしても、随分と⋯⋯楽しくお話しされていたみたいね? ふふっ」


 そう言って、彼女はにっこりと笑う。この様子だともしかして⋯⋯などと、あのことを思い出して恥ずかしくなっている横から、俺より顔を赤くしたエルが言う。


「べ、別に楽しくなんか⋯⋯! それに、お、お母様!? 一体どこから⋯⋯!?」


「あら、エル。この子達が森の監視をしているのはご存知でしょう? 何か問題があれば、すぐに、確認にいくのは当然です。それにしても、災難でしたね? ふふっ」


「ーーーーっ!!」


 どうやら、最初から見られていたらしい。さらに顔を赤らめ、さながら顔がトマトと化したエルをよそ目に、俺は次の話を切り出す。


「ところで、何で俺はここに?」


 エルは、行けば分かる。と言っていたが、ここに来た今でもそれは分からないままだ。


「あら、失礼。それでは本題に入りましょうか」


 からかわれた俺達の反応を見た彼女は、満足げな表情で話し始めた。


「あなた、見たところ冒険者ですね?」


「はい。たしかにそうですが」


「実は、最近この森の近辺で、ゴブリンの数が増えているのです。あなたを呼んだのはそのことについて。彼らは⋯⋯」


「お母様! それくらい、私一人でじゅうぶ⋯⋯」


「最後まで話を聞きなさい、エル。ーー彼らは元々、群れなど形成しないのですが、長が決まると話は別です。彼らは武力で争い、一番強いものが長となる習性を持つのですが、長が決まると、その長を筆頭に、群れを形成し始めるのです。しかし、長がいなくなると群れはまた、解散します」


「つまりーー俺は⋯⋯」


「そう。その長をあなたに討伐してもらいたいのです。何分私はこの森を守らねばなりませんから、森を空けるわけにはいかないのです」


 話を聞いていくうちに、段々と自分が何をすべきか、分かってきてはいたが、いざその口から聞かされると、体が萎縮してしまう。顔からは変な汗が出ている気がした。

 ゴブリン。この森に入る前に出会った時でさえ、その威圧感の前に、勝てる見込みなどなかったのに、その中で一番強いやつだなんて、今の俺にどうこうできるのだろうか。

 そうやって弱気になっていた時、ふと、エルと出会った時のことを思い出して言った。


「⋯⋯あの護衛の兵隊は! 彼らはどうなんですか?」


「彼らもまた、この森の守護者。エルフは穏やかな者が多く、戦う者はそう多くはない。ですから、森の外に戦力を割くことは、なるべく避けたいのです」


 彼女がそう言うと、木の後ろから彼らが現れた。


「そういうことだ、少年。モンスター共は察知能力に長けてやがる。だから、ここがもぬけの殻なんて分かっちまえば、たちどころに攻め込まれる。少数でも対応できねぇことはないが、群れともなると、人海戦術で押し切られる可能性もあんのさ」


 ーーやるしかないのか、俺が。でも、どうやって?


「ーーもちろんあなた一人、というわけではありませんよ」


 思考を遮るように彼女はそう言った。


「エル。あなたもこの方と共に行きなさい」


「⋯⋯ちょっと、お母様! だから、それくらい私一人でじゅうぶ⋯⋯」


「いいえ、二人で行くのです」


 それからしばらく、二人はお互い自分の意見を譲らず、言い合いになった。俺としては、あの屈強な奴らを一人で十分と言い張るエルに、ちゃちゃっと片付けてきてもらいたい思いだったのだが。

 しかし、そう上手く事が運ぶはずもなく、


「⋯⋯仕方ないわね」


 ついにエルが折れてそんな事を言った後、


「ほら! さっさと行くわよ! 早くしないと置いて行くからね!」


 と俺に少し強めに言うと同時に、そそくさと振り向いて歩き出した。すでに置いていかれてるんだが。

 慌てて追いかけようと振り向いた時に、


「待ちなさい」


 そう言われ、呼び止められた。


「あなたには少しばかり、無茶なお願いをしてしまったかもしれませんね。すみません」


 たしかにこのお願いは、レベル二の俺にはどうしようもなかった。

 現状、俺にできる事は死に方を選ぶ。それくらいだろう。


「ーーあの子はああ言っていましたが、ゴブリンの群れというのはとても厄介で⋯⋯私はとても心配なのです。あの子は私の娘という立場柄、周りの者達から大変甘やかされて育ってきたのもあってか、少し自分を過信してしまっているところがあるようで⋯⋯」


 そういえば何かそれっぽいことを言っていた気がするな。私の姿がどうとかって。


「ーーあの子が小さい頃、一度だけ危ない目にあったことがあるのです。その時は大事には至りませんでしたが、また、危険な目にあうかもしれないと思うと、心配で、心配で⋯⋯」


 ーーったく。そんな事を聞かされて、放っておけるわけがないじゃないか。

 母親にとって子供は、宝物。母さんも俺を大切に育ててくれた。

 大切な分、失った時の反動もまた、大きい。母さんがいなくなった時は、俺もひどく落ち込んだものだ。


「あの⋯⋯」


「はい? なんでしょうか?」


「ーー任せてくださいよお母さん! あいつは⋯⋯俺が守りますから!」


 完全に見栄を張っただけだった。だって倒せる算段などなかったから。


「ーーありがとう。頼みましたよ⋯⋯ユウ」


 何故俺の名前を、とは思ったが、会話を聞かれていたことを思い出した。


「それじゃあ!」


 そう言って俺は振り向き、エルを追いかけて走り出した。


「ーー自分には無理だ、なんて顔をされていましたが、大丈夫。きっとあなたならできますよ」


 ーーーーエルの背中が見えてきた。


「ーーちょっと! 遅いじゃない! 何してたのよ!」


「いやー、ちょっと⋯⋯な?」


 そう言って、俺は自惚れお姫様の横に並ぶ。


「何よ、気になるじゃない!」


「⋯⋯秘密だよ。秘密」


 今ここで言えば、ここら一帯が灰になるーーそんな気がしたから言わないことにした。


「ふん、まあいいわ。足引っ張ったりしたら許さないからね!」


「はぁ? そんなこと言って、お前こそ足引っ張ったりするんじゃないだろうな?」


「この私がそんなことするわけないじゃない!」


 ーー正直、まだ勝てる気はしなかった。でもあんな啖呵を切ってしまった以上、もうやるしかないだろう。


「ーー頑張ろうな、エル。」


「何よ、いきなり。⋯⋯ま、まあどうしても助けて欲しい時は言いなさいよね。助けてあげるから」


「助けるとか言って俺ごと燃やすんじゃないだろうな?」


「ーーなによ! せっかく人が助けてあげるって言ってるのに! バカ、バカユウ! 勝手にのたれ死んでなさい!」


「ははっ、冗談だよ」


 ーーどこまでやれるかは分からない。でもやれるだけやってやろう。レベルニなりにできることがあるはずだ。

 地下から外に出た俺達は、しばらく森の中を歩き、そして草原へと踏み出した。


 《ゴブリンの長を討伐せよ》

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