「この美少女は誰ですか?」3
「ーーお待たせ」
そう言って彼女は、プスプスと煙を立てる、黒こげの俺の前にふりふりのキャミソールワンピースで登場した。彼女は続けて言う。
「あなた、名前は?」
「俺か? 俺はユウ。お前は?」
「私はエル。あと、言っておくけど、これでも十六だから!」
ーー嘘だろ、同い年かよ。美少女ではあったが、その面立ちは童顔で、もう少し⋯⋯幼いと思ってた。あと、アレのせいでもあるだろうな⋯⋯。
「ちょっと! 何考えてるのよ! そして、視線を感じるんだけど⋯⋯?」
胸を手で押さえながら、彼女は俺をジトっと見つめた。何も考えてないし、どこも見ておりませんよお姫様。俺はすっとぼけたフリをしてみせた。
「ところで、さっきの話の続きを聞かせてくれ。お前達は一体何者だ? そして、ここは何なんだ?」
「⋯⋯エルでいいわ。さっきのは私を守ってくれる兵隊達よ。そして私達は『エルフ』。この森に住んでいるの」
「分かった、よろしくな、エル。それにしても、『エルフ』⋯⋯か。聞いたことはあったが、実際会うのは初めてだ。じゃあ、エル達はこの森全部が家ってことでいいのか? あと、姫様とか呼ばれてたけど、それはなんでだ?」
「そういうこと。ここは【エルフの森】と言われているわ。私が姫様と呼ばれているのは、この森の主が私の母親なの。皆には女王と呼ばれているわ。で、私はその娘だから姫ってわけ」
「なるほどな」
【エルフの森】というのかここは。戦い方や、冒険の心得なんかは学んできたけれど、地理に関してはほとんど知識ゼロだからな。
「それでエルはあんなところで何してたんだ?」
「⋯⋯は、は!? 見て分からなかったの!? お風呂よお風呂!」
赤面しながらエルは言った。ある程度予想はついていたが、どうやら、読みは当たっていたみたいだ。
「あんたこそ! なんであんなところに!」
「それは⋯⋯その⋯⋯う、歌声が聴こえてきたんだよ! それで、声を辿っていったらあんなことになったというか⋯⋯」
そう言うとエルは再び赤面した。
「う、嘘!? 聴こえてたの!?」
どうやら聴こえてないと思っていたらしい。まあ、お風呂で気分が上がって歌っちまうなんてよくあることだ。そして、その音量は自分が思っているより大きい、ということをほとんどの当事者は、あまり自覚していない。
「にしてもさ、あそこ湖だろ? お風呂なんて入れるのかよ」
率直な疑問だった。実はお湯だったりするのだろうか。
「ーー火よ。さっきあなたも見たでしょ? あれで、私の周囲を温めていたの」
ああ、加減を知らないあれか。
「それよりも! 絶対にさっきのことは誰にも言わないでよ! もし言ったら⋯⋯」
右手が光り出す。
「分かってる! 絶対言わないから! だから落ち着け!」
「そ、そう⋯⋯ならいいのよ。まあ、こんな私の美しい姿を見て、言いふらしたくなる気持ちは分からないでもないけれど、あんな羞恥を晒してしまった以上、広まるのは避けたいわ。私にだって心の準備ってものが⋯⋯」
ん? 何か今ものすごいことが聞こえた気がしたんだが。
ーーそんなことを思っていたのも束の間、
「エル。一度、私のところへ戻ってきなさい」
頭の中に直接流れ込んでくるように、その声は聞こえてきた。とても美しく澄んだ声だった。
「⋯⋯あとは、隣にいるあなたも、ね」
ーー俺か? いや、それよりなぜ、隣にいると分かるんだ。どこかで見ているとでもいうのか?
「ーーほら、行くわよ」
そう言ってエルはそそくさと歩き出した。
「ま、待て! おい! 何だよ今の! それに行くってどこに⋯⋯」
慌てて跡を追いかけながら尋ねる。
「お母様のところよ。なんであなたが呼ばれたのかは分からないけど、きっと、行けば分かるわ」
そして俺たちは入り組む木々を掻き分けて、森の中心部へと進んでいった。
ーー森の中心部。そこはとても開けた場所で、円形の広場の様だった。辺りを全て木で囲まれているこの森も、ここだけは中心に大きな木が一本あるだけで、辺りには木は生えていなかった。
エルと二人で木の前に立った俺は、
「なあ、本当にここなのか?」
そう尋ねたが、この現状ではそう言う他なかった。大きな木こそあれど、人の気配なんて微塵も感じられなかったからだ。
「大丈夫。ついてきて」
そういうとエルは木の幹に手をかざす。
ーーその瞬間、木には術式の様な紋様が浮かび上がり、木の根が動き出し、地下へと続くであろう道が現れた。
初めて見る光景に思わず驚く。しかも、ご丁寧に中へ入ると、入り口は閉ざされる。外の世界ってのはこんなにもすごいものなんだな。
冒険者心をくすぐられながらもしばらく進むと、眩しい光と共に視界が開けた。
ーー【エルフの森 深部】
そこには、幻想的な世界が広がっていた。まず、木の地下にまた木があるってのは不思議だな。いつぞやの箱を思い出す。
ドーム状の様なこの空間は光が差し込まないからか、少し薄暗く、それでいてホタルのようなものが飛び交っているためか、まるでプラネタリウムのようだった。
そしてその空間を、綺麗な羽で、たくさんの『エルフ』と呼ばれる者達が飛行していた。
「ほら、ぼーっとしてないで行くわよ」
その美しさに思わず見とれていた俺は、はっと我に返り、エルの後を追いかける。
中心の一本道を進んで行く最中、辺りを見渡すと、地上もエルフで賑わい、木で出来た建物で、商売を営む者や、洗濯物を干す者もいた。
道中、何度も何度も、
「おかえりなさい! 姫様!」
「お疲れ様です! 姫様!」
などの声がエルにかけられていた。彼女は律儀にもその声の一つ一つに、礼を言ったり、手を振ったり、笑顔を返したりと、丁寧に応対していた。
興味津々にそんな光景を眺めていると、エルが、
「私、実はこの森のパトロールをしているの。この森全体が家みたいなものだけど、実際はここで生活しているの。外にはモンスターが溢れているし、森の中に入ってくることもある。だから、森の中が必ずしも安全というわけではないのよね」
と、説明してくれた。
たしかに、外には凶暴そうなモンスターがいるもんな。あいつとか。頭の中には、脳筋野郎が浮かんだ。
ーーそうこうしているうちに、入り口からの距離が離れてきた。おそらく、入って最初に目に飛び込んできた、あの巨大な木。あそこが目的地だろう。
「ーーもうすぐ着くから」
それから、どんどん木との距離は縮まり、そして遂に、目の前に到着した。
中心から大きく二つに枝分かれしたその木は、近くで見るととても壮大なものだった。ここら一体を覆う木の傘が、この地面を一層暗く見せている。
ーーそして、その枝分かれしている部分の中心に、人影が見えた。