「この美少女は誰ですか?」1
ーー目の前には、辺り一面に広がる草原。
俺は国王から授けられた力と片手剣、バングルを携え、草原を突き進む。
少し歩いたところで立ち止まり、腰に付けたポーチから俺はあるモノを取り出した。
ーー自宅から持ってきた銀のスプーンだ。
「そういえば、どんな能力か確認してなかったな」
俺が授けられた力は『スプーン』。今のところ分かっているのは名前だけだ。
最初はハズレを引かされたと思ったが、実は強能力の可能性もある。
そんな一縷の望みを抱き、俺は左手に握ったスプーンへ右手をかざし、スプーンに力を送るイメージで、右手に力を加えた。
「はああぁぁぁ!」
その瞬間、スプーンは美しい曲線を描きながらーー曲がった。
「⋯⋯ん?」
再度、スプーンに力を加えてみるが何も起こらない。当然周囲に及ぶ空間的な作用も何一つ見られない。
どうやら、曲がるだけみたいだ。しかも元には戻らない。
「エスパーか何かかよ。俺は」
そう呟いて、俺はスプーンをポーチに戻し、そして、この現実に呆れた。本当にハズレのようだ。
もしあの箱の製作者に出会ったら、その時は文句を言ってやろうーー。
そんな事を思いながら、静止していた足を動かそうとした、その時だった。
目の前にーー何かいる。
「スライム⋯⋯か?」
艶やかな光沢に愛らしいフォルムでこちらを見つめるそれは、スライムだった。
スライムは、駆け出し冒険者にはとても優しい、全然強くないモンスターだと聞いたことがある。初めのうちは経験値稼ぎにもなると。
初の実戦の肩慣らしでもしようと、スライムに向かって剣を構えようとするーー前に俺は体当たりを食らって後ろに倒れこんだ。
「痛っ! ⋯⋯くない?」
さほどのダメージはなかった。やはり初心者用モンスターらしい。
立ち上がって、俺は反撃する。右手で振りかざした剣の一撃が、スライムを真っ二つに切り裂いた。
切れ目からドロドロと液体を分泌させながら、スライムは原形を失っていく。
死に際が非常にリアルでグロテスクだ。普通は消えてなくなるのではなかろうか。
ーーそして、レベルが上がった。
これでレベルは二。初めのうちは、スライムでレベリングでもさせてもらうとするか。
ーーこうして、初戦は幕を閉じた。【ユーシャ】では訓練や組手はあっても、武器での実戦なんてのはなかったから、実質これが初。
あそこでは、冒険の知識習得や、体術の訓練が主であった。なんでも体の使い方をマスターすれば、いかなる武器の扱いにも対応できるんだとかなんとか。
まあ、おかげさまで鮮やかな剣捌きが出来たわけだが。
剣を腰に納め、再び歩き出した。後ろを振り返ると、まだスライムの死体が残っている。消えないのかよ。
死体から目を離し、前を向こうとすると、何かにぶつかる。
なんだ、またスライムか? と思いながら、首を動かしている最中、ふと脳裏をある考えがよぎった。
頭から、ぶつかったよなーー。
先程相見えたスライムはちょうど膝くらいの高さであった。つまり、頭がぶつかる事はないのだ。
前を向き終えた時、その姿が瞳に移った。
大男のような巨体に、磨き上げられた筋肉、一風変わった耳、そして一定のリズムで呼吸しているその口からは、煙のようなものが出ている。強敵の予感がした。
ーー嘘だろ、おい。まだ、レベル二だぞ俺。こんな序盤から強敵だなんて予想外すぎる。
こういう時とるべき手段はーーもちろん「逃げる」一択だ。
俺はやつが振り下ろした腕を避けると、一目散に逃走した。もちろん追いかけてくる。そして地味に速い。
徐々に差が縮まっていく中、目と鼻の先に何かが見えてきた。
あれはーー森か?
開けた草原でこそ、どこまで逃げても見つかってしまうが、あそこならあるいはーー。
俺は残りの力を出し切り、大急ぎで森へ駆け込んだ。
そして入り組んだ木々の隙間に隠れ、身を潜めた。
ーーそれからしばらく、やつは周りを見渡していたが、諦めて草原へ帰っていった。
なんとか撒くことができて、一安心だ。それにしてもなんだったんだあいつは。
荒れた呼吸も整ってきたところで、俺は右手に付けたバングルを使うことにした。
目の前に手をかざすと、一つの画面が浮かび上がる。
国王からの貰い物だが、これはいわゆるーーモンスター図鑑ってやつだ。
国王曰く、エンカウントしたモンスターは図鑑に載るらしい。そして載ったモンスターを倒すと、図鑑には、そのモンスターの詳細な情報が加わる。と。
また、お互い任意であれば、同じバングルを持つ者同士、情報の共有ができるらしい。相手が遭遇、討伐したモンスターを知ることができ、自分が今後戦う時の情報源にもなる。なんともハイテクな代物だ。
そのバングルで先程のモンスターを調べることにした。画面をスクロールしていると、スライムが載っているのに気付いた。
そういえば、あいつに遭う前に倒してたっけ。そしてスライムのページを開いた。
スライム⋯⋯初心者用のモンスター。比較的簡単に倒せる。死に方には拘りがあるらしく、とてもグロテスクに死んでいく。消えることもできる。
できるのかよ。思わず心の中でツッコミを入れた。
そして、ページを閉じ、再び画面をスクロールした。おっと、これだな。
ゴブリン⋯⋯
ゴブリンっていうのかあいつ。倒してないから情報はナシってわけね。
調べ物も終了し、画面を閉じた、その時だった。
ーー歌が聴こえる、それも、とても綺麗な歌声だ。
俺は、突如聴こえてきたその歌声が気になり、その声のする方へ向かっていった。
声は次第に大きく聴こえてきて、そして遂にその声の主と思わしき者がいる場所が見えてきた。あれは、湖か?
俺は木の陰から、こっそりと湖を覗き込んだ。
するとそこにはーー
一糸纏わぬ姿で湯浴みする、女の子がいた。